『情報戦の日本史』近日発売

『情報戦の日本史』が近日発売されます。

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はじめに

本書は、日本における情報戦の歴史とその現代的な意義を探るものである。

古代における中国大陸や朝鮮半島との外交や軍事的駆け引き、武家政権や戦国時代に忍者を活用した謀略、天下統一を巡る熾烈な情報戦、幕末維新期の海外密使による諜報活動、さらに明治以降の大戦における情報戦――。これらは単なる過去の物語ではなく、現代社会における情報活用や意思決定、リスク管理の在り方に多くの示唆を与える重要な事例である。

本書では、これら歴史に埋もれた知恵や教訓を掘り起こし、新たな視点を提示することを目指す。歴史愛好家に対しては、情報戦の背後に隠された人間ドラマや戦略の深奥を掘り下げ、鮮やかな歴史像を提供したい。また、安全保障や企業経営の実務者には、戦略立案やリスク管理、さらには日常の情報活用に役立つ具体的なヒントを提供する。

現代の国際社会において、AI技術やビッグデータ解析の進展が加速し、情報はかつてないほど重要な資産となっている。情報は、国家間の競争や安全保障の基盤を形成する要素として、その価値をますます高めている。しかし、日本は戦後「スパイ天国」と揶揄されるほど防諜体制の整備が遅れ、国家や企業の情報流出が繰り返されてきた。こうした問題は、単に情報を「守る」ことにとどまらず、その根底には情報を効果的に収集し、国家戦略や意思決定に活用する「攻め」の姿勢が欠如しているという構造的な課題が存在している。

日本における情報課題の本質は、「防諜」と「対外情報」の二つの柱が十分に機能しておらず、国家全体のインテリジェンス・リテラシーが低い点にある。この問題の背景には、戦後の情報文化の断絶がある。日本は独自の情報機能を確立できず、その結果、国際情勢に翻弄され続けてきた。

かつて日本は、平安時代に和歌や仮名文字を駆使し、戦国時代には情報戦を、天下を決する手段として活用していた。明治以降の戦争でも、巧みな情報戦が勝利の要因となった。しかし、大東亜戦争の敗北とその後のアメリカによる占領政策によって、過去の歴史とのつながりが断たれた。占領軍は日本の情報活動を「危険視」し、その結果、情報機能を否定的に捉える風潮や自虐史観が定着した。

現在、中国をはじめとする諸外国は、こうした状況を巧妙に利用して高度な「情報戦」を展開し、日本国内の意識形成に影響を与えつつ、国際的立場を弱体化させている。この現実を直視しないことは、日本の将来に致命的なリスクをもたらしかねない。

したがって、国際社会における情報戦で劣勢を挽回するためには、過去の歴史を情報戦の視点から再検討し、戦後の反省を未来の戦略に活かすことが求められる。

巷では、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦に関する戦術的な成功や失敗が盛んに議論されている。しかし、太平洋戦争における情報戦だけを取り上げるだけでは、問題の本質を十分に理解することは難しい。

たとえば、真珠湾攻撃では、戦術情報の秘匿が功を奏し奇襲に成功したものの、アメリカを長期戦に引き込み、結果的に日本の敗北を招く要因となった。また、ミッドウェー海戦での暗号漏洩は敗因の一つとして語られるが、物量差という現実を覆すことは困難だったとする見解が広く受け入れられている。つまり、開戦後の情報戦そのものの成否を議論する以上に、太平洋戦争に至る戦略的な意思決定そのものにこそ重大な問題があったことを認識する必要がある。

本書では、「なぜ日本は無謀な大東亜戦争に突入したのか?」という問いを中心に、昭和16年以前の情報戦の歴史を掘り下げる。日中戦争から太平洋戦争に至る流れを一連の「大東亜戦争」として捉え、その過程における情報戦の成果と失敗を検証する。すなわち、戦前の日本における情報収集や分析の制度的・文化的背景を分析し、特に戦略的意思決定の欠陥に焦点を当てる。また、古代から明治時代、そして現代に至る歴史的背景との比較を通じて、現代日本が情報戦においてどのような教訓を得るべきかを明らかにすることを目指す。

