新年あけましておめでとうございます。

2023年の正月は駅伝を見てゆっくりと過ごしました。実業団駅伝はホンダの二連覇、箱根は駒沢が優勝して、昨年からの駅伝で三冠を達成しました。どちらもチームワークの勝利でした。おめでとうございます。

昨年1年間の私は、某企業のシナリオプランニング作成のお手伝いをさせていただき、貴重な経験をしました。また、おおむね月1での講演をお引き受けし、充実した1年間になりました。著書の方も、『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル』と『武器になる状況判断力』の二冊を刊行しました。

前者は、すこしセクシーなタイトルですが(読み手の注意を惹く刺激的なタイトルを「セクシー」なタイトルという)、思い切って難しいところを避けて、2~3時間で読み切れるをコンセプトとしています。

実は分かりやすいということは、重要ではあるが微細なところが省略(いわゆる犠牲)されています。インテリジェンスはこの微細なところが重要です。ですから、まずは一挙に読むことで、インテリジェンス脳を作り、その次に他のインテリジェンス本にも挑戦したいただきたいと思います。

後者は、少々がっちりと書きました。この著書は自衛官、ビジネスパーソンなどにお読みいただくことを想定しました。この本の欠点は、起業などのための状況判断はできないということです。つまり、上からの任務付与があって初めて自分の任務(具体的に達成べき目標)を分析して、その任務を達成するための行動方針を案出するという思考方式なのです。

ある上場企業の副会長から言われてたことがあります。「わが社でも自衛官OB(将補クラス)を採用したが、彼らはこれをやれと言えば完璧にこなす。でも自分で創造的に考えて仕事をすることができない。」

これは、任務分析は良くできるが、創造的思考ができないということなのかもしれません。大きな組織の中にいると、上からの指令を忠実に実践することが大切であって、自分で創造的に何かやろうとすると、「いらんことはするな」ということになります。なので形にはまったことは、よくできるが、創造的に自分で考えることは苦手になっているようです。

さて今年はどんな年になりますか。コロナは収まるか、ウクライナは停戦を迎えるか、物価上昇や円安はひと段落するか、いずれも見通しはさして明るくないような気がします。しかし、民主主義大国の米国は国内対立がだんだんと激しくなり、権威主義国家の中国はゼロコロナ政策が失敗するなど荒れ模様です。なんだかんだと言っても日本がまともだな、と思います。

今年の執筆テーマは「認知戦・心理戦」です。もうひとつの目標は健康管理です。1年間、無理せず、横着せずに頑張りたいと思います。

武器になる「状況判断力」(7)

センスを高める秘訣-暗黙知を形式知に置き換える

    

□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の7回目です。

前回の謎かけは、「交通事故死亡者数で愛知県は、2016年から2018年まで全国1位、2019年から2020年は全国2位です。なぜ愛知県では死亡事故が多いのか?」でした。

その答えは「都道府県別の車両数が愛知県は最も多いから」です。「愛知県の運転手は気が荒い」と答えた人は正解ではありません。車10万台あたりの交通事故死亡者数では愛知県は全国的に下位です。統計数字にはよくよく気付けなければ、誤った判断をするという一例です。

前回は、パイロットを例に挙げて、状況判断力は養成できるということを解説しましたが、今回は消防士を例に、センスを向上させるための秘訣を考えてみたいと思います。なお、今回で「武器になる「状況判断力」」の第一章は終わります。第二章は「軍隊式「状況判断」の思考手順」を解説します。

  • 冷静な状況判断力が必要に消防士

 消防士もパイロット同様に高度な状況判断力を必要とします。消防士に向いている資質、性格、適性などについてネット検索しますと、「ハードな体力」、「正義感」、「使命感」などともに「冷静な状況判断力」という表示に接します。

消防士は危険な状況の中で、一刻一秒を争う生命の救出作業に携わるのですから高度な状況判断力が求められるのは当然です。

しかし、正義心だけで、自らの命を顧みず、無鉄砲に火の中に飛び込んでくことは勇気ある行動ではありません。現場を混乱させるだけで、チームに迷惑をかけることになります。だからこそ、周囲の状況をみながらの冷静な状況判断力が必要となります。

