武器になる状況判断力(1)

しばらく中止していましたが、『軍事情報』メルマガに連載「武器になる情報分析力」を投降することにしました。これは、毎週火曜日2000から配信されます。登録は無料です。ここには、読者に配信されたものを少し後に掲載します。

新連載:武器になる「状況判断力」(1)

判断と決断の違い

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□はじめに

「軍事情報」メルマガ読者の皆様、ご無沙汰しております。過日は、拙著『情報分析官が見た陸軍中野学校』の予約キャンペーンではお世話になりました。多くの方々にご購入いただき嬉しく思います。

中野学校出身者のほぼ全員が鬼籍に入られようとする今日、中野学校を貶める論調を少しでも排斥し、拙著を通じて真実を世間に押し広めたいと思います。

本メルマガ読者皆様のお力添えをいただければ心強く思います。引き続きよろしくお願いします。

▼オリンピック開催の判断とは?

さて、今回の連載のテーマは「状況判断とインテリジェンス」です。「状況判断とは何か?」については追って解説したいと思いますが、今日では「判断」という言葉がマスメディアを賑わせており、これを聞かない日はないと言っても過言ではありません。というのも、オリンピック開催の中止・延期の〝判断〟を求める世論が高まっているからです。

これに関連し、『時事通信』(6月5日付)によれば、「政府・自民党は尾身茂会長に対する不満を強めている」として、次のように報じています。

「尾身氏は3日の参院厚生労働委員会で、五輪開催に関し『普通ではない』と明言。4日の衆院厚労委でも『人流が増える。やるのであれば覚悟を持ってさまざまな感染対策をすることが求められる』などと訴えた。こうした発言について、政府高官は『尾身氏は五輪開催を判断する立場にはない』と不快感を隠さない。別の政府関係者は『五輪で医療が逼迫(ひっぱく)したときに〈警鐘を鳴らした〉としておきたいのではないか』と皮肉った」

ここで筆者が取り上げたいのが「尾身氏は五輪開催を判断する立場にない」という箇所です。この記事は、「政府高官」「政府関係者」の発言という情報源を秘匿した記事なので、やや情報の正確性には疑義もありますが、正確な情報だとして論を進めます。

さて、尾身氏は本当に判断する立場にはないのでしょうか?

尾身氏6月1日の参院厚労委員会での社民党の福島瑞穂氏に対する答弁では次のように述べています。

「我々は五輪を開催するかどうかの判断はするべきでないし、資格もないし、するつもりはない。しかし仮に五輪を開催する決断をなされた場合、当然、開催に伴う国内の感染への影響があって、分科会は我が国の感染をどう下火にするか助言する立場にある」「五輪をやれば、さらに(医療に)負荷がかかることがあり得るので、最終的な決断はそういうことも踏まえてやっていただきたい」

ここには判断と決断という2つの言葉が出てきます。判断には「良いか悪いか」「価値があるかないか」「行動すべきすべきでないか」など二者択一的な意味合いがあります。判断は決断のためにありますが、必ずしも判断が決断につながるとは限りません。AかBかの選択でAが良いと判断したが、Cを実行した。このようなケースはあります。

判断と決断は異なります。判断は絶えず刻々と行なうものですが、決断は適宜行なうものです。判断は意思決定者のほか、その他のスタッフもそれぞれの立場で行なうものですが、決断は意思決定者が行なうものであり、これは原則としてスタッフやAIに任せることはできません。そして決断には必ず責任が伴います。委任決済という決断を委ねる方式もありますが、決断を委任したからといって意志決定の権限のある者の責任は免れません。

言葉にはおおらかな面があり、筆者は言葉の広義的な意味や現代流の解釈には寛容であるべきとの立場ですが、やはり肝心な議論では言葉は注意して使用すべきであり、今回のようなケースでは、もう少し判断と決断はきっちりと分別して記事にすべきであろうと思います。

そして、上述のコロナ禍と五輪との問題では、尾身氏は五輪を開催するかどうかの決断はできないが、「政府の分科会」の代表者として専門家として開催の是非を判断することは当然に許されると思います。また、一般国民もそれぞれの立場で開催の是非を判断し、それぞれのルートで意見を発出して良いと考えます。判断は決断に影響を及ぼすが、必ずしも決断には直接結びつかないこともあることを理解し、決断が行なわれた以上はそれを支持する潔さも大切だと考えます。

決断は判断とは比べようもないほど重い。容易には覆らないし、覆してはならないのです。よく「最終的な決断」という用法は耳にしますが筆者にはしっくりときません。「総合的な決断」ならわかりますが、決断は常に最終的であるべき、そのような心構えをもったものと考えています。

▼自衛隊勤務での「判断」との関わり

筆者の防衛省や陸上自衛隊の勤務を振り返れば、常に判断が求められ、判断力の養成が教育訓練の主軸であったように思い起こします。初級幹部時代の戦術教育では、指揮官としての「状況判断」を学ぶことが主題でした。

