SSNと民主主義について思う(3)

■CA社による大統領選関与疑惑

2016年の米大統領選挙では、ロシアによる情報戦と英国データ分析会社(ケンブリッジ・アナリティカ、CA)のマイクロターゲティングが影響したとされています。これによってトランプ氏が大本命のクリントン氏を破るという番狂わせが起きたといいます。ただし、CA社のマイクロターゲティングの効果を疑問視する声も依然として多々あり、実態はわかりません。

筆者はトランプ氏は勝利は、反グローバリズム、白人労働者の凋落と不満、格差社会などの構造的要因が主であると考えます。ただし、マイクロマーケティングが、それらを構造的要因を利する形で、反クリントン票をトランプ支持に上乗せをした可能性はあると考えています。すなわち、接戦状況下での効果はあると考え、この手法は研究する意義があると考えます。

最近になって、CA社による大統領選挙関与の手法がだんだんと明らかになりました。それはCA社の元社員の二人による告発によります。ブリタニ―・カイザー『告発』、クリストファー・ワイリー『マインド・ハッキング』によれば、CA社は米フェイスブック(FB)上の個人情報を不正利用して、2016年の米大統領選挙に関与した模様です。

ワイリー氏は2020年3月27日、下院特別委員会で、3時間半に及ぶ証言を行いました。彼は、告発を準備していた段階から何度もCA社による法的措置を取られた上、FBからは追放されました。この事だけでも、ワイリー氏の告発による影響力の大きさを物語っています。

■CA社の設立経緯

CA社は2013年に設立されます(2012年という説もある)。その母体がSCL(Strategic Communication Laboratories Group,戦略コミュニケーション研究所)グループです。さらにSCLの前身がBDI(ビヘイビラル・ダイナミックス・インスティテュート、行動ダイナミック研究所)になります。

BDIは、のちにCAのCEOになるアレクサンダー・ニックス氏の父親の友人であるナイジェル・オックスとアレックス・オックス兄弟によって1989年に設立されました。約60の学術機関と数百人の心理学者からなる共同事業体であり、元々は過激派の弱体化を目的とした研究を行なっていたとされます。

1993年、BDIからSCLが設立されました。それ以来、SCLは世界中で200以上の選挙活動を仕切り、約50カ国で防衛、政治、人道支援にかかわるプロジェクトを実施してきたとされます。94年、SCLはネルソン・マンデラとアフリカ民族会議の選挙運動に助力し、戦況絡みの選挙暴動を阻止する防衛キャンペーンを展開し、マンデラの平和的当選の実現に貢献したとされます。

1998年、SCLは民間ビジネスの世界に事業を拡大し、2001年9月11日以降、米国国土安全保障省、NATO、CIA、FBI、米国務省を相手に防衛分野にも手を広げた模様です。

ニックス氏は2003年頃からSCLで働き始め、2007年にSCLの大株主であった父親が死亡すると、SCLの活動に一層力を入れ、2010年にSCLのCEOになります。ニックス氏は、2014年11月の米国の中間選挙で多くの仕事を手がけるために、米国仕様の新会社を設立しようとしました。かくして2013年に設立されたのがCA社です。

■CA社とスティーブ・バノン氏との関係

CA社の設立は2013年10月頃にSCLとスティーブ・バノン氏(※)との接触に端を発します。バノン氏はトランプ政権発足の最初の7ヶ月間、ホワイトハウスの首席戦略官を務め、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーにもなったことで世界的に有名となりました。政権発足直後には「バノン大統領」「影(陰)の大統領」「ホワイトハウスの暗黒卿」「黒幕」「トランプ大統領の産みの親」などと呼ばれました。

バノン氏は1990年代にハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、保守派の市民運動(ティーパーティー)を称賛する映画や、2008年の大統領選挙で共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン氏を擁護する映画など、1991年から2016年までの間に数々の政治映画を製作しました。2010年に大統領選への出馬を考えていたトランプ氏と出会い、トランプ氏に魅了されたバノン氏がトランプ氏の選挙協力の要請に応じたと言います。

2012年、「ブライバート・ニュース・ネットワーク」(※※)の創業者アンドリュー・ブライトバートが死去した後、バノン氏はその経営権を引き継ぎ、会長に就任し、論客として知られるようになりました。この頃から、反ヒラリー・クリントン氏の情報戦を本格化させたと言います。

バノン氏とニックス氏の利害が一致してCA社が設立され、ニックス氏がCEOに、バノン氏が同社役員に就任します。こうして2014年の中間選挙による共和党の躍進工作が画策されました。

CA社とバノン氏の活動を支えたのがロバート・マーサー氏です。彼はヘッジ・ファンドのルネッサンス・テクノロジーズのCEOです。マーサー氏は、2016年の大統領選挙ではバノン氏のブライトバート・ニュースに1000万ドル(約10億9000万円)、トランプ陣営には1350万ドル(約14億7000万円)の資金提供を行ったとされます。大型の資金提供を受けて、CA社は選挙活動を強化していきます。

大統領選挙の投票を2ヶ月後に控えた2016年8月17日、バノン氏はトランプ陣営の選挙対策本部長に任命されます。起用されたのは、バノン氏の分析力がトランプ、その娘のイヴァンカ氏、その夫で娘婿のジャレッド・クシュナー氏らに信頼されたからだとされます。

2016年の大統領選挙では、「プロジェクト・アラモ」と呼ばれるトランプ陣営のデジタル戦略が躍動しました。同戦略ではシリコン.バレーの才能ある100人のソーシャルメディアチームを募集し、1日に100万ドルもの資金を投じ、膨大な情報を分析し、デジタル、オンライン、SNSなどを駆使した大規模な広告戦略を展開しました。

