判断力思考(6)

■ハドソン川の奇跡

 状況判断はスポーツ、とくに団体スポーツで良く用いられます。スポーツ選手や監督などは常に状況判断と隣り合わせています。

 スポーツは狩猟や種族間の戦いなどの歴史から始まり、古代から軍事訓練の一環としてスポーツが取り入れられたことからも戦争や戦闘との類似性が多々あります。だからスポーツ選手同様に戦場指揮官も状況判断を必要とする職業と言えますが、現在ではあまり馴染みがないののでピントきません。

 高度な状況判断を必要とする職業ということであれば、筆者が真っ先に思い起こすのはパイロットです。坂井優基『機長の判断力』(2009年5月)では、機長のやるべき判断力についてさまざまな見識が提示されています。その中で、2009年1月のチェスリー・サレンバーガー機長が行った「ハドソン川の奇跡」について書かれています。これは2016年に映画化されたので筆者も観覧しました。

 坂井氏の著書は「ハドソン川の奇跡」が起きた4か月後に書かれたので、同事件が本書の刊行の流れを決定づけたとは思いますが、坂井氏も常々、サレンバーガー機長と同じような思考力や判断力などの修練を積んでいたのでしょう。だからこそ、事件後のまもない時期に同著の刊行が可能になったのだと思います。

 以下、同著から「ハドソン川の奇跡」の状況と坂井氏のコメントを抜粋します。

ハドソン川の奇跡 映画  に対する画像結果

 「2009年1月15日、ニューヨークのラガーディア空港を飛び立ったUSエアウェイズの旅客機1549便が両方のエンジンに鳥を吸い込みました。……エンジンの中心部に吸い込まれた鳥がエンジンの内部を壊し、その結果、両方のエンジンとも推力をなくしてしまいました。チェスリー・サレンバーガー機長は、両方のエンジンが故障したことを知ると、直ちにハドソン川に降りることを決意して実行しました。それによって乗客・乗員155名全員の命が助かりました。この事故では機長の決断と行動が大勢の人の命を救いました。どれ一つを間違えても大事故になった可能性があります。……まず何が一番素晴らしかったのかというと、離陸した元の空港に戻ろうとしなかったことです。機体も乗客も両方無事に着陸させたいというのは、パイロットにとって本能のようなものです。川に降りると決断した時点で、機体の無事は切り捨てなければなりません。もし、このときに機長が離陸した空港に戻ろうとしていたら、途中で墜落して、乗客・乗員の命が助からなかったのみならず、燃料をたくさん積んだジェット機が地上に激突して、地上にいるたくさんの人も犠牲になったに違いありません。また、機長は着水場所にイーストリバーではなくハドソン川を選びました。……イーストリバーにはたくさんの橋がかかっており、もしイーストリバーを選んでいたら、橋に激突した可能性があります。さらに操縦方法の問題もあります。……着水時の速度も問題です。……これだけの判断をしながら機長は飛行機を止める場所までも選んでました。このようなケースの際は、船が近くにたくさんいる場所に止めることが素早く救助してもらう鉄則です。今回はまさにフェリーがたくさんいるフェリー乗り場のそばに着水させています。……機長は全員の脱出を確認してから機内を二度見て回り、一番最後に自分が脱出しました。……これからどんなことが言えるのでしょうか。一番重要なのはよく準備した者だけが生き残るということです。グライダーの操縦を練習し、心理学の勉強をし、NSTB(National Transportation Safety Board、国家運輸安全委員会)のセミナーに参加し、日ごろから様々な状況を考えて、頭の中でシュミレーションしていたからこそできた技ではないかと思います。もう一つ重要なのは、切り捨てるという決断も必要ということです。もし飛行機もの乗客も両方救いたいと思えば、結果的に全てを失っていたはずです。……」

 この記事は、「優れた状況判断は平素からの地道な修練の賜物である」ことを如実に物語っています。状況判断は咄嗟の総合的な判断であるのでセンスという側面で見られがちですが、機長は常日頃から、身体を鍛え、グライダーのライセンスを取得したり、起こり得る危機を想定し、危機が現実となった時に何を判断すべきかをイメージトレー二ングしていたのです。すなわち、スキルを磨いていたのです。

 ここに、状況判断力あるいはセンスというもののを実体を筆者は思い知る気がします。

次回はある消防士のお話をしたいと思います。

SSNと民主主義について思う(3)

■CA社による大統領選関与疑惑

2016年の米大統領選挙では、ロシアによる情報戦と英国データ分析会社(ケンブリッジ・アナリティカ、CA)のマイクロターゲティングが影響したとされています。これによってトランプ氏が大本命のクリントン氏を破るという番狂わせが起きたといいます。ただし、CA社のマイクロターゲティングの効果を疑問視する声も依然として多々あり、実態はわかりません。

筆者はトランプ氏は勝利は、反グローバリズム、白人労働者の凋落と不満、格差社会などの構造的要因が主であると考えます。ただし、マイクロマーケティングが、それらを構造的要因を利する形で、反クリントン票をトランプ支持に上乗せをした可能性はあると考えています。すなわち、接戦状況下での効果はあると考え、この手法は研究する意義があると考えます。

最近になって、CA社による大統領選挙関与の手法がだんだんと明らかになりました。それはCA社の元社員の二人による告発によります。ブリタニ―・カイザー『告発』、クリストファー・ワイリー『マインド・ハッキング』によれば、CA社は米フェイスブック(FB)上の個人情報を不正利用して、2016年の米大統領選挙に関与した模様です。

ワイリー氏は2020年3月27日、下院特別委員会で、3時間半に及ぶ証言を行いました。彼は、告発を準備していた段階から何度もCA社による法的措置を取られた上、FBからは追放されました。この事だけでも、ワイリー氏の告発による影響力の大きさを物語っています。

■CA社の設立経緯

CA社は2013年に設立されます(2012年という説もある)。その母体がSCL(Strategic Communication Laboratories Group,戦略コミュニケーション研究所)グループです。さらにSCLの前身がBDI(ビヘイビラル・ダイナミックス・インスティテュート、行動ダイナミック研究所)になります。

BDIは、のちにCAのCEOになるアレクサンダー・ニックス氏の父親の友人であるナイジェル・オックスとアレックス・オックス兄弟によって1989年に設立されました。約60の学術機関と数百人の心理学者からなる共同事業体であり、元々は過激派の弱体化を目的とした研究を行なっていたとされます。

1993年、BDIからSCLが設立されました。それ以来、SCLは世界中で200以上の選挙活動を仕切り、約50カ国で防衛、政治、人道支援にかかわるプロジェクトを実施してきたとされます。94年、SCLはネルソン・マンデラとアフリカ民族会議の選挙運動に助力し、戦況絡みの選挙暴動を阻止する防衛キャンペーンを展開し、マンデラの平和的当選の実現に貢献したとされます。

1998年、SCLは民間ビジネスの世界に事業を拡大し、2001年9月11日以降、米国国土安全保障省、NATO、CIA、FBI、米国務省を相手に防衛分野にも手を広げた模様です。

ニックス氏は2003年頃からSCLで働き始め、2007年にSCLの大株主であった父親が死亡すると、SCLの活動に一層力を入れ、2010年にSCLのCEOになります。ニックス氏は、2014年11月の米国の中間選挙で多くの仕事を手がけるために、米国仕様の新会社を設立しようとしました。かくして2013年に設立されたのがCA社です。

■CA社とスティーブ・バノン氏との関係

CA社の設立は2013年10月頃にSCLとスティーブ・バノン氏(※)との接触に端を発します。バノン氏はトランプ政権発足の最初の7ヶ月間、ホワイトハウスの首席戦略官を務め、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーにもなったことで世界的に有名となりました。政権発足直後には「バノン大統領」「影(陰)の大統領」「ホワイトハウスの暗黒卿」「黒幕」「トランプ大統領の産みの親」などと呼ばれました。

バノン氏は1990年代にハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、保守派の市民運動(ティーパーティー)を称賛する映画や、2008年の大統領選挙で共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン氏を擁護する映画など、1991年から2016年までの間に数々の政治映画を製作しました。2010年に大統領選への出馬を考えていたトランプ氏と出会い、トランプ氏に魅了されたバノン氏がトランプ氏の選挙協力の要請に応じたと言います。

2012年、「ブライバート・ニュース・ネットワーク」(※※)の創業者アンドリュー・ブライトバートが死去した後、バノン氏はその経営権を引き継ぎ、会長に就任し、論客として知られるようになりました。この頃から、反ヒラリー・クリントン氏の情報戦を本格化させたと言います。

