2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第3回)

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■日本社会の分断化が進展する

最近では、誤った集団心理によっていじめや極端な暴行が増加していると言われています。ある権威者によれば、「一人ではあまり過激な思想を持っていない人でも、大勢が集まると次第に思考が過激化していき、特定の誰かを攻撃する」といった事件が増えており、これを「集団極性化」と呼んでいます。

特にインターネットの世界では、思想の似通っている者同士が簡単に集団を形成しやすくなっており、「集団極小化」が起こりやすい状況です。

例として、2020年前後に猛威を振るった新型コロナ禍の中で発生した「コロナ自警団」は、その顕著な事例と言えます。ソーシャルメディアを通じて知り合った個人による連帯集団が、ウイルスの感染者が発生した大学に対して脅迫電話をかけたり、県外ナンバーの車に傷をつけたり、「感染リスクが高い」とされる職業に従事する親を持つ子どもを学校から排除しようとしたりしました。更には感染者の個人情報を無許可で公開し、集団で誹謗中傷やブラックメールを送りつけたことで、情報モラルの違反や他者への人権損害が生じました。

事件発生当時、政府の自粛要請を受け入れない「不届き者」を制裁しようとする一団が、正義の使者を装い、制裁行為をエスカレートさせました。彼らは政府に従うことで自らも小さな権威者となり、自らを正当化し、感染者を村八分にするかのような犯罪行為に手を染めたのです。

さらに、2022年からのウクライナ戦争では、「集団極小化」が一層進んでいます。一部の政治家や地域専門家が「NATO不拡大約束(1990年2月9日)」や「ミンスク合意(2014年9月5日)」などを根拠に、「欧米にも戦争責任がある」といった意見を主張すると、たちまちソーシャルメディアやマスメディアで叩かれる事態が起こりました。ロシア側の視点に立って「戦争の原因が2015年のミンスク合意を欧米が破ったことにある」と述べようものならば、「ロシアに味方するのか!」「侵略したロシアが悪いことに決まっている!」との怒号を浴びた。

2030年現在、個人が身勝手な思い込みや政府方針、有力集団の主張を盾に自己満足のために他者の人権を侵害するケースがますます増えています。

難民受け入れ問題、LGBT法案、防衛問題、宗教対策、教育保障、環境問題、デジタル化問題、年金と税金をめぐる問題は、社会を分断させる問題だと認識されています。

国民のインテリジェンス・リテラシーの低下や判断することの回避、選挙や政府の法案決定などの際に起きる集団極小化と情報モラルの違反、政府のデジタル化政策の推進と情報管理体制の杜撰さから起こる個人情報の漏洩などのデジタル社会の暗部が露呈されてきました。

多くの見識者は、このような状況が続けば、結果として社会全体の一体感や調和を揺るがすことになると指摘しています。

戦後、外部からもたらされたとはいえ民主主義を謳歌してきた日本が、それを守るために民主主義にメスを入れるのか、それとも民主主義の精神を尊重し、規制を自粛するのか岐路に立っています。

■権威主義国家がますます優位に立つ

わが国をはじめ、欧米諸国はAIが社会を分断化させることを危惧し、AIの不適切な利用を制限するため、基準を設けようとしていますが、自由・民主主義を盾にした反対勢力により、その施策は停滞しています。

一方で、権威主義国家は、自国に都合のよい法律と解釈を用いて、AIの技術開発で優位に立とうとしています。

わが国の隣国である中国は、中国共産党の許可を得た組織や個人だけが国家目的に限ってAIを利用できると定めた法律を制定しました。国民が共産党の許可なくAIを利用することを禁止したのです。

これらの措置が奏功したのか、中国国内の民主化デモは国民の「ガス抜き」程度にとどまっていると考えられています。

最近、世界では「AIと調和して発展する中国」「無秩序なAIの発展が社会を混乱させる」など、中国を賞賛し、欧米のAI政策を批判する論説が増加しています。

AIを使ったソーシャルメディア上の巧妙な偽情報により、民主主義国家のリーダーや国民が徐々にその影響を受け、無意識のうちに権威主義的な価値観に傾斜していくことが懸念されています。

わが国のソーシャルメディアでは、政権与党の批判や政府高官のスキャンダル暴露が盛んに行われ、国民の政権批判と政治離れが顕著になっています。

一方で、かつて米国にトランプ政権が誕生したように、最近の国政・地方選挙では、自主国防、米軍撤退、核兵器保有、移民反対などの右傾的な政府公約を掲げる候補が当選するケースが増えています。

こうした情勢を見て、不安定化と影響力の行使を目標とする某国の認知戦が行なわれていると警告する声も出ています。

わが国では厳しい銃規制にもかかわらず、インターネット上の知識と3Dプリンターを使って模造銃を製造するケースが後を絶ちません。

2022年には元総理大臣が銃殺される事件が発生しましたが、ソーシャルメディアはその犯人を称賛したり、刑の軽減を求める声を拡散させたりしました。

この事件では第三国による犯罪者のマインドコントロールも警戒すべきとの声が起こりましたが、わが国の国民が第三国による影響工作のターゲットになりやすい側面があるのは否定できません。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第2回)