本書の特徴は以下の点である。

第一に、本書は、明治以降や現代のスパイ活動に焦点を当てた従来の情報戦関連書籍とは異なり、古代から戦国時代に至るまでの日本の情報戦にも光を当てる。孫子の兵法伝来説や楠木正成の戦術、忍者の役割、武士道の精神など、日本独自の情報戦の要素を掘り下げることにより、「島国ゆえに情報に疎い」という従来の見解に新たな視座を提供する。

第二に、日清戦争や日露戦争における情報戦の成功と、大東亜戦争における敗北を対比し、情報戦が国家戦略にどのように貢献したかを検証する。この分析を通じて、現代の国際情報戦に活かせる教訓を導き出すことを目指す。

第三に、日本の外交戦や情報戦を、特に中国、アメリカ、イギリス、ソ連と比較し、敗北の原因を明らかにする。特に満州事変以降における各国の情報活動や、国家戦略と連携したプロパガンダや浸透工作を分析し、日本の情報戦が国家戦略との連携を欠いていたこと、その結果として情報戦で劣位に立ったことを明らかにする。

第四に、著者自身の防衛省情報分析官としての経験をもとに、戦史を辿りながら情報理論の観点から独自の見解を加えている。この視点により、本書は単なる歴史書にとどまらず、情報戦の歴史を学ぶと同時に、インテリジェンス理論を学ぶ手がかりを提供する内容となっている。

本書では、「情報戦」という言葉を広義に使い、情報活動や情報戦略を含む意味で使用している。これにはサイバー戦やメディア戦など、情報空間やサイバー空間での優位性を指しつつ、旧日本軍が用いた「秘密戦」(諜報、防諜、宣伝、謀略)も含まれている。

米中対立が進む現代、情報の重要性はこれまで以上に高まっている。情報は安全保障の基盤であり、その収集、分析、運用の巧拙が国家の行方を左右する。本書が、過去の情報戦の知恵と教訓を未来へとつなぐ架け橋となり、日本の戦略情報活動や防諜体制の在り方を考えるきっかけとなることを切に願う。

『2030年の戦争』

有事を巡る議論の視点 『2030年の戦争』小泉悠・山口亮著 <書評>評・上田篤盛(軍事アナリスト・元防衛省分析官) – 産経ニュース

『2030年の戦争』の書評が、3月16日付の『産経新聞』に掲載されました。お二人の専門家による対談形式で、非常にわかりやすく、示唆に富んだ内容でした。

私自身の書評はやや辛口ではありますが、情報分析の実務に携わってきた立場から、あえて以下のような視点で論じさせていただきました。すなわち、「2030年代の話だからまだ大丈夫だろう」とか、「グレーゾーンから段階的に起こるので予兆を把握できるはずだ」といった安心感は、むしろ危ういということです。

「奇を正とする者は、敵がその奇を意(おも)い、我が正を以て撃つ。正を奇とする者は、敵がその正を意い、我は奇を以て撃つ」という兵法の言葉があります。最近の中国による軍事演習は、確かに海上封鎖の実効性を検証するかのようにも見えますが、それは単なる訓練にとどまらず、政治的威嚇や戦略的牽制という側面を持っています。

そして、実際に台湾の独立意志を挫き、「統一」という国家意思を国内外で共有させるには、単なる海上封鎖ではなく、演習を装った奇襲的な直接侵攻という形を取る可能性も否定できません。

さらに言えば、必ずしも能動的な意志のみによって戦争が始まるわけではありません。米国の対台湾政策の変化や、中国国内の経済悪化に伴う求心力の低下といった要因が、中国の軍事能力が十分でない段階であっても、あえて侵攻を決断させる引き金となることも考えられます。

このように、多様なケースを想定しながら、防衛力の整備や国民保護の方策を講じていく必要があります。しかし同時に、「最悪のケース」を想定すればするほど、ではどこから整備を始めれば良いのかという問題にも直面します。

その意味で、グレーゾーン事態からの段階的なエスカレーションというシナリオは、現実的かつ有力な想定の一つです。それに基づいた備えは、確かに現実的な選択肢でしょう。しかし、歴史が繰り返し教えているのは、「起こるはずがない」と信じられていた事態こそが、突如として現実になるという皮肉な現実です。

