SSNと民主主義について思う(6-終わり)


■ビジネスから選挙戦のプラットフォームになるSNS

 今日のビジネスでは、SNSがマーケーティング戦略のプラットフォームになっています。そこでは、SNS利用者をセグメーンテーションし、「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を定めるマーケッティング戦略が立てられています。この戦略を立てる手順が「STP」です(S=セグメンテーション、T=ターゲティング、P=ポジショニング)。

 ICTの発展により、SNS、ビックデータ、AIなどがセグメンテーションを可能にしました。しかも、それはサイコグラフィックといって、顧客をライフスタイル、行動、信念(宗教)、価値観、個性、購買動機など、購買者の心理的要因(属性)によって分類(セグメンテーション)できるようになりました。

 私はこのマーケティング戦略が米大統領選挙や英国のブレグッジッドに活用されている状況についてこのコラムで整理しました。つまり、マーケティング戦略を政治に応用した「マイクロターゲッティング」が行われ、それが民主主義が操られる脅威について述べてきました。

 英国のケンブリッジ・アナリティカ(CA)、カナダのAIQといった民間のデジタル企業が米大統領選挙や英国のプレグジッド国民投票に干渉したことを元社員が暴露しました。

 さらには、ロシアは国家諜報組織と密接な関係を有するとされるAPT28、APT29を運用し2016年の米大統領選挙でトランプ氏を当選させるようにサイバー戦を仕掛けたとされています。効果がどの程度あったかはわかりませが、劣勢なトランプ氏が勝利したのですから、勝利の要因の一つとして考慮しないわけにいきません。

■「確証バイアス」の罠に陥るユーザー

 SNSはこれまでのメディアと異なり、誰でも手軽に情報を発信できるという、双方向性の特徴があります。双方向であるので、ネット空間ではすぐに情報がいっぱいになります。

 報道機関だけでなく、様々な利害関係者、個人のブロガーが利用し、どんどんニュースの内容は変化し、陳腐化するので、誰も、それが事実かどうかを見極めることはできません。言ったもの勝ちの状況が生まれ、利用者は自分にとって都合の良い、自分が正しいと思う情報だけを拾い上げて、また拡散するという状況にあります。

 SNSの発展によって、多くのユーザーは、世界と幅広く接触しているような錯覚に陥りますが、実態は、情報の洪水の中から、アルゴリズムやマイクロターゲティングによって選別された、限られた情報にしか触れていません。彼らの多くは、自分の信じたいことだけを信じる傾向にあります。

 私たちは知らない間に、自分好みの耳障りにの良い情報だけに囲まれ、自分を否定する情報を拒絶していっています。たとえば、Facebook(FB)ユーザーは、FB独自のアルゴリズムによって、自分の興味関心や好み、思想に合致する情報ばかりを目にすることになります。これを「エコーチャンバー」(自分の意見だけがこだまする反響室)と言います。

 そして、自分の考え方は多くの支持を受けている、多数派だと錯覚し、自分が描く未来は正しいと確証するようになります。これが「確証バイアス」の罠なのです。

 ヒラリー・クリントン氏は、第1回大統領候補討論会でトランプ氏に対し、「ドナルド、あなたは自分で作り上げた現実の中に生きている」と喝破しましたが、これは現代のアメリカ社会全体に向けられるべき言葉であったとも言えます。

■SNSと政治との関係

 選挙にいてもマスメディアの影響は低下しています。これまでの選挙では、さまざまなメディアが国民の意思に影響を与えました。

 政治とメディアは気っても切り離せない関係にあります。フランクリン・ルーズベルトのラジオ演説に始まり、ジョン・F・ケネディのテレビ討論と広告、バラク・オバマ氏のインターネット選挙が良い例です。その後、SNSを使った選挙キャンペーンが加速して、2016年の大統領選挙ではSNSが用いられました。

 現在、世界の人口の約3割がSNSユーザーです。特に、1980年代以降のミレニアルズ世代にとってはSNSは主要なニュースソースとなっています。アイフォンなどのモバイルが普及し、SNSの状況を加速させています。 

 

 今日、SNSが定着しつつある中で、従来のマスメディアの影響力も低下しています。つまり、SNS上でのアルゴリズムが下す判断の方が、ジャーナリストの洞察力よりも重要視されてしまいます。 

 SNS上で「確証バイアス」が蔓延すれば、自分と異なる思想を持つグループへの罵詈雑言が溢れるようになります。

 トランプ氏を支持する「オルタナ右翼」から派生した「草の根運動」であるQanon(※※)には、「悪魔崇拝者のカバル(集団)が世界レベルで人身売買ネットワークを動かしており、トランプ大統領を突き落とそうとしている」などといった「陰謀論」が書き込まれました。

