武器になる状況判断力(2)

状況判断の意義──最良の方策を決定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)


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□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の2回目です。前回は判断と決断の違いなどについて説明しましたが、今回は「状況判断」の意義、決断(決心)との関係性について解説します。

なお、軍事用語では指揮官が『決断」を行うこと「決心」と言います。

ところで、最近雑学の本に凝っています。そこに
「東京にはスカイツリーや東京タワーなどの高い電波塔があるが、大阪にはなぜないのか?」という記事がありました。その理由が腑に落ちました(その理由については来週紹介します)。

こんな疑問を持ち、「なぜ?」を解明することが思考力、分析力、洞察力などを身に着ける秘訣だと思います。

さて、いろいろありましたが、いよいよオリンピックが開催の運びとなりました。ちまたに、「なぜ、オリンピックだけを特別視するのか。オリンピック選手は特別待遇か!」の意見もあるようです。多くの皆様が自粛を強いられている中、そのような気もわからないでもないですが、オリンピック選手にとって4年に1度の祭典は人生を大きく左右します。生涯にわたる待遇がまったく違ってきます。

人一倍の努力を重ねている彼らの活躍を応援し、努力した者が報われる社会を望みます。


▼状況判断は軍隊用語

前回述べましたように状況判断という言葉は一般用語として定着していますが、もともと軍事用語です。


米陸軍教範には「Commanders Estimate of the Situation」あるいは「Estimate of the Situation」という概念があり、戦後のわが国はそれを「状況判断」あるいは「情勢判断」と訳しました。


防衛研究所が1952年に発行した『国防関係用語集』では以下のとおり定義されています。

「状況(情勢)判断とは、指揮官がその任務を達成するために状況(情勢)を考察し、論理的推論を経て、とるべき最良の方策を決定することをいう。この場合、一般にわが選択できる諸方策を行動方針といい、敵の選択できる諸方策を敵の可能行動という」

そして、解説として、「もともと状況(情勢)判断は、米軍の創設したものであるが、その後広く各国でも使用されている。意思を有する敵との闘争の推論において、賭け(ゲーム)の理論を適用して最良の選択を行うための論理的思考の過程で使用される。すなわち、賭け(ゲーム)の理論における彼我の可能な選択を列挙して、各組合せにおける帰すうを推論し、最後に比較して最良の選択を得ようとするものである。」と記述しています。

上述の定義や解説は追って説明をしていきますが、ここでは指揮官が最良の方策を決定するという点が重要です。

これに関して、今日の陸上自衛隊の戦略・戦術の原則書である『野外令』(※)では「状況判断は指揮官が任務達成のために最良の行動方針を決定するために行う」と規定しています。筆者の手元には『野外令』がないので、少しうろ覚えかもしれませんが趣旨は間違っていないと確信しています。

(※)『野外令』は国土防衛作戦における旅団以上の部隊運用の基本理念を明らかにする教範。これは米陸軍のマニュアル『Operations』(1953年、昭和28年)を基礎に、旧軍の『作戦要務令』(1938年、昭和13年)を部分的に採り入れ、1957(昭和32年)に初めて制定され、その後、適宜に見直しが行なわれている。『野外令』には秘区分はないが、部内限定文書として市販されていないので、一般人あるいは退職自衛官などは入手できない。

▼「状況判断」は旧軍教範が源流

旧軍教範を紐解いてみましょう。明治期の『野外要務令』(1908年版)では「情況判断」や「情況を判決」という言葉が登場します。また、敵軍の情況、友軍の情況、彼我の情況といった具合に使用されています。

当時のプロシア軍が戦いの経験から戦術の原理・原則などを学び、それがクラウゼヴィッツなどにより体系化され、旧軍人のプロシア留学やモルトケの来日などによって伝承される中、「情況判断」という言葉も流入したと推察されます。

大正期の『陣中要務令』では、「情況を判断するに方(あた)りては特に先入主とならざること必要にして……」などの条文が登場し、状況判断の在り様が追加されました。

『野外要務令』を源流として、『陣中要務令』に発展し、昭和初期に制定された『作戦要務令』(※)では、「情況判断」に変わって「状況判断」という言葉が登場しました。

ここには次のような条文があります。

「指揮官はその指揮を適切にならしむるために、たえず状況を判断しあるを要す。状況判断は任務を基礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種の資料を較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす……」(16条)

ここでは指揮官が指揮を適切に行なうという状況判断の目的が明記され、任務、我が軍、敵情、地形・気象などといった状況判断を行なうための考慮要因について規定されています。

このように米軍マニュアルで状況判断を創設する以前から、状況判断の原理・原則は存在していたが、米軍マニュアルにより体系的、実運用的に整理されたといえるでしょう。なお米軍マニュアルの記述の骨子については追い追い触れることにします。

(※)軍隊の陣中勤務や作戦行動・戦術・戦闘要領などを規定したもので、少尉以上の幹部を対象とした教範。1938年9月、日華事変から得た教訓を採り入れ、『陣中要務令』と『戦闘綱要』の重複部分を削除・統合して、対ソ戦を想定して『作戦要務令』の綱領「第1部」「第2部」を制定。1939年には「第3部」、1940年には「第4部」がそれぞれ制定された。陸上自衛隊の『野外令』のもとになっている。

▼状況判断と決心の違い

 昭和期に制定された『統帥綱領』(※)では、
「高級指揮官は大勢の推移を達観し、適時適切なる決心をなさざるべからず」と規定しています。

『統帥参考』(※※)では、「幕僚は所要の資料を整備して、将帥(大部隊の指揮官)の策案・決心を準備し、これを移す事務を処理し、かつ軍隊の実行を注視す。軍隊に命令を下し、これを期するは指揮官のみこれを行う得べく、幕僚は指揮官の委任なければ、軍隊を部署する権能なきことを銘心するを要す」と規定されています。

ここには、決心は指揮官が適宜適切に行なうものであり、幕僚は指揮官の策案・決心を準備することができるが、原則として指揮はできないことが示されています。つまり、策案や決心の準備の役割にある「状況判断」は指揮官だけでなく幕僚も実施することができますが、決心は指揮官の専管事項であり、幕僚は行なうことはできないのです。すなわち、幕僚は指揮官の状況判断は補佐できても、決心を補佐することできないのです。

『野外令』では「決心は、状況判断に基づく最良の行動方針を実行に移す指揮官の意志の決定である」旨を規定しています。

ここでいう「決定」とは一般的に「物事をはっきりと定める行為」や「はっきりと定められた状態」を意味します。

つまり、状況判断も決心も決定を行なう行為ですが、前者は最良の行動方針(方策)を決定し、決心が意志を決定します。

その大きな違いは行動と責任にあります。状況判断には行動と責任を伴いません。刻々と変化する状況に対して継続的に行なわれ、客観的に最善の方策を選ぶという思考作用だと言えます。

他方、「決心」には実行と責任が伴います。いったん、状況判断が決心に移行すれば容易に後戻りはできません。決心は適宜適切に行われるもので、「我はこうする」という主観的な強い意志の発揚すなわち精神作用であると言えます。

(※)日本陸軍の高級将校・指揮官および参謀のために、方面軍および軍統帥の大綱を説いたもの。旧日本軍の教典では最も秘密度の高い「軍事機密」書。『作戦要務令』の上位にあたる教令であった。

(※※)『統帥綱領』を陸軍大学校で講義するために使用した解説書。1932年に編纂された「軍事機密」に次ぐ「軍事極秘」書。


(つづく)

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