新著を発刊します(4月14日)

約1年半ぶりの新著の発刊です。今回のタイトルは『情報分析官が見た陸軍中野学校』です。昨日の4月13日からアマゾンで予約募集を開始しました。その内容については、本ブログ「情報分析官が見た陸軍中野学校」で紹介しています(現在3/5回まで)。

また、固定ページの「上田篤盛の本」でも掲載しました。久しぶりに固定ページを編集したので、編集の仕方(アマゾンとのリンクの貼り方など)を忘れて、しばらく〝格闘〟しました。

新著は私にとって、これまでのどの著書よりも、もがき苦しみました。そこで私の気持ちを次のように表現しました。

「中野学校を一冊の著書として刊行しようとした過程では、理解力や筆力の欠如から、中野学校の実相あるいは先人たちの労苦を表現しきれない挫折感を覚え、執筆を中断したこともあった。だが、筆者の友人の支援、中野関係者および出版社のご厚意で、五年の歳月をかけて、ようやく一つの形にすることができた。少々大袈裟ではあるが、本書は自身の内面と向き合い、先人たちの崇高な精神をあれこれ分析する資格もない自らの〝未熟さ〟を自覚し、また〝葛藤〟と戦い抜いた末の書なのである。」(本書から引用)

ところで、歴史と向き合うのは大変です。先行研究や既存の著書などを参考にするにしても、書く人によって事実が微妙に異なります。当然、解釈は大いに異なります。私自身もバイアスやある種のメ―セージをそこに織り込みますので、全体的な主張におけるバランスには苦慮します。

定説がほぼひとつならば問題はありませんが、1928年の張作霖爆殺事件のように最近になってソ連犯行説が出てくると、私は歴史家ではないので、とちらが正しいか断定できません。そこで、「これまでの定説である河本大作大佐が犯人としたら、…」、「一方、ソ連の情報機関の仕業であったとしたら…」、といった具合に両仮説を前提に論理を展開するしかありません。

しかし、歴史に詳しい方は「絶対に・・・・・である」というような強い主張をお持ちであるので、それに反する見解を述べようとすると、「勉強不足」とのお叱りを受けることになります。

本人が書いた手記が正しいかと言えばそうではありません。自己評価によればりっぱな人物も、他の人から見ればそうでもないのです。たとえば、関東軍情報部長ん歴任した土居明夫中将の手記などを見ると、辻正信大佐、服部卓四郎大佐などはかなり変わった人物と思っていまいます。しかし、第三者の手記を読むと、辻はさておき、服部は大変バランスの取れた好人物であり、むしろ変わり者は土居中将であったと評価されています。

手記は一般に脚色され、「自己を正当化し、仲が良い人は高く評価する」傾向にあります。これは歴史に限らず、現実の社会でもそうです。

要するに、過去の歴史書も疑ってかからないといけません。当時の状況を思い浮かべながら、自分が置かれている現実に照らして、「おそらく、こうだろう」という前提の下で論理を展開するほかないのです。権威ある歴史家の説が正しいとは限りません。

私の歴史との向き合い方は、真実を探求することではなく、歴史から現代の教訓を導き出すことです。他方、「真実を追求せずして、なんの教訓か!」という論理も正しいと思います。結局、判断するだけの知見がない私は、これこれを前提とするならば、ここような仮説が成立し得る、というようなことで、教訓を導くしかないのです。

まあ、このようなこともあって、過去の日本軍のことや、中野学校のことを書くことに大変苦労しました。

新著ではとりわけ陸軍中野学校の精神教育に焦点を当てました。昨今、少子化の中で、良質な隊員を確保して、安全保障に万全を期すことは容易ではなくなりました。当時も、陸軍は作戦重視であって、なかなか容易に良質な情報要員は確保できませんでした。そこで、陸軍中野学校の創設者たちは、陸軍士官学校でではなく、一般大学出身者などにターゲーットを絞りました。

一般社会で軍人らしからぬ彼らに、軍人さらに秘密戦士としての愛国心をいかに涵養したのか、その根本となったのが中野学校での精神教育です。その意味もあり、現代の教訓を導き出すために、精神教育に焦点の一つを当てました。

今日、サイバー脅威などの高まりから、優秀なハッカーを国家や自衛隊で確保する試みが取り沙汰されています。愛国心なき諜報員は二重スパイという問題があるように、愛国心なきハッカーは困ります。彼らの愛国心、使命感、責任感はどのように涵養するのか、これも問題となってきます。

情報分析官が見た陸軍中野学校(3/5)

中野学校の教育内容

▼中野学校の誤ったイメージは映画などが原因

 中野学校では、開錠法(鍵開け)、開封法(封書開け)、窃盗法などの秘密戦技術が重点的に教育されたとの認識があります。これを起点に中野学校は非合法な行為を行なう“スパイ組織”であったというイメージが蔓延し、戦後になって中野出身者が国家犯罪に関与したなどの根拠なき風説が流布されています。

 しかし、中野学校のこうした教育イメージは、1960年代に映画「007」シリーズが公開され、空前の“スパイブーム”が起きるなか、これに便乗するかのように映画『陸軍中野学校』が誇大宣伝的に放映されたことが大きく影響しています。

 この映画では、身分欺騙、金庫破り、殺人、誘拐などの“スパイ技術”を教育する場面が随所に描かれています。主人公の三好少尉が任務遂行のために、恋人を毒殺するシーンもあります。

 映画の中で、草薙中佐(後方勤務要員養成所の秋草所長がモデル)が「じゃあ、俺の中野学校で盗んでやろうか。英国(えいこく)の暗号コードブックを」と語る場面があります。中野学校生が訓練目的でこれに類する活動を行なったこともあるようですが、中野学校は諜報・謀略機関ではないので、このような事例は特殊なケースです。

 しかしながら、こうした観客の関心を引く物語が、中野学校を諜報・謀略などの秘密戦の実行機関であるかのような誤解を広めたことも事実です。

▼中野学校での将校教育では諜報・謀略技術は重視されなかった

 中野学校の創設時の目的は「替わらざる武官」の養成でありました。残念ながら、太平洋戦争が開始され、この目的は三期生までで潰えてしまいます。

 中野学校を創設して何をしようとしていていたのか、いかなる問題点を改善しようしたのかを明らかにするために創設期の教育内容を分析することが重要です。

 創設期の将校教育では諜報・謀略技術の教育は体験程度でした。二期生の原田統吉氏は次のように述べています。

「技術に関しては充分に習熟するというよりも、幅広く基礎をみっちりやっておくことに重点があったようである。将来どのような形で任務につくか予断し難い立場を考慮してのことであったらしい。何しろ苦力になるのか、一流商社マンに偽装するのか、外交官になるのか、全然見当もつかないのだから。

――その基礎さえあれば、その時必要なだけの技術は現場に即応してマスターできる能力はもっているはずだ、ということであったのだろう(そして現実に仕事を始めたときそれは全くそのとおりであった)。007的教育は、私の『中野』においては部外者が考えているほど、あまり大きな比重を持たなかったのである」(本書引用)

▼応用力、判断力などを重視

 では、どのような教育が重視されたのか、原田氏の回想をさらに見てみましょう。

 「講義は淡々と進み、やがて問題が出る。いつものことだ。『情況は本日の現状、駐ノルウェー武官としての状況判断及び処置如何』というのである。ドイツが『ノルウェー、デンマークに進駐した』ニュースが新聞に伝えられた直後である。与えられた時間は二十分。軍における情況判断というのは、単に情況の分析だけではない。相手の企図、実力及びそれに関連する一般条件を分析予測し、それを当方の企図から判断して、最後は『吾方は○○するを要す』という言葉で終る、主体的な意志決定直前の段階までの作業である。そして武官の処置とはこの場合、独立した秘密戦指導者の具体的行動を意味する」(本書引用)