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■インテリジェンス・リテラシーを失う国民

2030年現在、国民は大人から子供まで生成AIに依存しています。ChatGPTが登場した当初、教育や学業に様々な影響が及ぶと見られ、国内の大学では、利用の基準を示したり、注意喚起を行ったりするところもありました。しかし、生成AIがビジネス界に広まると、デジタル弱者になることへの恐れから、誰もが最新式の生成AIに飛びついている状況です。教育界などの注意喚起は社会になかなか浸透せず、政府も形式的な注意喚起は行っていますが、規制などの具体的な措置は取っておらず、基本的には野放し状態です。

すでに生成AIを巡るさまざまな問題が表面化していますが、表に現れていない重大な問題は、情報のリテラシーとモラルの問題です。人間は言葉を覚え、自ら「文章を書く」ことで思考力や想像力を養成してきました。生成AIに依存することで情報を使って思考し、判断する必要がないため、インテリジェンス・リテラシーが低下しています。情報の収集の指向性、適切性、妥当性の評価ができなくなり、状況判断や意思決定を誤ることになるとの警告も出ています。

一方で、情報モラルは倫理的な視点や責任感を持って情報を利用することです。インテリジェンス・リテラシーが低下すれば、情報モラルも低下します。最近の個人のプライバシーの暴露、著作権侵害を巡る裁判沙汰の増加は、生成AIが人々の情報のリテラシーとモラルの低下が原因であると指摘されています。特に隆盛を続けているソーシャルメディアの世界では、情報のリテラシーを欠き、モラルに違反する事例が増加しています。

ソーシャルメディアは趣味や価値観を共有する特定グループを形成することで飛躍的に発展しました。その結果、特定グループ内では他人の行動や信念を模倣し、肯定し、異なる意見や視点が排除されるようになりました。この状況は「エコーチェンバー」効果と呼ばれる現象であり、かねてから問題視されてきましたが、2030年現在はそのような傾向が顕著となっています。

現在は、ソーシャルメディアの世界では、偽情報や誤解が蔓延し、「高速思考」(反射的で感情的な思考)が一般化し、「低速思考」(合理的で慎重な思考)が排除される傾向を強くしています。さらに憂慮すべきことに、ソーシャルメディアの中で横行する偽情報を基づいて、リアル社会での暴力事件が発生している事例も確認されています。銃規制のない米国では、以前からこのような事件が起きていました。

今日の日本でも同様の事件が起きています。いくら銃の規制を厳しくしても、インターネットから爆発物や銃を製造する知識は得られ、生成AIも少し遠回しの質問をすれば、このような情報要求に応じてくれます。政府はインターネット上の監視の強化を求めていますが、通信の自由を妨害するとか個人のプライバシーを侵害するといった理由から、国家論議はいつも紛糾しています。

言論の自由を尊重する日本では、ソーシャルメディアは〝無法地帯〟と言えるでしょう。その世界では、偽情報の拡散力が強いです。政府が若者を苦しめる悪法を制定するなどのデマが流れ、一部の若者は反社会的な行動に走るケースも散見されます。 インテリジェンス・リテラシーやモラルを失った人々が反社会的な発言や行動を広め、それが拡散していく様子が見受けられます。このような社会の流れを抑える具体策はまだ提案されていません。

■信頼を喪失するマスメディア

新聞や雑誌などの伝統的なマスメディアは、デジタル・ソーシャルメディアの台頭とともに発行部数を減少させ、収益性が低下しています。これは今に始まったことではなく、インターネットやスマートフォンが登場して以来の問題ですが、最近ではその傾向が一層強くなっています。国民の新聞購読数は激減し、テレビよりもユーチューブなどの動画サイトを好むようになりました。いつ誰が作成したかわからないユーチューブ報道を見て、現在進行しているリアル社会であると錯覚する人も多いです。

生成AIが書いた小説がインターネットで話題になるなど、書籍はますます売れなくなりました。生成AI以前に人気を博した執筆者はかろうじてその権威を保っていますが、新たな執筆者は表舞台に登場しなくなり、出版業はますます斜陽化しています。

デジタル・ソーシャルメディアに対抗するため、すでに一部のメディアは視聴者が好む情報を流すようになったとの批判があります。つまり、視聴率や閲覧数を増加させることに躍起になっているのでしょう。社会的な混乱や政治的な対立が高まる局面では、報道倫理を無視し、情報の真偽を見極めることなしに、人々の興味ある情報を流す傾向が強まっているようです。10年前はマスメディアに対し「情報源として信頼できる」と回答した者は六割を超えていましたが、最近は四割程度となり、国民の多くからマスメディアは信頼を失ったとされています。

一部のマスメディアは娯楽番組や過去の特集に力を入れており、多くのマスメディアは収益性が低下したため独自取材には力を入れられず、政府発表に追随している状況です。もはや「政治権力の監視」というかつての看板はすっかり色あせたようです。一部の見識者は、多くの国民が正しい情報を入手する手段を失えば、判断すること自体が面倒であると指摘しています。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第1回)

このシナリオは台湾有事と題していますが、中国と台湾で起きる物事に焦点を当ててはいません。台湾有事が発生する前の、平時からグレーゾーン段階での日本の沖縄本島を含む南西諸島を中心とした日本で起きる情報戦や認知戦に関するシナリオです。

