SSNと民主主義について思う(6-終わり)


■ビジネスから選挙戦のプラットフォームになるSNS

 今日のビジネスでは、SNSがマーケーティング戦略のプラットフォームになっています。そこでは、SNS利用者をセグメーンテーションし、「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を定めるマーケッティング戦略が立てられています。この戦略を立てる手順が「STP」です(S=セグメンテーション、T=ターゲティング、P=ポジショニング)。

 ICTの発展により、SNS、ビックデータ、AIなどがセグメンテーションを可能にしました。しかも、それはサイコグラフィックといって、顧客をライフスタイル、行動、信念(宗教)、価値観、個性、購買動機など、購買者の心理的要因(属性)によって分類(セグメンテーション)できるようになりました。

 私はこのマーケティング戦略が米大統領選挙や英国のブレグッジッドに活用されている状況についてこのコラムで整理しました。つまり、マーケティング戦略を政治に応用した「マイクロターゲッティング」が行われ、それが民主主義が操られる脅威について述べてきました。

 英国のケンブリッジ・アナリティカ(CA)、カナダのAIQといった民間のデジタル企業が米大統領選挙や英国のプレグジッド国民投票に干渉したことを元社員が暴露しました。

 さらには、ロシアは国家諜報組織と密接な関係を有するとされるAPT28、APT29を運用し2016年の米大統領選挙でトランプ氏を当選させるようにサイバー戦を仕掛けたとされています。効果がどの程度あったかはわかりませが、劣勢なトランプ氏が勝利したのですから、勝利の要因の一つとして考慮しないわけにいきません。

■「確証バイアス」の罠に陥るユーザー

 SNSはこれまでのメディアと異なり、誰でも手軽に情報を発信できるという、双方向性の特徴があります。双方向であるので、ネット空間ではすぐに情報がいっぱいになります。

 報道機関だけでなく、様々な利害関係者、個人のブロガーが利用し、どんどんニュースの内容は変化し、陳腐化するので、誰も、それが事実かどうかを見極めることはできません。言ったもの勝ちの状況が生まれ、利用者は自分にとって都合の良い、自分が正しいと思う情報だけを拾い上げて、また拡散するという状況にあります。

 SNSの発展によって、多くのユーザーは、世界と幅広く接触しているような錯覚に陥りますが、実態は、情報の洪水の中から、アルゴリズムやマイクロターゲティングによって選別された、限られた情報にしか触れていません。彼らの多くは、自分の信じたいことだけを信じる傾向にあります。

 私たちは知らない間に、自分好みの耳障りにの良い情報だけに囲まれ、自分を否定する情報を拒絶していっています。たとえば、Facebook(FB)ユーザーは、FB独自のアルゴリズムによって、自分の興味関心や好み、思想に合致する情報ばかりを目にすることになります。これを「エコーチャンバー」(自分の意見だけがこだまする反響室)と言います。

 そして、自分の考え方は多くの支持を受けている、多数派だと錯覚し、自分が描く未来は正しいと確証するようになります。これが「確証バイアス」の罠なのです。

 ヒラリー・クリントン氏は、第1回大統領候補討論会でトランプ氏に対し、「ドナルド、あなたは自分で作り上げた現実の中に生きている」と喝破しましたが、これは現代のアメリカ社会全体に向けられるべき言葉であったとも言えます。

■SNSと政治との関係

 選挙にいてもマスメディアの影響は低下しています。これまでの選挙では、さまざまなメディアが国民の意思に影響を与えました。

 政治とメディアは気っても切り離せない関係にあります。フランクリン・ルーズベルトのラジオ演説に始まり、ジョン・F・ケネディのテレビ討論と広告、バラク・オバマ氏のインターネット選挙が良い例です。その後、SNSを使った選挙キャンペーンが加速して、2016年の大統領選挙ではSNSが用いられました。

 現在、世界の人口の約3割がSNSユーザーです。特に、1980年代以降のミレニアルズ世代にとってはSNSは主要なニュースソースとなっています。アイフォンなどのモバイルが普及し、SNSの状況を加速させています。

 今日、SNSが定着しつつある中で、従来のマスメディアの影響力も低下しています。つまり、SNS上でのアルゴリズムが下す判断の方が、ジャーナリストの洞察力よりも重要視されてしまいます。 

 SNS上で「確証バイアス」が蔓延すれば、自分と異なる思想を持つグループへの罵詈雑言が溢れるようになります。

 トランプ氏を支持する「オルタナ右翼」から派生した「草の根運動」であるQanon(※※)には、「悪魔崇拝者のカバル(集団)が世界レベルで人身売買ネットワークを動かしており、トランプ大統領を突き落とそうとしている」などといった「陰謀論」が書き込まれました。

 その投稿の内容には、国家や政権のディープな部分にアクセスできる者しか知りえないような真実が20%程度混じっているために、それにつられる形で、フェイクが蔓延していったのだとみられています。

 こうして自己勝手の意見が拡散されれば、やがて世論の分極化が始まり、現実の衝突事件へと発生します。米国の人種対立はSNSが生み出した負の影響かもしれません。

■ポピュラリズムそのものは非民主主義ではない

 民主主義は「国民主権」が大原則です。つまり、有権者である国民が直接、もしくは自由選挙で得らればれた代表を通じて権限を行使し、それに伴う義務を遂行するというものです。要するに、国民が自由意志によって、自らの代表を選ぶのです。

 トランプ氏が大統領になり、「ポピュリズムが民主主義の敵」という考え方が盛んに吹聴されます。ただし、ポピュラリズムは民主主義を否定するものとは必ずしも言えません。直接民主主義がポピュラリズムを生み出します。

 ただし、思想としてのポピュリズムには問題もあります。、「民意こそが政治的意思決定の唯一の正統性の源泉である」と考える思想から、「選挙で勝利した政治勢力はすべてを決定できる。政治的な意思決定はすべて国民投票で決定すればよい」という主張が導き出せます。

 これが思想・信条の自由や言論の自由をはじめ、個人の権利の尊重を損ない、少数意見を排斥する危険性があります。そのため、あらかじめ多数決ですら決定できない領域を確保しておくことが重要です。

■SNSがユーザーの心理をコントロール

 最も問題はポピュリストがどのように支持を集めたかのかということです。もし仮に戦況において、他国の一部の組織による恣意的な世論誘導があれば、それは国民の自由意志とは言えません。つまり、ケンブリッジ・アナリティカのような存在が、有権者の自由意思をコントロールしているとすれば、それは自由意志によって自らの代表を選んだといえるでしょうか。すなわち、民主主義とは呼べないとことになります。

 これまでのラジオ、テレビ、初期のインターネットは特定の階層だけを対象とした宣伝はできていいません。しかし、SNSはマイクロターゲーティングというやり方で、特定の層だけに、特定の情報を発信できます。マイクロターゲティングを使う側が意図的に国民の心理をハッキングし、国民の自由意志を操ることも不可能ではありません。

 ある種の勢力がSNSを通じて国民の心理をコントロールし、自らが思う政治勢力を形成する。それは独裁体制よりももっと民主的でないかもしれません。

 自由・民主主義体制の建前からSNSの規制なき普及が放置されると、結局は自由・民主主義体制までも失いかねないとみられれます。

 そういうことを知っている中国やロシアはSNSの自由な普及を統制し、国家が不安定にならないようにしているのでしょう。

 これまで米国は中国やロシアに対して、民主化運動を焚きつけて、内部からの民主化を画策したとの見方があります。しかしながら、ほかならぬ米国自身が体制の危機に直面しているのかもしれません。

 中国やロシアがSSNの盲点を突き、SSNを媒介として米国の国内分裂を画策し、米国の国際的な影響力を削ごうとの〝パワーゲーム〟を展開する。まさにSSNを媒介とした心理工作により民主主義体制は生き残りの危機をむかえようとしているのかもしれません。

(※)現在、世界の人口の3割に当たる22億人が、ソーシャルメディアを使用している。オバマ氏が2007年2月に大統領選挙に立候補を表明した時、Facebookのユーザー数はわずか3,000万人でした。しかし現在、アメリカだけで1.6億人、成人の7割が使用している。

(※※)QAnon、Qアノンとも表記、Q=Qクリアランス保持者=国家の機密性の高い情報へのアクセス権のコード」と「anonymous(匿名)」という2つの言葉が組み合わさった用語。米国の匿名掲示板サイトである4chanに2017年10月28日に初投稿がなされ、以後、Qポストなるものを投稿された。)

『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』の読後感

慶應大学教授、廣瀬陽子氏の『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』を読みました。壮大な「グランドストラテジー」の下で、ち密なロシアのハイブリッド戦略を解説する良書です。今、我々が直面しているサイバー脅威や情報戦に立ち向かうための「インテリジェンス・リテラシー」を高めるために、是非とも手に取っていただきたい著書です。

