武器になる「状況判断力」(5)

状況判断の重要性─VUCA時代では状況判断力が一層重要

□はじめに

 皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の5回目です。
 ところで、前回の謎かけは「最近、石油価格が上昇しているのはなぜか?」でした。これは、インターネットなどで検索すると、「まもなくコロナ禍が終わり、今冬あたりから海外旅行が再開される。そのため航空運輸業が石油のストックに乗り出したから」という仮説に接します。

「なるほど、そうか!」と実に納得できる仮説ではありますが、1つの仮説に満足すると判断を誤ります。石油価格の変動には中東の政治情勢、米国や中国の戦略、ロシアのエネルギー戦略などさまざまな要因が複雑に絡んでいます。だから複数の仮説を立
てて、石油価格上昇という現象をもたらす要因やそれが織りなすシナリオを考察してみることが大切です。ここでの教訓は、1つの仮説で満足しない、決めつけないということです。
 次回の謎かけは、「将棋には王将と玉将の2つがある。上位者が王将を使い、下位者が玉将を使う。もともとは1つであった。どちらが先にあって、後から誕生したのはどちらか?」です。少し、マニアックな謎かけですが、この回答が筆者には「なるほど」と言わしめるものでした。

 さて前回は状況と情勢の違いから、状況判断と情勢判断、戦術的状況判断、戦略的情勢判断などについて解説しました。今回は、今日の状況判断の重要性について解説します。

▼ドッグイヤーの到来

 今日、ICT技術の目まぐるしい進化によって、昔なら1年くらいかかった技術革新が数か月で達成されるようになったとされます。そのスピードの早さを「ドッグイヤー(dog year)」と言います。
「成長の早い犬の1年は人間の7年に相当する」ことからIT産業の変化の早さを喩えたメタファです。

 従来は、成功を遂げた企業をモデルに研究し、それを追い越すよう戦略の目的や目標を立て、それに適合する戦術を案出するというのがオーソドックスな方法でした。しかし、ドッグイヤーでは、これまで成功したビジネスモデルが応用できなくなったと言われています。消費者や市場の変化に対応できない企業は淘汰され、予想もしない新規参入業者が登場しています。だから、「現在好調な企業が本当に成功していると言えるのか、その成功は一過性のものではないのか」などの疑念が尽きず、また明確な目標はどこにもないとされます。

また、消費者はインターネット情報などに敏感に反応し、どんどん意思決定し、それを次々と変更します。アンケートのような旧態依然とした市場・消費者に対する調査・分析では、ニーズに対応できる「生きた情報(生情報)」が入手できなくなったようです。

▼戦場の霧は依然と晴れない

クラウゼビッツは『戦争論』の中で、「軍事行動がくり広げられる場の4分の3は霧の中」「戦争中に得られる情報の大部分は相互に矛盾。誤報はそれ以上に多く、その他のものも何らかの意味で不確実」と述べています。

現代社会では人工衛星やインターネットの発達で、戦場でのISR(情報収集・警戒監視・偵察:Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)能力は飛躍的に向上し、〝戦場の霧〟は晴れたかのように見られます。

しかし、優れたAIをもってしても相手の意図は依然としてわかりません。また、インターネット上には多くの情報がありますが、誤情報が氾濫し、意図的な偽情報による誘導工作も散見されます。

クラウゼビッツは、「情報が多ければ判断が楽だ、というものではない。心配の種を増すだけのものもある」と述べましたが、まさにそのとおりの社会になっているような気がします。すなわち、霧は晴れようとも、〝戦場の霧〟は決して晴れることはないのです。

▼VUCA時代の到来

ビジネス社会に目を転じてみましょう。マスメディアの報道やインターネットで得られる情報の多くは発信者にとって都合のよい「売り込み」情報です。
企業経営などで必要な情報は、相手側が秘匿・防護しています。この点が学問とは全く異なるのです。

現代社会は「VUCA(ブーカ)時代」(V:Volatility(変動性)、U:Uncertainty(不確実性)、C:Complexity(複雑性)、A:Ambiguity(曖昧性))と呼称されます。すなわち、テクノロジーの進化によって、社会やビジネスでの取り巻く環境の複雑性や変動性が増し、将来の予測が困難になっています。

こうしたなか「戦争では予想外の事の現れることが多い。情報が不確実なうえ、偶然が多く動くからである。洞察力と決断とが必要である」とのクラウゼビッツの箴言は、現代社会における状況判断力の重要性を物語るものとして今なお新鮮な響きがあります。