ゆえに私たちは、「最も起こりそうな事態」だけでなく、「最も起きてほしくない事態」にも意識的に目を向け、そこから逆算して国家の備えを整えていくという、厳しくも冷静な思考が求められます。

戦争は、理屈で始まるとは限りません。意図しない衝突、追い詰められた指導者の判断、あるいは情報の誤認や誤算——そうした不確実性の中にこそ、最大のリスクが潜んでいるのです。

未来を予測することは重要です。しかし、それに安住することなく、不確実性そのものに備える胆力、そして情勢に応じて舵を切る柔軟性こそが、いま私たちの社会と国家に最も必要とされている資質なのではないでしょうか。

まず『2030年の戦争』の本を一つの視点として、台湾有事をぎろんしてみましょう。

『情報戦の日本史』3月27日刊行のお知らせ

このたび、私の新著『情報戦の日本史』が2025年3月27日に刊行されることとなりました。

本書は、2018年1月から2019年12月まで、エンリケ氏が運営するメールマガジン「軍事情報」に連載していた拙稿「日本の情報史」を土台に、新たな視点や考察を加えて再構成したものです。

陸軍中野学校については、すでに前著『情報分析官が見た陸軍中野学校』(並木書房、2021年)で詳しく取り上げておりますので、本書では要点のみにとどめ、より広く、古代から太平洋戦争に至るまでの日本の情報活動全体を整理・考察することを目的としています。


歴史をどう読むか――「解明」と「考察」

歴史研究には、大きく分けて二つのアプローチがあります。一つは、資料の発見や仮説の検証などを通じて史実そのものを明らかにする「解明型」の研究。もう一つは、すでに知られている史実に基づき、「なぜそうなったのか」「どうすればよかったのか」を問い直す「考察型」の研究です。

本書は後者のスタンスで執筆しています。史実をただ追うだけではなく、その背後にある意図や背景を読み解き、現代に活かせる視点や教訓を引き出すことを目指しました。そのため、あえて記述の細部を調整し、読者の方にとって理解しやすく、実務や日常に応用しやすい内容となるよう工夫しています。

もちろん、どんなに広く知られた史実でも、解釈の仕方は一つではありません。また、特に情報活動のような分野では、誇張や脚色が加わりやすいことも事実です。たとえば陸軍中野学校のような題材は「スパイ学校」としてセンセーショナルに語られることが多いですが、私自身が卒業生やご家族に取材した限りでは、実際の姿とはかなり異なる面も見えてきました。


「陰謀論」の向こう側にある現実

現代では、「陰謀」や「工作」といったテーマが、時に過剰に「陰謀論」として扱われ、学術の場から排除される傾向があります。しかし、実務の視点からすれば、そうしたテーマにも真剣に向き合う必要があると私は考えています。

たとえば、米国の「赤狩り」時代にスパイ容疑で死刑となったローゼンバーグ夫妻の事件は、長年「冤罪」とされてきましたが、1995年に公開された「ヴェノナ文書」によって、ジュリアス・ローゼンバーグがソ連の諜報員だったことが明らかになりました。

こうした事例は、「陰謀論」と片づけられた話の中にも、後に真実と判明する要素があることを示しています。したがって、安易に否定するのではなく、冷静かつ多角的に検証する姿勢が重要だと思います。

本書でも、近衛文麿政権下で囁かれた「敗戦革命」――あえて敗戦を誘導し、国内体制を大きく変えようとしたのではないかという説――に触れました。証拠が乏しく、陰謀論と受け取られるかもしれませんが、歴史の背後にある「動機」や「思惑」を探る視点として、注目に値するテーマだと感じています。


歴史は「物語」でもある

歴史は単なる過去の記録ではなく、時に「物語」として、人の心に語りかけてきます。その物語が私たちに何を問いかけ、何を残すかが、歴史研究の醍醐味であり、意義でもあるでしょう。

私自身、自分の思想を一つに定めているわけではありません。さまざまな立場や価値観に触れながら、フラットな視点を心がけてきました。それでも、心を動かされたエピソードというのは確かにあります。