平易な文章で分かりやすく書かれているので1日か2日で読破できます。

 本作は「プロローグ」と「エピローグ」が秀逸です。「プロローグ」では本書の全般紹介のほか、最近、〝謎の人物〟として話題になっている、エフゲニー・プリゴジン氏について書かれています。彼は2016年の米大統領選挙でスティーブ・バノン氏などとともに、よく耳にするようになった人物です。

 同大統領選挙では、ロシアによるトランプ氏支持のためのサイバー攻撃(ロシアゲート)が注目されました。そこでは、「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」、「コンコルド・ケータリング」などの得体のしれない会社が暗躍しました。これらを裏で操っていた人物がプリゴジン氏です。

 彼は「プーチンのシェフ」と呼ばれ、最初にレストランと仕出しビジネスを立ち上げたのですが、本書でより詳しい彼の経歴を知ることができました。

 詳細は割愛しますが、9年間も刑務所につながれていたような不良人物がクレムリンとの人脈を築き、プーチンに近づき、裏社会のボスに一挙に上り詰めます。いったいどのような手口だったのか、皆さんも興味があるのではないかと思います。そのきっかけの一つががロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PMC)の「ワグネル」社(2014年設立)の経営関与です。そこに現代ロシアの裏側を見る〝わくわく感〟を覚えました。

 彼は本書の随所で登場しますので、本書を小説のような感覚で一挙に読むことができました。まさに、プリゴジン氏が本書の「シェフ」として、絶妙な味付けをしています。

 エピローグでは、世界を席巻しているパンデミック禍の中での「ロシアの下心」について描かれています。むろんエビローグなので全章のまとめとなります。

 著者はロシアがコロナ禍の中で積極的な支援外交を展開したことに言及され、欧米がこの支援外交を「ハイブリッド戦争」と警戒していることを紹介されています。著者は、この支援外交が「ハイブリッド戦争」だとは言えないものの、それほどロシアの「ハイブリット戦争」が世界から注目されていることの証左であるとの見解を述べられています。

 そのことを踏まえ、ロシアのハイブリッド戦争の効果について総合評価されています。ハイブリッド戦争は目に見えない部分が多く、それぞれの戦術・戦法の関連性が不明であり、因果関係が複雑なので、評価は容易ではありません。非常に困難である評価を敢えて行われたことに敬意を表します。

 その評価も客観的で納得できるものでした。評価自体は割愛しますが、①エストニアへのサイバー攻撃、②ジョージアへのハイブリッド戦、③ウクライナでのクリミア侵攻、④米国大統領選挙の関与、⑤シリア介入について、の5つの事例を取り上げ、各々を「成功と失敗」の両面から分析し、部分評価を下し、そのうえで総合的な評価を下されています。非常に読み答えがあります。

 また、世界が「ハイブリッド戦」にどのように対抗すべきかを、『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』の著者であるジム・スキアット氏の解決案を紹介しつつ、筆者自身の見解を提示されています。なお、私は現在この本も読書中です。

 最後は、わが国がどうすべきかということで締めとなっていますが、本来は行われるはずであった東京オリンピックに対するロシアのサイバー攻撃の計画があっことを改めて取り上げ、我が国の危機意識の欠如を指摘されています。一方で、今日の日本政府の取り組みに対する肯定評価もされています。このあたり、〝期待値も含めて〟といったところでしょうか。

 以上のようにプロローグとエピローグを読むだけでも大変勉強になりますが、やはりロシア研究の一人者としてオーソドックスな分析手法に大いに感服しました。第1章とは第2章は、ハイブリッド戦争の全体像の解説と、そのなかでも主流というべきサイバー戦(宣伝戦・情報戦)の解説なので、さらりと読ませていただくとして、やはり第3章の「ロシア外交のバックボーン」が本書の最大のキモであると思います。

 ロシア研究の第一人者である著者が、地政学の見地から、プーチン氏の「グランド・ストラテジー」を描き出し、これを踏まえて、ロシアにとっての勢力圏に対する外交アプローチ、ロシアが米国に対してどのようなことを狙っているのかなどを解説されています。2016年の大統領選挙や昨年の大統領選挙にまで、なぜロシアが国家的介入を行ったのか、「なるほど。う~ん」と唸らされる思いです。

 続く、第4章ではロシアの地域戦略、つまり重点領域を明らかにし、さらにロシアの戦略・戦術を多角的に展開しています。第5章では、アフリカをハイブリッド戦争の最前線であるとして、一転して焦点を絞った分析が行われています。ここに本書のメリハリが存分に発揮され、魅了されながら読書を進めることができました。

 著者も述べられているように、私も「最近のアフリカといえば、中国の進出が顕著というイメージ」を持っていましたので、ロシアが地政学の視点から巧みなアフリカアプローチを展開している状況は大変勉強になりました。

 著者によれば、ロシアは権威主義政権による「国内の抑圧」などに対する支援(「グレーゾーン」に対する「安全保障の輸出」)はPMCを使って国際批判をかわし、軍事分野での進出を筆頭に、経済分野よりも政治分野の方を優先させるとあります。この点は、中国とはやや異なる点であると興味を持ちました。

 私は若干、中国について研究していますので、ついつい中国とロシアを比較してしまいます。著者は、「ロシアは火種のないところに炎上を起こさせる力はないとされる一方、火種を見つけ、それつけこんで炎上させることに長けており、その際、ハイブリッド戦争的な手法はきわめて有効に機能してきた」と述べられています。ここにロシアのやり口が凝縮しているように思えます。

 一方、私に言わせれば「中国は火のないところに煙を立てる。これは「無中生有」という「兵法三十六計」の一つである。やり方である。それが国際社会に対する反中感情を引き起こしている」と感じています。

 これらに最近の両国の力の差を感じるととともに、中国は舌戦によって「喚く」、ロシアは裏でひっそりと「○殺」するといった、歴史文化の違いがあるのだと言ったら、少し言い過ぎでしょうか。

 最後になりましたが、著者には個人的にも意見交換などさせていただきおり、ますますのご発展を祈念申し上げます。

地球環境問題(2)

■ 温暖化は本当なのか?

 地球規模で気温が上昇し、気候が変動することを「地球温暖化」といいます。これが気候の大幅な変動をもたらし、異常気象の頻発や高潮による洪水、干ばつによる農業の停滞、食糧不足など甚大な影響をもたらすとされています。

  気候温暖化は本当なのでしょうか。今世紀中には地球全体で3~5度の気温が上昇して、南極の氷などが解けて、東京都が水没するなどの悲観的な予測もあります。他方、地球温暖化を盛んなに謳っているのは、金儲けのためのビジネスであると主張する人もいます。

 北極の氷が解けていることは事実です。この原因は温暖化であると思われます。これに関して、北半球では温暖化が進んでいるが、赤道付近では温暖化は進んでいないという情報もあります。

 日本への影響を考えれば、気温が3度くらい上昇したところで何の問題もない。北海道の気温が上がれば、過ごしやすくなるということをいう人もいます。

 要するに、仮に地球が温暖化するとしても、どの程度か、どのような様相になるのか、どのような影響が生じるのかは良くわからないのが実情なのでしょう。

■温暖化の原因は?

 地球が温暖化すると仮定し、その原因はなんでしょうか。一つには、二酸化炭素などの温室効果ガス説があります。すなわち人為的原因説です。

 もう一つは、太陽の軌道の影響です。これは自然的原因説であって、人為の及ぶところではありません。

 ただし、その原因が特定できないとすれば、原因である可能性があり、人為的な対策が可能な温出効果ガスの排出規制を行うことが重要だということには説得力があります。

■国際社会の取り組み

 国際社会は定期的にCOP(気候変動枠組条約締約国会議)を開催し、温出効果ガスの問題に取り組んできました。

 1997年に京都で行われたCOP3で「京都議定書」が採択されました。「京都議定書」では、先進国を対象として、温室効果ガスの排出を規制しました。つまり、発展途上国はこれから経済発展を進めていくために、温室効果ガス削減の義務は負わせずに、経済的に余裕がある先進国のみで、地球全体の温室効果ガスの排出を削減しようとしました。

しかし、これでは中国のように自らを開発途上国と称して、議定書に参加しない国も出てくるわけです。そこで、2015年にパリで行われたCOP21でパリ協定が締結されました。これは、187の国と地域が締結して、2016年11月4日に発効しました。世界の温室効果ガスの排出量を2050年以降、今世紀後半に実質的にゼロにすることを目標に掲げています。

