南北首脳会談

会議は踊る、されど進まず

第5回南北首脳会談が開催

さる9月19日から20日にかけて、今年に入って第3回目、歴史的には第5回の南北首脳会談が開催されました。 平壌で南北首脳会談が行われるのは今回で3回目となります。過去の2回は、2000年6月の金大中政権、2007年10月の盧武鉉政権の時代であり、北朝鮮側は金正日氏です。韓国側の両政権はいずれも親北朝鮮政権であり、当時は、「太陽政策」という外交的緊張緩和政策が取られていました。

いずれも南北関係の改善に向けたさまざまな取り決めがなされましたが、現在までの南北対立の継続や、北朝鮮の核ミサイル開発の経緯を見るにつけ、過去の南北首脳会談が関係改善に成果があったとは言えません。

今次の南北首脳会談は規定路線

今回の南北首脳会談の経緯は本年2月にさかのぼります。金永南・最高人民会議常任委員会委員長と金正恩委員長の実妹・金与正氏が、平昌オリンピック開催期間中に韓国を訪問し、文在寅・韓国大統領と会談を開きます。その際、与正氏は、文大統領に金委員長の親書を手渡し、近く北朝鮮を訪問するよう要請しました。

その後、4月27日に文大統領と金委員長との間で、第3回南北首脳会談が板門店(韓国側施設)で開催され、その共同宣言(板門店宣言)のなかで、本年秋に文大統領が平壌を訪問することが合意されました。

報道ぶりを見ますと、 今回の南北首脳会談が、このところの米朝関係の膠着状態を打開するために行われたかのような印象を受けますが、まずは南北が 両国関係の改善の礎石となる終結宣言、さらには南北統一のための布石を打つことに狙いがある点を押さえておく必要があります。

第2に、北朝鮮が経済再建をうたい、韓国経済が停滞するなか、両国における経済関係の進展に狙いがありました。 それは、今回の文大統領の訪朝に際し、サムスン電子副会長はじめとする4大財閥トップなど17人の経済人が同行したことからも明らかです。

今回の平壌共同宣言では、鉄道と高速道路の連結事業に関し年内に着工式を実施する、中断中の開城(ケソン)工業団地や金剛山の韓国事業を再開する、経済共同特区の創設を協議するなどがうたわれています。

平壌宣言には新味なし

今回の南北首脳会談では、文大統領は北朝鮮側の演出を凝らした大歓迎を受け、聖地である白頭山を訪問し、全世界に向けて、同一民族の融和と統一に向けた正統性を訴えました。

さらには、金正恩国務委員長が文在寅大統領の招請により、近い時機にソウルを訪問することが合意されました。また、2020年の東京オリンピックを始めとする国際競技に共同で積極的に進出し、2032年夏季オリンピックの南北共同開催を誘致するための協力が謳われました。

このように、南北の友好ムードが最高潮に演出されましたが、平壌宣言自体は、今年の過去2回の首脳会談に比べて新味があるものとはいえません。 4月の南北首脳会談では2018年内に目指して停戦協定を平和協定に転換することが話し合われ、8月13日の南北閣僚級会談において、9月の南北首脳会談の開催が決定されました。

南北朝鮮は今回の首脳会談において、敵対関係の解消と融和路線の前進を全面的にアピールし、9月下旬に予定されている国連総会での米韓首脳会談あるいは米朝外相会談において終結宣言に向けた米国の同意を得るよう画策する腹づもりなのでしょう。

しかし、終戦宣言は米国にとって、米韓同盟の在り方、在韓米軍駐留、韓国に対する核の拡大抑止といった複雑な問題に影響を及ぼすため、おいそれと応じることはできないようです。 ここには、現在の核を保有したままで南北統一を目論む北朝鮮の野心と、文大統領が率いる韓国親北朝鮮が見え隠れしているのです。

北朝鮮は8月3日と4日にわたって開かれたアセアン地域フォーラムの閣僚会合で、米国側に北朝鮮制裁の緩和と終結宣言を要求したようですが、米国は非核化が先に行われない限り制裁を継続すると応じ、終結宣言に「ノー」を突き付けたようです。

一方、北朝鮮は米国の終結宣言などが、非核化の前提であるとの立場を保持しています。しかも、北朝鮮の非核化ではなく、在韓米軍の撤退などをも長期的視野に入れた朝鮮半島の非核化を主張しています。したがって、米朝間の食い違いが鮮明となっていました。

