情報分析官が見た陸軍中野学校(1/5)

約1年半ぶりとなりますが、新著を5月に出版します。そのため、昨日からメルマガ「軍事情報」で新著に紹介をさせていただいています。毎週1回、計5回を予定しています。

ここにも掲載しておきます。

「軍事情報」メルマガ読者の皆様、ながらくご無沙汰しております。以前、この時間帯で、「兵法三十六計」「女性スパイと情報史」「わが国の情報史」を投稿させていただいた上田です。

「わが国の情報史」では、少しだけ中野学校に触れましたが、今般、これを拡大リニューアルして「情報分析官が見た陸軍中野学校』を出版させていただくことになりました。

拙著の中でも、とりわけ〝生みの苦しみ〟を味わったとの思いがあり、本書では以下のように表現しました。本音です。

「…・中野学校を一冊の著書として刊行しようとした過程では、理解力や筆力の欠如から、中野学校の実相あるいは先人たちの労苦を表現しきれない挫折感を覚え、執筆を中断したこともあった。

 だが、筆者の友人の支援、中野関係者および出版社のご厚意で、五年の歳月をかけて、ようやく一つの形にすることができた。

 少々大袈裟ではあるが、本書は自身の内面と向き合い、先人たちの崇高な精神をあれこれ分析する資格もない自らの〝未熟さ〟を自覚し、また〝葛藤〟と戦い抜いた末の書なのである。」(本書引用)

さてタイトルにもありますが、これは既存の中野学校関連本とはまったく一線を画する本です。つまり、情報分析官あるいは調査学校などでの情報教官を経験した私が、自らを当時の環境に置き、先覚諸氏の情報活動への追体験を試み、中野学校の組織や出身者の活動がどうだったのかなどを分析・評価しています。

もちろん、過去に自分を投影するなど簡単な口にすることはできないし、至らない点は多々あると思います。実際、前述のような挫折を存分に味わいました。

しかし、以下に述べるような状況を放置することはできないと考え、本書を世に問うこととしました。

今日の中野関連本の多くは、戦前や戦後の中野出身者の活動に焦点が当てられています。中野出身者の一人である小野田寛郎少尉を代表とするアジアでの遊撃戦や、最近では沖縄戦での中野出身者の国内遊撃戦を取り扱う傾向にあります。しかし、中野学校では秘密戦や遊撃戦は異なる概念であり、中野学校が止む得ずに遊撃戦の教育を引き受けた経緯があることはほとんど認識されていません。

さらには中野出身者が戦後になって、帝銀事件、松川事件、白鳥事件などの「国家重大謀略事件」へ関与したかのような俗悪本が蔓延っています。つまり商売主義によって偏向された根拠のない風説や、中野出身者を〝スーパースパイ〟に囃し立てる本が跋扈しています。

中野学校には、長くても1年くらいの課程しかありません。そこには開錠(鍵開け)、開封(封書あけ)、薬物(毒殺)などのスパイ教育もありましたが、秘密戦の基礎教育、国際情勢、占領地行政などさまざまな教育をやっていました。多くのキャリクラムをこなす中、いわゆる〝スパイ技術〟が短期間で修得できることなどあり得ません。

失礼ながら、多くのジャーナリストの方や作家の方には、軍事面での現場感覚がおありでないので、ちょっと教育すればスーパー秘密戦士ができるかのような錯覚をお持ちになるのだろと思います。そうした錯覚を前提に中野出身者による戦後の謀略説などが組み立てられていくのだと考えます。

他方、中野学校の組織や出身者の活動を、過去資料に基づき考察している良書もありますが、中野学校を国家謀略機関として他国の情報機関と比較したりする点には若干の問題があると思います。

中野学校は陸軍の一教育機関です。私のように自衛隊の一教育機関の教官として長年勤務した経験からすれば、組織内の一教育機関が諜報、謀略を実行する主体になり得ません。 国家への影響も限られていることは明らかです。教育は国家全体の国力維持の屋台骨ではありますが、即戦力の養成という点での限界もあります。

