近況の報告(『インテリジェンス用語事典』の出版)

2022年の最初の投稿です。一昨日、講演依頼をいただきましたが、依頼者から、最近、ブログの投稿が途絶えているので、この連絡メールのアドレス(ブログに記載)が生きているのかどうか心配であった、とのお話しをいただきました。はい、生きています。

実は投稿をしばらく休止していたのは新作の構想固めに1か月半もかかったからです。仕事をしながら、一つの事に集中すると、他のことは全くできません。60歳を超えると、目は悪くなるし、体力も衰えます。頭の中にあるものをどのように体系付けしようかと考えると非常にぐったりとして、ブログ投稿はお休みしていました。それもなんとか1週間くらい前に終わりました。新作はいつ刊行できるかはわかりません。

ありがたいことに一年くらい前から講演依頼を継続的にいただています。主に『武器になる情報分析力』と『未来予測入門』を読んだ方々からです。非常にありがたいことです。私は原則、1か月に2回以上の講演は受けないことにしていますので少し後ろ倒ししていただいています。申し訳ありません。

今年は固い著書とやわらかい著書を1冊ずつ出すのが目標です。本は売れない時代ですが、講演はだいたい数十人、本は数千冊。講演は組織による要請の方が多いですが、本は自ら出費を決断しての購入です。私の考え方などを伝えるツールとして本の方が効率的です。ただし、本は、よほど売れないと商売にはまったくなりません。赤字と言ってもよいくらいです。

さて、先日は共著『インテリジェンス用語事典』を出しました。辞典ではなく事典であるので、読み物として読んでいただいても面白いと思います。編著は樋口敬祐さんが担当しました。自分の執筆に加えて、私と志田さんの執筆をチェックして修正され、全体の構成を考えられたので大変な労苦であったと思われます。

樋口さんは長年、インテリジェンスの学術研究をされており、私の先輩ですが、組織での再任用を継続されていたので、昨年65歳で定年されました。今は、大学で講師もされています。今後の活躍を祈念します。

私の方は自衛隊を退官して早7年(55歳で定年)になります。インテリジェンスをビジネスパーソンにどう伝えるかがテーマですので、樋口さんとはアプローチや書き物はかなり違います。志田さんは沖縄県にある名桜大学の准教授であり、こちらはバリバリの学者です。それぞれの知識によるコラボで、拓殖大学大学院教授の川上高司先生の監修のもとで著書が完成しました。

本来ならば、各用語を大項目にするか、中項目にするか、小項目にするのかなど侃々諤々の議論をするはずが、コロナ禍の影響でできていません。そのため、完成度としてはイマイチ感もありますが、初のインテリジェンス用語事典ということに意義があると思います。ご愛読いただくと嬉しいです。

武器になる「状況判断力」(24-最終回)

OODA(ウーダ)ループの内容

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□はじめに

前回の謎解きは、「なぜ、正月には子供にお年玉をあげるのか?」です。お正月は新年の神様である「年神(としがみ)様」を家に迎えて、もてなし・見送るための行事です。そこで年神様にお供えをすると、年神様は私たちに魂を分けてくださると考えられてきました。

その魂をもらうのは家長なので、それを家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。お供えの餅に、神様の魂が宿るので、昔のお年玉はお餅であったようですが、今ではお金になりました。

魂は見えないものですが、可視化しなければ、魂をいただけたのか、家族に分け与えることができたのかどうか分かりません。本ブログでは、直観やセンスを可視化する、経験やスキルを言語化することを訴えてきました。

連載の最終回となりましたが、なぜ筆者が軍隊式「状況判断」を長らく語ってきたのか、その理由が今回の解説にてご理解いただけたら、幸甚です。

1 「OODAループ」とは何か?

 前回は、軍隊式「状況判断」の利点・欠点を述べ、迅速な意思決定の場面では、この意思決定法は役に立たたないこと、その対策としてOODAが注目されていることを述べました。

 今回は、OODAとはどのようなものかについて解説します。

▼OODAの4つのループ

OODAループは、以下の4つの過程からなります。順次解説します。

1)Observe(観察)

 観察とは現状を把握することであり、自分以外の外部の状況や事物から生データ(インフォメーション、以下「情報」)を入手することです。まずはどんな事象が発生しているのか、見たままの状況を洗い出します。場合によっては、単なる状況の探知にとどまらず、積極的に情報を収集し、処理し、評価し、解釈し、以降のサイクルに役立てる必要があります。

 米軍では、観察のために、指揮官が収集部隊などに対して情報要求(CCIR)を明示します。これは、指揮官が行動方針を決定するための、もっとも優先度の高い情報要求のことです。採用公算の高い敵対勢力の行動に関する情報、敵対勢力の奇襲に関する情報、我が部隊に乗じる敵の弱点に関する情報など、通常10個以内に設定します。(中村好寿
『米軍式意思決定の技術』)

ビジネスでは、会社や上司の情報要求(戦略や戦術を立てるために知りたいこと)、たとえば業界や顧客のニーズ、競合他社の動向、新しい技術、社内環境などの状況や変化に着目します。

情報は組織で収集する、あるいは個人で収集する、直接現場で確認する、新聞、ニュース、文献を活用するなど、さまざまな収集手段がありますが、ここでは、「情報が有用なものであるか」、「情報が正しいものか」を確認することが重要です。

2)Orient(方向性判断)

観察した情報に基づいて、行動の方向性を判断します。方向性判断はOODAの心臓部になります。これは、米軍式意思決定法の見積り(行動方針の選定)に相当します。

ビジネスでは観察で得た情報から、次のDecide(意思決定)に必要な情報を見極めていくことが重要です。

ボイドは電撃戦の研究のアウトプットとして、随所で「アジリティ(機敏性)」の概念を取り上げ、この重要性を強調しています。

ボイドは「アジリティとは、外部の世界で起こっているめまぐるしい環境変化に即応して、自らの方向性(大雑把に言えば進むべき方向性のようなもの)を変化させる能力を意味する。」と言っています。

つまり、方向性判断のアジリティが我に主導権を獲得させ、相手側にパニック、カオス、価値観・一体感の喪失を起させることになります。

3)Decide(決定または仮説)

前段階での判断を基に、行動として具体化するための方策・手段を選択し、場合によって計画や命令を策定します。

米軍式意思決定法では、「決定」(決心のこと)は複数の行動方針を比較して出した幕僚の「結論」を指揮官が承認するという意味を持ちます。

 つまり、幕僚が最良の行動方針として選定したものを、指揮官が最終的に選択します。この際、指揮官は幕僚案を拒否する、留保する、再考させる、いずれも自由です。決心を意図的に遅らすことで、部隊が行動を起こす時期を調節することも可能です。

スピードを重視するOODAでは、決定は必要な場合のみ明示的に行なわれ、省略できれば省略します。

集団(組織)レベルでは、意思決定を計画や命令などで明示的に周知させることは個人の活動に方向性と焦点を与えます。

しかし、個人レベルでは方向性判断さえ行なえば、大部分のことでは「何をすべきか」はわかっているので、決定は必要ではありません。

小集団では、方向性判断が決まれば、意思決定を明示する必要性はありません。暗黙のコミュニケーション(「Implicit Guaidance& Contolol、暗黙の誘導と統制」があれば、前段階の「方向性判断」から直接に行動を起こすことができます。

OODAでは「決定」と「方向性判断」との境界は不明確であり、暗黙のコミュニケーションが不十分な場合にのみ、「決定」が行なわれることになります。

4)Act(行動または検証)

決定されたことを計画や命令を踏まえて、実際の行動に移します。軍事作戦では、指揮官が部隊の行動を指揮・監督します。

これは、米軍式意思決定法では言及されていない過程です。ただし、意思決定の先に行動があるのは当たり前です。

OODAは、作戦実行型の意思決定なので、行動がすぐに新たな状況を生み出し、この状況を観察し、方向性判断を行なうなどループを再開することになります。

2、米軍式意思決定法とOODAの違い

 OODAの特色を、米軍式意思決定法との違いについて整理しておきます。

第一に、米軍式意思決定法は直線的で一方向ですが、OODAループは循環(ループ)型です。しかも、O→O→D→Aの順番にループするのではなく、決定あるいは実行(act)から再び観察に還ってきます。

第二に、米軍式意思決定法に比して、スピードとアジリティ(機敏性)を重視していることが特徴です。米軍式意思決定法では、「地域」「敵」「我」の三点から状況の把握を行ないますが、OODAでは現場での観察から、「即時即物」的に「何をなすべきか」の行動の方向性判断を行ない、それをすぐに決定へと移します。

 前述のように、暗黙のコミュニケーションによって、方向性判断(上記では情勢判断)から決定をワープして行動に移行することもあります。また。後述する「直観的思考法」を重視することがスピードとアジリティにつながっています。

第三に、米軍式意思決定法では「任務分析」から開始され、これが最も重視されます。しかし、OODAに任務分析はありません。つまり、「何のため(Why)に、何(What)をなすべき」はすでに明確になっていることが前提です。すなわち、OODAは組織の目的や目標を確立するものには使用できません。

第四に、米軍式意思決定法は「論理的思考法」を重視し、OODAは「直観的思考法」を重視しています。米軍式意思決定法の見積り(行動方針の選定)では、行動方針の列挙し、比較しますが、OODAはこの段階を省略し、直観的に閃(ひらめ)いた行動方針が妥当なものかどうかを判断することになります。

第五に、これは上記の特質から必然的に出てくるものであり、またOODAが誕生した理由でもありますが、適用する領域が異なるという点です。

 軍隊の意思決定には「全般作戦計画型」と「作戦実施型」の2つがありますが、米軍式意思決定法は「全般作戦計画対応型」であり、OODAは「作戦実施対応型」であると言えます。

3、陸上自衛隊ではIDAが注目

▼軍隊での全般作戦計画の意義

軍隊では通常、作戦開始前に全般作戦計画を作成します。ここでは、一連の作戦における作成開始から作戦終了までの全局面で実施すべき行動の概要が示されます。

ところが、作戦開始前には情報を収集する時間は十分にある一方、敵情は戦争を開始し、敵と接触して初めて明らかになるのが通常です。

 だから、最初に立てた全般作成計画どおりに事が進展することは皆無です。よって上級指揮官から、任務を与えられた各指揮官は未知の敵情に遭遇して、新たな情報と戦況の推移に応じて、直面する敵に対する作戦(戦闘)計画を立てて、部隊を指揮運用する必要が出てきます。

したがって、全般作戦計画では最終目標を達成する方向性を定めることを主眼に、一時点の作戦実施間の作成(戦闘)計画は骨子のみとし、ほとんどを空白にしておきます。そして状況の進展を見つつ、最終目標の達成に整合するように臨機に戦闘計画などの作成や全般作戦計画の修正などを行なうことになります。

ただし、「全般作戦計画の細部はどうせ状況に応じて修正や作成することになるのだからこれに時間がかかる綿密周到な思考手順は必要がない」というのは間違いです。

第二次世界大戦における米軍のパットン将軍は次のように述べています。

「将来の将軍たちは状況に適合するように計画をつくるだろうが、計画に適合するように状況を作ろうとしないだろう。それは危険なことだ」(松村『勝つための状況判断学』)

つまり、全般作戦計画を立てることは、最終目標に向けて状況を整合させる効能があります。だから、全般作戦計画を立てるための軍隊式「状況判断」では、任務分析を最も重視します。状況を計画に整合させるためには、まさに、この思考手順は理に適っていると言えます。

しかしながら、作戦開始後には認識していた、あるいは予期していた状況が激変することは必然です。
疲労困憊する中で、軍隊式「状況判断」の手順を順次よく行なうことは困難です。また、一つの手順を飛ばす、一手順の考え方を間違えることで誤った結論が出てくることにもなりかねません。このように、実際の作戦では、手順を追って論理的に考える軍事式状況判断は役に立ちません。

ここに米軍がドクトリンとして採用したOODA意義があります。

ようするに、米軍は作戦実施対応型のドクトリンとしてOODAを採用したのであって、軍事式「状況判断」からOODAに乗り換えたのではありません。
全般作戦計画型の軍事式「状況判断」は依然として有用です。

▼臨機応変の状況判断力を養成する

陸上自衛隊での戦術教育などでは、今日まで軍隊式「状況判断」に基づく意思決定などの教育が主流です。

ただし、筆者の記憶するところでは、1991年の湾岸戦争以後、米国のRMA(軍事革命)の影響を受けて、「将来戦では、衛星や通信などが発達し、敵や友軍の位置情報が瞬時にデジタル表示され、迅速な判断と決断が要求されるであろう。だから、戦術教育などで用いる状況判断の思考手順は役に立たない。実際の戦場では指揮官が独自の直観力によって判断と決断を下す必要があるだろう」との議論が高まるようになりました。

他方、「状況判断の思考手順を頭の中で高速回転させ、状況を瞬時にイメージ化して直観的に判断することが重要。直面している状況の中で、頭に浮かぶ敵の可能行動を列挙して、それに対する行動方針を複数考えて、その中から戦局眼を働かせて最良の行動方針を選定することが重要」などの議論も起こりました。

しかしながら、ずっと軍隊式「状況判断」を基礎とする戦術教育が行なわれ、実践現場では指揮官などによる直観的思考法、あるいは米軍式意思決定法の一部だけを切り取る意思決定法が取られました。

