『武器になる情報分析(インテリジェンス)』 体験講座 

混迷の世界を透視する技術: 防衛省 元情報分析官 による『武器になる情報分析(インテリジェンス)』 体験講座を、2019/10/24(木)の18:00-20:30まで、PARK6(六本木ヒルズ)で開催します。

詳細は、
https://peatix.com/event/1305395/
をご覧ください。

概要を紹介します。この講座は、本年6月に上梓した拙著『武器になる情報分析力』の記念講座であり、ビジネスパーソン向けのリベラル・アーツ学習を運営されている「麹町アカデミア」さまの企画によるものです。

2016年に私は、初の単著である『戦略的インテリジェンス入門』を上梓しました。それが縁で、2018年4月に、「麹町アカデミア」さま主催のビジネスパーソン向けの情報分析講座(3日間、計10時間)を受け持ちました。その際に使用したテキストを再整理するとともに、同講座の概要についての紹介を付録にて掲載し、書籍化したものが新著『武器になる情報分析力』です。

今回は、この新著の記念講座という位置づけですが、1回限りの2時間半です。時間が限られていますので、皆様には抽出したいくつかの分析手法を使って少しだけ体験していただく、そして私の方からコメントする、どちらかいえば、講義が6割から7割になろうかと思います。

テーマは東アジア情勢の将来動向を考えていますが、まだ具体的に何をお話しするか、どのような体験をしていただくかは未定です。というのも、北朝鮮のミサイル発射、竹島上空での中ロ協同空中監視訓練、香港デモ、悪化する日韓関係など、注目する事象があまりに多く、しかも流動的であるからです。

私の講座は、「情勢がこうなります」という答えを私から提示するものではありません。週刊誌の取材などでは、私もコメントを提示しますし、情勢推移の予測などに対する私なりの答えは持っています。しかし、一般的な答えが必要であれば、テレビやインターネット記事上の専門家諸氏があれこれと解説されています。私のコメントもおおむね同じです。

しかし、自分が本当に知りたいことは、自分自身で答えをださなければなりません。そのための知的武装力を提供することが、私の著作目的であり、講座なのです。自分で苦労して考える、その中で思考法を身に着ける、これがビジネスや個人の問題解決に生かされると思います。

ご興味がおありの方は、上記のプロトコルからサイトにお入りいただき、お申込みをお願いします。

心理戦とは何か?

▼心理戦の定義 

心理戦はPsychological warfareあるいは短くしてPsywareとよばれる。ただし、これを厳密に訳せば心理戦争ということになる。しかし、第二次世界大戦が終わり、冷戦期が続くなか、「戦争」が忌み嫌われるがごとく、Psychological warfareよりも、Psychological Operationsの方が一般的に使用されるようになった。  

また、1962年の米陸軍の教範(『Dictionary of U.S.Army Terms 1961』)では、両者を次のように定義している。

Psychological Operations:

Psychological activities と Psychological War¬fare を含み敵、敵性、中立及び友好国に対し米国の政策、目標の達成に望ましい感情•態度、行為を起こさせるために計画される政治的、軍事的イデオロギー的行動。

Psychological Warfare:

戦時又は非常事態において、国家の目的あるいは目標達成に寄与するため敵、 中立、あるいは友好諸国に対し、その感情、態度、行為に影響を与えることを主目的として行なう宣伝及びその他の行動の利用についての計画的な使用。

なお、米陸軍はPsychological Warfareをinformation warefare(情報戦争)の七つの形態の一つに位置づけている。

つまり、米陸軍教範の日本語訳では、心理作戦は心理戦を包含した概念であるが、しかし、わが国では心理作戦という用語になじみがない。よって、Psychological OperationsとPsychological warfareを区別して論じる場合には、前者を「心理作戦」、後者を「心理戦」と呼称するこことし、両者を特段に区別して論じる必要がない場合は、たんに心理戦と呼ぶことの方がよいだろう。