今回の首脳会談の合意を見るかぎり、終結宣言という言葉自体も盛り込まれることがありません。この点では4月の南北首脳会談から、朝鮮戦争終結宣言はまったく進展しているとはみられません。

非核化の進展はあったのか

6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談では、米朝双方は朝鮮半島の核の完全廃棄では合意したものの、具体的な核廃棄プロセスの合意には至りませんでした。     今回の平壌宣言では、 核の非核化について、東倉里(トムチャンリ)ミサイル発射施設を専門家の立ち合いの下で廃棄する、米国が相応の措置をとれば寧辺(ヨンビョン)核施設を廃棄することがうたわれました。

両施設はいずれも対米向けの施設です。南北の合意文書に「米国が相応に措置を取れば」という文言を入れること自体が異質であり、北朝鮮は今回の南北首脳会談において、対米懐柔を相当に意識したとみられます。

今回の平壌宣言の内容は、 核の長距離ミサイルの発射施設を専門家の立ち合いの下で廃棄する点はやや目新しさの感があります。しかし、これまで米国が要求してきた、①すべての核兵器と保存場所を公開して査察に応じる、②核兵器や大陸間弾道ミサイルの一部を早期に国外に搬出する、などの要求レベルに答えるものではありません。

また、核施設についても国内に100か所近くあると推定され、すでに35発程度あるとされる核弾頭の扱いなどはまったく不明です。

つまり、北朝鮮は、米国が終結宣言や経済制裁の解除に応じるならば、米国に指向される核ミサイルの開発は断念します、と言っているのに過ぎないのです。
これでは非核化の前進と評価することは到底できません。

北朝鮮による対中接近

米朝首脳会談が実現する見通しが立った3月以降、北朝鮮の顕著な行動の一つとして対中接近が見られました。

3月25日から26日かけて、金正恩委員長は、中国を非公式に訪問し、26日には習近平主席との首脳会談に臨みます。これは金委員長にとっての初の外遊となりました。

韓国と米国との二つの外交交渉に臨むに際し、まずは「中国ファースト」という歴史的な慣例を遵守することで、ここ最近の険悪化した中朝関係を修復するとともに、二つの歴史的会談を前に中国の後ろ盾を得たいとの思惑があったとみられます。

そして、4月27日の南北首脳会談前の4月21日には、北朝鮮は核実験とICBMの発射実験を中止して、核実験場を廃棄するという宣言を行いました(ただし、この際に非核化には言及していない)。

ところが、ポンペオ米国務長官は5月2日、北朝鮮に「恒久的かつ検証可能で不可逆的な」核廃棄を求める方針を示しました。まずアメリカが北朝鮮に対して米朝首脳会談におけるハードルを設定したとみられます。なお、これに対する北朝鮮側の回答はありませんでした。

5月7日~8日、金委員長は再び訪中します。これは、ポンペオ国務長官の訪朝の直前でした。 この時、金委員長は大連で習主席と会談しましたが、おそらく4月27日の南北首脳会談の結果などを報告したほか、米朝首脳会談における中国の支持獲得が狙いであったとみられます。

中国国営新華社が金委員長の訪中を受けて次のように報じます。

「関係国が敵視政策をやめれば、朝鮮は核を持つ必要がなくなり、非核化が実現できる。朝米対話を通じて、互いの信頼を確立し、関係国が責任を負って段階的で同時に措置を取ることを望んでいる。 習主席は、北朝鮮が核実験の停止や核実験場の廃棄などを表明したことを称賛し、その上で朝鮮が経済建設に戦略の重心を移し、発展の道を進むことを支持すると応じた」。

米国の強硬姿勢に対し、 おそらく金委員長は、朝鮮半島の非核化についての「北朝鮮プラン」(段階的、同時・並行的解決)についての中国から支持を得るとともに、米朝関係の修復ができないとしても中国から水面下での経済支援を受ける確約を取り付けた可能性があります。

すなわち、米朝交渉に臨むにあたって米国が要求する「北朝鮮の完全で検証可能かつ不可逆な非核化(CVID)」ではなく、中国の支援を受けて「段階的、同時・並行的な朝鮮半島の非核化」で応じる戦術を固めたとみられます。