これは、軍隊式状況判断の利点が認識されていること、直観的思考法をマニュアルとして体系化することが困難であることの両面の理由によるものでしょう。

そのため、論理的思考法である軍隊式状況判断の思考手順を基本形(幹)として習熟させることで臨機応変の状況判断力を養成すること狙ったのだと筆者は考えています。

▼陸上自衛隊で注目されるIDA

陸上自衛隊ではOODAは普及していませんが、近年、IDA(Information、Decision、Action)の重要が強調されています。これは、世界的なRMAの影響と、災害派遣、国際貢献などの新たな任務への対応という背景があります。

このあたりのところをさらに理解するために、2011年3月に発生した東日本大震災時に統合幕僚長であった折木良一氏が次のように書いてるので紹介します。

「軍事戦略・作戦を立てるときに自衛隊がまず行うのは、現状認識のための『情勢見積もり』です。……作戦レベルの見積もりは、『情報見積もり』と呼ばれます。(中略)
『情勢見積もり』の情報とは、ただ集めればよいわけではありません。そうして集めた情報資料について、当然ながら自衛隊は取捨選択を行っています。自衛隊では情報資料、いわゆる生情報を処理し、論理的、合理的な情報を提供するために『情報担当』と呼ばれる、指揮官を補佐するスタッフが存在します。『情報担当』は相手についての情報資料を収集したうえで、最終的には、それを『目的』『現状認識』『考えられるオプションの列挙』『考えられる
オプションの比較』『考えられるオプションの結論』というかたちに整理し、『処理された情報』を指揮官に報告します。(中略)その一方で、『自分はどうすべきか』を考えるの
は『作戦担当』と呼ばれます。『作戦担当』は、自分たちが戦略レベルで相手に対して何をしたいのか、あるいは作戦・戦術レベルでどのように振る舞うかなどのオプションを指揮官に示します。さらに『作戦担当』は自らが見積もった戦略・作戦を、『情報担当』が見積もった成果を踏まえたうえで、相手がどのような動きや手段に出てくるのかを分析・比較しながら、さらに戦略を練り上げていきます。じつはこの『情報』と『作戦』のバランスこそ、戦
略を考えるうえでは決定的に重要であることを、重ねて強調したいと思います。(中略)

さて、こうして『情報担当』と『作戦担当』のオプションが出揃ったところで、そのなかで最良のオプションとは何か、ということが徹底的に議論されます。その議論の結果を踏まえて、最終的な意思決定を指揮官が行うのです。(中略)


その後、そうした戦略や作戦は具体的な行動計画にまで落とし込まれますが、そこでは指揮官はコンセプト(構想)を与えたうえで、現場レベルの自衛官にまで具体的な目標を示さなければなりません。そしてもちろん、その戦略や作戦は状況の変化や時間の経過に伴って、必要に応じて修正されます。
最後に実行のあとにはAAR(After Action Review)を行ない、その成果を蓄積していきます。そこでの教訓が自衛隊や自衛隊員の経験として受け継がれ、次の戦略立案や、アクション・プランの作成に生かされるのです。(中略)


自衛隊の戦略立案手順を概観したとき、それがビジネスの世界でいうPDCA(Plan→Do→Check→Action)に、似ていると思った方も多いでしょう。しかし自衛隊の戦略立案手順が一般的なPDCAと異なるのは、先ほど申し上げた『情報見積もり』の部分です。状況が複雑でないたんなる教育訓練ではあれば、たしかに『PDCA』サイクルの考え方を適用し、訓練成果を積み上げてくことができます。
しかし、現実の戦いの場を想定した場合、あらゆる状況が生起し、それが絶えず変化していきます。そこで重視しなければならないのは『IDA』サイクル、いわゆる情報(Information)、決心(Decision)、実行(Action)サイクルだと思います。その中でも
情報は、敵、地域に関する情報ばかりではなく、自分の部隊の状況や処理されていない情報資料を含んだ幅広いもので、『IDA』サイクルの流れの重要な部分を形成し、その制度と正確度こそがサイクルの基本となります。現代戦では、情報・決心・実行のサイクルの速度、正確度が、敵に対して相対的に優越することが重要になります」(折木良一『自衛隊元最高幹部が教える経営学では学べない戦略の本質』)

 折木氏は、自衛隊の業務運営はPDCAサイクルに似ているが、異なる点は情勢見積もりを行なって戦略・作戦を立案することにあると述べています。
そして、ここで折木氏が述べる、情勢見積もりと戦略・作戦の立案するための思考手順が軍隊式「状況判断」なのです。

PDCA最も重要なポイントは「P」の計画にあります。Pで重要なことは、現状を認識して問題点や課題を明らかにし、それに対する改善策を提示する
ことです。PDCAには隠れて見えませんが、戦略・作戦の立案に相当するものが前提としてあります。
すなわち、米軍式「状況判断」→戦略等の立案→P(計画)→D(実施)→C(検証)→A(行動)として、米軍式「状況判断」が活用できるでしょう。

IDAサイクルでは、情報の正確性に加えて、速度の要素が加わり、この両方で敵に相対的に優越することが重要です。米軍が現場レベルでは軍隊式「状況判断」の適用が困難として、OODAのドクトリン化を進める中、自衛隊も当然、そのことは認識していました。

 ただし、OODAの「O→観察」と「O(方向性)」では、情報の重要性が埋もれてしまうかもしれません。「情報」の軽視によって敗北したという第二次世界大戦の敗北の教訓が薄れてしまうことは危惧すべきことです。

ようするに、IDAサイクルとは迅速な意思決定を旨とするOODA、PDCAサイクルの利点である実施・検証・行動のフィードバック重要性を認識し、さらに情報の重要性を強調したものと言えます。

また、軍隊式「状況判断」の思考手順を状況や対応時間のレベルに応じて、取り入れる柔軟な思想に立脚していると言えます。

さらに付言すれば、軍隊式「状況判断」が最も重視する任務分析は、IDAでは隠れた前提としてすでに行っているのです。

3、OODAなどの有効活用

▼OODA等の問題点

 OODAやIDAについて、スピードや直観的思考法ばかりが強調される傾向にあるのではないかと、筆者は危惧しています。

最近、ビジネス現場でOODAを取り入れようとの試みによく接します。他方、OODAの講演や研修などに参加したビジネスパーソンに話を聞いても、あまり「納得した。理解した」との答えは聞きません。

「ようするに、現場に権限を付与して意思決定を早くする。直観的に状況判断する。行動により市場や顧客のニーズを捉え、即応することですね。いうならば当たり前のことですよね」という答えが、ほとんどです。

ここには、「組織として迅速な意思決定をするための組織文化をどう醸成するのか」「各個人が直観力を養成し、それを組織に普及するためにはどうするのか」「観察できない重要な情報はどう収集し、処理するのか」「スピーディーな業務運営のための計画やマニュアルの在り方は?」などの深掘りがあまりみられていない気がします。

▼OODA等を活用するために留意すべきは

〝新し物好き〟の日本人がPDCAに変えてOODAに飛びつく傾向があります。しかし、そもそもこの両者は適用領域も異なるのですから、状況に応じて併用すればよいのです。

また、PDCA、OODA、IDAにしても、平常時において組織全体として任務の理解が共有される組織文化を作ることや、戦略にあたる経営目的や経営ビジョンを確立しておくことは前提として必要です。

このような「隠れている前提」を無視してはなりません。

筆者はOODAを理解し使いこなすためには、その前史で創設されたPDCAや軍隊式「状況判断」の特性を理解し、その利点を応用的に活用することが重要であると考えます。

特に、任務分析を基本に戦略を立案する軍隊式「状況判断」の有用性や利点をOODAに融合させることが重要であると考えます。

VUCA時代の現代、OODAがもてはやされている今だからこそ、思考の幹となる軍隊式「状況判断」について理解する必要があると考えるのです。

これが、今回の連載で、筆者が最も強調したかった点です。

また、謎解きは、少し難しいテーマであったため一服の清涼剤という意味でおつきあい願いましたが、平時のモヤモヤを可視化する、文字化するということの重要性も含んでいました。

(おわり)

武器になる「状況判断力」(21)

各行動方針の分析でゲーム理論を活用する

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□はじめに

前回の謎解きは、冬場になると売れる「家庭用永久磁石磁気治療器をお堅い厚労省は科学的根拠がないにもかかわらず、なぜ効果を認め、医療機器として認可したのか?」でした。

アンケート結果で「効果あり」と回答した者が90%以上いたとの論文などに基づいて、厚労省は治療器として認可したとされています。認可しなければ、実際に効果があるのになぜ認可しないのかというクレームが出ることになります。

ただし、買う人は「効く」と前向きに考えた人で、しかもアンケートに答える人は「効いた」と納得した人が大半なので、90%以上という数値にどれほどの信ぴょう性があるかは疑問だとの指摘があります。

効き目のない薬でも、患者さん自身が、この薬は効き目があると思い込んで飲むことで、病気の症状が改善することがあるようです。これを「プラセボ(偽薬)効果」と言います。

逆に「病は気から」といって、どこも悪くないのに、病気だと思い込むことで本当の病気になることもあるようです。

 思い込みがプラスに働けば良いのですが、マイナスになることもあります。やはり複数の情報を集めて自分で冷静に判断することが重要です。

今回の謎解きは、「うなぎ屋、焼き鳥屋の秘伝のタレは、〇〇時代からずっと同じものであっても、なぜ腐らないのか?」です。

 さて、前回は我が行動方針を考える上での秘訣として、整合性、可能性、受容性の3つの物差し(基準)を紹介しましたが、今回は敵の可能行動と我が行動方針を掛け合わせる対抗シミュレーションについて、ゲーム理論をも踏まえて解説します。

▼我が「各行動方針」の分析

第2段階「状況および行動方針」では敵の可能行動と我が行動方針の列挙を行ないます。次は、第3段階の「各行動方針の分析」と第4段階の「各行動方針の比較」を行なって、第5段階の「結論」となります。

軍隊式「状況判断」では、第1段階の「任務分析」と第2段階「状況及び行動方針」で時間と労力を使います。ここまでに相当に分析していますので、分析結果を踏まえて、第4段階以降は粛々と行なうことになります。

各行動方針とは、列挙した我の行動方針のことです。分析は、敵の可能行動が各行動方針にどのような影響を及ぼすかを考察します。このため、敵の可能行動と我の各行動方針を組み合わせて、戦況がどのように推移し、戦闘の様相がどうなるかなどを対抗シミュレーションで考えます。

このような分析を経て、各行動方針の特性や問題点を浮き彫りにし、各行動方針の実行の可能度や対策を明らかにします。

各行動方針の分析では、マトリックス分析が用いられます。つまり、左側の縦列に敵の可能行動を列挙し、次に上の横列に我の行動方針を列挙していきます。そして、双方が対抗した場合の予想結果をマトリックスの交差部分に記録していきます。

 前回の日露戦争の事例では、縦列1段に「バルチック艦隊が対馬海峡を通過する(E-1)」、同2段に「バルチック艦隊が津軽海峡を通過する(E-2)」を列挙します。

 そして、横列の第1項目に「鎮海湾で待機(O-1)」、第2項目に「隠岐島または七尾湾で待機(O-2)」、そして第3項目に「むつ湾で待機(O-3)」を記載し、計6つの交差する升目で戦況推移や戦闘の様相を記述します。

▼ゲーム理論を活用する

各行動方針の分析では、数理分析法として「ゲーム理論」をはじめとするいくつかの方式が存在します。

米軍から流入した軍隊式「状況判断」は、敵と我は相互に相手を撃滅することを狙っているので、ここでのゲーム理論は「ゼロサムゲーム」となります。

これは、「利益が競合する(相容れない)2人以上のプレイヤーがどのような状況判断を行なうか」の説明でよく用いられる理論です。

現実の社会での状況判断や情勢判断では、さまざまなプレイヤーが利益を求めて競争しますので、ゲーム理論のバリエーションを押さえておくことは重要です。

そこで、ここでゲーム理論について少しばかり言及します。

 ゲーム理論は、数学者であるジョン・フォン・ノイマン(1903~1957年)がその基礎を築いたとされます。ノイマンは利害が完全に対立している場合には、合理的な解決策があることを数学的に証明してみせました。

ゲーム理論は、もともと経済学の分野で使われていましたが、日常生活からビジネス上の問題、あるいは国家間の問題に関しても有用です。なぜならば、これらの問題には、プレイヤー同士が相容れない要求を持っている状況がしばしば生起するからです。

ゲーム理論は、プレイヤー全員にとって最もよい選択は何かを数学的に導き出すものです。

 交渉事は、自分も得をして相手も得をする「WinWin」の関係があれば成立します。一方、自分だけが得をする、逆に相手だけが得をして自分の利益がない、これでは交渉が成立する余地はありません。

ゲーム理論の代表的なモデルには、「チキンゲーム」(※1)「囚人のジレンマ」(※2)や「鹿追ゲーム」(※3)があります。

これらのゲームでは、双方が意思疎通を欠き、信頼感がない場合には、双方は協調して大きな利益を上げることよりも、自分だけの最低限の利益を確保する傾向があります。つまり、行動はしばしば相手に対する「裏切り行為」となって現れます。

▼チキンゲームとは何か?