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■AI技術がもたらすデジタル社会の混迷

2030年現在、我が国におけるAIは急速に発展中であり、AIがけん引する高度なデジタル社会からはもはや後戻りできない段階に達している。インターネットを通じて世界中の情報に瞬時にアクセスすることは、仕事やビジネスの効率化やイノベーションのために不可欠となっている。また、インターネット上で様々なサービスを享受することで生活の利便性が向上し、我が国の少子高齢化対策においてもAIは欠かせない存在となってきた。

しかしながら、同時に多くの国民がAIによるネガティブな側面に気づき始めている。サイバー空間ではディープフェイクによる偽情報の生成、自動化されたフィッシングメール攻撃、自動プログラミングによるマルウェアの生成など、AIの悪用事例が様々な形で確認されている。すでに多くの分野でAIが人間の業務を代行し、人間の職を奪うなどの影響も現れ始めている。

さらに、AIはデジタル格差、情報格差、世代間格差を生み出している。デジタル技術の普及に伴い、多くの情報やサービスの受け渡しはオンラインで行われるようになった。デジタル社会はリテラシーに優れた若者にとっては利便性が高い一方で、そうでない者には住みにくい社会となっている。

特にデジタルリテラシーが低い高齢者は、オンラインシステムからの個人情報や銀行口座の流出などを心配し、疑心暗鬼になっている。どこに電話をかけてもオンラインメッセージであり、市役所の資料請求に出かけても丁寧に案内してくれる受付人がいない現実に直面している。警察や自治体からの詐欺に関する注意喚起も頻繁に行われ、人手不足の中で情報格差と世代間格差が進んでいるのが現在の社会の実態である。

こうした状況は社会の分断化を招くものとして多くの専門家が警告している。政府はデジタル社会の発展と利便性を維持するためには、社会、組織における情報管理の徹底と、個人の情報リテラシーやモラルが重要であると啓発している。

政府内にはAIを規制する動きもあるが、自由・民主主義を奉ずる勢力の反対によってこれらの動きは打ち消され、結果的にAIは制約なく発展している状況である。一方で、暗号通貨やAIを積極的に利用する層は海外資金を運用し、国内では脱税の手段を模索している。

最先端技術に追いつけない高齢者などは国家のデジタル化に反対の立場をとりがちである。高齢者たちは社会の端に置かれがちであるが、彼らは強力な権力である選挙権を持っている。このため、政治家たちは高齢者層の投票に期待し、国家のデジタル化があまり進展していない。

一方で、隣国の中国はますますデジタル大国となり、現在では貿易もデジタル人民元での決済が一般的になっている。政府の中にはAIを規制する動きもあるが、自由・民主主義を唱える勢力の反対圧力で打ち消され、結果的にAIは野放しの状態である。中国と日本との国際競争力の差が広がっており、この状況が進行している。

■偽情報を拡散する生成型AI

2020年代初頭に登場した「ChatGPT」とそれに触発され、対抗する対話式(生成型AI)が相次いで誕生し、市場シェアを急速に拡大している。これらの技術の最大の魅力は、文書の作成能力において「人間よりも人間らしい」とされる点である。パラメータの急激な増加により、これらの技術は自然で幅広い範囲の言語生成が可能となり、多くのビジネスパーソンを引き付けている。

しかし、ChatGPTにはGPT-3の開発段階から懸念されていたリスクが存在している。ChatGPTの開発元であるOpenAIの研究者は、世界有数のサイバーセキュリティイベント「Black Hat USA 2021」で、ChatGPT3が悪用された場合のリスクについて警告していた。残念なことに2030年現在、この警告は現実のものとなりつつある。現在、生成型AIは悪用者によって大量の偽情報や有害情報を生成するツールとしても機能している。

最新式の生成型AIはビッグデータから学習を深化させ、人間の個々のユーザーに合わせた大量の情報を、人間をはるかに超える速度で生成している。このような情報は受け手にとって魅力的で説得力があり、仲間内でシェアされ、情報は加速的に拡散しているようだ。しかし、その中には他者を誹謗・中傷する、社会を偽情報によって貶める類のものも多く見受けられている。

生成型AIはボットと一体となり、24時間稼働で偽情報が拡散されるため、政府が推奨するファクト・チェックも追いつかない状態である。サイバー空間では悪意ある者による偽のプロフィール、コメント、画像が大量に流通している。また、生成型AIは誤植が多いことが問題となっており、そのなめらかな文体からくる信頼性の低下も懸念されている。たとえば、「ウィキペディア」の記事も生成型AIが書いているのか、以前よりも正確性が低下したとの指摘がある。

「Web」上の誤った情報に基づくEコマース上のトラブル、プライバシーの暴露、著作権侵害を巡る裁判沙汰などが急増している。また、倫理的な判断を伴う社会問題への投稿においては、生成型AIを使って書かれたものにより、殺伐とした、弱者を軽視するコメントが増えているとの指摘もある。

生成型AIが人間の意識に悪影響を与える可能性を懸念する声がある中、一部の者は政府が抜本的な規制をかけるべきだと主張しているが、現在までに具体的な動きは見られていない。

(次回に続く)

認知戦とは何?(第4回=最終回 )

 