たとえば日露戦争の時代、将来を期待された若い将校たちが、自らの出世を捨てて身分を隠し、花田や石光のように情報の最前線で活躍しました。また、「シベリアのからゆきさん」たちが行った献身的な支援や諜報活動も、知られざる貢献として本書では取り上げています。

中野学校の卒業生たちも、滅私奉公の精神で海外の任務に赴き、国に尽くしました。もちろん、そうした愛国心が時に誤った方向へ進み、大東亜戦争へとつながった側面も否定できません。しかし、いまのような国際環境の中で、「国を守りたい」「仲間を守りたい」「文化を継承したい」という想いは、なお重要な意味を持っていると私は考えています。

本書を通して、そうした愛国心に根ざした冷静で戦略的な行動が、これからの時代の情報戦でいかに大切かを、お伝えできれば幸いです。

2025年あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。最近はスマホでX(旧Twitter)にツイートすることが多く、このウェブサイトの更新がご無沙汰になってしまいましたが、引き続き〝存続〟しています。
昨年秋以降、産経新聞に書評を執筆させていただいており、その掲載分を3件こちらに投稿しました。ご覧いただき、ご興味を持たれましたら、ぜひ該当の著書もお読みいただければ幸いです。評者として大変光栄に思います。

今年は新たに2冊の著書を刊行する予定です。
1冊目は、日本の情報戦の歴史について取り上げたもので、古代から太平洋戦争開戦(真珠湾攻撃)までを扱います。太平洋戦争に関する書籍は数多くありますが、真珠湾攻撃が戦術的には成功したものの、戦略的には敗北であった点を重視し、その後の情報戦の是非を論じるよりも、「なぜ無謀な大東亜戦争に至ったのか」という視点から、開戦前の情報戦を主題としています。

もう1冊は、中国の戦略をテーマにしたもので、兵法、特に「兵法三十六計」を切り口に、毛沢東から習近平まで歴代の指導者の戦略を分析します。また、未来の台湾に関する戦略についても予測を試みる内容にしたいと考えています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ムスリム移民の半生 『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』

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『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』
『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』

『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』アダム・ガマル、ケリー・ケネディ著 沖野十亜子訳(原書房・3080円)

本書は、米陸軍で極秘任務に従事したムスリムの著者、アダム・ガマル(仮名)が自身の半生を語る記録である。「工作員としての経験を語るのは、私が初めて」という著者の言葉通り、実務者の視点から対テロ任務の過酷な現場を鮮明に伝えている。

エジプト生まれの著者は、1991年にアレクサンドリア法科大学院を中退し、20歳で米国に移住。米陸軍極秘特殊部隊「ザ・ユニット」に所属し、10回以上の海外派遣を経験した後、2016年に退役した。「ザ・ユニット」の実名は伏せられ、組織や活動の記録は黒塗りされているが、諸処の記述から判断するに、その実態は陸軍「インテリジェンス・サポート・アクティビティー(ISA)」であると推定される。

ISAは1981年に特殊作戦部隊への情報支援を目的として設立されて以来、情報提供に加えて重要人物捜索、人質救出、犯罪者捕縛など幅広い作戦任務を担ってきた。対テロ戦争は戦場での戦闘にとどまらず、海外で現地社会に溶け込み、テロネットワークを解明し、市民に紛れるテロリストを特定するなどの任務も含む。ISAメンバーには高度な分析力、言語能力、多文化理解力が求められ、移民も積極的に採用している。

本書の核心は、ムスリム移民の著者が、なぜ米国の対テロ任務に身を投じたのかという問いにある。著者は故郷でのムスリム過激派への反発、米社会の自由と機会平等への憧れ、移住後に受けた恩恵への感謝の念から米国を守る道を選んだ。その選択はムスリムを一くくりにして敵視するのではなく、個々の背景と価値観を理解することの重要性を強く示している。

『FBI爆発物科学捜査班』カーク・イェーガー、セリーン・イェーガー著 露久保由美子、木内さと子訳(原書房・2750円)

本書は、10年の現場経験を持つ現役FBI(連邦捜査局)主任爆発物科学者のカーク・イェーガーが、爆弾テロの実態に迫ったノンフィクションである。飛散した破片や潜在指紋、メモに残された微細な筆圧痕跡などを丹念に追い、爆弾テロを再現して真相を明らかにしていく科学捜査の過程をリアルに描く。