チキンゲームは交渉のための重要な基本原理です。このゲームでの最適行動は相手の行動に依存します。各プレイヤーはそれぞれの戦略をとります。各プレイヤーの一方が譲歩しない限り、悲劇的な結末は避けられません。

相手が譲歩しないとわかれば、もう一方は「譲歩した方が得である」と考え、衝突を回避することで受ける“屈辱”は、衝突によって損害を受けることに比べれば小さなことになります。よって、衝突を事前に回避する行動方針(譲歩)が合理的な行動方針となります。

逆に、相手には譲歩する戦略しかないとわかれば、もう一方は譲歩する必要はありません。すなわち、意志の貫徹が行動方針となるのです。

作戦戦場では短期間に敵と我との対抗シミュレーションが進展するために、このようにゲーム理論に基づく駆け引きが行なわれることは少ないでしょう。
しかし、国際問題やビジネスでの対抗シミュレーションではゲーム理論は役立ちます。

1962年のキューバ危機において、ケネディ大統領はソ連のフルシチョフ書記長に、「キューバからミサイルを撤退しなければ、核攻撃も辞さない」との先制攻撃発言を行ないました。このような対抗状況の場合には、先に決断意思を表明することが相手の意志決定を支配して主動的な地位を確立できます。つまり、「譲歩はない」との“先制パンチ”をくらわすことで、相手側を遅疑逡巡させるのです。

▼「囚人のジレンマ」とは?

スパルタとアテネ(アテナイ)が戦ったペロポネス戦争は「囚人のジレンマ」や「鹿追ゲーム」の典型例です。

「古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスによればスパルタとアテナイという当時の二大勢力は戦争へと至ったが、もともとどちらも戦いを望んでいなかったという。しかしどちらも、『相手が攻撃の準備をしているのではないか』と疑っていた」(トム・チヴァース『AIは人間を憎まない』)ようです。

両国には、(1)攻撃的にふるまう、(2)友好的に振る舞う、の2つの選択肢がありました。しかし、こちらが友好的な態度であるにもかかわらず、相手がこちらを「攻撃的な振る舞いをしている」と判断した場合、相手は攻撃的となり、友好的な対応をとっているこちら側が一方的にやられることになります。この場合は、本当は攻撃的ではないにもかかわらず、攻撃的に振る舞うことが最適解になります。

たとえ誰もが紛争を望んでいなくても、双方に信頼が欠け、戦闘力が拮抗していれば、合理的選択肢は相手を攻撃することになるのです。これがペロポネス戦争へと発展しました。

さて、現在の米中関係は「トゥキュディデスの罠」といわれますが、「囚人のジレンマ」のゲーム理論からいっても、米中が「合理的なのは、相手を攻撃する」ことだという結論に達します。

そこで、相手国の意図を誤判断する、「不注意なエスカレーション(inadvertent esc
alation)」を防ぐためには、双方が接触を維持し、意思の疎通を図ることが重要となります。
そして、勢力均衡(バランス・オブ・パワー)の努力を継続することが大切となります。

中国が「核心的利益を断固として擁護する」との発言は、台湾問題をめぐり、米国に対する先制的な意思表示です。「チキンゲーム」の理論に基づいた合理的な行動方針であるわけです。

しかしながら、双方は「戦いたくない」との意思があっても、「囚人のジレンマ」によって双方が戦争状態に向かっているというのが実態かもしれません。

「囚人のジレンマ」を避けるためには、双方の意思疎通と軍縮による勢力均衡なのでしょうが、国内世論もあって「囚人ジレンマ」を回避することは容易ではありません。

ビジネスでも、このような局面があると考えます。その実態は何か、どうするのが最良の状況判断であるかは、彼我の対抗シミュレーションを「ゼロサム理論」「チキンゲーム」だけでなく、「囚人のジレンマ」や「鹿追ゲーム」などの理論を駆使して、相手との駆け引きで優位に立ち、無用な衝突を回避することが重要だと考えます。

(※1)別々の車に乗った2人のプレイヤーが、互いの車に向かって一直線に走行し、衝突を避けて先にハンドルを切ったプレイヤーが「チキン(臆病者)」と称され“屈辱”を味わい、負けとなる。

(※2)2人の囚人が、意思疎通のできない別々の部屋で、取調官から「 (1)あなたが自白して、相手が黙秘したら、あなたを無罪にしよう。ただしその場合、相手は懲役10年になる。(2)あなたが黙秘して、相手が自白したら、あなたは懲役10年になる。ただしその場合、相手は無罪になる。(3)2人とも自白したら、2人とも懲役5年になる。(4)2人とも黙秘したら、2人とも懲役2年になる」との取引きを持ちかけられた。
 その場合、ゲーム全体を見てみると、双方にとってもっとも都合がよい選択肢は、2人がともに黙秘して懲役2年になることである(パレート最適=誰も不利益をこうむることなく、全体の利益が最大化された状態、2人合わせても4年の懲役で済む)。

しかし、囚人の立場になると、自分だけが黙秘をして相手が自白をしたら懲役10年になるわけで、これはリスクが大きいと感じる。それなら「最悪でも5年の懲役」、うまくいけば懲役免除になる方策(行動方針)、つまり、双方ともに自白を選定する方が合理的である。結局のところABともに裏切り、自白して、結果的に協力した時(互いに黙秘)よりも悪い結果を招いてしまうことになる。

(※3)鹿狩りをするにはハンターの協調が必要である。1人だけでは鹿を仕留められない。しかし、なかなか鹿を仕留めるのは難しいので、1人のハンターが収穫0になるよりも、足元の兎を追いかけるというジレンマ。協調して鹿を取るのが合理的であるが、相手に対す
る猜疑心から相手が合理的な判断をしない、あるいは突飛な行動を取るかもしれないと考えて、裏切る(この場合は兎を追いかける)者が出てくる。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(23)

軍隊式状況判断からOODAループへ

はじめに

前回の謎解きは、「海上自衛隊が金曜日にカレーを食べるのは有名ですが、これはなぜか?」です。

これは「海上自衛隊では、長期の海上勤務で「曜日感覚」が失われることを防ぐため、毎週1回カレーを部隊食として出していた」という説があります。

しかし、カレー食は明治初頭の日本海軍からの伝統です。当時の海軍は慢性的な栄養不足から脚気に悩まされており、兵食改革も喫緊の課題でした。そこで、イギリス式の兵式を採用していた海軍は、英国海軍で採用されていた栄養豊富なカレーを食べることも取り入れ、どうやらそれが慣習化したようです。

つまり、よく言われる「曜日感覚を忘れないため」は、いつの頃からか規則的(週末)に食べる慣習が定着してからの後付けの説明のようです。

なお、海上自衛隊で週休2日制が導入されて以来、カレーを食べる日は土曜日から金曜日となりました。

本連載では、まず目的(行動の理由)を確立して、その後に目標を立てることが重要であり、そうすることが誤った目標の設定を回避できるなどを述べたてきたと思います。

ただし、直面する問題のすべてにおいて、目的、つまり行動の意味や理由を考えようとすると人の行動は億劫(おっくう)になります。目的は最終的には行動によって達成されるのですからこれでは本末転倒です。

個人の問題では、自分にとっての好きなこと、直観的にすべきことを最初に行なえばよいということも多々あります。その行動が結果としてよければ、もっともらしい理由をつけて定着、普及させればよい。
すなわち目的は後からついてくることもあり得るということなのです。実は、このことを言いたかったのが、この謎解きを出した狙いです(?)。

海上自衛隊のカレーもその一つ。GPSの時代に「曜日感覚」もあったものではありません。皆さんは不思議だと思いませんか。疑問ではないですか?

疑問であれば、どうして続いているのか考えてみる。金曜日にカレー食にすれば、主食と副食の食器は一つで、食器洗いも簡単であるので、週末外出がすぐにできるから、あるいは次週のための準備ができるから、これらが本当の目的かもしれませんね。
(笑い)

実は、本当のところ私の謎解きも似たようなものです。「今週は何か面白いネタはないかな?」と考え、まず頭に浮かんだものを採用する。しかし、これでは単なる“なぞなぞ爺さん”になってしまうので、後からもっともらしい出題の理由(狙い)を考える。
要するに理由の後付けです。

情報分析をやっていて思ったことですが、偶然に起きることの因果関係を追いすぎて誤って解釈するということがよくあります。物事の発生に原因と結果の因果関係が常にあるのではなく、偶然の所産であることも結構多いのです。理由がないので、理由をこじ付けても当たらないわけです。

最後の謎解きの出題です。「なぜ、正月には子供にお年玉をあげるのか?」です。これは、知っている人は知っていますし、調べればすぐわかります。

調べても構いません。でも、本当の謎解きは、この出題から私がどんな教訓じみたものをアウトプットとして皆様に伝えるかという点です。

これが、わかれば、本連載の意義はあったということです。

さて、今回でラス前とします。これまで述べてきた軍隊式「状況判断」の利点、欠点などを述べて、最近ビジネスの世界で、にわかに注目されているOODA(ウーダ)ループの登場経緯などについて解説します。

(1)軍隊式「状況判断」の利点・欠点と、その活用場面

▼米軍式意思決定法の利点

 第一に、軍隊式「状況判断」(米軍式意思決定法)は、米軍がそもそも採用した理由からも類推できるように、実戦経験や知識のない者でも、マニュアルで可視化された論理的な手順を踏まえれば、正しい結論が得られるという点にあります。すなわち、百戦錬磨の指揮官も士官学校での初級将校も同じ結論に至ることができます。

第二に、経験豊富な者であっても直観的思考に頼ってばかりでは、いつのまにか状況が変化していても、「現状維持バイアス(状況はいつもと変わらないと考えること)」などが影響して判断を誤ることになります。
この論理的な手順を順次に踏むことで、判断ミスを低減させる効果があります。また、手順を振り返る(フィードバック)ことで、どこで間違えたのかという失敗の教訓を積み重ね、それが組織で共有することができます。

第三に、指揮官と幕僚が同一の手順を踏むことで、複数の幕僚の判断を取り入れ、指揮官単独の判断よりも客観的かつ微細な判断ができます。
指揮官が気づかない行動方針が幕僚から提出する、指揮官が考えていた行動方針の欠点やその対策などが明らかになったりします。つまり、「集団の英知」が発揮できます。

第四に、上級指揮官や国民などに説得力のある説明が可能です。指揮官には部隊の損害や部下将兵の犠牲を最小限にするための作戦であること、あるいはあったことを説明する責任があります。
合理的な手順を経て作戦を実施する、あるいは実施したと説明することが周囲を納得させ、執拗な批判の回避につながります。

第五に、組織員が同一の思考手順を踏むことで、組織内での意思疎通や意見交換が活発になるほか、他組織との共同連携が可能となります。
事実、米軍が開発した状況判断の思考過程の手順は、自衛隊のみならずドイツやフランスの軍隊、米国と同盟関係にあるカナダ・オーストラリア・韓国の軍隊もこの手順を学んでおり、それが訓練や実践の場での共同を円滑かつ実効性あるものにしています。

▼米軍式意思決定法の欠点

 第一の欠点は、米軍式意思決定法は地域や彼我の状況把握を前提とする思考方法であるため、状況の不明度が高くなるにつれ、論理的な思考手順を踏むことができない点です。
作戦開始前には、我が部隊の能力と作戦地域に関しては確実な情報が入手できますが、敵に関する情報(敵情)はなかなか上がってきません。
敵の単位が国家のように大きければ、国力や軍事力、国民性、慣用戦法、最近の類似事象などから敵の可能行動を予測できますが、テロ組織のように敵部隊の単位が小さくなるにつれて敵情把握は困難となり、軍隊式状況判断は役に立たなくなります。

第二に、軍隊式状況判断は任務分析を最優先し、任務を基礎に行動方針を選定する方法のため、状況の不明を理由に無理な目標を設定に固執するという点です。
前述のとおり、敵情は接触する以前にはなかなか明らかにならないことが多いので、任務への整合性ばかりを重視して、敵情判断を疎(おろそ)かにして、実行の可能性を無視した行動方針が採用される可能性があります。

第三に、複雑かつ詳細で面倒であり、時間がかかりすぎるという点です。これでは、次々と新しい状況が生起する現実の作戦戦闘では役に立ちません。
とくに現代戦は、個々の戦力がC4ISRで連接され、目標情報が同時かつ多様に出現し、迅速性な意思決定が求められます。このような現代戦には第二次世界大戦時に創設された軍隊式状況判断ですべてに対応することが困難になっています。

▼さまざまな場面で活用が可能

第一に、状況を幅広く考察して、彼の可能行動を案出し、彼我の対抗シミュレーションによって最良の行動方針を選定する手法は、国際情勢を判断して国家安全保障戦略を立てるなどの場面でも活用できます。

筆者は情報分析官として国際情勢の判断などに携わってきましたが、この種の分析手法は軍隊式状況判断の思考手順と非常に類似しています。つまり、初級幹部の時代に学んだ戦術の思考手順、特に状況の把握や敵の可能行動の列挙は国際情勢の分析や判断に役立ちました。

第二に、ビジネスにおける経営戦略や経営ビジョンを立案するなどでも役立つと考えます。安全保障環境もビジネス環境もよく類似しています。ともに競争原理が働いているので、彼我の対抗シミュレーションによって行動方針を選定する要領はビジネスでの競合他社との関係において役立つといえます。また、任務分析のやり方は、経営戦略やビジョン、さらには目標を組織で共有する上で役立つと考えます。