自由・民主主義的な価値観の普及は奏功せず

西側の自由・民主主義国家は、権威主義国家に対して、人間が本来持つ自由と民主主義への憧れをツールとして、影響力を行使し、社会の民主化を促してきました。これに対して、中露などの権威主義国家は、国内でのメディア報道などを制限・統制し、国内での民主化運動を取り締まるなどの対抗策を講じてきました。

現在はイータネット時代に入り、フェイスブックや他のソーシャルメディアが発展し、権威主義体制下の人々を自由・民主主義のイデオロギーへと誘導する動きが生じています。しかし、中国、ロシア、北朝鮮などの国々は、インターネットやスマートフォンの自由な使用を制限し、逆にスマートフォンなどを用いた住民監視や思想統制などを行なっているとされています。

こうした状況下で、西側が目指す報道・言論の自由や人権の尊重などの価値観が、権威主義国家ではなかなか成果を上げていないのが現実です。

権威主義国家は平時から認知戦を展開する

一方、自由・民主主義の米国では、報道や言論の自由が保障されているため、ベトナム戦争の報道統制に失敗しました。一方で、9・11同時多発テロ事件後には国家機関が大量の個人情報を水面下で収集するといった事例が発生し、これらが暴露された事件(「スノーデン事件」など)も生じています。

言い換えれば、権威主義国家のような徹底した報道・言論統制は米国では困難であると言えます。マスメディアやソーシャルメディアなどは原則、自由な活動が保障され、それが反政府的な行動を引き起こすこともあります。

権威主義国家は、ここに西側社会の脆弱性があると捉え、真実と虚偽を織り交ぜた情報を発信し、社会の不安定化や特定の対象に対する影響力を行使しています。つまり、平時と戦時の境目がない状況で認知戦を展開しているのです。

偽情報も繰り返せば真実になる

ウクライナ戦争では、欧米が情報発信として、ロシアによる偽情報に対抗する様子が見られますが、これは報道の自由が保障されている欧米社会に限定されています。また、真実と嘘が混在した大量のナラティブは、偽情報としての立証が困難であり、偽情報対策の手段であるファクト・チェックにも限界が生じています。

生成AIが進化し、今以上にもっともらしい儀情報や偽画像が簡単に大量に作成できるようになれば、ファクト・チェックはさらに難しくなるでしょう。

日本を含む自由・民主主義国家は、サイバー空間上で社会不安の種となる偽情報が流通し、拡散している状況に効果的に対処できていません。同時に、権威主義的な国家は、自由・民主主義国家に対し、偽情報の発信やサイバー攻撃などを通じて不安定化と影響力の行使を行っている可能性があります。

単なるうわさ話も時間が経つにつれて内容が拡大し、拡散されて疑惑となり、そして、いつしか噂話は真実と受け入れられることがあります。ナチスのヨーゼフ・ゲッベルスが言ったとされる「嘘も百回言えば真実となる」文言は(ヒトラー説など諸説あり)、〝真っ赤な嘘〟であっても繰り返し言い続けることにより、誰もがそれを真実だと感じるようになるという危険性があることを示唆しています。

(おわり)

認知戦とは何?(第3回)

 認知戦は世論形成に長けている

前回は認知戦の特徴について触れましたが、少し要点を復習します。

認知戦は過去の心理戦や情報戦に比べて、情報の拡散速度が速く、しかも特定個人の心理・認知に作用するので、一般大衆の意識への働きかけが大きく、世論形成にも長けています。現在の発達したICT環境の中で、AIやボットを利用すれば、24時間ひと時も休まずに、真偽を織り交ぜた情報を拡散し、人間の心理・認知に影響を及ぼすことができるのです。

従来の心理戦あるいは情報戦(メディア戦)では、影響工作は国家、組織などの優先度の高い指導者と不特定多数の世論への働きかけに制限されてきましたが、今日の認知戦はAIの活用とソーシャルメディアの発達により、特定個人の心理・認知への影響工作が可能になりました。

この背景には、スマホとソーシャルメディアの発達があります。従来の新聞、メディアは対象に対し、一方的に情報を発信することしかできなかったのですが、スマホと結合したソーシャルメディアでは、情報の発信者がどこの誰で、その情報を誰に拡散したかなどの追跡が可能となりました。

人々の行動を追跡し、好みや信念を把握し、その行動に影響を与える。特定対象が関心を持つ情報を重点的に配信し、興味を引き付け、引きとどめる。こうした手法により、たとえば心理・認知を刺激し、思いもしなかったような商品を買わせることも可能となりました。

つまり、ソーシャルメディアとスマホの普及により、認知戦は特定個人に対象に絞って、その心理・認知操作し、意思決定や行動を変容させることが可能となりました。

それゆえに、2016年の米大統領選では、フェイスブックの個人情報を不正利用して、「サイコグラフィック(心理的要因)」により有権者の「セグメンテーション(選別)」を行なうといった「マイクロターゲティング」の手法も採用されたのです。

