武器になる「状況判断力」(9)

軍隊式「状況判断」は軍事合理性と米国の国情から生まれた

□はじめに

 コロナの新規感染者数も次第に下降傾向にあるようです。若者に対するワクチン接種が拡大した成果でしょうか。このまま一挙に収束することを願っています。

 

ところで前回の謎かけの答えです。信号機の赤色は危険信号なので最も重要です。だから目立たなければなりません。仮に赤信号が左側、すなわち歩道側にあったら木の陰に隠れて見えづらくなります。また、日本の車両は左側通行です。そのため、進行方向に向かって右側、つまり中央部の方が良く見えます。

ここで重要なことは、仮にこのような理由を発見した時、「では、右側通行の米国はどうか?」という新たな疑問を持つことです。なお、米国の信号機は進行方向に向かって左から「赤、黄、青」の順番です。

 

今回の謎かけは、「大阪ではエスカレーターの右側に立ち、東京では同左側に立つのは、なぜか?」です。皆さん、この事実をご存じでしたか?

▼状況判断は旧軍教範にもある

前回は軍隊式「状況判断」について解説しましたが、わが国にも戦前から「状況判断」の概念は存在していました。明治期に作成された公開教範『野外要務令』では、「情況を判決するには……」との条文があり、また別の条文では「情況判断」という用語も確認できます。

大正期の教範『陣中要務令』では、「情況を判断するに……」との条文や「およそ指揮官の決心は任務、地形、敵情、我が軍の状態等を較量(こうりょう)し、周到なる思慮と迅速なる決断とを以て、これを決するものにして……」との条文があります。

昭和期の教範『作戦要務令』でも、「指揮官はその指揮を適切ならしむるため、たえず状況判断(※情況ではなく状況になった)しあるを要す」とあり、「指揮官は状況判断に基づき、適時、決心をなさざるべからず。状況判断は任務を基礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種の資料を収集較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす。」と規定されています。

つまり、任務、我が状況、敵情、地形・気象(地域)の4つの要因を考察して状況判断し、その上で指揮官が決心を行なうという基本理念は戦前から確立されていたのです。

なお、これら教範の源流は『ドイツ式野外要務令』であるので、「状況判断」は、多くのほかの軍事思想や軍事原則とともに当時のプロシアから入ってきたといえます。陸軍大学の教壇に立ったメッケル少佐もおそらく「状況判断」について学生に講義したことでしょう。

▼状況判断の考え方は軍事合理性に基づく

ただし、状況判断についての上述は特筆すべきことではありません。BC500年頃(今から2500年前)に兵法書『孫子』を著した孫武は、「彼(敵)を知り、己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず敗れる」、「彼を知りて己を知らば、勝ちすなわち殆うかず。地を知り、天を知れば、勝ちすなわち窮(きわま)らず」と言っています。つまり、戦いに勝利する(任務)には、敵、我、地形・気象の要因を認識することが重要だと説いています。

『孫子』の日本流入は、一説では8世紀に遣唐使の吉備真備(きびのまきび)が唐から持ち帰ったとされています。つまり、プロシアから軍事思想を輸入したことにかかわらず、我が国では『孫子』の伝承や国内合戦の体験を通じて、任務を基礎に我、敵、地域の3つの要因について状況を判断し、決心していたのでしょう。

要するに、状況判断の基本理念は軍事合理性から誕生したと言えます。

▼米軍は「状況判断」の手順を大戦前に確立した

しかしながら、『作戦要務令』などには状況判断をどのような手順で行なうのかまでは記されていません。だから、旧軍は状況判断とは何かということや、その重要性は理解していたものの、作戦の構想や計画を立てるために指揮官や幕僚が状況判断を使いこなす態勢になっていたとは言えません。

 

他方、米軍は第1次世界大戦後、英国、ドイツなどの教範を基に、これに第1次世界大戦の教訓を加味してマニュアルの整備を開始します。1921年、米陸軍は『Operations』(FM-3)を制定し、そこには「戦いの9原則」などが記述されていました。これが自衛隊の『野外令』の基になったことはすでに述べたとおりです。