たしかに、当時、国家および陸海軍が本格的な情報教育の機関を有していなかったため、中野学校での情報教育は画期的なものでしたが、中野学校ができたからといって、戦前の情報活動の問題点を一掃される、太平洋戦争を回避できたかもしれないと過大視するのは希望的観測であり幻想です。このような感覚論は、情勢判断に失敗し無謀な太平洋戦争に突入し、太平洋戦争で情報活動の失敗をしたことの本質の理解を遠ざけることになります。

以上のような状況を憂慮するとともに、中野学校のより実相に迫りたいと考え、私は次の二つの目的をもってこの著書を書きました。

「本書の目的は二つある。一つは、陸軍中野学校(以下、中野学校)の創設理念や教育内容を正しく評価し、現代社会における情報戦争(情報戦)への対応に役立てることである。

 もう一つは、中野学校がスパイ組織として非合法な活動を行なっていたなどという、誤った認識を是正することである。」(本文引用)

エンリケ様のご厚意により、5回シリーズで本書の読みどころを紹介させていただきます。

皆様よろしくお願いします。

引っ越ししています(3月31日)

現在、私は人生最後(?)かもしれない引っ越しの最中です。大型家具等の引っ越しはまだですが、新居への住民票の移転、郵便物の配送変更届、ガス、電気、インターネット、携帯電話(ついでに携帯電話も変更)の新設と廃止の手続き、はたまた新居での内装などやることがたくさんあります。

これまで引っ越しは何回かやりましたが、もの忘れも多くなったせいか、過去にやったことのある銀行口座の住所変更届などのやり方が思い出しません。最近(随分前からですが)、銀行で別の生命保険会社との契約を結んでいたり、銀行と関連するクレジット会社や信用会社が違っていて、銀行へのの届け出だけではダメなのです。

やはり、順調に進むのは市役所での住民票、印鑑登録証の移転、免許の住所移転などの窓口で直接対応していただくものです。話せばわかるではないですが、やはり私は会話でないと理解ができないようです。

電話でオペレーターとお話ができればと思うのですが、クレジットカード会社、インターネット会社など多くは、音声自動ガイダンスになっています。電話をかけてもオペレーターにはなかなかつながりません。「○○秒○○円でご案内します」と言われ、ガイダンスが示す番号や、こちらのクレジットカードの番号などを入力し、やっとたどり着いた先は、私が知る必要もない音声ガイダンスが流れる、まったく役に立ちません。顔の見えないガイダンスに腹を立てても仕方がありませんが、まったく住みにくい生活になったものです。

電気の使用に関しても、東京電力以外のところに変えて、それなりに使用料は下がっているのかもしれませんが、対応窓口が一つではなく、たらいまわしにされます。しかも、前のところと言うことが違う。インターネットも別の会社が一部業務を委託している関係から、カスタマーサービス一発で問題解決になりません。

内装のためにホームセンターに行っても、従業員不足なのか、店内に店員さんがあまりいません。広い店内を「ダボはどこにあるんだ」とブツブツ言いながら店内を徘徊する始末。昔は、うるさいくらいまでに店員さんが対応してくれたの・・・・。

日本の自動決済の普及率は中国、韓国などに遅れを取っているようです。自由・民主主義の国では個人のプライバートーなどが尊重されます。そこで、国家に監視される制度は妥当なのかという議論がメディアで提起され、そういうこともあって、マイナンバーカードも普及も容易ではありません。

プライバーシーを守りながら様々な生活をオンラインで済まそうとするから複雑になります。中国のような国家が国民監視することが当たり前の社会では、プライバシーは尊重されないが、例えば特定のカードをかざすだけで問題が解決するといった生活の利便性があります。ふと、どちらがいいのかと思ってしまいます。

