2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第7回=最終回)

■サイバー・認知戦が勃発

「それにしても、最近、停電や電波障害、金融システムの障害などがよく起きるが、何かの前触れなのだろうか。だが、このところの異常気象で線状降水帯による大雨が多いし、風力や太陽光発電などもエネルギー効率が高くなく、進展していないのでそのせいもある。」

最近はなんだかおかしいなと言う気配は感じても国民はあまり深刻に考えていないようです。

2030年春、中国軍が台湾対岸での合同訓練を実施しました。この訓練ではミサイル射撃訓練が行われ、日本のEEZを含む台湾周辺に航行制限区域が設定されました。

ある五月の日没後、沖縄で大規模な停電と通信障害が発生しました。停電は三日後には復旧しましたが、通信障害は完全には解消されていません。後に、これらの問題は破壊型マルウェアによるサイバー攻撃が原因であることが判明しました。

また、本土と沖縄間の通信速度が大幅に低下していることから、海底通信ケーブルの破損が懸念されています。このため、臨時の衛星回線が構築されていますが、一般市民の通信利用には制限がかかり、オンラインサービスも停止されました。

これらの影響により、政府は復旧に全力を尽くすと発表しましたが、一週間後も状況は改善されず、沖縄の市民は困惑しています。三週間後には通信は復旧しましたが、沖縄のテレビ局や自治体のウェブサイトは依然としてDDoS攻撃を受け、アクセスが困難な状況が続いています。

この中で、台湾と友好的な日本企業のウェブサイトが改ざんされ、中国の国旗とともに「戦争の原因は台湾にあり、台湾と関わりのある者は制裁を受ける」との警告文が掲載されました。これにより、台湾のコミュニティや台湾に友好的な日本人の間で動揺が広がり、日本政府は台湾政策に対する議論の増加に警戒しています。

一方、スマートフォンのソーシャルメディアは正常に機能していました。調査したところ、「米軍や自衛隊が沖縄県民を守る意思はない」「停電中に米軍兵士が商品を強奪した」といった情報が流れていました。さらに、ソーシャルメディア上では、沖縄県と沖縄電力が「今回の停電は米軍と自衛隊との共同演習で送電線の一部が破断されたことが原因である」と発表したとの記事が広まっていました。

その後、米軍兵士が少女たちをレイプしている動画が現れ、米軍基地や自衛隊駐屯地には市民による抗議デモが発生し、本土からの参加者も加わりデモは拡大していきました。

中国は、日本が非常事態になりつつあると判断し、「国防動員法」をもとに九州と沖縄にいる中国人に帰国を命じました。そのため、那覇空港や南西諸島の飛行場は大混乱となり、軍民両用であるため自衛隊機などの運用にも支障を来すことが懸念されました。

さらに数日後、尖閣諸島領海内に十数隻の海警船が侵入しました。第十・十一管区海上保安部は自力での対処が困難と判断し、他の管区からの支援を要請しました。しかし、北朝鮮によるミサイル発射のニュースや、ロシアの北方領土での軍事演習が始まったこともあり、他の管区からの支援はままならない状況でした。海上自衛隊でも同様な状況が生じていました。

数時間後、尖閣諸島の領空に中国と思われる無人機が数十機侵入しました。我が国は無人機による領空侵犯に対処を試みましたが、無人機は兵器を搭載していないため、次々と撃墜されました。無人機に対する法律が整備されていないこともあり、有人機を使っても無人機に対処することが難しく、対空ミサイルによる撃墜もできませんでした。

さらに、海上自衛隊と米軍が駐留する岩国基地や、AIWACSが駐機する浜松基地にも、誰が送ったのか分からない無人機が飛来し、電波障害が発生しました。

日本政府は有事認定についての議論を続ける中で、防衛態勢への移行には躊躇していました。

数時間後、尖閣諸島に海警船数隻が上陸し、対空ミサイルやレーダーと思われる装置を設置する状況を偵察衛星が捉えました。しかし、その後、偵察衛星の信号が遮断され、詳細はわからなくなりました。

我が国は海上警備行動をとるにとどまっていましたが、現地の自衛隊は防衛出動の準備で混乱していました。

この時、台湾の飛行場のレーダーや通信が障害を受けたというニュースが入りました。さらに、中国が台湾に対して弾道ミサイルを発射し、高雄港や台中の空軍基地に着弾したとの報道も入りました。