認知戦の第一の目標は不安定化である

認知戦では、不安定化と影響力の行使という二つの目標達成を目指します。

不安定化とは、社会組織と人々の結束を攪乱し、経済領域での生産性の低下、政治対立などを惹起させることです。

その手法は、対象国の国家や集団の内部に問題が生じさせ、その国家をその問題処理に忙殺されるように仕向け、有益な目標達成への努力が削ごうとします。

偽情報でなくとも、有力政治家が汚職や破廉恥事件などの真実のスキャンダル情報を流布することで、国民の政治不信を醸成できます。

たとえば、『ウィキリークス』は、二〇一六年の民主党全国大会(DNC: Democratic National Convention)で、民主党候補ヒラリー・クリントンが過去にゴールドマン・サックスなどウォール街の複数の企業を相手に多額の講演料で講演した非公開の内容の抜粋とみられる文書を公開し、国民のクリントンに対する政治批判が集まるように画策しました。

認知戦の第二の目標は影響力の行使である

一方の影響力の行使とは、社会の不安定化を背景に、対象とする集団、個人の意識に直接的に働きかけるものです。

その手法は、特定の集団、個人が有している周囲の環境に対する意識や価値観を操作し、攻撃者と同じ考え方(イデオロギー)を持つように働きかけ、最終的には攻撃者が意図する行動をとるよう仕向けます。

また、攻撃者は、政治、経済、学術、社会の指導者を対象にして、より広範な大衆に影響力が及ぶように仕向けます。

影響力行使の事例には、テロ組織が行なったイデオロギーへの同調があります。イスラム国(ISIL)はソーシャルメディア上でハッシュタグを活用したメッセージや、デジタル技術・音楽を活用して完成度の高い動画を発信し、組織の宣伝や戦闘員の勧誘、テロの呼びかけなどを巧みに行ない、多数の外国人戦闘員や一般市民を魅了しました。

(第4回に続く)

認知戦とは何?(第2回)

欧米が「認知戦」の研究を開始

前回は、「認知戦」または「Cognitive Warfare」の急速な使用背景について述べました。中国は2003年頃から認知領域を定義し始め、欧米では2017年頃から「cognitive warfare」が主要な研究テーマとなりました。米国防情報局(DIA)のVincent R. Stewart将軍は2017年に「敵は認知領域で戦うために情報を活用している。だから平時・戦時の意思決定の領域での情報戦に勝利することが重要である」と指摘しました。おそらく、2016年の米大統領選挙時の「ロシアゲート」によって認知戦に対する危機感が増幅したのでしょう。

米国とNATOの認知戦に関する研究論文では、選挙工作が重要な事例として取り上げられ、2019年12月に発表されたHarvard大学の研究論文では、認知戦は「情報的手段によって、ターゲットとなる人々の思考形態およびそれに伴う行動形態を変容させる戦略」と定義されました。同様に、2020年にJohns Hopkins大学の研究者は、「認知戦は敵を内部から破壊し、外部主体が世論を武器にして公共機関および政府の政策に影響を与え、公共機関を不安定化させる試み」であると定義しました。

認知戦にはどんな特性があるのか

認知戦の特性は、第一に、従来の物理領域での活動とは異なり、非物理的な戦争方式(非物理戦)である点です。すなわち、敵の意思を戦わずして破砕することを究極目標とします。この点は原始以来の心戦、心理戦と変わるものはありません。

第二に、認知戦は心理戦および情報戦の進化版であると言えます。前回述べたように、非物理戦は古代の心戦に始まり、第一次世界大戦になってから計画的・組織的な心理戦(Psywar、PsyOps)へと発展し、さらにICT環境の発達の中で電子戦、情報戦、サイバー戦などが出てきました。これらの発展経緯の延長線上に生まれたのが認知戦です。したがって、認知戦は「サイバー空間または認知領域の中で展開される新たな心理戦である」ともいえるでしょう。

第三に、認知戦は人間を対象とします。ここが従来の情報戦との差異です。情報領域で行われる情報戦は、情報を搾取する、情報の流れを遮断するといった具体的な対象を持ちますが、あくまでも情報そのものを対象とし、それを制御(コントロール)するために、通信施設などの物理空間における目標への攻撃(物理戦)も行われます。 

他方、認知戦は情報を扱う人間を対象として、その心理・認知を操作し、意思決定や行動を変容させるものです。

第四に、認知戦はサイバー、情報、認知心理学、ソーシャル・エンジニアリング(社会工学)、AIなどのさまざまな技術を統合して行われます。特にAIとの親和性が高く、AIを利用した偽情報の生成や発信が、平時および有事において、軍事および非軍事の境界なく行われています。

第五に、認知戦は発展したインターネット、スマートフォン、そしてソーシャルメディアの環境の中で展開されます。認知戦は過去の心理戦や情報戦に比べて、情報の拡散速度が速く、しかも特定の個人の心理・認知に作用するので、一般大衆の意識への働きかけが大きく、世論形成にも長けています。

認知戦とサイバー戦との違いは何?