第三に、組織(集団)教育の場で活用できます。軍隊式「状況判断」は、共通の思考手順に基づく論理的思考法であり、マニュアル化されているので、誰もが容易に理解できます。
つまり、組織員が共通の土俵での教育・訓練を通じて、相互に切磋琢磨する中で個々の判断力を向上させることができ、組織全体としてのノウハウを蓄積することで、総体的な判断力の強化につながります。

第四に、個人や組織員の直観を鍛えることができます。「直観は、不可視を可視化する、暗黙知を形式知に置き換えることで養成される」旨を述べましたが、マニュアル化された思考過程を教育・訓練や実践場面で繰り返し活用することで達人が持ち合わせている直観やクードゥイユ(戦略眼)を少なからず養成することができると考えます。

ただし、米軍式意思決定法をさまざまな場面で活用するには、その本質をよく理解し、場面に合わせた応用が必要です。すべてにマニュアルどおり教条的に適用することは意味がありません。

(2)OODA(ウーダ)ループの登場

▼米軍は新たな意思決定法「OODA」を確立

米軍は、第二次世界大戦時に開発した意思決定法(軍隊式「状況判断」)を50年近く将校教育の中心に位置づけてきました。

ところが、1987年にジョン・ボイド(※)が開発した「OODAループ」が米軍の意思決定法に変革をもたらしました。

空軍パイロットであったボイドは1975年に空軍を退役し、その後はどの研究機関にも所属せずに個人で研究を続けました。彼は、第二次世界大戦のドイツの電撃戦の研究から、1987年に「OODA」を発表しました。

OODAは、「Observe(観察)」、「Orient(状況判断)」、「Decide(決定)」、「Act
(行動)」の頭文字四つで構成されています。(中村好寿『米軍意志決定の技術』の翻訳)

ただし、これら英語の翻訳にはさまざまあって、特に「Orient」は「状況判断」「情勢判断」、「方向性の決定(『ドイツ電撃戦に学ぶOODAループ超入門』)」「方向づけ」などと翻訳されています。

以下、私はOODAを解説する場合に、最も体を表している「方向性判断」と訳することにします。

米軍の中では米海兵隊が最も早くOODAに共鳴し、1989年にドクトリンとして採用しました。湾岸戦争ではボイドの意思決定論に沿って、迅速な機動展開によりイラク軍を包囲し、イラク軍の戦意を喪失させました。

そして1990年代に入り、米軍がRMA(軍事革命)を推進する中で、ますます迅速な判断や決断が求められるようになりました。

かくしてOODAが米陸・海・空軍の意思決定法としても導入され、2000年代のアフガン戦争やイラク戦争、対テロ作戦などの作戦ドクトリンとして採用されるようになっています。

突然の事態や難局に直面した際、多くの指揮官は直観的思考による即時判断で難局を乗り越えてきましたが、それは可視化されず、組織として共有されませんでした。しかしながら、ボイドの研究により、軍隊式「状況判断」では対応できない、一局面、一時点の「作戦実施型」の意思決定をリードする思考法としてOODAが誕生したのです。すなわち、それまで直観的思考法に依存する、あるいは米軍式意思決定法の一部だけを切り取る意思決定に対し、新しい可視化の概念が誕生したのです。

(※)ジョン・ボイド(1927~1997年)。
戦闘機パイロットとして24年間、米空軍に奉職し、
朝鮮戦争ではF-86のパイロットとして従軍し、撃
墜王の名をはせた。その後、教官となったボイドは、
パイロット仲間から「40秒のボイド」と呼ばれるよ
うになる。模擬演習で、空軍のみならず、海軍や海
兵隊の一流パイロットたちをいつも40秒で撃墜した
からである。
ボイドはパイロットとしての技術面だけでなく、理
論面でも優れていた。彼が大尉の頃に書いた『空中
戦研究』は、米空軍の公式原則(ドクトリン)とし
て採用された。また彼は、自ら開発したEM(エネ
ルギー機動性)理論をもとにF-15とF-16を設計に
関わり、「F-15とF-16の父 」とも呼ばれている。

▼ボイドが着目したドイツの機動戦

戦争の目的は我の意思を敵に強要することです。そのために米軍は従来、主として火力を集中して敵の将兵、装備品、軍事施設などを物理的に破壊することを目指してきました。

このような戦いを「消耗戦(Attrition Warfare )」と呼びます。これに対するのが「機動戦(Maneuverwarfare)」であり、火力ではなく主に機動により遂行される戦いです。

ボイドは第二次世界大戦でドイツの電撃戦に注目しました。電撃戦は機動戦の理論に基づいています。
ドイツのハインツ・グデーリアンは、航空部隊による近接航空支援との連繋の下で、相手の陣地防御に対して機甲部隊に縦深突撃を実施させ、ただちに敵の側面と背後に戦力を展開して包囲が完成するよう作戦を指揮しました。

1940年のフランスへの侵攻は、唯一の真の電撃戦といわれています。ドイツ軍のA軍集団が、マジノ線に対処するC軍集団と、欺瞞のためのB軍集団の支援を受けて、錯雑地であるアルデンヌの森を通過し、フランス陣地を突破し、フランス軍に対応の暇を与えずに包囲し、イギリス軍を大陸から撤退させフランスを屈服させることに成功しました。

ただし、ボイドがこの電撃戦から着目した機動戦は「機動力を発揮した消耗戦」ではありません。つまり、電撃戦の勝利は意思決定の速度の優越によって、敵に対して不利な態勢を強要して、戦闘意思を喪失させることにあると考えたのです。

「機動力を発揮した消耗戦」との違いを明確にするために「機略戦」(北村淳『アメリカ海兵隊のドクトリン』)とも訳されています。

ボイドは第二次世界大戦で、戦力で劣っているドイツ軍が意思決定のスピードでフランス軍を上回ったことが電撃戦の勝利につながったと分析し、この〝高速型意思決定〟の普及を開始しました。

ではボイドが提唱した「ボイド理論」とは、どのようなものでしょうか?

これについては次回(最終回)で解説することとします。

武器になる「状況判断力」(22)

比較要因に基づき最良の行動方針を選定する

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□はじめに

前回の謎解きは、「ウナギ屋、焼き鳥屋の秘伝のタレは、〇〇時代からずっと同じものであっても、なぜ腐らないのか?」です。

もともと糖分もあり塩分もあるので菌の発生は少なく、使うたびに全体を火入れし、使用後に残りかすなどを取り除き、定期的に加熱処理もしています。

ただし、腐らない理由の要点は、減ってくると新しいタレの素を作って足していく、すなわち、数か月で元のタレのほとんどは新しいタレと交換されるということです。

 長年の秘伝のタレも、わずかなエキスは残っていくが、どんどん新しいものと入れ替わります。

タレの味が良くて、繁盛するのは実は秘伝のタレではなく、職人の味付けであったり店の雰囲気であったりするのでしょう。

そういう目に見えないことが秘伝のタレを大切にしていくという具体的な行為によって伝承されることに価値があると筆者は考えます。

伝統も本質は残るものの、受け継がれるもののさまざまな状況の変化や時代の流れに応じて微妙に変わっていきます。「換骨奪胎」という四字述語がありますが、伝統を元にして自らのオリジナル性を加えていき新たなものを生み出すことが時代ニーズに対応することなのでしょう。

今回の謎解きは“自衛隊ネタ”です。「海上自衛隊が金曜日にカレーを食べるのは有名ですが、これはなぜか?」です。

ところで、これまで軍隊式「状況判断」について、第1段階から第3段階まで解説してきました。今回の第4段階の「各行動方針の比較」と第5段階「結論」で全手順を終えることになります。

しかし、おそらく最初の方の話は忘れてしまわれたのではないでしょうか。というのは、この軍隊式「状況判断」は手順が煩雑であるからです。

そこで、次回は少し復習の意味も込めて、軍隊式「状況判断」の利点と欠点を整理します。さらに、じ後の2回をもって、激動の現代に対応する迅速な意思決定法として注目されるOODAループなどについて解説しようかと考えています。

2021年もまもなく終わりになりますので、私の連載メルマガも本年末まで終わりとします。つまり今回を含めて残すところあと3回となります。

いましばらくおつきあいください。

▼軍隊式「状況判断」の思考手順

ここでもう一度、軍隊式「状況判断」の思考手順を復習しましょう。

・第1段階「任務分析」
上級指揮官から任務を与えられた任務を分析し、「自分は何をすべきか?」を明確にします。

・第2段階「状況および彼我の行動方針」作戦環境や敵・味方の戦力バランスや方策(行動方
針)を見積ります。
そして、敵の可能行動の列挙と分析を行ないます。敵が能力的に取りうる方策(可能行動)列挙し、それを敵の意図と兼ね合わせて、敵が採用するだろう可能行動の種類や採用公算の順位などを考えます。最後に敵の可能行動(複数)に応じた我の行動方針をいくつか列挙します。

・第3段階「各行動方針の分析」
敵の可能行動と、我の列挙した各行動方針を組み合わせて対抗シミュレーションを実施します。

・第4段階「各行動方針の比較」
第3段階で明らかとなった、行動方針の選定のための比較要因と、とくに重視する比較要因(加重要因)するなど比較要因の軽重を判定します。
そして各要因が各行動方針に及ぼす影響などを考察し、比較要因ごとに最良の行動方針を判断し、最後に総合的に最良の行動方針を選定します。

・第5段階「結論」
選定した行動方針に所要の修正を加えて、1H5Wのうち所要の事項を定めます。これが、事後の作戦計画の構想、つまり方針や指導要領となります。

▼各行動方針の比較

「各行動方針の比較」は第3段階「各行動方針の分析」と同時並行的に行ないます。すなわち、分析と比較をフィードバックしながらやっていきます。

第3段階では、敵の可能行動と我の行動方針の対抗シミュレーションの結果、我の行動方針の利点と欠点を明確にします。

その結果を踏まえて、第4段階では行動方針を補修します。この「補修された行動方針」が最終的な最良の行動方針の候補となります。

そこで「補修された行動方針」についてもう一度、利点と欠点およびその程度を考察します。そして利点、欠点のうち、行動方針に影響を及ぼすものを比較要因とします。

ここでは一例として、「戦いの原則」を比較要因として考察してみましょう。

古代から現代までのいかなる軍事作戦であれ、必勝の原理・原則があります。これを「戦いの原則(wars of principles)」と言い、わが国のみならず各国軍事も同じような原則を列挙しています。

なお陸上自衛隊は、戦後に米軍教範を基に『野外令』を制定する過程で、米軍の9つの原則をほぼそのまま踏襲し、(1)目標、(2)主動、(3)集中、(4)経済、(5)統一、(6)機動、(7)奇襲、(8)保全、(9)簡明の9つを「戦いの原則」としています。

たとえば、各行動方針の重要な判断事項が攻撃の方向であるとしましょう。
攻撃方向がA方向、B方向、C方向あれば、行動方針A(〇-1)、行動方針B(〇-2)、行動方針C(〇-3)の3つの行動方針が上がります。

そして比較要因には、「戦いの原則」を念頭に、(1)機動力の発揮(機動)、(2)火力の発揚(集中)、(3)企図の秘匿(保全)、(4)奇襲効果(奇襲)など、攻撃方向に影響を及ぼす要因を挙げていきます。

この際に注意することは二重評価の回避です。たとえば「総合戦闘力の発揮」と「機動力の発揮」を比較要因として挙げると、機動力は総合戦闘力に含まれるので二重評価となります。このような重複要因は列挙してはなりません。

また、A方向、B方向、C方向もいずれにも良好な機道路があり兵站支援などに支障がない場合には「機動力の発揮」は行動方針を選定するために必要ではありません。機動は戦いの原則、とりわけ攻撃方向を選定するための重大な比較要因ですが、この場合には比較要因とならないのです。

さらに、比較要因の中には特に影響が大なるものと、そうではないものがあります。つまり、影響が最も大なる比較要因を他の比較要因と同列に扱ってもよいかという問題が生じます。そこで、比較要因の軽重を判断する必要があるのです。

▼マトリックスを利用した行動方針の判断

要因ごとに各行動方針の優劣を判断します。これが部分結論になります。さらに、比重の大きい要因を重視して総合的に判断します。

以上のことを踏まえつつ最良の行動方針を選定する上ではマトリック分析手法が有用です。

マトリックスの縦列に比較要因を記入します。各比較要因の軽重を点数化し書き込みます。横列には行動方針AからCまでを挙げます。

要因ごとに行動方針の優劣を判断して、点数化(五段階評価など)します。す。升目の総点数が高いものが総合評価の結論、すなわち最良の行動方針となります。

マトリックスを利用したこのような分析手法は一般的な課題に対する意思決定にも有用です。

筆者は拙著『戦略的インテリジェンス入門』(*)の中で、「慰安旅行の行き先」を決定するためという事例で、マトリックス手法の活用要領を紹介しています。

その詳細は割愛しますが、行動方針である行き先に京都、大阪、沖縄、北海道を挙げ、比較要因として観光地、食事、娯楽、経費、気候を挙げて、その軽重を判断して、行動方針の優劣を判定しています。同著をお持ちの方は是非一読ください。