また、心理戦を広義に捉えた場合、政治戦、外交戦、思想戦、イデオロギー戦争、国際広報などの類語に置き換えられることもしばしばある。それは、平時であるか有事であるかを問わず、国家は相手側の組織員である人間の心理に働きかけて、自らの立場を有利にしたり、利益を追求する活動を行っており、これが戦争と呼ぶにふさわしい熾烈な戦いになるからである。

ここでは心理戦とは、「広義には国家目的や国家政策、狭義には軍事上の目的達成に寄与することを目的として、宣伝その他の手段を講じて、対象(国家、集団、個人等)の意見、感情、態度及び行動に影響を及ぼす計画的な行為である」と、一応定義することにする。

▼心理戦の重要性の高まり

戦争であれ、ビジネスであれ、相手側に対して精神的に有利に立つことが、目的達成の近道となる。 古代中国では、紀元前四世紀の「孫子」の兵法において、「戦わずして勝つ」ことが最良と説かれたが、これも心理的な圧力形成によっての屈服を強要する心理戦である。

その中で心理戦の効能を端的に表すものが、第七編「軍争」の「三軍は気を奪うべく、将軍は心を奪うべし」であろう。これは、「軍隊から気力を奪えば弱くなり、将軍から心を奪えば勇猛さを失う」という意味である。 つまり、士気を喪失させれば、自ずと戦わずして戦勝を獲得できるということだ。

三国時代においても心理戦が重視された。諸葛孔明(諸葛亮)孔明が南征するとき、馬謖(ばしょく)にどんな策を取るかと尋ねた。馬謖は、「用兵之道、攻心為上、攻城為下。心戦為上、兵戦為下。」と答えた。つまり、兵法の基本は心理戦が上策であり、武力行使は下策であるということである。  

現代のようなICT化時代では、インターネットの普及とともに、心理戦の主体や活動範囲が増大している。 1999年11月の米国シアトルにおけるWTO閣僚会議の時に、経済のグローバル化に反対する大衆が世界各地から集結し、会議場外で過激な行動をとった。この呼びかけ手段は主にネットであった。つまり、大衆が国家組織に対して圧力を掛ける手段を得た。

同年 のNATO空爆作戦では、セルビアはネット上のアニメを使って、NATO軍をナチスになぞらえたり、セルビアから独立を企む武装グループのコソボ解放戦線が麻薬取引に手に染めている状況をプロパガンダしたりした。時のクリントン米大統領やオルブライト国務長官を漫画にして貶めるようなものもあった。

つまり、相手側の〝極悪非道振り〟をインターネット上で配信し、敵対勢力に対する嫌悪感を 国際の大衆に広く扶植した。

最近では、テロリストが心理戦を武器にするようになった。イスラム国が、ソーシャル・メディア上でハッシュタグなどを活用したメッセージの発信や、デジタル技術・音楽を活用した完成度の高い動画を通じ、組織の宣伝や戦闘員の勧誘、テロの呼びかけなどを巧みに行い、多数の外国人戦闘員を魅了したことは記憶に新しい。

▼心理戦はビジネス等でも有用  

国内の政治闘争、ビジネス、個人競争においても心理戦は重要だ。なぜならば、これらの主体はすべて人間であり、相手側を心理戦で屈服あるいは心服させることが、我の希望を叶える近道であるからだ。そのため、心理戦を有利に展開するための理論となる心理学はさまざまな人間活動における武器となっている。

最近では、「ビジネス心理戦」という言葉もあり、これに関する書籍も出回っている。これら書籍では、競合会社に抜きんでる、顧客を魅了する、交渉相手を納得させるなどの秘訣が述べられている。

インターネットの発達によって、企業は活発にPR戦略、マーケッティング戦略などを展開しているが、顧客に「買いたい」「欲しい」「チャンスを逃してはならない」などの心理状態を醸成することが目標である。 心理戦は歴史的には戦場における作戦や戦術の一つとして発達したが、今日ではビジネスにおける研究の方が隆盛を極めている。

