産経新聞の書評(一覧表)

特攻80年 「無駄死に」の歴史観、再検討を促す翻訳書 『日米史料による特攻作戦全史』 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

ムスリム移民の半生 『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

爆弾テロ捜査の現実 『FBI爆発物科学捜査班』カーク・イェーガーほか著 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

有事を巡る議論の視点 『2030年の戦争』小泉悠・山口亮著 <書評>評・上田篤盛(軍事アナリスト・元防衛省分析官) – 産経ニュース

日本の弱点 監視忌避 『認知戦』イタイ・ヨナト著、奥山真司訳 <書評>評・上田篤盛(軍事アナリスト・元防衛省分析官) – 産経ニュース

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第7回=最終回)

■サイバー・認知戦が勃発

「それにしても、最近、停電や電波障害、金融システムの障害などがよく起きるが、何かの前触れなのだろうか。だが、このところの異常気象で線状降水帯による大雨が多いし、風力や太陽光発電などもエネルギー効率が高くなく、進展していないのでそのせいもある。」

最近はなんだかおかしいなと言う気配は感じても国民はあまり深刻に考えていないようです。

2030年春、中国軍が台湾対岸での合同訓練を実施しました。この訓練ではミサイル射撃訓練が行われ、日本のEEZを含む台湾周辺に航行制限区域が設定されました。

ある五月の日没後、沖縄で大規模な停電と通信障害が発生しました。停電は三日後には復旧しましたが、通信障害は完全には解消されていません。後に、これらの問題は破壊型マルウェアによるサイバー攻撃が原因であることが判明しました。

また、本土と沖縄間の通信速度が大幅に低下していることから、海底通信ケーブルの破損が懸念されています。このため、臨時の衛星回線が構築されていますが、一般市民の通信利用には制限がかかり、オンラインサービスも停止されました。

これらの影響により、政府は復旧に全力を尽くすと発表しましたが、一週間後も状況は改善されず、沖縄の市民は困惑しています。三週間後には通信は復旧しましたが、沖縄のテレビ局や自治体のウェブサイトは依然としてDDoS攻撃を受け、アクセスが困難な状況が続いています。

この中で、台湾と友好的な日本企業のウェブサイトが改ざんされ、中国の国旗とともに「戦争の原因は台湾にあり、台湾と関わりのある者は制裁を受ける」との警告文が掲載されました。これにより、台湾のコミュニティや台湾に友好的な日本人の間で動揺が広がり、日本政府は台湾政策に対する議論の増加に警戒しています。

一方、スマートフォンのソーシャルメディアは正常に機能していました。調査したところ、「米軍や自衛隊が沖縄県民を守る意思はない」「停電中に米軍兵士が商品を強奪した」といった情報が流れていました。さらに、ソーシャルメディア上では、沖縄県と沖縄電力が「今回の停電は米軍と自衛隊との共同演習で送電線の一部が破断されたことが原因である」と発表したとの記事が広まっていました。

その後、米軍兵士が少女たちをレイプしている動画が現れ、米軍基地や自衛隊駐屯地には市民による抗議デモが発生し、本土からの参加者も加わりデモは拡大していきました。

中国は、日本が非常事態になりつつあると判断し、「国防動員法」をもとに九州と沖縄にいる中国人に帰国を命じました。そのため、那覇空港や南西諸島の飛行場は大混乱となり、軍民両用であるため自衛隊機などの運用にも支障を来すことが懸念されました。

さらに数日後、尖閣諸島領海内に十数隻の海警船が侵入しました。第十・十一管区海上保安部は自力での対処が困難と判断し、他の管区からの支援を要請しました。しかし、北朝鮮によるミサイル発射のニュースや、ロシアの北方領土での軍事演習が始まったこともあり、他の管区からの支援はままならない状況でした。海上自衛隊でも同様な状況が生じていました。

数時間後、尖閣諸島の領空に中国と思われる無人機が数十機侵入しました。我が国は無人機による領空侵犯に対処を試みましたが、無人機は兵器を搭載していないため、次々と撃墜されました。無人機に対する法律が整備されていないこともあり、有人機を使っても無人機に対処することが難しく、対空ミサイルによる撃墜もできませんでした。

さらに、海上自衛隊と米軍が駐留する岩国基地や、AIWACSが駐機する浜松基地にも、誰が送ったのか分からない無人機が飛来し、電波障害が発生しました。

日本政府は有事認定についての議論を続ける中で、防衛態勢への移行には躊躇していました。

数時間後、尖閣諸島に海警船数隻が上陸し、対空ミサイルやレーダーと思われる装置を設置する状況を偵察衛星が捉えました。しかし、その後、偵察衛星の信号が遮断され、詳細はわからなくなりました。

我が国は海上警備行動をとるにとどまっていましたが、現地の自衛隊は防衛出動の準備で混乱していました。

この時、台湾の飛行場のレーダーや通信が障害を受けたというニュースが入りました。さらに、中国が台湾に対して弾道ミサイルを発射し、高雄港や台中の空軍基地に着弾したとの報道も入りました。