  • 某消防隊長の咄嗟の状況判断力

ゲーリー・クライン『決断の法則』では、状況判断に関するさまざまな事例を扱っています。その中で、次のような、某消防隊長の話がでてきます。

「ある消防士のチームが火災現場に駆けつけ、火元とおぼしき台所で消火作業を始めた。ところが放水を初めてすぐに消防隊長は自分でも分からないままに「早く逃げるんだ」と叫んでいた。ちょうど全員が退去した直後、床が焼け落ち、間一髪でチーム全員の命が救われた。

実は、火元は一階の台所ではなく、消防士たちが立っていた床の真下の地下室であった。もし隊長が叫ばなければチーム全員は地下の火の渦に巻き込まれたのである。」(『決断の法則』から筆者が抜粋、再編集)

▼なぜ消防隊長は咄嗟に正しい状況判断ができのか?

では、隊長はどうしてこのような咄嗟の状況判断ができたのでしょうか。

最初は隊長も、なぜ咄嗟に適切な判断が下させたのか自分でもわかりませんでした。隊長は言いました。「危険の第六感がした。でも、「何かがおかしい」とは感じたが自分でもどうしてあのように叫んだのかもわからない。」

「どうして、あのような絶妙なタイミングで避難の指示が出せたのですか?」と尋ねる隊員に隊長は次のように答えました。

「正直言って、オレにもよく分からない。神秘的だね。強いて言えば直観かな。すぐさま退避しないとやばいということを、直観が教えてくれたんだ」

隊員は「いつか、あんなにすごい直観が、われわれにも備わるんでしょうか」と言いました。そこで、隊長は自分が突然得た直観を「隊員に具体的に教えられるのか、具体的に教えられればすばらしいだろう」と考えたのです。

結論から言えば、このような直観は、隊員が具体的に学ぶことは可能です。なぜならば、「直観は、決して神秘的なものではなく、科学的に説明できるから」北岡元『速習!ハーバード流インテリジェンス仕事術―問題解決力を高める情報分析のノウハウ』)です。

しばらくたって消防隊長は、3つの「なんとなく変だ」と思っていたことがある、と言い出しました。

  • あれだけの放水をしながら、火が弱まらないのは、何となく変だ。
  • キッチンはそれほど広くない。その割に火災が発する熱があれだけ高いのは、何となく変だ。
  • あれだけの高熱を発する火災の場合には、もっと火が燃えさかる音がするはずなのに、あれだけ静かなのは何となく変だ。

(前掲、北岡)

直観とは広範かつ高速な「パターン認識」が原動力になって起きます。つまり、過去の経験から潜在意識に蓄積された「何となく変だ」という「パターン認識」が極めて高速に行われることによって直観が生まれます。

上述のように、隊長の頭の中で「この程度放水すれば火はこの程度になる」、「この程度の広さでの火災なら、発生する熱はこの程度になる」というような、過去の経験により蓄積された情報が呼び起こされ、それが瞬時の答え、すなわち判断を導き出したのです。

ただし、無意識の状態で起こるので自分では直ぐに説明できません。しかし、冷静になって考えれば、「パターン認識」をいくつかに分解して科学的に説明できるのです。

ここに第六感であるク・ドゥイユの本質と、それを養成する可能性を見出すことができます。多くのセンスの正体は実は、経験、学習、訓練によって潜在意識の中に蓄えられた「パターン認識」であるのでしょう。すなわち、クラウゼヴィッツが述べるように経験と教育の積み重ねによって、ク・ドゥイユは向上すると言えるのではないでしょうか。

▼直観を可視化する

日ごろ良く使う「直観」という言葉の本質はなんでしょうか? 「専門性と経験に裏打ちされた直感なのか?」それとも「感情的な直感なのか?」「なぜ自分はこう感じたのか?」など、「なぜなぜ思考」を用いて「なぜ?」をどんどんと掘り下げていくと、直観の「言語化」がなされます。

野球の長嶋監督は天才肌です。選手時代、なぜ自分があの場面で打てたのかの説明は得意ではなかったようです。監督になってからも、「なぜあの場面であんな判断をしたのか」の説明に窮するところがありました。人々は監督の判断を「カンピュータ」と言って褒めたり、揶揄したりしていました。