だから、国家安全保障に心理戦を活用するうえではビジネス事例が参考になる。ぎゃくにビジネス心理戦においても、戦場から発生した心理戦の歴史や、歴史的に明らかにされた心理戦の特質などを理解しておくことが重要であろう。 (次回に続く)

東アジア情勢の基本構造をみる

最近は、東アジアをめぐる情勢が一段ときな臭くなってきました。

クロノロジーにしてみますと、以下のとおりです。

7/23 ロシア機が韓国竹島の領空侵犯、中露初の合同監視訓練の実施      

7/24 中国「国防白書」発表。米国を激しく批判、尖閣を固有領土と発表するも対日批判は抑制的、台湾統一のための武力行使は放棄せず           

7/25 北朝鮮、ミサイル発射                        

7/26 韓国大統領府、米韓合同演習中止せずと発表             

7/28 北朝鮮、対南宣伝サイト「わが民族同志」で、日韓の軍事 情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を韓国に要求

8/1トランプ米大統領、北朝鮮の弾道ミサイル発射試験について、「(短距離なら)問題ない」と述べた 

8/2北朝鮮、日本海に向けて飛翔体2発発射

8/2トランプ米大統領、北朝鮮のミサイル発射に対し、米朝首脳会談の合意に違反せずとの見解を提示

8/5米韓合同演習開始

8/6北朝鮮が日本海に向けて正体不明のミサイル2発を発射

8/9トランプ米大統領、日韓首脳をやゆ、金正恩委員長との関係を誇示

8/10北朝鮮短距離弾道ミサイル2発を発射したと発表。ロシア製「イスカンデル」の北朝鮮版「KN23ミサイルの可能性」

以上のようなことから、米韓合同軍事演習に対して北朝鮮がさかんにミサイルを発射して牽制、トランプ米大統領は金正恩を刺激してこれまでの非核化の成果が水泡に帰さないよう配慮、米大統領は日韓対立を懸念して両国を牽制、日韓は北朝鮮に対する非難もできず、といった状況でしょう。

さらに、その下部構造に目を向けますと、中国、ロシア、北朝鮮が連携して、 米日韓の政治的、軍事的離間工作に着手しているように状況もかいまみれます。こうした背景には、米トランプ政権が発動した米中経済戦争、 日米安保の不公平発言、日韓の徴用工および半導体関連資源輸出規制などをめぐる対立、米朝の非核化交渉への停滞と経済苦境に苦しむ北朝鮮の内情、韓国の経済失速と国内の政権批判の高まり、 中ロのそれぞれの国内事情などが複雑に入り組んでいます。  

こうした複雑な情勢においては、さらに下部構造となる、東アジアの基本構造を押さえておくことが重要 です。まず、(1)中ロは対米において協調するが、長い国境線を接し、中央アジア等の利害対立から同盟関係には至 らない、(2)中ロ米はいずれも朝鮮半島の安定を当面は最優先してい る(変わる可能性もあるが、それはまだ見えていない)、(3)米中は経済相互依存関係から決定的な対立を回避する、とういうものです。

(3)については、最近になって「米中対立は避けられない」を 主張する書籍の出版や専門家の発言が増加しており、意見の分かれるところです。ただし、近代の歴史からみると、米国は中国と直接戦争したこともうありませんし、大戦後にお いてもさまざな対立はありますが決定的な対立を回避してきました。  

つまり、米中関係は波乱や紆余曲折がありましたが、経済のグローバル化などが要因となり、概して安定的に維持されてきたのです。筆者は現段階では、米中対立のシナリオよりも、摩擦を繰り返しながらも対立を回避するシナリオの蓋然性がやや高いと判断します。  

長期的にみれば、ロシアおよび米国との対立を上手に回避した中国はますます強大な存在になる可能性があります。そして、ロシアは人口減少などから影響力が低下して、日本も人口問題等から衰退する傾向が大との見方が一般的です。さらに米国はアジアから後退する可能性もあるということです。