中国による台湾への軍事侵攻が開始された模様です。沖縄や尖閣諸島での一連の不審な動きは、この軍事行動と連動し、日米の対応を妨げるものでした。

(おわり)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第6回)

■認知戦・AI戦争に脆弱な日本

わが国は、中国の台頭以来、北方重視から南西重視の防衛方針への転換を図ってきました。しかし、ウクライナ戦争により、ロシアがわが国の脅威であることが明確となり、防衛関係者の間で北方および日本海への備えの強化が議論されるようになりました。しかし、予算や資源の限られた中では、全面的な対処は難しく、また南西重視方針の変更は容易ではありません。

わが国は、これまで個別の事態を想定した防衛力整備を行ってきましたが、中国、ロシア、北朝鮮による複合的な攻撃や不法行動を想定したものではありませんでした。このため、複合的な事態に対応する能力が不足していました。

さらに、ウクライナ戦争の教訓から、中国は無人機やAI搭載型の自律兵器の開発を急ピッチで進めています。一方、わが国も中国の台湾周辺空域への無人機侵入に対抗すべく、無人機活用の検討を開始しています。しかし、法的な制約により、無人機は兵器未搭載型であるため、有事において十分な対処ができない状況です。

防衛関係者は、中国、ロシア、北朝鮮がサイバー・情報戦や認知戦、AI戦争の準備を進めていることを認識していますが、この脅威認識が国民にはうまく伝わっていませんでした。

また、わが国はウクライナ戦争の教訓を十分に活かすことができませんでした。ウクライナがロシアに対して善戦できたのは、2014年のウクライナ危機以降、官民挙げてファクト・チェック体制の構築、インテリジェンス・リテラシーの強化、サイバー・レジリエンスの向上などに取り組んだ成果があったからです。しかし、わが国はこの教訓を認識しても、結局は省庁間の対立や縄張り争いから、ファクト・チェック体制の構築や国民の啓発教育が進展しなかったのです。

わが国は第一次世界大戦の教訓から総力戦の重要性を認識していましたが、軍官対立によって後れをとりました。同様に、偏狭的な民族的特性が総体的な対策の実行を妨げました。

わが国の社会では、AIの普及によるネガティブな状況が広がっています。日本民族は群れを成し、同調主義に陥りやすいとされ、生成AIの普及により思考や判断を回避する傾向が強まっています。これにより、ソーシャルメディア上のインフルエンサーの意見に同調し、根拠のないデマや儲け話が拡散され、短絡的な暴力行為が増加しています。

日本社会では、右翼・左翼、リベラル・保守の主義や主張、世論の分断が見られ、それが歴史認識や政策をめぐる過激な論争に発展しています。集団自体の意見や価値観を主張し、他者との対話や妥協を困難にする傾向が強くなっています。

■リベラル思想が強まる南西方面

2010年代に入り、中国の南シナ海や東シナ海への積極的な進出が加速しました。この動きにより、沖縄・南西諸島地域では、戦後以来続いてきた反戦・リベラル・左派の立場に対抗する形で、国防・保守・右派の意見が強まり、自衛隊の誘致も進んできました。一方で、米軍撤退論は依然として根強く存在していました。

2020年代後半以降、沖縄本島や南西諸島では、米軍基地の撤去や中国との関係改善を求める声が高まり、これに対し防衛力の強化を求める意見との間で対立が生じています。政府と地域住民が一体となって南西防衛を強化してきましたが、最近ではその流れが停滞している兆候が見られます。

一部のマスメディアやソーシャルメディアでは、「中国を刺激することは危険だ」「政府は沖縄を犠牲にしている」「中国が攻撃しても米軍は守らない」「誘致した陸上自衛隊基地は地域経済に貢献しないばかりか風紀を損なう」などのネガティブな情報が広まっています。

沖縄の地方新聞では、「琉球は独立国であった」といった独立運動を促す特集が組まれています。これに呼応するかのように、小規模な独立運動が起きており、噂では運動参加者に手厚い日当が支給されていると言われています。

2030年現在、沖縄地方での国政選挙や地方選挙では、与党が軒並み敗北しています。野党候補は政権公約に米軍基地の撤去や自衛隊の縮小、中国との経済関係の構築を掲げて支持を集めています。彼らの街頭演説は従来にない盛り上がりを見せています。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第5回)

■二〇三〇年の東アジア情勢

ウクライナ戦争は開始してから3年後に一応の停戦状態を迎えましたが、2030年現在、依然として散発的な衝突が続いています。国連は存続していますが、北朝鮮の核ミサイル問題などでは、中露が拒否権を行使するなどの問題があり、機能不全に陥っています。多くの国々は、両陣営の動向を見守りつつ、自国の国益のみを追求する傾向が強まっています。