バノン氏とニックス氏の利害が一致してCA社が設立され、ニックス氏がCEOに、バノン氏が同社役員に就任します。こうして2014年の中間選挙による共和党の躍進工作が画策されました。

CA社とバノン氏の活動を支えたのがロバート・マーサー氏です。彼はヘッジ・ファンドのルネッサンス・テクノロジーズのCEOです。マーサー氏は、2016年の大統領選挙ではバノン氏のブライトバート・ニュースに1000万ドル(約10億9000万円)、トランプ陣営には1350万ドル(約14億7000万円)の資金提供を行ったとされます。大型の資金提供を受けて、CA社は選挙活動を強化していきます。

大統領選挙の投票を2ヶ月後に控えた2016年8月17日、バノン氏はトランプ陣営の選挙対策本部長に任命されます。起用されたのは、バノン氏の分析力がトランプ、その娘のイヴァンカ氏、その夫で娘婿のジャレッド・クシュナー氏らに信頼されたからだとされます。

2016年の大統領選挙では、「プロジェクト・アラモ」と呼ばれるトランプ陣営のデジタル戦略が躍動しました。同戦略ではシリコン.バレーの才能ある100人のソーシャルメディアチームを募集し、1日に100万ドルもの資金を投じ、膨大な情報を分析し、デジタル、オンライン、SNSなどを駆使した大規模な広告戦略を展開しました。

このプロジェクト・アラモを企画したのが、トランプ氏の娘婿のクシュナー氏(1981年~)です。彼は不動産王の息子であり、それをバックにビジネスおよび投資で成功を収め、イヴァンカ氏と結婚しトランプファミリーの一員となりました。トランプ氏の信頼は厚く、大統領選挙戦を取り仕切りました。また、副大統領マイク・ペンス氏の選択にも深く関与しました。事実上の大統領選挙のキャンペーン・マネジャーでした。トランプ氏の勝利後、ホワイトハウス移行チームの計画を立てることにも参加して、大統領上級顧問も務めました。

「プロジェンクト・アラモ」で中心的な役割を果たしたのがバノン氏とCA社です。バノン氏はマイクロターゲッティングにより、クリントン陣営の切り崩しを狙います。そのために個人情報の収集を狙い、FBに食指の伸ばしたとされます。

ワイリー氏によれば、CA社は、FBから5000万人分の個人情報を不正に取得したとされます。これに関し、FBは後に、CAが不正に取得していた個人情報は最大で8700万人にのぼる、全20億人のユーザー情報が不正利用されるリスクにさらされていたことを公表しました。

FBは、性別や年齢、趣味嗜好を含めた100近いユーザーの属性情報を有するとされています。FBは、外部のマーケテイング会社との協力し、ユーザーのクレジット利用などを追跡(トラッキング)し、ユーザーの政治思想、趣味嗜好を明らかにして、共通の属性を分類し、整理しているととの見方もあるようです。

■「Graph API」の利用

CA社の個人データ収集では、ケンブリッジ大学の調査員、アレックス・コーガン氏が大きな役割を果たしました。彼はロシアと関係が深いいわくつきの人物でもあります。2015年の『ガーディアン』紙によれば、コーガン氏は2014年「メカニカルターク」と呼ばれる「アマゾン・マーケットプレイス」のブラットフォームで「Graph API」(Office 365 や Azure ADなどの情報を検索、更新できるWeb API)を用いた性格クイズ「これがあなたのデジタルライフです」を作成し、1ドル払って27万人以上のユーザーを獲得した模様です。

ユーザーが解答すると、「友達API」によって回答者のデータとその友達のデータが取り込まれます。彼は、そのデータをCA社に売ったとされます。ただし、フェイスブックが「友達API」によるデータ収集を禁じたのは2015年からであるので、コーガン氏の行為は違法ではないようです。FBは2015年にCA社を含むコーガン氏がデータを提供したすべての企業に、全データの削除を依頼しました。

CA社はFBから得た不正情報を基にマイクロターゲティングを仕掛けます。つまり、サイコグラフィック(心理的要因)により、有権者のセグメンテーションを行い、まだ候補者を決めあぐねていた層を特定し、その人たちの個人の思考や思想などを把握しました。そして、その人たち向けの「カスタマイズされた情報」を意図的にFBのタイムラインなどに流し、投票結果を左右しようとした模様です。さらにはスキャンダルなどを流して特定候補へ肩入れさせるなどが行ったといます。

こうして、既成政治に絶望していた白人労働者層の有権者に焦点を当てた選挙キャンペーン・メッセージを積極的に発信し、トランプ陣営に取り込むことに成功したとされます。人々が移民などに対する、耳を疑うような攻撃的なスローガンを掲げたのも、実はCAで行われた研究が発端だったと言います。

米大統領選では民主党のクリントン候補に対し、選挙資金やボランティア数で圧倒的に劣るトランプ陣営が勝利しました。だから、この勝率に導いたのは、SNSを活用したデジタル戦略だったということになりますが、先述のように反論はあります。

ワイリー氏によれば、英国のEU離脱を問う国民投票でも、CAとの関連があるといわれるカナダの企業、AIQによって同様の手法が行われたと指摘されています。

■ マイクロターゲッティングの手口

ここで「マイクロターケティング」の手法について整理しておきます。​

  •  有権者データを幅広く収集し、それを分析して有権者層を​細分化(セグメント化)し、ターゲットを絞る​
  •  セグメント化した有権者の、支持の度合いなどに応じて政治広告、資金調達、支持獲得、投票を促すなど、​メッセージの目的を変える。
  •  広告主(たとえばトランプ陣営)にデータを提供し、広告主は属性に応じて広告対象​を絞り、内容を考える​。

トランプ氏はツイッター、インスタグラムを使用して頻繁な情報発信しましたが、​これらソーシャルメディアのユーザーは政治的関心が高いと分析されています。つまり政治集会に参加し、選挙の投票率が高いようです。しかし、実際の効果がどの程度かは確認できていません。

(※)バノンは1970年代後半から1980年代前半にかけて7年間、米海軍の将校を務めた。兵役後、ゴールドマン・サックスで投資銀行家として働き、バイス・プレジデントとして退社。1990年代にはハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、1991年から2016年までに18本の映画を製作。2007年には、2016年に「オルトライト(オルタナ右翼)プラットフォーム」と評した極右サイト「ブライバート・ニュース」を共同設立した。

(※※)米国のオンラインニュースサイトでラジオ放送(Breitbart News Daily)も行っている。単にブライトバート(Breitbart )などとも呼ばれる。本社所在地はロサンゼルスにあり、政治性向は極右とされる。

次回は、英国のEU離脱について考察します。

判断力思考(5)

■経営はセンスかスキルか

ビジネスの世界では「スキル」か「センス」か、という議論があります。インテリジェンスでも同様の議論がありますが、ここでは「アート」か「サイエンス」かという喩えが良く用いられます。スキルはサイエンス、センスはアートに相当します。

論理的思考法や技法(メソッド)はスキルで、創造的思考法や直観はセンスと言えます。また、スキルは分解して数値化・具体化できます。例えば、学力はスキルなので算数、国語、社会などに分類して、TOEICで何点といったように数値化できます。しかし、服装センスや人間性などは数値化・具体化できません。大衆を魅了したり、異性にモテたりするのは総合的なセンスがあるというほかありません。

このような両者の違いから、スキルは後天的であって養成が可能とされています。企業などがKPI(重要業績評価指標)などを用いて、社員の能力を分解・評価し、各々の指標を定めて人材育成を行おうとしていますが、これはスキルの養成です。一方、センスは先天的なもの、総合的なもので、確立された養成方法はないし、センスを教えることは難しいと一般的に言われています。

経営者には一般的にスキルよりもセンスが重要であるとされます。一方、担当者にはスキルを求めるのが一般的です。そして、皮肉にも養成が困難であるセンスをいかに養成するかが今日の課題でもあります。

インテリジェンスの世界でも、インテリジェンスを作成する情報分析官にはスキルが必要となります。一方、インテリジェントを使用する政治家や軍事指揮官は大所高所に立ってさまざまなインテリジェンスを総合判断することが必要です。すなわちセンスが求められることになります。