つまり、中野学校の創設期が目指す教育は判断力や決断力の養成を重視する教育であり、今日の世間がイメージしている“スパイ教育”ではなかったのです。

▼自由で柔軟な思想を持った教育

もう少し、教育風景を眺めてみましょう。原田氏は次のように回想しています。

「秋草さんが、ある日数名の学生をつれてデパートに行き、屋上から地階まで各階毎に一時間ほどずつ、一日がかりで、目ぼしい商品や設備について、その歴史、生産、良否の見分け方、使用法等を全部専門的に説明し、その上秘密戦的利用法まで得意の話術で解説して見せ、ヘトヘトになって帰って来た学生に、レポートの提出を命じた、などという秋草伝説がある。やはり『中野』のあらゆるものを教師とする、万能人への志向を物語るものであろう」(本文抽出)

 万事を秘密戦の目的という視点から見る、そのうえで形にとらわれない自由で柔軟な教育、それが中野教育の魅力でした。これが中野出身者の自由で柔軟な発想力や想像力を育んだのです。

▼実戦的訓練の重視

 秘密戦は実戦でできなければ役には立ちません。そのため、中野学校では教育訓練の環境を限りなく実戦に近づけて、決断力(胆力)や行動力の涵養を重視しました。このため、陸軍省の建物や軍需工場に守衛などを欺き、こっそりと侵入するなど、犯罪紛(まが)いの訓練も実施されました。

 むろん、現代ではこのような訓練を行なうことはできません。しかし、中野学校では実戦的な教育訓練と行なうための工夫がありました。たとえば、上述の秋草所長によるデパートでの教育です。つまり、あらゆるものを秘密戦という目的意識をもって思考させ、特定の行動をとることで、法に触れずとも実戦力が養成されることを中野学校の教育から学ぶことができます。

 なお実戦とは必ずしも戦争を意味しなくてもかません。ビジネスの現場もいわば戦争であり、失敗が許されない緊張感の中で商談が行なわれます。そのような状況下で、正しい思考力や判断力、そして決断力がビジネスパーソンに求められます。しなやかで強靭なビジネスパーソンを育成する上でも、中野教育は我々に一つの視座を与えてくれるでしょう。

 私のような長年情報教育の現場に携わった者からすれば、中野教育から情報教育あるいは情報勤務者を育成する上でのヒントを汲み取ることは難しくありません。さらに、今日のグローバル化や、AIおよびICTの技術発展の中で、知識教育よりも創造的思考力、問題解決力、判断力と行動力などの重要性が高まっていることを踏まえるならば、中野教育は現代のさまざまな領域における人材育成上の羅針盤になると考えます。

それゆえに、人材教育に携わる方々にも、「しょせんわが国を誤った道に向かわせた旧陸軍の教育だ」とか忌避せずに、中野教育の優れた点にも注目してほしいのです。また、私は、先進的な中野教育の魅力も紹介したいのです。

 次回は中野学校での精神教育に焦点を当てます。

情報分析官が見た陸軍中野学校(2/5)

中野学校は秘密戦士を育成するために創設されものの、太平洋戦争開始によって、やむを得ず、遊撃戦士の教育も引き受けることになったことなどについて解説しました。今回は「秘密戦とは何か?」を焦点に、秘密戦と遊撃戦との違い、中野学校の創設の経緯や発展の歴史などを解説します。

▼秘密戦とは何か

  皆さんは「秘密戦」という言葉から、どのようなイメージを抱かれますか?

秘密戦の一般的なイメージは、開錠、開封、潜入といったスパイ技術、沖縄戦で行なわれた遊撃戦、登戸研究所(秘密戦研究所)による風船爆弾や偽札の製造、そして第731部隊が関与したとされる生物戦および化学戦などでしょうか。

 森村誠一の『悪魔の飽食』(光文社)の信憑性はともかく、そこに描かれる第731部隊の暴虐性には目をそらしたくなるものがあります。こうして、秘密戦とは絶対に許されない手段をもって、相手側の情報を盗んだり、目的達成の障害となる要人を暗殺したりなどする行為との印象が固まっているようにみられます。

 しかしながら、中野学校では太古の昔から行われてきた情報勤務を秘密戦と呼称しました。つまり、「従来いわゆる情報活動なり情報勤務といわれていた各種の業務、すなわち「諜報」「宣伝」「謀略」「防諜」を総括して、中野学校が創立後しばらくたった頃から「秘密戦」と呼ぶようになった。」(本書引用)のです。

 そして、陸軍や中野学校では秘密戦と遊撃戦を異なる概念として位置づけていました。遊撃戦とはゲリラ戦のことです。軍事行動に連携して、敵後方地域の重要目標などを襲撃、破壊などして、〝主〟である軍事行動の促進を企図します。

 他方、秘密戦は、平時と戦時の両期間、軍事行動とは独立して行われることが一般的です。つまり、軍隊以外の個人または集団が、我の状況を有利にするために、非戦場や一般社会で政治や外交の裏面でも広範多岐に行うことが多々あります。いうならば遊撃戦は「戦いに勝つ」を目的とするが、秘密戦は「戦わずして勝つ」ことを目的とします。

▼中野学校はなぜ創設されたのか?

 第一次世界大戦は総力戦となり、その一つである秘密戦が重視されました。しかし、軍備縮小の世界的趨勢の中で、わが国では総力戦思想は陸軍内の一部に閉塞され、秘密戦を本格的に研究する状況は生まれませんでした。

 1930年代から満州事変へと突入し、ソ連と直接国境を対峙する中、わが国の諜報活動はソ連の鉄壁の防諜態勢により行き詰まります。1936年からの支那事変では、伝統的な「支那通」による和解工作が展開されるものの、ことごとく失敗に帰し、戦争は泥沼化していきます。

 さらに日本国内では共産主義が浸透していきます。2.26事件にも共産主義が影響したとの見方があります。

 こうした中、関東軍やソ連を担任する陸軍参謀本部第5課(ロシア課)では情報活動、すなわち秘密戦を強化すべきとの意識が高まります。また陸軍省軍務局では国内防諜態勢の強化が高まります。そして、防諜態勢を一歩推し進めた対外秘密戦の機能を強化しようとの要請が高まります。これが秘密戦士を育成する学校である中野学校の創設に繋がります。

 しかし、同校の創設に反対する勢力も多々ありました。英米課や支那課が反対の急先鋒だったとされます。中野学校は当初、「替わらざる武官」を養成しようとしたので、陸士出身者で固められていた駐在武官のポストが奪われるかもしれないという危惧もありました。

 だから当初は「後方勤務要員養成所」という名前で、九段下の愛国婦人会別館での仮宿での〝寺小屋方式〟の教育から第1期生に対する教育が開始されました。太平洋戦争が始まる3年以上前の1938年7月のことです。

▼なぜ秘密戦から遊撃戦へ移行したのか?

