武器になる「状況判断力」(9)

軍隊式「状況判断」は軍事合理性と米国の国情から生まれた

□はじめに

 コロナの新規感染者数も次第に下降傾向にあるようです。若者に対するワクチン接種が拡大した成果でしょうか。このまま一挙に収束することを願っています。

 

ところで前回の謎かけの答えです。信号機の赤色は危険信号なので最も重要です。だから目立たなければなりません。仮に赤信号が左側、すなわち歩道側にあったら木の陰に隠れて見えづらくなります。また、日本の車両は左側通行です。そのため、進行方向に向かって右側、つまり中央部の方が良く見えます。

ここで重要なことは、仮にこのような理由を発見した時、「では、右側通行の米国はどうか?」という新たな疑問を持つことです。なお、米国の信号機は進行方向に向かって左から「赤、黄、青」の順番です。

 

今回の謎かけは、「大阪ではエスカレーターの右側に立ち、東京では同左側に立つのは、なぜか?」です。皆さん、この事実をご存じでしたか?

▼状況判断は旧軍教範にもある

前回は軍隊式「状況判断」について解説しましたが、わが国にも戦前から「状況判断」の概念は存在していました。明治期に作成された公開教範『野外要務令』では、「情況を判決するには……」との条文があり、また別の条文では「情況判断」という用語も確認できます。

大正期の教範『陣中要務令』では、「情況を判断するに……」との条文や「およそ指揮官の決心は任務、地形、敵情、我が軍の状態等を較量(こうりょう)し、周到なる思慮と迅速なる決断とを以て、これを決するものにして……」との条文があります。

昭和期の教範『作戦要務令』でも、「指揮官はその指揮を適切ならしむるため、たえず状況判断(※情況ではなく状況になった)しあるを要す」とあり、「指揮官は状況判断に基づき、適時、決心をなさざるべからず。状況判断は任務を基礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種の資料を収集較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす。」と規定されています。

つまり、任務、我が状況、敵情、地形・気象(地域)の4つの要因を考察して状況判断し、その上で指揮官が決心を行なうという基本理念は戦前から確立されていたのです。

なお、これら教範の源流は『ドイツ式野外要務令』であるので、「状況判断」は、多くのほかの軍事思想や軍事原則とともに当時のプロシアから入ってきたといえます。陸軍大学の教壇に立ったメッケル少佐もおそらく「状況判断」について学生に講義したことでしょう。

▼状況判断の考え方は軍事合理性に基づく

ただし、状況判断についての上述は特筆すべきことではありません。BC500年頃(今から2500年前)に兵法書『孫子』を著した孫武は、「彼(敵)を知り、己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず敗れる」、「彼を知りて己を知らば、勝ちすなわち殆うかず。地を知り、天を知れば、勝ちすなわち窮(きわま)らず」と言っています。つまり、戦いに勝利する(任務)には、敵、我、地形・気象の要因を認識することが重要だと説いています。

『孫子』の日本流入は、一説では8世紀に遣唐使の吉備真備(きびのまきび)が唐から持ち帰ったとされています。つまり、プロシアから軍事思想を輸入したことにかかわらず、我が国では『孫子』の伝承や国内合戦の体験を通じて、任務を基礎に我、敵、地域の3つの要因について状況を判断し、決心していたのでしょう。

要するに、状況判断の基本理念は軍事合理性から誕生したと言えます。

▼米軍は「状況判断」の手順を大戦前に確立した

しかしながら、『作戦要務令』などには状況判断をどのような手順で行なうのかまでは記されていません。だから、旧軍は状況判断とは何かということや、その重要性は理解していたものの、作戦の構想や計画を立てるために指揮官や幕僚が状況判断を使いこなす態勢になっていたとは言えません。

 

他方、米軍は第1次世界大戦後、英国、ドイツなどの教範を基に、これに第1次世界大戦の教訓を加味してマニュアルの整備を開始します。1921年、米陸軍は『Operations』(FM-3)を制定し、そこには「戦いの9原則」などが記述されていました。これが自衛隊の『野外令』の基になったことはすでに述べたとおりです。

1932年の米陸軍教範『Staff Officers Field Manual』(FM101-5)では「状況判断」の5段階の思考手順(アプローチ)を規定しました。同教範の1940年改訂版から、その項目を列挙してみましょう。

1. Mission(任務)

2. The situation and possible lines of action(状況および行動方針)

 a Consideration affecting the possible lines of action(行動方針への影響要因)

 b Enemy capability(敵の可能行動)

 c Own lines of action(我が行動方針)

3. Analysis of possible lines of action(行動方針の分析)

4. Comparison of own lines of action(我が行動方針の比較)

5. Decision(決定)

以上のように、賭け(ゲーム)の理論を適用して、意思を有する敵との闘争を推論して最良の選択を行なう論理的な思考手順が規定されています。

米軍は我が国と太平洋戦争を戦う以前から、このような「状況判断」の論理的な思考手順を確立していました。さらに思考手順をマニュアル化し、それを誰もが理解できるように可視化し、それに基づいて教育訓練を行ない、多くの指揮官・幕僚に普及する努力をしていたのです。

▼米軍は情報マニュアルも整備

太平洋戦争の敗因の1つとして取り沙汰される情報についても、米軍は大戦以前にマニュアルを整備していました。旧陸軍将校で戦後に陸上自衛隊に入隊した松本重夫氏は、米軍マニュアル『Military Intelligence』を基に陸上自衛隊の「作戦情報」教範を作成しますが、松本氏は旧軍の情報に関して次のように嘆いています。

「私が初めて米軍の『情報教範(マニュアル)』と『小部隊の情報(連隊レベル以下のマニュアル)』を見て、いかに論理的、学問的に出来上がっているものかを知り、驚き入った覚えがある。それに比べて、旧軍でいうところの“情報”というものは、単に先輩から徒弟職的に引き継がれていたもの程度にすぎなかった。私にとって『情報学』または『情報理論』と呼ばれるものとの出会いはこれが最初だった」(『自衛隊「影の部隊」情報戦秘録』)

また、松本氏は「情報資料と情報を峻別することが重要である。情報資料を情報に転換する処理は、記録、評価、判定からなり、いかに貴重な情報資料であっても、その処理を誤れば何らその価値を発揮しない」と述べています(前掲書)

▼旧軍は原理・原則を可視化する発想に欠けていた

情報に関する原理・原則書は戦前の日本にもなかったわけではありまん。1928年制定の『諜報宣伝勤務指針』(ただし、公開教範ではなく極秘文書)では、情報の原理・原則、諜報員の徴募、諜報網の展張、諜報活動の実施要領などが詳細に記されています。

これに関して、当時、陸軍中野学校で『諜報宣伝勤務指針』を基に情報教育を受けた平館勝治氏(乙I長期、二期生) は、次のような興味深い感想を語っています。

「私が一九五二年七月に警察予備隊(後の自衛隊)に入って、米軍将校から彼等の情報マニュアル(入隊一か月位の新兵に情報教育をする一般教科書)で情報教育を受けました。その時、彼等の情報処理の要領が、私が中野学校で習った情報の査覈(さかく)と非常によく似ていました。ただ、彼等のやり方は五段階法を導入し論理的に情報を分析し評価判定し利用する方法をとっていました。それを聞いて、不思議な思いをしながらも情報の原則などというものは万国共通のものなんだな、とひとり合点していましたが、第四報で報告した河辺正三大将のお話を知り、はじめて謎がとけると共に愕然としました。ドイツは河辺少佐に種本(筆者注、『諜報宣伝勤務指針』の元資料とみられる)をくれると同時に、米国にも同じ物をくれていたと想像されたからです。しかも、米国はこの種本に改良工夫を加え、広く一般兵にまで情報教育をしていたのに反し、日本はその種本に何等改良を加えることもなく、秘密だ、秘密だといって後生大事にしまいこみ、なるべく見せないようにしていました。この種本を基にして、われわれは中野学校で情報教育を受けたのですが、敵はすでに我々の教育と同等以上の教育をしていたものと察せられ、戦は開戦前から勝敗がついていたようなものであったと感じました」(拙著『情報分析官が見た陸軍中野学校』)

繰り返しになりますが、米軍は情報の原理・原則などを誰もが容易に理解できるようにマニュアルに落とし込み、可視化し、教育訓練によって普及化していました。他方の日本軍は、教範を「保全、保全」と言って一部の者の“宝物”のように扱い、官民の英知を結集して、実践的理論として確立することはなく、教育訓練を通じて普及することも十分ではありませんでした。

要するに、日本軍は原理・原則を可視化して普及する発想に欠けていたのです。この点が、米軍と日本軍との勝敗を分けた根本原因だと筆者は考えます。

▼米軍はなぜマニュアル化を重視したのか?