例えば、2002年のバリ島爆弾テロ事件は、欧米の政治・経済支配に反発する宗教武装勢力の犯行とされ、日本人夫婦を含む202人が死亡した。著者は、最初の自爆テロに続くナイトクラブ前の1トン級自動車爆弾、米領事館近くでの手製爆弾という3つの連続テロの関係を推理、損壊した縁石や木立の溝に残されたワイヤなどの痕跡を手がかりに犯人像に迫った。被害者の熱傷から「大量の熱パルスを発生する爆弾が使用された」という仮説が立てられたのに対しては、同種の爆弾を製造して実験することで、熱傷は建物火災が原因であることを証明した。科学捜査と推理が結びついた成果だ。

9・11(米中枢同時テロ)以降、FBIは対テロ任務を強化し、科学捜査の役割も証拠提示から事件の背景解明や再発防止へと広がっている。テロの根源を理解するには、現地の歴史や政治的背景を現場感覚で把握することが重要であり、世界各地の大使館に配置されるFBI司法担当官の調整の下、科学捜査官も海外に派遣されている。著者もイスラエルや英国などでの国際捜査の経験を有している。

著者は、大量の薬品や電子装置の購入、人だかりでの異変など爆弾テロに通じる兆候を目撃・通報する市民の協力体制と、爆弾テロからの自己防衛の重要性を説いている。日本では爆弾テロの事例は少ないが、オウム真理教事件や安倍晋三元首相銃撃事件のように衝撃的なテロはある。SNSによってテロリストの発信する情報が拡散し、リスクは高まっている。本書は、爆弾テロに対して私たち一人一人が危機感を持つことの重要性を訴える一冊である。

『日米史料による特攻作戦全史』ロビン・リエリー著、小田部哲哉編訳(並木書房・6820円)

本書は、昭和19年10月以降の特攻作戦を日米双方の膨大な史料に基づき緻密に記述した貴重な歴史資料である。最大の読みどころは、「無意味な死に有為な青年を追いやった」とする現代日本の歴史認識に一石を投じている点だ。

当時の日本は物量・技術で圧倒的に不利な状況にあり、本土防衛のため、米軍の侵攻を遅滞させ、有利な停戦条件を引き出すべく特攻作戦が採用された。本書に登場する河辺正三大将の「特攻隊員は、自分の死で勝利を確信し、幸せに死んだ」という言葉は、全ての隊員を代弁するものではないが、多くの隊員が作戦目的を理解し、国家や家族のために命をささげる覚悟を持っていたと考えられる。

『日米史料による特攻作戦全史』
『日米史料による特攻作戦全史』

台湾沖航空戦からレイテ沖海戦、戦争終結に至るまでの特攻作戦を日々詳細に記録している本書は、その全体像を通じて特攻の戦術的意義を浮き堀りにしている。私が特に注目した沖縄航空戦では、米艦艇の「目と耳」であり防御力の弱い、レーダー・ピケット艦を狙い、米海軍の情報収集能力をまひさせた。その体当たり成功率が32%に達したという資料が米側にある。

著者はこれらの事例を踏まえ、「フィリピンや沖縄でのカミカゼ機と特攻艇の運用が成功したことで、最小限の人員、装備の投入で貧弱な国力をはるかに上回る成果」を挙げたと評価している。

本書からは、特攻作戦が米軍に心理的な影響を与えたこともうかがえる。こうした心理的影響が、占領後の統治リスクを米軍に意識させ、日本の存続や早期独立回復に寄与したとの見方もできる。(『産経新聞』2024.10.13)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第7回=最終回)

■サイバー・認知戦が勃発

「それにしても、最近、停電や電波障害、金融システムの障害などがよく起きるが、何かの前触れなのだろうか。だが、このところの異常気象で線状降水帯による大雨が多いし、風力や太陽光発電などもエネルギー効率が高くなく、進展していないのでそのせいもある。」