1932年の米陸軍教範『Staff Officers Field Manual』(FM101-5)では「状況判断」の5段階の思考手順(アプローチ)を規定しました。同教範の1940年改訂版から、その項目を列挙してみましょう。

1. Mission(任務)

2. The situation and possible lines of action(状況および行動方針)

 a Consideration affecting the possible lines of action(行動方針への影響要因)

 b Enemy capability(敵の可能行動)

 c Own lines of action(我が行動方針)

3. Analysis of possible lines of action(行動方針の分析)

4. Comparison of own lines of action(我が行動方針の比較)

5. Decision(決定)

以上のように、賭け(ゲーム)の理論を適用して、意思を有する敵との闘争を推論して最良の選択を行なう論理的な思考手順が規定されています。

米軍は我が国と太平洋戦争を戦う以前から、このような「状況判断」の論理的な思考手順を確立していました。さらに思考手順をマニュアル化し、それを誰もが理解できるように可視化し、それに基づいて教育訓練を行ない、多くの指揮官・幕僚に普及する努力をしていたのです。

▼米軍は情報マニュアルも整備

太平洋戦争の敗因の1つとして取り沙汰される情報についても、米軍は大戦以前にマニュアルを整備していました。旧陸軍将校で戦後に陸上自衛隊に入隊した松本重夫氏は、米軍マニュアル『Military Intelligence』を基に陸上自衛隊の「作戦情報」教範を作成しますが、松本氏は旧軍の情報に関して次のように嘆いています。

「私が初めて米軍の『情報教範(マニュアル)』と『小部隊の情報(連隊レベル以下のマニュアル)』を見て、いかに論理的、学問的に出来上がっているものかを知り、驚き入った覚えがある。それに比べて、旧軍でいうところの“情報”というものは、単に先輩から徒弟職的に引き継がれていたもの程度にすぎなかった。私にとって『情報学』または『情報理論』と呼ばれるものとの出会いはこれが最初だった」(『自衛隊「影の部隊」情報戦秘録』)

また、松本氏は「情報資料と情報を峻別することが重要である。情報資料を情報に転換する処理は、記録、評価、判定からなり、いかに貴重な情報資料であっても、その処理を誤れば何らその価値を発揮しない」と述べています(前掲書)

▼旧軍は原理・原則を可視化する発想に欠けていた

情報に関する原理・原則書は戦前の日本にもなかったわけではありまん。1928年制定の『諜報宣伝勤務指針』(ただし、公開教範ではなく極秘文書)では、情報の原理・原則、諜報員の徴募、諜報網の展張、諜報活動の実施要領などが詳細に記されています。

これに関して、当時、陸軍中野学校で『諜報宣伝勤務指針』を基に情報教育を受けた平館勝治氏(乙I長期、二期生) は、次のような興味深い感想を語っています。

「私が一九五二年七月に警察予備隊(後の自衛隊)に入って、米軍将校から彼等の情報マニュアル(入隊一か月位の新兵に情報教育をする一般教科書)で情報教育を受けました。その時、彼等の情報処理の要領が、私が中野学校で習った情報の査覈(さかく)と非常によく似ていました。ただ、彼等のやり方は五段階法を導入し論理的に情報を分析し評価判定し利用する方法をとっていました。それを聞いて、不思議な思いをしながらも情報の原則などというものは万国共通のものなんだな、とひとり合点していましたが、第四報で報告した河辺正三大将のお話を知り、はじめて謎がとけると共に愕然としました。ドイツは河辺少佐に種本(筆者注、『諜報宣伝勤務指針』の元資料とみられる)をくれると同時に、米国にも同じ物をくれていたと想像されたからです。しかも、米国はこの種本に改良工夫を加え、広く一般兵にまで情報教育をしていたのに反し、日本はその種本に何等改良を加えることもなく、秘密だ、秘密だといって後生大事にしまいこみ、なるべく見せないようにしていました。この種本を基にして、われわれは中野学校で情報教育を受けたのですが、敵はすでに我々の教育と同等以上の教育をしていたものと察せられ、戦は開戦前から勝敗がついていたようなものであったと感じました」(拙著『情報分析官が見た陸軍中野学校』)