 今度は先進国だけでなく、発展途上国を含む全ての参加国を対象にしました。これから温室効果ガスの増大が予測される開発途上国を含めたのですから、京都議定書とは実効性が違いますしかし、温室効果ガスの削減にはお金がかかりますので、経済力の弱い発展途上国にとって過酷です。だから、先進国は発展途上国に対し資金援助をすることになっています。

 京都議定書では、その削減目標が話し合われ、各先進国ごとに、たとえば日本は6%、EUは8%、米国7%という目標が定められました。一方、パリ協定は各国が自分で目標を決めてそれを達成する、ということになりました。各国はそれぞれが目標を定めて、そのための政策を決定・実行して、その実績をモニタリングして、また新たな目標を立てることになっています。

◼️米民主党政権の取り組み

 パリ協定の締結に最も熱心であったのが、米国のオバマ元大統領でした。地球温暖化は「グローバル・イシュー」であるとして、全世界で協力しなければならないと主張し、中国やインドも説得してパリ協定を実現したと言われています。オバマ氏は議会の承認を得ずに大統領権限でパリ協定への加盟を決定しました。

 民主党は環境問題に熱心です。2007年、アルゴア元副大統領の講演活動を記録した映画「不都合な真実」が全世界で大ヒットしました。

 国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、温暖化の主因が人為的な温室効果ガスの増加だとほぼ断定して環境への影響を予測する報告書をまとめ、ゴア氏とともにノーベル平和賞を受賞しました。

 温暖化対策は、2007年6月のドイツ・ハイリゲンダム主要国首脳会議(サミット)でも最重要議題となり、各国が緊急に協調行動を取ることで一致し、12月には国連の気候変動枠組み条約第13回締約国会議(COP13)と京都議定書第3回締約国会合(COP/MOP3)がインドネシア・バリ島で開かれ、2013年以降の「ポスト京都」の国際協定づくりに向けた行程表が協議されました。

◼️トランプ政権はパリ協定から脱退

 しかし、トランプ氏、大統領に就任する以前から地球温暖化について「でっち上げだ」と主張して否定的な立場をとっていました。トランプ支持者のほとんどは、温暖化は単なる自然現象であると主張します。温室効果ガス理論を信じる者は、クリントン支持派6割、トランプ支持派は3割半でした。また、石炭産業などを意識して就任前から、パリ協定からの離脱を公約に掲げていました。

 当選後、支持者を前にトランプ氏は「私は、一方的で金がかかり、恐ろしいパリ協定からの離脱を発表した」と述べて公約の実現をアピールしました。つまり、トランプ氏は前政権が認めなかった原油パイプラインの建設計画の推進を指示するなど、環境保護よりも産業や雇用創出を重視する姿勢を鮮明にしました。

 トランプ前政権は2019年11月4日、パリ協定からの離脱を国連に正式通告しました。ポンペオ国務長官が同日付の声明で明らかにしました。パリ協定第28条1項には、「この協定が自国について効力を生じた日から3年を経過した後いつでも、寄託者に対して書面による脱退の通告を行うことにより、この協定から脱退することができる」とあります。これに基づき、トランプ前政権は国連に正式通告したのです。ただし、協定第28条2項で、協定離脱が有効となるのは正式通告から1年後です。

◼️バイデン政権の取り組みは?

 これに対し、当時の野党であった民主党はトランプ氏の決定を批判しました。2020年の大統領選挙の民主党有力候補であったバイデン前副大統領(当時)は2019年11月4日、ツイッターに「気候変動の危機的な状況が日々悪化しているのに、トランプ大統領は科学を放棄し、国際社会でのアメリカの指導力も放棄し続けている。恥ずべきことだ」と投稿しました。サンダース上院議員も「世界を気候変動による大惨事に陥れるのは誇るべきことではない」と非難しました。

 離脱の通告を受けて米国は2020年11月4日に離脱しました。すなわち2020年の米国大統領選挙の翌日のことです。この時には、いずれが勝利するのか選挙の趨勢は判明していませんでした。その後、バイデン氏が大統領になりました。バイデン大統領は就任当日、すなわち2020年1月20日に大統領令でパリ協定へ復帰しました。

 はたしてバイデン新大統領は、地球温暖化問題でどのような取り組みをおこなっていくのでしょうか。この問題では、中国との協調が不可欠ですが、安全保障面での米中対立を解消することは容易ではありません。

SSNと民主主義について思う(5)

■ ロシア民間企業が介入

 2016年の米大統領選挙ではロシアの民間企業によるサイバー攻撃が行われた模様です。ロシア側による選挙介入は「プロジェクト・ラフタ(Project Lakhta)」と呼称され、2014年5月頃に開始されたといいます。​潤沢な資金が投入され、その額は16年9月までに120万ドル超だとされます。​

 2018年2月16日、米モラー連邦特別検察官は、大陪審がロシアの3団体とロシア国籍13人の起訴を発表​しました。その3団体とは「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」会​社、「コンコルド・ケータリング」です。後の二つは、エフゲニー・プリゴジン氏が最初に立ち上げたレストランと仕出しビジネスです。

起訴されたロシア国籍者はプリゴジン氏ほかIRAに所属する12名​です。モラー氏は起訴状で、IRAおよび複数のロシア人が2014年から16年の大統領選挙まで、トランプ氏がヒラリー氏に対して有利になるよう選挙工作を行ったと発表しました。​2018年10月には、IRAの従業員である​エレーナ・アレクセーブナ・クシエノバ容疑者が新たに訴追されました。

■IRA   ​

 では、たくさんの起訴者を出したIRAとはどのような組織でしょうか。この会社はインターネット関連会社のようであり、​2013年7月 にロシアで企業登録したとされています。IRAの創業者兼CEOは元警察大佐のミハイル・ビストロフ氏とされます。​サンクトペテルブルクに拠点を持ち、テクニカルエキスパートなど数百人を雇用し、インターネット上に架空の人物を創り出り、各人がそれぞれ何十個もアカウントを持ち、SNSに大量の投稿を行い、コメントを書くなどの工作を行っていたようです。サンクトペテルの社屋が米国のシス​テムに対する工作活動活動を行う上での 「運営上のハブ」となった模様です。​

 IRAの給料は大統領府から支払われていたが、銀行振り込みでなく、すべて現金で支払われ、その給与額は他のPR会社に比べて相当高かったという情報もあります。

 プリゴジン氏​は「コンコード・マネジメント&コンサルティンググループ」を通 じて、IRAを含む3団体を管理​していました。プーチン大統領向けのコンコード・ケータリング会社も運営し、「プーチンのシェフ」とも呼称されていました。2008年5月のメドヴェージェフ大統領の就任式の際の食事関連もすべて担当し、この頃にはクレムリンのトップリーダーとの関係を築いていました。

 プリコジン氏は、2010年代以降、軍の食事、清掃サービスにも民間企業として初めて参加しました。しかし、2013年にセルゲイ・ショイグがロシアの国防大臣に就任すると、プリコジン氏との民間委託契約を打ち切った。それが、彼のビジネスの方向性を変化させ、IRAを運営し、ロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PⅯC)のなかでも特に規模が大きい「ワグネル」(2014年設立)にも出資するようになりました。​なお、ワグネルはロシアではPMCは非合法なので、同PMCは2016年にアルゼンチン、18年に香港で登記を行っています。

 ワグネルはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と緊密な関係にあり、事実上のロシア軍別動隊ともいわれています。そして、プリコジン氏と軍も密接な関係にあるという見方があります。ワグネルの活動は闇であり、それを探ろうとすると消されるという物騒な情報もあるようです。

 一方、クシエノバ氏は、​「プロジェクト・ラフタ」の会計主任であり、米大統領選挙後も米国​を標的とした政治的な干渉と影響力行使の取り組みのた​め、資金を運用したとされます。​2018年1月から6月まで「プロジェクト・ラフタ」に毎月予算を​割り当て、総額は6億5000万ルーブル(約11億1700​万円)超​となり、資金はIRAの要員の活動費やソーシャルメディア​上の広告費、ドメイン名の登録費、プロキシサーバの​購入費などにあてられた模様です。​

■ 選挙工作の手口

 ロシアの選挙工作について、(1)ハッキング、​(2)コンプロマート(暴露)、(3)オンライン・アクティブメジャー(オンライン上の積極工作)、(4)サポート・クレムリンズ・キャンディデエイト(ロシア支持候補者への支援)の4段階で行われたと分析されています。

 まず、ハッキングですが、これは暴露する価値がある情報を盗むことです。当時、米国の民主党本部を主なターゲットとし、クリント氏を貶めるスキャンダル情報が集められた模様です。当時、ヒラリー・クリントン氏はEメール疑惑で物議を醸していました。