両者ともにソーシャルメディアを通じてコンピュータ・ウイルスを拡散し、感染者が拡大していく点は共通しています。たとえば、両者ともにボット(人がやると時間がかかる単純な作業をコンピュータが代わって自動でやってくれるアプリケーションやプログラムのこと)を利用して、人間らしい外見を持つアカウントを通じて、大量の偽情報を拡散します。

しかし、認知戦はサイバー戦とは異なり、情報システムなどへの攻撃ではなく、あくまでも人間の心理・認知に影響を及ぼし、内部から自己破壊させ、抵抗や抑止できないようにすることが目標です。したがって、サイバー空間でコンピュータ機能の阻害を目的とするDDoS攻撃は、情報戦(サイバー戦)ではあっても認知戦ではありません。

(第三回に続く) 

認知戦とは何?(その1)

     

認知戦という言葉をよく耳にする最近

2022年2月のウクライナ戦争が始まる以前から、「認知戦(Cognitive Warfare)」という言葉をよく耳にするようになりました。わが国のインターネット上の論文や一般書籍でも認知戦を冠するものが多く確認されるようになりました。筆者が参加する安全保障やサイバーセキュリティのセミナーでは「認知戦」という用語にしばしば接します。

実は、認知戦についての世界の共通定義は未だになされておらず、欧米もその研究を開始したばかりです。ただし、認知戦を「偽情報により相手の認知(認識)を誤った方向に導き、判断を誤らせる戦い」、あるいは「ソーシャルメディアによる情報操作や偽情報など」といったニュアンスで認識されているようです。

ウクライナ戦争では認知戦が繰り広げられている

 ウクライナ戦争では、ロシア、ウクライナ、そして欧米がマスメディア、ソーシャルメディアを使って真偽不明な画像やナラティブ(物語)を拡散し、国際世論を味方につける、あるいは相手側の社会を分断する試みを行なっています。すなわち、認知戦の様相を呈しているのです。

認知とは「何かを認識・理解する心の働き」であり、認知戦の本質は相手の心に影響を与え、支配することです。この点は伝統的な「心戦」あるいは「心理戦」と一寸の違いもありません。この点に関して、中国の軍事専門家は「認知空間における競争と対抗は数千年の戦争史を通じて一貫して存在しており、古代の中国では『攻心術』や『心戦』と称されていた」と指摘しています。しかし、認知戦は、発達したICT環境の中に誕生した新たな戦いでもあります。つまり〝古くて新しい戦いなのです。

心理戦から認知戦に至る経緯

心理戦(心戦)は、わが国においても古代から兵法の一つとして用いられてきました。第二次世界大戦時には、欧米の専門家が「Psychological warfare」および「Psychological Operations」の概念を提起し、わが国ではそれを心理戦争、心理戦、心理作戦などと訳しました。冷戦期には、心理戦は核抑止戦略の一環を形成し、政治的用語としての色彩を強く帯びるようになりました。

湾岸戦争において米国は、C4ISRを駆使した戦いを展開し、世界を驚愕させました。その戦争から情報の重要性が認識され、「Information Warfare(情報戦)」や「Information Operation(情報作戦)」などの言葉の定義づけや研究が世界的に行なわれました。中国やロシア、あるいは国際テロ組織は〝弱者の戦法〟として情報(作)戦に取り組み、その中でも電子戦、サイバー戦能力の強化に努めました。

21世紀に入り、時代はパソコンからスマホへと移り、情報発信のツールとしてソーシャルメディアが登場した。2010年初頭の「アラブの春」ではソーシャルメディアによる民主化デモへの参加が呼びかけられました。

そして、現行のウクライナ戦争ではマスメディアがテレビ、新聞、インターネット記事で戦況を刻々と報じています。同時に、戦場にいる誰かがスマホで動画を撮影し、それをソーシャルメディアで拡散させ、世界の多くの人々の心理・認知に影響を及ぼしています。すなわち国際社会全体が認知戦の影響を受けているのです。

さらに、認知戦の先には、AIが人間の心理・認知を操作する、あるいは人間の心理・認知をも超えてAIが自律的な意思決定を行ない、自律型無人機が戦場を飛びかうAI戦争が見え隠れしています。

私たちはこうした世界に生きています。現在、世界や我が国周辺で起こっている認知戦についてもっと知る必要があると思います。(次回に続く)

ツィーターを開始し、はや3か月半!

2023年1月からツイッターをはじめました(本名でやっています)。3月半、ほぼ毎日書きましたが、4月半ば現在、フォローワー数が30名であり、何万人ものフォロワー数を持っているツイッター者には敬意を表します。

周囲の者にもツイッターを始めたと宣伝しているわけではありません。内容も面白いものではないので共感を誘うものでもありません。私の記事が勉強になると思う方にお読みいただければ良いと思います。

ツイッターで感じたこと、気付いたことは、字数が決まっているのでメモ代わりに、スマホで軽易に書ける、非常に便利だということです。このウェブは月々の有料料金を払っていますが、スマホに直結していないので開くのが面倒です。スマホは無料であり、アイコンを押せばすぐ開ける。まことに便利です。

でも、政治的な偏りなど、第三者にとって不快ななこと、個人情報の無用な暴露などの記述には気おつけています。面白いことを書けば拡散するとは思いますが、自分にはたいして面白い話もないし、まあ抑制しています。

ツイッターを除くと相当な情報があります。なかには、こんな記事によく何万人も注目しているな、と思うこともありますが、そこには心が寄り添う関係が成立しているのでしょう。わたしは、ツイッター記事をあまり詮索しないようにしています。というのは、時間がもったいないし、ほかのことに注意が向かうと勉強がおろそかになるからです。やはり、自分の読書時間が奪われるのはイヤです。