2028年の大統領選挙でプーチンが引退したものの、新たな愛国主義的な大統領の下でロシアの権威主義体制には変化が見られません。ウクライナ戦争による経済的な疲弊は続いていますが、中国からの援助によってロシア経済は持ちこたえています。これに関して「中国の属国化」と揶揄される声もありますが、いずれにせよ、ロシアと北朝鮮は影響力を保持し続け、対米牽制を中国と連携して行っています。

ウクライナ戦争で疲弊しなかった中国は、欧州経済の救世主として「一帯一路」を推進し、約10億の海外市場を獲得しました。これらの顧客データはAIのビッグデータとして活用されています。このような状況から、中国は2017年7月に掲げた「2030年までにAIで世界をリードする」という目標をほぼ達成しています。

2027年年に習近平の第四次政権が始まりました。習は2035年までに経済規模で世界第一位を達成することを目指していますが、「台湾への軍事侵攻は得策ではない」と考えています。ただし、台湾の独立阻止のための武力統一の選択肢は放棄していません。

■習近平が中台戦争を決意

2021年の春、米軍高官が2027年頃に中国が台湾に侵攻する可能性が高まると言及しました。しかし、2024年の台湾総統選挙では民進党候補が総統に付きましたが、国民党が立法院会での議席を伸ばしました。その結果、二〇二二年の米下院議長の訪台や蔡英文総統の訪米などのような、中国を刺激する動きはなかったため、中台関係は比較的安定していました。

中国はウクライナ戦争の教訓から、十分な戦争準備を行い、米軍が本格的な介入を行う前に速戦即決を追求していました。つまり、兵員の犠牲を最小限に抑えることが重要であるとの教訓を得ました。また、米国の関与については、核保有国である中国との戦争に関与するリスクを回避する可能性があるものの、その保証はないと判断されました。

これらの教訓に基づき、中国は軍事作戦開始前に台湾社会を不安定化させることや、在日米軍の戦力発揮を妨害することが極めて重要であると認識し、サイバー・情報戦および認知戦、AI戦争の能力を高めることに力を入れました。

習近平の政権基盤は安定していましたが、経済成長率は停滞し、少子高齢化が進行し、最近では2035年に経済規模で米国を追い抜くという経済目標は遠のいていました。

2028年に行われた台湾総統選挙では、再び民進党候補が総統に選出されました。台湾は以前の蔡英文政権以上に米国や日本との連携を強め、半導体の対中輸出規制などを行うようになりました。

中国国内では経済停滞や民衆化デモが生じ、一部で習近平の退陣要求が高まり、国営メディアや軍機関紙である『解放軍報』などでは台湾に断固たる対応をとるべきだとの主張が強まっています。

2030年、習近平は七六歳の誕生日を迎えましたが、82歳で死ぬまで国家指導者であった毛沢東に倣い、2032年の党大会で後継者へのポスト譲渡を示唆する姿勢は見せていません。

しかしながら、経済での米国超えが困難である状況下で、国民の不満が高まっており、小規模な「倒習」運動が勃発しています。習近平は国民に対し、中国こそが世界のリーダーであり、中国共産党が中国の歴史上最高の指導者であることを自国民および世界に向けて強調しています。

米国の情報によれば、習近平は側近の二人の軍事委員会副主席に台湾軍事作戦の検討を命じたとされます。彼らは以下のように総括したとの情報が日本側に伝えられました。

「台湾海峡を越えて全面的な台湾上陸侵攻を行う軍事力は十分ではありませんが、潜水艦、ミサイル、爆撃機を利用して米軍の来援を阻止し、電撃戦によって政治中枢の台北市を占領することは可能です。本格的な智能化戦争を行う体制は整っていませんが、自律型兵器の導入により、台湾および日米の防衛行動を混乱させることができます。いずれにせよ、ウクライナ戦争以降重視してきたサイバー・情報戦および認知戦によって、台湾および日米の戦闘意志を事前に喪失させ、電撃戦を追求することが重要です。」

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第4回)

サイバー・認知戦の勃発の可能性大

■軍事におけるAI技術の趨勢

2030年現在、AIは既にサイバー・情報戦の領域で複数の側面で活用されています。これには、情報収集、分析、戦術的な意思決定などが含まれます。例えば、軍事作戦ではAIが情報収集のターゲットを自動的に絞り、有用な情報を大量に収集し、その中から目的に役立つものを選定し、傾向や過去との関連性を特定し、有用なインテリジェンスを作成し、戦術的な意思決定に役立てています。