米軍がマニュアル化を重視するのは、多民族国家どの米国の国情に起因するものであると考えます。

それに加えて、当時、次のような背景があったようです。『勝つための状況判断学』(松村劭著)から一部抜粋し、要点を整理します。

「1930年代に入り、第一次世界大戦、米国は戦争の歴史から遠ざかっていく中、軍人の老齢化が進んでいた。そこで、ドイツや日本などの関係が緊張化する状況下、米軍は民間企業の中から優秀な人材を将校として養成することにした。その際、「状況判断」の能力をつけさせることが喫緊の課題となり、定型の思考方法が整理された。当時、旧陸軍が参考にしたドイツ軍もフランス軍も『目的に寄与するためには、何をしなければならないか』を考察し、それを達成する方法を経験則に当てはめて実行要領を定め、妨害する敵と戦い、戦闘環境を排除するという『演繹法的思考法』を使っていた。一方、英軍だけは『遠くの目標に向かって何ができるか』の選択肢をかき集めて、最も容易な選択肢を選択するという『帰納法的思考法』を使っていた。そこで、米陸軍参謀本部は学者を集めて状況判断の思考方法を考察し、それをマニュアル化した。これは、前段で『何をなすべきか』(演繹法)を考え、後段で『何ができるか』(帰納法)を考える方法で、命題、前提、分析、総合、結論という五段階からなる。一般的には『演繹的帰納法』と言われる思考過程である」(以上、『勝つための状況判断学』の記述を筆者が整理)

つまり、米軍は独仏軍と英軍の思考法を融合させ、独自の思考法を開発しました。ここには、さまざまな利点を取り入れることが可能な多民族国家米国の強みを見る気がします。

他方、日本は「阿吽(あうん)の呼吸」が通じ、「徒弟制度」が伝統的に重視される社会です。宮大工や寿司職人などは師匠に付いて、長い間の修行の中で、自主的試行錯誤を通して“技”を会得するとされます。人まねでは通用しない、名人や超一流といわれる人の技能養成はそうあるべきかもしれませんが、軍隊や多くの企業では、少数の一流人を生み出すことよりも、むしろ全体的な技能レベルの底上げが重要となるのではないでしょうか。そのためにはマニュアルによるノウハウの可視化が重要だと考えます。この点に関しては、わが国は米国あるいは米軍から学ぶべき点があると考えます(もちろん、これだけではダメですが)。

米軍が開発した状況判断の思考過程の手順は、自衛隊のみならずドイツやフランスの軍隊、米国と同盟関係にあるカナダ・オーストラリア・韓国の軍隊もこの手順を学んでいます。米軍は世界各国から軍事留学生を迎えて入れています。ほぼ世界の主要国軍は同じような考え方を取り入れていることになります。

米軍のノウハウはビジネス界にも波及しているので、経営のグローバル化が進展している状況下、わが国のビジネスパーソンも米軍式「状況判断」を理解することは有益だと考えます。

(つづく)

武器になる状況判断力(8)

米軍式「状況判断」の内容

□はじめに

 オリンピックでは日本選手がたくさんのメダルを獲得しました。また、陸上種目ではメダル獲得はなかったものの、中長距離の若手選手が日本記録を連発し、将来への希望を抱かせました。

 しかし、オリンピック開催の是非や成否をめぐっての議論は止みません。民主主義国家ではさまざまな意見があってしかるべきですが、個人の素直な意見というよりも、マスメディアやSNSなどを経由してのバイアスがかかった意見です。だから、国民の「多数意見」あるいは国家の「全体意志」は奈辺にあるかについて無性に知りたくなりますが、それは叶わぬ願いのようです。

 さて、今回の謎かけは「日本の信号機は進行方向に向かって左から「青、黄、赤」となっていますが、それはなぜか?」です。

▼軍隊式「状況判断」とは?

 これまで、「状況判断とは何か?」「状況判断力は養成できるのか?」などについて解説してきました。これから米軍や自衛隊などで採用されている状況判断を軍隊式「状況判断」と呼称し、その思考手順について解説します。

 まずは、米軍の「フィールドマニュアル」の記述内容を紹介します。ただし、本連載では米軍マニュアルそのものを理解することが目的ではありません。

よってマニュアルの内容はざっと要点のみを述べ、その後、国際情勢判断や、一般社会やビジネスの場などで汎用できるよう筆者独自の解釈を加えて解説します。

 なお、自衛隊教範『野外令』でも、状況判断の思考手順を記述していますが、こちらの方は部内限定となっています。ただし、その内容の本質部分は米軍マニュアルとまったく同じです。

 そもそも各国軍の状況判断の思考手順はほぼ共通です。それにより言語や文化などが異なる各国の軍隊の連合作戦を可能にしていると言っても過言ではありません。

 軍隊式「状況判断」の思考手順は少々複雑ですが、要するに、目的と目標(戦略)の確立と、方法(戦術)の案出方法を、なるべく順序立てて論理的に考えるということに主眼があります。あまり枝葉末節にこだわらず、大局的な理解に努めて下さい。

▼米軍が採用する「状況判断」の思考法

 1984年の米軍マニュアル「FM101-5」に基づき、「状況判断」の思考手順を述べます。なお『勝つための状況判断学』(松村劭著)では、米陸軍の「状況判断」の思考手順を簡潔に整理していますので、同書を適宜に参考にします。

1 任務(※)

 任務を分析して、具体的に達成すべき目標とその目的を明らかにする。任務は通常、目標と目的をもって示される。分析の結果、具体的に達成すべき目標が2つ以上ある場合、優先順位をつける。

2「状況及び行動方針」

(2a)状況

【ア】地域の特性

 我が任務に関係する作戦地域の気象(weather)、地形(terrain)、 その他(other    factors)を要因として考察し、作戦地域の状況を認識する。

【イ】敵の状況

 敵の配置(Dispositions)、編組(Composition)、戦力( Strength)、重要な活動(Significant activity)を把握し、特性および弱点(Peculiarities & weakness)を明らかにする。この際、当面の敵のみならず増援兵力、火力支援、航空支援、NBC(核、生物、化学)兵器などの状況に注意する。

【ウ】我の状況

 敵の状況把握に準じて我が状況を認識する。この際、上下級の部隊、隣接する友軍等の現況を認識する。

【エ】相対的戦闘力

 彼我の一般的要因、軍事的要因を定量的、定性的に比較し、さらにこれらが地域の特性によってどのような影響を受けるかを考察し、考察した項目別に彼我の強みと弱みを一表で表示するなどに留意する。

(2b)敵の可能行動の列挙

 我の任務達成に影響するすべての可能行動を列挙する。このため、任務、地域の特性、敵情、我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る行動を列挙する。次いで、列挙した行動の場所・時期・戦法などを考察する。次いで、我が任務にあまり影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への影響度の差の少ないものは整理・統合する。

 敵情の分析や敵の可能行動の列挙は、通常は情報幕僚が「幕僚見積(情報見積)」として実施する。情報幕僚は自らの判断結果を指揮官に具申し、これを指揮官が総合的に判断する。指揮官は情報幕僚の判断を採用することもあれば、拒否することもある。さらに敵情の認識を深化させる、また幕僚見積のやり直しを命じることもある。

(2c)我の行動方針の列挙

 敵の可能行動を踏まえて、我が任務を達成する行動方針を案出、列挙する。指揮官は作戦幕僚に1つか複数の行動方針を示し、作戦幕僚は指揮官の指針に基づいて、さらに行動方針を案出する。指揮官は作戦幕僚が提出した行動方針を採用、拒否、変更(修正)する。

 行動方針には、行動の形態(攻撃、防御など:WHAT)、行動開始および完了の時間(WHEN)、行動する場所(防御担当地域、 攻撃の一般方向など:WHERE)、利用可能な手段(機動の方式、隊形、核および化学攻撃の採用など:HOW)、行動の理由(WHY)を状況に応じて含める。これらの内容をどの程度まで詳細に明記するかは指揮官の判断による。

3 各行動方針の分析

 敵の可能行動が我の行動方針どのような影響を及ぼすかを考察する。このため、敵の可能行動と我の各行動方針を組み合わせて(戦闘シミュレーションの実施)、戦況がいかに推移し、戦闘の様相がどうなるかなどを考察する。

 分析を経て、我の各行動方針の特性や問題点が浮き彫りする。さらに、これらを踏まえて我の各行動方針の優劣を比較して、その妥当性や効果性などの評価を行なうとともに問題点に対する処置、対策を明らかにする。

 分析を行なうことで、行動方針を比較するための要因を明らかにしていく。要因は、地域の特性、相対戦闘力、敵の可能行動などから、我が行動方針に重大な影響与及ぼす要因を選定することになる。