繰り返しになりますが、米軍は情報の原理・原則などを誰もが容易に理解できるようにマニュアルに落とし込み、可視化し、教育訓練によって普及化していました。他方の日本軍は、教範を「保全、保全」と言って一部の者の“宝物”のように扱い、官民の英知を結集して、実践的理論として確立することはなく、教育訓練を通じて普及することも十分ではありませんでした。

要するに、日本軍は原理・原則を可視化して普及する発想に欠けていたのです。この点が、米軍と日本軍との勝敗を分けた根本原因だと筆者は考えます。

▼米軍はなぜマニュアル化を重視したのか?

米軍がマニュアル化を重視するのは、多民族国家どの米国の国情に起因するものであると考えます。

それに加えて、当時、次のような背景があったようです。『勝つための状況判断学』(松村劭著)から一部抜粋し、要点を整理します。

「1930年代に入り、第一次世界大戦、米国は戦争の歴史から遠ざかっていく中、軍人の老齢化が進んでいた。そこで、ドイツや日本などの関係が緊張化する状況下、米軍は民間企業の中から優秀な人材を将校として養成することにした。その際、「状況判断」の能力をつけさせることが喫緊の課題となり、定型の思考方法が整理された。当時、旧陸軍が参考にしたドイツ軍もフランス軍も『目的に寄与するためには、何をしなければならないか』を考察し、それを達成する方法を経験則に当てはめて実行要領を定め、妨害する敵と戦い、戦闘環境を排除するという『演繹法的思考法』を使っていた。一方、英軍だけは『遠くの目標に向かって何ができるか』の選択肢をかき集めて、最も容易な選択肢を選択するという『帰納法的思考法』を使っていた。そこで、米陸軍参謀本部は学者を集めて状況判断の思考方法を考察し、それをマニュアル化した。これは、前段で『何をなすべきか』(演繹法)を考え、後段で『何ができるか』(帰納法)を考える方法で、命題、前提、分析、総合、結論という五段階からなる。一般的には『演繹的帰納法』と言われる思考過程である」(以上、『勝つための状況判断学』の記述を筆者が整理)

つまり、米軍は独仏軍と英軍の思考法を融合させ、独自の思考法を開発しました。ここには、さまざまな利点を取り入れることが可能な多民族国家米国の強みを見る気がします。

他方、日本は「阿吽(あうん)の呼吸」が通じ、「徒弟制度」が伝統的に重視される社会です。宮大工や寿司職人などは師匠に付いて、長い間の修行の中で、自主的試行錯誤を通して“技”を会得するとされます。人まねでは通用しない、名人や超一流といわれる人の技能養成はそうあるべきかもしれませんが、軍隊や多くの企業では、少数の一流人を生み出すことよりも、むしろ全体的な技能レベルの底上げが重要となるのではないでしょうか。そのためにはマニュアルによるノウハウの可視化が重要だと考えます。この点に関しては、わが国は米国あるいは米軍から学ぶべき点があると考えます(もちろん、これだけではダメですが)。

米軍が開発した状況判断の思考過程の手順は、自衛隊のみならずドイツやフランスの軍隊、米国と同盟関係にあるカナダ・オーストラリア・韓国の軍隊もこの手順を学んでいます。米軍は世界各国から軍事留学生を迎えて入れています。ほぼ世界の主要国軍は同じような考え方を取り入れていることになります。

米軍のノウハウはビジネス界にも波及しているので、経営のグローバル化が進展している状況下、わが国のビジネスパーソンも米軍式「状況判断」を理解することは有益だと考えます。

(つづく)