このプロジェクト・アラモを企画したのが、トランプ氏の娘婿のクシュナー氏(1981年~)です。彼は不動産王の息子であり、それをバックにビジネスおよび投資で成功を収め、イヴァンカ氏と結婚しトランプファミリーの一員となりました。トランプ氏の信頼は厚く、大統領選挙戦を取り仕切りました。また、副大統領マイク・ペンス氏の選択にも深く関与しました。事実上の大統領選挙のキャンペーン・マネジャーでした。トランプ氏の勝利後、ホワイトハウス移行チームの計画を立てることにも参加して、大統領上級顧問も務めました。

「プロジェンクト・アラモ」で中心的な役割を果たしたのがバノン氏とCA社です。バノン氏はマイクロターゲッティングにより、クリントン陣営の切り崩しを狙います。そのために個人情報の収集を狙い、FBに食指の伸ばしたとされます。

ワイリー氏によれば、CA社は、FBから5000万人分の個人情報を不正に取得したとされます。これに関し、FBは後に、CAが不正に取得していた個人情報は最大で8700万人にのぼる、全20億人のユーザー情報が不正利用されるリスクにさらされていたことを公表しました。

FBは、性別や年齢、趣味嗜好を含めた100近いユーザーの属性情報を有するとされています。FBは、外部のマーケテイング会社との協力し、ユーザーのクレジット利用などを追跡(トラッキング)し、ユーザーの政治思想、趣味嗜好を明らかにして、共通の属性を分類し、整理しているととの見方もあるようです。

■「Graph API」の利用

CA社の個人データ収集では、ケンブリッジ大学の調査員、アレックス・コーガン氏が大きな役割を果たしました。彼はロシアと関係が深いいわくつきの人物でもあります。2015年の『ガーディアン』紙によれば、コーガン氏は2014年「メカニカルターク」と呼ばれる「アマゾン・マーケットプレイス」のブラットフォームで「Graph API」(Office 365 や Azure ADなどの情報を検索、更新できるWeb API)を用いた性格クイズ「これがあなたのデジタルライフです」を作成し、1ドル払って27万人以上のユーザーを獲得した模様です。

ユーザーが解答すると、「友達API」によって回答者のデータとその友達のデータが取り込まれます。彼は、そのデータをCA社に売ったとされます。ただし、フェイスブックが「友達API」によるデータ収集を禁じたのは2015年からであるので、コーガン氏の行為は違法ではないようです。FBは2015年にCA社を含むコーガン氏がデータを提供したすべての企業に、全データの削除を依頼しました。

CA社はFBから得た不正情報を基にマイクロターゲティングを仕掛けます。つまり、サイコグラフィック(心理的要因)により、有権者のセグメンテーションを行い、まだ候補者を決めあぐねていた層を特定し、その人たちの個人の思考や思想などを把握しました。そして、その人たち向けの「カスタマイズされた情報」を意図的にFBのタイムラインなどに流し、投票結果を左右しようとした模様です。さらにはスキャンダルなどを流して特定候補へ肩入れさせるなどが行ったといます。

こうして、既成政治に絶望していた白人労働者層の有権者に焦点を当てた選挙キャンペーン・メッセージを積極的に発信し、トランプ陣営に取り込むことに成功したとされます。人々が移民などに対する、耳を疑うような攻撃的なスローガンを掲げたのも、実はCAで行われた研究が発端だったと言います。

米大統領選では民主党のクリントン候補に対し、選挙資金やボランティア数で圧倒的に劣るトランプ陣営が勝利しました。だから、この勝率に導いたのは、SNSを活用したデジタル戦略だったということになりますが、先述のように反論はあります。

ワイリー氏によれば、英国のEU離脱を問う国民投票でも、CAとの関連があるといわれるカナダの企業、AIQによって同様の手法が行われたと指摘されています。

■ マイクロターゲッティングの手口

ここで「マイクロターケティング」の手法について整理しておきます。​

  •  有権者データを幅広く収集し、それを分析して有権者層を​細分化(セグメント化)し、ターゲットを絞る​
  •  セグメント化した有権者の、支持の度合いなどに応じて政治広告、資金調達、支持獲得、投票を促すなど、​メッセージの目的を変える。
  •  広告主(たとえばトランプ陣営)にデータを提供し、広告主は属性に応じて広告対象​を絞り、内容を考える​。

トランプ氏はツイッター、インスタグラムを使用して頻繁な情報発信しましたが、​これらソーシャルメディアのユーザーは政治的関心が高いと分析されています。つまり政治集会に参加し、選挙の投票率が高いようです。しかし、実際の効果がどの程度かは確認できていません。

(※)バノンは1970年代後半から1980年代前半にかけて7年間、米海軍の将校を務めた。兵役後、ゴールドマン・サックスで投資銀行家として働き、バイス・プレジデントとして退社。1990年代にはハリウッドでエグゼクティブ・プロデューサーとなり、1991年から2016年までに18本の映画を製作。2007年には、2016年に「オルトライト(オルタナ右翼)プラットフォーム」と評した極右サイト「ブライバート・ニュース」を共同設立した。

(※※)米国のオンラインニュースサイトでラジオ放送(Breitbart News Daily)も行っている。単にブライトバート(Breitbart )などとも呼ばれる。本社所在地はロサンゼルスにあり、政治性向は極右とされる。

次回は、英国のEU離脱について考察します。

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