4 各行動方針の比較

 「各行動方針の比較」と同時並行的に実施する。比較のための要因の重みづけ、とくに重視する比較要因(加重要因)を明らかにする。

 次いで、要員が各行動方針に及ぼす影響を考察し、比較要因ごとに最良の行動方針を判断し、最後に総合的に最良の行動方針を選定する。

5 結論

 選定した行動方針に所要の修正を加えて、1H5Wのうち所要の事項を定める。行動方針の決定が事後の作戦計画の構想となる。

(※)米軍マニュアルでは「状況判断」の思考手順の第1アプローチは、「mission」である。これは翻訳すると「使命」となるが、「使命感」などの言葉にみられるよう、日本語の使命の意味は曖昧で、米軍の「mission」の意味とは異なる。「mission(使命)」という用語は、米軍の意思決定では特別の意味をもっており、米軍では「mission」を「直属上官の全体計画+指揮官の任務」と定義している。「直属上官が自ら選んだ目標+指揮官の与えられた目標」と言い換えることもできる。あるいは、「使命(mission)は、「目的(purpose)と任務(task)からなり、取るべき行動とその理由が明確に定義されたもの」(堂下哲郎『作戦司令部の意思決定』)とも定義できる。一方、米軍では、「任務(task)」は「指揮官の与えられた目標」と規定している。(アメリカ海軍大学『勝つための意思決定』)このように、米軍の「mission」と「task」には差異があるが、陸上自衛隊の状況判断などでは「使命」を使わず(旧軍もそうであったが)、「使命分析」ではなく「任務分析」を使用する。ただし、ここで使用する任務の意味は「task」ではなく「mission」に相当する。よって、「○○をやれ」という単なる命令・指示ではなく、「上級指揮官が示す『なぜやるのか』という目的(purpose)を含んだ全体計画(構想)と、それに基づいて下級指揮官に示された目標を含んだ概念であることを理解する必要がある。

(つづく)

武器になる状況判断力(6)

□はじめに

「武器になる状況判断力」の6回目です。

 前回の謎かけは、「将棋には王将と玉将の二つがある。上位者が王将を使い、下位者が玉将使う。もともとは一つであったが、どちらが先にあって、後から誕生したのはどちらか?」です。

 答えは、「玉将です。歩兵があるので王将があると思いがちです。他方、金将と銀将があります。ほかに将のつく駒はありません。金、銀はいずれも宝物ですが、だとするとさらに高価な宝物といえば玉(ぎょく、ひすい)ということになります。なお玉将しかなかったものを王将と玉将に分けたのは豊臣秀吉であるとの逸話があります。

 そもそも、王様と将軍とは異なるので、それを二つ合わせるのもおかしいと思います。

 事象の類似性に着目する思考法をアナロジー思考と言い、未来を予測するための思考法です。これには過去の類似性に着目し、現状から未来を予測する方法と、他の領域の先行する類似性に着目し、未来を予測する方法があります。興味があれば、拙著の『未来予測入門』(*)をお読みください。

 今回の謎かけは、「交通事故死亡者数で愛知県は、2016年から2018年まで全国1位、2019年から2020年は全国2位です。なぜ愛知県では死亡事故が多いのでしょうか?」

 さて前回は今日の状況判断の重要性の高まりについて解説しましたが、今回は、状況判断力は養成できるのかについて解説します。

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▼状況判断力はスキルかセンスか?

ビジネスの世界では「スキル」か「センス」かという議論があります。戦略・戦術、インテリジェンスを語る際にも同様の議論があり、ここでは「アート」か「サイエンス」かという喩えがよく用いられます。スキルはサイエンス、センスはアートに相当します。思考法については論理的思考法と創造的思考法(直観)がありますが、前者はスキルで後者はセンスに該当します。

スキルは分解して数値化・具体化できます。たとえば、学力はスキルなので算数、国語、社会などに分類でき、英語はTOEICで何点といったように数値化できます。しかし、服装センスや人間性などは数値化・具体化できません。大衆を魅了する、異性にモテするのは総合的なセンスがあるというほかありません。

このような両者の違いから、スキルは後天的であって養成が可能とされています。企業などがKPI(重要業績評価指標)などを用いて、社員の能力を分解・評価し、それぞれの指標を定めて人材育成を行なうのはスキルの養成です。一方、センスは先天的なもの、総合的なものであり、センスを養成する確率的な方法はないと一般的によく言われています。

経営者には一般的にスキルよりもセンスが重要であり、社員はスキルが重要とされます。そして、しばしば養成が困難であるセンスをいかに養成するかが論じられます。

▼状況判断力を分解する

では、状況判断力はセンスかスキルのどちらに属するのでしょうか? まず状況判断が統率や指揮の要素であるという視点から考察してみましょう。

統率は統御と指揮に分かれます。統御は組織内の各個人にやる気を起こさせる心理工作であり、指揮官の個性、人格などが影響することが大きいのでセンスです。これには形になった養成法がありません。

一方の指揮は、状況判断、決心、命令、監督などに分類できます。また、米陸軍などがマニュアル化した状況判断のアプローチは、敵の可能行動と我の行動方針を掛け合わせて、賭けゲームの理論を適用して行なう論理的思考法です。

だから、指揮は統御との対比ではスキルです。そして指揮の一要素である状況判断もスキルと言うことができます。だからか、軍隊では戦術教育などを活用して、状況判断が必要な場面を想定し、それを学生に付与して、時間内に判断と決断を行なわせ、それに基づく計画や命令の作成などの訓練を通して状況判断能力や指揮能力を訓練します。

▼状況判断にもセンスが重要

しかしながら、状況判断にセンスの要素がないわけでありません。状況判断の基礎である状況把握に必要な情報の収集だけをとっても〝情報センス〟との言葉があるようにセンスが必要不可欠です。

また、実際には過去の多くの名将は、戦略眼あるいは洞察力ともいえる瞬間的な状況判断力で苦難を乗り越えてきました。このような瞬間的な洞察力や判断力をフランス語で「クードゥイユ(Coupd’oeil)」と言います。ジョミニ中将は「どんなに優れた戦略計画を作れる将軍でも、クードゥイユがなければ戦場で敵を目の前にしたとき、自身の戦術理論を適用することはできない」(松村劭『勝つための状況判断学』)と述べています。

クードゥイユとは第六感、まさしくセンスなのです。第六感であるクードゥイユが養成できるかどうかについては意見の相違があります。ナポレオンは、この才は神から与えられた先天的なものと考えていたようですが、クラウゼヴィッツは、「この才は、先天的に決まるものではなく、経験と教育の積み重ねによって得られるもの」と述べています。

▼ハドソン川の奇跡とは

さて、センスはまったく養成できないのでしょうか?そもそもセンスとは何でしょうか?

高度な状況判断を必要とする職業といえば、真っ先に挙げられるのはパイロットではないでしょうか。坂井優基『機長の判断力』(2009年5月)の中で、2009年1月のチェスリー・サレンバーガー機長が行った「ハドソン川の奇跡」について書かれています。これは2016年に映画化されましたので鑑賞された方もいるかと思います。

 坂井氏の著書は「ハドソン川の奇跡」が起きたわずか4か月後に出版されたました。同事件が本書の刊行の流れを決定づけたと言えますが、坂井氏は常々、サレンバーガー機長と同じような修練を積んでいたから、このような著書を短期間に書き上げることができたのだと考えます。

 以下は同著からの抜粋です。

「2009年1月15日、ニューヨークのラガーディア空港を飛び立ったUSエアウェイズの旅客機1549便が両方のエンジンに鳥を吸い込みました。……エンジンの中心部に吸い込まれた鳥がエンジンの内部を壊し、その結果、両方のエンジンとも推力をなくしてしまいました。チェスリー・サレンバーガー機長は、両方のエンジンが故障したことを知ると、直ちにハドソン川に降りることを決意して実行しました。それによって乗客・乗員155名全員の命が助かりました。この事故では機長の決断と行動が大勢の人の命を救いました。どれ一つを間違えても大事故になった可能性があります。……まず何が一番素晴らしかったのかというと、離陸した元の空港に戻ろうとしなかったことです。機体も乗客も両方無事に着陸させたいというのは、パイロットにとって本能のようなものです。川に降りると決断した時点で、機体の無事は切り捨てなければなりません。