中国による台湾への軍事侵攻が開始された模様です。沖縄や尖閣諸島での一連の不審な動きは、この軍事行動と連動し、日米の対応を妨げるものでした。

(おわり)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第6回)

■認知戦・AI戦争に脆弱な日本

わが国は、中国の台頭以来、北方重視から南西重視の防衛方針への転換を図ってきました。しかし、ウクライナ戦争により、ロシアがわが国の脅威であることが明確となり、防衛関係者の間で北方および日本海への備えの強化が議論されるようになりました。しかし、予算や資源の限られた中では、全面的な対処は難しく、また南西重視方針の変更は容易ではありません。

わが国は、これまで個別の事態を想定した防衛力整備を行ってきましたが、中国、ロシア、北朝鮮による複合的な攻撃や不法行動を想定したものではありませんでした。このため、複合的な事態に対応する能力が不足していました。

さらに、ウクライナ戦争の教訓から、中国は無人機やAI搭載型の自律兵器の開発を急ピッチで進めています。一方、わが国も中国の台湾周辺空域への無人機侵入に対抗すべく、無人機活用の検討を開始しています。しかし、法的な制約により、無人機は兵器未搭載型であるため、有事において十分な対処ができない状況です。

防衛関係者は、中国、ロシア、北朝鮮がサイバー・情報戦や認知戦、AI戦争の準備を進めていることを認識していますが、この脅威認識が国民にはうまく伝わっていませんでした。

また、わが国はウクライナ戦争の教訓を十分に活かすことができませんでした。ウクライナがロシアに対して善戦できたのは、2014年のウクライナ危機以降、官民挙げてファクト・チェック体制の構築、インテリジェンス・リテラシーの強化、サイバー・レジリエンスの向上などに取り組んだ成果があったからです。しかし、わが国はこの教訓を認識しても、結局は省庁間の対立や縄張り争いから、ファクト・チェック体制の構築や国民の啓発教育が進展しなかったのです。

わが国は第一次世界大戦の教訓から総力戦の重要性を認識していましたが、軍官対立によって後れをとりました。同様に、偏狭的な民族的特性が総体的な対策の実行を妨げました。

わが国の社会では、AIの普及によるネガティブな状況が広がっています。日本民族は群れを成し、同調主義に陥りやすいとされ、生成AIの普及により思考や判断を回避する傾向が強まっています。これにより、ソーシャルメディア上のインフルエンサーの意見に同調し、根拠のないデマや儲け話が拡散され、短絡的な暴力行為が増加しています。

日本社会では、右翼・左翼、リベラル・保守の主義や主張、世論の分断が見られ、それが歴史認識や政策をめぐる過激な論争に発展しています。集団自体の意見や価値観を主張し、他者との対話や妥協を困難にする傾向が強くなっています。

■リベラル思想が強まる南西方面

2010年代に入り、中国の南シナ海や東シナ海への積極的な進出が加速しました。この動きにより、沖縄・南西諸島地域では、戦後以来続いてきた反戦・リベラル・左派の立場に対抗する形で、国防・保守・右派の意見が強まり、自衛隊の誘致も進んできました。一方で、米軍撤退論は依然として根強く存在していました。

2020年代後半以降、沖縄本島や南西諸島では、米軍基地の撤去や中国との関係改善を求める声が高まり、これに対し防衛力の強化を求める意見との間で対立が生じています。政府と地域住民が一体となって南西防衛を強化してきましたが、最近ではその流れが停滞している兆候が見られます。

一部のマスメディアやソーシャルメディアでは、「中国を刺激することは危険だ」「政府は沖縄を犠牲にしている」「中国が攻撃しても米軍は守らない」「誘致した陸上自衛隊基地は地域経済に貢献しないばかりか風紀を損なう」などのネガティブな情報が広まっています。

沖縄の地方新聞では、「琉球は独立国であった」といった独立運動を促す特集が組まれています。これに呼応するかのように、小規模な独立運動が起きており、噂では運動参加者に手厚い日当が支給されていると言われています。

2030年現在、沖縄地方での国政選挙や地方選挙では、与党が軒並み敗北しています。野党候補は政権公約に米軍基地の撤去や自衛隊の縮小、中国との経済関係の構築を掲げて支持を集めています。彼らの街頭演説は従来にない盛り上がりを見せています。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第5回)

■二〇三〇年の東アジア情勢

ウクライナ戦争は開始してから3年後に一応の停戦状態を迎えましたが、2030年現在、依然として散発的な衝突が続いています。国連は存続していますが、北朝鮮の核ミサイル問題などでは、中露が拒否権を行使するなどの問題があり、機能不全に陥っています。多くの国々は、両陣営の動向を見守りつつ、自国の国益のみを追求する傾向が強まっています。