 これを好機として、ロシア側はネット上で暗躍する「Fancy Bear(ファンシーベア)」(APT28、GRUの指揮下 【1】)と「Cozy Bear(コージーベア)」(APT29、FSV、SVRが母体、【2】)という二つのNGOにハッキングを行うよう指示を出したとされます。両NGOはロシアの諜報機関と連携している組織だとされていますので、ロシアが国家的に選挙工作に関わったとの疑惑(ロシアゲート)が浮かびます。なお、ロシアのハッカーは一般市民からリクルートされているとされ、官民の連携もみられる模様です。

 次にコンプロマートですが、これは最近になって出てきた用語です。特定人物の信用失墜を狙った情報のことで、英語の“compromising information”(コンプロマイジング・インフォメーション)を縮めて、ロシア語式の表記にした語ということです。

 ロシア側はWikiLeaks(ウィキリークス)や、大統領選のために特別に作られた「DC Leaks」や「Guccifer 2.0」といったサイトを利用して、クリント氏の信用を失墜する情報の暴露を行いました。ここでもFancy BearとCozy Bearが関与したとされています。

 クリントン氏が民主党の候補に指定された時、あるいは大統領選1カ月前の10月に彼女のeメールが大量に暴露されました。この好機をついた暴露によって、選挙の10日ぐらい前に、FBIがクリントン氏を再調査することになりました。

 オンライン上での積極工作では、あらゆる宣伝媒体を駆使して、スキャンダル情報が流されたといいます。その媒体には、ロシア国営のメディア「Russia Today(RT)」と「Sputnik(かつての「ロシアの声」)が利用されました。国営メディアは出所が明らかなので、真実と思われるホワイトプロパガンダを発しました。

 これに民営のメディアが加わり、陰謀論者が集まる「Infowars」、スティーブ・バノン氏がCEOを務めていた「Breitbart」、日本の「2ちゃんねる」をもじった4chanという掲示板などを通じて、ロシアのプロパガンダが拡散されました。これらは、グレー、ブラックのプロパガンダを行ったとされます。

 ロシア支持候補の支援では、第一段階から第三段階までの手段を駆使して、親トランプ派のコンテンツが拡散しました。ツイッター上での親トランプ派の発言が、AIや人を動員して拡散しました。

 ただし、英国の民間企業CAが営利目的で関与した選挙工作とは異なり、ロシアの関与には国家的意思がありました。ロシアはハイブリッド戦と呼称される戦法の一端としてサイバー攻撃を用いています。2007年のエストニアへの攻撃、2014年のクリミア併合ではそれが行われました。

 クリミア侵攻以来、オバマ民主党政権から受けていた経済制裁の流れを変えたいとの意図が2016年の米大統領選挙ではあったとみられます。同時に米国を国内分裂に導き、米国の国力の低下が企図されたと見られます。

【1】 APTは高度な(advanced)、持続的・執拗な(prsistent)、脅威(thret)の意味。APT28はファンシーベア、ストロンチウムとも呼称。2008年から、諸外国の航空宇宙、防衛、エネルギー政府、メディア、国内の反体制派を攻撃している。

【2】APT29は、コージーベア、デュークス、コージーデュークスとも呼ばれている。2014年から国際的に認知。何千ものフィシュングメ―ルを幅広く送信するとされる。

地球環境問題(1)

先日、ある研究所から講演を頼まれ、少しだけ、地球環境問題に関心を持ったので、勉強したこと、考えたことを備忘録として書き留めておきます。最近は宇宙環境の問題もクローズアップされています。宇宙のデブリ(ゴミ)を監視するため、2020年5月、航空自衛隊に宇宙作戦隊(うちゅうさくせんたい)が新編されました。

■環境問題とは

環境問題とは、人間が生存・生活していくための空間や事物などが好ましくない方向に変化していく問題です。日常生活に支障を来し、生命にかかわることもあります。この環境問題が世界的に注目されてきたのは1970年代からです。1960年代、世界では先進国による工業化や都市化が盛んに進んでいました。その結果、経済が発展してきた一方で、大気汚染や水質汚濁などの公害が発生したのです。

地球サミットは1992年以降、10年ごとに開催され、環境問題に対する数々の対策が議論されてきました。1997年の気候変動枠組み条約第三回締結国会議(京都議定書)では、温室効果ガス(メタン、フロンガス、二酸化炭素)の総排出量を削減しようという取り決めがなされました。

近年よく聞かれるSDGs(持続可能な開発目標)も2012年の地球サミットで議論が始まり、2015年9月の国連サミットで採択されました。SDGsは社会・経済・環境(ESG)の3つを主軸とし、持続的な開発を目的とする世界共通言語となりました。内容は貧困や雇用、気候変動などの環境・社会問題を解決するための17の目標と169のターゲットで構成されています。

地球環境問題はいくつかありますが、中でも人口爆発と地球温暖化の問題が良く議論されている気がします。人口爆発は人為的な問題ですが、地球温暖化は人為か、自然発生かという議論もあるようです。自然発生とすれば、地震などと同じく純粋な環境問題とは言えなくなりますが、後述のように温室効果ガスという人為的な原因によって温暖化に向かっているという仮説があって、今日は環境問題の中心的議題になっています。

■人口爆発

 「人口爆発」とは、劇的な勢いで人口が増加する状態のことです。国連が発表した「世界人口推計2019年版」によれば、世界の総人口は2019年時点で77億人のところ、2030年には85億人、2050年には97億人、2100年までには109億人に達すると見込まれています。

 人口爆発の主な原因は、先進国のニーズに従い後進国が資源や各種作物(コーヒー・バナナ・小麦・ダイヤモンドなど)を輸出し、手元にお金が入ったことで食糧の供給量が増したためといわれています。さらに生産拡大に向けて人口の増加が促され、人口爆発に拍車をかけているのです。

 だから、人口爆発はアフリカ、アジアの発展途上国で発生しています。他方、先進国ではわが国にみられるように人口は減少傾向にあり、これは「少子高齢化」という政治、社会問題を引き起こしています。

■人口爆発がもたらす負の影響とは

 人口は国力の重大な要素ですが、大きければ大きいほど良いというものではありません。その年齢構成が重要です。「人口ボーナス」とは、総人口 に占める働く人の割合が上昇し、 経済成長 が促進されることを指します。つまり、「子どもと高齢者の数に比べ、働く世代の割合が増えていくことによって、豊富な労働力が経済活動を活発にし、稼いだお金の多くを、子どもの教育や高齢者の福祉より、新しいビジネスに回すことができる」(2013-02-25 朝日新聞 朝刊 1総合)ということになります。

 これに対して、経済成長を妨げることを 人口オーナス ( onus )と言います。少子高齢化の進む日本では、働く人よりも支えられる人が多くなっています。このため、労働力人口の減少や引退世代の増加により長期的な成長力が低下したり、働く世代が引退世代を支える社会保障制度の維持が困難になったりすることなどが指摘されています。

 このほか、人口爆発は食料、環境面での懸念をもたらします。つまり、2050年には100億人近くの食糧が確保できるのか、地球の収容能力を超えて環境悪化と地球温暖化に拍車をかけるのではないか、人口密度が高まることで紛争が増大するのではないか、などの懸念が生じます。

 ただし、過去の統計からは人口が増加したからといって政治暴力は増大していません。むしろ21世紀の最初の10年では、大幅な人口増に対して、紛争は半減しています。地球温暖化についても、単に人口増→温室効果ガスの排出増という単純な構造ではありません。食料の問題についても、バイオ技術の発達などによって食糧危機を回避できるかもしれません。

 要するに、人口増の問題は国際社会が適切に管理していけば良いのですが、都市への人口集中、国境を超えた移民の流出入など、管理が困難な問題が部分的、局地的に起こることは回避できません。

■地球温暖化と異常気象

 地球温暖化は、地球規模で気温が上昇し、気候が変動することです。これにより、気候の大幅な変動が生じ、異常気象の頻発や高潮による洪水、干ばつによる農業の停滞、食糧不足など甚大な影響が起きると懸念されています。

 気候変動によって紛争や戦争が起きるとの説もあります。2010年頃からののアラブの春、シリアの戦争も異常気象が原因と言われています。2010年には、干ばつで打撃を受けたロシアが穀物の輸出を停止、それが食糧の高騰を招き「アラブの春」の要因となったというのです。英紙『フィナンシャル・タイムズ』は2007年から翌年にかけての穀物価格上昇で、ハイチからバングラデシュまで30もの途上国で騒乱が起きたことを取り上げています。

 ただし、地球温暖化の原因、地球温暖化と異常気象の因果関係、さらには異常気象と紛争の因果関係については明らかではないというのが実情です。

■水不足がもたらす局地的な紛争 

 地球温暖化、砂漠化によって水不足が生じたり、水害対策で上流の雨を流せば下流が被害を受けるということもあります。

 2030年には世界の水の需要量が供給量を40%上回るとの予想があります。今後、水不足が予想される地域としては、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイに跨る国境地帯、アルゼンチンとウルグアイの国境地帯などがあげられます。これらの水を狙って関係国の紛争、戦争に発展するかもしれないのです。