もし、このときに機長が離陸した空港に戻ろうとしていたら、途中で墜落して、乗客・乗員の命が助からなかったのみならず、燃料をたくさん積んだジェット機が地上に激突して、地上にいるたくさんの人も犠牲になったに違いありません。また、機長は着水場所にイーストリバーではなくハドソン川を選びました。……イーストリバーにはたくさんの橋がかかっており、もしイーストリバーを選んでいたら、橋に激突した可能性があります。さらに操縦方法の問題もあります。……着水時の速度も問題です。……これだけの判断をしながら機長は飛行機を止める場所までも選んでいました。このようなケースの際は、船が近くにたくさんいる場所に止めることが素早く救助してもらう鉄則です。今回はまさにフェリーがたくさんいるフェリー乗り場のそばに着水させています。……機長は全員の脱出を確認してから機内を二度見て回り、いちばん最後に自分が脱出しました。……これからどんなことが言えるのでしょうか。いちばん重要なのはよく準備した者だけが生き残るということです。グライダーの操縦を練習し、心理学の勉強をし、NSTB(National Transportation SafetyBoard、国家運輸安全委員会)のセミナーに参加し、日ごろから様々な状況を考えて、頭の中でシュミレーションしていたからこそできた技ではないかと思います。もう一つ重要なのは、切り捨てるという決断も必要ということです。もし飛行機もの乗客も両方救いたいと思えば、結果的に全てを失っていたはずです。……」

▼センスであっても養成はできる部分はある

この記事は「優れた状況判断は平素からの地道な修練の賜物である」ことを如実に物語っています。ただし、機長の優れた状況判断は論理的アプローチにより手順を追って行われたというよりも、咄嗟の総合的な判断であったとみられます。つまり、機長はクードゥイユあるいはセンスを発揮して状況判断を行ない、危機を脱し、乗客の命を救いました。

ここで注目すべきは、機長は常日頃から、身体を鍛え、グライダーのライセンスを取得し、起こり得る危機を想定し、危機が現実となった時に何を判断すべきかをイメージトレーニングしていたという点です。すなわち、常日頃からスキルを磨いていたからこそ、咄嗟のセンスが発揮できたのです。

物事や環境に対するすべての状況判断は論理的思考と創造的思考の併用よると言っても過言ではありません。「結局はセンスが大切」といって、一見小難しい論理的アプローチを一蹴し、感覚や直観だけに頼より物事を処理するではなく、意識して一定の論理的思考法や技法を取り入れることが、全部とは言えないものの相当部分のセンスを磨くことができると考えます。

すなわち、論理的思考法(スキル)の向上が創造的思考法(センス)を活性化し、その相乗効果で状況判断力が高まると考えます。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(5)

状況判断の重要性─VUCA時代では状況判断力が一層重要

□はじめに

 皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の5回目です。
 ところで、前回の謎かけは「最近、石油価格が上昇しているのはなぜか?」でした。これは、インターネットなどで検索すると、「まもなくコロナ禍が終わり、今冬あたりから海外旅行が再開される。そのため航空運輸業が石油のストックに乗り出したから」という仮説に接します。

「なるほど、そうか!」と実に納得できる仮説ではありますが、1つの仮説に満足すると判断を誤ります。石油価格の変動には中東の政治情勢、米国や中国の戦略、ロシアのエネルギー戦略などさまざまな要因が複雑に絡んでいます。だから複数の仮説を立
てて、石油価格上昇という現象をもたらす要因やそれが織りなすシナリオを考察してみることが大切です。ここでの教訓は、1つの仮説で満足しない、決めつけないということです。
 次回の謎かけは、「将棋には王将と玉将の2つがある。上位者が王将を使い、下位者が玉将を使う。もともとは1つであった。どちらが先にあって、後から誕生したのはどちらか?」です。少し、マニアックな謎かけですが、この回答が筆者には「なるほど」と言わしめるものでした。

 さて前回は状況と情勢の違いから、状況判断と情勢判断、戦術的状況判断、戦略的情勢判断などについて解説しました。今回は、今日の状況判断の重要性について解説します。

▼ドッグイヤーの到来

 今日、ICT技術の目まぐるしい進化によって、昔なら1年くらいかかった技術革新が数か月で達成されるようになったとされます。そのスピードの早さを「ドッグイヤー(dog year)」と言います。
「成長の早い犬の1年は人間の7年に相当する」ことからIT産業の変化の早さを喩えたメタファです。

 従来は、成功を遂げた企業をモデルに研究し、それを追い越すよう戦略の目的や目標を立て、それに適合する戦術を案出するというのがオーソドックスな方法でした。しかし、ドッグイヤーでは、これまで成功したビジネスモデルが応用できなくなったと言われています。消費者や市場の変化に対応できない企業は淘汰され、予想もしない新規参入業者が登場しています。だから、「現在好調な企業が本当に成功していると言えるのか、その成功は一過性のものではないのか」などの疑念が尽きず、また明確な目標はどこにもないとされます。

また、消費者はインターネット情報などに敏感に反応し、どんどん意思決定し、それを次々と変更します。アンケートのような旧態依然とした市場・消費者に対する調査・分析では、ニーズに対応できる「生きた情報(生情報)」が入手できなくなったようです。

▼戦場の霧は依然と晴れない

クラウゼビッツは『戦争論』の中で、「軍事行動がくり広げられる場の4分の3は霧の中」「戦争中に得られる情報の大部分は相互に矛盾。誤報はそれ以上に多く、その他のものも何らかの意味で不確実」と述べています。

現代社会では人工衛星やインターネットの発達で、戦場でのISR(情報収集・警戒監視・偵察:Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)能力は飛躍的に向上し、〝戦場の霧〟は晴れたかのように見られます。

しかし、優れたAIをもってしても相手の意図は依然としてわかりません。また、インターネット上には多くの情報がありますが、誤情報が氾濫し、意図的な偽情報による誘導工作も散見されます。

クラウゼビッツは、「情報が多ければ判断が楽だ、というものではない。心配の種を増すだけのものもある」と述べましたが、まさにそのとおりの社会になっているような気がします。すなわち、霧は晴れようとも、〝戦場の霧〟は決して晴れることはないのです。

▼VUCA時代の到来

ビジネス社会に目を転じてみましょう。マスメディアの報道やインターネットで得られる情報の多くは発信者にとって都合のよい「売り込み」情報です。
企業経営などで必要な情報は、相手側が秘匿・防護しています。この点が学問とは全く異なるのです。

現代社会は「VUCA(ブーカ)時代」(V:Volatility(変動性)、U:Uncertainty(不確実性)、C:Complexity(複雑性)、A:Ambiguity(曖昧性))と呼称されます。すなわち、テクノロジーの進化によって、社会やビジネスでの取り巻く環境の複雑性や変動性が増し、将来の予測が困難になっています。

こうしたなか「戦争では予想外の事の現れることが多い。情報が不確実なうえ、偶然が多く動くからである。洞察力と決断とが必要である」とのクラウゼビッツの箴言は、現代社会における状況判断力の重要性を物語るものとして今なお新鮮な響きがあります。

▼戦術と戦略との一体化を強化

 環境諸条件の変化の流動性が増し、先行きが不透明な現代では「戦略を立てようにも立てられない、戦略を立てても市場ニーズの変化に追随できなくなって、すぐに戦略を変更しなければならない」という不安の声を耳にします。

 そのため、「企業はどんどん戦術を繰り出し、その反響により生情報を入手し、戦術を修正する、または新戦術を考えることが重要なのだ」という声が増えているようです。

ただし、これを「戦略よりも戦術の重要性が高まった」というように短絡的に判断することは危険です。戦略は「何のために(why)何を(what)なすべき」」であり、戦術が「いかに(how to)なすべきか」という本質的な相違からすれば、戦略→戦術の流れは〝普遍の原理〟です。目的や方向性のない、行き当たりばったりの戦術をやみくもに繰り出していては
犠牲や損害を被ることになります。

要するに、戦略を膠着化させず、戦略と戦術の一体化を強化することが重要なのです。つまり、「戦略に対する戦術の適合性(整合性)を判断する、戦術の実行可能性を見極めて躊躇せずに戦術を実行に移す、戦術の戦略への影響性を考察して戦略の修正を図る」ことが重要です。すなわち、戦略と戦術を同時一体的に律していくことが重要だと言えます。

▼「OODAループ」の登場

現在のビジネス界では、業務改善の手法として有名な「PDCA((1)計画、(2)実行、(3)評価、(4)改善」に代わり、「OODA(ウーダ)ループ」が注目されています。これは、「(1)観察する(Observe)」「(2)状況を理解する(Orient)」「(3)決める(Decide)」「(4)動く(Act)」の頭文字をとった造語です。

この思考法は、「物事はなかなか計画どおりには進まない。だから、現場サイドが市場や顧客などの外部環境をよく観察し、『生データ』を収集して状況を理解して、すわわち状況判断を行い、具体的な行動を決断し、即時に実行に移せ」というものです。