ただし、「情報分析官にセンスが不用である」と言うことではありません。戦略は「why」や「what」を追求し、戦術は「how to」を追求すると言いましたが、戦略に携わる情報分析官は、「敵が右から来るか、左から来るか?」といった明確な情報要求は与えられません。多くの場合、政策決定者が何を考えているか、今何を明らかにすべきか、そのためには何処からどのような情報を収集すれば良いか、を自分で考えます。つまり、これといっ定石はなく、自らの先天的あるいは経験によって培われたセンスが必要なのです。なお、上級の情報分析官になるほど、複雑な物事の総合的な判断力が求められるため、センスが必要になります。

■状況判断はスキルかセンス

 状況判断において「スキルかセンスか?」は難問です。情報が完全に不足した状況での瞬間的な意思決定を求められる場面では、スキルは活用できないのでセンスと言うことになります。一方、時間の余裕が多少あって、ある程度の情報があれば、誤情報を排除して、先入観を回避して、客観的なインテリジェンスを作成し、より正確な判断を行うことが重要となります。

 限られた時間内に、彼我が置かれている状況を整理して、網羅的に全般態勢を把握して、我の有利な行動を決断しなければなりません。これら一連の行動を迅速かつ効率的に行うには一定の手順が必要になってきます。

 そのため、作戦戦闘においては、情報分析や状況判断の手続きがマニュアル化されています。作戦情報を担当する個々の情報要員は、演習や訓練などを通してマニュアルに基づいて情報を処理、分析するスキルを繰り返し繰り返し磨きます。

 作戦戦場では、個々の情報員から上がってきたインテリジェンス報告を情報幕僚は総合的に判断して一つのプロダクト(情報見積)を作成します。これを作戦幕僚が作成した作戦見積などと照合し、総合幕僚(幕僚長)が総合判断し、指揮官に総合でな見積を提示し、指揮官が総合的に決心を行います。だんだんと上位に移るにしたがってスキルからセンスへと比重が移っていきます。これは国家情勢判断においても同様です。

■情報センスとは何か

「服装センスがある」、「音楽的センスがある」などセンスは日常的ですが、前述のように分解しずらく、数値化・具体化できないものです。つまり、形式知ではなく暗黙知であり、捉えどころがありません。

 敢えて、情報センスという言葉に限ってみれば、それは、一片の兆候から物事の裏面にあるものを見抜く推理力、物事の変化を捉える観察力(感知力)、物事の本質を捉える洞察力などが重要だと考えます。

 太平洋戦争中、陸軍情報参謀の堀栄三中佐は、米国の民間放送を聞き、過去の株式市場の傍受記録を分析し、上陸作戦の前には製薬会社や食料品メーカーの株が必ず高騰することに目をつけて、見事に米軍のフィリピン上陸時期を的中させました。

 1960年代のキューバ危機では、キューバにサッカー場の建設を確認する偵察衛星の一枚の画像が、ソ連のミサイル持ち込みを解明する決定打となりました。当時のキューバではサッカーをする者はいなかったから、「これは何か変だ、ひょっとするとソ連が・・・・」と推理力を働かしたのでしょう。

 物事のちょっとした変化を捉える観察力(感知力)も重要です。冷戦時、元陸幕情報部長の飯山陸将が、チェコの「プラハの春」の時代、在ソ連防衛駐在官としてモスクワに勤務していた時、モスクワ市街を横断する鉄道を見下ろせる喫茶店にいつも出かけ、友人たちとの談笑を装い、貨物列車の通過状況を観測したそうです。

 ある夜、その時間帯に異常に長い貨物列車が西方に向かって延々と通過しましたが、すべての貨車には大きいホロで覆われた戦車が載っていました。 飯山陸将は直ちに大使館に帰り、東京の外務省に「ソ連がチェコを軍事占領する公算が高い」との至急電を打電しました。外務省は驚きましたが、数日後にその分析は的中したということです。

 洞察力とは性質や原因、もの事の軽重の判断など、物事の本質は見抜くことです。それが、しばしば未来予測に結びつくので先見洞察力という言葉もあります。百戦錬磨の武道家、宮本武蔵はものの見方に二つあり、一つは「見の目」で眼前にあるものを現象としてみる目だと言っています。もう一つは「観の目」で、現象の裏側にある本質、すなわち相手の心を見る目だと言っています。武蔵が生涯に一敗もしなかったのは、「観の目」によって相手の意図を洞察していたからでしょう。

 状況判断にはスキルに加えてセンスも重要になります。しかし、情報センスという面に限っても、元々の先天的なものに加えて、長い間の修練が必要であることは間違いありません。しかし、全員が最初から経営者や指揮官にはなれないのであり、下積み時代でスキルを磨き、それをセンスに結び付けることが重要だと考えます。ただし、スキルの修練だけではセンスは磨けないでの、センスは磨くにはどうするかはやはり重要な課題であると言えます。

SSNと民主主義について思う(2)

■サイコグラフィック(心理学的属性)の政治活用

SNS上の情報はマーケティングや販売戦略、日々の利便性の向上などに役立てられ、豊かな社会生活や発展に欠かせないファクターとなっています。しかし、物事には必ず、光と影があるように、デジタル・テクノロジーの発展には常に危険性があります。

マーケティング戦略が政治の世界でも活用されるようになってます。つまり、サイコグラフィックにより民衆の心理的要因を把握して、特定有権者の投票率を高める、さらにはスキャンダルなどを流して特定候補へ肩入れさせるなどが行われているとみられています。

このようなことが知らず知らずに行われているとすれば、民主主義の基本に反しますし、何よりも、我々の個人情報が一部特定企業などにより把握され、心理的要因までをコントロールされているとすれば不気味です。同企業を経由して個人情報が政府機関に渡り、国民監視という問題も引き起こしかねません。

政治には宣伝(プロバガンダ)はつきものです。第一次世界大戦後に台頭したナチスドイツは宣伝省を設置し、ゲッペルスによる巧妙な宣伝工作によって大衆人気を獲得しました。わが国でも太平洋戦争中、大本営による一方的な勝利発表が行われ、それを大手メディアが追随して国民に報道し、戦争鼓舞がはかられました。

現代でもマスメディアによる情報宣伝が政治に影響しています。1991年の湾岸戦争では、米国はイラクのフセイン政権の極悪非道振りを宣伝し、一方では民間目標を避けた軍事施設へのピンポイン攻撃で「きれいな戦争」を演出して、国際大義を得ました。

1999年のボスニア紛争では、ボスニアやコソボのイスラム系住民が、対立するセルビア人から一方的に迫害、虐殺され「民族が浄化された」という報道が主力欧米メディアを通じて流れました。この時、「民族浄化」というキーワードが注目されましたが、これはボスニア外相が、ある米国のPR会社に依頼した「情報戦略」だったということです(NHKスペシャル「民族浄化 ユーゴ・情報戦の内幕」)

ただし、2000年代以前には、現在のようなSNS(交流サイト)を通じた情報ツールは存在せず、ましてやフェイク・ニュースなどの概念も存在しませんでした。それにもかかわらず、一つの民間PR会社により、ある特定の側(セルビア側)を世界的に孤立させる情報操作は見事に成功したわけです。

このように我々はマスメディアの報道によって意思決定上のさまざまな影響を受けています。知らず知らずに偽情報に踊らされ、情報統制によって国家が望む方向に世論誘導されている側面もあるようです。

■ソーシャルメディア(SNS)の登場

2000年代以降、SNSが登場しました。これを通じて民主化デモなどの呼びかけが行われるようになりました。

2000年代初頭の東欧、中央アジアで起きた「カラー革命」と2010年代初頭に起きた「アラブの春」(※)は、共に発達したメディア環境の影響を受けました。ただし、「カラー革命」とは異なり、「アラブの春」においては動員の呼びかけに匿名性の高いツイッター、フェイスブックといったSNSが用いられたとされます。(※※)。

この二つのSNSは米国企業の運営によるものでそれぞれ2004年、2006年に開設されました。

米国の歴代政権においては、2008年、大統領選挙で人気上昇中だった民主党候補のバクラ・オバマ氏がSNSの活用を重視します。

ヒラリー・クリントン氏をはじめ、他候補もウェブサイトを持っていましたが、従来型の選挙広告に特化しました。しかし、対照的にオバマ陣営のウェブサイトは草の根団体向けのプラットフォームとして機能し、投票促進運動を盛り上げました。つまり、オバマ政権以後、政治の世界にSNSが浸透するようになりました。

世界の人口の約3割がソーシャルメディアユーザーで22億人ともいわれます。米国ではソーシャルメディアを通じてニュースを取る人の割合は6割。つまり、CNNよりも Facebook(FB)を見る国民が多いのです。