このような基本構造を劇的に変化させるとすれば、やはり北朝鮮の核問題です。北朝鮮は2016年頃から核実験とミサイルを発射を繰り返し、あわや米朝軍事衝突かと懸念されました。しかし、今は2016年以前の情勢に後戻りした感があります。ただし、決定的に違うのは、北朝鮮の核ミサイル能力が格段に向上し、事実上、北朝鮮を核保有国として扱うような既成事実が生じている点です。

われわれは、基本構造、すなわちメガパワーとゲームチェンジャーが何かという視点で国際情勢を見て、わが国の国家戦略や政策の妥当性を判断していかなければならないと思います。

わが国の情報史(38)昭和のインテリジェンス(その14)   日中戦争から太平洋戦争までの情報活動(4)─       

▼はじめに

さて、前回まで、諜報、防諜、宣伝のお話をした。これに謀略を加えて、秘密戦である。よって今回は「謀略」のお話をすることにしよう。 なお、太平洋戦争開始後においては、実にたくさんの戦史書籍 が出回っており、情報の失敗という切り口でも、さまざまな見解 が存在する。浅学菲才な筆者がとうてい太刀打ちはできるものではない。よって、本シリーズも太平洋戦争開始以前までに留め、あと2 回ちょうど40回をもって終了したいと考えているが、テーマ次第ではもう少し長くなるかもしれない。

▼秘密工作とは何か?

まず謀略を理解するうえで、秘密工作とは何か?について、筆者の著書『情報戦と女性スパイ』(並木書房、2018年4月) より関連記事を抜粋する。

情報活動には以下がある。 ・積極的情報活動は情報を収集(獲得)する活動 ・情報を分析してインテリジェンスを生成する活動 ・情報やインテリジェンスに基づいて公然に行なわれる政策や外 交 ・水面下で行なわれる「カバートアクション」(Covert action、 一般に秘密工作と翻訳される)に区分できる。

さらに収集する活動は、外国の新聞、書籍、通信傍受などから 公然と情報を収集する「コレクション」(Collection)と、専門 の組織によって諸外国の活動を非公然に観察して情報を獲得する エスピオナージ(Espionage)に区分できる。  

カバートアクションには「宣伝(プロパガンダ)」「政治活動」 「経済活動」「クーデター」「準軍事作戦」がある。(ローウェ ン・ソール『インテリジェンス、機密から政策へ』)  

一方の消極的情報活動は、 ・受動的で公然的に情報を守る「セキュリティ・インテリジェン ス」(Security Intelligence)、 ・非公然で能動的に情報およびインテリジェンスを守る活動まで含む「カウンターインテリジェンス」(Counter Intelligence) に区分できる。  

秘密戦士を育成するための旧軍組織である陸軍中野学校では、 秘密戦を「諜報」「防諜」「宣伝」「謀略」の四種類に区分していた。諜報がエスピオナージ、防諜がカウンターインテリジェン ス、宣伝と謀略がカバートアクション(秘密工作)にほぼ該当することになる。  

しかし諜報、防諜、秘密工作には厳密な垣根はない。たとえば、 防諜のためには相手側の動向を探る諜報が必要となる。秘密工作 を行なうにも諜報によって相手側の弱点を探り、我が利する点を 明らかにしておくことが前提となる。 フランス駐留軍総司令部の将校として、第二次世界大戦に参加 した戦史研究家のドイツ人、ゲルト・ブッフハイトは「(情報活 動の)それぞれの専門分野は密接な関係にあるので、管轄範囲を明確に区分しようとすることはほとんど不可能に近い」と述懐している。(ゲルト・ブッフハイト『諜報』)  

秘密工作を情報活動の範疇に含めるべきではないという議論は ある。しかし、これは情報組織による活動がエスカレートする過 程で生まれてきたものだ。秘密工作は非公然、水面下で行なわれ るのが原則だから公式の政府機関や軍事機関は使えない。したが って、CIAやKGBの例をあげるまでもなく、各国においては 情報組織がしばしば秘密工作を担ってきた。伝説の元CIA長官 のアレン・ダレスは、「陰謀的秘密工作をやるには情報組織が最 も理想的である」(アレン・ダレス『諜報の技術』) 以上、抜粋終わり) と述べている。