「OODAループ」は、米空軍将校が、環境諸条件が流動点であるという作戦・戦闘の特性を踏まえて提起した概念です。実は、前線での個々の戦闘の場面では、事前の作戦計画を遵守するよりも、状況に応じて臨機応変に判断し、実行に移すことが鉄則なのです。ある意味、軍事作戦においては「OODAループ」は相当以前から当たり前でありました。

 ここにも軍事ノウハウが他領域へ越境し、その領域でのノウハウとして定着している状況を認識せざるを得ません。

▼軍事マニュアルはあらゆる領域で活用できる

前述のVUCAも軍事用語からの派生です。米国では軍事における教訓が続々とビジネスに浸透しています。かの経営理論の神様であるドラッカーは米軍の諸制度を高く評価していました。実際、米軍マニュアルには、環境諸条件の流動性が激しい現代社会を生き抜くビジネスパー
ソンに役立つ多くの知見があると考えます。

現代の人生やビジネスも一種の戦いです。だから、かつて筆者が学んだ陸自教範で戦略・戦術の原則書『野外令』にもビジネスに役立つ知見があります。
しかし、残念ながら、米軍マニュアルはほとんどが公開されているのに比して、自衛隊の教範は公開されていません。未公開にはそれなりの理由があるのでしょうが、筆者は情報公開の遅れを痛痒します。

他方、米軍マニュアルとともに、陸自『野外令』の源流となったわが国の旧軍教範には戦略、戦術、指揮、統率、勝利するための原理・原則が記されてい
ます。筆者は、今日のビジネス書に接するたびに、「このアイデアは『統帥綱領』、『統帥参考』、『作戦要務令』(※)などに書かれていることと根っこは同じだな」と感じることが多々あります。これは、ビジネス書が『統帥綱領』などを参照にしているのではなく、競争社会の原理・原則にはある種の共通性があるからだと考えます。

ドッグイヤーあるいはVUCA時代と言われる今日、一般人やビジネススパーソンにとっても、環境(戦況)の流動性が高い作戦・戦闘の教訓を踏まえて誕生した軍隊式「状況判断」を学ぶことの意義は大きいと考えます。

そこで、米軍マニュアルや旧軍教範、さらには古今東西の兵術書や戦史などを引き合いにし
ながら、米軍式「状況判断」の現代的活用法について、筆者の私見を踏まえて追い追い述べていきたいと考えます。


※『統帥綱領』、『統帥参考』は当時は非公開であり、一方の『作戦要務令』は公開であった。今日では、いずれも一般販売しているので自由に手に入る。

(つづく)

武器になる状況判断力(4)

□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の第4回目です。

前回の謎かけは「千葉県の松戸駅と京成津田沼駅を結ぶ全長は26.5kmの新京成線は山も谷もないにもかかわらず不自然なカーブが連続する。直線で結ぶと15.8kmであるが、なぜ10km近くも余計に走っているのか?」でした。

答えは、「陸軍の運転用の練習に作られた。練習にはカーブが多い方がよい」とのことです。一見不合理と思われる事象も、視点を変えると合理になる。多面的に物事を見る重要性を教えてくれます。

今回の問いは「最近、石油価格が上昇しているようです。リッター150円を超えています。さてその理由はなぜか?」です。まずは頭の中で考えてみてください。

前回は指揮における状況判断の役割として指揮の核心で「決心」を準備する作業という点についてお話しました。今回は、状況と情勢のニュアンスの違いに着目し、あえて状況判断を状況判断(狭義)と情勢判断、戦術的状況判断、戦略的情勢判断に分別して、その特性などについて解説することとします。

▼状況と情勢とは?

筆者が初級・中級幹部時代に学んだ戦術教育の場では「状況判断」という言葉を嫌というほど聞かされていました。しかし、防衛省の情報分析官であった時代には「情勢判断」という言葉の方をよく目にし、耳にするようになりました。

実際、さまざまな国際情勢・インテリジェンスの書籍を読むと、情勢判断という言葉がよく目に入ってきます。そこで、まず状況と情勢について考察してみます。

一般的に状況や情勢は、人や組織が生存する、あるいは行動するために考慮しなければならない環境諸条件の時々の「ありさま(有様)」を意味する言葉といえます。ただし、情勢は国や世界など大きく見渡した有様を表し、状況は身の周りなどの限定的な範囲での有様を表すといえるでしょう。

そのため、状況には「個々の状況」「周囲の状況」「その時の状況」、情勢には「国際情勢」「当時の情勢」「将来の情勢」などといった分類や使用法が見られます。

とはいえ、状況と情勢に明確な境界線があるわけではありません。環境諸条件の時間の長短と地理空間の広狭で、主観的・感覚的に使用しているのが実態でしょう。

▼状況判断と情勢判断

次に、便宜的に状況に関する判断を状況判断とし、情勢に関する判断を情勢判断と呼称して、その特性を見てみましょう。

 作戦戦場では、指揮官が決心するための準備として「状況判断」(軍事用語)を行ないます。たとえば「敵は右正面に戦力を重点的に配備しているか、それとも左正面が重点か?」などの敵の可能行動の見極め(判断)から、「我は右から攻めた方が良いか、左から攻めた方が良いか?」などの行動方針の優劣を判断し、「明朝、敵を戦場に捕捉・撃滅するために左から攻める」などの決心を行ないます。

判断すべき事項は限定されていますが、判断するまでの時間が限られていますのでスピードが命です。それゆえに、戦況速度が激しい作戦戦闘に従事する軍隊組織では状況判断の思考過程(手順)がマニュアル(ドキュメント)化されています(後述)。

他方、政治指導者(政策決定者)などは国際情勢の大局を継続的に判断して、国家の生き残りや繁栄の戦略・政策を考えます。これらを誤ると致命傷になるので、長期かつ継続的な観察を行ない、その判断には正確性が最も重視されます。正確性を高めるために組織的な情報収集、情報分析を行ない、情勢を判断して、戦略・政策判断します。

ソ連のスターリンはドイツとの戦いの中で、欧州、中国、米国、日本に広範囲な諜報網を設定し、ドイツの能力と意図に関する見極めを実施していました。

日本には、ゾルゲが満洲事変以後の日本の対ソ政策を観察するという使命を受けて1933年に来日しました。その後8年かけて、来日前の中国で徴募した尾崎秀実を中心に諜報網を確立し、これを組織的に運用し、日独関係、日本の対華・対米政策、軍部と政治的意思決定との関係などの諸情勢を分析、判断しました。そして「日本は南進策をとり、ドイツと連携してソ連に侵攻することはない」との判断を下し、これに基づいてスターリンは極東方面の兵力を対独正面に転用するとの戦略判断と決断を下しました。国際情勢の判断には多くの組織やスタッフがさまざまな観点から関与し、その判断結果をインテリジェンスとして政治指導者に提供します。政治指導者は上がってきたインテリジェンスに基づいて、国家戦略や外交政策などの総合的な判断と決断を行ないます。

このように国際情勢の判断には、考慮すべき要因が広範多岐に複雑に絡みますので、作戦戦場の状況判断のようにドキュメント化された定式はありません。判断者個人の力量が物をいう世界です。

▼戦術状況判断と戦略情勢判断

状況(情勢)判断の理解を深めるために、戦略と戦術の関係についてもみておきましょう。戦略と戦術は共に軍事用語です。戦略が「大規模な軍事行動を行うための計画や運用方法」、戦術とは「戦略の枠内での個々の戦闘を行うための計画や遂行方法」などと定義されています。つまり、戦略と戦術は相互に上下する概念であり、戦略が上位、戦術が下位になります。

今日、戦略と戦術は政治やビジネスなどの領域でも広く使用されていますので、軍事での特性を踏まえた上で、一般でも通用する概念を探る努力がなされています。

一般ビジネス書などでは、戦略は「企業目的や経営目標を達成するためのシナリオ」などと定義され、「目的、目標、ゴール、方針」などといった言葉で表現されています。一方の戦術は「戦略を実現させるための具体的な手段」と定義され、「方法、やり方、オペレーション」などといった言葉がよく使用されています。

要するに、戦略とは「理由や目的・目標(whyとwhatを決定するもの」であり、戦術は「目的や目標のやり方(How to)を決定するもの」であると理解できます。このように理解すれば、一個人においても戦略と戦術はあり、その意思決定の特徴や相違点は認識しておく必要があります。

作戦戦場における状況判断は戦術的な判断です。これを次のことを解説するために便宜的に戦術的状況判断と呼称します。

戦術的状況判断は「目的や目標が決定(固定)している状況下で、短時間の内にどの方策が良いかを判断する」ことになります。つまり、上級部隊から使命(mission、目的と任務から構成される米軍の概念です)が示され、たとえば攻撃部隊の指揮官として「敵は右正面に戦力を重点的に配備している蓋然性が大」と判断し、「我は戦力が手薄な左正面からの攻撃を有利」と判断します。すなわち戦術的状況判断は方策、方法論の判断です。