2012年の米大統領選挙では、フェイスブックが影響したとされます。Facebookに、「私は投票した」と投稿することによって34万人の投票者数が増えたといいます。

2000年の米大統領選挙では、ジョージ・W・ブッシュ氏とアル・ゴア氏とのフロリダ州の獲得投票は最終の結果は、わずか537票差でした。2012年の選挙ではフロリダ州は民主党有利でした。だから、Facebookに私は投票したと言う投稿があれば、民主党に大きく味方します。ここにSNSを選挙戦に活用するという発想がより現実化を帯びました。

2016年の大統領選挙では、ロシアによる情報戦と英国データ分析会社(ケンブリッジ・アナリティカ、CA)のマーケティングが影響したとされています。ただし、CAのマーケティングの効果を疑問視する声も依然としてあります。

トランプ氏は投票日の未明、中西部ミシガン州(グランドラピッズ)で最後の選挙演説を行いました。彼は、雇用回復、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱などを強調しました。結果、1988年を最後に共和党候補が勝っていなかった同州で、1万704票差でクリントン氏に勝利しました。トランプ氏は選挙当選後、「大統領選の勝利はフェイスブックとツイッターのおかげだ」と米CBSテレビに語りました。

(※) 2010年12月のジャスミン革命は、チュニジア中部の町において失業中だった若者(26歳男性)が、果物や野菜を街頭で販売し始めたところ、販売の許可がないとして警察が商品を没収。若者はこれに抗議するため焼身自殺を図った。この事件が若者を中心に、職の権利、発言の自由化などを求めて全国各地でストライキやデモを起こすきっかけになった。

(※※)ただし、これら二つのSNSの普及率は高くなく、「アイ・レボルト(I-Revolt)」と呼ばれる彼ら独自の簡単なアプリケーションの使用、A4サイズのチラシ、毎週金曜日の祈りの習慣が動員に主たる要因であるとの分析もある。

次回は、CAが関与したとされる選挙工作の実態を見てみましょう。

SNSと民主主義について思う(1)


■サイコグラフィック(心理学的属性)を利用したマーケティング戦略

ソーシャルネット・ワーキング・システム(SNS)がビジネスの世界を席巻しています。

SNSのビジネスモデルには大きく分けて「広告収入モデル」「ユーザー課金モデル」「他サイト誘導・連動モデル」があるとされます。

この中で、最近特に注目されているのが、「他サイト誘導・連動モデル」です。これは、「SNSをユーザーの集客や定着のツールとして捉え、自社・他社問わず他のサイトに誘導、あるいは連動させることにより得られるシナジー効果を期待するモデル」(ウィキペディア)です。

さらには、ビジネスにおいては、「SNSがマーケーティング戦略のプラットフォームになっている」という点が重要です。

マーケティング戦略とは「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を定めることです。この戦略を立てる手順が「STP」です。これはS(セグメンテーション)、T(ターゲティング)、P(ポジショニング)の3つからなります。

つまり、①不特定多数の人々を同じニーズや性質を持つ小さな顧客グループ(セグメント)に分ける(セグメンテーション)。②細分化したグループの中から、どの顧客に狙いを定めるかに決定する(ターゲッティング)。③顧客に対して、競合他社と比較して自社が魅力ある優位な立ち位置を占めるにはどうするかを決定します(ポジショニング)。

情報分析と戦略立案との関係から言えば、情報分析がセグメンテーションに相当します。セグメントメンテーションには、「デモグラフィック」(性別、年齢、収入、独身/既婚など、事実関係)、「ジオグラフィック」(住居あるいは勤務地域)のほかに最近ではサイコグラフィックが注目されています。

サイコグラフィックは、顧客をライフスタイル、行動、信念(宗教)、価値観、個性、購買動機などによって分類します。つまり、購買者の心理的要因(属性)に焦点を当てます。

他のセグメンテーションに比べて、顕在していない潜在する要因であるので把握は困難です。他方、顧客の意思決定をより直接的に左右するので有効なプロモーションが可能になります。デモグラフィックでは「誰が」買うのか明らかにできても、「なぜ」買うのかはサイコグラフィックでなけれはならない、ということになります。

多様化する顧客のニーズや変化が激しい意思を、迅速かつ効果的にセグメーテーションできるようになったのはICTの発展によります。すなわち、SNS、ビックデータ、AIなどがセグメンテーションを可能にました。

これまでの顧客データの獲得は主として、市場でのインタビューやアンケート配布でした。これは準備が面倒であり、集計、分類、データ化など大変な労力がかかります。しかも、商品を買わない潜在顧客についてのデータは容易に集めることができません。ダイレクトメールによる潜在顧客を調査するという方法もありますが、経費との関係から対象は限定的です。

しかし、SNSではこのような手間はかからず、一挙にセグメンテーションが可能だといいます。すでに「膨大な情報をSNSで集める。それをAIによるアルゴリズム分析でパターン化する。さらに対象とする個人に関する情報を詳細に分析し、嗜好や行動パターンを把握する。そして、特定の顧客をターゲットにして、顧客の購買意欲をそそる商品を宣伝する」。

このような、SNSをプラットフォームとするマーケティング戦略が日常的に行われています。

Facebookのサービスの1つに「ターゲット広告」というものがあります。Facebookは、性別や年齢、趣味、嗜好などのユーザーの属性情報を多数保有しています。その属性データから、広告依頼主は広告を見てもらいたい層をターゲットを絞ります。これによって中小企業でも、高額なデータを購入せずとも、効果的なターゲット広告が可能になります。

Facebookは、ユーザーの投稿や「いいね!」や「共有」のボタンを押したページ、ユーザーがFacebook以外に訪れたウェブサイトなどトラッキングしているようです。

また、外部のマーケティング会社とも連携し、ユーザーのクレジットカードでの購入履歴から、役所の公的な記録に至るまで、個人情報を幅広く収集しているとされます。

そうして、顧客の趣味嗜好、財力などから、「何を購入しようとしているか、何が購入できるか」などを分析、判断します。

サイコグラフィックの技術が向上したことで、ターゲティングの活用の幅が広がりを見せています。

今日、SNS上の情報から、ユーザーの政治思想、支持政党などが分析、把握できるようになりました。このため、マーケティングは「マイクロターケッティグ(microtargetting)」と呼称されるようになりました。つまり、ビッグデータとAIがセグメーンテーションを〝マイクロ〟化したというわけです。そして、ビジネスのみならず、選挙などの政治分野でも活用されるようになってきたのです。

しかし、有権者一人一人をプロファイリングし、ある種のマインド・コントロールにも似た手法で政治的にコントロールすることが警戒されています。また、どのようなデータを、どのように入手し、どのように利用したのか、そこに法的な問題はないのかという疑念もあります。

つまり、SNSを何気なく使っている内に、個人情報の漏洩や不正利用により、気づかぬうちに民主主義が操られるような事態を招いているとの危惧があるのです。

マイクロターゲティングの選挙活用は2000年代から行われていましたが、とくに2016年の米大統領選挙で注目されました。すなわち、トランプ政権がマイクロターゲティングによって誕生したというのです。

次回は米大統領選挙とマイクロマーケティングについて考察します。

バイデン新大統領就任に思う

米民主党のジョー・バイデン新大統領(78)が1月20日正午前(日本時間21日午前2時前)、第46代大統領に正式に就任しました。78歳は史上最高齢での就任です。副大統領には女性として初めて黒人のカマラ・ハリス氏(56)が就任しました。民主党は4年ぶりの政権返り咲きとなりました。

トランプ前大統領は、すでに国民に対してお別れのビデオメッセージを発表し、この中で4年間を振り返り、「最高の名誉と誇りだった」としたうえで「今週、新たな政権が発足する。アメリカの安全と繁栄の継続が成功するよう願っている。幸運とご多幸を祈る」と述べ、エールを送りました。

また、バイデン大統領の就任式を欠席しました。ワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地で開かれた退任式典で「さようなら。また何らかの形で戻ってくる。近いうちにまた会いましょう」と述べた。トランプ氏の支持者の間には、再登板を期待する声があり、退任式典に集まった支持者は同氏に声援を送っていたといいます。

さて、バイデン新政権の対外政策がわが国にどのような影響を持たらすかが注目されますが、ここで一つ重要なことを述べておきます。

政治家が歴史を変えることよりも、歴史の転換期に異端あるいは非凡な政治家は現れるということです。一部の人は偉大な個人すなわち非凡な指導者が歴史を作ると考えています。これは熱狂的な支持者が多い保守派に多いとされます。