はたして自由・民主主義体制と権威主義体制、世界はどちらに向かうのか。AIが発達して、人間が考えることが少なくなり、一部の権力者や高度技術者にすべてお任せします、それが最も便利でストレスフルな社会なのではないかなどと思ってしまいます。他方、そうなった場合、なんのために生きているのか、人生とは何かなど別の悩みも生まれてきそうです。

地球環境問題(3)

■ 中国の環境意識

  米国の地球環境問題を見てきましたが、中国についてはどうでしょうか。中国は急に経済発展をしたので、大気汚染、水質汚濁、森林伐採による砂漠化などといったさまざまな環境問題が発生しています。

私も2000年代初頭と2010年代初頭に中国に行きましたが、空は毎日どんよりと曇っていました。14億人近くの世界一の人口規模を抱えながら、排気規制や廃棄物収集など制度面の規制が追いついていないのですから、様々な環境問題が発生するのも仕方ありません。

PM2.5の問題、黄砂の問題は中国だけの問題ではなく、わが国も直接的な被害を受けることになります。改革開放以降、経済発展、都市化の進展と生活スタイル変化に伴い、生活ごみも増えています。

最近は中国も環境問題に熱心になったとの情報もありますが、今回のコロナ禍やかつてのSARSが最初に発生したのは中国です。この原因が衛生意識が低いとの見方があるように、決して環境問題への意識は高いとはみられません。

■ 中国の環境問題の一因は日本?

 中国の砂漠化は日本にも責任があると聞いたことがあります。日本が食べている羊肉というのは、実は中国の山羊(やぎ)だそうです。山羊が木の皮を食べるので木がダメになって砂漠するといわていました(本当かどうかわからない)。また、日本が安い中国産の野菜をどんどん買うので、中国の農家は野菜にたっぷり農薬を掛けるといいます。この話はなんとなく分かる気がします。

 要するに、グローバル社会では他国の問題点は自ら発生していることが多々あります。少し前まで、日本の廃棄される7割のプラスチックが中国やベトナム、タイ、マレーシアに輸出されていたといいます。そこで適切に処理されるわけではなくゴミ山になり、それがまた環境問題を引きこ起こす、悪の循環繰り返していたとされます。

■中国は世界最大の温室効果ガス排出国

中国は世界最大の温室効果ガス排出国です。習氏は2016年9月にオバマ米大統領(当時)とともに、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」批准を正式発表し、その成果を世界にアピールしました。

中国はこれまで温室効果ガスの規制には消極的でした。まだ、中国は開発途上国なので規制には応じられないという姿勢を取り続けていました。しかしながら、2009年のCOP15あたりから方向性を変えました。

経済のグローバルを進めていくうえで、温室効果ガスの旗振りもやらなくてはならないと認識したことが第一の理由とみられますが、国自身の大気汚染などの環境悪化も国内安定から必要になっています。

2019年には、コロナ禍が発生した武漢で新たなごみ焼却場の建設に反対する環境デモも生起しています。この住民デモはSNSで流されるのですぐに問題となります。中国の大規模抗議活動の1/3は環境汚染関連とされます。つまり、共産党政権のアキレス腱というになります。

■中国は環境問題を政治利用

トランプ氏はパリ協定から離脱しました。2020年はコロナ禍で、トランプ氏による対中包囲網の形成の試みが進展しました。これに対して、中国は、温暖化対策一つの牽制として、国際社会の主導権を握り対抗する構えを見せまたといえます。つまり、環境問題が中国によって政治利用されました。

中国は2020年の国連総会で、2030年までに減少に転じさせ、2060年までに温室効果ガス排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする宣言しました。中間目標として、2035年にはガソリン車を撤廃するともいいました。しかし、技術的な問題から、2035年のガソリン車の撤廃は達成できるかは不透明です。

香港問題などをめぐり欧州連合(EU)が対中警戒を強めている中、中国は欧州側が伝統的に重視している気候変動対策を梃子に関係回復を図ろうとする思惑もうかがわれます。習氏は、長期目標をいかに実現するか明確にしていませんが、「各国は新たな科学技術革命と産業変革の歴史的なチャンスをつかむべきだ」と強調し、環境対応の製品・ビジネスの拡大を進めようとしています。