これまで認知バイアスや思考術について書いて、今は心理戦についてツイッートしています。その次はカウンターインテリジェンスについて語ろうかと思います。心理戦とカウンターインテリジェンス、今年か来年にはそれぞれをテーマとした本を出版でしたいなと思い情報収集を兼ねて備忘録として書いています。(おわり)

新年あけましておめでとうございます。

2023年の正月は駅伝を見てゆっくりと過ごしました。実業団駅伝はホンダの二連覇、箱根は駒沢が優勝して、昨年からの駅伝で三冠を達成しました。どちらもチームワークの勝利でした。おめでとうございます。

昨年1年間の私は、某企業のシナリオプランニング作成のお手伝いをさせていただき、貴重な経験をしました。また、おおむね月1での講演をお引き受けし、充実した1年間になりました。著書の方も、『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル』と『武器になる状況判断力』の二冊を刊行しました。

前者は、すこしセクシーなタイトルですが(読み手の注意を惹く刺激的なタイトルを「セクシー」なタイトルという)、思い切って難しいところを避けて、2~3時間で読み切れるをコンセプトとしています。

実は分かりやすいということは、重要ではあるが微細なところが省略(いわゆる犠牲)されています。インテリジェンスはこの微細なところが重要です。ですから、まずは一挙に読むことで、インテリジェンス脳を作り、その次に他のインテリジェンス本にも挑戦したいただきたいと思います。

後者は、少々がっちりと書きました。この著書は自衛官、ビジネスパーソンなどにお読みいただくことを想定しました。この本の欠点は、起業などのための状況判断はできないということです。つまり、上からの任務付与があって初めて自分の任務(具体的に達成べき目標)を分析して、その任務を達成するための行動方針を案出するという思考方式なのです。

ある上場企業の副会長から言われてたことがあります。「わが社でも自衛官OB(将補クラス)を採用したが、彼らはこれをやれと言えば完璧にこなす。でも自分で創造的に考えて仕事をすることができない。」

これは、任務分析は良くできるが、創造的思考ができないということなのかもしれません。大きな組織の中にいると、上からの指令を忠実に実践することが大切であって、自分で創造的に何かやろうとすると、「いらんことはするな」ということになります。なので形にはまったことは、よくできるが、創造的に自分で考えることは苦手になっているようです。

さて今年はどんな年になりますか。コロナは収まるか、ウクライナは停戦を迎えるか、物価上昇や円安はひと段落するか、いずれも見通しはさして明るくないような気がします。しかし、民主主義大国の米国は国内対立がだんだんと激しくなり、権威主義国家の中国はゼロコロナ政策が失敗するなど荒れ模様です。なんだかんだと言っても日本がまともだな、と思います。

今年の執筆テーマは「認知戦・心理戦」です。もうひとつの目標は健康管理です。1年間、無理せず、横着せずに頑張りたいと思います。

新著『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル』9月18日に発刊

皆様へ

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。本日は私の新著の発売のご紹介させてください。

 9月16日ワニブックス社から『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル-仕事で使える5つの極秘技術』が発刊されます。ワニブックス社は桜林美佐様の『陸海空 軍人によるウクライナ侵攻分析』の出版社です。

 タイトルは、読者の関心を引き付けようとの意図が見え見えですが、内容はインテリジェンス・リテラシーやビジネス力をつけるために役立つ内容です。

 本日は同著の前書き部分(修正前原稿)を紹介させていただきます。

善く(よく)戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し。

→勝者は無理のない、勝って当然な勝ち方をする。「能ある鷹は爪を隠す」。それが諜報員の戦い方である。

  故に三軍の事は間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く、事は間より密なるは莫し。

→組織トップは、諜報員を最も信頼し、高い俸給が与え、しかも諜報員とのことは秘密にしなければならない。つまり、諜報員は組織にとって必要不可欠な存在である。

■この世で最も“頭の回転が速く”なければならない職業

「会話や物事の理解度が高い」

「仕事を効率的に行なう」

「情報をまとめたり、整理できる」

「人の心が読める、人を操れる」

「記憶力が高い」

「物事の先を読める」

「決断力がある」

 多くのビジネスパーソンが憧れる、〝頭の回転が速い人〟とは、このような能力や資質の持ち主を指すのであろう。

 むろん、これだけの能力が備わっていれば、仕事やビジネスで成果を出すことはたやすいだろう。だからこそ、あなたは「頭の回転が速くなる技術」について書かれた本書をご所望されたのだろう。

 実は、冒頭に並べた能力・資質をほぼすべて兼ね備えている仕事人がいる。それが諜報員だ。本書で定義する諜報員とは、アメリカのCIA、イギリスのMI6、ロシアのSVR、イスラエルのモサドといった諜報機関で、敵対勢力に対し、「戦わずして勝つ」を信条に水面下での情報戦に従事している者の総称である。