 中野学校は「替わらざる武官」の要請を目的に、幹部だけの第一期生19人が入校しました。1939年4月、旧電信隊跡地の中野区囲町に移転し、施設は拡充されます。同年12月入校の二期生からは幹部学生が110人に増え、これに加えて優秀な下士官候補生から選抜された52人が入所しました。これは刻一刻と英米との戦争に向かう日本の状況を反映したものであり、早急な秘密戦対応が必要となったからです。

 1940年8月、「後方勤務要員養成所」は陸軍大臣直轄の学校として、名称も「陸軍中野学校」に変更され、施設や教育内容が急速に整備され、当初の私塾的な体裁から変わっていきます。同時に、中野学校の教育は、「秘密戦を諜報、宣伝、防諜、謀略と定義することとし、防諜については従来の軍機保護法的な考え方から進んで敵の諜報、謀略企図を探知することは固より、敵の企図を逆用する所謂反間謀略業務を重視することとした。占領地行政は秘密戦ではないが、特に陸軍省の要請があったので教育課程に加えた」(本書引用)のです。

 1941年12月から太平洋戦争が開始されます。最初は連戦連勝の勢いでしたが、1942年のミッドウェー海戦とガダルカナル島の戦いを経て、日本は攻勢から守勢に転換し、陸軍参謀本部は遊撃戦(ゲリラ戦)の展開に踏み切ります。

 これにともない、長期勤務する秘密戦士を養成することを目的として創設された中野学校は遊撃戦士の教育へと軸足を移していきます。1943年8月、陸軍参謀本部は中野学校に「遊撃戦戦闘教令(案)」の起案と遊撃戦幹部要員の教育を命じ、本教令(案)は44年1月に作成配布されました。1944年8月、静岡県磐田郡に遊撃戦幹部を養成する二俣分校が創設され、第一期生226人が尉官学生(見習士官)として9月に入校、約3か月の教育が行なわれました。この中に小野田寛郎がいました。

 他方で本校はそのまま存続して、1945年4月に群馬県富岡に疎開します。このように中野学校は本校と分校の二つに分かれましたが、秘密戦の教育はずっと続けられました。

▼小野田少尉が世間に与えた印象は誤り

 今日では、小野田少尉が世間に与えた印象をもって中野学校そのものであるかのように認識されがちですが、そうした風潮は正しくありません。

 中野学校が遊撃戦教育を引き受けた経緯について、中野出身者の桑原武(戦後は自衛隊陸将補)は戦後の講演で以下のように述べています。

「思うに、陸軍においては一般情報勤務と秘密戦勤務を教える二本立ての学校が本来必要であったのに、最初にできたのが中野学校であったので、戦争に際会して一般情報勤務教育(ママ)の必要に迫られ、中野でこれをやろうということになったのだと思う。しかし、両者は別々にやるのが適当であろうと信ずる。

 こういう所見を鈴木さん(筆者注、研究部長の鈴木中佐)が入れております。このようにして、今申し上げたように遊撃戦ということが昭和十八年の暮れから十九年の春にかけて非常にやかましく、遊撃戦、遊撃戦といいだして、結局中野学校で遊撃戦をやることになりました。しかしあの東京の真ん中の中野では、とても遊撃戦の訓練などできませんので、分校をつくれということで、二俣分校というのができたわけです」(本書抜粋)

 今日、中野学校は沖縄戦での遊撃戦を行った主体組織であるかのように認識されています。しかし、実態は中野学校は止む得ずに秘密戦の教育を引き受けたのであり、しかもその教育は3か月の基礎教育に過ぎませんでした。また、正確を期すならば、中野学校が遊撃戦を実行したのではなく、その実行はあくまでも現地軍(沖縄では第32軍)が行ったのです。

情報分析官が見た陸軍中野学校(1/5)

約1年半ぶりとなりますが、新著を5月に出版します。そのため、昨日からメルマガ「軍事情報」で新著に紹介をさせていただいています。毎週1回、計5回を予定しています。

ここにも掲載しておきます。

「軍事情報」メルマガ読者の皆様、ながらくご無沙汰しております。以前、この時間帯で、「兵法三十六計」「女性スパイと情報史」「わが国の情報史」を投稿させていただいた上田です。

「わが国の情報史」では、少しだけ中野学校に触れましたが、今般、これを拡大リニューアルして「情報分析官が見た陸軍中野学校』を出版させていただくことになりました。

拙著の中でも、とりわけ〝生みの苦しみ〟を味わったとの思いがあり、本書では以下のように表現しました。本音です。

「…・中野学校を一冊の著書として刊行しようとした過程では、理解力や筆力の欠如から、中野学校の実相あるいは先人たちの労苦を表現しきれない挫折感を覚え、執筆を中断したこともあった。

 だが、筆者の友人の支援、中野関係者および出版社のご厚意で、五年の歳月をかけて、ようやく一つの形にすることができた。

 少々大袈裟ではあるが、本書は自身の内面と向き合い、先人たちの崇高な精神をあれこれ分析する資格もない自らの〝未熟さ〟を自覚し、また〝葛藤〟と戦い抜いた末の書なのである。」(本書引用)

さてタイトルにもありますが、これは既存の中野学校関連本とはまったく一線を画する本です。つまり、情報分析官あるいは調査学校などでの情報教官を経験した私が、自らを当時の環境に置き、先覚諸氏の情報活動への追体験を試み、中野学校の組織や出身者の活動がどうだったのかなどを分析・評価しています。

もちろん、過去に自分を投影するなど簡単な口にすることはできないし、至らない点は多々あると思います。実際、前述のような挫折を存分に味わいました。

しかし、以下に述べるような状況を放置することはできないと考え、本書を世に問うこととしました。

今日の中野関連本の多くは、戦前や戦後の中野出身者の活動に焦点が当てられています。中野出身者の一人である小野田寛郎少尉を代表とするアジアでの遊撃戦や、最近では沖縄戦での中野出身者の国内遊撃戦を取り扱う傾向にあります。しかし、中野学校では秘密戦や遊撃戦は異なる概念であり、中野学校が止む得ずに遊撃戦の教育を引き受けた経緯があることはほとんど認識されていません。

さらには中野出身者が戦後になって、帝銀事件、松川事件、白鳥事件などの「国家重大謀略事件」へ関与したかのような俗悪本が蔓延っています。つまり商売主義によって偏向された根拠のない風説や、中野出身者を〝スーパースパイ〟に囃し立てる本が跋扈しています。

中野学校には、長くても1年くらいの課程しかありません。そこには開錠(鍵開け)、開封(封書あけ)、薬物(毒殺)などのスパイ教育もありましたが、秘密戦の基礎教育、国際情勢、占領地行政などさまざまな教育をやっていました。多くのキャリクラムをこなす中、いわゆる〝スパイ技術〟が短期間で修得できることなどあり得ません。

失礼ながら、多くのジャーナリストの方や作家の方には、軍事面での現場感覚がおありでないので、ちょっと教育すればスーパー秘密戦士ができるかのような錯覚をお持ちになるのだろと思います。そうした錯覚を前提に中野出身者による戦後の謀略説などが組み立てられていくのだと考えます。

他方、中野学校の組織や出身者の活動を、過去資料に基づき考察している良書もありますが、中野学校を国家謀略機関として他国の情報機関と比較したりする点には若干の問題があると思います。

中野学校は陸軍の一教育機関です。私のように自衛隊の一教育機関の教官として長年勤務した経験からすれば、組織内の一教育機関が諜報、謀略を実行する主体になり得ません。 国家への影響も限られていることは明らかです。教育は国家全体の国力維持の屋台骨ではありますが、即戦力の養成という点での限界もあります。

