■ ロシア民間企業が介入
2016年の米大統領選挙ではロシアの民間企業によるサイバー攻撃が行われた模様です。ロシア側による選挙介入は「プロジェクト・ラフタ(Project Lakhta)」と呼称され、2014年5月頃に開始されたといいます。潤沢な資金が投入され、その額は16年9月までに120万ドル超だとされます。
2018年2月16日、米モラー連邦特別検察官は、大陪審がロシアの3団体とロシア国籍13人の起訴を発表しました。その3団体とは「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」会社、「コンコルド・ケータリング」です。後の二つは、エフゲニー・プリゴジン氏が最初に立ち上げたレストランと仕出しビジネスです。
起訴されたロシア国籍者はプリゴジン氏ほかIRAに所属する12名です。モラー氏は起訴状で、IRAおよび複数のロシア人が2014年から16年の大統領選挙まで、トランプ氏がヒラリー氏に対して有利になるよう選挙工作を行ったと発表しました。2018年10月には、IRAの従業員であるエレーナ・アレクセーブナ・クシエノバ容疑者が新たに訴追されました。
■IRA
では、たくさんの起訴者を出したIRAとはどのような組織でしょうか。この会社はインターネット関連会社のようであり、2013年7月 にロシアで企業登録したとされています。IRAの創業者兼CEOは元警察大佐のミハイル・ビストロフ氏とされます。サンクトペテルブルクに拠点を持ち、テクニカルエキスパートなど数百人を雇用し、インターネット上に架空の人物を創り出り、各人がそれぞれ何十個もアカウントを持ち、SNSに大量の投稿を行い、コメントを書くなどの工作を行っていたようです。サンクトペテルの社屋が米国のシステムに対する工作活動活動を行う上での 「運営上のハブ」となった模様です。
IRAの給料は大統領府から支払われていたが、銀行振り込みでなく、すべて現金で支払われ、その給与額は他のPR会社に比べて相当高かったという情報もあります。
プリゴジン氏は「コンコード・マネジメント&コンサルティンググループ」を通 じて、IRAを含む3団体を管理していました。プーチン大統領向けのコンコード・ケータリング会社も運営し、「プーチンのシェフ」とも呼称されていました。2008年5月のメドヴェージェフ大統領の就任式の際の食事関連もすべて担当し、この頃にはクレムリンのトップリーダーとの関係を築いていました。
プリコジン氏は、2010年代以降、軍の食事、清掃サービスにも民間企業として初めて参加しました。しかし、2013年にセルゲイ・ショイグがロシアの国防大臣に就任すると、プリコジン氏との民間委託契約を打ち切った。それが、彼のビジネスの方向性を変化させ、IRAを運営し、ロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PⅯC)のなかでも特に規模が大きい「ワグネル」(2014年設立)にも出資するようになりました。なお、ワグネルはロシアではPMCは非合法なので、同PMCは2016年にアルゼンチン、18年に香港で登記を行っています。
ワグネルはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)と緊密な関係にあり、事実上のロシア軍別動隊ともいわれています。そして、プリコジン氏と軍も密接な関係にあるという見方があります。ワグネルの活動は闇であり、それを探ろうとすると消されるという物騒な情報もあるようです。
一方、クシエノバ氏は、「プロジェクト・ラフタ」の会計主任であり、米大統領選挙後も米国を標的とした政治的な干渉と影響力行使の取り組みのため、資金を運用したとされます。2018年1月から6月まで「プロジェクト・ラフタ」に毎月予算を割り当て、総額は6億5000万ルーブル(約11億1700万円)超となり、資金はIRAの要員の活動費やソーシャルメディア上の広告費、ドメイン名の登録費、プロキシサーバの購入費などにあてられた模様です。
■ 選挙工作の手口
ロシアの選挙工作について、(1)ハッキング、(2)コンプロマート(暴露)、(3)オンライン・アクティブメジャー(オンライン上の積極工作)、(4)サポート・クレムリンズ・キャンディデエイト(ロシア支持候補者への支援)の4段階で行われたと分析されています。
まず、ハッキングですが、これは暴露する価値がある情報を盗むことです。当時、米国の民主党本部を主なターゲットとし、クリント氏を貶めるスキャンダル情報が集められた模様です。当時、ヒラリー・クリントン氏はEメール疑惑で物議を醸していました。
これを好機として、ロシア側はネット上で暗躍する「Fancy Bear(ファンシーベア)」(APT28、GRUの指揮下 【1】)と「Cozy Bear(コージーベア)」(APT29、FSV、SVRが母体、【2】)という二つのNGOにハッキングを行うよう指示を出したとされます。両NGOはロシアの諜報機関と連携している組織だとされていますので、ロシアが国家的に選挙工作に関わったとの疑惑(ロシアゲート)が浮かびます。なお、ロシアのハッカーは一般市民からリクルートされているとされ、官民の連携もみられる模様です。
次にコンプロマートですが、これは最近になって出てきた用語です。特定人物の信用失墜を狙った情報のことで、英語の“compromising information”(コンプロマイジング・インフォメーション)を縮めて、ロシア語式の表記にした語ということです。
ロシア側はWikiLeaks(ウィキリークス)や、大統領選のために特別に作られた「DC Leaks」や「Guccifer 2.0」といったサイトを利用して、クリント氏の信用を失墜する情報の暴露を行いました。ここでもFancy BearとCozy Bearが関与したとされています。
クリントン氏が民主党の候補に指定された時、あるいは大統領選1カ月前の10月に彼女のeメールが大量に暴露されました。この好機をついた暴露によって、選挙の10日ぐらい前に、FBIがクリントン氏を再調査することになりました。
オンライン上での積極工作では、あらゆる宣伝媒体を駆使して、スキャンダル情報が流されたといいます。その媒体には、ロシア国営のメディア「Russia Today(RT)」と「Sputnik(かつての「ロシアの声」)が利用されました。国営メディアは出所が明らかなので、真実と思われるホワイトプロパガンダを発しました。
これに民営のメディアが加わり、陰謀論者が集まる「Infowars」、スティーブ・バノン氏がCEOを務めていた「Breitbart」、日本の「2ちゃんねる」をもじった4chanという掲示板などを通じて、ロシアのプロパガンダが拡散されました。これらは、グレー、ブラックのプロパガンダを行ったとされます。
ロシア支持候補の支援では、第一段階から第三段階までの手段を駆使して、親トランプ派のコンテンツが拡散しました。ツイッター上での親トランプ派の発言が、AIや人を動員して拡散しました。
ただし、英国の民間企業CAが営利目的で関与した選挙工作とは異なり、ロシアの関与には国家的意思がありました。ロシアはハイブリッド戦と呼称される戦法の一端としてサイバー攻撃を用いています。2007年のエストニアへの攻撃、2014年のクリミア併合ではそれが行われました。
クリミア侵攻以来、オバマ民主党政権から受けていた経済制裁の流れを変えたいとの意図が2016年の米大統領選挙ではあったとみられます。同時に米国を国内分裂に導き、米国の国力の低下が企図されたと見られます。
【1】 APTは高度な(advanced)、持続的・執拗な(prsistent)、脅威(thret)の意味。APT28はファンシーベア、ストロンチウムとも呼称。2008年から、諸外国の航空宇宙、防衛、エネルギー政府、メディア、国内の反体制派を攻撃している。
【2】APT29は、コージーベア、デュークス、コージーデュークスとも呼ばれている。2014年から国際的に認知。何千ものフィシュングメ―ルを幅広く送信するとされる。