『米軍から見た沖縄特攻作戦』の読後感

出版元から献本していただきました。早速、拝読したので読後感を載せておきます。

本書は、太平洋戦争末期の沖縄戦での日本軍戦闘機と米軍戦闘機およびレーダーピケット(PR)艦との戦いの日誌です。
 序章から第二章までは、レーダーピケット任務や戦闘哨戒任務(CAP)および沖縄戦、日本軍の神風(しんぷう、米軍は「カミカゼ」と呼称)を解説し、第3章から第7章までは、沖縄戦でのPR任務が開始された3月24日(沖縄侵攻開始の8日前)から、終戦の8月15日までの戦闘日誌です。第8章は、なぜ米軍PR艦が損害を受けたのかの原因を探っています。
 本書は8月27日発売ですが、早くもアマゾン軍事部門で売れ筋第1位(8月29日現在)になっています。おそらく、旧軍の沖縄戦特攻作戦に関する米軍側の初の公開資料の資価値を多くの戦史家や軍事専門家が理解しているためだと考えます。

特攻隊隊員は帰還していないので、実際にどのような空中戦闘が行われたのかは日本側資料では知ることはできません。よって歴史検証が甘くなり、今日では特攻作戦に関して多くの認識誤りがあります。

本書の帯では、「カミカゼ攻撃、気のくるった者が命令した狂信的な任務ではなかった。アメリカ人に日本侵攻が高くつくことを示して、侵攻を思い止まらせる唯一理性的で可能な方法だった」との作者(米国人歴史研究家、元海兵隊員)の意見が述べられています。実際我々の多くは、特攻隊が無謀に敵の空母や戦艦に体当たりして、華々しく玉砕したかのように認識しています。ここには合理性を欠いた精神論を排斥しようとの教訓も付随しています。しかしながら、本書を読むことで、目標は沖縄周辺に配置されていた21箇所に配置されたレーダーピケット艦隊(駆逐艦、各種小型艦艇)であることが認識できます。レーダーピケットとは、敵の航空機や艦艇をレーダーによって索敵することを主目的に、主力と離れておおむね単独で行動し、敵を警戒します。しかも駆逐艦などの小型艦艇であるため、爆撃等に対する防護力は脆弱であり、戦闘機の体当たり撃破の効果が高くなります。

また、敵のレーダー機能を潰すことは、現代戦では常套手段ですが、日本軍はこうした戦いの原則に則り、敵の目と耳を潰す〝麻痺戦〟を試みたのです。
 すでに戦況が悪化してわが国国力が衰退していましたので、特攻作戦は戦略的劣勢の回復には繋がりませんでしたが、作戦的には多くのPR艦艇を撃破し、米海軍に深刻な打撃を与えました。特攻作戦に是非はいったん脇に枠として、本書を読むことで神風特攻作戦が自棄になった自殺行為ではないことが理解できます。
 個人的意見ですが、戦後のわが国の戦史研究や戦史著書は「失敗か、成功か」のどちらかの大前提で、失敗の原因を追及することばかりに集中している気がします。
 1935年5月のノモンハン事件も失敗の事例として取り扱われることが多々ありますが(ソ連の大戦車軍団の前に日本陸軍は大打撃を受けたというのが定説)、最近になった公開されたソ連の情報資料によれば、日本は少ない戦力でありながら、対戦車戦闘ではソ連よりも優勢であったとの説もあります。

本著もそうですが、商売主義に影響を受けた日本著書とは異なり、外国著書の翻訳本には実に浩瀚で真面目なものが多く、多くの知見を得ることができます。外国著者の研究を多くの読者が支持しているところに国家としての力量を感じずにはいれません。
 優れた著書である『失敗の本質』なども、やはり本著の米国側の資料で再評価することで認識を改めることになるかもしれません。たとえば、同著では、「大艦巨砲主義」から早く脱却して「航空主兵主義」になれば勝利できたかのように理解できる記述があります。
  しかし、本著を見ると、米海軍がレーダーと連携した防空戦闘機を多数準備していた状況がうかがえます。その真剣な状況を踏まえるならば、失敗の本質は上記ではなかったという結論になるかもしれません。