2028年の大統領選挙でプーチンが引退したものの、新たな愛国主義的な大統領の下でロシアの権威主義体制には変化が見られません。ウクライナ戦争による経済的な疲弊は続いていますが、中国からの援助によってロシア経済は持ちこたえています。これに関して「中国の属国化」と揶揄される声もありますが、いずれにせよ、ロシアと北朝鮮は影響力を保持し続け、対米牽制を中国と連携して行っています。

ウクライナ戦争で疲弊しなかった中国は、欧州経済の救世主として「一帯一路」を推進し、約10億の海外市場を獲得しました。これらの顧客データはAIのビッグデータとして活用されています。このような状況から、中国は2017年7月に掲げた「2030年までにAIで世界をリードする」という目標をほぼ達成しています。

2027年年に習近平の第四次政権が始まりました。習は2035年までに経済規模で世界第一位を達成することを目指していますが、「台湾への軍事侵攻は得策ではない」と考えています。ただし、台湾の独立阻止のための武力統一の選択肢は放棄していません。

■習近平が中台戦争を決意

2021年の春、米軍高官が2027年頃に中国が台湾に侵攻する可能性が高まると言及しました。しかし、2024年の台湾総統選挙では民進党候補が総統に付きましたが、国民党が立法院会での議席を伸ばしました。その結果、二〇二二年の米下院議長の訪台や蔡英文総統の訪米などのような、中国を刺激する動きはなかったため、中台関係は比較的安定していました。

中国はウクライナ戦争の教訓から、十分な戦争準備を行い、米軍が本格的な介入を行う前に速戦即決を追求していました。つまり、兵員の犠牲を最小限に抑えることが重要であるとの教訓を得ました。また、米国の関与については、核保有国である中国との戦争に関与するリスクを回避する可能性があるものの、その保証はないと判断されました。

これらの教訓に基づき、中国は軍事作戦開始前に台湾社会を不安定化させることや、在日米軍の戦力発揮を妨害することが極めて重要であると認識し、サイバー・情報戦および認知戦、AI戦争の能力を高めることに力を入れました。

習近平の政権基盤は安定していましたが、経済成長率は停滞し、少子高齢化が進行し、最近では2035年に経済規模で米国を追い抜くという経済目標は遠のいていました。

2028年に行われた台湾総統選挙では、再び民進党候補が総統に選出されました。台湾は以前の蔡英文政権以上に米国や日本との連携を強め、半導体の対中輸出規制などを行うようになりました。

中国国内では経済停滞や民衆化デモが生じ、一部で習近平の退陣要求が高まり、国営メディアや軍機関紙である『解放軍報』などでは台湾に断固たる対応をとるべきだとの主張が強まっています。

2030年、習近平は七六歳の誕生日を迎えましたが、82歳で死ぬまで国家指導者であった毛沢東に倣い、2032年の党大会で後継者へのポスト譲渡を示唆する姿勢は見せていません。

しかしながら、経済での米国超えが困難である状況下で、国民の不満が高まっており、小規模な「倒習」運動が勃発しています。習近平は国民に対し、中国こそが世界のリーダーであり、中国共産党が中国の歴史上最高の指導者であることを自国民および世界に向けて強調しています。

米国の情報によれば、習近平は側近の二人の軍事委員会副主席に台湾軍事作戦の検討を命じたとされます。彼らは以下のように総括したとの情報が日本側に伝えられました。

「台湾海峡を越えて全面的な台湾上陸侵攻を行う軍事力は十分ではありませんが、潜水艦、ミサイル、爆撃機を利用して米軍の来援を阻止し、電撃戦によって政治中枢の台北市を占領することは可能です。本格的な智能化戦争を行う体制は整っていませんが、自律型兵器の導入により、台湾および日米の防衛行動を混乱させることができます。いずれにせよ、ウクライナ戦争以降重視してきたサイバー・情報戦および認知戦によって、台湾および日米の戦闘意志を事前に喪失させ、電撃戦を追求することが重要です。」

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第4回)

サイバー・認知戦の勃発の可能性大

■軍事におけるAI技術の趨勢

2030年現在、AIは既にサイバー・情報戦の領域で複数の側面で活用されています。これには、情報収集、分析、戦術的な意思決定などが含まれます。例えば、軍事作戦ではAIが情報収集のターゲットを自動的に絞り、有用な情報を大量に収集し、その中から目的に役立つものを選定し、傾向や過去との関連性を特定し、有用なインテリジェンスを作成し、戦術的な意思決定に役立てています。

また、AIは過去の戦略・戦術を研究し、実戦的なシナリオを想定した訓練を実施したことが新たな戦術や戦略を編み出す契機になっています。電子戦では、AIを活用して攻撃に最適な電波方式や周波数などを自動的に割り出し、敵の通信・電子施設などの妨害・破壊に活用しています。サイバー戦では、ボットを利用した自動的な攻撃を行なうほか、防御システムにAIを組み込むことで敵の攻撃を検出し、自動的に対策を展開するなどを行なっています。また、攻撃者が自立システムの動作やパターン認識機能を意図的に制御・操作し、攻撃者の秘匿性を高める試みが行なわれています。