 他方、国際政治などでの国家戦略に関する、戦略的情勢判断とでも呼称する判断では、使命を自ら確立することが主眼となります。つまり、最初に「我が方はかくかくしかじかの目的で、以下の行動をとる」ことを判断し、決断する必要があります。このように、戦略的情勢判断は、自らの目的を何に求め、自らの「任務」をどのように規定するかの判断であるといえます。

また、一般的には戦術的状況判断はより戦術的、小局的、客観的です。そのため前述のように思考過程のマニュアル化が行なわれています。他方、戦略的情勢判断は戦略的、大局的、主観的です。後者は政治指導者などの戦略的価値観、すなわち価値判断が情勢判断に大きく影響することになります。

なお、特に分別する必要がない場合は状況判断も情勢判断も状況判断あるいは状況(情勢)判断と表現するといいましたが、これは、ここでいう戦術状況判断(狭義の状況判断)と戦略情勢判断(広義の状況判断)までを含んでいます。

(つづく)

武器になる状況判断力(3)

新連載:武器になる「状況判断力」(3)

状況判断の役割──指揮の核心「決心」を準備する

□はじめに

「武器になる状況判断力」の3回目です。前回「東京にはスカイビルや東京タワーなどの高い電波塔があるが、大阪にはなぜないのか?」という謎かけをしました。この答えは、「平坦な関東平野では、テレビやラジオの電波を広範囲に送信するために高い電波塔が必要。関西には生駒山などの山が点在し、その山頂に塔を設ければいいため、平地に高い電波塔を建てる必要がない」とのことです。

 このような同時期における類似事象を比較し、異なる特徴を浮き彫りにし、その理由などを探る思考法を〝ヨコの思考法〟と言います。これは歴史や経年変化などに着目する〝タテの思考法〟とともに物事の現状を深く見るための手法です。

 今回の謎かけは「千葉県の松戸駅と京成津田沼駅を結ぶ全長は26.5Kmの新京成線は山も谷もないのに不自然なカーブが連続する。直線で結ぶと15.8Kmであるが、なぜ10Km近くも余計に走っているのか?」です。なお、この線路は明治初期に施設されたようです。

 さて、静岡県熱海市伊豆山(いずさん)の土石流災害では、多数の方の尊い人命が失われました。熱海とはいえば、衰退したイメージの観光地でしたが、街おこしで2017年頃からV字復活を成し遂げました。18年には20代から30代の若者で大いに賑わい、「熱海の奇跡」とも称せられました。

しかし、コロナ禍の影響を受けて観光業は再び苦境に直面し、今回の土石流災害では宿泊キャンセルが増加しているようです。

ただし、被災エリアは市内のごく一部であることを認識し、はたして自然災害か人災かを判断する必要があります。

 熱海には、V字復活を成し遂げた地域活力やノウハウもあります。きっと今回もまた苦難を乗り越え、もっと強い魅力ある都市となり、地方都市の目標になると考えます。それを私は祈ります。

前回は「状況判断」の意義、決心との関係性について解説しましたが、今回は状況判断が作戦指揮においてどのような役割を担っているかについて解説します。

▼状況判断は統率および指揮の要素

状況判断は統率および指揮の要素です。では統率とは何か、指揮とは何かを押えておきましょう。

統率とは、指揮官が任務を達成するために指揮下部隊を統(す)べ、率いる行為です。統率は指揮、統御および管理に分けられます。つまり、統率は指揮や統御の上位概念です。

統御は、組織内の各個人に、持てる全能力を発揮し、進んで指揮されたいと思わせる心理工作です。指揮官は良好な統御を基盤として指揮を行ないます。

一方の指揮は、統御によって湧き立てたエネルギーを総合して、組織全体の目標に適時適切に集中させるものです。

管理は組織が活動する上での必要な規則や諸制度を整えることで、適切な人事管理やコンプライアンスの維持などが該当します。

要するに、指揮官は統御と管理によって組織を健全な状態に保ち、適時適切な指揮によって任務を達成することになります。

▼状況判断は決心の準備作業

指揮とは指揮官が指揮権に基づき部隊や個人を自らの意志に従わせることです。指揮権は指揮官だけに与えられた固有の権限であり、他人に委任したからといって、指揮から生じた損害に対する責任は免れません。個人問題に関しては、その個人が指揮官であり、意思決定の責任者です。失敗したからといって他人に責任を負いかぶせることはできません。

指揮官は、作戦・戦闘上の任務を達成するために、指揮権に基づいて作戦、情報、兵站、人事、その他の幕僚(スタッフ)を総合的に運用します。

統御は心理工作なので指揮官の個性、人格、人間的な魅力などの要素が統御の良否を左右します。統御には一定の形式はなく、テクニック(技術)は通用しません。

他方、指揮には一定の定式があります。それは、(1)状況判断、(2)決心、(3)命令、(4)監督の4つの手順によって行なわれます。

指揮の中では決心が最も重要です。決心は指揮の核心ともいうべきものです。『統帥参考』では「指揮官の決心は実に統帥の根源である」、『作戦要務令』では「指揮の基礎をなすものは実に指揮官の決心なり」と規定されています。

他方、状況判断については、『作戦要務令』は「指揮官は状況判断に基づき、適時、決心をなさざるべからず」と規定しています。

つまり、指揮とは指揮官が決心し、決心を実行に移す作業です。状況判断は決心を準備する作業であるといえます。すなわち、決心に役立たない状況判断は意味がありません。

『作戦要務令』では、「指揮官はその指揮を適切ならしむるため、たえず状況判断しあるを要す」とあります。つまり、状況判断が不適切であれば、誤った決心をもたらし、適切な指揮が行なえず、任務が達成できないのです。

▼指揮官は幕僚の状況判断には拘束されない

 状況判断は指揮官が行なうことが建前ですが、実際には決心と異なり、多くの幕僚(スタッフ)が状況判断に関与します。

 陸上自衛隊では指揮官が行なう状況判断を「状況判断」と言い、幕僚が行なう状況判断を「幕僚見積」と呼称して区別しています。その幕僚見積には「地域見積」「情報見積」「兵站見積」「作戦見積」などがあります。

幕僚は指揮官の状況判断を幕僚見積によって補佐します。各幕僚は、それぞれが所掌の状況判断(幕僚見積)を行ない、それを総合的に指揮官に具申します。これは、作戦規模や組織が拡大するにつれ、すべてのことを指揮官が判断するには限界があるからです。

各幕僚の状況判断が異なる場合、参謀長(幕僚長)が意見の統一を行ない、指揮官に最良の行動方針(方策)を具申します。ただし、指揮官も幕僚の状況判断を参考にしながら刻々と独自の状況判断を行なっていきます。

幕僚が出した状況判断に指揮官は拘束されません。すなわち同意しても良いし、同意しなくても良いのです。指揮官が幕僚を信頼し、その意見具申を尊重することが良好な組織を確立・維持し、適切な指揮を行なうことの基本です。しかしながら、最終的には指揮官自らの状況判断に基づいて決心が行なわれます。

多数決は民主主義が生んだ優れた原理です。民主主義国家では主権は国民にあるので、多数決による政治決定が行なわれることが多々あります。重要法案の制定は選挙によって選ばれた政治指導者たちによる多数決の意思決定が行なわれ、大阪首都構想のような住民投票による多数決もあります。

意思決定には独裁、多数決、合意による3つの方法があります。この順番に周囲による納得感は上がるものの、状況変化への迅速な対応は困難となります。作戦戦場での戦況は目まぐるしく変化し、迅速な意思決定が必要です。だから、軍事では1つの作戦における指揮官は1人と定められ、その指揮官が総合的に状況判断し、決心をすることが大原則です。なお、筆者が入隊した自衛隊では多数決で意思決定が行なわれたことの記憶はほとんどありません。

一般社会やビジネスではどうでしょうか? 変化が著しい現代社会ではビジネスでもスピードが求められます。然るに、日本企業では意思決定を役員会に委任し、誰かがリスクを背負って迅速に意思決定することができないとの批判も聞きます。

また、リーダーが責任をとらないとの批判もありますが、それは集団での意思決定制度がもたらしているのかもしれません。多数決や合議がリーダーの決断力不足や責任の放棄という負の側面を招いていることには注意が必要です。

ただし、ソフトバンクグループの孫正義氏やユニクロの柳井正氏のような独断専行型の経営者も登場していることは、日本のビジネス界での変化を象徴しているといえます。

リーダーは他人の助言に耳を貸さずに何でも独断で決めて良いということではありませんが、各りーダーが強固な強い意志を持って、周囲の意見や世論などに流されることなく、総合的な状況判断と決断を下していただきたいと思います。最近の政治を見て、そのことをつくづく思います。