たしかに、当時、国家および陸海軍が本格的な情報教育の機関を有していなかったため、中野学校での情報教育は画期的なものでしたが、中野学校ができたからといって、戦前の情報活動の問題点を一掃される、太平洋戦争を回避できたかもしれないと過大視するのは希望的観測であり幻想です。このような感覚論は、情勢判断に失敗し無謀な太平洋戦争に突入し、太平洋戦争で情報活動の失敗をしたことの本質の理解を遠ざけることになります。

以上のような状況を憂慮するとともに、中野学校のより実相に迫りたいと考え、私は次の二つの目的をもってこの著書を書きました。

「本書の目的は二つある。一つは、陸軍中野学校(以下、中野学校)の創設理念や教育内容を正しく評価し、現代社会における情報戦争(情報戦)への対応に役立てることである。

 もう一つは、中野学校がスパイ組織として非合法な活動を行なっていたなどという、誤った認識を是正することである。」(本文引用)

エンリケ様のご厚意により、5回シリーズで本書の読みどころを紹介させていただきます。

皆様よろしくお願いします。

引っ越ししています(3月31日)

現在、私は人生最後(?)かもしれない引っ越しの最中です。大型家具等の引っ越しはまだですが、新居への住民票の移転、郵便物の配送変更届、ガス、電気、インターネット、携帯電話(ついでに携帯電話も変更)の新設と廃止の手続き、はたまた新居での内装などやることがたくさんあります。

これまで引っ越しは何回かやりましたが、もの忘れも多くなったせいか、過去にやったことのある銀行口座の住所変更届などのやり方が思い出しません。最近(随分前からですが)、銀行で別の生命保険会社との契約を結んでいたり、銀行と関連するクレジット会社や信用会社が違っていて、銀行へのの届け出だけではダメなのです。

やはり、順調に進むのは市役所での住民票、印鑑登録証の移転、免許の住所移転などの窓口で直接対応していただくものです。話せばわかるではないですが、やはり私は会話でないと理解ができないようです。

電話でオペレーターとお話ができればと思うのですが、クレジットカード会社、インターネット会社など多くは、音声自動ガイダンスになっています。電話をかけてもオペレーターにはなかなかつながりません。「○○秒○○円でご案内します」と言われ、ガイダンスが示す番号や、こちらのクレジットカードの番号などを入力し、やっとたどり着いた先は、私が知る必要もない音声ガイダンスが流れる、まったく役に立ちません。顔の見えないガイダンスに腹を立てても仕方がありませんが、まったく住みにくい生活になったものです。

電気の使用に関しても、東京電力以外のところに変えて、それなりに使用料は下がっているのかもしれませんが、対応窓口が一つではなく、たらいまわしにされます。しかも、前のところと言うことが違う。インターネットも別の会社が一部業務を委託している関係から、カスタマーサービス一発で問題解決になりません。

内装のためにホームセンターに行っても、従業員不足なのか、店内に店員さんがあまりいません。広い店内を「ダボはどこにあるんだ」とブツブツ言いながら店内を徘徊する始末。昔は、うるさいくらいまでに店員さんが対応してくれたの・・・・。

日本の自動決済の普及率は中国、韓国などに遅れを取っているようです。自由・民主主義の国では個人のプライバートーなどが尊重されます。そこで、国家に監視される制度は妥当なのかという議論がメディアで提起され、そういうこともあって、マイナンバーカードも普及も容易ではありません。

プライバーシーを守りながら様々な生活をオンラインで済まそうとするから複雑になります。中国のような国家が国民監視することが当たり前の社会では、プライバシーは尊重されないが、例えば特定のカードをかざすだけで問題が解決するといった生活の利便性があります。ふと、どちらがいいのかと思ってしまいます。

はたして自由・民主主義体制と権威主義体制、世界はどちらに向かうのか。AIが発達して、人間が考えることが少なくなり、一部の権力者や高度技術者にすべてお任せします、それが最も便利でストレスフルな社会なのではないかなどと思ってしまいます。他方、そうなった場合、なんのために生きているのか、人生とは何かなど別の悩みも生まれてきそうです。

地球環境問題(3)

■ 中国の環境意識

  米国の地球環境問題を見てきましたが、中国についてはどうでしょうか。中国は急に経済発展をしたので、大気汚染、水質汚濁、森林伐採による砂漠化などといったさまざまな環境問題が発生しています。

私も2000年代初頭と2010年代初頭に中国に行きましたが、空は毎日どんよりと曇っていました。14億人近くの世界一の人口規模を抱えながら、排気規制や廃棄物収集など制度面の規制が追いついていないのですから、様々な環境問題が発生するのも仕方ありません。

PM2.5の問題、黄砂の問題は中国だけの問題ではなく、わが国も直接的な被害を受けることになります。改革開放以降、経済発展、都市化の進展と生活スタイル変化に伴い、生活ごみも増えています。

最近は中国も環境問題に熱心になったとの情報もありますが、今回のコロナ禍やかつてのSARSが最初に発生したのは中国です。この原因が衛生意識が低いとの見方があるように、決して環境問題への意識は高いとはみられません。

■ 中国の環境問題の一因は日本?

 中国の砂漠化は日本にも責任があると聞いたことがあります。日本が食べている羊肉というのは、実は中国の山羊(やぎ)だそうです。山羊が木の皮を食べるので木がダメになって砂漠するといわていました(本当かどうかわからない)。また、日本が安い中国産の野菜をどんどん買うので、中国の農家は野菜にたっぷり農薬を掛けるといいます。この話はなんとなく分かる気がします。

 要するに、グローバル社会では他国の問題点は自ら発生していることが多々あります。少し前まで、日本の廃棄される7割のプラスチックが中国やベトナム、タイ、マレーシアに輸出されていたといいます。そこで適切に処理されるわけではなくゴミ山になり、それがまた環境問題を引きこ起こす、悪の循環繰り返していたとされます。

■中国は世界最大の温室効果ガス排出国

中国は世界最大の温室効果ガス排出国です。習氏は2016年9月にオバマ米大統領(当時)とともに、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」批准を正式発表し、その成果を世界にアピールしました。

中国はこれまで温室効果ガスの規制には消極的でした。まだ、中国は開発途上国なので規制には応じられないという姿勢を取り続けていました。しかしながら、2009年のCOP15あたりから方向性を変えました。

経済のグローバルを進めていくうえで、温室効果ガスの旗振りもやらなくてはならないと認識したことが第一の理由とみられますが、国自身の大気汚染などの環境悪化も国内安定から必要になっています。

2019年には、コロナ禍が発生した武漢で新たなごみ焼却場の建設に反対する環境デモも生起しています。この住民デモはSNSで流されるのですぐに問題となります。中国の大規模抗議活動の1/3は環境汚染関連とされます。つまり、共産党政権のアキレス腱というになります。

■中国は環境問題を政治利用

トランプ氏はパリ協定から離脱しました。2020年はコロナ禍で、トランプ氏による対中包囲網の形成の試みが進展しました。これに対して、中国は、温暖化対策一つの牽制として、国際社会の主導権を握り対抗する構えを見せまたといえます。つまり、環境問題が中国によって政治利用されました。

中国は2020年の国連総会で、2030年までに減少に転じさせ、2060年までに温室効果ガス排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする宣言しました。中間目標として、2035年にはガソリン車を撤廃するともいいました。しかし、技術的な問題から、2035年のガソリン車の撤廃は達成できるかは不透明です。

香港問題などをめぐり欧州連合(EU)が対中警戒を強めている中、中国は欧州側が伝統的に重視している気候変動対策を梃子に関係回復を図ろうとする思惑もうかがわれます。習氏は、長期目標をいかに実現するか明確にしていませんが、「各国は新たな科学技術革命と産業変革の歴史的なチャンスをつかむべきだ」と強調し、環境対応の製品・ビジネスの拡大を進めようとしています。