サイバーセキュリティの分野では、機械学習アルゴリズム(マシンアルゴリズム)を用いてセキュリティイベントやアラートを分析し、潜在的な脅威に対処することが実用化されています。今後は、これらのAI技術がサイバー・情報戦の領域でさらに進化するとともに、認知戦やAI戦争への発展を促すと見られています。

認知戦の戦法では、サイバー空間で情報を取得して、対象となる人間の心理・認知的弱点を見つけ出し、偽情報を拡散するなどにより世論を操作し、これを武器にして真の攻撃対象である国家・軍事指導者の意思決定に影響を与えることになります。専門家は、近い将来には非人間であるAIが人間の心理の介在なしに状況を認知して意思決定を行う、アルゴリズム戦争が主流になると指摘しています。

「智能化戦争」に余念がない中国

米中のAI覇権戦争は2010年代後半から始まりました。当初は、自由・民主主義の旗印のもとで、巨大なテック企業と多数の有能なイノベーターを抱える米国が勝利することは当たり前と考えられていました。しかし、2030年現在、国際社会のAI規制に応じない中国の方がAI大国として優位に立ちつつあります。2017年、AIロボット分野の指導者たちは、国連に致死性自律型兵器の禁止を求める公開請願書に署名しました。当初は、自律型兵器の定義も各国でバラバラで、規制を巡る議論の論点が定まりませんでした。

しかし、2020年以降、ChatGPTが誕生した頃から、西側はAIの脅威を深刻に認識し始めました。G7などの国際会議では、完全自立型のロボット兵器が民間施設を攻撃すれば、その行動に誰が法的責任を有するのか、プログラマー、製造者かといった問題が議論されました。また、人間の生死に関わる決定をマシンに委ねてよいのかという倫理的な問題も提起されました。

このような議論の高まりの中で、米国はAI規制に着手し、中国にも規制に従うよう合意を求めました。これに対し、中国は規制に応じることなく、逆に欧米のテック企業の技術者などを多額の金銭で引き抜き、国営企業に多額の資本を投入して、独自のAI路線を推進しました。

現在、中国は「AIと調和して発展する中国」「無秩序なAIの発展が社会を混乱させる」などの論説が世界で増加しています。AIを使ったソーシャルメディア上の巧妙な偽情報により、民主主義国家のリーダーや国民は徐々にその影響を受け、無意識のうちに権威主義的な価値観に傾斜していくことが懸念されています。国内のソーシャルメディアでは、政権与党の批判や政府高官のスキャンダルの暴露が盛んに行われ、国民の政権批判と政治離れが顕著になっています。

中国はすでに完成したAI指揮意思決定システムを活用し、初期型の自律型兵器を誕生させています。現在、ナノエレクトロニクス、ナノセンサー、ロボットなどの軍事技術を用い、自律型AIが人間の介在なしに状況判断、意思決定、指令を行う機能を整備しているようです。これが2030年代初頭に提起された「智能化戦争」の準備であると言えるでしょう。

米国の研究者は、中台戦争では人間の認知・心理の領域を超えたAI戦争が局部、局面ならば、いつ起きても不思ではないと指摘しています。軍事専門家などが予測するAI戦争の様相は次のようなものであります。「戦場から遠く離れた作戦室では指揮官や幕僚に代わってAI指揮意思決定システムが膨大なビッグデータを処理し、最適の作戦行動を決定して  

計画と命令を起案・発令する。戦場空間では、汎用AIを搭載した小型無人機が長時間連続飛行し、自らの判断で相手国の領空に侵攻し、領土の目標を攻撃するなどの状況が生じるでしょう。」

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第3回)

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■日本社会の分断化が進展する

最近では、誤った集団心理によっていじめや極端な暴行が増加していると言われています。ある権威者によれば、「一人ではあまり過激な思想を持っていない人でも、大勢が集まると次第に思考が過激化していき、特定の誰かを攻撃する」といった事件が増えており、これを「集団極性化」と呼んでいます。

特にインターネットの世界では、思想の似通っている者同士が簡単に集団を形成しやすくなっており、「集団極小化」が起こりやすい状況です。

例として、2020年前後に猛威を振るった新型コロナ禍の中で発生した「コロナ自警団」は、その顕著な事例と言えます。ソーシャルメディアを通じて知り合った個人による連帯集団が、ウイルスの感染者が発生した大学に対して脅迫電話をかけたり、県外ナンバーの車に傷をつけたり、「感染リスクが高い」とされる職業に従事する親を持つ子どもを学校から排除しようとしたりしました。更には感染者の個人情報を無許可で公開し、集団で誹謗中傷やブラックメールを送りつけたことで、情報モラルの違反や他者への人権損害が生じました。