 英国紙『ガーディアン』の記事で、世界銀行が今後の水不足が「世界経済への打撃になる」ということを発表しています。

 具体的には、2050年までに中東は水不足による原因で GDP が 14%落ちる、中央アジアでは GDP が 11%落ちる、東アジアでも、旧態依然の水の管理体制のままの場合、 GDP が 7%削ぎ落とされる可能性がある、深刻な水不足は、東アフリカ、北アフリカ、中央アジア、南アジアの一部で発生することが予測される、北米とヨーロッパでは深刻な水不足の予測はない、などと予想しています。

 水紛争では、「コチャバンバ水紛争」が有名です。これは、1999年から2000年4月にかけてボリビアのコチャバンバで発生しました。水道事業の民営化と水道料金の値上げに対して市民が起こした反対運動です。2000年4月6日からの大規模な暴動では、都市機能が麻痺し、国際連合開発計画の報告によれば、数十人が負傷、6人が死亡したとされます。

 リオ・グランデ川やインダス川では水を巡っての紛争が起きています。さらに、これから紛争の勃発が予想される地域は、ナイル川、チグリス・ユーフラテス川、ガンジス川などがあげられます。

 ナイル川では上流のエチオピアがダムを建設して、それに対して下流のエジプトが反対しています。また、2020年6月、中国とインドの国境衝突により、死者が出ましたが、その原因が水紛争であるといいます。この地域(カシミール地方のラダック州のガルワン渓谷)では、インダス川の水資源を争うパキスタンとインドの歴史的対立もみられました。

■中国が絡む水紛争

 中国が関係するものとしては、ブラマストラ川、メコン川に絡む水紛争が有名です。2017年、ブラマストラ川の汚染で、バングラデシュの漁猟に影響が出ましたが、中国が上流で汚染物質を投棄したとの未確認情報も噂されました。

 中国は「南水北調」と言って、南部地域の水を北部地域に送り、慢性的な水不足解消を目指すプロジェクトを2002年12月に着工しました。中央ルート第1期工事が2014年12月に完成しました。全完成は2050年頃になる予定です。

 これは揚子江の水を引くという構想ですが、国際下線のブラマプトラ川から引くという話もあります。そうなると、国際紛争に発展しかねません。

 中国は電力供給などのためにメコン川に13のダムを建設しています。河野太郎元外相は2019年8月3日、タイ、ベトナムなどメコン川流域5カ国との外相会議をタイの首都バンコクで開き、5カ国の地域協力の枠組みである「経済協力戦略会議(ACMECS)」へのインフラ整備を含む開発パートナーに日本が参画することで合意しました。

 この数日前の7月31日、、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国との外相会議がバンコクで開かれました。米国のポンペオ国務長官が7月31日、関連会合で、「中国はダム建設を通じてメコン川の流れを支配しようとしている」「下流の水の流れをコントロールしている」などと中国を批判しました。

 タイ・ラオス国境地帯では、ダム建設前とくらべて漁獲量が減っている、タイの穀倉地帯では水不足が深刻になっている、ベトナムでは、川の水位が下がり海水が逆流する現象も起き、そのため淡水養殖場の魚が大量死しなどの報告もあります。

 四川大地震の後、中国は雨による2次災害を恐れ、ダムを開き放水したことで、2009年夏のメコン川流域の洪水が発生したとの報告もあります。

 前出のエチオピアでの大規模なダム建設も、ここのタービンなどの施設は中国製であるとされ、中国は直接、間接的に水の問題に関係しているとの指摘があります。

 

判断力思考(8)

■米軍による状況判断のマニュアル化

 自衛隊の教範は旧軍教範を基礎に、戦後になって流入した米軍教範からの影響も加味されています。

 米国は第一次世界大戦以後、戦争の歴史から遠ざかっていましたので、軍人の老齢化が進んでいました。そこで、太平洋戦争では、米軍は民間企業の中から優秀な人材を将校として養成することにしました。その時に状況判断の能力をつけさせることが喫緊の課題となり、定型の思考方法が整理されたといいます。

 当時、日本もそうでしたが、旧陸軍が参考にしたドイツ軍もフランス軍も「目的を達成するためには、何をしなければならないか」を経験則に照らして考察する「演繹的思考法」を使っていました。一方、英軍は「遠くの目標に向かって何ができるか」の選択肢をかき集めて、最も容易な選択肢を選択するという「帰納法的思考法」を使っていた(松村劭『勝つための状況判断学』)といいます。

 そこで、米陸軍参謀本部は学者を集めて状況判断の思考方法を作成し、それをマニュアル化しました。これは、前段で「何をなすべきか」(演繹法)を考え、後段で「何ができるか」(帰納法)を考える方法で、命題、前提、分析、総合、結論という五段階からなります。一般的には「演繹的帰納法」と言われる志向過程です。今日、この思考方法は自衛隊を含む主要国の軍隊が採用しています。

■ 米軍式の状況判断 

自衛隊出身で多くの著書を刊行した松村劭氏は自著『勝つための状況判断学』で、米軍式の状況判断の手続きを次のとおり紹介しています。

  • 【一】任務

任務を分析して達成すべき目標とその目的を明らかにする。

  • 【二】状況および行動方針

任務達成に影響を及ぼすすべての要因の特色を明らかにする。

【二a】状況

【ア】地域の特性

   気象、地形、海象、そのほか敵・味方以外の関係する状況などについて、それらの特性    と任務の達成に影響する様相について考察する。

【イ】敵情

   敵に関する最新の情報に基づき、自軍に関係のある敵の能力と、最近及び現在の顕著な活動、特性および弱点などについて考察する。このときに毒ガス、最近、核兵器については特に注意する。

【ウ】自軍の状況

   自分の部隊のほか、上下左右の力を合わせることができる部隊の現況を把握する。

【エ】相対的戦闘力

  敵と味方の静的な戦闘力の比較だけでなく、ダイナミックな戦闘力を比較する。ダイナミックな戦闘力とは、戦闘力=戦力✕速度の二乗と考えよ。

【二b】敵の可能行動(複数)の考察・列挙

    任務達成に影響する敵の可能行動のすべてを考察する。そして整理して列挙する。明確な証拠があれば採用の順位をつける。

【二c】自軍の行動方針(複数)の列挙

【一】で見出した当面の目標を達成する行動方針を編み出す。この行動方針は「いつ(when)、どこで(where)、誰が(who)、何のために(why)、どうする(how)」を明示する。

【三】自軍の行動方針の分析

【三a】敵の可能行動とわが行動方針を噛み合わせて戦闘シミュレーションを行なう。

シュミレーションしてみて勝利の解答がでなければ、【ニc】に立ち返り、行動方針の着想を立て直す。

【三b】シュミレーションを通して鍵となる比較のための要因(複数)を抽出する。

【四】自軍の行動方針の比較

【四a】比較要因の評価

シュミレーションの結果として抽出した比較要因(複数)に比較のための重み付けを行なう。

【四b】比較要因を尺度として、わが行動方針を比較し、最良の行動方針を選択する。

【五】決定した行動方針に基づいた作戦計画の構想を作成する

しかし、単純化されたとはいうものの、緊急時にこのような手順を経て状況判断を下すのは大変です。実際には敵の可能行動を考えて、感覚的に我の行動方針を決めるということになるのでしょう。ただし、消防士の状況判断の時に解説しましたように、高速度の「パターン認識」を発揮し、瞬時に状況判断を下すためには、平素の訓練が必要であり、すぐれた直観はマニュアル化することが不可能ではないのです。

■情報処理の訓練は難しい

自衛官の戦術教育では、米軍流の状況判断の思考過程で教育訓練が行われます。ただし、戦術教育では教育訓練上の制約から、情報は教官(統裁官)より与えられ、与えられた情報はすべて真実であるとされ、情報をどのようにして収集し、審査し、評価するかという訓練はできません。だから情報は前提であり、作戦本位の戦術教育にならざるを得ません。つまり、状況判断の手順で非常に重要な情報の正否を判断する過程が抜け落ちてしまうのです。

というのは、正しい情報の中に偽情報を混入させ、それを偽情報だとか、正しい情報だとかを判断させる戦術教育の枠組みを作ることは非常に大変なのです。したがって、現実の国際情勢を題材に状況判断を養成することが重要だと私は考えています。