一方の落合監督は、自分がなぜ打ってたのか、打てなかったのかを言葉で論理的に説明しています。引退して、現役の野球選手がなぜ打てなかったのかなどを実に論理的に解説しています。

落合監督は、投手が投げるボールが捕手のミットに収まるわずか数秒間の自分の打撃を振り替えることで、無意識を意識、そして言語に変換しているのでしょう。ちなみに落合監督は試合前にはボールとバットの当たる角度の調整だけに集中したという逸話があります。

今を時めく大リーガーの大谷翔平選手は、小学3年生になる直前から「野球ノート」をつけています。そこには、大谷選手が感じた「良かったこと」「悪かったこと」「目標(これから練習すること)を記しています。この簡潔な可視化が、繰り返しで身に着ける技術と一体となり、大谷選手のスキルや状況判断力を向上させてきたのだと考えます。

東京オリンピックの女子レスリング50kg級で金メダルを取った須藤優衣(すさいきゆう)選手に関する記事に感動すら覚えました。須崎選手は全相手から1ポインも奪われないパーフェクト勝利という偉業を達成しました。

「決戦前、相手の孫亜楠(中国)を〝丸裸〟にした。「金メダルを取るために、ここまでやるかってくらい研究し、対策しました(須崎)。相手の特徴に加え、スタートからの構え、手と足の位置、どう攻めてポイントを取るかなどの要点を文字でまとめた。それを受け取った吉村祥子コーチは「私が書き出していたものとすべて一致」と証言。……」(東スポWeb 2021/08/08)

つまり、試合では相手の攻撃を受けて、咄嗟に状況判断して、まるで激流が岩場を巧みに潜り抜けるがごとく、臨機応変かつ感性的に戦っているようであっても、そこには勝つための〝文字による可視化〟があったというのです。

このように成功者の多くは、直観を可視化する、言語化することで、咄嗟の状況判断に必要なセンスを自然と向上させているのでしょう。

▼科学技術によって可視化領域は拡大

400メートルハードラーで、世界選手権で二度も銅メダルを獲得した為末大(ためすえだい)氏は、東京大学経済学部教授の柳川範之氏との対談で次のように述べています。

「……私たちの現役の頃には取れなかった身体データが、今はいろいろな手法で取れるので、データをもとに選手に説明する必要があります。ですから、データの扱い方が分からないコーチだと、指導していくのが徐々に難しくなってきているような側面もあります。…」(10ⅯTV)

これは、従来は勘に頼っていたコーチングが、科学技術の発展よりデータ活用してのコーチングへと転換してることを示唆しています。つまり、スポーツの分野では、過去には潜在的であったものがどんどん可視化され、言語化されています。

「おばあちゃんの知恵袋」は現代でも役に立つ知識が満載です。おばあちゃんは、孫になぜそうなるかを理論的に説明はできませんが、昔からの言い伝えや先人からの言い伝えを体現し、実際に有益であることは知っています。実は、これも物理的、化学的に説明できます。仮に、言葉で「なぜ」を説明できたら、おばあちゃんの知恵はより広く、迅速に伝わることでしょう。ここにも可視化の効能を認識することができます。

  • 暗黙知を形式知に置き換える

高度で瞬時の状況判断が求められる場面では、たしかにセンスや直観、あるいはク・ドゥイユ(瞬間的洞察力)というのが必要です。これらは、ナポレオンが言うように、たしかに先天的要素もあるかもしれませんが、その多くは努力して蓄積された経験なのだと私は考えます。

人は誰しも、直前の情報や周囲の特別な状況に影響され、しばしば冷静的な判断を失います。そのため、経験という暗黙知を形式知に置き換える、つまり思考過程の手順を言語化、マニュアル化しておく必要があります。実は、後で説明する軍隊式「状況判断」は頭の中で行われている思考作用を書き出すという行為なのです。

可視化すること、つまりマニュアル化することで、組織としての共通意識が生まれ、個人の「なんとなく」が明確化され、チームや個人の状況判断力を確実に高めることができると考えます。特に、マニュアル化による共通意識の下での学習や訓練がチーム全体の状況判断力の強化を可能にすると考えます。(つづく)