事件発生当時、政府の自粛要請を受け入れない「不届き者」を制裁しようとする一団が、正義の使者を装い、制裁行為をエスカレートさせました。彼らは政府に従うことで自らも小さな権威者となり、自らを正当化し、感染者を村八分にするかのような犯罪行為に手を染めたのです。

さらに、2022年からのウクライナ戦争では、「集団極小化」が一層進んでいます。一部の政治家や地域専門家が「NATO不拡大約束(1990年2月9日)」や「ミンスク合意(2014年9月5日)」などを根拠に、「欧米にも戦争責任がある」といった意見を主張すると、たちまちソーシャルメディアやマスメディアで叩かれる事態が起こりました。ロシア側の視点に立って「戦争の原因が2015年のミンスク合意を欧米が破ったことにある」と述べようものならば、「ロシアに味方するのか!」「侵略したロシアが悪いことに決まっている!」との怒号を浴びた。

2030年現在、個人が身勝手な思い込みや政府方針、有力集団の主張を盾に自己満足のために他者の人権を侵害するケースがますます増えています。

難民受け入れ問題、LGBT法案、防衛問題、宗教対策、教育保障、環境問題、デジタル化問題、年金と税金をめぐる問題は、社会を分断させる問題だと認識されています。

国民のインテリジェンス・リテラシーの低下や判断することの回避、選挙や政府の法案決定などの際に起きる集団極小化と情報モラルの違反、政府のデジタル化政策の推進と情報管理体制の杜撰さから起こる個人情報の漏洩などのデジタル社会の暗部が露呈されてきました。

多くの見識者は、このような状況が続けば、結果として社会全体の一体感や調和を揺るがすことになると指摘しています。

戦後、外部からもたらされたとはいえ民主主義を謳歌してきた日本が、それを守るために民主主義にメスを入れるのか、それとも民主主義の精神を尊重し、規制を自粛するのか岐路に立っています。

■権威主義国家がますます優位に立つ

わが国をはじめ、欧米諸国はAIが社会を分断化させることを危惧し、AIの不適切な利用を制限するため、基準を設けようとしていますが、自由・民主主義を盾にした反対勢力により、その施策は停滞しています。

一方で、権威主義国家は、自国に都合のよい法律と解釈を用いて、AIの技術開発で優位に立とうとしています。

わが国の隣国である中国は、中国共産党の許可を得た組織や個人だけが国家目的に限ってAIを利用できると定めた法律を制定しました。国民が共産党の許可なくAIを利用することを禁止したのです。

これらの措置が奏功したのか、中国国内の民主化デモは国民の「ガス抜き」程度にとどまっていると考えられています。

最近、世界では「AIと調和して発展する中国」「無秩序なAIの発展が社会を混乱させる」など、中国を賞賛し、欧米のAI政策を批判する論説が増加しています。

AIを使ったソーシャルメディア上の巧妙な偽情報により、民主主義国家のリーダーや国民が徐々にその影響を受け、無意識のうちに権威主義的な価値観に傾斜していくことが懸念されています。

わが国のソーシャルメディアでは、政権与党の批判や政府高官のスキャンダル暴露が盛んに行われ、国民の政権批判と政治離れが顕著になっています。

一方で、かつて米国にトランプ政権が誕生したように、最近の国政・地方選挙では、自主国防、米軍撤退、核兵器保有、移民反対などの右傾的な政府公約を掲げる候補が当選するケースが増えています。

こうした情勢を見て、不安定化と影響力の行使を目標とする某国の認知戦が行なわれていると警告する声も出ています。

わが国では厳しい銃規制にもかかわらず、インターネット上の知識と3Dプリンターを使って模造銃を製造するケースが後を絶ちません。

2022年には元総理大臣が銃殺される事件が発生しましたが、ソーシャルメディアはその犯人を称賛したり、刑の軽減を求める声を拡散させたりしました。

この事件では第三国による犯罪者のマインドコントロールも警戒すべきとの声が起こりましたが、わが国の国民が第三国による影響工作のターゲットになりやすい側面があるのは否定できません。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第2回)

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■インテリジェンス・リテラシーを失う国民

2030年現在、国民は大人から子供まで生成AIに依存しています。ChatGPTが登場した当初、教育や学業に様々な影響が及ぶと見られ、国内の大学では、利用の基準を示したり、注意喚起を行ったりするところもありました。しかし、生成AIがビジネス界に広まると、デジタル弱者になることへの恐れから、誰もが最新式の生成AIに飛びついている状況です。教育界などの注意喚起は社会になかなか浸透せず、政府も形式的な注意喚起は行っていますが、規制などの具体的な措置は取っておらず、基本的には野放し状態です。