SSNと民主主義について思う(6-終わり)


■ビジネスから選挙戦のプラットフォームになるSNS

 今日のビジネスでは、SNSがマーケーティング戦略のプラットフォームになっています。そこでは、SNS利用者をセグメーンテーションし、「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を定めるマーケッティング戦略が立てられています。この戦略を立てる手順が「STP」です(S=セグメンテーション、T=ターゲティング、P=ポジショニング)。

 ICTの発展により、SNS、ビックデータ、AIなどがセグメンテーションを可能にしました。しかも、それはサイコグラフィックといって、顧客をライフスタイル、行動、信念(宗教)、価値観、個性、購買動機など、購買者の心理的要因(属性)によって分類(セグメンテーション)できるようになりました。

 私はこのマーケティング戦略が米大統領選挙や英国のブレグッジッドに活用されている状況についてこのコラムで整理しました。つまり、マーケティング戦略を政治に応用した「マイクロターゲッティング」が行われ、それが民主主義が操られる脅威について述べてきました。

 英国のケンブリッジ・アナリティカ(CA)、カナダのAIQといった民間のデジタル企業が米大統領選挙や英国のプレグジッド国民投票に干渉したことを元社員が暴露しました。

 さらには、ロシアは国家諜報組織と密接な関係を有するとされるAPT28、APT29を運用し2016年の米大統領選挙でトランプ氏を当選させるようにサイバー戦を仕掛けたとされています。効果がどの程度あったかはわかりませが、劣勢なトランプ氏が勝利したのですから、勝利の要因の一つとして考慮しないわけにいきません。

■「確証バイアス」の罠に陥るユーザー

 SNSはこれまでのメディアと異なり、誰でも手軽に情報を発信できるという、双方向性の特徴があります。双方向であるので、ネット空間ではすぐに情報がいっぱいになります。

 報道機関だけでなく、様々な利害関係者、個人のブロガーが利用し、どんどんニュースの内容は変化し、陳腐化するので、誰も、それが事実かどうかを見極めることはできません。言ったもの勝ちの状況が生まれ、利用者は自分にとって都合の良い、自分が正しいと思う情報だけを拾い上げて、また拡散するという状況にあります。

 SNSの発展によって、多くのユーザーは、世界と幅広く接触しているような錯覚に陥りますが、実態は、情報の洪水の中から、アルゴリズムやマイクロターゲティングによって選別された、限られた情報にしか触れていません。彼らの多くは、自分の信じたいことだけを信じる傾向にあります。

 私たちは知らない間に、自分好みの耳障りにの良い情報だけに囲まれ、自分を否定する情報を拒絶していっています。たとえば、Facebook(FB)ユーザーは、FB独自のアルゴリズムによって、自分の興味関心や好み、思想に合致する情報ばかりを目にすることになります。これを「エコーチャンバー」(自分の意見だけがこだまする反響室)と言います。

 そして、自分の考え方は多くの支持を受けている、多数派だと錯覚し、自分が描く未来は正しいと確証するようになります。これが「確証バイアス」の罠なのです。

 ヒラリー・クリントン氏は、第1回大統領候補討論会でトランプ氏に対し、「ドナルド、あなたは自分で作り上げた現実の中に生きている」と喝破しましたが、これは現代のアメリカ社会全体に向けられるべき言葉であったとも言えます。

■SNSと政治との関係

 選挙にいてもマスメディアの影響は低下しています。これまでの選挙では、さまざまなメディアが国民の意思に影響を与えました。

 政治とメディアは気っても切り離せない関係にあります。フランクリン・ルーズベルトのラジオ演説に始まり、ジョン・F・ケネディのテレビ討論と広告、バラク・オバマ氏のインターネット選挙が良い例です。その後、SNSを使った選挙キャンペーンが加速して、2016年の大統領選挙ではSNSが用いられました。