その後、筆者は国家政策や防衛戦略に資するインテリジェンスを作成する情報分析官になりますが、そこでは国際情勢や対象国に関する「情勢判断」を求められました。情勢判断の前には、情報が「正確か誤りか」の情報自体の判断もあります。

分析の先には必ず判断があります。情報分析とは情報を分析して情勢を判断することの繰り返しなのです。対象地域の情勢判断の上には国際情勢の総合的判断があり、それに基づいて国家政策や防衛戦略の判断があります。そして政策や戦略が決定(決断、決心)され、計画や実行に移されます。このように国家政策や防衛戦略の決断、計画と実行には多くの担当者や関係者の判断が幾重にも重なってきます。

 なお、状況判断と情勢判断には多少のニュアンスの違いはありますが、両者ともに、対象(敵、ビジネスでは競業他者など)と彼我を取り巻く環境が、我の行動(政策、戦略、戦術など)に有利か不利かなどを判断するという意味があります。以下、両者を比較、分別する必要がある場合を除き、本メルマガでは状況判断という言葉を用います。

▼状況判断を学ぶことの意義

 今日は、スポーツ、ビジネスなどあらゆる分野で「状況判断」という言葉を耳にします。特にスポーツの世界では状況判断という言葉は頻繁に使われます。たとえば、野球でノーアウト、ランナー三塁の場面を想定しましょう。野手が内野ゴロを捕獲し、バックホームするか、それとも一塁に送球するか、瞬時の判断が必要となります。このような場合、野手は三塁ランナーの位置、打者の打球の速さ、打者の走力などの状況を総合的に考査して瞬発的に判断を下すことになります。このような判断が優れている者を、「彼は状況判断力がある」などと言います。

 今日のグローバル化社会では、組織が拡大、分散化し、行動は複雑多岐になっています。変化の早い情報化社会では、ビジネスパーソンは各種多様な要件を緊急に処理することが求められます。

 このような状況下、もはや少数の英知のみに依存して状況判断を行なうことは困難です。つまり、社長や経営者、各部門や事業部の長といった組織トップの判断を待つことなく、現場の担当者の自主判断が求められるケースが増えていると考えます。

 社会の複雑化に追随できない現代人は精神的に疲れ、思考力が減退しています。やがてAIが状況判断を行なう時代は来るかもしれませんが、すべての領域、分野におよぶにはなお時間がかかるでしょう。

 また、すべての状況判断をAIに依存できるわけではありません。したがって、あらゆる組織に所属する個人にとって状況判断はますます重要になっています。

 状況判断はもともと軍事用語です。複雑な戦場環境の中で指揮官が最良の行動方針を決定するために行なうものとされます(詳細は今後説明する)。状況判断には多くの幕僚が関わり、組織として状況判断を行ないます。また部隊間の協同作戦も通例です。だから、状況判断のプロセスの標準化やマニュアル化が進められてきました。

 複雑な現代社会の中で生きるビジネスパーソンあるいは社会組織に属する個人にとって軍隊式の状況判断を学ぶ意義は大きいと思います。

▼本連載の構想

 本連載では、まず状況判断とは何かについて世間一般での使用例や旧軍教範や米軍マニュアルなどをもとに考察したいと考えます。次に歴史上の重要なターニングポインに焦点を当てて、それに関与した歴史英傑の状況判断を学び、状況判断に必要な基本的要件を浮き彫りにしたいと考えます。

 次に可能であれば、軍隊式の状況判断のプロセスや思考法をいくつか取り上げ、ビジネスなどの他領域への汎用性などを検証したいと考えます。

 また、連載の終始を通じて状況判断とインテリジェンスとの関係について考察し、政策立案者や指揮官が状況判断を行なうためには情報要員をいかに使いこなし、インテリジェンスをどう活用すべきかを考えたいと思います。

 今回の連載は、過去の筆者の連載や著作物とは少しスタンスが異なるものになるでしょう。これまで筆者は、主として情報分析官の目線で、情報を分析していかに状況や情勢を判断するのか、そのノウハウを提示することが主題としてきました。

今回は情報要員という衣を脱いで、インテリジェンス使用者(カスタマー)の立場で状況判断を行なうためにはいかなるインテリジェンスが必要であるか、インテリジェンスをどう使うかについて考えたいと思います。使用者の立場で考えることで、インテリジェンスの本質により迫りたいと考えています。

 最後に、今回の連載には終着に向かうおよその概念図はありますが、具体的な設計図は未だできていません。つまり、読者皆様の反応などを羅針盤に試行錯誤を繰り返しながらの船旅となりそうです。どうか、無事に航海が完遂できますよう、皆様のお力添えをいただければ嬉しく思います。

 次回は判断および状況判断とは何かについて言葉の意義や旧軍などでの用例などを見ていく予定です。

(つづく、本記事は2021.7.6に掲載済み、その後一部修正)

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