別の一部の人々は、指導者は時代背景の産物であって、つまり、そこには歴史を転換している政治、経済、社会の構造があると考えます。これは改革派の思想です。

もちろん、両方の見方には一理ありますが、やはり、構造的なものが異端、偉大な政治家を生み、かかる政治家のポピュラリズムが世の中はさらに転換していくのだと考えます。

1930年代、反ユダヤを掲げ、ホローコストという残虐性を世界にさらし、第二次世界大戦を引き起こした要因には、異端なヒトラーが影響したことは間違いありません。

しかし、第一次世界大戦後のドイツに対する過酷な戦後賠償、貧富の格差、屈辱感と臥薪嘗胆、世界的不況による猛烈なインフレ、復員兵による民兵組織の樹立、これらの状況がヒットラーを生んだ訳です。

そして、ヒトラーに出現がチャーチルという偉大な政治家を生みました。もし、第一次世界大戦後の連合国による対ドイツ政策がもう少し穏健であったならば、はたしてヒトラーやチャーチルは歴史上の政治家になっていたのか?と考えるのです。

トランプはヒトラーでもチャーチルでもありませんが、トランプを生んだのは、英国のCA(ケンブリッジ・アナリティカ)でもフェース・ブックでもなく、米国の一部エリート層に見捨てられた白人労働者層の〝怒り〟です。それを生んだのが、一部エリート層を生み出し、貧富の格差を決定づけたデジタル・テクノロジーシの進歩と、経済グローバリズムなどによって流入した移民や安価な中国製品です。

ようするに、米国の社会的・経済的・政治的な要因がトランプ政権を誕生させたのであって、バイデン新政権が白人労働者層とどのように向かい合うかが、米国のあらゆる政策の方向性を占う鍵になると思います。

判断力思考(4)

■状況判断の重要性の高まり

今日、ICT技術の目まぐるしい進化によって、昔なら一年くらいかかった技術革新が数か月で達成されるようになりました。そのスピードの早さを「ドッグイヤー(dog year)」と言います。「成長の早い犬の1年は人間の7年に相当する」ということから、情報産業の変化の早さを喩えたメタファです。

ドッグイヤーでは、これまで成功したビジネスモデルが応用できないとよく言われています。従来のオーソドックスな方法は、すでに成功した企業をモデルに研究し、それを追い越すように戦略の目的や目標を立て、それに適合する戦術を考察するというものでした。

しかし、現代社会では消費者や市場の変化に対応できない企業は次々と淘汰され、想定もしない新規参入業者が続々と登場しています。今現在、好調な企業が本当に成功していると言えるのか、その成功は一過性のものではないのか、などの疑問が常に存在しています。

また、消費者はインターネット情報などに敏感に反応し、どんどんと自ら意思決定し、それを次々と変更します。アンケートのような旧態依然の市場や消費者に関する調査や分析では、今今のニーズに対応できる「生きた情報(生情報)」が入手できなくなっているというのです。

だから、戦略を立てようにも立てられないし、戦略を立てても市場ニーズなどの変化に追随できなくなってすぐに戦略を変更しなければならないといいます。そのため、企業はどんどん戦術を繰り出し、その反響により生情報を入手し、戦術を修正する、または新戦術を考えることが重要なのだと言う声をよく耳にします。

ただし、こうした議論をもって「戦略よりも戦術の重要性が高まった」という短絡的解釈は誤りです。戦略は「何をなすべきか」であり、戦術が「いかになすべきか」という本質的な相違からすれば、戦略→戦術の流れは〝普遍の原理〟です。目的や方向性のない戦術はあり得ません。

要するに、戦略を膠着化させない、戦略と戦術の一体化を強化することが重要な課題になっているのです。「戦略に対する戦術の適合性を判断する、戦術の実行可能性を見極める、躊躇せずに戦術を実行に移す、戦術の戦略への影響性を考察して戦略の修正を図る」、このように戦略と戦術を同時一体的に律していくことが、ますます重要になってきているわけです。

現代社会は「VUCA(プーカ)時代」とも呼称されます。これは、テクノロジーの進化によって、社会やビジネスでの取り巻く環境が複雑さを増し、将来の予測が困難な状況にあることを指す造語です。予測が困難な要因として以下の4つの特性をあげ、頭文字を取って作られました。V:Volatility(変動性)、U:Uncertainty(不確実性)、C:Complexity(複雑性)、A:Ambiguity(曖昧性

このような社会において求められるビジネスパーソンに求められるスキルには①仮説思考力、②自己変革力、③ネットワーク構築力、④テクノロジーの理解と情報収集力、⑤学び続ける力などが必要とされています。

また、思考法では業務改善の手法である「PDCA(①計画、②実行、③評価、④改善)」に代わり「OODA(ウーダ)ループ」が注目されています。これは、「①観察する(Observe)」「②状況を理解する(Orient)」「③決める(Decide)」「④動く(Act)」の頭文字をとった造語です。

VUCA時代では、物事はなかなか計画どおりにことは進まないので、現場サイドが市場や顧客などの外部環境をよく観察し、「生データ」を収集して状況を理解して、具体的な行動を決断し、即時に実行に移せ、ということを強調しています。

「OODAループ」も「VUCA」も元々は軍事用語です。だから、「OODAループ」では、同じく軍事用語である状況判断の重要性を強調していることは納得がいきます。そもそも軍事作戦では、事前の作戦計画は重要ではありますが、個々の戦闘においては状況に応じて臨機応変に判断し、実行に移すことが鉄則なのです。ある意味、軍事作戦においては、「OODAループ」は相当以前から当たり前であったのです。

ところで、状況判断には多かれ少なかれ、情報収集が不可欠です。観察も情報収取の一形態です。しかしながら、クラウゼビッツが言うように、戦場では正しい情報は常に得られません。この点は、「ドッグイヤー」のビジネス社会でも同様なのではないでしょうか?

では、その場合にはどうすれば良いのでしょうか?旧軍の『統帥参考』では、情報の収集は必ずしも常に所望の効果は期待できないので、状況により、任務に基づき躊躇なく主導的行動を取るよう強調しています。この点も「OODAループ」の思考法との類似を感じます。

また、軍事作戦では「威力偵察」という方法があります。これは情報収集の手段の一つですが、どうしても敵方の位置や勢力がわからない場合に、疑わしい場所に制圧射撃などを加えて、敵の反応をみる方法です。これは「ドッグイヤー」で推奨される、戦術をどんどん繰り出して、消費者や市場の動向を知るやり方と類似しています。

このような類似点から、筆者は予測困難な「VUVA」、あるいは変化が激しい「ドッグイヤー」では、軍事領域でのさまざまなノウハウが活用できると考えています。そのノウハウの一つが状況判断や威力偵察なのです。この点、方法論や留意点などは今後述べたいと考えます。

米中関係の過去を振り返る

1月15日(金)のちょうど一年前、我が国で初のコロナ患者が発生しました。当時、2002年のSARSが発生してから終息するまで約半年かかったので、「コロナ禍も2020年夏頃まで続くだろう」などの予測がありました。しかし、これは今となっては楽観すぎました。現在も、コロナ禍の終着駅はいっこうに見えていません。コロナはSARSと同じく、中国を発症源とするウィルス性パンデミックですが、まったく同じではなかったいうことです。ここに類推思考(アナロジー思考)の難しさを感じます。

話はやや変わって、昨日(1月17日)のちょうど30年前(1991年)には湾岸戦争が開始されました。当時、今日のような米国の政治的混乱と中国の台頭を、いったい誰が予測できたでしょうか? つくづく未来予測の困難さを思い知らされます。

少し、過去を振り返ってみましょう。第二次世界大戦後の冷戦はまだまだ続くと見られていた1980年代中庸の頃です。ミハイル・ゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長に就任しました。ゴルバチョフ氏は改革(ペレストロイカ)と「新思考外交」を推進しました。アフガニスタン侵攻で疲弊した国内経済を立て直すために、国内体制改革と西側との関係改善に着手しました。これにより、アフガニスタンからのソ連軍の撤退、ブレジネフ・ドクトリンの撤廃、1887年の中距離核戦力全廃条約 (INF) の調印など行われました。

ゴルバチョフの改革の一つの柱が「グラスノスチ」(「情報公開 )です。ブレジネフ時代にはマスディアは共産党の統制下にありましたが、ゴルバチョフ氏はマスメディアに報道の自由を与え、それまで機密事項とされていた国家情報も軍事関係を含め公開しようとしました。