 現在、世界の人口の約3割がSNSユーザーです。特に、1980年代以降のミレニアルズ世代にとってはSNSは主要なニュースソースとなっています。アイフォンなどのモバイルが普及し、SNSの状況を加速させています。 

 

 今日、SNSが定着しつつある中で、従来のマスメディアの影響力も低下しています。つまり、SNS上でのアルゴリズムが下す判断の方が、ジャーナリストの洞察力よりも重要視されてしまいます。 

 SNS上で「確証バイアス」が蔓延すれば、自分と異なる思想を持つグループへの罵詈雑言が溢れるようになります。

 トランプ氏を支持する「オルタナ右翼」から派生した「草の根運動」であるQanon(※※)には、「悪魔崇拝者のカバル(集団)が世界レベルで人身売買ネットワークを動かしており、トランプ大統領を突き落とそうとしている」などといった「陰謀論」が書き込まれました。

 その投稿の内容には、国家や政権のディープな部分にアクセスできる者しか知りえないような真実が20%程度混じっているために、それにつられる形で、フェイクが蔓延していったのだとみられています。

 こうして自己勝手の意見が拡散されれば、やがて世論の分極化が始まり、現実の衝突事件へと発生します。米国の人種対立はSNSが生み出した負の影響かもしれません。

■ポピュラリズムそのものは非民主主義ではない

 民主主義は「国民主権」が大原則です。つまり、有権者である国民が直接、もしくは自由選挙で得らればれた代表を通じて権限を行使し、それに伴う義務を遂行するというものです。要するに、国民が自由意志によって、自らの代表を選ぶのです。

 トランプ氏が大統領になり、「ポピュリズムが民主主義の敵」という考え方が盛んに吹聴されます。ただし、ポピュラリズムは民主主義を否定するものとは必ずしも言えません。直接民主主義はしばしばポピュラリズムを生み出します。

 SNSの核心は双方向性、つまり人と人がつながることにあります。感情的で、短くウイットに富み、それでいて親しみのある、偽らざる自分を出すことが求められます。この点で、トランプ氏はSNSの特性にフィットし、ポピュラリズムを生み出しました。

 プロ政治家という、パブリックイメージを持つクリントン氏よりも、民意がトランプ氏を支持したことも民氏主義なのです。

 ただし、思想としてのポピュリズムには問題がないわけでありません。「民意こそが政治的意思決定の唯一の正統性の源泉である」と考える思想から、「選挙で勝利した政治勢力はすべてを決定できる。政治的な意思決定はすべて国民投票で決定すればよい」という主張が導き出せます。

 これが思想・信条の自由や言論の自由をはじめ、個人の権利の尊重を損ない、少数意見を排斥する危険性があります。そのため、あらかじめ多数決ですら決定できない領域を確保しておくことは重要です。

■SNSがユーザーの心理をコントロール

 最も問題はポピュリストがどのように支持を集めたかのかということです。

 もし仮に選挙において、他国の一部の組織による恣意的な世論誘導があったとすれば、それはもはや国民の自由意志の結果とは言えません。つまり、ケンブリッジ・アナリティカのような存在が、有権者の自由意思をコントロールしているとすれば、それは民意によって選ばれた代表だといえるでしょうか。すなわち、民主主義と言えるでしょうか。

 これまでのラジオ、テレビ、初期のインターネットは特定の階層だけを対象とした宣伝はできていいません。しかし、SNSはマイクロターゲーティングというやり方で、特定の層だけに、特定の情報を発信できます。マイクロターゲティングを使う側が意図的に国民の心理をハッキングし、国民の自由意志を操ることも不可能ではありません。