▼わが国の謀略の淵源  

わが国では秘密工作を「謀略」という言葉で総称することが多い。では、その謀略について国語辞典をひも解くと、「人を欺く ようなはかりごと」と定義し、「謀略をめぐらす」「敵の謀略に 乗る」などの適用例と、「たくらみ、はかりごと・策謀・密某・ 陰謀・秘密工作・欺瞞工作・宣伝工作・プロパガンダ」などの同義語・類語が挙げられている。

また、謀略に相当する英単語は Conspiracy、Plot、Deceptionなどとなる。 謀略は本来、旧軍の軍事用語である。総力戦研究所所長などを歴任した飯村譲中将によれば、「謀略は西洋のインドリーグ(陰謀)の訳語であり、参謀本部のロシア班長小松原道太郎少佐(のちの中将)の手によるものであって、陸大卒業後にロシア班に入 り、初めて謀略という言を耳にした」ということである。  

そして、飯村中将は「日露戦争のとき、明石中佐による政治謀略に関する毛筆筆記の報告書がロシア班員の聖典となり、小松原中佐が、これらから謀略の訳語を作った」と推測している。  

しかし、「謀略」の用例については、1884(明治17)年 の内外兵事新聞局出版の『應地戰術 第一巻』「前哨ノ部」に 「若シ敵兵攻撃偵察ヲ企ツルノ擧動ヲ察セハ大哨兵司令ハ其哨兵 ノ報知ヲ得ルヤ直チニ之ヲ其前哨豫備隊司令官ニ通報シ援軍ノ到 着ヲ待ツノ間力メテ敵ノ謀略ヲ挫折スルコトヲ計ルヘシ」という 訳文がある。  

また「偕行社記事」明治25年3月第5巻の「參謀野外勤務 論」(佛國將校集議録)に「情報及命令ノ傳達 古語ニ曰ク敵ヲ 知ル者ハ勝ツト此言ヤ今日モ尚ホ真理タルヲ失ハサルナリ何レノ 世ト雖モ夙ニ敵ノ謀略ヲ察知シ我衆兵ヲ以テ好機ニ敵ノ薄弱點ヲ 攻撃スル將師ハ常ニ赫々タル勝利ヲ得タリ」という訳文がある。 (なお、上記「謀略」の用例と、偕行記事の訳文については、 『情報ということば』の著書小野厚夫氏から提供を受けた)  

したがって、日清戦争以前から「敵の謀略」という用法はあっ た。ただし、当時の陸軍の知識人として名高い、飯村中将をもってしても「謀略」にあまり馴染がないことに鑑みれば、日露戦争以後になって、謀略という言葉が軍内における兵語として逐次に 普及するようになったとみられる。

▼軍事教典における謀略  

昭和に入り、1925年から28年にかけて作成された『諜報 宣伝勤務指針』において次のように定義された。 「間接或いは直接に敵の戦争指導及び作戦行動の遂行を妨害する目的をもって公然の戦闘若しくは戦闘団体以外の者を使用して行 なう破壊行為若しくは政治、思想、経済等の陰謀並びにこれらの指導、教唆に関する行為を謀略と称し、之がための準備、計画及 び実施に関する勤務を謀略勤務という」  

このほか、『統帥綱領』(1928年)では以下のように記述され ている。 第1「統帥の要義」の6 「巧妙適切なる宣伝謀略は作戦指導に貢献すること少なからず。 宣伝謀略は主として最高統帥の任ずるところなるも、作戦軍もま た一貫せる方針に基づき、敵軍もしくは作戦地域住民を対象とし てこれを行ない、もって敵軍戦力の壊敗等に努むること緊要なり。 殊に現代戦においては、軍隊と国民とは物心両面において密接な る関係を有し、互いに交感すること大なるに着意するを要す。敵 の行う宣伝謀略に対しては、軍隊の志気を振作し、団結を強固に して、乗ずべき間隙をなからしむるとともに、適時対応の手段を 講ずるを要す。」