戦前、陸軍大学校が形式的な情報教育に終始した時、秘密戦(情報戦)の戦士を育成した陸軍中野学校では現実の題材を使ったようです。

中野学校二期生の原田統吉さんという方の回顧録には、以下のように記されています。

『情況は本日の現状、駐ノルウェー武官としての状況判断及び処置如何』というのである。ドイツが『ノルウェー、デンマークに進駐した』ニュースが新聞に伝えられた直後である。与えられた時間は二十分。

軍における情況判断というのは、単に情況の分析だけではない。相手の企図、実力及びそれに関連する一般条件を分析予測し、それを当方の企図から判断して、最後は『吾方は○○するを要す』という言葉で終る、主体的な意志決定直前の段階までの作業である。そして武官の処置とはこの場合、独立した秘密戦指導者の具体的行動を意味する。・・・・・・

入学以来、毎日の新聞はごくありふれた不断の自習材料であった。トップから三行通信まで、すべての外電はその見出しの大小にかかわらず、総力戦と秘密戦の見地から洗い直し、徹底的に分析し判断し予測し、各種の立場から処置を決定してみること。―予測や処置の当否は、やがて現実の経過が解答してくれる。採点するのは自分だ。「現実から習う」これが日常の営みとして続けられていたに過ぎないのだ。大ゲサにいえば主体的に現実と対決する知的自己訓練といってもいいだろう。……」(原田統吉著『風と雲と最後の諜報将校』)」

次回は状況判断の思考過程の第一、任務について考察します。

判断力思考(7)

■消防士に要求される冷静な判断力

前回は優れた状況判断を必要とする職業としてパイロットを例に挙げましたが、消防士も高度な状況判断を要することは異論を俟ちません。消防士に向いている資質や性格、適正などをネットで調べますと、ハードな体力、正義感、使命感などのほかに冷静な状況判断力という表示が目立ちます。

消防士の仕事は、危険な場所や状況の中で、一刻を争う生命の救出に携わるのですから、迅速かつ適切な判断が求められることは当然です。正義心だけで、自らの命も顧みず、無鉄砲に火の中に飛び込んでいこうとすることは決して勇気ある行動とは言えません。現場を混乱させるだけで、チームに迷惑をかけることになります。だから、周囲の状況をみながら冷静に判断する力が必要なのです。

ゲーリー・クライン『決断の法則』では、さまざまな状況判断の必要とされる事例を扱っています。その中で、次のような消防士の話がでてきます。

ある消防士のチームが火災現場に駆けつけ、火元とおぼしき台所で消火作業を始めました。ところが放水を初めてすぐに消防隊長は自分でも分からないままに「早く逃げるんだ」と叫んでいました。ちょうど全員が退去した直後、間一髪で床が焼け落ちたのです。実は、火元は一階の台所ではなく、消防士たちが立っていた床の真下の地下室でした。もし隊長が叫ばなければ、チーム全員は地下の火の渦に巻き込まれたのです。

では、隊長はどうしてこのような咄嗟の状況判断ができたのでしょうか。隊長も自分でもわかりませんでした。ただ、彼は「火勢がさほど強くないのに耳がひどく熱く感じる」と述べて、いつもとは異なる何かの異変を感じたようです。隊長言いました。「危険の第六感」がしたと。でも、「何がおかしい」とは感じたが自分でもどうしてあのように叫んだのかもわからないと言いました。

■ 直観はマニュアル化できる

実は、隊長の頭の中では高速度で「パターン認識」が行われていたのです。つまり、「この程度放水すれば火はこの程度になる」、「この程度の広さでの火災なら、発生する熱はこの程度になる」というようなことが、過去の経験から蓄積された情報として呼び起こされ、それが瞬時の答え、すなわち判断を導き出しました。

これを直観というのでしょう。しかし、直観とはなんでしょうか?

「専門性と経験に裏打ちされた直感なのか?」それとも「感情的な直感なのか?」「なぜ自分はこう感じたのか?」など、「なぜなぜ思考」を用いてどんどん「問い」を掘り下げていくと、直観の「言語化」がなされます。多くの直観を言語化することは不可能ではありません。

長嶋監督は天才肌です。選手時代、なぜ自分があの場面で打てたのかの説明は得意ではなかったようです。監督になってからも、「なぜあの場面であんな判断をしたのか」の説明に窮するところがありました。人々は監督の判断を「カンピュータ」と言って、褒めたり揶揄したりしていました。一方の落合監督は、自分がなぜ打ってたのか、打てたのかを言葉で論理的に説明できました。落合監督は試合前にはボールとバットの当たる角度の調整だけに集中したという逸話があります。

「おばあちゃんの知恵袋」は現代も役に立ちます。これも、物理的、化学的に説明できるようですが、。おばあちゃんは、孫になぜそうなるかの説明はできません。もし仮に、言葉でなぜを解説できたら、その知恵はより広く、迅速に伝わることでしょう。

つまり、状況判断で重要なセンスや直観というのは、先天的要素もあるかもしれませんが、実は努力して蓄積された経験なのだと、私は思います。人は誰しも、直前の情報や周囲の特別な状況に影響され、いつも冷静的な判断ができるとは限りません。

そのため、経験という暗黙知を形式知に置き換える、つまりマニュアル化や手順化しておく必要があるし、それは多くの場合可能なのです。、マニュアル化によって効率的に状況判断力を強化することができると考えます。またチーム全体の状況判断力を強化することもマニュアル化の利点ではないでしょうか。

次回は状況判断のマニュアル化について考察します。

SSNと民主主義について思う(4)

■英国のブレクジッド問題

英国は2016年6月23日の国民投票でEU離脱を選択しました。その後約4年半の歳月を経て2020年1月31日にEUを離脱しました。マーストリヒト条約によって英国は1990年代から欧州連合(EU)に深く関わってきました。しかし、英国が欧州統合に参画することについては長い間、賛否両論があり様々な意見が対立していました。

英国が通貨と市場を欧州諸国と共通・共有することの利点については疑問が呈されていました。EUはヨーロッパ全体の経済的平等、差別の撤廃、民主主義と人権尊重の価値共有という崇高な理想に基づき、域内の国境なくし、移動の自由と国家間の連帯の強化をもたらしたとされます。このことに対し、スウェーデンのノーベルアカデミーは加盟国の平和と繁栄の挑戦を讃え、2010年にEUにノーベル平和賞を授与しました。

しかしながら、英国では移民排斥主義者や分離主義者が増え、米国同様にナショナリズムが高まっていました。なぜならば、米国と同じく英国にも強い独立心と、長い自治の歴史があったからです。EUの離脱を支持するポピュリストの声は残留を支持する声と同じくらい強まってきました。

高等教育を受けた都市部住民は右派による外国人排斥運動を拒否し、大半は残留派支持に傾いていました。移民と共存する環境に慣れていたうえ、高技能を持つ外国人労働者に頼る職場で働いていたからです。一方、低所得者や地方在住者、ブルーカラー労働者は離脱派を支持していました。

■ブレッグジットを推進したグループ 

残留派は自由と人権を保持するための共通の法律と規則をもつ超国家的な枠組みを容認しましたが、そうすることで国家の自決権はある程度犠牲にせざるを得ませんでした。

一方の離脱派はEUから完全に離れるべきだとするキャンペーンを張り、英国は自らルールを選択し、大量の移民に対し国境を封鎖し、財源は英国人のための国民保健サービス(NHS)に回すことを主張します。

SCLは離脱派へ関与することにします。それは政治的な信条よりも金儲けが狙いであったとされています。残留派は勝利を確信していたので、お金のかかるコンサルタントを必要としませんでした。だから、SCLは離脱派を引き付けることを狙ったのです。

離脱派に「リーブEU」と「ボート・リーブ」(共に2015年に設立)という2つのグループがありました。これらのグループは2016年4月13日までに公認団体の指定を受けるために競争していました。

■リーブEUがSCLを利用

リーブEUは移民問題に焦点を絞り、人種差別的なメッセージや極右思想を前面に出して大衆の怒りを創出する戦術を取っていました。「リーブEU」の代表は保険ブローカーであるとともに保守的な運動への莫大な資金提供者でもあるアロン・バンクス氏です。バンクスは著名な保守派党員でしたが、離党して英国独立党(UKIP)に加わっていました。

バンクス氏が加わるUKIPの党首、ナイジェル・ファラージ氏は米国人のスティーブ・バノン氏が友人関係にありました。ファラージ氏はEUを内部から解体することだけを目的に議員を務めていると言われている伝説的な欧州議会議員です。

バノン氏がバンクスとファラージの二人を億万長者のロバート・マーサー氏に引き合わせ、リーブEUはCA社のクライアントになりました。こうして膨大な資金と後ろ盾を得たCA社はアルゴリズムとマイクロターゲッティングによるリーブEUへの技術協力するにようになりました。同時にCA側では、もう一人の告発者ブリタニ―・カイザー氏がE Uの責任者になりました。