また、AIは過去の戦略・戦術を研究し、実戦的なシナリオを想定した訓練を実施したことが新たな戦術や戦略を編み出す契機になっています。電子戦では、AIを活用して攻撃に最適な電波方式や周波数などを自動的に割り出し、敵の通信・電子施設などの妨害・破壊に活用しています。サイバー戦では、ボットを利用した自動的な攻撃を行なうほか、防御システムにAIを組み込むことで敵の攻撃を検出し、自動的に対策を展開するなどを行なっています。また、攻撃者が自立システムの動作やパターン認識機能を意図的に制御・操作し、攻撃者の秘匿性を高める試みが行なわれています。

サイバーセキュリティの分野では、機械学習アルゴリズム(マシンアルゴリズム)を用いてセキュリティイベントやアラートを分析し、潜在的な脅威に対処することが実用化されています。今後は、これらのAI技術がサイバー・情報戦の領域でさらに進化するとともに、認知戦やAI戦争への発展を促すと見られています。

認知戦の戦法では、サイバー空間で情報を取得して、対象となる人間の心理・認知的弱点を見つけ出し、偽情報を拡散するなどにより世論を操作し、これを武器にして真の攻撃対象である国家・軍事指導者の意思決定に影響を与えることになります。専門家は、近い将来には非人間であるAIが人間の心理の介在なしに状況を認知して意思決定を行う、アルゴリズム戦争が主流になると指摘しています。

「智能化戦争」に余念がない中国

米中のAI覇権戦争は2010年代後半から始まりました。当初は、自由・民主主義の旗印のもとで、巨大なテック企業と多数の有能なイノベーターを抱える米国が勝利することは当たり前と考えられていました。しかし、2030年現在、国際社会のAI規制に応じない中国の方がAI大国として優位に立ちつつあります。2017年、AIロボット分野の指導者たちは、国連に致死性自律型兵器の禁止を求める公開請願書に署名しました。当初は、自律型兵器の定義も各国でバラバラで、規制を巡る議論の論点が定まりませんでした。

しかし、2020年以降、ChatGPTが誕生した頃から、西側はAIの脅威を深刻に認識し始めました。G7などの国際会議では、完全自立型のロボット兵器が民間施設を攻撃すれば、その行動に誰が法的責任を有するのか、プログラマー、製造者かといった問題が議論されました。また、人間の生死に関わる決定をマシンに委ねてよいのかという倫理的な問題も提起されました。

このような議論の高まりの中で、米国はAI規制に着手し、中国にも規制に従うよう合意を求めました。これに対し、中国は規制に応じることなく、逆に欧米のテック企業の技術者などを多額の金銭で引き抜き、国営企業に多額の資本を投入して、独自のAI路線を推進しました。

現在、中国は「AIと調和して発展する中国」「無秩序なAIの発展が社会を混乱させる」などの論説が世界で増加しています。AIを使ったソーシャルメディア上の巧妙な偽情報により、民主主義国家のリーダーや国民は徐々にその影響を受け、無意識のうちに権威主義的な価値観に傾斜していくことが懸念されています。国内のソーシャルメディアでは、政権与党の批判や政府高官のスキャンダルの暴露が盛んに行われ、国民の政権批判と政治離れが顕著になっています。

中国はすでに完成したAI指揮意思決定システムを活用し、初期型の自律型兵器を誕生させています。現在、ナノエレクトロニクス、ナノセンサー、ロボットなどの軍事技術を用い、自律型AIが人間の介在なしに状況判断、意思決定、指令を行う機能を整備しているようです。これが2030年代初頭に提起された「智能化戦争」の準備であると言えるでしょう。

米国の研究者は、中台戦争では人間の認知・心理の領域を超えたAI戦争が局部、局面ならば、いつ起きても不思ではないと指摘しています。軍事専門家などが予測するAI戦争の様相は次のようなものであります。「戦場から遠く離れた作戦室では指揮官や幕僚に代わってAI指揮意思決定システムが膨大なビッグデータを処理し、最適の作戦行動を決定して  

計画と命令を起案・発令する。戦場空間では、汎用AIを搭載した小型無人機が長時間連続飛行し、自らの判断で相手国の領空に侵攻し、領土の目標を攻撃するなどの状況が生じるでしょう。」

(次回に続く)