すでに生成AIを巡るさまざまな問題が表面化していますが、表に現れていない重大な問題は、情報のリテラシーとモラルの問題です。人間は言葉を覚え、自ら「文章を書く」ことで思考力や想像力を養成してきました。生成AIに依存することで情報を使って思考し、判断する必要がないため、インテリジェンス・リテラシーが低下しています。情報の収集の指向性、適切性、妥当性の評価ができなくなり、状況判断や意思決定を誤ることになるとの警告も出ています。

一方で、情報モラルは倫理的な視点や責任感を持って情報を利用することです。インテリジェンス・リテラシーが低下すれば、情報モラルも低下します。最近の個人のプライバシーの暴露、著作権侵害を巡る裁判沙汰の増加は、生成AIが人々の情報のリテラシーとモラルの低下が原因であると指摘されています。特に隆盛を続けているソーシャルメディアの世界では、情報のリテラシーを欠き、モラルに違反する事例が増加しています。

ソーシャルメディアは趣味や価値観を共有する特定グループを形成することで飛躍的に発展しました。その結果、特定グループ内では他人の行動や信念を模倣し、肯定し、異なる意見や視点が排除されるようになりました。この状況は「エコーチェンバー」効果と呼ばれる現象であり、かねてから問題視されてきましたが、2030年現在はそのような傾向が顕著となっています。

現在は、ソーシャルメディアの世界では、偽情報や誤解が蔓延し、「高速思考」(反射的で感情的な思考)が一般化し、「低速思考」(合理的で慎重な思考)が排除される傾向を強くしています。さらに憂慮すべきことに、ソーシャルメディアの中で横行する偽情報を基づいて、リアル社会での暴力事件が発生している事例も確認されています。銃規制のない米国では、以前からこのような事件が起きていました。

今日の日本でも同様の事件が起きています。いくら銃の規制を厳しくしても、インターネットから爆発物や銃を製造する知識は得られ、生成AIも少し遠回しの質問をすれば、このような情報要求に応じてくれます。政府はインターネット上の監視の強化を求めていますが、通信の自由を妨害するとか個人のプライバシーを侵害するといった理由から、国家論議はいつも紛糾しています。

言論の自由を尊重する日本では、ソーシャルメディアは〝無法地帯〟と言えるでしょう。その世界では、偽情報の拡散力が強いです。政府が若者を苦しめる悪法を制定するなどのデマが流れ、一部の若者は反社会的な行動に走るケースも散見されます。 インテリジェンス・リテラシーやモラルを失った人々が反社会的な発言や行動を広め、それが拡散していく様子が見受けられます。このような社会の流れを抑える具体策はまだ提案されていません。

■信頼を喪失するマスメディア

新聞や雑誌などの伝統的なマスメディアは、デジタル・ソーシャルメディアの台頭とともに発行部数を減少させ、収益性が低下しています。これは今に始まったことではなく、インターネットやスマートフォンが登場して以来の問題ですが、最近ではその傾向が一層強くなっています。国民の新聞購読数は激減し、テレビよりもユーチューブなどの動画サイトを好むようになりました。いつ誰が作成したかわからないユーチューブ報道を見て、現在進行しているリアル社会であると錯覚する人も多いです。

生成AIが書いた小説がインターネットで話題になるなど、書籍はますます売れなくなりました。生成AI以前に人気を博した執筆者はかろうじてその権威を保っていますが、新たな執筆者は表舞台に登場しなくなり、出版業はますます斜陽化しています。

デジタル・ソーシャルメディアに対抗するため、すでに一部のメディアは視聴者が好む情報を流すようになったとの批判があります。つまり、視聴率や閲覧数を増加させることに躍起になっているのでしょう。社会的な混乱や政治的な対立が高まる局面では、報道倫理を無視し、情報の真偽を見極めることなしに、人々の興味ある情報を流す傾向が強まっているようです。10年前はマスメディアに対し「情報源として信頼できる」と回答した者は六割を超えていましたが、最近は四割程度となり、国民の多くからマスメディアは信頼を失ったとされています。

一部のマスメディアは娯楽番組や過去の特集に力を入れており、多くのマスメディアは収益性が低下したため独自取材には力を入れられず、政府発表に追随している状況です。もはや「政治権力の監視」というかつての看板はすっかり色あせたようです。一部の見識者は、多くの国民が正しい情報を入手する手段を失えば、判断すること自体が面倒であると指摘しています。

(次回に続く)

2030年の台湾有事の認知戦シミュレーション(第1回)

このシナリオは台湾有事と題していますが、中国と台湾で起きる物事に焦点を当ててはいません。台湾有事が発生する前の、平時からグレーゾーン段階での日本の沖縄本島を含む南西諸島を中心とした日本で起きる情報戦や認知戦に関するシナリオです。

社会の不安定化と影響力工作が進展する我が国

■AI技術がもたらすデジタル社会の混迷

2030年現在、我が国におけるAIは急速に発展中であり、AIがけん引する高度なデジタル社会からはもはや後戻りできない段階に達している。インターネットを通じて世界中の情報に瞬時にアクセスすることは、仕事やビジネスの効率化やイノベーションのために不可欠となっている。また、インターネット上で様々なサービスを享受することで生活の利便性が向上し、我が国の少子高齢化対策においてもAIは欠かせない存在となってきた。

