武器になる状況判断力(4)

□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の第4回目です。

前回の謎かけは「千葉県の松戸駅と京成津田沼駅を結ぶ全長は26.5kmの新京成線は山も谷もないにもかかわらず不自然なカーブが連続する。直線で結ぶと15.8kmであるが、なぜ10km近くも余計に走っているのか?」でした。

答えは、「陸軍の運転用の練習に作られた。練習にはカーブが多い方がよい」とのことです。一見不合理と思われる事象も、視点を変えると合理になる。多面的に物事を見る重要性を教えてくれます。

今回の問いは「最近、石油価格が上昇しているようです。リッター150円を超えています。さてその理由はなぜか?」です。まずは頭の中で考えてみてください。

前回は指揮における状況判断の役割として指揮の核心で「決心」を準備する作業という点についてお話しました。今回は、状況と情勢のニュアンスの違いに着目し、あえて状況判断を状況判断(狭義)と情勢判断、戦術的状況判断、戦略的情勢判断に分別して、その特性などについて解説することとします。

▼状況と情勢とは?

筆者が初級・中級幹部時代に学んだ戦術教育の場では「状況判断」という言葉を嫌というほど聞かされていました。しかし、防衛省の情報分析官であった時代には「情勢判断」という言葉の方をよく目にし、耳にするようになりました。

実際、さまざまな国際情勢・インテリジェンスの書籍を読むと、情勢判断という言葉がよく目に入ってきます。そこで、まず状況と情勢について考察してみます。

一般的に状況や情勢は、人や組織が生存する、あるいは行動するために考慮しなければならない環境諸条件の時々の「ありさま(有様)」を意味する言葉といえます。ただし、情勢は国や世界など大きく見渡した有様を表し、状況は身の周りなどの限定的な範囲での有様を表すといえるでしょう。

そのため、状況には「個々の状況」「周囲の状況」「その時の状況」、情勢には「国際情勢」「当時の情勢」「将来の情勢」などといった分類や使用法が見られます。

とはいえ、状況と情勢に明確な境界線があるわけではありません。環境諸条件の時間の長短と地理空間の広狭で、主観的・感覚的に使用しているのが実態でしょう。

▼状況判断と情勢判断

次に、便宜的に状況に関する判断を状況判断とし、情勢に関する判断を情勢判断と呼称して、その特性を見てみましょう。

 作戦戦場では、指揮官が決心するための準備として「状況判断」(軍事用語)を行ないます。たとえば「敵は右正面に戦力を重点的に配備しているか、それとも左正面が重点か?」などの敵の可能行動の見極め(判断)から、「我は右から攻めた方が良いか、左から攻めた方が良いか?」などの行動方針の優劣を判断し、「明朝、敵を戦場に捕捉・撃滅するために左から攻める」などの決心を行ないます。

判断すべき事項は限定されていますが、判断するまでの時間が限られていますのでスピードが命です。それゆえに、戦況速度が激しい作戦戦闘に従事する軍隊組織では状況判断の思考過程(手順)がマニュアル(ドキュメント)化されています(後述)。

他方、政治指導者(政策決定者)などは国際情勢の大局を継続的に判断して、国家の生き残りや繁栄の戦略・政策を考えます。これらを誤ると致命傷になるので、長期かつ継続的な観察を行ない、その判断には正確性が最も重視されます。正確性を高めるために組織的な情報収集、情報分析を行ない、情勢を判断して、戦略・政策判断します。

ソ連のスターリンはドイツとの戦いの中で、欧州、中国、米国、日本に広範囲な諜報網を設定し、ドイツの能力と意図に関する見極めを実施していました。

日本には、ゾルゲが満洲事変以後の日本の対ソ政策を観察するという使命を受けて1933年に来日しました。その後8年かけて、来日前の中国で徴募した尾崎秀実を中心に諜報網を確立し、これを組織的に運用し、日独関係、日本の対華・対米政策、軍部と政治的意思決定との関係などの諸情勢を分析、判断しました。そして「日本は南進策をとり、ドイツと連携してソ連に侵攻することはない」との判断を下し、これに基づいてスターリンは極東方面の兵力を対独正面に転用するとの戦略判断と決断を下しました。国際情勢の判断には多くの組織やスタッフがさまざまな観点から関与し、その判断結果をインテリジェンスとして政治指導者に提供します。政治指導者は上がってきたインテリジェンスに基づいて、国家戦略や外交政策などの総合的な判断と決断を行ないます。

このように国際情勢の判断には、考慮すべき要因が広範多岐に複雑に絡みますので、作戦戦場の状況判断のようにドキュメント化された定式はありません。判断者個人の力量が物をいう世界です。

▼戦術状況判断と戦略情勢判断

状況(情勢)判断の理解を深めるために、戦略と戦術の関係についてもみておきましょう。戦略と戦術は共に軍事用語です。戦略が「大規模な軍事行動を行うための計画や運用方法」、戦術とは「戦略の枠内での個々の戦闘を行うための計画や遂行方法」などと定義されています。つまり、戦略と戦術は相互に上下する概念であり、戦略が上位、戦術が下位になります。

今日、戦略と戦術は政治やビジネスなどの領域でも広く使用されていますので、軍事での特性を踏まえた上で、一般でも通用する概念を探る努力がなされています。

一般ビジネス書などでは、戦略は「企業目的や経営目標を達成するためのシナリオ」などと定義され、「目的、目標、ゴール、方針」などといった言葉で表現されています。一方の戦術は「戦略を実現させるための具体的な手段」と定義され、「方法、やり方、オペレーション」などといった言葉がよく使用されています。

要するに、戦略とは「理由や目的・目標(whyとwhatを決定するもの」であり、戦術は「目的や目標のやり方(How to)を決定するもの」であると理解できます。このように理解すれば、一個人においても戦略と戦術はあり、その意思決定の特徴や相違点は認識しておく必要があります。

作戦戦場における状況判断は戦術的な判断です。これを次のことを解説するために便宜的に戦術的状況判断と呼称します。

戦術的状況判断は「目的や目標が決定(固定)している状況下で、短時間の内にどの方策が良いかを判断する」ことになります。つまり、上級部隊から使命(mission、目的と任務から構成される米軍の概念です)が示され、たとえば攻撃部隊の指揮官として「敵は右正面に戦力を重点的に配備している蓋然性が大」と判断し、「我は戦力が手薄な左正面からの攻撃を有利」と判断します。すなわち戦術的状況判断は方策、方法論の判断です。

 他方、国際政治などでの国家戦略に関する、戦略的情勢判断とでも呼称する判断では、使命を自ら確立することが主眼となります。つまり、最初に「我が方はかくかくしかじかの目的で、以下の行動をとる」ことを判断し、決断する必要があります。このように、戦略的情勢判断は、自らの目的を何に求め、自らの「任務」をどのように規定するかの判断であるといえます。

また、一般的には戦術的状況判断はより戦術的、小局的、客観的です。そのため前述のように思考過程のマニュアル化が行なわれています。他方、戦略的情勢判断は戦略的、大局的、主観的です。後者は政治指導者などの戦略的価値観、すなわち価値判断が情勢判断に大きく影響することになります。

なお、特に分別する必要がない場合は状況判断も情勢判断も状況判断あるいは状況(情勢)判断と表現するといいましたが、これは、ここでいう戦術状況判断(狭義の状況判断)と戦略情勢判断(広義の状況判断)までを含んでいます。

(つづく)

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