(つづく)

武器になる状況判断力(2)

状況判断の意義──最良の方策を決定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)


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□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の2回目です。前回は判断と決断の違いなどについて説明しましたが、今回は「状況判断」の意義、決断(決心)との関係性について解説します。

なお、軍事用語では指揮官が『決断」を行うこと「決心」と言います。

ところで、最近雑学の本に凝っています。そこに
「東京にはスカイツリーや東京タワーなどの高い電波塔があるが、大阪にはなぜないのか?」という記事がありました。その理由が腑に落ちました(その理由については来週紹介します)。

こんな疑問を持ち、「なぜ?」を解明することが思考力、分析力、洞察力などを身に着ける秘訣だと思います。

さて、いろいろありましたが、いよいよオリンピックが開催の運びとなりました。ちまたに、「なぜ、オリンピックだけを特別視するのか。オリンピック選手は特別待遇か!」の意見もあるようです。多くの皆様が自粛を強いられている中、そのような気もわからないでもないですが、オリンピック選手にとって4年に1度の祭典は人生を大きく左右します。生涯にわたる待遇がまったく違ってきます。

人一倍の努力を重ねている彼らの活躍を応援し、努力した者が報われる社会を望みます。


▼状況判断は軍隊用語

前回述べましたように状況判断という言葉は一般用語として定着していますが、もともと軍事用語です。


米陸軍教範には「Commanders Estimate of the Situation」あるいは「Estimate of the Situation」という概念があり、戦後のわが国はそれを「状況判断」あるいは「情勢判断」と訳しました。


防衛研究所が1952年に発行した『国防関係用語集』では以下のとおり定義されています。

「状況(情勢)判断とは、指揮官がその任務を達成するために状況(情勢)を考察し、論理的推論を経て、とるべき最良の方策を決定することをいう。この場合、一般にわが選択できる諸方策を行動方針といい、敵の選択できる諸方策を敵の可能行動という」

そして、解説として、「もともと状況(情勢)判断は、米軍の創設したものであるが、その後広く各国でも使用されている。意思を有する敵との闘争の推論において、賭け(ゲーム)の理論を適用して最良の選択を行うための論理的思考の過程で使用される。すなわち、賭け(ゲーム)の理論における彼我の可能な選択を列挙して、各組合せにおける帰すうを推論し、最後に比較して最良の選択を得ようとするものである。」と記述しています。

上述の定義や解説は追って説明をしていきますが、ここでは指揮官が最良の方策を決定するという点が重要です。

これに関して、今日の陸上自衛隊の戦略・戦術の原則書である『野外令』(※)では「状況判断は指揮官が任務達成のために最良の行動方針を決定するために行う」と規定しています。筆者の手元には『野外令』がないので、少しうろ覚えかもしれませんが趣旨は間違っていないと確信しています。

(※)『野外令』は国土防衛作戦における旅団以上の部隊運用の基本理念を明らかにする教範。これは米陸軍のマニュアル『Operations』(1953年、昭和28年)を基礎に、旧軍の『作戦要務令』(1938年、昭和13年)を部分的に採り入れ、1957(昭和32年)に初めて制定され、その後、適宜に見直しが行なわれている。『野外令』には秘区分はないが、部内限定文書として市販されていないので、一般人あるいは退職自衛官などは入手できない。

▼「状況判断」は旧軍教範が源流

旧軍教範を紐解いてみましょう。明治期の『野外要務令』(1908年版)では「情況判断」や「情況を判決」という言葉が登場します。また、敵軍の情況、友軍の情況、彼我の情況といった具合に使用されています。

当時のプロシア軍が戦いの経験から戦術の原理・原則などを学び、それがクラウゼヴィッツなどにより体系化され、旧軍人のプロシア留学やモルトケの来日などによって伝承される中、「情況判断」という言葉も流入したと推察されます。

大正期の『陣中要務令』では、「情況を判断するに方(あた)りては特に先入主とならざること必要にして……」などの条文が登場し、状況判断の在り様が追加されました。

『野外要務令』を源流として、『陣中要務令』に発展し、昭和初期に制定された『作戦要務令』(※)では、「情況判断」に変わって「状況判断」という言葉が登場しました。

ここには次のような条文があります。

「指揮官はその指揮を適切にならしむるために、たえず状況を判断しあるを要す。状況判断は任務を基礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種の資料を較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす……」(16条)

ここでは指揮官が指揮を適切に行なうという状況判断の目的が明記され、任務、我が軍、敵情、地形・気象などといった状況判断を行なうための考慮要因について規定されています。

このように米軍マニュアルで状況判断を創設する以前から、状況判断の原理・原則は存在していたが、米軍マニュアルにより体系的、実運用的に整理されたといえるでしょう。なお米軍マニュアルの記述の骨子については追い追い触れることにします。

(※)軍隊の陣中勤務や作戦行動・戦術・戦闘要領などを規定したもので、少尉以上の幹部を対象とした教範。1938年9月、日華事変から得た教訓を採り入れ、『陣中要務令』と『戦闘綱要』の重複部分を削除・統合して、対ソ戦を想定して『作戦要務令』の綱領「第1部」「第2部」を制定。1939年には「第3部」、1940年には「第4部」がそれぞれ制定された。陸上自衛隊の『野外令』のもとになっている。

▼状況判断と決心の違い

 昭和期に制定された『統帥綱領』(※)では、
「高級指揮官は大勢の推移を達観し、適時適切なる決心をなさざるべからず」と規定しています。

『統帥参考』(※※)では、「幕僚は所要の資料を整備して、将帥(大部隊の指揮官)の策案・決心を準備し、これを移す事務を処理し、かつ軍隊の実行を注視す。軍隊に命令を下し、これを期するは指揮官のみこれを行う得べく、幕僚は指揮官の委任なければ、軍隊を部署する権能なきことを銘心するを要す」と規定されています。

ここには、決心は指揮官が適宜適切に行なうものであり、幕僚は指揮官の策案・決心を準備することができるが、原則として指揮はできないことが示されています。つまり、策案や決心の準備の役割にある「状況判断」は指揮官だけでなく幕僚も実施することができますが、決心は指揮官の専管事項であり、幕僚は行なうことはできないのです。すなわち、幕僚は指揮官の状況判断は補佐できても、決心を補佐することできないのです。

『野外令』では「決心は、状況判断に基づく最良の行動方針を実行に移す指揮官の意志の決定である」旨を規定しています。

ここでいう「決定」とは一般的に「物事をはっきりと定める行為」や「はっきりと定められた状態」を意味します。

つまり、状況判断も決心も決定を行なう行為ですが、前者は最良の行動方針(方策)を決定し、決心が意志を決定します。

その大きな違いは行動と責任にあります。状況判断には行動と責任を伴いません。刻々と変化する状況に対して継続的に行なわれ、客観的に最善の方策を選ぶという思考作用だと言えます。

他方、「決心」には実行と責任が伴います。いったん、状況判断が決心に移行すれば容易に後戻りはできません。決心は適宜適切に行われるもので、「我はこうする」という主観的な強い意志の発揚すなわち精神作用であると言えます。

(※)日本陸軍の高級将校・指揮官および参謀のために、方面軍および軍統帥の大綱を説いたもの。旧日本軍の教典では最も秘密度の高い「軍事機密」書。『作戦要務令』の上位にあたる教令であった。

(※※)『統帥綱領』を陸軍大学校で講義するために使用した解説書。1932年に編纂された「軍事機密」に次ぐ「軍事極秘」書。


(つづく)

武器になる状況判断力(1)

しばらく中止していましたが、『軍事情報』メルマガに連載「武器になる情報分析力」を投降することにしました。これは、毎週火曜日2000から配信されます。登録は無料です。ここには、読者に配信されたものを少し後に掲載します。

新連載:武器になる「状況判断力」(1)

判断と決断の違い

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□はじめに

「軍事情報」メルマガ読者の皆様、ご無沙汰しております。過日は、拙著『情報分析官が見た陸軍中野学校』の予約キャンペーンではお世話になりました。多くの方々にご購入いただき嬉しく思います。

中野学校出身者のほぼ全員が鬼籍に入られようとする今日、中野学校を貶める論調を少しでも排斥し、拙著を通じて真実を世間に押し広めたいと思います。

本メルマガ読者皆様のお力添えをいただければ心強く思います。引き続きよろしくお願いします。

▼オリンピック開催の判断とは?