 その投稿の内容には、国家や政権のディープな部分にアクセスできる者しか知りえないような真実が20%程度混じっているために、それにつられる形で、フェイクが蔓延していったのだとみられています。

 こうして自己勝手の意見が拡散されれば、やがて世論の分極化が始まり、現実の衝突事件へと発生します。米国の人種対立はSNSが生み出した負の影響かもしれません。

■ポピュラリズムそのものは非民主主義ではない

 民主主義は「国民主権」が大原則です。つまり、有権者である国民が直接、もしくは自由選挙で得らればれた代表を通じて権限を行使し、それに伴う義務を遂行するというものです。要するに、国民が自由意志によって、自らの代表を選ぶのです。

 トランプ氏が大統領になり、「ポピュリズムが民主主義の敵」という考え方が盛んに吹聴されます。ただし、ポピュラリズムは民主主義を否定するものとは必ずしも言えません。直接民主主義はしばしばポピュラリズムを生み出します。

 SNSの核心は双方向性、つまり人と人がつながることにあります。感情的で、短くウイットに富み、それでいて親しみのある、偽らざる自分を出すことが求められます。この点で、トランプ氏はSNSの特性にフィットし、ポピュラリズムを生み出しました。

 プロ政治家という、パブリックイメージを持つクリントン氏よりも、民意がトランプ氏を支持したことも民氏主義なのです。

 ただし、思想としてのポピュリズムには問題がないわけでありません。「民意こそが政治的意思決定の唯一の正統性の源泉である」と考える思想から、「選挙で勝利した政治勢力はすべてを決定できる。政治的な意思決定はすべて国民投票で決定すればよい」という主張が導き出せます。

 これが思想・信条の自由や言論の自由をはじめ、個人の権利の尊重を損ない、少数意見を排斥する危険性があります。そのため、あらかじめ多数決ですら決定できない領域を確保しておくことは重要です。

■SNSがユーザーの心理をコントロール

 最も問題はポピュリストがどのように支持を集めたかのかということです。

 もし仮に選挙において、他国の一部の組織による恣意的な世論誘導があったとすれば、それはもはや国民の自由意志の結果とは言えません。つまり、ケンブリッジ・アナリティカのような存在が、有権者の自由意思をコントロールしているとすれば、それは民意によって選ばれた代表だといえるでしょうか。すなわち、民主主義と言えるでしょうか。

 これまでのラジオ、テレビ、初期のインターネットは特定の階層だけを対象とした宣伝はできていいません。しかし、SNSはマイクロターゲーティングというやり方で、特定の層だけに、特定の情報を発信できます。マイクロターゲティングを使う側が意図的に国民の心理をハッキングし、国民の自由意志を操ることも不可能ではありません。

 ある種の勢力がSNSを通じて国民の心理をコントロールし、自らが思う政治勢力を形成する。それは独裁体制よりももっと民主的でないかもしれません。

 自由・民主主義体制の建前からSNSの規制なき普及が放置されると、結局は自由・民主主義体制までも失いかねないとみられれます。

 そういうことを知っている中国やロシアはSNSの自由な普及を統制し、国家が不安定にならないようにしているのでしょう。

 これまで米国は中国やロシアに対して、民主化運動を焚きつけて、内部からの民主化を画策したとの見方があります。しかしながら、ほかならぬ米国自身が体制の危機に直面しているのかもしれません。

 中国やロシアがSSNの盲点を突き、SSNを媒介として米国の国内分裂を画策し、米国の国際的な影響力を削ごうとの〝パワーゲーム〟を展開する。まさにSSNを媒介とした心理工作により民主主義体制は生き残りの危機をむかえようとしているのかもしれません。

(※)現在、世界の人口の3割に当たる22億人が、ソーシャルメディアを使用している。オバマ氏が2007年2月に大統領選挙に立候補を表明した時、Facebookのユーザー数はわずか3,000万人でした。しかし現在、アメリカだけで1.6億人、成人の7割が使用している。

(※※)QAnon、Qアノンとも表記、Q=Qクリアランス保持者=国家の機密性の高い情報へのアクセス権のコード」と「anonymous(匿名)」という2つの言葉が組み合わさった用語。米国の匿名掲示板サイトである4chanに2017年10月28日に初投稿がなされ、以後、Qポストなるものを投稿された。)

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