SSNと民主主義について思う(6-終わり)


■ビジネスから選挙戦のプラットフォームになるSNS

 今日のビジネスでは、SNSがマーケーティング戦略のプラットフォームになっています。そこでは、SNS利用者をセグメーンテーションし、「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を定めるマーケッティング戦略が立てられています。この戦略を立てる手順が「STP」です(S=セグメンテーション、T=ターゲティング、P=ポジショニング)。

 ICTの発展により、SNS、ビックデータ、AIなどがセグメンテーションを可能にしました。しかも、それはサイコグラフィックといって、顧客をライフスタイル、行動、信念(宗教)、価値観、個性、購買動機など、購買者の心理的要因(属性)によって分類(セグメンテーション)できるようになりました。

 私はこのマーケティング戦略が米大統領選挙や英国のブレグッジッドに活用されている状況についてこのコラムで整理しました。つまり、マーケティング戦略を政治に応用した「マイクロターゲッティング」が行われ、それが民主主義が操られる脅威について述べてきました。

 英国のケンブリッジ・アナリティカ(CA)、カナダのAIQといった民間のデジタル企業が米大統領選挙や英国のプレグジッド国民投票に干渉したことを元社員が暴露しました。

 さらには、ロシアは国家諜報組織と密接な関係を有するとされるAPT28、APT29を運用し2016年の米大統領選挙でトランプ氏を当選させるようにサイバー戦を仕掛けたとされています。効果がどの程度あったかはわかりませが、劣勢なトランプ氏が勝利したのですから、勝利の要因の一つとして考慮しないわけにいきません。

■「確証バイアス」の罠に陥るユーザー

 SNSはこれまでのメディアと異なり、誰でも手軽に情報を発信できるという、双方向性の特徴があります。双方向であるので、ネット空間ではすぐに情報がいっぱいになります。

 報道機関だけでなく、様々な利害関係者、個人のブロガーが利用し、どんどんニュースの内容は変化し、陳腐化するので、誰も、それが事実かどうかを見極めることはできません。言ったもの勝ちの状況が生まれ、利用者は自分にとって都合の良い、自分が正しいと思う情報だけを拾い上げて、また拡散するという状況にあります。

 SNSの発展によって、多くのユーザーは、世界と幅広く接触しているような錯覚に陥りますが、実態は、情報の洪水の中から、アルゴリズムやマイクロターゲティングによって選別された、限られた情報にしか触れていません。彼らの多くは、自分の信じたいことだけを信じる傾向にあります。

 私たちは知らない間に、自分好みの耳障りにの良い情報だけに囲まれ、自分を否定する情報を拒絶していっています。たとえば、Facebook(FB)ユーザーは、FB独自のアルゴリズムによって、自分の興味関心や好み、思想に合致する情報ばかりを目にすることになります。これを「エコーチャンバー」(自分の意見だけがこだまする反響室)と言います。

 そして、自分の考え方は多くの支持を受けている、多数派だと錯覚し、自分が描く未来は正しいと確証するようになります。これが「確証バイアス」の罠なのです。

 ヒラリー・クリントン氏は、第1回大統領候補討論会でトランプ氏に対し、「ドナルド、あなたは自分で作り上げた現実の中に生きている」と喝破しましたが、これは現代のアメリカ社会全体に向けられるべき言葉であったとも言えます。

■SNSと政治との関係

 選挙にいてもマスメディアの影響は低下しています。これまでの選挙では、さまざまなメディアが国民の意思に影響を与えました。

 政治とメディアは気っても切り離せない関係にあります。フランクリン・ルーズベルトのラジオ演説に始まり、ジョン・F・ケネディのテレビ討論と広告、バラク・オバマ氏のインターネット選挙が良い例です。その後、SNSを使った選挙キャンペーンが加速して、2016年の大統領選挙ではSNSが用いられました。

 現在、世界の人口の約3割がSNSユーザーです。特に、1980年代以降のミレニアルズ世代にとってはSNSは主要なニュースソースとなっています。アイフォンなどのモバイルが普及し、SNSの状況を加速させています。 

 

 今日、SNSが定着しつつある中で、従来のマスメディアの影響力も低下しています。つまり、SNS上でのアルゴリズムが下す判断の方が、ジャーナリストの洞察力よりも重要視されてしまいます。 

 SNS上で「確証バイアス」が蔓延すれば、自分と異なる思想を持つグループへの罵詈雑言が溢れるようになります。

 トランプ氏を支持する「オルタナ右翼」から派生した「草の根運動」であるQanon(※※)には、「悪魔崇拝者のカバル(集団)が世界レベルで人身売買ネットワークを動かしており、トランプ大統領を突き落とそうとしている」などといった「陰謀論」が書き込まれました。

 その投稿の内容には、国家や政権のディープな部分にアクセスできる者しか知りえないような真実が20%程度混じっているために、それにつられる形で、フェイクが蔓延していったのだとみられています。

 こうして自己勝手の意見が拡散されれば、やがて世論の分極化が始まり、現実の衝突事件へと発生します。米国の人種対立はSNSが生み出した負の影響かもしれません。

■ポピュラリズムそのものは非民主主義ではない

 民主主義は「国民主権」が大原則です。つまり、有権者である国民が直接、もしくは自由選挙で得らればれた代表を通じて権限を行使し、それに伴う義務を遂行するというものです。要するに、国民が自由意志によって、自らの代表を選ぶのです。

 トランプ氏が大統領になり、「ポピュリズムが民主主義の敵」という考え方が盛んに吹聴されます。ただし、ポピュラリズムは民主主義を否定するものとは必ずしも言えません。直接民主主義はしばしばポピュラリズムを生み出します。

 SNSの核心は双方向性、つまり人と人がつながることにあります。感情的で、短くウイットに富み、それでいて親しみのある、偽らざる自分を出すことが求められます。この点で、トランプ氏はSNSの特性にフィットし、ポピュラリズムを生み出しました。

 プロ政治家という、パブリックイメージを持つクリントン氏よりも、民意がトランプ氏を支持したことも民氏主義なのです。

 ただし、思想としてのポピュリズムには問題がないわけでありません。「民意こそが政治的意思決定の唯一の正統性の源泉である」と考える思想から、「選挙で勝利した政治勢力はすべてを決定できる。政治的な意思決定はすべて国民投票で決定すればよい」という主張が導き出せます。

 これが思想・信条の自由や言論の自由をはじめ、個人の権利の尊重を損ない、少数意見を排斥する危険性があります。そのため、あらかじめ多数決ですら決定できない領域を確保しておくことは重要です。

■SNSがユーザーの心理をコントロール

 最も問題はポピュリストがどのように支持を集めたかのかということです。

 もし仮に選挙において、他国の一部の組織による恣意的な世論誘導があったとすれば、それはもはや国民の自由意志の結果とは言えません。つまり、ケンブリッジ・アナリティカのような存在が、有権者の自由意思をコントロールしているとすれば、それは民意によって選ばれた代表だといえるでしょうか。すなわち、民主主義と言えるでしょうか。

 これまでのラジオ、テレビ、初期のインターネットは特定の階層だけを対象とした宣伝はできていいません。しかし、SNSはマイクロターゲーティングというやり方で、特定の層だけに、特定の情報を発信できます。マイクロターゲティングを使う側が意図的に国民の心理をハッキングし、国民の自由意志を操ることも不可能ではありません。