『統帥参考』(1932年)では以下のように記述されている。 第4章「統帥の要綱」34 「作戦の指導と相まち、敵軍もしくは作戦地の住民に対し、一貫 せる方針にもとずき、巧妙適切なる宣伝謀略を行ない、敵軍戦力 の崩壊を企図すること必要なり」  

以上のことから、謀略は暴力性、破壊性、陰謀性の要素が大き く、宣伝謀略という複合単語の存在から、宣伝と謀略は一体的に行な ってこそ効果があるという認識が持たれたのである。

▼謀略課の新設  

1937年7月の支那事変の勃発により、わが国は戦時体制へと移行した。しかし、近代戦には必要不可欠とされた宣伝、謀略、 暗号解読、その他の特殊機密情報を扱う機関は、課にすらなっておらず、わずか数人の参謀将校が細々と第2部第4班として、よ うやく存在を保持していた。  

そこで、1937年秋に第4班を独立の課に昇格する案が検討 された。同年11月に陸軍参謀本部及び海軍軍令部をもってその まま最高統帥機関たる大本営が設置され、その下に陸軍部及び海 軍部が設置された。  

参謀本部第2部は大本営陸軍部第2部となり、外国における諜 報機関(特務機関)を臨時増設し、外国における秘密戦を展開することになった。 大本営の設立と同時に第2部に宣伝謀略を担当する課として、 大本営陸軍参謀部第8課(宣伝謀略課)が新設された。支那事変 の早期解決を図るため、参謀本部はこのような課の設置の必要性 に迫られたのである。  

それまでは、各国に駐在する大(公)使館の武官からの報告を唯一のインテリジェンスとしていたが、8課でも独自に国際情勢の判断、宣伝、謀略の3部門を扱うことになったのである。  

初代の第8課長には中国通の砲兵大佐・影佐禎昭(陸士26期) (かげささだあき、最終階級は陸軍中将)が補せられた。なお、 谷垣禎一・元自民党総裁の母方祖父が影佐大佐である。

▼謀略の特質  

ところで、謀略とはどのような特質を有するのか? 謀略とは秘密戦の構成要素であり、それは武力戦と併用されるか、あるいは単独で行使される。  

諜報、謀略、宣伝、防諜が秘密戦と呼ばれるのは、それは秘密の「目的」を持ち、その目的を達成するための「行動」に秘密性 が要請されるからである。 ただし、謀略の場合には「目的」はあくまで秘密とするが、 「行為」は大胆に行なわなければならないことが少なくない。たとえばある秘密目的を達成するためには、物件を爆破・焼却した り、暴動やデモ行進をしたり、暴露宣伝を行なったりする必要がある。  

秘密戦の究極的な目的は、「戦わずして勝つ」ことにある。つまり、武力戦を回避するために、平時においては敵性国家間との力のバランスを確保して、戦争を抑止するとともに、開戦を決意 した場合においては、同盟国間の盟約をより確実なものとすると共に、敵国を孤立さて不利な条件のもとに誘い込む、早期の停戦 合意の契機を作為するなど、知的策謀を働かせることにある。  

秘密戦の「攻」の部分は、諜報、宣伝、謀略からなるが、諜報及び宣伝はあくまで秘密戦の前提行為としての性格を有するのであって、それ自体が独立して存在する戦闘的破砕行為ではない。  

したがって、秘密裡の戦闘においては、まず諜報をもって敵情を明らかにする、ついで宣伝により、我の有利となるよう謀略の正当性と事前に確保し、謀略の効果を助長する基盤を構築する。そのうえで謀略をも って敵を破砕することが原則なのである。 つまり、諜報、宣伝は謀略のための補助手段であって、謀略こそが秘密戦 における主体なのである。    

謀略は遥かに実力が上回る相手には通用しない。この点は歴史的に明らかである。 智慧を働かせて、敵兵力を謀略により次々と破った楠木正成であったが、大兵力を結集した足利尊氏には結局は適わなかった。

