約1年半ぶりとなりますが、新著を5月に出版します。そのため、昨日からメルマガ「軍事情報」で新著に紹介をさせていただいています。毎週1回、計5回を予定しています。
ここにも掲載しておきます。
「軍事情報」メルマガ読者の皆様、ながらくご無沙汰しております。以前、この時間帯で、「兵法三十六計」「女性スパイと情報史」「わが国の情報史」を投稿させていただいた上田です。
「わが国の情報史」では、少しだけ中野学校に触れましたが、今般、これを拡大リニューアルして「情報分析官が見た陸軍中野学校』を出版させていただくことになりました。
拙著の中でも、とりわけ〝生みの苦しみ〟を味わったとの思いがあり、本書では以下のように表現しました。本音です。
「…・中野学校を一冊の著書として刊行しようとした過程では、理解力や筆力の欠如から、中野学校の実相あるいは先人たちの労苦を表現しきれない挫折感を覚え、執筆を中断したこともあった。
だが、筆者の友人の支援、中野関係者および出版社のご厚意で、五年の歳月をかけて、ようやく一つの形にすることができた。
少々大袈裟ではあるが、本書は自身の内面と向き合い、先人たちの崇高な精神をあれこれ分析する資格もない自らの〝未熟さ〟を自覚し、また〝葛藤〟と戦い抜いた末の書なのである。」(本書引用)
さてタイトルにもありますが、これは既存の中野学校関連本とはまったく一線を画する本です。つまり、情報分析官あるいは調査学校などでの情報教官を経験した私が、自らを当時の環境に置き、先覚諸氏の情報活動への追体験を試み、中野学校の組織や出身者の活動がどうだったのかなどを分析・評価しています。
もちろん、過去に自分を投影するなど簡単な口にすることはできないし、至らない点は多々あると思います。実際、前述のような挫折を存分に味わいました。
しかし、以下に述べるような状況を放置することはできないと考え、本書を世に問うこととしました。
今日の中野関連本の多くは、戦前や戦後の中野出身者の活動に焦点が当てられています。中野出身者の一人である小野田寛郎少尉を代表とするアジアでの遊撃戦や、最近では沖縄戦での中野出身者の国内遊撃戦を取り扱う傾向にあります。しかし、中野学校では秘密戦や遊撃戦は異なる概念であり、中野学校が止む得ずに遊撃戦の教育を引き受けた経緯があることはほとんど認識されていません。
さらには中野出身者が戦後になって、帝銀事件、松川事件、白鳥事件などの「国家重大謀略事件」へ関与したかのような俗悪本が蔓延っています。つまり商売主義によって偏向された根拠のない風説や、中野出身者を〝スーパースパイ〟に囃し立てる本が跋扈しています。
中野学校には、長くても1年くらいの課程しかありません。そこには開錠(鍵開け)、開封(封書あけ)、薬物(毒殺)などのスパイ教育もありましたが、秘密戦の基礎教育、国際情勢、占領地行政などさまざまな教育をやっていました。多くのキャリクラムをこなす中、いわゆる〝スパイ技術〟が短期間で修得できることなどあり得ません。
失礼ながら、多くのジャーナリストの方や作家の方には、軍事面での現場感覚がおありでないので、ちょっと教育すればスーパー秘密戦士ができるかのような錯覚をお持ちになるのだろと思います。そうした錯覚を前提に中野出身者による戦後の謀略説などが組み立てられていくのだと考えます。
他方、中野学校の組織や出身者の活動を、過去資料に基づき考察している良書もありますが、中野学校を国家謀略機関として他国の情報機関と比較したりする点には若干の問題があると思います。
中野学校は陸軍の一教育機関です。私のように自衛隊の一教育機関の教官として長年勤務した経験からすれば、組織内の一教育機関が諜報、謀略を実行する主体になり得ません。 国家への影響も限られていることは明らかです。教育は国家全体の国力維持の屋台骨ではありますが、即戦力の養成という点での限界もあります。
たしかに、当時、国家および陸海軍が本格的な情報教育の機関を有していなかったため、中野学校での情報教育は画期的なものでしたが、中野学校ができたからといって、戦前の情報活動の問題点を一掃される、太平洋戦争を回避できたかもしれないと過大視するのは希望的観測であり幻想です。このような感覚論は、情勢判断に失敗し無謀な太平洋戦争に突入し、太平洋戦争で情報活動の失敗をしたことの本質の理解を遠ざけることになります。
以上のような状況を憂慮するとともに、中野学校のより実相に迫りたいと考え、私は次の二つの目的をもってこの著書を書きました。
「本書の目的は二つある。一つは、陸軍中野学校(以下、中野学校)の創設理念や教育内容を正しく評価し、現代社会における情報戦争(情報戦)への対応に役立てることである。
もう一つは、中野学校がスパイ組織として非合法な活動を行なっていたなどという、誤った認識を是正することである。」(本文引用)
エンリケ様のご厚意により、5回シリーズで本書の読みどころを紹介させていただきます。
皆様よろしくお願いします。