北朝鮮による硬軟両用の戦術

中国の後ろ盾を得た北朝鮮は硬軟両様の駆け引きを展開します。

5月9日、ポンペオ国務長官が訪朝します。金委員長はポンペオ氏と会談し、北朝鮮が拘束していた米国人3人を解放しました。

ポンペオ氏は、「すべての核兵器と保存場所を公開し、査察に応じる。核兵器やICBMの一部を早期に国外に搬出する」ことなどを要請したとされますが、これに対する金委員長の反応は明らかとなつていません。おそらく、論点をすり替えた玉虫色の回答に終始したとみられます。 他方で6月12日シンガポールで首脳会談を正式に開くことを決定されました。

5月12日、北朝鮮外務省が豊渓里の核実験場を23~25日に廃棄する旨を発表しました。 このように、北朝鮮は対外向けのパーホーマンスも意識したソフト戦術に出ます。

一方、5月11日から、25日までの予定で、米韓合同演習「マックスサンダー」が朝鮮半島周辺で開始されました。 これに対して、北朝鮮は5月16日、この演習を批判して、南北閣僚級会談を中止すると一方的に通告します。

さらに、同日、北朝鮮、米朝首脳会談のため予定されていた米朝実務協議を無断欠席し、金桂冠第1外務次官、ボルトン米大統領補佐官を批判した上で、「首脳会談に応じるかを再考するしかない」と発言します。 これはソフト戦術を駆使しながらのハード戦術の併用だと言えます。 こうした硬軟両用の戦術が取り得たのは、中国の後ろ盾を得たという安心感があったからだとみられます。

米朝における舌戦

このような北朝鮮に対して米国も戦術を修正します。

トランプ大統領は5月17日、「中朝首脳会談の結果、「物事が変化した。正恩氏は間違いなく取引したいと思っていたが、今はしたくないいのかもしれない」との見方を示しました。 そして、17日から18日かけて行われた米中間の貿易協議において、トランプ大統領は、中国が北朝鮮への圧力を緩めれば、貿易問題などで中国の圧力を強める構えを示唆したのです。

5月22日、ペンス副大統領「金正恩氏がトランプ大統領をもてあそぶことができると考えているなら、大きな過ちとなる」「金正恩氏は取引しなければリビアの轍を踏む」と発言します。

同日、トランプ大統領は「6月12日の会談開催はうまくいかないかもしれない」と発言し、「中朝国境が最近少し開かれた。気に入らない」と不満を吐露しました。

5月24日、北朝鮮・崔善姫外務次官は、自国を核保有国と位置づけ、ペンス氏を「愚鈍な間抜け」と批判し、「会談場で会うか、核対核の対決場で会うかは米国にかかっている」と挑発的な発言をしました。

このような米朝間の舌戦の末の5月25日、トランプ大統領は米朝首脳会談の中止を発表しました。米朝首脳会談の開催がまさに危ぶまれ、米朝関係や半島情勢の緊張化が再び懸念されることになったのです。

米朝首脳会談は妥協の産物

これに対し、北朝鮮は5月26日、本年2回目の南北首脳会談を開催します。ここでは、南北が協力して米朝関係の修復と米中首脳会談に向けた努力を行うことが話し合われたとみられます。

こうした米朝間の駆け引きと紆余曲折のすえに、当初の予定どおり、6月12日に米朝首脳会談が開催されました。

米朝首脳会談では、両国指導者が相互に相手を称える友好モードが演出されました。
2017年の緊張状態が当面回避されたことは評価すべきですが、 北朝鮮と米国との非核化に関する溝が埋まるはずはなく、 結局は非核化においてなんら中身のない劇場型会談に終始しました。

紆余曲折を経つつも米朝会談が実現できたのは、まず金委員長が北朝鮮が現在の経済制裁の全面的な解除を目指すためには米国との交渉しかないと意識したからです。

第二に、トランプ大統領が先行き不透明であっても、とりあえず北朝鮮の暴挙をやめさせて〝前進〟をアピールすることで、今年11月の中間選挙の敗北、そして大統領弾劾を回避できるカードを持つ必要があつたからです。

第三に、韓国の文大統領が、経済政策の失敗で支持率が下がるなか、南北関係の改善と経済交流が起死回生の一手となることを強く認識ているからです。 このように、三国の指導者の思惑は異なれど、米朝首脳会談の開催は利するとの判断が働いたとみられます。

すなわち、米朝首脳会談は三者三様の思惑による妥協の産物であったわけです。

非核化は一向に進展せず

6月26日、「38ノース」は、米朝首脳会談から9日後に撮影された衛星写真に基づき、寧辺にある核施設のインフラ整備が急ピッチで進んでいるほか、ウラン濃縮工場の稼働も続いているとの分析結果を公表します。米国による北朝鮮に対する牽制が開始されました。