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▼結論から決定へ移行

最終の5段階「結論」では、選定した行動方針に所要の修正を加えて、1H5Wのうち所要の事項を定めます。結論が決心へと移行します。

決心は指揮の核心であり、計画・命令の基礎となり、指揮下部隊の行動の根拠となります。したがって、任務を基礎に部隊の行動準備の時間などを考慮して、戦機に応じた決心を行なうことが重要です。

状況の不明等を理由として決心をためらってはなりません。また一度決心をしたならば、むやみに変更することはできません。

すでに繰り返し述べていることですが、幕僚も幕僚見積を通じて、指揮官と同時並行的に状況判断を行なっています。特に、作戦幕僚が実施する作戦見積は、指揮官の状況判断と同一の思考手順で行なわれます。

したがって、指揮官は幕僚から幕僚見積の「結論」、すなわち最良の行動方針とその理由に関する説明を受けます。ただし、作戦幕僚などが判断した行動方針を指揮官が採用、拒否、変更(修正)するかは指揮官の自由です。

同じような思考手順を経て状況判断をしていても、幕僚と指揮官の結論が異なることはあります。なぜならば共に直観が働いているからです。

指揮官の状況判断は、幕僚の状況判断を活用しつつも一人で行なっているのでより直観が入り込む余地が大です。

しかしながら、複数人の幕僚による論理的思考が指揮官の直観的思考よりも正しいのかと言えばかならずしもそうでもありません。大局観に立った指揮官の直観直観が正しい判断であることが多々あることは過去の歴史が証明しています。

幕僚は決心することは許されません。決心は指揮官のみに与えられた権限であり、状況判断の結論を決心に移行できるのは指揮官のみです。

指揮官の状況判断は決心の準備作業であり、決心と直接につながっていきます。他方、幕僚が実施する状況判断(幕僚見積)は結局のところ、指揮官の状況判断の欠落事項をチェックする役割しかないのです。

 これが指揮官の状況判断と幕僚の状況判断の大いなる違いだと言えます。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(20)

行動方針を選定する上での3つの物差し 

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□はじめに

前回の謎解きは、「太平洋戦争末期、敗色濃厚の日本に対し、アメリカはなぜ徹底的な日本本土への空爆を行なったのか?」です。

 鈴木冬悠人『日本大空襲「実行犯」の告白』では、当時の陸軍航空軍総司令官であった、ヘンリー・アーノルド大将が「空軍の独立」のために、統合参謀本部などの圧力に押されて、陸軍航空軍の戦果を挙げるために日本本土への直接攻撃を行なったことを、彼の発言などをもとに検証しています。

陸軍航空軍の精密爆撃の効果が上がらないなか、統合参謀本部などから圧力を受けたアーノルドは焼夷爆弾による無差別攻撃を決断します。一般市民の犠牲を回避するという倫理観は麻痺していました。こうして終戦から2年後の1947年に、焼夷爆弾攻撃の成果が認められた陸軍航空軍は「アメリカ空軍」として独立を果たします。アーノルドは最初にして唯一の空軍元帥に昇進し、“空軍の父”として名を残すことになりました。

この謎解きから、1962年のキューバ・ミサイル危機を題材に米国の外交政策の形成過程を分析した「アリソン・モデル」を思い起こします。それは、「国家で単一の決定をし、政府は常に国益に照らし合わせて最も合目的的な選択をする」という第1のモデルのみで政策決定は行なわれないというものです。

すなわち、第2モデル「国家の行為は、政府の中のさまざまな組織が組織の影響力の最大化を目指して縄張り争いから表出する」、第3モデル「国家の行為は、政府の中の個人の対立や取引などの関係性から表出する」が大きく影響するということです。

 つまり、一見すると不可解な非道徳的、非合理的と思われる政策決定であっても、派閥争いや個人の敵対関係などの視点からは十分に妥当性のある選択肢となり得るのです。

 今回の謎解きはこの季節にちなんだものです。

 冬場になると磁気ネックレスがよく売れるそうです。でも磁気治療器が肩こりなどに効果があることの科学的根拠はいまだにないそうです。にもかかわらず厚生労働省は「家庭用永久磁石磁気治療器」として認定しています。では、お堅い厚労省は科学的根拠がないにもかかわらず、なぜ磁気治療器の効果を認めたのでしょうか?

さて、前回までは敵の可能行動について解説しましたが、今回からは我が行動方針に移ります。

▼我が行動方針の列挙

敵の可能行動の列挙、考察を終えたら、次は我が行動方針の列挙になります。

我(自軍)の行動方針の列挙では、任務分析で見いだした当面の目標を達成する行動方針を編み出す。
まず任務の達成が可能で、かつ戦術的妥当性のある行動を漏れなく列挙します。

列挙した行動方針の中で、事後の思考手順である分析および比較で検討する必要ないものを削除し、検討するに値する数個の特色ある行動方針を整理・統合します。

この行動方針は、「いつ(when)、どこで(where)、誰が(who)、何のために(why)、何を(what)、どうする(how)」を明示します。

つまり、行動方針が他の行動方針と比較できるに十分なほどに詳細になっていることが必要です。

▼行動方針を選定する上での3つの物差し

敵の可能行動にも、我が行動方針にも戦術的妥当性が必要となります。

「戦術的妥当性があるかないか?」の物差しは「スータビリティ(整合性、suitability)」、「フィージィビリティ(可能性、feasibility)」、「アクセプタビリティー(受容性、acceptability)」の3つの基準(判断要素)に集約できます。

整合性、可能性、受容性は、作戦レベルでの敵の可能行動の採用公算の順位の判断や、我が行動方針の戦術的妥当性を検討する場合のほか、あらゆるレベルや領域で活用できると言っても過言ではありません。

以下、順番に見ていきましょう。

1)整合性(適合性)
「我の行動方針が任務達成にどの程度役立つか?」という意味です。上位目標と下位目標との間には整合性が必要であると同時に、その行動方針が任務上の目的、あるいは任務分析で明らかとなった具体的な目標の達成に整合していなければなりません。

整合性は、「方向整合性」「達成度整合性」「時間・空間整合性」に細分できます。方向整合性は行動方針が「目的および目標に向かって進んでいるか」あるいは「目的達成の線に沿って進んでいるか」という物差し(基準)です。

可能性は、「目的および目標の達成にどれだけ寄与できるか?」という基準です。

そして時間・空間整合性は、「他の部隊との共同作戦の場合など、自分の部隊行動が全体的な計画と時間および空間的に合致しているか?」という基準です。

整合性があるかないかの判断は、目的や考察する視点などによって異なります。「東京五輪2020」では、テレビのワイドショーは「五輪反対」の論陣を大々的に張っていましたが、五輪が始まった途端、日本選手の活躍を「手のひら返し」のように報じました。

また、開催前には〝密〟を理由に五輪開催を決めた政府の決断を批判的に報道しましたが、一方、同じく甲子園での高校野球への中止報道はほぼ皆無でした。

これは一見すると整合性を欠く行動方針のようですが、政府批判を煽ることや視聴率を稼ぐという目的からすれば整合性があります。

要するに整合性があるかないかは、当面や建前の目標だけでなく、その先にある長期的、広範的、複眼的な視点から、最終的かつ深層的な目的から考察して判断することが重要です。

2)可能性
「我の内部要因がその行動方針を可能にするか、または行動に移した場合の難易はどうか?」という意味です。たとえば、他の物質から金(きん)を造ることはできません。金を造るという目的に対して、あれこれ錬金術を模索しても意味はありません。

達成可能性は物理的可能性だけではなく倫理的、道徳的、社会的な視点からも考察(点検)しなければなりません。たとえば、戦争に勝つために非人道兵器を使用する、オリンピック選手が勝つためにドーピングするのは物理的視点では妥当性のある行動方針ですが、倫理的、道徳的などの視点からは許されません。

前述の整合性は長期的かつ幅広く戦略的であるのに対し、可能性は短期的かつ局所的で戦術的です。そのため、「まだできる」「まだ大丈夫」「他社もやっている」という視野狭窄的な思考が先走り、整合性の観点を忘れ、最低限の可能性しか満たされていない方策に執着する可能性があります。

このような事態に陥らないために、常に「我は我が強みと敵の弱みを活用できているか?」「その行動方針は効率的に達成できるか?」などの視点が重要です。

3)受容性
受容性は負担可能性とも言います。これは「我の行動方針の実行に際して生じる負担や損失が任務の要求度に対して耐えられるか?」という物差しです。一般にはリスク管理の基準になります。

受容性は、「行動が成功した場合の利益と損失」「失敗した場合の損失あるいは現状への回復コスト」「成功および失敗の損失がもっと先にある目標への妨害の可能性」などの視点で点検します。

受容性は行動方針の妥当性を判断する上で最も重要な基準です。受容性はしばしば、最上位の意思決定層が当初の計画を変更あるいは放棄をすることの決定要因となります。

端的には、受容性は「費用対コスト」あるいは「ソロバン勘定」のことと理解すれば良いでしょうです。戦争はほとんどの場合が割に合わないものですが、それでも戦争が決断される理由には次のようなものがあります。

戦争をしなければ、失う利益が甚大であり、到底許容できない。勝利した場合に得られる利益が膨大である。戦争のための損失やコストは考慮するほど問題とならない。
相手の戦意は低く、まず負けることはない。すなわち勝算がある。

上述の(1)は主観的な価値判断ですが、それ以外は客観的な事実判断です。「イチかバチか」の戦略・戦術を好む者は、事実判断の客観性を失い、獲得する利益を過度に評価する傾向があるので注意が必要です。大東亜戦争戦時、日本は中国大陸の権益が失われることを到底容認できない((1))との理由で、(2)から(4)までが確保されないまま「イチかバチか」の決戦に打ってでたことは反省教訓とする必要があります。

価値判断と事実判断のいずれを優先するかの判断が非常に難しい課題となります。失う利益が甚大で((1))、博打的に膨大な利益が得られる場合((2))、その行動方針には一応の合理性があります。その場合でも期待利益(利益×勝利の確率)を算定し、これが著しく低い場合には価値判断を変更する覚悟が必要なのです。

▼戦史に見る価値判断の適用事例

元海上自衛隊自衛艦隊司令官の山下万喜(やましたかずき)氏は、これら3つの基準で日露戦争の意思決定プロセスを解説しています。

以下、要点を抽出、整理して述べます。

当時、日本側の攻撃で大打撃を受けたロシア艦隊は、新たにバルチック艦隊を編成し、太平洋艦隊を増強することを決断しました。日本海軍の連合艦隊にはバルチック艦隊を全滅する任務が与えられました。
連合艦隊はバルチック艦隊を1隻たりともウラジオストクに入港させず、兵力が集中できる狭い海域でロシアを迎え撃つ方針を採りました。そのため、どこに艦隊を配置するかが意思決定上の課題となったのです。

敵の可能行動には、バルチック艦隊が「対馬海峡」を通過する場合と、「津軽海峡」を通過した場合の2つが考えられました。

これに対し、我が行動方針である連合艦隊の待機位置は、朝鮮半島南岸の対馬海峡に近い「鎮海湾」
(O-1)、山陰・北陸の「隠岐島又は七尾湾」
(O-2)、そして北の津軽海峡に近い「むつ湾」
(O-3)が候補地となりました。

山下氏はこれらの方策を、各案が持つメリットとデメリットの点からマトリックス分析し、さらにこれらの予測結果を、

・スィータビリティー(どの程度役立つか?)

・フィージビリティー(実施できるか?)

・アクセプタビィリティー(結果に耐えられるか?)
の3つの観点から検討しています。(『テンミニッツtv』「なぜ東郷平八郎はバルチック艦隊を対馬で迎え撃ったのか?」)

上述の3つの方策には利点、欠点があります。

○鎮海湾で待機する(O-1)

バルチック艦隊が対馬海峡を通峡すれば、戦力を集中して海峡で待ち伏せができる(利点)とともに、もし撃ち漏らした場合でもウラジオストクまでの距離が大(600NM)であるので会敵機会が増大し、全滅の機会が多い(利点)。
 バルチック艦隊が津軽海峡を通過すれば、鎮海湾から急行したとしても会敵してからウラジオストクまでの距離が小(130NM)となり、全滅はほとんど不可能となる(欠点)。

○隠岐島又は七尾湾で待機する(O-2)

バルチック艦隊が対馬海峡に来ても、津軽海峡に来ても会敵し交戦が可能となる(利点)。
対馬海峡での迎え撃ちはできず、バルチック艦隊を日本海の広い海域に解放してしまうため全滅が困難となる。バルチック艦隊が津軽海峡に来ても、同様に、同海峡からウラジオストクまでの距離が小なので、全滅するのは困難となる。(欠点)。

○むつ湾で待機する(O-3)

行動方針は、敵が津軽海峡を通過すれば、待ち伏せ攻撃が可能となり、全滅の蓋然性が大となる。(利点)
敵が対馬海峡を通過すれば、会敵の機会が大幅に減少し、全滅の蓋然性が著しく低下する。(欠点)

結局、連合艦隊司令長官・東郷平八郎は対馬に近い鎮海湾での待機(O-1)を選択しました。

東郷は、バルチック艦隊が対馬海峡と津軽海峡のどちらを通峡するかの判断には迷いましたが、待ち伏せ攻撃が可能であって、敵艦隊を全滅できる機会が多い鎮海湾での行動方針を選択したとみられます。

他方、東郷は「バルチック艦隊が津軽海峡に向かったら、鎮海湾で待機していたら、会敵に遅れが生じ、全滅の機会を逃す」という欠点への対策として、津軽海峡に機雷を敷設しました。