最近はなんだかおかしいなと言う気配は感じても国民はあまり深刻に考えていないようです。

2030年春、中国軍が台湾対岸での合同訓練を実施しました。この訓練ではミサイル射撃訓練が行われ、日本のEEZを含む台湾周辺に航行制限区域が設定されました。

ある五月の日没後、沖縄で大規模な停電と通信障害が発生しました。停電は三日後には復旧しましたが、通信障害は完全には解消されていません。後に、これらの問題は破壊型マルウェアによるサイバー攻撃が原因であることが判明しました。

また、本土と沖縄間の通信速度が大幅に低下していることから、海底通信ケーブルの破損が懸念されています。このため、臨時の衛星回線が構築されていますが、一般市民の通信利用には制限がかかり、オンラインサービスも停止されました。

これらの影響により、政府は復旧に全力を尽くすと発表しましたが、一週間後も状況は改善されず、沖縄の市民は困惑しています。三週間後には通信は復旧しましたが、沖縄のテレビ局や自治体のウェブサイトは依然としてDDoS攻撃を受け、アクセスが困難な状況が続いています。

この中で、台湾と友好的な日本企業のウェブサイトが改ざんされ、中国の国旗とともに「戦争の原因は台湾にあり、台湾と関わりのある者は制裁を受ける」との警告文が掲載されました。これにより、台湾のコミュニティや台湾に友好的な日本人の間で動揺が広がり、日本政府は台湾政策に対する議論の増加に警戒しています。

一方、スマートフォンのソーシャルメディアは正常に機能していました。調査したところ、「米軍や自衛隊が沖縄県民を守る意思はない」「停電中に米軍兵士が商品を強奪した」といった情報が流れていました。さらに、ソーシャルメディア上では、沖縄県と沖縄電力が「今回の停電は米軍と自衛隊との共同演習で送電線の一部が破断されたことが原因である」と発表したとの記事が広まっていました。

その後、米軍兵士が少女たちをレイプしている動画が現れ、米軍基地や自衛隊駐屯地には市民による抗議デモが発生し、本土からの参加者も加わりデモは拡大していきました。

中国は、日本が非常事態になりつつあると判断し、「国防動員法」をもとに九州と沖縄にいる中国人に帰国を命じました。そのため、那覇空港や南西諸島の飛行場は大混乱となり、軍民両用であるため自衛隊機などの運用にも支障を来すことが懸念されました。

さらに数日後、尖閣諸島領海内に十数隻の海警船が侵入しました。第十・十一管区海上保安部は自力での対処が困難と判断し、他の管区からの支援を要請しました。しかし、北朝鮮によるミサイル発射のニュースや、ロシアの北方領土での軍事演習が始まったこともあり、他の管区からの支援はままならない状況でした。海上自衛隊でも同様な状況が生じていました。

数時間後、尖閣諸島の領空に中国と思われる無人機が数十機侵入しました。我が国は無人機による領空侵犯に対処を試みましたが、無人機は兵器を搭載していないため、次々と撃墜されました。無人機に対する法律が整備されていないこともあり、有人機を使っても無人機に対処することが難しく、対空ミサイルによる撃墜もできませんでした。

さらに、海上自衛隊と米軍が駐留する岩国基地や、AIWACSが駐機する浜松基地にも、誰が送ったのか分からない無人機が飛来し、電波障害が発生しました。

日本政府は有事認定についての議論を続ける中で、防衛態勢への移行には躊躇していました。

数時間後、尖閣諸島に海警船数隻が上陸し、対空ミサイルやレーダーと思われる装置を設置する状況を偵察衛星が捉えました。しかし、その後、偵察衛星の信号が遮断され、詳細はわからなくなりました。

我が国は海上警備行動をとるにとどまっていましたが、現地の自衛隊は防衛出動の準備で混乱していました。

この時、台湾の飛行場のレーダーや通信が障害を受けたというニュースが入りました。さらに、中国が台湾に対して弾道ミサイルを発射し、高雄港や台中の空軍基地に着弾したとの報道も入りました。

中国による台湾への軍事侵攻が開始された模様です。沖縄や尖閣諸島での一連の不審な動きは、この軍事行動と連動し、日米の対応を妨げるものでした。

(おわり)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第6回)