しかしながら、同時に多くの国民がAIによるネガティブな側面に気づき始めている。サイバー空間ではディープフェイクによる偽情報の生成、自動化されたフィッシングメール攻撃、自動プログラミングによるマルウェアの生成など、AIの悪用事例が様々な形で確認されている。すでに多くの分野でAIが人間の業務を代行し、人間の職を奪うなどの影響も現れ始めている。

さらに、AIはデジタル格差、情報格差、世代間格差を生み出している。デジタル技術の普及に伴い、多くの情報やサービスの受け渡しはオンラインで行われるようになった。デジタル社会はリテラシーに優れた若者にとっては利便性が高い一方で、そうでない者には住みにくい社会となっている。

特にデジタルリテラシーが低い高齢者は、オンラインシステムからの個人情報や銀行口座の流出などを心配し、疑心暗鬼になっている。どこに電話をかけてもオンラインメッセージであり、市役所の資料請求に出かけても丁寧に案内してくれる受付人がいない現実に直面している。警察や自治体からの詐欺に関する注意喚起も頻繁に行われ、人手不足の中で情報格差と世代間格差が進んでいるのが現在の社会の実態である。

こうした状況は社会の分断化を招くものとして多くの専門家が警告している。政府はデジタル社会の発展と利便性を維持するためには、社会、組織における情報管理の徹底と、個人の情報リテラシーやモラルが重要であると啓発している。

政府内にはAIを規制する動きもあるが、自由・民主主義を奉ずる勢力の反対によってこれらの動きは打ち消され、結果的にAIは制約なく発展している状況である。一方で、暗号通貨やAIを積極的に利用する層は海外資金を運用し、国内では脱税の手段を模索している。

最先端技術に追いつけない高齢者などは国家のデジタル化に反対の立場をとりがちである。高齢者たちは社会の端に置かれがちであるが、彼らは強力な権力である選挙権を持っている。このため、政治家たちは高齢者層の投票に期待し、国家のデジタル化があまり進展していない。

一方で、隣国の中国はますますデジタル大国となり、現在では貿易もデジタル人民元での決済が一般的になっている。政府の中にはAIを規制する動きもあるが、自由・民主主義を唱える勢力の反対圧力で打ち消され、結果的にAIは野放しの状態である。中国と日本との国際競争力の差が広がっており、この状況が進行している。

■偽情報を拡散する生成型AI

2020年代初頭に登場した「ChatGPT」とそれに触発され、対抗する対話式(生成型AI)が相次いで誕生し、市場シェアを急速に拡大している。これらの技術の最大の魅力は、文書の作成能力において「人間よりも人間らしい」とされる点である。パラメータの急激な増加により、これらの技術は自然で幅広い範囲の言語生成が可能となり、多くのビジネスパーソンを引き付けている。

しかし、ChatGPTにはGPT-3の開発段階から懸念されていたリスクが存在している。ChatGPTの開発元であるOpenAIの研究者は、世界有数のサイバーセキュリティイベント「Black Hat USA 2021」で、ChatGPT3が悪用された場合のリスクについて警告していた。残念なことに2030年現在、この警告は現実のものとなりつつある。現在、生成型AIは悪用者によって大量の偽情報や有害情報を生成するツールとしても機能している。

最新式の生成型AIはビッグデータから学習を深化させ、人間の個々のユーザーに合わせた大量の情報を、人間をはるかに超える速度で生成している。このような情報は受け手にとって魅力的で説得力があり、仲間内でシェアされ、情報は加速的に拡散しているようだ。しかし、その中には他者を誹謗・中傷する、社会を偽情報によって貶める類のものも多く見受けられている。

生成型AIはボットと一体となり、24時間稼働で偽情報が拡散されるため、政府が推奨するファクト・チェックも追いつかない状態である。サイバー空間では悪意ある者による偽のプロフィール、コメント、画像が大量に流通している。また、生成型AIは誤植が多いことが問題となっており、そのなめらかな文体からくる信頼性の低下も懸念されている。たとえば、「ウィキペディア」の記事も生成型AIが書いているのか、以前よりも正確性が低下したとの指摘がある。

「Web」上の誤った情報に基づくEコマース上のトラブル、プライバシーの暴露、著作権侵害を巡る裁判沙汰などが急増している。また、倫理的な判断を伴う社会問題への投稿においては、生成型AIを使って書かれたものにより、殺伐とした、弱者を軽視するコメントが増えているとの指摘もある。

生成型AIが人間の意識に悪影響を与える可能性を懸念する声がある中、一部の者は政府が抜本的な規制をかけるべきだと主張しているが、現在までに具体的な動きは見られていない。