■AIQを利用したボート・リーブ

ボート・リーブは主に保守党支持者で構成されていました。ボート・リーブの旗振り役は、保守党ホープで元ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏とマイケル・ゴーブ氏です。最終的に公認を得たのはボートリーブの方です。そして、2016年にEU離脱国民投票に向けて、イギリス独立党のロビイストから依頼され、ボート・リーブのプレグジッド戦略を託されたのが政治戦略家ドミニク・カミングス氏です。カミング氏は2013年以降は、強硬なブレグジッド推進派として名が知られるようになりました。

国民投票まで数週間以内となって、ボート・リーブは公的資金をほとんど使い切っていました。追加資金の受け入れは認められていないし、他の運動団体との連携も認められていなかったのです。しかしカミングス氏はどうしても追加資金を確保したいと思い抜け道を考えました。それが、カナダのCA社の関連のAI Qの利用です。

AIQは、2013年にSCLのカナダ事務所として設立され、それが会社となった小さな企業です。アングリゲートI Q(AIQ)といいます。AIQ はSCL(のちCA)の一部です。AIQは特定の有権者をターゲットにしてエンゲージメントを高めたり怒りをつけたりするのは得意としていました。

カミングスは当初、CA社を獲得しようとしたものの、一足早く、リーブEUに先手を打たれてしまったので、そこで抜け道を使い、外国に拠点を置き誰も社名を聞いたことがないようなCA子会社の1つAI Qを利用したのです。社名は違ってもCAの全データを処理していたしCA社と同じ機能を備えていたとされます。

カミングス氏がターゲットの多くは普通投票所へ足を運ばない有権者です。この有権者を説得して投票所へ向かわせることができれば、世論調査で残留派が有利との予想が出ていても、逆転できます。

カミングス氏はデータアナリストの協力で高度なアルゴリズムを使い、有権者であるが投票したことのない「存在しないはずの300万人」を得票のターゲットに絞り込み、ソーシャルメディアを通じて離脱を訴えるキャンペーンを行いました。

2019年7月24日、ボリス・ジョンソン首相は、EU離脱に向けてカミングスを自身の上級顧問に任命しました。政権内の人事に関与するなど強権を振るったが、風当たりも強く批判を受けるようになり、2020年11月、ジョンソン首相の上級顧問を年内をもって辞任することが発表されました。

判断力思考(6)

■ハドソン川の奇跡

 状況判断はスポーツ、とくに団体スポーツで良く用いられます。スポーツ選手や監督などは常に状況判断と隣り合わせています。

 スポーツは狩猟や種族間の戦いなどの歴史から始まり、古代から軍事訓練の一環としてスポーツが取り入れられたことからも戦争や戦闘との類似性が多々あります。だからスポーツ選手同様に戦場指揮官も状況判断を必要とする職業と言えますが、現在ではあまり馴染みがないののでピントきません。

 高度な状況判断を必要とする職業ということであれば、筆者が真っ先に思い起こすのはパイロットです。坂井優基『機長の判断力』(2009年5月)では、機長のやるべき判断力についてさまざまな見識が提示されています。その中で、2009年1月のチェスリー・サレンバーガー機長が行った「ハドソン川の奇跡」について書かれています。これは2016年に映画化されたので筆者も観覧しました。

 坂井氏の著書は「ハドソン川の奇跡」が起きた4か月後に書かれたので、同事件が本書の刊行の流れを決定づけたとは思いますが、坂井氏も常々、サレンバーガー機長と同じような思考力や判断力などの修練を積んでいたのでしょう。だからこそ、事件後のまもない時期に同著の刊行が可能になったのだと思います。

 以下、同著から「ハドソン川の奇跡」の状況と坂井氏のコメントを抜粋します。

ハドソン川の奇跡 映画  に対する画像結果

 「2009年1月15日、ニューヨークのラガーディア空港を飛び立ったUSエアウェイズの旅客機1549便が両方のエンジンに鳥を吸い込みました。……エンジンの中心部に吸い込まれた鳥がエンジンの内部を壊し、その結果、両方のエンジンとも推力をなくしてしまいました。チェスリー・サレンバーガー機長は、両方のエンジンが故障したことを知ると、直ちにハドソン川に降りることを決意して実行しました。それによって乗客・乗員155名全員の命が助かりました。この事故では機長の決断と行動が大勢の人の命を救いました。どれ一つを間違えても大事故になった可能性があります。……まず何が一番素晴らしかったのかというと、離陸した元の空港に戻ろうとしなかったことです。機体も乗客も両方無事に着陸させたいというのは、パイロットにとって本能のようなものです。川に降りると決断した時点で、機体の無事は切り捨てなければなりません。もし、このときに機長が離陸した空港に戻ろうとしていたら、途中で墜落して、乗客・乗員の命が助からなかったのみならず、燃料をたくさん積んだジェット機が地上に激突して、地上にいるたくさんの人も犠牲になったに違いありません。また、機長は着水場所にイーストリバーではなくハドソン川を選びました。……イーストリバーにはたくさんの橋がかかっており、もしイーストリバーを選んでいたら、橋に激突した可能性があります。さらに操縦方法の問題もあります。……着水時の速度も問題です。……これだけの判断をしながら機長は飛行機を止める場所までも選んでました。このようなケースの際は、船が近くにたくさんいる場所に止めることが素早く救助してもらう鉄則です。今回はまさにフェリーがたくさんいるフェリー乗り場のそばに着水させています。……機長は全員の脱出を確認してから機内を二度見て回り、一番最後に自分が脱出しました。……これからどんなことが言えるのでしょうか。一番重要なのはよく準備した者だけが生き残るということです。グライダーの操縦を練習し、心理学の勉強をし、NSTB(National Transportation Safety Board、国家運輸安全委員会)のセミナーに参加し、日ごろから様々な状況を考えて、頭の中でシュミレーションしていたからこそできた技ではないかと思います。もう一つ重要なのは、切り捨てるという決断も必要ということです。もし飛行機もの乗客も両方救いたいと思えば、結果的に全てを失っていたはずです。……」

 この記事は、「優れた状況判断は平素からの地道な修練の賜物である」ことを如実に物語っています。状況判断は咄嗟の総合的な判断であるのでセンスという側面で見られがちですが、機長は常日頃から、身体を鍛え、グライダーのライセンスを取得したり、起こり得る危機を想定し、危機が現実となった時に何を判断すべきかをイメージトレー二ングしていたのです。すなわち、スキルを磨いていたのです。

 ここに、状況判断力あるいはセンスというもののを実体を筆者は思い知る気がします。

次回はある消防士のお話をしたいと思います。

SSNと民主主義について思う(3)

■CA社による大統領選関与疑惑

2016年の米大統領選挙では、ロシアによる情報戦と英国データ分析会社(ケンブリッジ・アナリティカ、CA)のマイクロターゲティングが影響したとされています。これによってトランプ氏が大本命のクリントン氏を破るという番狂わせが起きたといいます。ただし、CA社のマイクロターゲティングの効果を疑問視する声も依然として多々あり、実態はわかりません。

筆者はトランプ氏は勝利は、反グローバリズム、白人労働者の凋落と不満、格差社会などの構造的要因が主であると考えます。ただし、マイクロマーケティングが、それらを構造的要因を利する形で、反クリントン票をトランプ支持に上乗せをした可能性はあると考えています。すなわち、接戦状況下での効果はあると考え、この手法は研究する意義があると考えます。

最近になって、CA社による大統領選挙関与の手法がだんだんと明らかになりました。それはCA社の元社員の二人による告発によります。ブリタニ―・カイザー『告発』、クリストファー・ワイリー『マインド・ハッキング』によれば、CA社は米フェイスブック(FB)上の個人情報を不正利用して、2016年の米大統領選挙に関与した模様です。

ワイリー氏は2020年3月27日、下院特別委員会で、3時間半に及ぶ証言を行いました。彼は、告発を準備していた段階から何度もCA社による法的措置を取られた上、FBからは追放されました。この事だけでも、ワイリー氏の告発による影響力の大きさを物語っています。

■CA社の設立経緯

CA社は2013年に設立されます(2012年という説もある)。その母体がSCL(Strategic Communication Laboratories Group,戦略コミュニケーション研究所)グループです。さらにSCLの前身がBDI(ビヘイビラル・ダイナミックス・インスティテュート、行動ダイナミック研究所)になります。

BDIは、のちにCAのCEOになるアレクサンダー・ニックス氏の父親の友人であるナイジェル・オックスとアレックス・オックス兄弟によって1989年に設立されました。約60の学術機関と数百人の心理学者からなる共同事業体であり、元々は過激派の弱体化を目的とした研究を行なっていたとされます。