グラスノスチは 1986年4月に起こったチェルノブイリ原子力発電所事故で加速されました。なかなか関連情報が届かないことに業を煮やしたゴルバチョフは種々の国内問題は硬直化した体制にあると判断し、言論・思想・集会・出版・報道などの自由化と民主化に乗り出しました。

ここから民主化の波が一挙に高まります。冷戦期の米ソの代理戦争となっていた世界各地の内戦が続々と終結し、東欧の民主化、ベルリンの壁崩壊を起こし、ついには冷戦が崩壊したのです。

東欧では、1980年代初頭からポーランドで独立自主管理労働組合「連帯」が結成され、民主化の動きが見られていました。ポーランドでの旧政権失脚に続き、ハンガリーやチェコスロバキアでも旧政権が相次いで倒れ、1989年の夏には東ドイツ国民が西ドイツへこれらの国を経て大量脱出しました。

東ドイツは強硬手段で事態を抑え込もうとしましたが、この堰き止めに失敗し、政治・経済は崩壊状態に陥いりました。ついに1989年の11月9日にベルリンの壁が崩壊しました。ルーマニアでも革命が勃発し、チャウシェスク大統領夫妻が射殺され、共産党政権が倒されました。

この一連の東欧革命により同年12月、地中海のマルタ島で、ゴルバチョフ氏とジョージ・ブッシュ氏が会談し、冷戦の終結を宣言しました。

中国にも民主化の波が押し寄せました。1989年4月の「改革派」の胡耀邦元総書記の死亡を契機に、民主化グループが天安門広場に集まりました。同年5月、「改革派」のゴルバチョフ氏の訪中に向けて、さらに民主化運動をたかめようとしました。これに対し、鄧小平は軍隊出動による強硬措置で対処しました。つまり、中国に民主化の波は押し寄せたものの、民主化革命は失敗に終わりました。中国は西側から批判は浴びましたが、ソ連流ペレスストロイカやグラスノスチを警戒し、強硬手段を取ることで共産党体制の維持に成功しました。ここに現在の権威主義体制と自由・民主市議体制の対立の根源や、中国の執拗な情報統制の理由があります。

 

1990年代には、東欧革命、冷戦崩壊、天安門事件などの余波はいたん収まりましたが、2000年代初頭には再び東欧で「カラー革命」が起きます。さらに10年後の2010年代初頭には中東で「アラブの春」が起きます。そして最近では香港デモなど、民主化運動の波は収まることはなく、断続的に起きています。これら、民主化運動では、SNSを使ったデモ動員が注目されています。

民主化運動の背後には米CIAなどが水面下で関与していると中露は見ています。そして、依然として世界には中国共産党をはじめとする独裁政権が存在しつ続けています。ロシアでは共産主義体制は崩壊しましたが、プーチン大統領による独裁体制が強まっています。

これらの情勢を整理してみましょう。冷戦の勝者となった米国はリベラル・デモクラシー(民主主義)を推し進め、民主化革命により中国やロシアの台頭を阻止することを長期戦略としてきたように見られます。他方の中・ロは独自の権威主義体制を保持しようと懸命な抵抗をしてきたことがうかがえます。そして、今日の情勢から判断すれば、米国が目指す世界の自由・民主化はむしろ後退している状況にあります。

もう少し、米国視点で歴史を回顧してみましょう。1990年代の米国は、圧倒的な軍事力と経済力をもって、世界秩序を維持し、自由と民主主義の拡大を図っていました。1990年8月、イラクによるクウェートへ軍事侵攻しました(湾岸戦争)。この時にカダフィ政権の壊滅には至らず、一方では石油利権の支配などを目的にサウディなどに駐留しました。このことが、2001年の9.11事件や2003年のイラク戦争の引き金になりました。

湾岸戦争が極めて短期で終わり、1991年12月のソ連崩壊で、世界では「パクスアメリカーナ」いう楽観論が生まれました。つまり、米国の一強体制のもとで国際社会は協調的な関係に向かうかにみられました。しかし、ソ連の重石から解放された東欧では、ユーゴやルーマニアが内戦状態に至りました。またソマリア飢餓危機などの国際危機が増発しました。それでも米国は世界の警察官として、国際秩序の維持に関与しました。

 また欧州ではNATOの東方拡大が行われました。これは民主化の波を押し進めることで地域安全保障の強化を狙いとしました。ユーゴボスニアでは内戦が長期化し、1994年3月にNATOが初の武力行使に踏み切りました。また、セルビアにとどまったコソボ自治州では1990年代末期に内乱が激化し、セルビアによるコソボ弾圧が行われ、国連の和平を受け入れないユーゴ(セルビア)に対し、1999年2月にNATOが空爆に踏み切りました。

 1990年代の中露に目を向けてみましょう。中国は天安門事件後、西側からの民主化の動きを「硝煙のない戦争」「和平演変」と警戒し、独自の社会主義体制を維持しながら、経済では自由主義体制を目指しました。

 中国は湾岸戦争での米軍の軍事力の近代化レベルに驚愕し、軍近代化を目指しました。その途中の1996年に中台危機が起こりました。中国は台湾に対し軍事力を持って威嚇しました。これに対し、米国は空母2隻を台湾海峡に派遣して中国をけん制しました。この際、中国は〝なす術〟はなく、屈辱感を味わいました。このことが中国の空母保有を決断させた一要因との見方もあります。

 他方、ソ連崩壊後のロシアは政争に明け暮れ、その再生過程は遅延しました。エリティン政権の中に、新たに成立した新興財閥(オルガリヒ)が浸透しました。オルガリヒは、連邦レベルから地方レベルに至る政治家及び官僚機構との癒着によってその存在を拡大させていき、エネルギーとメディア支配し、政治をコントロールしました。エリティン政権はオルガリヒの影響を強く受けて主導権は停滞し、オルガリヒの背後には米国などの西側の影響力が増大していました。

 1990年代は地域紛争が頻発し、中露はそれぞれ分派勢力の台頭に直面していました。ただし、90年代の中露は世界秩序の維持に影響力を与える存在ではありませんでした。

 ところが、2000年代から様相がガラリと変わります。まず、2001年の9.11同時多発テロで米国はイスラムテロ組織(アルカイダ)という〝伏兵〟から奇襲攻撃を受けます。ここから、テロリズムとの戦いを標榜し、アフガン・イラク戦争に着手する中、国力衰退が始まります。これが2013年のオバマ米大統領の「米国は、世界の警察ではない」発言に至ります。

 中国は2001年にWTOに加盟します。このことが中国経済の飛躍の原動力となりました。世界経済のグローバル化の恩恵者となった中国は、2008年のリーマンショクでは国家主導の大型インフラ投資で「V字型回復」を成し遂げました。同時に北京オリンピックを成功させました。この時から鄧小平が掲げた「韜光養晦、有所作為」に別れを告げて、胡錦濤氏が「堅持韜光養晦、積極有所作為」を表明します。より積極的に世界に関与する姿勢を明確にしたのです。そして2010年にはGDP世界第2位に躍り出ました。成長した経済力が軍近代化の推進力となり、経済力と軍事力が対外積極戦略を生み出という連鎖構造が形成されました。ここから今日の米中対立の戦いの本格的火蓋が切られることになります。

 2012年に国家最高指導者となった習近平氏は国内での権威主義体制を強化します。対外面では2014年に「一帯一路」戦略を発表し、海洋への押出し拠点となる南シナ海への進出を強化しました。2015年には南シナ海上の人口島嶼を埋め立て軍事基地化を図りました。同年7月には「中国製造2025」を打ち出し、世界のAIやICT市場での優位性を獲得する意図を表明しました。なお、「中国製造2025」の最重視項目は次世代情報技術、とくに「5G」(次世代移動通信)です。

 ロシアは2000年にプーチン氏が大統領に就任した以降、民主化革命(カラー革命)との戦いを最重要課題とし「強いロシア」の復活を目指してきました。カラー革命により、いったんは、グルジア(ジョージア)およびウクライナには親米政権が誕生しましたが、ロシアは情報戦を主軸とするハイブリッド戦を展開して、グルジア親米政権を打倒しました。2014年にはウクライナから、黒海の進出口にあたる戦略要衝に位置するクリミアを奪還しました。

 このようなロシアを脅威とみた欧米は経済制裁を科します。このため、苦境に堕ちいたロシアは中国へ接近し、ここに欧米VS中ロという対立軸が顕著になりつつあります。このことは自由・民主主義を世界に普及するという米国の世界戦略の蹉跌と言えます。また、長期に及ぶ自由・民主主義と権威主義との対立構造の形成とも見られます。なお、ロシアの対中接近は、中国の軍近代に拍車をかけています。