 ある種の勢力がSNSを通じて国民の心理をコントロールし、自らが思う政治勢力を形成する。それは独裁体制よりももっと民主的でないかもしれません。

 自由・民主主義体制の建前からSNSの規制なき普及が放置されると、結局は自由・民主主義体制までも失いかねないとみられれます。

 そういうことを知っている中国やロシアはSNSの自由な普及を統制し、国家が不安定にならないようにしているのでしょう。

 これまで米国は中国やロシアに対して、民主化運動を焚きつけて、内部からの民主化を画策したとの見方があります。しかしながら、ほかならぬ米国自身が体制の危機に直面しているのかもしれません。

 中国やロシアがSSNの盲点を突き、SSNを媒介として米国の国内分裂を画策し、米国の国際的な影響力を削ごうとの〝パワーゲーム〟を展開する。まさにSSNを媒介とした心理工作により民主主義体制は生き残りの危機をむかえようとしているのかもしれません。

(※)現在、世界の人口の3割に当たる22億人が、ソーシャルメディアを使用している。オバマ氏が2007年2月に大統領選挙に立候補を表明した時、Facebookのユーザー数はわずか3,000万人でした。しかし現在、アメリカだけで1.6億人、成人の7割が使用している。

(※※)QAnon、Qアノンとも表記、Q=Qクリアランス保持者=国家の機密性の高い情報へのアクセス権のコード」と「anonymous(匿名)」という2つの言葉が組み合わさった用語。米国の匿名掲示板サイトである4chanに2017年10月28日に初投稿がなされ、以後、Qポストなるものを投稿された。)

『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』の読後感

慶應大学教授、廣瀬陽子氏の『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』を読みました。壮大な「グランドストラテジー」の下で、ち密なロシアのハイブリッド戦略を解説する良書です。今、我々が直面しているサイバー脅威や情報戦に立ち向かうための「インテリジェンス・リテラシー」を高めるために、是非とも手に取っていただきたい著書です。

平易な文章で分かりやすく書かれているので1日か2日で読破できます。

 本作は「プロローグ」と「エピローグ」が秀逸です。「プロローグ」では本書の全般紹介のほか、最近、〝謎の人物〟として話題になっている、エフゲニー・プリゴジン氏について書かれています。彼は2016年の米大統領選挙でスティーブ・バノン氏などとともに、よく耳にするようになった人物です。

 同大統領選挙では、ロシアによるトランプ氏支持のためのサイバー攻撃(ロシアゲート)が注目されました。そこでは、「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」、「コンコルド・ケータリング」などの得体のしれない会社が暗躍しました。これらを裏で操っていた人物がプリゴジン氏です。

 彼は「プーチンのシェフ」と呼ばれ、最初にレストランと仕出しビジネスを立ち上げたのですが、本書でより詳しい彼の経歴を知ることができました。

 詳細は割愛しますが、9年間も刑務所につながれていたような不良人物がクレムリンとの人脈を築き、プーチンに近づき、裏社会のボスに一挙に上り詰めます。いったいどのような手口だったのか、皆さんも興味があるのではないかと思います。そのきっかけの一つががロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PMC)の「ワグネル」社(2014年設立)の経営関与です。そこに現代ロシアの裏側を見る〝わくわく感〟を覚えました。

 彼は本書の随所で登場しますので、本書を小説のような感覚で一挙に読むことができました。まさに、プリゴジン氏が本書の「シェフ」として、絶妙な味付けをしています。

 エピローグでは、世界を席巻しているパンデミック禍の中での「ロシアの下心」について描かれています。むろんエビローグなので全章のまとめとなります。

 著者はロシアがコロナ禍の中で積極的な支援外交を展開したことに言及され、欧米がこの支援外交を「ハイブリッド戦争」と警戒していることを紹介されています。著者は、この支援外交が「ハイブリッド戦争」だとは言えないものの、それほどロシアの「ハイブリット戦争」が世界から注目されていることの証左であるとの見解を述べられています。

 そのことを踏まえ、ロシアのハイブリッド戦争の効果について総合評価されています。ハイブリッド戦争は目に見えない部分が多く、それぞれの戦術・戦法の関連性が不明であり、因果関係が複雑なので、評価は容易ではありません。非常に困難である評価を敢えて行われたことに敬意を表します。