1993年、BDIからSCLが設立されました。それ以来、SCLは世界中で200以上の選挙活動を仕切り、約50カ国で防衛、政治、人道支援にかかわるプロジェクトを実施してきたとされます。94年、SCLはネルソン・マンデラとアフリカ民族会議の選挙運動に助力し、戦況絡みの選挙暴動を阻止する防衛キャンペーンを展開し、マンデラの平和的当選の実現に貢献したとされます。

1998年、SCLは民間ビジネスの世界に事業を拡大し、2001年9月11日以降、米国国土安全保障省、NATO、CIA、FBI、米国務省を相手に防衛分野にも手を広げた模様です。

ニックス氏は2003年頃からSCLで働き始め、2007年にSCLの大株主であった父親が死亡すると、SCLの活動に一層力を入れ、2010年にSCLのCEOになります。ニックス氏は、2014年11月の米国の中間選挙で多くの仕事を手がけるために、米国仕様の新会社を設立しようとしました。かくして2013年に設立されたのがCA社です。

■CA社とスティーブ・バノン氏との関係

CA社の設立は2013年10月頃にSCLとスティーブ・バノン氏(※)との接触に端を発します。バノン氏はトランプ政権発足の最初の7ヶ月間、ホワイトハウスの首席戦略官を務め、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーにもなったことで世界的に有名となりました。政権発足直後には「バノン大統領」「影(陰)の大統領」「ホワイトハウスの暗黒卿」「黒幕」「トランプ大統領の産みの親」などと呼ばれました。

バノン氏は1990年代にハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、保守派の市民運動(ティーパーティー)を称賛する映画や、2008年の大統領選挙で共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン氏を擁護する映画など、1991年から2016年までの間に数々の政治映画を製作しました。2010年に大統領選への出馬を考えていたトランプ氏と出会い、トランプ氏に魅了されたバノン氏がトランプ氏の選挙協力の要請に応じたと言います。

2012年、「ブライバート・ニュース・ネットワーク」(※※)の創業者アンドリュー・ブライトバートが死去した後、バノン氏はその経営権を引き継ぎ、会長に就任し、論客として知られるようになりました。この頃から、反ヒラリー・クリントン氏の情報戦を本格化させたと言います。

バノン氏とニックス氏の利害が一致してCA社が設立され、ニックス氏がCEOに、バノン氏が同社役員に就任します。こうして2014年の中間選挙による共和党の躍進工作が画策されました。

CA社とバノン氏の活動を支えたのがロバート・マーサー氏です。彼はヘッジ・ファンドのルネッサンス・テクノロジーズのCEOです。マーサー氏は、2016年の大統領選挙ではバノン氏のブライトバート・ニュースに1000万ドル(約10億9000万円)、トランプ陣営には1350万ドル(約14億7000万円)の資金提供を行ったとされます。大型の資金提供を受けて、CA社は選挙活動を強化していきます。

大統領選挙の投票を2ヶ月後に控えた2016年8月17日、バノン氏はトランプ陣営の選挙対策本部長に任命されます。起用されたのは、バノン氏の分析力がトランプ、その娘のイヴァンカ氏、その夫で娘婿のジャレッド・クシュナー氏らに信頼されたからだとされます。

2016年の大統領選挙では、「プロジェクト・アラモ」と呼ばれるトランプ陣営のデジタル戦略が躍動しました。同戦略ではシリコン.バレーの才能ある100人のソーシャルメディアチームを募集し、1日に100万ドルもの資金を投じ、膨大な情報を分析し、デジタル、オンライン、SNSなどを駆使した大規模な広告戦略を展開しました。

このプロジェクト・アラモを企画したのが、トランプ氏の娘婿のクシュナー氏(1981年~)です。彼は不動産王の息子であり、それをバックにビジネスおよび投資で成功を収め、イヴァンカ氏と結婚しトランプファミリーの一員となりました。トランプ氏の信頼は厚く、大統領選挙戦を取り仕切りました。また、副大統領マイク・ペンス氏の選択にも深く関与しました。事実上の大統領選挙のキャンペーン・マネジャーでした。トランプ氏の勝利後、ホワイトハウス移行チームの計画を立てることにも参加して、大統領上級顧問も務めました。

「プロジェンクト・アラモ」で中心的な役割を果たしたのがバノン氏とCA社です。バノン氏はマイクロターゲッティングにより、クリントン陣営の切り崩しを狙います。そのために個人情報の収集を狙い、FBに食指の伸ばしたとされます。

ワイリー氏によれば、CA社は、FBから5000万人分の個人情報を不正に取得したとされます。これに関し、FBは後に、CAが不正に取得していた個人情報は最大で8700万人にのぼる、全20億人のユーザー情報が不正利用されるリスクにさらされていたことを公表しました。

FBは、性別や年齢、趣味嗜好を含めた100近いユーザーの属性情報を有するとされています。FBは、外部のマーケテイング会社との協力し、ユーザーのクレジット利用などを追跡(トラッキング)し、ユーザーの政治思想、趣味嗜好を明らかにして、共通の属性を分類し、整理しているととの見方もあるようです。

■「Graph API」の利用

CA社の個人データ収集では、ケンブリッジ大学の調査員、アレックス・コーガン氏が大きな役割を果たしました。彼はロシアと関係が深いいわくつきの人物でもあります。2015年の『ガーディアン』紙によれば、コーガン氏は2014年「メカニカルターク」と呼ばれる「アマゾン・マーケットプレイス」のブラットフォームで「Graph API」(Office 365 や Azure ADなどの情報を検索、更新できるWeb API)を用いた性格クイズ「これがあなたのデジタルライフです」を作成し、1ドル払って27万人以上のユーザーを獲得した模様です。

ユーザーが解答すると、「友達API」によって回答者のデータとその友達のデータが取り込まれます。彼は、そのデータをCA社に売ったとされます。ただし、フェイスブックが「友達API」によるデータ収集を禁じたのは2015年からであるので、コーガン氏の行為は違法ではないようです。FBは2015年にCA社を含むコーガン氏がデータを提供したすべての企業に、全データの削除を依頼しました。

CA社はFBから得た不正情報を基にマイクロターゲティングを仕掛けます。つまり、サイコグラフィック(心理的要因)により、有権者のセグメンテーションを行い、まだ候補者を決めあぐねていた層を特定し、その人たちの個人の思考や思想などを把握しました。そして、その人たち向けの「カスタマイズされた情報」を意図的にFBのタイムラインなどに流し、投票結果を左右しようとした模様です。さらにはスキャンダルなどを流して特定候補へ肩入れさせるなどが行ったといます。

こうして、既成政治に絶望していた白人労働者層の有権者に焦点を当てた選挙キャンペーン・メッセージを積極的に発信し、トランプ陣営に取り込むことに成功したとされます。人々が移民などに対する、耳を疑うような攻撃的なスローガンを掲げたのも、実はCAで行われた研究が発端だったと言います。

米大統領選では民主党のクリントン候補に対し、選挙資金やボランティア数で圧倒的に劣るトランプ陣営が勝利しました。だから、この勝率に導いたのは、SNSを活用したデジタル戦略だったということになりますが、先述のように反論はあります。

ワイリー氏によれば、英国のEU離脱を問う国民投票でも、CAとの関連があるといわれるカナダの企業、AIQによって同様の手法が行われたと指摘されています。

■ マイクロターゲッティングの手口

ここで「マイクロターケティング」の手法について整理しておきます。​

  •  有権者データを幅広く収集し、それを分析して有権者層を​細分化(セグメント化)し、ターゲットを絞る​
  •  セグメント化した有権者の、支持の度合いなどに応じて政治広告、資金調達、支持獲得、投票を促すなど、​メッセージの目的を変える。
  •  広告主(たとえばトランプ陣営)にデータを提供し、広告主は属性に応じて広告対象​を絞り、内容を考える​。

トランプ氏はツイッター、インスタグラムを使用して頻繁な情報発信しましたが、​これらソーシャルメディアのユーザーは政治的関心が高いと分析されています。つまり政治集会に参加し、選挙の投票率が高いようです。しかし、実際の効果がどの程度かは確認できていません。

(※)バノンは1970年代後半から1980年代前半にかけて7年間、米海軍の将校を務めた。兵役後、ゴールドマン・サックスで投資銀行家として働き、バイス・プレジデントとして退社。1990年代にはハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、1991年から2016年までに18本の映画を製作。2007年には、2016年に「オルトライト(オルタナ右翼)プラットフォーム」と評した極右サイト「ブライバート・ニュース」を共同設立した。

(※※)米国のオンラインニュースサイトでラジオ放送(Breitbart News Daily)も行っている。単にブライトバート(Breitbart )などとも呼ばれる。本社所在地はロサンゼルスにあり、政治性向は極右とされる。

次回は、英国のEU離脱について考察します。