 2016年、米国では「米国第一主義」を掲げるトランプ氏が大統領に就任します。この背後には、米オバマ民主党政権下で経済制裁を受けたロシアが共和党政権の誕生を水面下の画策したとの指摘もありますが、実は、トランプ政権誕生の影の〝功労者〟は中国であったかもしれません。経済グローバル化によって安価な中国商品の流入したことにより、白人労働者は職業を失われ、農産物の輸出減少によって貧困化しました。合わせて労働移民の流入が白人労働者の生活を重苦しくしています。だから、トランプ氏は移民流入に「NO」を突きつけ、中国からの輸出に関税をかけて、中国商品の流入をブロックしようとしたのです。

 これが顕在化したのが2018年からの米中貿易戦争です。ここには世界的な反グローロバリズムと、グロバリズムの恩恵者である中国との対立という構図が見られます。英国のブレグジットも反グローバリズムが生み出したと言えます。

 さらに香港問題によって権威主義vs自由・民主主義の対立が深刻化し、コロナ禍が発生した以降、米英連合さらにはファイブアイズvs中露という対立に発展しつつあります。

 米国は「中国製造2025」を米国の優位を奪う、重大な脅威と認識しています。米国政府により5Gを推進する中国ICT企業の世界市場からの締め出しという事象が起きています。つまり、米中貿易戦争はICTの主導権争いのでもあります。

 今回のコロナ禍が米中対立を深刻化させたことは間違いありません。さらに、米国主導による対中包囲網が拡大し、中立的であった独仏までもが対中包囲網に加わる動きを見せています。

ただし、米中対立の動きはコロナ禍以前、さらにはトランプ政権以前から起きています。すなわち、第二次オバマ政権からの流れが継続しているのです。このような歴史を踏まえて、バイデン新政権の誕生で米中を軸とする世界秩序に変化があるのかなどを予測する必要があります。しばし、米中の関連動向を注視したいと思います。

ツイッター、トランプ大統領のアカウント停止に思う

1月8日、ソーシャルメディア(SNS)大手のツイッターがトランプ大統領のアカウントを「さらなる暴力扇動のリスク」を理由として永久停止したようです。

私にとって、このニュースは今後の国際社会の行方を占う〝ドライバー〝であると思われますので、報道事実を中心備忘録として書き残しておきます。

事の起こりは、1月6日午後、ワシントンの連邦議会議事堂で大統領選の結果を確定させる上下両院の合同会議が開催中のことです。トランプ大統領の支持者が多数、会期場に乱入し、一時占拠しました。合同会議は中断を挟んで再開され、7日未明に大統領選の結果確認を終え、バイデン次期大統領の勝利とトランプ氏の敗北が正式に確定しました。この乱入騒ぎで警察に銃撃された女性1人を含め、4人が死亡した模様です。

この乱入事件に世界が注目しているようですが、私はツィターの停止の方に関心がありました。ツィターがトランプ氏のアカウントを停止した経緯は以下のとおりだとされています。

トランプ氏は、事前に支持者が議事堂で抗議するよう扇動していたとの批判が集まっていました[1]。これを受けて、ツイッターは6日にトランプ氏のアカウントを一時停止しました。その後、アカウントは一時解除され、ツイッターによる停止表明から24時間後の7日午後7時10分(東部時間)に、トランプ氏は暴力への批判と国民の団結を呼びかける2分41秒のスピーチ動画をツイッートしました。

さらに8日午前9時46分と午前10時44分にツィートし、この中で、トランプ氏が「20日のバイデン新大統領就任式に出席しない」などと表明し、「米国の愛国者たち」などの表現で支持者らを激励しました。

これを問題視したツィターが8日午後6時21分にトランプ大統領のアカウントを「さらなる暴力扇動のリスク」を理由として永久停止しました。

ツィターの動きを受けて、SNS各社が軒並みトランプ大統領のアカウント凍結に動いています。

フェイスブックもアカウント停止の無期限延長を表明しました。ツイッターの代替として、多くのトランプ氏の支持者が活用するソーシャルメディア・アプリ「Parler(パーラー)」については、グーグル社が8日、アップル社が9日、それぞれ自社のアプリ・ストアで凍結・削除しました。このほか、アマゾン社がホスティング・サービスから削除する決定をしました。アップルやアマゾン・ドット・コムは、右派が集まる交流サイト(SNS)「パーラー」をアプリストアやウェブサービスから削除しました。

ツィターの永久停止に対して、トランプ氏は米国大統領の公式ツイッターアカウントを使って、以下のようには表現の自由を損なうものとして反論してます。

「ずっと言い続けてきたことだが、ツイッターは表現の自由の禁止へとどんどんと突き進んできた。そして今夜、ツイッターの社員たちは民主党や急進左派と連携して私のアカウントをプラットフォームから削除し、私を沈黙させた――さらに私に投票してくれた7,500万人の偉大な愛国者の皆さんのこともだ。ツイッターは私企業だが、通信品位法230条(プラットフォーム免責)の恩恵なしには長くは存続できないはずだ。いずれそうなる。他の様々なサイトとも交渉をしてきた。いずれ大々的な発表をすることになるだろう。近い将来、我々独自のプラットフォームをつくる可能性も検討している。我々は沈黙しない。ツイッターは表現の自由とは縁もゆかりもない」[2]。(平和博「Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由」)

トランプ氏は「表現の自由」という観点から、ツィター社を批判し、近い将来、独自のプラットフォームを立ち上げる可能性をちらつかせ、対抗意志を露にしました。

 一方、野党民主党は「トランプ氏が支持者らによる連邦議会での暴動を扇動した」などとして、11日、連邦議会下院にトランプ大統領を弾劾訴追する決議案を提出しました。一般の刑事事件の起訴状にあたる決議案では「トランプ大統領は政府への暴力をあおる重罪に関与した。大統領は国家安全保障と民主主義への脅威であり続ける」と非難しています。

 SNS(ソーシャルメディア)が社会的な問題を引き起こすことから、かねてよりコンテンツ管理強化を要求する声は高まっていました。これに、今夏の議事堂占拠事件が起こったのですから、今回のツィターの措置には一定の理解が示されているようです。

しかし、この問題の意味するところは小さくありません。なにしろ、トランプ氏はまもなく大統領を辞することが確定しているとしても、未だ現職の大統領なのです。一介の私企業であるツイッターがあからさまな政治活動を行っていることには、権力層への癒着という違和感さえあります。

2008年ごろからツイッター、フェイスブックなどのSNSが普及し、非民主主義の権威主義体制下の国の一部では、政府と国民との力関係が逆転する現象が起きました。2010年代のアラブの春はその記憶に新しいところです。その裏には欧米などの民主化運動への支援の影がちらついていました。他方、米国や中国などではSNSが政府などの権力と連携して、水面下で国民をコントールしているとの批判もあります。

今回のツィターのなどによる停止措置は、これまでのSNSによる水面下での政治工作が表面化したともいえます。トランプ支持派の暴力的行為は論外ですが、これにしても実態はどれほど深刻なのものかはわかりません。

香港デモでは、我々は民主化グループの活動がたとえどれほど過激であろうとも、それを〝善〟として捉え、取り締まる側を民主主義を抑圧する〝悪〟だと捉える傾向があります。香港民主化グループと、会議に雪崩れ込んだトランプ支持者はどうほど違うのでしょうか? 一方を〝善〟として、トランプ支持派を〝悪〟と認識する我々の多くは、本当はマスメディアによって操作された情報に踊らされている可能性さえあります。

今回のツィター社の行為は、国際社会がますます「国家に対する個人のエンパワーメントの増大」に向かっていることを証明しました。拡大解釈すれば、SNSなどの一部の巨大IT企業が、どこかの独裁国家と連携すれば、自らの価値観に沿った世界を構築し、支配するという懸念も出てきます。

よく「ポピュラリズム」を自由・民主主義の脅威だという声を耳にします。しかし、ポピュラリズムは直接民主主義が生んだ産物です。ポピュラリズムを一概に否定するわけにはいきません。これもメディアの操作かもしれません。

むしろ、SNSが特定の利益集団と連携して、それに反対する国民の言論や集会、結社の自由を奪うとすることの方が自由・民主主義への冒涜とはいえないでしょうか。一部の私企業における歯止めのない権力の増大こそが自由・民主主義の大きな脅威だと、私は思います。