■認知戦・AI戦争に脆弱な日本

わが国は、中国の台頭以来、北方重視から南西重視の防衛方針への転換を図ってきました。しかし、ウクライナ戦争により、ロシアがわが国の脅威であることが明確となり、防衛関係者の間で北方および日本海への備えの強化が議論されるようになりました。しかし、予算や資源の限られた中では、全面的な対処は難しく、また南西重視方針の変更は容易ではありません。

わが国は、これまで個別の事態を想定した防衛力整備を行ってきましたが、中国、ロシア、北朝鮮による複合的な攻撃や不法行動を想定したものではありませんでした。このため、複合的な事態に対応する能力が不足していました。

さらに、ウクライナ戦争の教訓から、中国は無人機やAI搭載型の自律兵器の開発を急ピッチで進めています。一方、わが国も中国の台湾周辺空域への無人機侵入に対抗すべく、無人機活用の検討を開始しています。しかし、法的な制約により、無人機は兵器未搭載型であるため、有事において十分な対処ができない状況です。

防衛関係者は、中国、ロシア、北朝鮮がサイバー・情報戦や認知戦、AI戦争の準備を進めていることを認識していますが、この脅威認識が国民にはうまく伝わっていませんでした。

また、わが国はウクライナ戦争の教訓を十分に活かすことができませんでした。ウクライナがロシアに対して善戦できたのは、2014年のウクライナ危機以降、官民挙げてファクト・チェック体制の構築、インテリジェンス・リテラシーの強化、サイバー・レジリエンスの向上などに取り組んだ成果があったからです。しかし、わが国はこの教訓を認識しても、結局は省庁間の対立や縄張り争いから、ファクト・チェック体制の構築や国民の啓発教育が進展しなかったのです。

わが国は第一次世界大戦の教訓から総力戦の重要性を認識していましたが、軍官対立によって後れをとりました。同様に、偏狭的な民族的特性が総体的な対策の実行を妨げました。

わが国の社会では、AIの普及によるネガティブな状況が広がっています。日本民族は群れを成し、同調主義に陥りやすいとされ、生成AIの普及により思考や判断を回避する傾向が強まっています。これにより、ソーシャルメディア上のインフルエンサーの意見に同調し、根拠のないデマや儲け話が拡散され、短絡的な暴力行為が増加しています。

日本社会では、右翼・左翼、リベラル・保守の主義や主張、世論の分断が見られ、それが歴史認識や政策をめぐる過激な論争に発展しています。集団自体の意見や価値観を主張し、他者との対話や妥協を困難にする傾向が強くなっています。

■リベラル思想が強まる南西方面

2010年代に入り、中国の南シナ海や東シナ海への積極的な進出が加速しました。この動きにより、沖縄・南西諸島地域では、戦後以来続いてきた反戦・リベラル・左派の立場に対抗する形で、国防・保守・右派の意見が強まり、自衛隊の誘致も進んできました。一方で、米軍撤退論は依然として根強く存在していました。

2020年代後半以降、沖縄本島や南西諸島では、米軍基地の撤去や中国との関係改善を求める声が高まり、これに対し防衛力の強化を求める意見との間で対立が生じています。政府と地域住民が一体となって南西防衛を強化してきましたが、最近ではその流れが停滞している兆候が見られます。

一部のマスメディアやソーシャルメディアでは、「中国を刺激することは危険だ」「政府は沖縄を犠牲にしている」「中国が攻撃しても米軍は守らない」「誘致した陸上自衛隊基地は地域経済に貢献しないばかりか風紀を損なう」などのネガティブな情報が広まっています。

沖縄の地方新聞では、「琉球は独立国であった」といった独立運動を促す特集が組まれています。これに呼応するかのように、小規模な独立運動が起きており、噂では運動参加者に手厚い日当が支給されていると言われています。

2030年現在、沖縄地方での国政選挙や地方選挙では、与党が軒並み敗北しています。野党候補は政権公約に米軍基地の撤去や自衛隊の縮小、中国との経済関係の構築を掲げて支持を集めています。彼らの街頭演説は従来にない盛り上がりを見せています。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第5回)

■二〇三〇年の東アジア情勢

ウクライナ戦争は開始してから3年後に一応の停戦状態を迎えましたが、2030年現在、依然として散発的な衝突が続いています。国連は存続していますが、北朝鮮の核ミサイル問題などでは、中露が拒否権を行使するなどの問題があり、機能不全に陥っています。多くの国々は、両陣営の動向を見守りつつ、自国の国益のみを追求する傾向が強まっています。