▼戦術と戦略との一体化を強化

 環境諸条件の変化の流動性が増し、先行きが不透明な現代では「戦略を立てようにも立てられない、戦略を立てても市場ニーズの変化に追随できなくなって、すぐに戦略を変更しなければならない」という不安の声を耳にします。

 そのため、「企業はどんどん戦術を繰り出し、その反響により生情報を入手し、戦術を修正する、または新戦術を考えることが重要なのだ」という声が増えているようです。

ただし、これを「戦略よりも戦術の重要性が高まった」というように短絡的に判断することは危険です。戦略は「何のために(why)何を(what)なすべき」」であり、戦術が「いかに(how to)なすべきか」という本質的な相違からすれば、戦略→戦術の流れは〝普遍の原理〟です。目的や方向性のない、行き当たりばったりの戦術をやみくもに繰り出していては
犠牲や損害を被ることになります。

要するに、戦略を膠着化させず、戦略と戦術の一体化を強化することが重要なのです。つまり、「戦略に対する戦術の適合性(整合性)を判断する、戦術の実行可能性を見極めて躊躇せずに戦術を実行に移す、戦術の戦略への影響性を考察して戦略の修正を図る」ことが重要です。すなわち、戦略と戦術を同時一体的に律していくことが重要だと言えます。

▼「OODAループ」の登場

現在のビジネス界では、業務改善の手法として有名な「PDCA((1)計画、(2)実行、(3)評価、(4)改善」に代わり、「OODA(ウーダ)ループ」が注目されています。これは、「(1)観察する(Observe)」「(2)状況を理解する(Orient)」「(3)決める(Decide)」「(4)動く(Act)」の頭文字をとった造語です。

この思考法は、「物事はなかなか計画どおりには進まない。だから、現場サイドが市場や顧客などの外部環境をよく観察し、『生データ』を収集して状況を理解して、すわわち状況判断を行い、具体的な行動を決断し、即時に実行に移せ」というものです。

「OODAループ」は、米空軍将校が、環境諸条件が流動点であるという作戦・戦闘の特性を踏まえて提起した概念です。実は、前線での個々の戦闘の場面では、事前の作戦計画を遵守するよりも、状況に応じて臨機応変に判断し、実行に移すことが鉄則なのです。ある意味、軍事作戦においては「OODAループ」は相当以前から当たり前でありました。

 ここにも軍事ノウハウが他領域へ越境し、その領域でのノウハウとして定着している状況を認識せざるを得ません。

▼軍事マニュアルはあらゆる領域で活用できる

前述のVUCAも軍事用語からの派生です。米国では軍事における教訓が続々とビジネスに浸透しています。かの経営理論の神様であるドラッカーは米軍の諸制度を高く評価していました。実際、米軍マニュアルには、環境諸条件の流動性が激しい現代社会を生き抜くビジネスパー
ソンに役立つ多くの知見があると考えます。

現代の人生やビジネスも一種の戦いです。だから、かつて筆者が学んだ陸自教範で戦略・戦術の原則書『野外令』にもビジネスに役立つ知見があります。
しかし、残念ながら、米軍マニュアルはほとんどが公開されているのに比して、自衛隊の教範は公開されていません。未公開にはそれなりの理由があるのでしょうが、筆者は情報公開の遅れを痛痒します。

他方、米軍マニュアルとともに、陸自『野外令』の源流となったわが国の旧軍教範には戦略、戦術、指揮、統率、勝利するための原理・原則が記されてい
ます。筆者は、今日のビジネス書に接するたびに、「このアイデアは『統帥綱領』、『統帥参考』、『作戦要務令』(※)などに書かれていることと根っこは同じだな」と感じることが多々あります。これは、ビジネス書が『統帥綱領』などを参照にしているのではなく、競争社会の原理・原則にはある種の共通性があるからだと考えます。

ドッグイヤーあるいはVUCA時代と言われる今日、一般人やビジネススパーソンにとっても、環境(戦況)の流動性が高い作戦・戦闘の教訓を踏まえて誕生した軍隊式「状況判断」を学ぶことの意義は大きいと考えます。

そこで、米軍マニュアルや旧軍教範、さらには古今東西の兵術書や戦史などを引き合いにし
ながら、米軍式「状況判断」の現代的活用法について、筆者の私見を踏まえて追い追い述べていきたいと考えます。


※『統帥綱領』、『統帥参考』は当時は非公開であり、一方の『作戦要務令』は公開であった。今日では、いずれも一般販売しているので自由に手に入る。

(つづく)

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