認知戦とは何?(第2回)

欧米が「認知戦」の研究を開始

前回は、「認知戦」または「Cognitive Warfare」の急速な使用背景について述べました。中国は2003年頃から認知領域を定義し始め、欧米では2017年頃から「cognitive warfare」が主要な研究テーマとなりました。米国防情報局(DIA)のVincent R. Stewart将軍は2017年に「敵は認知領域で戦うために情報を活用している。だから平時・戦時の意思決定の領域での情報戦に勝利することが重要である」と指摘しました。おそらく、2016年の米大統領選挙時の「ロシアゲート」によって認知戦に対する危機感が増幅したのでしょう。

米国とNATOの認知戦に関する研究論文では、選挙工作が重要な事例として取り上げられ、2019年12月に発表されたHarvard大学の研究論文では、認知戦は「情報的手段によって、ターゲットとなる人々の思考形態およびそれに伴う行動形態を変容させる戦略」と定義されました。同様に、2020年にJohns Hopkins大学の研究者は、「認知戦は敵を内部から破壊し、外部主体が世論を武器にして公共機関および政府の政策に影響を与え、公共機関を不安定化させる試み」であると定義しました。

認知戦にはどんな特性があるのか

認知戦の特性は、第一に、従来の物理領域での活動とは異なり、非物理的な戦争方式(非物理戦)である点です。すなわち、敵の意思を戦わずして破砕することを究極目標とします。この点は原始以来の心戦、心理戦と変わるものはありません。

第二に、認知戦は心理戦および情報戦の進化版であると言えます。前回述べたように、非物理戦は古代の心戦に始まり、第一次世界大戦になってから計画的・組織的な心理戦(Psywar、PsyOps)へと発展し、さらにICT環境の発達の中で電子戦、情報戦、サイバー戦などが出てきました。これらの発展経緯の延長線上に生まれたのが認知戦です。したがって、認知戦は「サイバー空間または認知領域の中で展開される新たな心理戦である」ともいえるでしょう。

第三に、認知戦は人間を対象とします。ここが従来の情報戦との差異です。情報領域で行われる情報戦は、情報を搾取する、情報の流れを遮断するといった具体的な対象を持ちますが、あくまでも情報そのものを対象とし、それを制御(コントロール)するために、通信施設などの物理空間における目標への攻撃(物理戦)も行われます。 

他方、認知戦は情報を扱う人間を対象として、その心理・認知を操作し、意思決定や行動を変容させるものです。

第四に、認知戦はサイバー、情報、認知心理学、ソーシャル・エンジニアリング(社会工学)、AIなどのさまざまな技術を統合して行われます。特にAIとの親和性が高く、AIを利用した偽情報の生成や発信が、平時および有事において、軍事および非軍事の境界なく行われています。

第五に、認知戦は発展したインターネット、スマートフォン、そしてソーシャルメディアの環境の中で展開されます。認知戦は過去の心理戦や情報戦に比べて、情報の拡散速度が速く、しかも特定の個人の心理・認知に作用するので、一般大衆の意識への働きかけが大きく、世論形成にも長けています。

認知戦とサイバー戦との違いは何?

両者ともにソーシャルメディアを通じてコンピュータ・ウイルスを拡散し、感染者が拡大していく点は共通しています。たとえば、両者ともにボット(人がやると時間がかかる単純な作業をコンピュータが代わって自動でやってくれるアプリケーションやプログラムのこと)を利用して、人間らしい外見を持つアカウントを通じて、大量の偽情報を拡散します。

しかし、認知戦はサイバー戦とは異なり、情報システムなどへの攻撃ではなく、あくまでも人間の心理・認知に影響を及ぼし、内部から自己破壊させ、抵抗や抑止できないようにすることが目標です。したがって、サイバー空間でコンピュータ機能の阻害を目的とするDDoS攻撃は、情報戦(サイバー戦)ではあっても認知戦ではありません。

(第三回に続く) 

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