そのような視点に立った、優れた外国文献である本著をじっくりと読まれることを推奨します。

武器になる状況判断力(8)

米軍式「状況判断」の内容

□はじめに

 オリンピックでは日本選手がたくさんのメダルを獲得しました。また、陸上種目ではメダル獲得はなかったものの、中長距離の若手選手が日本記録を連発し、将来への希望を抱かせました。

 しかし、オリンピック開催の是非や成否をめぐっての議論は止みません。民主主義国家ではさまざまな意見があってしかるべきですが、個人の素直な意見というよりも、マスメディアやSNSなどを経由してのバイアスがかかった意見です。だから、国民の「多数意見」あるいは国家の「全体意志」は奈辺にあるかについて無性に知りたくなりますが、それは叶わぬ願いのようです。

 さて、今回の謎かけは「日本の信号機は進行方向に向かって左から「青、黄、赤」となっていますが、それはなぜか?」です。

▼軍隊式「状況判断」とは?

 これまで、「状況判断とは何か?」「状況判断力は養成できるのか?」などについて解説してきました。これから米軍や自衛隊などで採用されている状況判断を軍隊式「状況判断」と呼称し、その思考手順について解説します。

 まずは、米軍の「フィールドマニュアル」の記述内容を紹介します。ただし、本連載では米軍マニュアルそのものを理解することが目的ではありません。

よってマニュアルの内容はざっと要点のみを述べ、その後、国際情勢判断や、一般社会やビジネスの場などで汎用できるよう筆者独自の解釈を加えて解説します。

 なお、自衛隊教範『野外令』でも、状況判断の思考手順を記述していますが、こちらの方は部内限定となっています。ただし、その内容の本質部分は米軍マニュアルとまったく同じです。

 そもそも各国軍の状況判断の思考手順はほぼ共通です。それにより言語や文化などが異なる各国の軍隊の連合作戦を可能にしていると言っても過言ではありません。

 軍隊式「状況判断」の思考手順は少々複雑ですが、要するに、目的と目標(戦略)の確立と、方法(戦術)の案出方法を、なるべく順序立てて論理的に考えるということに主眼があります。あまり枝葉末節にこだわらず、大局的な理解に努めて下さい。

▼米軍が採用する「状況判断」の思考法

 1984年の米軍マニュアル「FM101-5」に基づき、「状況判断」の思考手順を述べます。なお『勝つための状況判断学』(松村劭著)では、米陸軍の「状況判断」の思考手順を簡潔に整理していますので、同書を適宜に参考にします。

1 任務(※)

 任務を分析して、具体的に達成すべき目標とその目的を明らかにする。任務は通常、目標と目的をもって示される。分析の結果、具体的に達成すべき目標が2つ以上ある場合、優先順位をつける。

2「状況及び行動方針」

(2a)状況

【ア】地域の特性

 我が任務に関係する作戦地域の気象(weather)、地形(terrain)、 その他(other    factors)を要因として考察し、作戦地域の状況を認識する。

【イ】敵の状況

 敵の配置(Dispositions)、編組(Composition)、戦力( Strength)、重要な活動(Significant activity)を把握し、特性および弱点(Peculiarities & weakness)を明らかにする。この際、当面の敵のみならず増援兵力、火力支援、航空支援、NBC(核、生物、化学)兵器などの状況に注意する。

【ウ】我の状況

 敵の状況把握に準じて我が状況を認識する。この際、上下級の部隊、隣接する友軍等の現況を認識する。

【エ】相対的戦闘力

 彼我の一般的要因、軍事的要因を定量的、定性的に比較し、さらにこれらが地域の特性によってどのような影響を受けるかを考察し、考察した項目別に彼我の強みと弱みを一表で表示するなどに留意する。

(2b)敵の可能行動の列挙

 我の任務達成に影響するすべての可能行動を列挙する。このため、任務、地域の特性、敵情、我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る行動を列挙する。次いで、列挙した行動の場所・時期・戦法などを考察する。次いで、我が任務にあまり影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への影響度の差の少ないものは整理・統合する。