共和党のルビオ上院議員はFOXニュースに、米国自由人権協会(ACLU)は「フェイスブックやツイッターなどの企業が、数十億人の発言に不可欠となったプラットフォームからユーザーを排除するという絶対的権力を行使することは懸念だ」との見解を示しました。

また、ドイツのメルケル首相は11日、ツイッター社の決定について、意見表明の自由を制限する行為は「法に基づくべきだ」と述べ、同社の対応を批判し、報道官を通じて、意見表明の自由を守ることは絶対的に重要だと強調しました。

メルケル氏は、多国間主義の重要性を基本理念として、トランプ氏の「米国第一」の政治姿勢に対しては批判的な立場を取っていますが、彼女には確固たる政治理念があります。だから、自国のみならずEUでもメルケル氏は大いに尊敬を集めています。

メルケル氏の発言を世界はどのように受け止めるかを注目しています。


[1]  トランプ氏は6日正午すぎにはホワイトハウス近くで演説し、「ここにいる全員が議事堂に行き、平和的に愛国的に、声を聞かせるために行進することを知っている」と議事堂での抗議を求めた。

[2]これらのツイートも、間もなくツイッターによって削除された。

半藤さんのご冥福をお祈りします

1月12日、昭和史に関するノンフィクション作品を多く手がけた作家の半藤一利(はんどう・かずとし)氏がお亡くなりなりました(享年90歳)。謹んでご冥福をお祈りいします。

昭和5年、東京にお生まれになり、東大文学部を卒業し、文芸春秋新社に入社され、1990年から本格的な作家活動に入られたとのことです。

私も半藤氏の著書はいくつか拝読しました。半藤氏の『昭和史』(平凡社ライブラリー)は、『昭和史1926-1945』と『昭和史 戦後篇 1945-1989  』の2冊がありますが、現在まで累計70万部を超えるベストセラーになっています。昭和史としては日本で最も多く読まれた書の一つといえるでしょう。

今日(1月13日1300時現在)の「アマゾンランキング軍事」で検索すると、『日本のいちばん長い日 決定版』(文集文庫)が売れ筋の第一位で、『ノモンハンの夏』が同第二位です。著名人の身上変化が出版市場を大きく動かすのはいつものことですが、半藤氏の影響力の大きさを改めて感じます。

『日本のいちばん長い日 決定版』は、昭和40年に大宅壮一編として、玉音放送までの一日を描いた「日本のいちばん長い日-運命の八月十五日」として発表されました。これが、平成7年に「決定版」として、自身の名義で改訂されました。

半藤氏の昭和史は非常に面白く、綿密な取材の跡が随所に伺えます。ただし、私が思っている歴史認識とは少し違うな、という印象ではあります。

私のような浅学な歴史認識では太刀打ちできませんので、「テンミニッツtv」で学んだ、故・渡部昇一氏の見解をここに引用しておきます。

「私は半藤氏をよく存じ上げている。彼が月刊誌『文藝春秋』の編集長を務めていた頃、企画などをよく頼まれていたのだ。半藤氏は教養あるジェントルマンで、奥さんは夏目漱石のお孫さんである。私と同い年で、大東亜戦争にも大変興味を持っており、戦後、司馬遼太郎氏をはじめ、いろいろな人と交流を持ちつつ多くの関係者に取材し聞き書きを行なっておられる。

 だから、半藤氏の『昭和史』に書かれていることは、時代の一面を非常にうまく切り取っている。口述を文章にまとめたものだから、とても読みやすく、面白いエピソードも数多く入っている。どの話も事実であろう。

 だがしかし、そうであるがゆえに、ある意味で危険ともいえる面がある。そのことを、本書の冒頭でぜひ示しておく必要がある。

 私の見るところ、半藤氏は終始、いわゆる「東京裁判史観」に立っておられる。つまり、東京裁判が日本人に示した(言葉を選ばずにいえば、日本人に「押し付けようとした」)歴史観の矩(のり)を一切踰(こ)えていない。

 戦後、占領軍の命令で、東京裁判(極東国際軍事裁判、昭和21年〈1946〉~23年〈1948〉)のためにあらゆる史料が集められた。それがあまりに膨大なものであったため、それらの史料こそが「客観的かつ科学的な歴史」の源であり、それらなしには二度と昭和史の本を書くことができないような印象さえ世間に与えた。

 だが、実はこの「客観的かつ科学的」というのが、大きな偽りなのである。

 一般にはあまり知られてこなかったことではあるが、終戦直後に、7千点を超える書籍が「宣伝用刊行物」と指定されて禁書とされ、GHQの手で秘密裏に没収されている。その状況については、現在、西尾幹二氏が著作を発表されておられる。また、当時の日本人の多くが気づかないうちに、戦後のメディア報道はきわめて厳重に検閲され、コントロールされていた。そのことについては、江藤淳氏の労作をはじめ、さまざまな研究がなされている。

 さらに、これは気をつけなくてはならない点だが、そのような状況下で「歴史観」がつくられていくと、実際に体験をした人の「記憶」も巧妙に書き換えられていくのである。なぜなら、全体を見渡せるような立場にいた人は少ないからだ。

 自分が経験したことは、大きな時代の流れの一局面にすぎない。だから、外から「実はお前がやらされていたことは、こういう動きの一部分なのだ」と指摘されると、「そんなものかなあ」と思わされてしまうことも多い。

 また、それに輪をかけて気をつけなくてはいけないのが、実際に体験した人々の話を編集したり、聞き書きする人の歴史観である。体験談は多くの場合、もちろん編集者の目を経て発表される。しかも体験者はプロの書き手ではないから、誰かに聞き書きをしてもらうことも多い。その編集者や、体験談をまとめる書き手が一定の歴史観に縛られていたとすれば、残された「記録」の方向性に大きなバイアスがかかってしまうのである。

 戦後のメディアの「言論空間」の中では、編集者や書き手の歴史観が、大きく東京裁判に影響されたことはいうまでもない。

 東京裁判以後の歴史観が、残された史料によって必然的に「東京裁判史観」に墜ちていってしまうのは、このような背景があるからだ。また、戦争の時代を生きた当事者の聞き書きだからといって、簡単に「『東京裁判史観』の影響を受けていない歴史の真実だ」と断ずることができないのも、いま指摘した通りだ」(以上、「テンミニッツTV」テキストから抜粋)

 渡部氏の指摘のポイントは、①戦後のメディア報道はGHQにより、きわめて厳重に検閲され、コントロールされた状況下にあった。そのような状況下で「歴史観」がつくられていくと、実際に体験をした人の「記憶」も巧妙に書き換えられていく。②実際に体験した人々の話を編集したり、聞き書する人の歴史観にはバイアスがかかる。GGQにより恣意的に残された史料が必然的に、編集者や聞き書きする人の歴史感を「東京裁判史観」に擦り寄せていく。以上の二点です。

 司馬遼太郎氏がノモンハン事件を執筆するための取材に、半藤氏は編集者として同行しました。しかし、司馬氏はノモンハン事件については書きませんでした。そこで、司馬氏のお別れ会で、自分がノモンハンについて書くと決めたのだとされています。

さて、ノモンハン事件は、「作戦参謀の辻正信と同作戦主任参謀の服部卓四郎によって執行され、その作戦は失敗に帰した。その責任を取る形で両名は一応左遷されたが信じられないような軽い処分で済んだ。」というのがこれまでの歴史の定説です。半藤氏の主張もこのような定説を補強するものとなっています。

ただし、ソ連崩壊後に旧ソ連時代の秘密文書が解禁となって以降、異なる歴史解釈が紹介され、実はノモンハンについても、ソ連の方が格段に損害が大きかったという見解も出て来ています。また、当時、その情報は「機密情報」としてソ連が封印していたというのです。

ジューコフ元帥が第二次世界大戦後にインタビューを受けて、「あなたの戦歴の中で最も厳しい戦況だった戦いはどこですか?」との問いがあり、インタビュアーは、「独ソ戦史の中のいずれかの戦場」との答えを期待していたようです。しかし、彼は一言「ノモンハン」と回答しました。

結局、当時の陸軍には戦闘損耗を妥当に評価できる態勢がありませんでした(なお、米軍はBDA(爆撃効果判定、Bomb Ⅾamage  Assessment)を重視している)。これに加え、GHQの意図的な情報操作があったとすれば、執筆者や編集者の著述の正確性は低下し、我々の歴史認識も変わってしまうことになります。

インテリジェンスの重要性を改めて認識します。