 ある種の勢力がSNSを通じて国民の心理をコントロールし、自らが思う政治勢力を形成する。それは独裁体制よりももっと民主的でないかもしれません。

 自由・民主主義体制の建前からSNSの規制なき普及が放置されると、結局は自由・民主主義体制までも失いかねないとみられれます。

 そういうことを知っている中国やロシアはSNSの自由な普及を統制し、国家が不安定にならないようにしているのでしょう。

 これまで米国は中国やロシアに対して、民主化運動を焚きつけて、内部からの民主化を画策したとの見方があります。しかしながら、ほかならぬ米国自身が体制の危機に直面しているのかもしれません。

 中国やロシアがSSNの盲点を突き、SSNを媒介として米国の国内分裂を画策し、米国の国際的な影響力を削ごうとの〝パワーゲーム〟を展開する。まさにSSNを媒介とした心理工作により民主主義体制は生き残りの危機をむかえようとしているのかもしれません。

(※)現在、世界の人口の3割に当たる22億人が、ソーシャルメディアを使用している。オバマ氏が2007年2月に大統領選挙に立候補を表明した時、Facebookのユーザー数はわずか3,000万人でした。しかし現在、アメリカだけで1.6億人、成人の7割が使用している。

(※※)QAnon、Qアノンとも表記、Q=Qクリアランス保持者=国家の機密性の高い情報へのアクセス権のコード」と「anonymous(匿名)」という2つの言葉が組み合わさった用語。米国の匿名掲示板サイトである4chanに2017年10月28日に初投稿がなされ、以後、Qポストなるものを投稿された。)

『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』の読後感

慶應大学教授、廣瀬陽子氏の『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』を読みました。壮大な「グランドストラテジー」の下で、ち密なロシアのハイブリッド戦略を解説する良書です。今、我々が直面しているサイバー脅威や情報戦に立ち向かうための「インテリジェンス・リテラシー」を高めるために、是非とも手に取っていただきたい著書です。

平易な文章で分かりやすく書かれているので1日か2日で読破できます。

 本作は「プロローグ」と「エピローグ」が秀逸です。「プロローグ」では本書の全般紹介のほか、最近、〝謎の人物〟として話題になっている、エフゲニー・プリゴジン氏について書かれています。彼は2016年の米大統領選挙でスティーブ・バノン氏などとともに、よく耳にするようになった人物です。

 同大統領選挙では、ロシアによるトランプ氏支持のためのサイバー攻撃(ロシアゲート)が注目されました。そこでは、「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」、「コンコルド・ケータリング」などの得体のしれない会社が暗躍しました。これらを裏で操っていた人物がプリゴジン氏です。

 彼は「プーチンのシェフ」と呼ばれ、最初にレストランと仕出しビジネスを立ち上げたのですが、本書でより詳しい彼の経歴を知ることができました。

 詳細は割愛しますが、9年間も刑務所につながれていたような不良人物がクレムリンとの人脈を築き、プーチンに近づき、裏社会のボスに一挙に上り詰めます。いったいどのような手口だったのか、皆さんも興味があるのではないかと思います。そのきっかけの一つががロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PMC)の「ワグネル」社(2014年設立)の経営関与です。そこに現代ロシアの裏側を見る〝わくわく感〟を覚えました。

 彼は本書の随所で登場しますので、本書を小説のような感覚で一挙に読むことができました。まさに、プリゴジン氏が本書の「シェフ」として、絶妙な味付けをしています。

 エピローグでは、世界を席巻しているパンデミック禍の中での「ロシアの下心」について描かれています。むろんエビローグなので全章のまとめとなります。

 著者はロシアがコロナ禍の中で積極的な支援外交を展開したことに言及され、欧米がこの支援外交を「ハイブリッド戦争」と警戒していることを紹介されています。著者は、この支援外交が「ハイブリッド戦争」だとは言えないものの、それほどロシアの「ハイブリット戦争」が世界から注目されていることの証左であるとの見解を述べられています。

 そのことを踏まえ、ロシアのハイブリッド戦争の効果について総合評価されています。ハイブリッド戦争は目に見えない部分が多く、それぞれの戦術・戦法の関連性が不明であり、因果関係が複雑なので、評価は容易ではありません。非常に困難である評価を敢えて行われたことに敬意を表します。

 その評価も客観的で納得できるものでした。評価自体は割愛しますが、①エストニアへのサイバー攻撃、②ジョージアへのハイブリッド戦、③ウクライナでのクリミア侵攻、④米国大統領選挙の関与、⑤シリア介入について、の5つの事例を取り上げ、各々を「成功と失敗」の両面から分析し、部分評価を下し、そのうえで総合的な評価を下されています。非常に読み答えがあります。

 また、世界が「ハイブリッド戦」にどのように対抗すべきかを、『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』の著者であるジム・スキアット氏の解決案を紹介しつつ、筆者自身の見解を提示されています。なお、私は現在この本も読書中です。

 最後は、わが国がどうすべきかということで締めとなっていますが、本来は行われるはずであった東京オリンピックに対するロシアのサイバー攻撃の計画があっことを改めて取り上げ、我が国の危機意識の欠如を指摘されています。一方で、今日の日本政府の取り組みに対する肯定評価もされています。このあたり、〝期待値も含めて〟といったところでしょうか。

 以上のようにプロローグとエピローグを読むだけでも大変勉強になりますが、やはりロシア研究の一人者としてオーソドックスな分析手法に大いに感服しました。第1章とは第2章は、ハイブリッド戦争の全体像の解説と、そのなかでも主流というべきサイバー戦(宣伝戦・情報戦)の解説なので、さらりと読ませていただくとして、やはり第3章の「ロシア外交のバックボーン」が本書の最大のキモであると思います。

 ロシア研究の第一人者である著者が、地政学の見地から、プーチン氏の「グランド・ストラテジー」を描き出し、これを踏まえて、ロシアにとっての勢力圏に対する外交アプローチ、ロシアが米国に対してどのようなことを狙っているのかなどを解説されています。2016年の大統領選挙や昨年の大統領選挙にまで、なぜロシアが国家的介入を行ったのか、「なるほど。う~ん」と唸らされる思いです。

 続く、第4章ではロシアの地域戦略、つまり重点領域を明らかにし、さらにロシアの戦略・戦術を多角的に展開しています。第5章では、アフリカをハイブリッド戦争の最前線であるとして、一転して焦点を絞った分析が行われています。ここに本書のメリハリが存分に発揮され、魅了されながら読書を進めることができました。

 著者も述べられているように、私も「最近のアフリカといえば、中国の進出が顕著というイメージ」を持っていましたので、ロシアが地政学の視点から巧みなアフリカアプローチを展開している状況は大変勉強になりました。

 著者によれば、ロシアは権威主義政権による「国内の抑圧」などに対する支援(「グレーゾーン」に対する「安全保障の輸出」)はPMCを使って国際批判をかわし、軍事分野での進出を筆頭に、経済分野よりも政治分野の方を優先させるとあります。この点は、中国とはやや異なる点であると興味を持ちました。

 私は若干、中国について研究していますので、ついつい中国とロシアを比較してしまいます。著者は、「ロシアは火種のないところに炎上を起こさせる力はないとされる一方、火種を見つけ、それつけこんで炎上させることに長けており、その際、ハイブリッド戦争的な手法はきわめて有効に機能してきた」と述べられています。ここにロシアのやり口が凝縮しているように思えます。

 一方、私に言わせれば「中国は火のないところに煙を立てる。これは「無中生有」という「兵法三十六計」の一つである。やり方である。それが国際社会に対する反中感情を引き起こしている」と感じています。

 これらに最近の両国の力の差を感じるととともに、中国は舌戦によって「喚く」、ロシアは裏でひっそりと「○殺」するといった、歴史文化の違いがあるのだと言ったら、少し言い過ぎでしょうか。

 最後になりましたが、著者には個人的にも意見交換などさせていただきおり、ますますのご発展を祈念申し上げます。

地球環境問題(2)

■ 温暖化は本当なのか?

