私にとってのクロノロジー分析とは

クロノロジー分析は情報分析の王道である

クロノジーこそが情報分析の王道であると、私は考えている。防衛省の情報分析官であった時は、まずクロノロジーを作成することを情報分析のスタートラインとしていた(拙著『戦略的インテリジェンス入門』)。

クロノロジーとは歴史年表であるが、一体どこまで遡ればよいのか?

これについては歴史勉強のテーマの一つでもあるので、少し情報分析と歴史学との関係まで思考を広げてみたい。

歴史はいつまで遡るのか?

「歴史は繰り返す」 は古代ローマの歴史家クルティウス・ルーフスの言葉である。これが真実ならば、過去を知ることで未来が予測できる。しかし、歴史は本当に繰り返すのだろうか?

これに関して、元外交官の加藤龍樹氏は自著『国際情報戦』において、「歴史は繰り返さない。繰り返すのは類似した事例であり、傾向である」「観察が精密になれば、実験の度にすこしずつ違った結果がでてくる」と述べている。

他方、加藤は「過去の事実をいくら調べてもあまり意味がないのか?」という問題提起に対し、「過去の出来事の中で未だ過ぎ去り行かぬもの、現在を支配し将来に影響を及ぼすものを把握することが情勢判断の核心である」とのドイツの歴史家ドロイゼンの言を引用して、歴史の中で「生きている要素」(未来に影響を及ぼすもの)を見出し、それを学ぶことの重要性を説いている。

では相手国等に関する歴史について、どの程度学ぶ必要があるのだろうか?これに関して、元外交官の岡崎久彦氏は自著『国家と情報』(1980年12月出版)において、「専門家にとって要求されるのは、せいぜい戦後30年間の経緯」「ソ連ならばフルシチョフ以降の事実関係に精通しているだけで専門家として通用」「18世紀以前のロシア史の知識などはまったく要求されない」「歴史の面白さに耽溺してしまって専門家として失格」などと述べている。

クロノロジーは相当過去まで遡る

翻って、クロノロジーはいつまで遡るか、ということについても、分析する対象(事象)、すなわち「問い」それぞれによるというほかない。

2018年4月、私は北朝鮮問題をビジネスパーソンと考える情報分析講座を担任したが、その時は朝鮮戦争の終了時点まで遡り、それ以降現在までの約70年弱にわたり、A4で約15枚に及ぶクロノロジーを作成した。講義参加者から「そこまでやるのか!」と驚愕されたことがあるが、物事の本質を探るためにはまだ不十分であるくらいだ。

上述のように「生きている要素」の抽出に留意して年表をさくせいすることになるが、「生きているか、死んでいるか」一見して判断できないもの、すなわち「生きている可能性があるもの」はできるだけ見落してはならない。そして個々の事象としてはたいしたことはないが、関連性によって「生きてくるもの」もある。だから、相当の事象を抽出していくことになる。

私にとってクロノロジーの作成は情報分析の全工程の6割以上の労力を占めるといっても過言ではない。私は心配性なので、「このくらいでいいかな?」と思ったその少し前までの歴史事象を踏まえてクロノロジーを作成していた。

山一証券の破綻の原因はバブル崩壊か?

ここで、なぜ相当過去まで遡らなければならないのか、一例をあげてその理由を説明しておきたい。

1997年11月、四大証券会社の一つであった山一証券が破綻した。その直接原因は以下のとおりのことが指摘されている。

・ 1997年のアジア金融危機 が発生

・同危機に対して、山一証券が「飛ばし」と呼ばれる大口顧客への損失補填を実施

・旧大蔵省が上記を摘発したために山一証券の信用低下が発生

ここで、少し前まで遡ると、1990年代のポストバブル期の長期株価の低迷が原因としてあげられる。つまり、バブル崩壊→金融危機→山一証券の不正→旧大蔵省の摘発→山一証券の信用低下という因果関係に気づかされる。

山一証券の破綻の真因は日銀特融?

しかし、破綻するような会社は、長年にわたる歴史的な構造的問題を抱えていることが多い。そこで、これが本当の山一証券の破綻の原因なのか、さらに歴史を遡ると、それは1964年の「証券不況」に行きつく。

証券不況で山一証券は危機に落ちいり、日本銀行から無担保・無制限での融資、すなわち「日銀特融」を受けた。この「日銀特融」後の山一証券の動きを丹念にクロノロジー化すると、特融を完済するための山一証券の〝背伸び経営〟が負の連鎖を引き起こして破綻に至ったことが理解できるだろう。つまり、山一証券の破綻の基点は1990年代のバブル崩壊ではなく、経営陣による人的災害であったともいえる。

実松大佐の警告

しかし、実は「日銀特融」とて、本当の始点ではないのかもしれない。かつて海軍軍令部にピカイチの情報参謀がいた。実松譲大佐である。

彼は敗戦後の一時期、戦犯として巣鴨での獄中生活を送ることになったが、ここでは毎日の株価を丹念にグラフ化していたそうだ。「株の変動を見ていると社会情勢がよくわかる」というのが実松氏の考えであった。

彼は昭和28(1953)年4月に山一証券に入社。ここで対米調査を担当した。多くの調査報告書を作ったが、山一証券の重役は「軍事あがりに何が分かるか」という態度だったそうである。

実松氏は1年もしないうちにやめた。この際、知人に「あのままだと山一を潰れるよ」といったそうである。(谷光光太郎『情報敗戦』)

実務者は歴史書を読むだけでなく、クロノジーに落とし込め

このように過去まで遡り、その歴史的な経緯を丹念にみることで、物事の本質にたどり着くことがある。

現在を生きる分析者は過去の歴史を直接に知らない。だからクロノロジーを作成し、ある種の変化が何時、どのように発生したのか? その変化をもたらした要因は何か? 推理力を働かせて、物事の背後にある推進力(ドライビングフォース)を特定する。そしてドライビングフォースを基準にして未来を予測するのである。

クロノロジーは歴史を考察するための手法である。実務者は単に歴史教科書を読むだけで満足してはならない。歴史をクロノロジーという具体的な形に落とし込んで、そこに歴史の必然性や因果関係を必ず発見するという精神作用が加わらなければならない。

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