 彼らは、情報を収集し、分析してインテリジェンスを作成したり、時に秘密工作に従事し、また、国家の重要な秘密情報を守るミッションを遂行する。

諜報員がミッションに失敗すれば、国や国民は危機に瀕する。個々の諜報員には死刑、投獄が待っている。まさしく、重要かつ命がけの職業だ。

諜報員は、高い倍率を突破し、長期間の基礎教育と実地教育で篩にかけられ、勝ち残った超一流のエリートである。

 すなわち、諜報員こそは、この世で最も「頭の回転が速くなければ務まらない職業人」なのである。

 本書のテーマは、世界の優秀な諜報員が実践している「思考」と「行動」の型を紹介し、それをあなたに使いこなしてもらうことだ。

■努力、まじめさ、よりもダークスキルで成果が出る

 誰もが仕事に対して、努力し、まじめに働いていることだろう。それなのに、なぜ、成果が出ないのだろうか。それは、結果につながらないことをやっているからだ。すなわち無駄なことに力を注いでいるからだ。

 諜報員は国家の危機を救うなど大きな成果を出している。そんな優秀な諜報員の仕事の流儀に従えば、あなたは無理なく成果が出せるだろう。

 諜報活動は社会の水面下で粛々と行われるため、諜報員の成功が華々しく語られることはない。すなわち、諜報員のスキルはダークサイドのスキルなのである。しかし、インテリジェンスに関する研究書や歴史書、元諜報員の自伝や執筆物から、ダークサイドのスキルから一部は我々に役立つスキルに置き換えることはできる。また、欧米では、企業がインテリジェンスの重要性を認識していることもあり、退職する諜報員は今も昔も、企業から引く手あまたの状態だ。経営者として成功している元諜報員も多い。

 つまり、諜報員のスキルの中で汎用性の高いものは、ビジネスの世界に流入し、活用されており、これらスキルが成果につながることは実証済みである。つまり、ビジネスパーソンがこれらスキルを使えば必ず、頭の回転を格段に速めることができる。

 諜報員は、緊迫した状況で成果を出さなければならない。だから諜報員のスキルは「ムリ、ムダ、ムラ」を排除したシンプルで理に適っている。すなわち、諜報員のスキルはビジネスパーソンにも容易に理解できるし、実践しやすいのだ。

 また、かつては国家機関で情報の収集と分析に携わり、今はビジネスパーソンの一人となった我が、重要な情報を選りすぐり、自分の経験も踏まえて、できるだけ平易に解説した。

本書で書かれていることを、あなたが実践すれば、ビジネスの成果を出すことは間違いないと確信する。

■元情報分析官等の経験から解説

日本にはCIAのような海外で秘密ミッションを行なうような機関はないが、「日本に諜報機関があるか」と問われば微妙である。なぜならば、諜報という言葉は元来、目的を秘匿する情報収集活動であって、そこにはオープンソース(公開情報源)を集め分析する活動も含むからだ。

 このような活動はいかなる国も当然のこととしてやっている。だから、私がかつて就いていた「情報分析官も諜報員か」と言えば、(我が国では諜報がダーティーなもとのイメージが定着しているので非常に答えにくいが)「そうだ」と言えるのかもしれない。

 私はかつて、情報幹部、情報分析官、情報学校の共感、在外大使館員などとして勤務していた。本格的な諜報員のように身分を隠すようなことはなかったが、オシントやヒューミントを収集し、分析した。また、各国情報機関の公開の情報分析マニュアル、各国のスパイマスターや諜報員の自伝を渉猟し、彼らの思考法から、自らの情報収集や情報分析のスキルを磨いてきた。

 簡単に言うと、インテリジェンスとは情報(インフォメーション)を料理することだ。集めた情報を自分なりに解釈し、意思決定、行動に活かせる形にしたものがインテリジェンスである。

 現在、私は一介のビジネスパーソンである。そこで残念に感じることがある。ビジネス界にはスキルアップ研修の場は数多くあるが、インテリジェンス・リテラシーを高めるための研修は少ない。つまり、インテリジェンスの重要性は次第に認識されつつあるものの、それがスキルとなってビジネスに適用されることには不十分である。

 これからは、社会がますます不確実性を帯ていくとともに、高度なICT社会の中で情報が氾濫する。だから、インテリジェンスや諜報の重要性が増大するだろう。それは相手側の情報の活用と、自らの情報のセキュリティという両面においてである。

 本書は、元諜報員が自らの体験をビジネス向けに書き下ろした著書の中から、ビジネスパーソンが活用できるエキスを抽出して1冊に再構築した。そこに、私の経験から得た知見でもって体系整理と内容の肉付けをおこなった。本書はインテリジェンスリテラシーの入門書としての価値も高いと確信する。

■本書の構成

 本書は次のような構成になっている。

01の章では、諜報員がいかに優れているか、どんな組織で、どんな活動を行ない、どんなスキルを持っているかを紹介する。

02の章では、情報収集法を紹介する。諜報員がどのように秘密情報を集めていくのかがわかる。

03の章では、人心掌握の技術を紹介する。諜報員が、協力者を見つけ、思い通りに動かすテクニックがわかる。

 04の章では、記憶術を紹介する。キーワードや人の話の内容を覚える技術、記憶を瞬時に引き出す方法がわかる。

05の章では、情報分析の技術を紹介する。03章までの技術を駆使して集めた情報から、有効な意思決定、行動を行なうためのインテリジェンスを作成する要領の一端がわかる。

06章では、目標達成のための実行力を高める方法を紹介する。冷静に、迅速に、柔軟に考え、行動する技術が身につく。

 ところどころに、歴史的なスパイ戦についてもお話しているので、楽しみながらスキルを身につけていってほしい。

                                  (以上)