さて、今回の連載のテーマは「状況判断とインテリジェンス」です。「状況判断とは何か?」については追って解説したいと思いますが、今日では「判断」という言葉がマスメディアを賑わせており、これを聞かない日はないと言っても過言ではありません。というのも、オリンピック開催の中止・延期の〝判断〟を求める世論が高まっているからです。

これに関連し、『時事通信』(6月5日付)によれば、「政府・自民党は尾身茂会長に対する不満を強めている」として、次のように報じています。

「尾身氏は3日の参院厚生労働委員会で、五輪開催に関し『普通ではない』と明言。4日の衆院厚労委でも『人流が増える。やるのであれば覚悟を持ってさまざまな感染対策をすることが求められる』などと訴えた。こうした発言について、政府高官は『尾身氏は五輪開催を判断する立場にはない』と不快感を隠さない。別の政府関係者は『五輪で医療が逼迫(ひっぱく)したときに〈警鐘を鳴らした〉としておきたいのではないか』と皮肉った」

ここで筆者が取り上げたいのが「尾身氏は五輪開催を判断する立場にない」という箇所です。この記事は、「政府高官」「政府関係者」の発言という情報源を秘匿した記事なので、やや情報の正確性には疑義もありますが、正確な情報だとして論を進めます。

さて、尾身氏は本当に判断する立場にはないのでしょうか?

尾身氏6月1日の参院厚労委員会での社民党の福島瑞穂氏に対する答弁では次のように述べています。

「我々は五輪を開催するかどうかの判断はするべきでないし、資格もないし、するつもりはない。しかし仮に五輪を開催する決断をなされた場合、当然、開催に伴う国内の感染への影響があって、分科会は我が国の感染をどう下火にするか助言する立場にある」「五輪をやれば、さらに(医療に)負荷がかかることがあり得るので、最終的な決断はそういうことも踏まえてやっていただきたい」

ここには判断と決断という2つの言葉が出てきます。判断には「良いか悪いか」「価値があるかないか」「行動すべきすべきでないか」など二者択一的な意味合いがあります。判断は決断のためにありますが、必ずしも判断が決断につながるとは限りません。AかBかの選択でAが良いと判断したが、Cを実行した。このようなケースはあります。

判断と決断は異なります。判断は絶えず刻々と行なうものですが、決断は適宜行なうものです。判断は意思決定者のほか、その他のスタッフもそれぞれの立場で行なうものですが、決断は意思決定者が行なうものであり、これは原則としてスタッフやAIに任せることはできません。そして決断には必ず責任が伴います。委任決済という決断を委ねる方式もありますが、決断を委任したからといって意志決定の権限のある者の責任は免れません。

言葉にはおおらかな面があり、筆者は言葉の広義的な意味や現代流の解釈には寛容であるべきとの立場ですが、やはり肝心な議論では言葉は注意して使用すべきであり、今回のようなケースでは、もう少し判断と決断はきっちりと分別して記事にすべきであろうと思います。

そして、上述のコロナ禍と五輪との問題では、尾身氏は五輪を開催するかどうかの決断はできないが、「政府の分科会」の代表者として専門家として開催の是非を判断することは当然に許されると思います。また、一般国民もそれぞれの立場で開催の是非を判断し、それぞれのルートで意見を発出して良いと考えます。判断は決断に影響を及ぼすが、必ずしも決断には直接結びつかないこともあることを理解し、決断が行なわれた以上はそれを支持する潔さも大切だと考えます。

決断は判断とは比べようもないほど重い。容易には覆らないし、覆してはならないのです。よく「最終的な決断」という用法は耳にしますが筆者にはしっくりときません。「総合的な決断」ならわかりますが、決断は常に最終的であるべき、そのような心構えをもったものと考えています。

▼自衛隊勤務での「判断」との関わり

筆者の防衛省や陸上自衛隊の勤務を振り返れば、常に判断が求められ、判断力の養成が教育訓練の主軸であったように思い起こします。初級幹部時代の戦術教育では、指揮官としての「状況判断」を学ぶことが主題でした。

その後、筆者は国家政策や防衛戦略に資するインテリジェンスを作成する情報分析官になりますが、そこでは国際情勢や対象国に関する「情勢判断」を求められました。情勢判断の前には、情報が「正確か誤りか」の情報自体の判断もあります。

分析の先には必ず判断があります。情報分析とは情報を分析して情勢を判断することの繰り返しなのです。対象地域の情勢判断の上には国際情勢の総合的判断があり、それに基づいて国家政策や防衛戦略の判断があります。そして政策や戦略が決定(決断、決心)され、計画や実行に移されます。このように国家政策や防衛戦略の決断、計画と実行には多くの担当者や関係者の判断が幾重にも重なってきます。

 なお、状況判断と情勢判断には多少のニュアンスの違いはありますが、両者ともに、対象(敵、ビジネスでは競業他者など)と彼我を取り巻く環境が、我の行動(政策、戦略、戦術など)に有利か不利かなどを判断するという意味があります。以下、両者を比較、分別する必要がある場合を除き、本メルマガでは状況判断という言葉を用います。

▼状況判断を学ぶことの意義

 今日は、スポーツ、ビジネスなどあらゆる分野で「状況判断」という言葉を耳にします。特にスポーツの世界では状況判断という言葉は頻繁に使われます。たとえば、野球でノーアウト、ランナー三塁の場面を想定しましょう。野手が内野ゴロを捕獲し、バックホームするか、それとも一塁に送球するか、瞬時の判断が必要となります。このような場合、野手は三塁ランナーの位置、打者の打球の速さ、打者の走力などの状況を総合的に考査して瞬発的に判断を下すことになります。このような判断が優れている者を、「彼は状況判断力がある」などと言います。

 今日のグローバル化社会では、組織が拡大、分散化し、行動は複雑多岐になっています。変化の早い情報化社会では、ビジネスパーソンは各種多様な要件を緊急に処理することが求められます。

 このような状況下、もはや少数の英知のみに依存して状況判断を行なうことは困難です。つまり、社長や経営者、各部門や事業部の長といった組織トップの判断を待つことなく、現場の担当者の自主判断が求められるケースが増えていると考えます。

 社会の複雑化に追随できない現代人は精神的に疲れ、思考力が減退しています。やがてAIが状況判断を行なう時代は来るかもしれませんが、すべての領域、分野におよぶにはなお時間がかかるでしょう。

 また、すべての状況判断をAIに依存できるわけではありません。したがって、あらゆる組織に所属する個人にとって状況判断はますます重要になっています。

 状況判断はもともと軍事用語です。複雑な戦場環境の中で指揮官が最良の行動方針を決定するために行なうものとされます(詳細は今後説明する)。状況判断には多くの幕僚が関わり、組織として状況判断を行ないます。また部隊間の協同作戦も通例です。だから、状況判断のプロセスの標準化やマニュアル化が進められてきました。

 複雑な現代社会の中で生きるビジネスパーソンあるいは社会組織に属する個人にとって軍隊式の状況判断を学ぶ意義は大きいと思います。

▼本連載の構想

 本連載では、まず状況判断とは何かについて世間一般での使用例や旧軍教範や米軍マニュアルなどをもとに考察したいと考えます。次に歴史上の重要なターニングポインに焦点を当てて、それに関与した歴史英傑の状況判断を学び、状況判断に必要な基本的要件を浮き彫りにしたいと考えます。

 次に可能であれば、軍隊式の状況判断のプロセスや思考法をいくつか取り上げ、ビジネスなどの他領域への汎用性などを検証したいと考えます。

 また、連載の終始を通じて状況判断とインテリジェンスとの関係について考察し、政策立案者や指揮官が状況判断を行なうためには情報要員をいかに使いこなし、インテリジェンスをどう活用すべきかを考えたいと思います。

 今回の連載は、過去の筆者の連載や著作物とは少しスタンスが異なるものになるでしょう。これまで筆者は、主として情報分析官の目線で、情報を分析していかに状況や情勢を判断するのか、そのノウハウを提示することが主題としてきました。

今回は情報要員という衣を脱いで、インテリジェンス使用者(カスタマー)の立場で状況判断を行なうためにはいかなるインテリジェンスが必要であるか、インテリジェンスをどう使うかについて考えたいと思います。使用者の立場で考えることで、インテリジェンスの本質により迫りたいと考えています。

 最後に、今回の連載には終着に向かうおよその概念図はありますが、具体的な設計図は未だできていません。つまり、読者皆様の反応などを羅針盤に試行錯誤を繰り返しながらの船旅となりそうです。どうか、無事に航海が完遂できますよう、皆様のお力添えをいただければ嬉しく思います。

 次回は判断および状況判断とは何かについて言葉の意義や旧軍などでの用例などを見ていく予定です。

(つづく、本記事は2021.7.6に掲載済み、その後一部修正)