日本軍は謀略的な戦いによって真珠湾攻撃で幸先の良いスター トを切ったが、結局は米国の経済力、米軍の物量戦の前には適わなかった。 つまり、謀略は対等もしくは対等より少し上の相手には通用するが、謀略には限界があることを認識しなければならない。 なんでもかんでも謀略に依存するのは愚の骨頂である。

▼わが国の戦後における謀略に対する認識  

戦後になって、わが国では謀略がタブー視されている。日中戦 争が“卑怯なだまし討ち”、すなわち謀略によって開戦され、結局は太平洋戦争 における不幸な敗戦という結末を迎えたという認識がその根底にある。

謀略からイメージされるのが1931年の満洲事変である。 戦後の歴史認識において満洲事変は、「中央の日本政府や軍首脳 の承諾もなく、関東軍中枢の軍人によって計画され、実行された謀略であった」と語られる。  

通説によれば、「当時、関東軍は満洲にある中国軍拠点を攻撃 し、満洲全土を占領して満洲権益をより確実にしようと企んでい た。しかし、政府の承認を得るのは容易でなかったので、満洲鉄 道での爆破事件を作為し、この犯人を中国人であるかのようにでっちあげた。これによって被害者の立場を喧伝し、戦争大義を獲 得した」とされる。  

満洲事変がのちに太平洋戦争へと発展し、敗戦という憂き目に あうことになる。つまり、“卑怯なだまし討ち”である謀略が敗因の最大原因であった、という文脈で語られてきたのである。

だからこそ、謀略は二度と起こしてはならないと強くタブー視 されることには説得力がある。そして謀略を研究することはおろか、謀略を語ることだけでも“危険思想”としてみられかねない。

▼ 謀略の言葉の淵源  

しかし、中国において謀略は卑怯なもの、との認識はない。む しろ、謀略を効率的な戦法、「戦わずして勝つ」ことを実現する、 血を流さないきれいな戦い、「智慧の戦い」として称賛される傾向すらある。 されゆえに「謀略」を冠する書籍が巷に多く流通している。

「謀略」という言葉は中国では古代から用いられていた。もとも と「謀略」という言葉がいきなり登場したのではなく、「謀」と 「略」が異なる時代に登場し、いつのまにか一体化して用いられるようになったようである。なお、中国の『説文大字典』によれ ば、謀の登場は略の登場よりも一千年早く登場したようである。  

同字典では、「謀」は「計なり、議なり、図なり、謨なり」と され、古代ではこれらの言葉は非常に似通った意味で使用された ようだ。『尚書』では謨が登場するが、この字の形と読音が謀と 似通っており、謨が謀に発展したとみられている。   

なお「謀」が中国において最初に使用されたのは『老子』の 「不争而善勝、不言而善応、不召而自来、?然而善謀」である。こ こでも「戦わずして勝つ」という謀略の重要性が説かれている。

そして『孫子』謀攻篇においては、「上兵は謀を伐ち、その次 は交わりを伐つ」と記述され、「謀略」は敵を欺き、「戦わずし て勝つ」ことの意味で用いられた。なお、『孫子』における「計」 「智」「略」「廟朝」、『呉子』における「図」などは謀の別称 といえる。  

中国では古来、才能有徳の士を「君子」と尊称し、その君子が 事前に周密な計画を立てることを「謀」といった。これを政治・ 軍事面で用いた言葉が「謀略」である、との見解がある。  

つまり、謀略は策謀、智謀の代名詞であり、そこには決して卑 怯的な要素はないのである。つまり、中国はどうどうと謀略を実 施し、それは国民から称賛される。そして現在の国際政治におい て、中国は積極的に謀略工作を仕掛けることを得意としているのである。  

▼わが国においても謀略研究は必要

わが国が、謀略の失敗によって敗戦に至ったことは十分に反省 して、二度と無謀な謀略を繰り返してはならない。 しかし、近隣の大国である中国における謀略の解釈等を鑑みれ ば、わが国が謀略をタブー視して、これから目を背ける訳にはい かないだろう。 少なくとも、周辺国等による謀略に対処するための、謀略研究 は必要ではないだろうろうか。