心理戦とは何か?

▼心理戦の定義 

心理戦はPsychological warfareあるいは短くしてPsywareとよばれる。ただし、これを厳密に訳せば心理戦争ということになる。しかし、第二次世界大戦が終わり、冷戦期が続くなか、「戦争」が忌み嫌われるがごとく、Psychological warfareよりも、Psychological Operationsの方が一般的に使用されるようになった。  

また、1962年の米陸軍の教範(『Dictionary of U.S.Army Terms 1961』)では、両者を次のように定義している。

Psychological Operations:

Psychological activities と Psychological War¬fare を含み敵、敵性、中立及び友好国に対し米国の政策、目標の達成に望ましい感情•態度、行為を起こさせるために計画される政治的、軍事的イデオロギー的行動。

Psychological Warfare:

戦時又は非常事態において、国家の目的あるいは目標達成に寄与するため敵、 中立、あるいは友好諸国に対し、その感情、態度、行為に影響を与えることを主目的として行なう宣伝及びその他の行動の利用についての計画的な使用。

なお、米陸軍はPsychological Warfareをinformation warefare(情報戦争)の七つの形態の一つに位置づけている。

つまり、米陸軍教範の日本語訳では、心理作戦は心理戦を包含した概念であるが、しかし、わが国では心理作戦という用語になじみがない。よって、Psychological OperationsとPsychological warfareを区別して論じる場合には、前者を「心理作戦」、後者を「心理戦」と呼称するこことし、両者を特段に区別して論じる必要がない場合は、たんに心理戦と呼ぶことの方がよいだろう。

また、心理戦を広義に捉えた場合、政治戦、外交戦、思想戦、イデオロギー戦争、国際広報などの類語に置き換えられることもしばしばある。それは、平時であるか有事であるかを問わず、国家は相手側の組織員である人間の心理に働きかけて、自らの立場を有利にしたり、利益を追求する活動を行っており、これが戦争と呼ぶにふさわしい熾烈な戦いになるからである。

ここでは心理戦とは、「広義には国家目的や国家政策、狭義には軍事上の目的達成に寄与することを目的として、宣伝その他の手段を講じて、対象(国家、集団、個人等)の意見、感情、態度及び行動に影響を及ぼす計画的な行為である」と、一応定義することにする。

▼心理戦の重要性の高まり

戦争であれ、ビジネスであれ、相手側に対して精神的に有利に立つことが、目的達成の近道となる。 古代中国では、紀元前四世紀の「孫子」の兵法において、「戦わずして勝つ」ことが最良と説かれたが、これも心理的な圧力形成によっての屈服を強要する心理戦である。

その中で心理戦の効能を端的に表すものが、第七編「軍争」の「三軍は気を奪うべく、将軍は心を奪うべし」であろう。これは、「軍隊から気力を奪えば弱くなり、将軍から心を奪えば勇猛さを失う」という意味である。 つまり、士気を喪失させれば、自ずと戦わずして戦勝を獲得できるということだ。

三国時代においても心理戦が重視された。諸葛孔明(諸葛亮)孔明が南征するとき、馬謖(ばしょく)にどんな策を取るかと尋ねた。馬謖は、「用兵之道、攻心為上、攻城為下。心戦為上、兵戦為下。」と答えた。つまり、兵法の基本は心理戦が上策であり、武力行使は下策であるということである。  

現代のようなICT化時代では、インターネットの普及とともに、心理戦の主体や活動範囲が増大している。 1999年11月の米国シアトルにおけるWTO閣僚会議の時に、経済のグローバル化に反対する大衆が世界各地から集結し、会議場外で過激な行動をとった。この呼びかけ手段は主にネットであった。つまり、大衆が国家組織に対して圧力を掛ける手段を得た。

同年 のNATO空爆作戦では、セルビアはネット上のアニメを使って、NATO軍をナチスになぞらえたり、セルビアから独立を企む武装グループのコソボ解放戦線が麻薬取引に手に染めている状況をプロパガンダしたりした。時のクリントン米大統領やオルブライト国務長官を漫画にして貶めるようなものもあった。

つまり、相手側の〝極悪非道振り〟をインターネット上で配信し、敵対勢力に対する嫌悪感を 国際の大衆に広く扶植した。

最近では、テロリストが心理戦を武器にするようになった。イスラム国が、ソーシャル・メディア上でハッシュタグなどを活用したメッセージの発信や、デジタル技術・音楽を活用した完成度の高い動画を通じ、組織の宣伝や戦闘員の勧誘、テロの呼びかけなどを巧みに行い、多数の外国人戦闘員を魅了したことは記憶に新しい。

▼心理戦はビジネス等でも有用  

国内の政治闘争、ビジネス、個人競争においても心理戦は重要だ。なぜならば、これらの主体はすべて人間であり、相手側を心理戦で屈服あるいは心服させることが、我の希望を叶える近道であるからだ。そのため、心理戦を有利に展開するための理論となる心理学はさまざまな人間活動における武器となっている。

最近では、「ビジネス心理戦」という言葉もあり、これに関する書籍も出回っている。これら書籍では、競合会社に抜きんでる、顧客を魅了する、交渉相手を納得させるなどの秘訣が述べられている。

インターネットの発達によって、企業は活発にPR戦略、マーケッティング戦略などを展開しているが、顧客に「買いたい」「欲しい」「チャンスを逃してはならない」などの心理状態を醸成することが目標である。 心理戦は歴史的には戦場における作戦や戦術の一つとして発達したが、今日ではビジネスにおける研究の方が隆盛を極めている。

だから、国家安全保障に心理戦を活用するうえではビジネス事例が参考になる。ぎゃくにビジネス心理戦においても、戦場から発生した心理戦の歴史や、歴史的に明らかにされた心理戦の特質などを理解しておくことが重要であろう。 (次回に続く)

投稿者:

atsumori

元防衛省情報分析官。1960年広島県生まれ。退職後、ほそぼそとインテリジェンス・リテラシーの普及活動を開始。著書、『情報戦と女性スパイ』『中国戦略“悪”の教科書』、『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』、『戦略的インテリジェンス入門』など。その他、講演、雑誌投稿など。

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