 敵情の分析や敵の可能行動の列挙は、通常は情報幕僚が「幕僚見積(情報見積)」として実施する。情報幕僚は自らの判断結果を指揮官に具申し、これを指揮官が総合的に判断する。指揮官は情報幕僚の判断を採用することもあれば、拒否することもある。さらに敵情の認識を深化させる、また幕僚見積のやり直しを命じることもある。

(2c)我の行動方針の列挙

 敵の可能行動を踏まえて、我が任務を達成する行動方針を案出、列挙する。指揮官は作戦幕僚に1つか複数の行動方針を示し、作戦幕僚は指揮官の指針に基づいて、さらに行動方針を案出する。指揮官は作戦幕僚が提出した行動方針を採用、拒否、変更(修正)する。

 行動方針には、行動の形態(攻撃、防御など:WHAT)、行動開始および完了の時間(WHEN)、行動する場所(防御担当地域、 攻撃の一般方向など:WHERE)、利用可能な手段(機動の方式、隊形、核および化学攻撃の採用など:HOW)、行動の理由(WHY)を状況に応じて含める。これらの内容をどの程度まで詳細に明記するかは指揮官の判断による。

3 各行動方針の分析

 敵の可能行動が我の行動方針どのような影響を及ぼすかを考察する。このため、敵の可能行動と我の各行動方針を組み合わせて(戦闘シミュレーションの実施)、戦況がいかに推移し、戦闘の様相がどうなるかなどを考察する。

 分析を経て、我の各行動方針の特性や問題点が浮き彫りする。さらに、これらを踏まえて我の各行動方針の優劣を比較して、その妥当性や効果性などの評価を行なうとともに問題点に対する処置、対策を明らかにする。

 分析を行なうことで、行動方針を比較するための要因を明らかにしていく。要因は、地域の特性、相対戦闘力、敵の可能行動などから、我が行動方針に重大な影響与及ぼす要因を選定することになる。

4 各行動方針の比較

 「各行動方針の比較」と同時並行的に実施する。比較のための要因の重みづけ、とくに重視する比較要因(加重要因)を明らかにする。

 次いで、要員が各行動方針に及ぼす影響を考察し、比較要因ごとに最良の行動方針を判断し、最後に総合的に最良の行動方針を選定する。

5 結論

 選定した行動方針に所要の修正を加えて、1H5Wのうち所要の事項を定める。行動方針の決定が事後の作戦計画の構想となる。

(※)米軍マニュアルでは「状況判断」の思考手順の第1アプローチは、「mission」である。これは翻訳すると「使命」となるが、「使命感」などの言葉にみられるよう、日本語の使命の意味は曖昧で、米軍の「mission」の意味とは異なる。「mission(使命)」という用語は、米軍の意思決定では特別の意味をもっており、米軍では「mission」を「直属上官の全体計画+指揮官の任務」と定義している。「直属上官が自ら選んだ目標+指揮官の与えられた目標」と言い換えることもできる。あるいは、「使命(mission)は、「目的(purpose)と任務(task)からなり、取るべき行動とその理由が明確に定義されたもの」(堂下哲郎『作戦司令部の意思決定』)とも定義できる。一方、米軍では、「任務(task)」は「指揮官の与えられた目標」と規定している。(アメリカ海軍大学『勝つための意思決定』)このように、米軍の「mission」と「task」には差異があるが、陸上自衛隊の状況判断などでは「使命」を使わず(旧軍もそうであったが)、「使命分析」ではなく「任務分析」を使用する。ただし、ここで使用する任務の意味は「task」ではなく「mission」に相当する。よって、「○○をやれ」という単なる命令・指示ではなく、「上級指揮官が示す『なぜやるのか』という目的(purpose)を含んだ全体計画(構想)と、それに基づいて下級指揮官に示された目標を含んだ概念であることを理解する必要がある。

(つづく)