山下氏は、「指揮官がスィータビリティー、つまりバルチック艦隊の全滅を重視すれば、鎮海湾またはむつ湾で待機することを選択するでしょう。フィージビリティーまで考慮すれば、少しでも有利な鎮海湾での待機を選択するでしょう。また、アクセプタビィリティー、つまり敵がどちらの海峡を通過しても対応できるようなリスク回避を重視すれば、隠岐の島又は七尾湾での待機を選択するでしょう」(前掲書)と分析しています。

また、「当時、こうした意思決定プロセスが日本海軍で採用されていたわけではないが、東郷は必然的にこれを実行したものと考えられる。この意思決定プロセスに基づくリスク管理は、指揮官や経営者など、重大な決心をする者にとって普遍的に通用するものだと考える」(前掲書)と述べています。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(19)

敵の可能行動を妥当性から考察する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の謎かけは、「なぜ、無料ロッカーの鍵は100円玉が必要なのか?」です。娘に質問したら、100円を使用させるため、一度100円を使ったらジュースなどに使用したくなるから、という応答でした。
でも、この問いかけをしたテレビでは、「顧客に対しロッカーの使用を1つに限定する」ためだと言っていました。

100円玉の無料ロッカーは銭湯などに設置されていますが、もし100円玉方式でなければ、一人でいくつものロッカーを使用する人がいるのだそうです。

実は私も、某所の「日帰り温泉施設」に行く時には、ゆっくりと時間を過ごすために、PCや本をもって行くのでロッカーを2つ使用します(そこは100円玉のいらない無料ロッカーです)。

しかし、100円玉方式の入浴施設では、100円玉をいくつも用意するのが面倒なので、1つのロッカーに荷物を詰め込んで済ませます。

テレビで「なぜ、無料ロッカーの鍵は100円玉が必要なのか?」と改めて問われ、それに対する回答を聞いて、自分の行動を振り返り、思わず「なるほど!」と唸ったのです。

無意識に行なっている行動の意味をなぜかと考えることは、人の行動特性などが認識でき、さまざまな問題解決のためのアイデアを生むかもしれません。

今回の謎かけは、「太平洋戦争末期、敗色濃厚の日本に対し、アメリカはなぜ徹底的な日本本土への空爆を行なったのか?」です。これは、ある著書からの出題ですが、そこには人間と組織の性が潜んでいることを思い知らされます。少し難易度は高いと思います。

さて、前回は敵の可能行動を兆候から考察することについて述べましたが、今回は妥当性から考察することについて解説します。

▼敵の可能行動を妥当性で考察

敵の可能行動は兆候に加えて妥当性で考察します。妥当性は情報の正確性を評価する際に「そんなことがあり得るか?」という尺度です。

また、妥当性は「戦術的妥当性」「戦略的妥当性」という複合語でよく用いられ、彼我の行動の是非を判断する尺度でもあります。「その戦略や戦術が目的に合致しているか?」「その戦略・戦術が可能か?」といった具合です。

妥当性という尺度で敵の可能行動を考察することは、兆候のあるなしにかかわらず、地域環境の特性、相手側の慣用戦略・戦術、最近の特異な動向、国民性、指導者・指揮官の性格、法律制度なども考慮して判断するということです。

妥当性は、不可視である自己の内面の思考に基づく判断であり、兆候のように実際に目や耳で探知できる明確な根拠ではありません。

能力判断と意図判断でも言及したように不可視なものに基づく判断には先入主観が入り込みやすいのです。だから能力ベースに基づいて意図を判断することが基本であるように、まず兆候で判断して、その後に妥当性という尺度でその判断を見直すことが原則となります。

つまり、「兆候上はこのような可能性がある」とはっきり述べて、その上でそれを反駁する情報がどの程度有力であるかを検証します。

作戦レベルでは、敵指揮官の性格や慣用戦法などは、結局のところ衝突するまでは不明です。だから、実際に目に見える兆候がより重要です。しかも兆候と重大な行動との因果関係が密であり、兆候は重要な指標(インディケーター)になります。

よって、まず兆候で敵の可能行動を立証し、兆候上から採用公算の順位を判断(判定)します。その後、戦術的妥当性の観点から採用公算の順位を見直すことになります。

▼妥当性を考慮重要することの理由

兆候は次なる重大な行動を予測するための指標ですが、その兆候があまりも少ない場合には妥当性の判断に委ねるほかありません。

また、兆候ばかりの判断では「木を見て森を見ず」の視野狭窄に陥いて大局判断を誤ることになります。
一方向ばかりの兆候が出現し、相手側の秘密保全により重点正面の兆候が発見できずに全般判断を誤る、あるいは相手側の偽情報に踊らされて誤判断に陥ることになりかねません。

さまざまな兆候から、相手側の戦略・戦術が推量されても、著しく妥当性を欠く場合があります。この場合、その兆候は偽情報、すなわち欺瞞として処理する必要がでてきます。

たとえば攻撃開始を示す事前の兆候があったとしても、その攻撃が著しく戦術的な妥当性を欠く場合、その兆候は陽動として処理します。これが妥当性の尺度を用いる意義です。

▼妥当性の誤り

情報分析の実務においては、妥当性の判断を誤るケースが多々あります。第四次中東戦争において、イスラエルは多くの兆候をつかんでいましたが、エジプトによる軍事侵攻の可能性を否定しました。

イスラエルの軍事常識ではまず航空優勢を確保した後に軍事侵攻を行なうのが原則です。だから当然「エジプトもそうであろう!」と考えました。つまり「エジプトは航空優勢を確保するために攻撃機とスカッドミサイルをソ連から輸入しようとしている。
それが輸入され、配備されない状況での侵攻はない」と判断しました。

しかし、エジプトのサダト大統領はスエズ運河沿いの防空網の外に部隊を進出させない限定的な作戦を実行しました。つまりスカッドミサイルや攻撃機に頼らない作戦を選択したのです。

人は誰でも「常識」という判断尺度をもっています。専門家や知識レベルの高い人になればなるほど「常識」を振りかざします。すなわち「妥当性」という判断尺度を過信して、重要な兆候を見逃してしまうことがあります。

そのため各国情報機関などは対策を考え、今日では妥当性を検証する分析手法として代替分析やリンチピン分析などが案出されています。

▼妥当性の判断が奏功したケース

前述のとおり、兆候と妥当性の判断が異なった場合は兆候を優先するのが原則ですが、妥当性の判断によって兆候とは異なる、正しい結論を導き出した事例も多々あります。

1962年のキューバ危機では、ソ連はキューバに核ミサイル基地を建設していました。当時、ソ連は米国に対して核攻撃をする能力を有しており、米国もそのことを知っていました。つまり、ミサイル基地は核攻撃の明確な兆候となり、核攻撃もソ連の可能行動の1つとして取り上げられました。

当時のケネディ政権は次のように考えました。「ソ連が採用する可能行動の第一は、中距離核ミサイルの配置による米国への政治牽制であろう。核攻撃を行なえば、米国から核による反撃を受けることをソ連は知っているはずである。
だから、キューバにミサイル基地を設置しても、ソ連が核攻撃を行なえば、米国を政治牽制するというソ連の当初の目的は達成できない。ソ連が核攻撃を行なう意図はない」と判断し、ソ連による核攻撃という可能行動は排除しました。

太平洋戦争中の大本営参謀の堀栄三少佐は、米軍によるフィリピンへの上陸地点の予測を命じられました。彼は「リンガエン湾、ラモン湾、バンダガスの3か所の上陸地点を考察し、まず兆候上から「リンガエン湾とラモン湾に上陸する蓋然性が高い、とくにラモン湾の蓋然性が高い」と判断しました。

しかし、堀少佐はマッカーサー司令官になったつもりで再検討しました。つまり、(1)米軍がフィリピン島で何を一番に求めているか(絶対条件)(2)それを有利に遂行するにはどんな方法があるか(有利条件) (3)それを妨害しているものは何であるか(妨害条件) (4)従来の自分の戦法と現在の能力で可能なものは何か(可能条件)の4つの条件に当てはめて再考したのです。

その結果、堀少佐は当初の判断を訂正して、「リンガエン湾への上陸の蓋然性大」との最終判断を下し、米軍の行動を見事に的中させました。

堀少佐は、妥当性を絶対条件、有利条件、妨害条件、可能条件といった基準に分解し、妥当性の判断を行ないました。

よく妥当性の判断の基準としては、整合性(適合性)、可能性、受容性の3つが用いられます。これは我が行動方針を選択する際の基準でもあります。

次回は我の行動方針の列挙および彼我の行動方針の比較などについて解説します。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(18)

敵の可能行動を兆候から考察する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「中国では漢民族の王朝である明を満州族が倒して清王朝を樹立(1616年)したが、どうして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」です。

歴史では、「これが確実で決定的な理由だ」と断定的に述べることは禁物ですが、一つの見解を紹介します。

清王朝の繁栄システムを作ったのは康熙帝です。ふつうは征服した民族が征服された民族を同化させようとするものですが、彼は満州族を漢民族に同化させる政策を採用しました。宮廷でも満州語や満州文字ではなく漢字や漢語を使用しました。

また歴史的な官僚システムである科挙も採用しました。この試験は漢文で出題される試験であったために、満州族の合格者はほとんどおらず、漢民族で占められました。よって満州族は中級公務員試験を受け、官僚としての満州族は漢民族の下位に位置付けられました。

軍事は「発旗」と呼ばれる満州族の軍隊が中核を占めましたが、生活水準は中流であり、規模も数万人程度であり、大人口を抱える中国では大軍ではありませんでした。

結果として、征服王朝でありながら満州族は漢民族の強い恨みを買うこともなく、このことが漢民族も納得できる政治形態を作り上げたのです。(以上は川島博之『極東アジアの地政学』を参照)

さて、日本による朝鮮、満州、支那の統治はどうだったのでしょうか。詳細は割愛しますが、現地民族から反発が生じました。これが満州事変から泥沼の日中戦争へと向かった原因であるとみられます。

前回の問いが少し難しかったので、今回はテレビで偶然知った「なぜ、無料ロッカーの鍵は100円玉が必要なのか?」です。この答えを聞いて、私は自分の行動を照らし、思わず「なるほど」と唸りました。皆様も自分を見つめ直し、この問いを考えてみてください。

▼敵の可能行動の分析

敵の可能行動を列挙したら、次は敵の可能行動の分析です。分析を行なうことにより、結論として、「敵がどの可能行動を採用するか蓋然性(採用公算)が高いか」、「我の任務に重大な影響を与える可能行動はどれか(敵の強み)」、「我が乗じ得る敵の弱点は何か(敵の弱み)」などを明らかにします。

敵が同時期に採用する可能行動を明らかにするには「採用公算の順位」を判定(判断)します。たとえば、「敵はどの方向から攻撃するか?」という問い(情報要求)に対し、「敵はA方向から攻撃する公算が最も高い、次いでC方向、次いでB方向の順」といった具合に判断します。この採用公算の順位は敵情判断のキモであり、我が行動方針の列挙・分析へと導くものです。

採用公算の順位は「兆候」と「妥当性」の両面から考察、判断します。まず兆候上から採用公算の順位を考察し、次いで戦術的妥当性の観点から順位を考察し、最後に総合的に順位を判断します。

▼兆候とは何か?