6月 7月6日から8日、北朝鮮の非核化交渉のためにポンぺオ国務長官が訪朝しました。これは6月12日に行われた米朝首脳会談のフォローアップです。

しかし、金委員長はポンペオ氏に会いませんでした。非核化交渉に訪れた米国の国務長官に会わないのは異例です。 さらに北朝鮮は、ポンペオ氏の訪朝に関し、「米国側の「強盗的」な要求を北朝鮮が受け入れざるを得ないと思っているなら、それは致命的な誤りだ」と非難します。

トランプ大統領は、7月17日、ホワイトハウスで共和党議員との会合で「非核化には期限を設けない」と発言します。北朝鮮との交渉決裂を懸念して、対北朝鮮懐柔策に出た可能性があります。

米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は7月23日、22日に撮影した衛星写真により、北朝鮮が、北西部・東倉里(トンチャンリ)にあるミサイル発射施設「西海(ソヘ)衛星発射場」を解体・撤去している様子が見えると、分析結果を発表しました。今度は、北朝鮮が米国に揺さぶりをかけた可能性があります。

米国が再び強硬策に転じる

しかし、この解体・撤去作業は「38ノース」によれば、この解体作業は8月3日から中断したとされます。これは先述した、8月の3日と4日にわたって開かれたアセアン地域フォーラムの閣僚会合で、米国側から終結宣言に「ノー」を突き付けられたことと関係があるのかもしれません。

8月23日、進展しない非核化の打開のため、ポンペオ国務長官は8月下旬に2回目の訪朝を行うことを公表します。 ところが、24日、金英哲(キムヨンチョル)朝鮮労働党副委員長からポンペオ氏宛てに書簡が届きます。

米ワシントン・ポスト紙は27日に報じるところによれば、複数の米政府高官の話として、予定されていたポンペオ米国務長官の訪朝が直前に中止されたのは、北朝鮮から「好戦的」な書簡が届いたからだとされます。

トランプ米大統領は8月28日、ポンペオ長官が予定している4回目の北朝鮮訪問に関し、ツイッターで「ポンペオ氏に訪朝をとりやめるよう求めた」と表明しました。 この理由について、トランプ氏は「朝鮮半島の非核化に十分な進展が見られないと感じた」と説明しました。

また米国との「貿易戦争」が激化している中国が、国連安全保障理事会の決議を受けた北朝鮮に対する制裁圧力で「かつてのように協力していない」と指摘し、中国の対応を非難しました。 さらにポンペオ氏の次回訪朝は「恐らく中国との貿易関係が改善した後になる」との見通しを明らかにしたのです。

8月28日、マティス国防長官は、記者会見で「米朝首脳会談を受けて、米国は誠意の表現として大規模演習をいくつか中止したが、現時点では、もはや追加的な演習を中止する計画はない」と述べました。 このように、アメリカは北朝鮮に対する強硬政策に転じたかのような行動を取ります。

北朝鮮が南北首脳会談を利用して対米関係を修復

9月9日、北朝鮮は建国70周年記念の軍事パレードを実施しましたが、注目されていた長距離弾道ミサイルだけでなく、短距離弾道ミサイルも登場させませんでした。これは、非核化交渉を意識したものとみられます。

そして、北朝鮮は今回の南北首脳会談を利用して、米国や世界に対して、真摯に非核化に取り組む意思を表明します。

今後の注目点

これまで述べたように、6月の米朝首脳会談はもともと米・朝、さらには韓国の打算的な妥協によっておこなれました。もともと米朝は同床異夢なのですから、非核化に向けた具体的な進展を望むのが無理なのかもしれません。

現段階では、米朝双方が硬軟両用の戦術を駆使し、相手の出方を見ているという状況です。今回の非核化に関する北朝鮮側のメッセージもその範疇ですが、 トランプ大統領が、「いくつかのすばらしい回答があった」と評価していることはやや気がかりです。
トランプ大統領が11月の中間選挙を意識して、基本路線を勝手に修正し、終結宣言に応じるなど、対北朝鮮譲歩の戦術に出る可能性がまつたくないとはいえません。

当面は、9月下旬の国連総会での米韓首脳会談の行方と、そこで第2回の米朝首脳会談についてどのような話し合いが行われるのかに注目したいと考えます。         わが国は、あわてることなく、これまでの基本路線を淡々と実行しながら、関連の動向を注視すれば良いと思われます。

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