2028年の大統領選挙でプーチンが引退したものの、新たな愛国主義的な大統領の下でロシアの権威主義体制には変化が見られません。ウクライナ戦争による経済的な疲弊は続いていますが、中国からの援助によってロシア経済は持ちこたえています。これに関して「中国の属国化」と揶揄される声もありますが、いずれにせよ、ロシアと北朝鮮は影響力を保持し続け、対米牽制を中国と連携して行っています。

ウクライナ戦争で疲弊しなかった中国は、欧州経済の救世主として「一帯一路」を推進し、約10億の海外市場を獲得しました。これらの顧客データはAIのビッグデータとして活用されています。このような状況から、中国は2017年7月に掲げた「2030年までにAIで世界をリードする」という目標をほぼ達成しています。

2027年年に習近平の第四次政権が始まりました。習は2035年までに経済規模で世界第一位を達成することを目指していますが、「台湾への軍事侵攻は得策ではない」と考えています。ただし、台湾の独立阻止のための武力統一の選択肢は放棄していません。

■習近平が中台戦争を決意

2021年の春、米軍高官が2027年頃に中国が台湾に侵攻する可能性が高まると言及しました。しかし、2024年の台湾総統選挙では民進党候補が総統に付きましたが、国民党が立法院会での議席を伸ばしました。その結果、二〇二二年の米下院議長の訪台や蔡英文総統の訪米などのような、中国を刺激する動きはなかったため、中台関係は比較的安定していました。

中国はウクライナ戦争の教訓から、十分な戦争準備を行い、米軍が本格的な介入を行う前に速戦即決を追求していました。つまり、兵員の犠牲を最小限に抑えることが重要であるとの教訓を得ました。また、米国の関与については、核保有国である中国との戦争に関与するリスクを回避する可能性があるものの、その保証はないと判断されました。

これらの教訓に基づき、中国は軍事作戦開始前に台湾社会を不安定化させることや、在日米軍の戦力発揮を妨害することが極めて重要であると認識し、サイバー・情報戦および認知戦、AI戦争の能力を高めることに力を入れました。

習近平の政権基盤は安定していましたが、経済成長率は停滞し、少子高齢化が進行し、最近では2035年に経済規模で米国を追い抜くという経済目標は遠のいていました。

2028年に行われた台湾総統選挙では、再び民進党候補が総統に選出されました。台湾は以前の蔡英文政権以上に米国や日本との連携を強め、半導体の対中輸出規制などを行うようになりました。

中国国内では経済停滞や民衆化デモが生じ、一部で習近平の退陣要求が高まり、国営メディアや軍機関紙である『解放軍報』などでは台湾に断固たる対応をとるべきだとの主張が強まっています。

2030年、習近平は七六歳の誕生日を迎えましたが、82歳で死ぬまで国家指導者であった毛沢東に倣い、2032年の党大会で後継者へのポスト譲渡を示唆する姿勢は見せていません。

しかしながら、経済での米国超えが困難である状況下で、国民の不満が高まっており、小規模な「倒習」運動が勃発しています。習近平は国民に対し、中国こそが世界のリーダーであり、中国共産党が中国の歴史上最高の指導者であることを自国民および世界に向けて強調しています。

米国の情報によれば、習近平は側近の二人の軍事委員会副主席に台湾軍事作戦の検討を命じたとされます。彼らは以下のように総括したとの情報が日本側に伝えられました。

「台湾海峡を越えて全面的な台湾上陸侵攻を行う軍事力は十分ではありませんが、潜水艦、ミサイル、爆撃機を利用して米軍の来援を阻止し、電撃戦によって政治中枢の台北市を占領することは可能です。本格的な智能化戦争を行う体制は整っていませんが、自律型兵器の導入により、台湾および日米の防衛行動を混乱させることができます。いずれにせよ、ウクライナ戦争以降重視してきたサイバー・情報戦および認知戦によって、台湾および日米の戦闘意志を事前に喪失させ、電撃戦を追求することが重要です。」

(次回に続く)