 地球規模で気温が上昇し、気候が変動することを「地球温暖化」といいます。これが気候の大幅な変動をもたらし、異常気象の頻発や高潮による洪水、干ばつによる農業の停滞、食糧不足など甚大な影響をもたらすとされています。

  気候温暖化は本当なのでしょうか。今世紀中には地球全体で3~5度の気温が上昇して、南極の氷などが解けて、東京都が水没するなどの悲観的な予測もあります。他方、地球温暖化を盛んなに謳っているのは、金儲けのためのビジネスであると主張する人もいます。

 北極の氷が解けていることは事実です。この原因は温暖化であると思われます。これに関して、北半球では温暖化が進んでいるが、赤道付近では温暖化は進んでいないという情報もあります。

 日本への影響を考えれば、気温が3度くらい上昇したところで何の問題もない。北海道の気温が上がれば、過ごしやすくなるということをいう人もいます。

 要するに、仮に地球が温暖化するとしても、どの程度か、どのような様相になるのか、どのような影響が生じるのかは良くわからないのが実情なのでしょう。

■温暖化の原因は?

 地球が温暖化すると仮定し、その原因はなんでしょうか。一つには、二酸化炭素などの温室効果ガス説があります。すなわち人為的原因説です。

 もう一つは、太陽の軌道の影響です。これは自然的原因説であって、人為の及ぶところではありません。

 ただし、その原因が特定できないとすれば、原因である可能性があり、人為的な対策が可能な温出効果ガスの排出規制を行うことが重要だということには説得力があります。

■国際社会の取り組み

 国際社会は定期的にCOP(気候変動枠組条約締約国会議)を開催し、温出効果ガスの問題に取り組んできました。

 1997年に京都で行われたCOP3で「京都議定書」が採択されました。「京都議定書」では、先進国を対象として、温室効果ガスの排出を規制しました。つまり、発展途上国はこれから経済発展を進めていくために、温室効果ガス削減の義務は負わせずに、経済的に余裕がある先進国のみで、地球全体の温室効果ガスの排出を削減しようとしました。

しかし、これでは中国のように自らを開発途上国と称して、議定書に参加しない国も出てくるわけです。そこで、2015年にパリで行われたCOP21でパリ協定が締結されました。これは、187の国と地域が締結して、2016年11月4日に発効しました。世界の温室効果ガスの排出量を2050年以降、今世紀後半に実質的にゼロにすることを目標に掲げています。

 今度は先進国だけでなく、発展途上国を含む全ての参加国を対象にしました。これから温室効果ガスの増大が予測される開発途上国を含めたのですから、京都議定書とは実効性が違いますしかし、温室効果ガスの削減にはお金がかかりますので、経済力の弱い発展途上国にとって過酷です。だから、先進国は発展途上国に対し資金援助をすることになっています。

 京都議定書では、その削減目標が話し合われ、各先進国ごとに、たとえば日本は6%、EUは8%、米国7%という目標が定められました。一方、パリ協定は各国が自分で目標を決めてそれを達成する、ということになりました。各国はそれぞれが目標を定めて、そのための政策を決定・実行して、その実績をモニタリングして、また新たな目標を立てることになっています。

◼️米民主党政権の取り組み

 パリ協定の締結に最も熱心であったのが、米国のオバマ元大統領でした。地球温暖化は「グローバル・イシュー」であるとして、全世界で協力しなければならないと主張し、中国やインドも説得してパリ協定を実現したと言われています。オバマ氏は議会の承認を得ずに大統領権限でパリ協定への加盟を決定しました。

 民主党は環境問題に熱心です。2007年、アルゴア元副大統領の講演活動を記録した映画「不都合な真実」が全世界で大ヒットしました。

 国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、温暖化の主因が人為的な温室効果ガスの増加だとほぼ断定して環境への影響を予測する報告書をまとめ、ゴア氏とともにノーベル平和賞を受賞しました。

 温暖化対策は、2007年6月のドイツ・ハイリゲンダム主要国首脳会議(サミット)でも最重要議題となり、各国が緊急に協調行動を取ることで一致し、12月には国連の気候変動枠組み条約第13回締約国会議(COP13)と京都議定書第3回締約国会合(COP/MOP3)がインドネシア・バリ島で開かれ、2013年以降の「ポスト京都」の国際協定づくりに向けた行程表が協議されました。

◼️トランプ政権はパリ協定から脱退

 しかし、トランプ氏、大統領に就任する以前から地球温暖化について「でっち上げだ」と主張して否定的な立場をとっていました。トランプ支持者のほとんどは、温暖化は単なる自然現象であると主張します。温室効果ガス理論を信じる者は、クリントン支持派6割、トランプ支持派は3割半でした。また、石炭産業などを意識して就任前から、パリ協定からの離脱を公約に掲げていました。

 当選後、支持者を前にトランプ氏は「私は、一方的で金がかかり、恐ろしいパリ協定からの離脱を発表した」と述べて公約の実現をアピールしました。つまり、トランプ氏は前政権が認めなかった原油パイプラインの建設計画の推進を指示するなど、環境保護よりも産業や雇用創出を重視する姿勢を鮮明にしました。

 トランプ前政権は2019年11月4日、パリ協定からの離脱を国連に正式通告しました。ポンペオ国務長官が同日付の声明で明らかにしました。パリ協定第28条1項には、「この協定が自国について効力を生じた日から3年を経過した後いつでも、寄託者に対して書面による脱退の通告を行うことにより、この協定から脱退することができる」とあります。これに基づき、トランプ前政権は国連に正式通告したのです。ただし、協定第28条2項で、協定離脱が有効となるのは正式通告から1年後です。

◼️バイデン政権の取り組みは?

 これに対し、当時の野党であった民主党はトランプ氏の決定を批判しました。2020年の大統領選挙の民主党有力候補であったバイデン前副大統領(当時)は2019年11月4日、ツイッターに「気候変動の危機的な状況が日々悪化しているのに、トランプ大統領は科学を放棄し、国際社会でのアメリカの指導力も放棄し続けている。恥ずべきことだ」と投稿しました。サンダース上院議員も「世界を気候変動による大惨事に陥れるのは誇るべきことではない」と非難しました。

 離脱の通告を受けて米国は2020年11月4日に離脱しました。すなわち2020年の米国大統領選挙の翌日のことです。この時には、いずれが勝利するのか選挙の趨勢は判明していませんでした。その後、バイデン氏が大統領になりました。バイデン大統領は就任当日、すなわち2020年1月20日に大統領令でパリ協定へ復帰しました。

 はたしてバイデン新大統領は、地球温暖化問題でどのような取り組みをおこなっていくのでしょうか。この問題では、中国との協調が不可欠ですが、安全保障面での米中対立を解消することは容易ではありません。

SSNと民主主義について思う(5)

