情報戦(3)

■情報戦からマルチドメイン作戦

情報戦という言葉がにわかに注目を集めたのは1991年の湾岸戦争時です。その後、米シンクタンクなどで情報戦の定義や分類が行われました。しかし、当時に注目されたのは精密誘導兵器と情報システム(C4ISR:指揮・コンピュー・通信・統制とインテリジェンス・偵察 ・監視)を駆使する初期の統合作戦でした。

その後、米軍は陸軍・海軍・空軍・海兵隊といった軍種間において相互運用可能な統合情報システムの構築を目指し、99年のコソボ空爆、01年のアフガニスン、03年のイラクの戦争において本格的な統合作戦を実施しました。

湾岸戦争後まもなくサイバー戦争の概念は確立され、99年のコソボでは、米国側がミロシェビッチ大統領の海外口座に侵入して資金を盗み出し、力を失わせようとした、ともいわれています。同年に中国空軍の上級大佐が執筆した『超限戦』でもサイバー戦の記述がみられます。

わが国でも、先進的な軍事専門家であった江畑謙介が『インフォメーション・ウォー――狙われる情報インフラ』(1997年)、『情報テロ――サイバースペースという戦場』( 1998年 )などを執筆し、サイバー戦の脅威への認識は高まっていました。

しかしながら、2000年代のアフガン、イラクの戦争で米国が本格的なサイバー戦を行ったとの確たる実証はありません。

その後2007年4月、エストニアでのロシア系住民の暴動が生起し、エストニア中のウェブサイトが攻撃を受けました。これは、おそらくロシア政府が攻撃の主体であったとみられ、国家(ロシア)が国家(エストニア)に対する破壊妨害を目的とした初の初のサイバー攻撃として認識されているようです。

2008年のロシア・グルジア戦争は、サイバー攻撃と通常戦争として連携して行われた前例のないケースとなりました。

米国はすでに2005年3月にサイバー軍(JFCCNW、Joint Functional Component Command for を組織しましたが、2011年6月、ロバート・ゲーツ国防長官(当時)が外国政府によるサイバー攻撃を戦争行為とみなすとする方針を表明しました。

 2014年2月、ロシアはクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入で、サイバー攻撃や電磁波攻撃を含む様々な形態の戦い方を実践して見せました。この様相を欧米では「ハイブリッド戦」と呼称しました。

 現在、「ハイブリッド戦」の関する国際的な共通の定義はありませんが、防衛省では「ハイブリッド戦」は、「軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法」と解説し、ハイブリッド戦に該当するものとして、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法を例挙しています。まさに、ロシアがクリミア半島島で行った戦いの形態を意図しています。

 この後、米陸軍では、陸上、空中、海上、サイバー空間、宇宙空間すべての領域で行われる作戦を「マルチドメイン作戦」として整理しました。この作戦は、米国の軍隊およびその同盟国と提携国が相互に協力して、陸軍、空軍、海軍、海兵隊、沿岸警備隊すべての軍隊を動員して行うものだと解説されています。

■ロシアによるクリミア半島併合の様相

  今日、各国は米陸軍が提起した「マルチドメイン作戦」を実行し得る能力の獲得を求めて研究や訓練を行っています。わが国も、2014年のロシアによるウクライナ侵攻を境に「戦い方が変わった」と認識し、2018年の防衛大綱は見直されました。

各国が目指す能力とはどのようなものかを実体的に理解するため、2014年のロシアによるウクライナ侵攻を振り返ってみましょう。

2014年2月、ウクライナの港湾施設や鉄道、電力施設などで、軍人か民間人か判別できないデモ隊による騒擾が起きました。しばらくすると、ウクライナ全土で携帯電話が不通になり、携帯にSNSが流れました。その後、大規模な停電が主要都市で起きました。

停電でテレビがつかないのでラジオをつけてみると、そこからは不思議なニュースが流れてきます。「おかしいなあ」と思っているうちに、気が付いてみると先ほど重要施設を取りかこんでいたデモ隊が、いつのまにかロシアの武装集団(リトル・グリーン・メン)に変わって、重要施設も占領されてしまいました。

ウクライナ軍は警戒監視用のドローンを飛ばしますが、ドローンが次々と落下します。そこで、ウクライナ軍はロシア軍による侵攻が起きていると判断します。ロシア軍との衝突に発展し、ウクライナ軍が反撃をしようと思って大砲を撃つと、今度はその弾が全て不発弾として落ちてしまいます。

こうして、ウクライナ軍はほとんどまともな戦いができず、まもなくクリミアを完全に占領されてしまいました。

■ロシアによる平時からの準備

後で米軍がこの戦い方を分析してところ、ロシアは相当事前に周到な準備を行っていたようです。

2007年以前から、ロシア情報機関と関係を有すると推定されるハッカー集団[1]がウクライナ国内のサイバー空間に入り、同国内の情報窃取や軍事行動を有利にするための情報操作などを行っていました。

2012年から13年にかけてロシアはウクライナのサイバー空間に偽情報を流布するなどして、社会騒乱の状況を作為し、ロシアによるクリミア併合を支持し、正当化することを狙いとする世論工作(影響工作)を開始しました。また、侵攻前年にはウクライナの複数のテレビ局関係者などへのDdos攻撃が行われ、情報発信ができない事象が生起しました。これは、ウクライナ侵攻に先駆けて、ロシアがサイバー攻撃の有効性を検証するための威力偵察を行ったとみられます。

ロシアは攻撃に当たってまず、武装集団(民兵)を多数ウクライナに送りました。その後、サイバー攻撃によって携帯電話の基地局を乗っ取り、これにより通信をシャットダウンさせ、親EU議員の携帯電話湯SNSアカウントにもサイバー攻撃を実施し、ロシアに対する否定的な情報発信のプラットフォームに偽SNSを流しました。さらにサイバー攻撃により、主要な電源プラントを機能停止にし、停電を起こしました。そして、あらかじめ用意したラジオ局から偽情報を流したのです。

 ロシアはサイバー攻撃だけでなく、強い妨害電波で宇宙からの情報を遮断しました。これによりGPSが使えなくなったため、ウクライナ軍は車両の運行や軍艦の航行ができなくなりました。

ロシア軍は強い電磁波をドローンに指向し、ドローンを制御不能にし、行き先が分からなくなると自動的に落ちるシステムになっているようで、こうした電磁波による攻撃で、またウクライナ軍の砲弾の信管にも電磁波を指向し、不発弾にしました。

 これらロシア軍の戦い方は、領域で言えば、従来の陸・海・空に加えて、サイバー、宇宙、電磁圏の領域(ドメイン)で行われていることがわかります。(続く)


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