兆候とは物事の前触れであり、「インディケーター」、「シグナル」、「予兆」、「前兆」などとも言います。たとえば、くしゃみは風邪の兆候です。へんな雲が発生する、深海魚やイルカなどが浜に打ち上げられる、ネズミなどの小動物が動き出す、温泉の水質が変わる、これらは大地震の兆候だとされます。

自然現象の兆候を事前に探知することは容易ではありませんが、人為現象では本格行動を起こす前には何らかの準備行動が必要なので、兆候として事前に探知することは自然現象での探知よりも容易です。

『孫子』では戦場で高く舞い上がる砂塵は戦車部隊の来襲の知らせといっています。誘拐事件の事前には、よく無言の不審電話があるといわれますが、これも重大な兆候です。

思いがけない危機が突然訪れた場合、「奇襲」「サプライズ」という形を取りますが、その方向に動くという「兆候」の「シグナル」は常に存在しています。

ところが、奇襲だと感じるのは、相手側の秘密保全と欺瞞的行動に引っかかり、受け手側(我)が兆候の「シグナル」を読み取れない状況(環境)に陥っているか、あるいは「希望的観測」「先入主観」「狼少年症候群」などにより兆候のシグナルを「ノイズ」として排斥しているのに過ぎないのです。

▼兆候を見逃さないために

安全保障の分野に限らず、兆候が何を意味するのかを判断できれば、近未来が予測できます。相手側に先行して我が行動する、あるいは敵に先回りして、敵の行動を妨害するなどして、我が主導権を握ることができます。

兆候は視覚、聴覚で実際に探知できます。しかしながら、可視的なものも意識しなければ見過ごすことが多いものです。たとえば、誘拐事件の兆候とされる、自宅周辺での不審者の徘徊と無言電話による偵察活動なども、誰かの家探しや、単なる間違い電話と処理され、「そう言えば・・・」と後になって気づくことになりがちです。

だから、主動的に想像力を働かせ、相手側に立って、行動の目的は何か、目的を達成するためには何をしようとしているか、そのために必要な事前準備は何か、それらの準備行動は能力的に可能であるかなどを考察して、生起し得る兆候を探し出す必要があります。

旧軍の情報参謀であった堀栄三氏は、缶詰と医薬品の株価が上昇したことで、米軍によるフィリピン島への侵攻を予測しました。堀氏は、敵国の立場に立って、戦争では大量の食糧の携行品が必要となり、傷病者の手当のための医薬品も準備する必要があることを認識したのでしょう。

重要な兆候を見逃さないようにするためには「兆候リスト」の作成が重要です。これは、過去の事象や行動経験からある種のパターンを読み取り、ある重大な行動などにつながる重要な事前行動など(兆候)を一覧表にしたものです。

兆候リストに基づき情報を集め、兆候リストに該当する行動などが実際に起きれば、未来の重大な行動などが近づいていると判断します。

米陸軍のかつての『戦闘インテリジェンス』には、敵が攻撃する場合の兆候に、(1)偵察から隠蔽するための隠蔽手段の建設ないしその強化、(2)敵部隊の前方への移動、(3)敵部隊の前方集合地点への配置、(3)砲兵の最前方への配置、(4)パトロールの強化、(5)敵部隊が縦長になる、(6)援護部隊を強化するか新しい部隊と入れ替える、(7)後方地域での活動の強化、(8)
司令部、補給、傷病者後送施設の前方の配置、(9)敵野砲の我が防衛線内地域への試射、(10)空中偵察の増加、(11)組織的空爆(加藤龍樹『国際情報戦』)が挙げられていました。これらは、現代の戦闘にも通用する兆候リストになるでしょう。

「兆候リスト」に基づく情報収集は効率かつ効果的です。なぜならば、情報集は「問い」(情報要求)や「枠組み」(問いを解明するために知っておくべき事項の種類と範囲)の設定によって行なわれるものです。そして兆候リストとは、問いや「枠組み」をさらにブレークダウンしたものです。すなわち、情報収集の重点方向を明確にするものなのです。

第二次世界大戦時、アメリカの海軍大佐の情報将校のザカリアス大佐はあらゆる航路からの日本商船の引き上げ、無線通信の増加、ハワイ航路における日本潜水艦の出没は日本海軍の奇襲の兆候リストに挙げて、関連情報を収集し、成果を上げました。

▼兆候リストを作成する思考法

兆候リストの作成にはクロノロジーとシナリオ・プラニングの思考法を理解する必要があります。

クロノロジーは、過去に起きた事象や行動を時系列に羅列した一種の年表です。情報分析では解明すべき「問い」や「枠組み」に基づいて、必要な事象などを抽出する作業が必要となります。その際、ある事象が他の事象と関連している、規則性があるなどのことが明らかになれば、それらは、未来の重大な事象の兆候であるかも知れません。創造力を発揮して、クロノロジーを未来に延長することで兆候リストを作成することができるのです。

シナリオは「未来における現在進行形の物語」です。シナリオを作成することをシナリオ・プランニングといいますが、この手法には「バックキャスティング」と「フォアキャスティング」があります。バックキャスティングは未来に起こりそうな事象や望ましい未来像を設定し、それが起こるためにはどのような条件が必要か逆行的に考察します。この際の条件が兆候となり、それを掘り下げることで兆候リストは作成できます。

 かたやフォアキャスティングの手法は、過去や現在に至るトレンドを何らかの形で未来に延長します。

 前述のクロノロジーはフォアキャスティングによるシナリオ・プランングの一つの手法として活用できます。

 国際情報分析ではバックキャスティングとフォアキャスティングを併用した分析が行なわれ、これはフィードバック的思考と呼ばれます。「クロノロジー&タイムライン」はその典型ですが、本ブログで図示できないのが残念です。(拙著『戦略的インテリジェンス入門』、『未来予測入門』参照)

 なお、「クロノロジー&タイムライン」はビジネスにおいても適用できると考えます。「競合他社の合併はいつか? その兆候としてはどのようなことが起こり得るか?」などをテーマ(問い)にしたシナリオに適用できるでしょう。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(17)

敵の可能行動の列挙と分析

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□はじめに

前回の問いは、「1979年に折原製作所が開発したトイレの擬音装置「エチケットトーン」の開発はなぜ行なわれたのか?」です。

日本人女性はトイレを使用する際に起こる様々な音が恥ずかしいようです。そのためそれらの音を消すためにトイレの水を出し続けるのだそうです。

擬音装置は節水のために開発されたのことです。実際に擬音装置によってトイレの使用水量は半分以下になったようです。擬音装置の目的は「音を消すため」と言ってしまえばそれまでのことですが、その少し先にある目的を探ることが重要なのです。

今回の問いは、歴史からの出題です。中国では漢民族の王朝である明を満州族のヌルハチが倒し、清王朝を樹立(1616年)します。「どうして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」です。これは「なぜ日本が満州や朝鮮の統治に失敗したのか?」という問いに転換できそうです。

今回は、軍隊式「状況判断」の第二アプローチの「状況及び行動方針」の5回目です。今回は、敵の可能行動をどのように列挙するのかについて解説します。

▼敵の可能行動の列挙

相対的戦力の評価を終えたならば、次は敵の行動方針を列挙します。敵の行動方針は、自衛隊用語では「敵の可能行動」と呼んでいます。

敵の可能行動とは我が任務の達成に影響を及ぼす行動であって、敵が能力的に実行できる行動です。可能行動の列挙は、指揮官の状況判断を適切にし、かつ奇襲防止のために行ないます。そのため、まずは我の任務達成に影響する可能行動を漏れなく列挙することから開始します。

その手順は、最初に我が任務、地域の特性、敵情、我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る行動の概要を想像的思考で列挙します。次にその行動が行なわれる場所・時期・戦法などを考察して、可能行動を具体的にしていきます。

次いで、列挙した可能行動から、我が任務にあまり影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への影響度の差の少ないものは整理・統合します。

敵の可能行動の列挙は通常、情報幕僚が「幕僚見積(情報見積)」として実施します。情報幕僚は自らの見積の判断結果を指揮官に具申し、指揮官がこれに同意すれば指揮官の状況判断に取り入れられます。
指揮官は情報幕僚の判断をそのまま採用することもあれば、拒否することもあり、さらに敵情の把握と幕僚見積のやり直しを命じることがあります。

▼わが国では能力判断が基本

敵の可能行動の列挙は敵側の立場に立って、意図と能力の両面から考察する必要があります。

まず能力的に実行が可能であって我が任務に影響を及ぼす行動を能力判断で列挙します。その上で行動を行なう意図(意思)があるかの判断(意図判断)を重ねて、列挙した可能行動の実行の可能度などを明らかにし、さらに分析を深めるべき敵の可能行動を絞り込みます(能力判断)。

意図判断と能力判断は状況判断を行なう上で非常に重要なので、ここで詳しく解説します。

我が国の安全保障では「能力判断の優先」を基本としています。まず、相手国の能力を掌握することに焦点を定め「どのような能力を持っているか?」ということを解明します。その後に、相手国が「何をしようとするのか?」という意図を推測、判断します。作戦分野に至っては、意図の解明を追求することに対して極端に否定的な立場さえ提示されてきました。

これは米国による意図判断による失敗を教訓としています。米国は朝鮮戦争において「中国は国内経済優先の折だから中国軍の介入はない」とし、ベトナム戦争では「北ベトナムがいかなるゲリラ的、人民戦争的な能力を保有しているか?」よりも、自らの北爆の効果を過大視して、「北ベトナムが立ち上がる気力は失せた」と判断しました。いずれも能力よりも意図を重視して敵の可能行動の判断を誤ったのです。

他方、能力は可視的であり、急激な変化はありません。能力判断は理論的に計測できる事実に立脚しています。したがって、能力判断は意図判断に比して誤判断が少ないのです。さらに能力判断は奇襲や想定外の最悪ケースにも対応できます。

▼能力過大、過小評価はしない

能力判断では過大評価、過小評価をしないことが重要です。情報が不足している、未知の状況に遭遇する、行動のための準備が不足していれば、誰しもが相手側を過大評価する傾向になります。

クラウゼビッツは、「危機についての情報は、多くは虚偽か誇大である。そしてこれは大海の波のように押し寄せて来て、高くなったと思うとたちまち崩れ、なんの原因もないのにまた高まってくる」と述べています。つまり、戦場での心理的恐怖から過大評価し、状況判断を誤ってはならないと警告しています。

試験会場に行って、周りの人たちが自分より優秀に思えて、実力を発揮できなかったとよく聞きます。
これは情報が不足していることから不安感が大きくなり、自分を過小評価し、周囲を過大評価してしまうのでしょう。

相手に対する過大評価は我を委縮させ、折角のビジネスチャンスを見逃すことにもなりかねません。他方、相手への過小評価によって予期しない事態を招くことも多々あります。「こんなはずではなかった。舐めてかかって痛い目にあった」ということになります。こうした過小評価による状況判断の誤りを回避するためには、その背景を理解する必要があります。

我に時間的余裕があり、さまざま情報が集まり、我の準備が周到に進められると、だんだんと我を過大評価し、相手を過小評価する傾向が強くなります。
1973年の第四次中東戦争の事例を出すまでもなく(イスラエルがエジプトを過小評価したことで奇襲を受けた)、連戦連勝で我に対する驕りと敵への過小評価が原因で国家が危機状況に陥ることが多々あります。

旧日本軍の戦史を回顧すると、戦場から離隔した司令部などでの状況(情勢)判断では、敵に対する過小評価がしばしば起こっています。戦争は勝利を目的・目標とする集団行為であるので、〝必勝の信念〟を醸成するうちに、それが我の過大評価と敵の過小評価を生んだのでしょう。

個性、性別、能力レベルなどによって過大評価、過小評価は起こります。自信家の指揮官は敵軍を過小評価します。男性は自分を過大評価し、女性は過小評価をする傾向が強いとされます。能力の低い人に限って自己を過大評価する(ダニング=クルーガー効果)と言われています。こうした特性を知っておくことが、個人および組織から過大、過小評価を排除することの基本です。

▼能力は変化していることに注意

能力は意図よりも変化しにくいとはいえ、不変ではありません。我の能力向上とともに敵の能力も同時に向上しています。運動選手が自己記録を伸ばし、「これならばライバルに勝てる」と自信をもって試合に臨んだところ、相手が自分以上に能力を伸ばしていてコテンパンにやられることはよくあります。

すなわち、能力は常に変化するものだとの認識を持つ必要があります。現在の能力の進展性のみならず、潜在能力の開発を考慮し、他方で能力の減衰にも留意し、能力データベースを常に刷新することが重要です。

能力にはプラスとマイナスの両面があります。だから能力の構成要素を単に足し算するのではなく、各種の制約要因を考慮して引き算することも重要です。
可能な限り定量的(数量的)な評価に留意し、相手側の能力を総合的に計数化することが必要なのです。

能力が可視的といっても不透明な部分や多々あります。相手の主張を否定する明確な根拠がない場合には額面どおりに評価することが必要です。たとえば2017年、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した際、それを最初から訝(いぶか)る意見がありましたが、このような感覚的な過小評価は危険です。

▼能力判断の限界

能力判断は目に見えやすいので論理的思考が活用でき、状況判断を誤りにくいとされます。しかしながら、能力ベースでは「これもできる。あれもできる」となり、相手の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

また、すべての事を能力判断に依存することは現実的でありません。たとえば、中国はわが国に対してミサイル攻撃を行なうことや南西諸島に奇襲侵攻する能力を有し、ロシアもわが国道北部への奇襲侵攻の能力を有しています。これら能力的に可能な行動をすべて列挙して、完全な防衛態勢を取ろうとすれば、国家財政はたちまち破綻してしまうであろうし、現実的に不可能です。ここに能力判断の限界と意図判断の活用の必要性が生じます。

▼意図判断の可能性

 そもそも意図は不可視であり、正確な判断は容易ではありません。しかし、意図判断が全く不可能だというわけではありません。環境の制約など全くなしで、国家や企業などの意図が形成されるわけではありません。一党独裁国家であっても、第三国との関係、国内外世論、国際法や国内法を無視した国家戦略の追求は困難です。

通常、我より圧倒的に優越した能力を持つ敵は能力的にはいかなる行動を取ることもできるように見えます。しかし、現実にはさまざま制約要因が存在し、それらが意図の形成に影響を及ぼしています。

たとえば、ある中小企業が垂涎の技術をもっているとして、大企業はその技術を手に入れるために、この中小企業の買収を検討したと仮定します。大企業は原材料のサプライチェーンの断絶、取り引き銀行からの融資の中断などで中小企業の経営を圧迫させて、しかるのちに買収工作を働きかけることは可能でしょう。

しかしながら、こうしたダーティーな工作が公になれば、長年築いてきた企業ブランドを失うことになります。つまり、大企業は自らの行動方針(買収工作)のプラスとマイナスを比較考量した上で、行動方針を決定することになります。

つまり、相手側にどのような制約要因や弱点があるかを考察することで、意図の推測や判断を行なうことは可能です。

また国家や大企業のように対象が大きければ大きいほど意図を実際の行動に移すにはリードタイムと期間が必要となります。たとえば国家が戦争を行なうには国民に対する広報活動や各種の戦争動員が必要となります。よって時系列的な分析を継続し、その変化の兆候を察知し、その意義付けを的確に行なうことで意図の推測も可能となります。