■ ロシア民間企業が介入

 2016年の米大統領選挙ではロシアの民間企業によるサイバー攻撃が行われた模様です。ロシア側による選挙介入は「プロジェクト・ラフタ(Project Lakhta)」と呼称され、2014年5月頃に開始されたといいます。​潤沢な資金が投入され、その額は16年9月までに120万ドル超だとされます。​

 2018年2月16日、米モラー連邦特別検察官は、大陪審がロシアの3団体とロシア国籍13人の起訴を発表​しました。その3団体とは「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」会​社、「コンコルド・ケータリング」です。後の二つは、エフゲニー・プリゴジン氏が最初に立ち上げたレストランと仕出しビジネスです。

起訴されたロシア国籍者はプリゴジン氏ほかIRAに所属する12名​です。モラー氏は起訴状で、IRAおよび複数のロシア人が2014年から16年の大統領選挙まで、トランプ氏がヒラリー氏に対して有利になるよう選挙工作を行ったと発表しました。​2018年10月には、IRAの従業員である​エレーナ・アレクセーブナ・クシエノバ容疑者が新たに訴追されました。

■IRA   ​

 では、たくさんの起訴者を出したIRAとはどのような組織でしょうか。この会社はインターネット関連会社のようであり、​2013年7月 にロシアで企業登録したとされています。IRAの創業者兼CEOは元警察大佐のミハイル・ビストロフ氏とされます。​サンクトペテルブルクに拠点を持ち、テクニカルエキスパートなど数百人を雇用し、インターネット上に架空の人物を創り出り、各人がそれぞれ何十個もアカウントを持ち、SNSに大量の投稿を行い、コメントを書くなどの工作を行っていたようです。サンクトペテルの社屋が米国のシス​テムに対する工作活動活動を行う上での 「運営上のハブ」となった模様です。​

 IRAの給料は大統領府から支払われていたが、銀行振り込みでなく、すべて現金で支払われ、その給与額は他のPR会社に比べて相当高かったという情報もあります。

 プリゴジン氏​は「コンコード・マネジメント&コンサルティンググループ」を通 じて、IRAを含む3団体を管理​していました。プーチン大統領向けのコンコード・ケータリング会社も運営し、「プーチンのシェフ」とも呼称されていました。2008年5月のメドヴェージェフ大統領の就任式の際の食事関連もすべて担当し、この頃にはクレムリンのトップリーダーとの関係を築いていました。

 プリコジン氏は、2010年代以降、軍の食事、清掃サービスにも民間企業として初めて参加しました。しかし、2013年にセルゲイ・ショイグがロシアの国防大臣に就任すると、プリコジン氏との民間委託契約を打ち切った。それが、彼のビジネスの方向性を変化させ、IRAを運営し、ロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PⅯC)のなかでも特に規模が大きい「ワグネル」(2014年設立)にも出資するようになりました。​なお、ワグネルはロシアではPMCは非合法なので、同PMCは2016年にアルゼンチン、18年に香港で登記を行っています。

 ワグネルはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と緊密な関係にあり、事実上のロシア軍別動隊ともいわれています。そして、プリコジン氏と軍も密接な関係にあるという見方があります。ワグネルの活動は闇であり、それを探ろうとすると消されるという物騒な情報もあるようです。

 一方、クシエノバ氏は、​「プロジェクト・ラフタ」の会計主任であり、米大統領選挙後も米国​を標的とした政治的な干渉と影響力行使の取り組みのた​め、資金を運用したとされます。​2018年1月から6月まで「プロジェクト・ラフタ」に毎月予算を​割り当て、総額は6億5000万ルーブル(約11億1700​万円)超​となり、資金はIRAの要員の活動費やソーシャルメディア​上の広告費、ドメイン名の登録費、プロキシサーバの​購入費などにあてられた模様です。​

■ 選挙工作の手口

 ロシアの選挙工作について、(1)ハッキング、​(2)コンプロマート(暴露)、(3)オンライン・アクティブメジャー(オンライン上の積極工作)、(4)サポート・クレムリンズ・キャンディデエイト(ロシア支持候補者への支援)の4段階で行われたと分析されています。

 まず、ハッキングですが、これは暴露する価値がある情報を盗むことです。当時、米国の民主党本部を主なターゲットとし、クリント氏を貶めるスキャンダル情報が集められた模様です。当時、ヒラリー・クリントン氏はEメール疑惑で物議を醸していました。

 これを好機として、ロシア側はネット上で暗躍する「Fancy Bear(ファンシーベア)」(APT28、GRUの指揮下 【1】)と「Cozy Bear(コージーベア)」(APT29、FSV、SVRが母体、【2】)という二つのNGOにハッキングを行うよう指示を出したとされます。両NGOはロシアの諜報機関と連携している組織だとされていますので、ロシアが国家的に選挙工作に関わったとの疑惑(ロシアゲート)が浮かびます。なお、ロシアのハッカーは一般市民からリクルートされているとされ、官民の連携もみられる模様です。

 次にコンプロマートですが、これは最近になって出てきた用語です。特定人物の信用失墜を狙った情報のことで、英語の“compromising information”(コンプロマイジング・インフォメーション)を縮めて、ロシア語式の表記にした語ということです。

 ロシア側はWikiLeaks(ウィキリークス)や、大統領選のために特別に作られた「DC Leaks」や「Guccifer 2.0」といったサイトを利用して、クリント氏の信用を失墜する情報の暴露を行いました。ここでもFancy BearとCozy Bearが関与したとされています。

 クリントン氏が民主党の候補に指定された時、あるいは大統領選1カ月前の10月に彼女のeメールが大量に暴露されました。この好機をついた暴露によって、選挙の10日ぐらい前に、FBIがクリントン氏を再調査することになりました。

 オンライン上での積極工作では、あらゆる宣伝媒体を駆使して、スキャンダル情報が流されたといいます。その媒体には、ロシア国営のメディア「Russia Today(RT)」と「Sputnik(かつての「ロシアの声」)が利用されました。国営メディアは出所が明らかなので、真実と思われるホワイトプロパガンダを発しました。

 これに民営のメディアが加わり、陰謀論者が集まる「Infowars」、スティーブ・バノン氏がCEOを務めていた「Breitbart」、日本の「2ちゃんねる」をもじった4chanという掲示板などを通じて、ロシアのプロパガンダが拡散されました。これらは、グレー、ブラックのプロパガンダを行ったとされます。

 ロシア支持候補の支援では、第一段階から第三段階までの手段を駆使して、親トランプ派のコンテンツが拡散しました。ツイッター上での親トランプ派の発言が、AIや人を動員して拡散しました。

 ただし、英国の民間企業CAが営利目的で関与した選挙工作とは異なり、ロシアの関与には国家的意思がありました。ロシアはハイブリッド戦と呼称される戦法の一端としてサイバー攻撃を用いています。2007年のエストニアへの攻撃、2014年のクリミア併合ではそれが行われました。

 クリミア侵攻以来、オバマ民主党政権から受けていた経済制裁の流れを変えたいとの意図が2016年の米大統領選挙ではあったとみられます。同時に米国を国内分裂に導き、米国の国力の低下が企図されたと見られます。

【1】 APTは高度な(advanced)、持続的・執拗な(prsistent)、脅威(thret)の意味。APT28はファンシーベア、ストロンチウムとも呼称。2008年から、諸外国の航空宇宙、防衛、エネルギー政府、メディア、国内の反体制派を攻撃している。

【2】APT29は、コージーベア、デュークス、コージーデュークスとも呼ばれている。2014年から国際的に認知。何千ものフィシュングメ―ルを幅広く送信するとされる。