三人集まれば文殊の知恵?

グループシンク(集団浅慮)の弊害

▼  「群衆の叡智」

前回、『ウキペディア』を例に「群衆の叡智」について述べました。これは、ジェームズ・スロウィッキー著の『「みんなの意見」は案外正しい 』(角川書店)の中に出てくる、「Wisdom of Crowds(WOC)」という概念で、「群衆の叡智」あるいは「集合知」と呼ばれています。 つまり、これは少数の権威による意思決定や結論よりも、多数の意見の集合による結論や予測の方が正しいということを意味しています。

実際、集団で合議を行うことは、想像力を向上させ、個人のバイアスを回避するなど、プラスの効果をもたらすことが多々あります。まさに、「三人集まれば文殊の知恵」といえそうです。

▼ 集団思考の危険性とは

しかし、ぎゃくに集団合議は個人で考えるよりも大きな失敗を起こす危険性が高いとのマイナス面の影響も指摘されています。

これを、一般的に集団思考、グループシンク、集団浅慮(しゅうだんせんりょ)といいます。 集団浅慮とは、集団で合議を行う場合、少数意見や地位の低い者の意見を排除し、不合理な意思決定を行うというものです。

集団浅慮の研究の第一人者である、心理学者のアービング・ジャニスは、 1961年のビッグス湾事件(キューバ侵攻)や62年のキューバミサイル危機につながった意思決定を分析し、「小さな結束の強い集団に所属する者は『集団精神』を保持する傾向がある。
この結果、集団内で不合理あるいは危険な意思決定が容認されることになる」と指摘しています。

▼ ビッグス湾事件の失敗

1961年、アメリカのCIAは、在アメリカの亡命キューバ人部隊をキューバに侵攻させ、フィデル・カストロ革命政権の打倒を試みました。しかし、上陸部隊はビッグス湾で待ち受けていたキューバ兵によって一網打尽にされました。この作戦において事前の空爆に正規軍が関与していたことが明らかになり、アメリカは世界から非難を受けて、ケネディ政権は出足からキューバ政策で大きく躓いたのです。

ジャニスは、のちにキューバ侵攻に至る意志決定などについて研究しました。そこでわかったことは、ケネディ政権の側近は、侵攻の極秘計画がニューヨーク・タイムズ紙の一面に暴露されても、「アメリカ兵を上陸させず、アメリカの関与さえ否定できればればよい。世界は我々の言い分を信じるだろう」と考えた、ということです。誰ひとりとして、キューバ侵攻に異論を唱える者はいなかつたのです。

計画が大失敗に終わったのち、ケネディは失敗の原因追及を命じました。その結果、居心地のよい全会一致主義が根本原因であるとの指摘がなされました。

キューバ危機における意思決定

ビッグス湾事件の翌年の1962年夏、ソ連とキューバは極秘に軍事協定を結び、ソ連がキューバに密かに核ミサイルなどを運搬しました。アメリカは戦略偵察飛行で核ミサイル基地の建設を発見し、アメリカがキューバを海上封鎖し、各未済基地の撤去迫り、一触即発の危機的状況に至りました。これがキューバ危機です。

キューバ危機においては、ビッグス湾事件の反省から、礼儀作法や上下関係は自由な議論の妨げになるため排除されました。新たな視点を取り入れるために新たなアドバイザーが招聘されました。側近たちに徹底的に議論をさせるために、ジョン・F・ケネディが会議の席をはずこともあったとされます。

ケネディ自身は少なくともソ連のミサイル発射装置への先制空爆は承認せざるを得ないとの危機感を持っていましたが、 議論に影響を与えないよう誰にも言いませんでした。その結果、10の選択肢が徹底的に議論され、大統領の意見も変わり始めました。かくして核戦争が回避され、交渉による平和がもたらされました。

集団浅慮はどのようにして起こるのか

ジャニスによれば、集団浅慮は時間的制約、専門家の存在、特定の利害関係の存在などによって引き起こされ、以下の8項目の兆候があると指摘しています。

①無敵感が生まれ、楽観的になる。 ②自分たちは道徳的であるという信念が広がる。 ③決定を合理的なものと思い込み、周囲からの助言を無視する。 ④ライバルの弱点を過大評価し、能力を過小評価する。 ⑤みんなの決定に異論をとなえるメンバーに圧力がかかる。 ⑥みんなの意見から外れないように、自分で自分を検閲する。 ⑦過半数にすぎない意見であっても、全会一致であると思い込む。 ⑧自分たちに都合の悪い情報を遮断してしまう。

集団浅慮からの脱却

集団合議が「群衆の叡智」になるのか、それとも「集団浅慮」になるのか、集団は賢明にも愚かにも、その両方になれます。ケネディの側近たちが示したように、集団のメンバーできまるのではありません。合議の進め方ひとつで、個人の独立性を保持して、活発で自由な議論は可能なのです。

とくに注意しなければならないのは、権力者、声の大きい者、弁の立つ者、権威者、専門家です。これらの者が集団をリードして、個人たちの独自の意見を放棄させていきます。第4次中東戦争においても、イスラエル軍情報部においてエリ・ゼイラ将軍による独断横行と集団浅慮が見られました。

キューバ危機、第四次中東戦争のような事例は、我々の周辺においても珍しいことではありません。いま一度、集団浅慮になっていないか検証してみることが重要です。

なお、キューバ危機、第四次中東戦争は、拙著『情報戦と女性スパイ』にて興味深い記事を収録していますので、ご参照ください。

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