▼意図判断を行う上でのポイント

前述のように、能力判断による、敵の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

だから、ついつい「まさか相手はこんなことはしないよな」といった具合に、相手の意図を最初に推測して、たいした根拠もなしに蓋然性が小さいと思われる可能行動をメンタルチェクして除外してしまうのです。筆者はこれを〝意図判断の誘惑〟と呼称し、思い込みによる意図判断を行なわないよう自戒してきました。

思い込みによる安易な意図判断を回避するためのポイントをまとめてみます。第一に、相手側の置かれている環境調査(分析)をしっかり行なうことが重要です。たとえば、相手国の意図は置かれている環境と大きく関係しています。そのため地理、政治(イデオロギー、法律、主要人物など)、経済、社会(国民性、世論、マスコミなど)、外交、軍事(兵力、装備
、運用ドクトリン)などの要因が相手側の意思形成にいかなる影響を及ぼしているかについて分析する必要があります。さらに彼我の地域を取り巻く歴史的背景、過去に発生した事例および結果などを研究する必要があります。

第二に、相手側の立場で自己分析と環境調査を行なう必要があります。相手側が自己をいかに評価し、自らの弱点をいかに認識し、それをどのように克服しようとしているかについて分析します。このため、我の戦略を構築するための手法であるSWOT分析を相手側の立場で行なうことは有効とされます。

第三に、敵の意図を推量する上では指揮官やリーダーの性格、趣味・嗜好に着目します。太平洋戦争の口火を切った山本五十六連合艦隊司令長官は大変に勝負事の好きな人物であり、ワシントンの武官事務所で当時将棋の相手をしたことがある(株)極洋の法華津孝太会長が、「将棋はどうも攻め一方で、いささか無理筋のきらいがあるように思う」と言っています。そうした性格を総合して、「戦争の始まるまえに、アメリカがもし日本海軍の主将の性格をもう少し突っこんで調べていたら、山本なら海戦の時いきなりハワイを突いて来るかも知れないということは十分察しられただろう」(阿川弘之『山本五十六』)と語っているようです。

第四に相手側の弱点を探し、その改善につながる兆候を探します。相手側は行動方針を決定する前に、弱点に対する対策を全力でとろうとします。たとえば中国が台湾に対して着上陸侵攻を行なう場合、現在の最大の弱点であるとされる揚陸能力を改善する必要があります。つまり、揚陸能力の急激な改善という兆候が出てくれば、中国による対台湾軍事侵攻の意図が高まったと判断することが可能となります。

第五に認識上のバイアスを排除します。意図は不可視的であるので、そこには希望的観測、
先入観などが容易に入り込みます。また意図は個人の気分や国際情勢の急変などによって変化します。自己の尺度で相手側の意図を見積るバイアス(ミラーイメージグ)を排除し、相手側の立場になり切って推察します。認識上のバイアスを回避する、あるいはバイアスに陥っていないかを点検したりするためには、グループ討議や分析手法の活用が有効です。

次回は敵の可能行動の分析について、兆候と妥当性の尺度で考察することについて解説します。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(16)

国力や企業力を算定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「福岡市は人口増大、成長目覚ましい。神戸市は人口減少、衰退の一途。ともに政令指定都市の中堅であった両市は対照的な状況。これはなぜ?」です。

神戸市は大阪市に人口が吸収されてしまう、阪神・淡路大震災のトラウマから高層ビルの建設や利用が進まない。このようなことが神戸市の人口減少などの原因のようです。他方、福岡市は、福岡市に次ぐ九州地方第2位の北九州市とも近く、一体的な活性化が可能ということです。

東京を中心に物事を考えれば、福岡県は遠い地方という印象ですが、北京と東京の距離は2098km、北京と福岡は1453km、上海と東京は1764km、上海と福岡はなんと905kmです。ちなみに福岡と東京は885km。

中国を基点にすれば、福岡よりも東京の方が〝地方〟なのかもしれません。北九州に本社を置く安川電機は、中国へのロボット機器を輸出することを生業としていますが、地の利を活かしていると言えるかもしれません。

今回の問いは、最近の『日経新聞』記事からの出題です。「東京オリンピック2020」で、外国人記者は東京のトイレの音消し(擬音装置)に驚いたようです。本格的な擬音装置が登場したのは1979年に折原製作所が開発した「エチケットトーン」だそうです。

では、折原製作所はなぜ、このような擬音装置を開発したのでしょうか? 少しひねりを利かすと回答は出てきます。

今回は、軍隊式「状況判断」の第2アプローチの「状況及び行動方針」の4回目です。今回は国際情勢やビジネスにおける彼我の相対的戦闘力について考察します。

▼国力評価の基準を考える

作戦地域での相対的戦力をグローバルな国際社会に置き換えれば、無用な衝突や戦争を回避し、国際社会の安定した秩序形成のための国力比較(相対的国力)という思考に至ります。

国際社会では、国力が大きい国は大国として大きな存在感を示し、小国は大国に従うということは自然の摂理のようなものです。

冷戦期には、米国とソ連の二大超大国が勢力均衡で存在し、これに挑戦する国は存在せず、全体として大規模な戦争は回避されていました。つまり、国力が対外的に明示されることで抑止機能が働いていました。

国際社会秩序の形成のための取り組みなどの目的で、国力を算定する試みが国際政治学者などによって行なわれました。著名な国際政治学者ハンチントン教授は、国力の要素を(1)国土の戦略的地勢、(2)人口、(3)産業・経済力、(4)民族の性質、(5)国民の団結・指揮、(6)政権の統治力、(7)外交力、(8)軍事力の八要素に区分しました。

ジョージタウン大学のレイ・クライン教授は、各種要素を数値化し、次のような国力算定の方程式を考案しました。

国力=(〔基本指標:人口+領土面積〕+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

ただし、この数式ではハード面の評価はともかく、ソフト面(戦略目標×国家意思)の評価如何によって積の結果が大きく左右されます。

クライン教授は1980年代に出版した著書『World Power Trends and U.S. Foreign Policy for the 1980s』の中で、同方程式を紹介し、国力比較をしています。日本はソ連、米国、旧西ドイツに次いで4位となっていますが、これは、日本が戦時中に見せた大きな団結力を高く評価した結果です。

現在は、冷戦が崩壊し、世界のグローバル化が深化し、ICT化が発達しています。よって情報力、テクノロジーといった要素が国力に及ぼす影響が大きくなっており、クライン教授の伝統的な方程式には修正すべき点があるとみられます。

▼NICによる『グローバル・トレンド』

米国の国家情報会議(NIC:National IntelligenceCouncil)は米大統領のために中・長期的予測を行なう諮問機関です。NICは1996年以降、4年に一度の大統領選の年に合わせて、15~20年間に及ぶ世界情勢を予測・分析し、「NIC Global Trends」という報告書を発表しています。

米大統領はこの報告書を参考に国家戦略などを練ることになります。その際、世界に影響を及ぼすパワフルな国家・組織(以下、主要国等)の国力を試算して未来をシミュレートしています。

1996年からの旧モデルでは「GDP」、「人口」、「軍事費」、「技術投資」の4点で国力を試算していましたが、2012年の「2030年のグローバル・トレンド」(GT2030)では、旧モデルに加えて「健康」「教育」「統治」の3点を加えた7点方式の新モデルを採用しました。

その結果、旧モデルの国力比較では2032年頃に中国が米国を追い抜くものの、新モデルの国力比較では中国が米国を追い抜く時期は2043年頃にずれると予測が出しました。(『GLOBAL TRENDS 2030;2030年世界はこう変わる』講談社)

なお日本については、旧モデルの国力比較では2012時点ですでにインドに追い抜かれていますが、新モデルの国力比較では2019年頃にインドに追い抜かれると予測しました。

▼相対的国力の算定は戦略構築の原理・原則

NICの国際情勢予測は、主要国の相対的国力が世界のメガトレンドに影響を及ぼすという考え方に基づいており、軍隊式「状況判断」の相対的戦力の応用であるとも言えます。

そもそも、環境(地域)の上に、自国(我が軍)と、戦略を立案する上で重要な対象国(敵軍、第三国軍)を載せて、未来を予測し、その上で戦略(行動方針)を選択するという思考法は『孫子』以来の不変の原理・原則であるといえそうです。

ただし、世界のグローバリズムやテクノロジーの発達レベルに合わせて、国力を試算する構成要素や算定法は修正する必要はあります。

2021年4月、前述のNICは「グローバル・トレンド2040」(GT2040)を発表しまたが、ここでは、「人口」、「環境」、「経済」、「技術」という4点から国力を算定しています。大きな違いは「軍事」を採用しないで、代わりに「環境」を採用している点です。

現在はSDGs(持続可能な開発目標)やESGという言葉を聞かない日はありません。環境が未来の国力の重要な構成要素になることに異論はありませんが、他方で国力における軍事の要素は依然として無視してはならないと筆者は考えています。

▼人口は未来予測のための重要な指標

「GT2030」では、日本は米国、中国、ロシア、インド、EUとともに、世界に影響を及ぼすパワフルな国家・組織の一員とされていましたが、「GT2040」では、日本をそれら国家・組織の一員として加えられていません。

「人口」、「環境」、「経済」、「技術」の中でも、「人口」は最も固定的で信頼できる指標です。日本は人口減少に伴う労働力の減少、柔軟性のない移民政策などによって、低い需要と低経済成長が続き、2040年にはGDPはインドに抜かれ第4位になると、「GT2040」では予測されています。

中国は2030年ごろにはGDPで米国を追い抜く可能性があるが、中国は2010年から人口ボーナスから人口オーナス(少子高齢化の構造がもたらすマイナス影響)に転換しており、今後は一層生産人口の減少に苦しめられるので、そのまま中国が米国の経済力を追い抜く可能性は極めて低いと、多くの政治・経済学者は予測しています。

いずれにせよ、世界の国々の国力をさまざまな指標から評価し、それを基点に国際政治の未来を予測し、各国は国家戦略を構築しているのです。

▼ビジネスでも相対的戦力の算定は企業経営で重要

ビジネスでも相対的戦力の考察・比較は重要です。既述したフレームワーク(「SEPT」、「3C」、「4P」など)を活用して、自社と競合他社の企業力を比較し、競業他社の特性や弱点、我の勝ち目を明らかにすることは企業経営でも珍しくはありません。

企業力の構成要素はさまざまな視点から抽出できます。『孫子』では、敵と我を見るうえで「道、天、地、将、法」という5つのフレームワークを設定していますが、これらはビジネスでは次のように変換できるでしょう。

道……会社のビジョンや経営理念
天……時流、タイミング、災害や事故
地……立地条件、インフラ、市場
将……役員会、管理職
法……社則、社規、組織、制度、コンプライアンス
、保全体制

▼ケイパビリティとコアコンピタンス

ビジネス書では「ケイパビリティ」と「コアコンピタンス」という用語によく接します。それぞれ、前者は「事業において、さまざまな役割を持つ社員が社内外で連携して、一連のビジネスプロセスを実行する総体的な能力。企業全体が持つ組織能力、また企業が得意とする能力」、後者は「事業で重要な役割を果たす製品を設計、加工するために重要な技術」などと訳されています。

「ケイパビリティ」は、軍事でいえば陸・海・空およびサイバーや宇宙空間における物心両面の軍事能力を総合運用する能力に相当します。一方の「コアコンピタンス」は最新鋭の兵器を製造する軍事技術力ということになります。

軍事力を評価する際には、軍事技術と軍事運用能力の両面から評価することが一般的であり、要するに能力評価の本質部分は軍事もビジネスも変わりはないと言えます。

競合他社などの「コアコンピタス」は秘密事項であり、顧客が手にする頃には商品やサービスに形を変えてしまっているので、外からは容易に知り得ることはできません。ただし、秘密裏の諜報活動やM&A(企業の合併・買収)によって入手できる可能性があり、また急速に「コアコンピタンス」を高めることが可能です。他方、「ケイパビリティ」はプロセスであり、機能がお互いにかみ合っている状態なので、外から取ってきてすぐに組み入れることは困難です。

競合他社の「ケイパビリティ」は、顧客サービスなどの現実の流れから、おおよそのところは目に見えます。むしろ、「灯台下暗し」と言ったもので、自社の「ケイパビリティ」は自覚しているようで、自覚していないと言われています。また、環境の変化に対応できずに陳腐化することが指摘されています。

そこで企業経営では、自社の優位性を認識し、持続的な競争優位を確立するために、「ダイナミックケイパビリティ」(※)や「ケイパビリティ戦略」などの概念が提起され、能力をさらにブレークダウンし、自己の能力評価や戦略構築に役立てようとする試みが行なわれています

要するに、軍事、国際政治、ビジネス、個人、いずれの問題においても、自己や敵などの相対的戦力を環境変化の中で適切に評価することが状況判断、すなわち最良の意志決定のための鉄則です。

(※)ダイナミックケイパビリティは以下の3つの要素に分解できる。
(1)環境変化に伴う脅威を感じ取る能力(Sensing:感知)
(2)環境変化を機会と捉えて、既存の資源、業務、知識を応用して再利用する能力(Seizing:捕捉)
(3)新しい競争優位を確立するために組織内外の既存の資源や組織を体系的に再編成し、変革する能力
(Transforming:変革)

(つづく)