 その評価も客観的で納得できるものでした。評価自体は割愛しますが、①エストニアへのサイバー攻撃、②ジョージアへのハイブリッド戦、③ウクライナでのクリミア侵攻、④米国大統領選挙の関与、⑤シリア介入について、の5つの事例を取り上げ、各々を「成功と失敗」の両面から分析し、部分評価を下し、そのうえで総合的な評価を下されています。非常に読み答えがあります。

 また、世界が「ハイブリッド戦」にどのように対抗すべきかを、『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』の著者であるジム・スキアット氏の解決案を紹介しつつ、筆者自身の見解を提示されています。なお、私は現在この本も読書中です。

 最後は、わが国がどうすべきかということで締めとなっていますが、本来は行われるはずであった東京オリンピックに対するロシアのサイバー攻撃の計画があっことを改めて取り上げ、我が国の危機意識の欠如を指摘されています。一方で、今日の日本政府の取り組みに対する肯定評価もされています。このあたり、〝期待値も含めて〟といったところでしょうか。

 以上のようにプロローグとエピローグを読むだけでも大変勉強になりますが、やはりロシア研究の一人者としてオーソドックスな分析手法に大いに感服しました。第1章とは第2章は、ハイブリッド戦争の全体像の解説と、そのなかでも主流というべきサイバー戦(宣伝戦・情報戦)の解説なので、さらりと読ませていただくとして、やはり第3章の「ロシア外交のバックボーン」が本書の最大のキモであると思います。

 ロシア研究の第一人者である著者が、地政学の見地から、プーチン氏の「グランド・ストラテジー」を描き出し、これを踏まえて、ロシアにとっての勢力圏に対する外交アプローチ、ロシアが米国に対してどのようなことを狙っているのかなどを解説されています。2016年の大統領選挙や昨年の大統領選挙にまで、なぜロシアが国家的介入を行ったのか、「なるほど。う~ん」と唸らされる思いです。

 続く、第4章ではロシアの地域戦略、つまり重点領域を明らかにし、さらにロシアの戦略・戦術を多角的に展開しています。第5章では、アフリカをハイブリッド戦争の最前線であるとして、一転して焦点を絞った分析が行われています。ここに本書のメリハリが存分に発揮され、魅了されながら読書を進めることができました。

 著者も述べられているように、私も「最近のアフリカといえば、中国の進出が顕著というイメージ」を持っていましたので、ロシアが地政学の視点から巧みなアフリカアプローチを展開している状況は大変勉強になりました。

 著者によれば、ロシアは権威主義政権による「国内の抑圧」などに対する支援(「グレーゾーン」に対する「安全保障の輸出」)はPMCを使って国際批判をかわし、軍事分野での進出を筆頭に、経済分野よりも政治分野の方を優先させるとあります。この点は、中国とはやや異なる点であると興味を持ちました。

 私は若干、中国について研究していますので、ついつい中国とロシアを比較してしまいます。著者は、「ロシアは火種のないところに炎上を起こさせる力はないとされる一方、火種を見つけ、それつけこんで炎上させることに長けており、その際、ハイブリッド戦争的な手法はきわめて有効に機能してきた」と述べられています。ここにロシアのやり口が凝縮しているように思えます。

 一方、私に言わせれば「中国は火のないところに煙を立てる。これは「無中生有」という「兵法三十六計」の一つである。やり方である。それが国際社会に対する反中感情を引き起こしている」と感じています。

 これらに最近の両国の力の差を感じるととともに、中国は舌戦によって「喚く」、ロシアは裏でひっそりと「○殺」するといった、歴史文化の違いがあるのだと言ったら、少し言い過ぎでしょうか。

 最後になりましたが、著者には個人的にも意見交換などさせていただきおり、ますますのご発展を祈念申し上げます。