(次回に続く)

『米軍から見た沖縄特攻作戦』の読後感

出版元から献本していただきました。早速、拝読したので読後感を載せておきます。

本書は、太平洋戦争末期の沖縄戦での日本軍戦闘機と米軍戦闘機およびレーダーピケット(PR)艦との戦いの日誌です。
 序章から第二章までは、レーダーピケット任務や戦闘哨戒任務(CAP)および沖縄戦、日本軍の神風(しんぷう、米軍は「カミカゼ」と呼称)を解説し、第3章から第7章までは、沖縄戦でのPR任務が開始された3月24日(沖縄侵攻開始の8日前)から、終戦の8月15日までの戦闘日誌です。第8章は、なぜ米軍PR艦が損害を受けたのかの原因を探っています。
 本書は8月27日発売ですが、早くもアマゾン軍事部門で売れ筋第1位(8月29日現在)になっています。おそらく、旧軍の沖縄戦特攻作戦に関する米軍側の初の公開資料の資価値を多くの戦史家や軍事専門家が理解しているためだと考えます。

特攻隊隊員は帰還していないので、実際にどのような空中戦闘が行われたのかは日本側資料では知ることはできません。よって歴史検証が甘くなり、今日では特攻作戦に関して多くの認識誤りがあります。

本書の帯では、「カミカゼ攻撃、気のくるった者が命令した狂信的な任務ではなかった。アメリカ人に日本侵攻が高くつくことを示して、侵攻を思い止まらせる唯一理性的で可能な方法だった」との作者(米国人歴史研究家、元海兵隊員)の意見が述べられています。実際我々の多くは、特攻隊が無謀に敵の空母や戦艦に体当たりして、華々しく玉砕したかのように認識しています。ここには合理性を欠いた精神論を排斥しようとの教訓も付随しています。しかしながら、本書を読むことで、目標は沖縄周辺に配置されていた21箇所に配置されたレーダーピケット艦隊(駆逐艦、各種小型艦艇)であることが認識できます。レーダーピケットとは、敵の航空機や艦艇をレーダーによって索敵することを主目的に、主力と離れておおむね単独で行動し、敵を警戒します。しかも駆逐艦などの小型艦艇であるため、爆撃等に対する防護力は脆弱であり、戦闘機の体当たり撃破の効果が高くなります。

また、敵のレーダー機能を潰すことは、現代戦では常套手段ですが、日本軍はこうした戦いの原則に則り、敵の目と耳を潰す〝麻痺戦〟を試みたのです。
 すでに戦況が悪化してわが国国力が衰退していましたので、特攻作戦は戦略的劣勢の回復には繋がりませんでしたが、作戦的には多くのPR艦艇を撃破し、米海軍に深刻な打撃を与えました。特攻作戦に是非はいったん脇に枠として、本書を読むことで神風特攻作戦が自棄になった自殺行為ではないことが理解できます。
 個人的意見ですが、戦後のわが国の戦史研究や戦史著書は「失敗か、成功か」のどちらかの大前提で、失敗の原因を追及することばかりに集中している気がします。
 1935年5月のノモンハン事件も失敗の事例として取り扱われることが多々ありますが(ソ連の大戦車軍団の前に日本陸軍は大打撃を受けたというのが定説)、最近になった公開されたソ連の情報資料によれば、日本は少ない戦力でありながら、対戦車戦闘ではソ連よりも優勢であったとの説もあります。

本著もそうですが、商売主義に影響を受けた日本著書とは異なり、外国著書の翻訳本には実に浩瀚で真面目なものが多く、多くの知見を得ることができます。外国著者の研究を多くの読者が支持しているところに国家としての力量を感じずにはいれません。
 優れた著書である『失敗の本質』なども、やはり本著の米国側の資料で再評価することで認識を改めることになるかもしれません。たとえば、同著では、「大艦巨砲主義」から早く脱却して「航空主兵主義」になれば勝利できたかのように理解できる記述があります。
  しかし、本著を見ると、米海軍がレーダーと連携した防空戦闘機を多数準備していた状況がうかがえます。その真剣な状況を踏まえるならば、失敗の本質は上記ではなかったという結論になるかもしれません。

そのような視点に立った、優れた外国文献である本著をじっくりと読まれることを推奨します。

新著に書評をいただきました。

私の新著『情報分析官が見た陸軍中野学校』が5月7日、アマゾンで発売になりました。これまでの拙著は発売後はアマゾンの「軍事」ジャンルで上位につけるのですが、中野学校の認知度が少ないのか、今回の新作は静かな立上がりであり、このままお蔵入りにならないよう少し宣伝していきたいと思います。

以下は著名な評論家の宮崎正弘先生からいただいた紹介文です。先生ありがとうございます。

インテリジェンス戦争(秘密戦)から遊撃戦へ

  時代に翻弄された中野学校の「戦士」たちの真実

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上田篤盛『情報分析官が見た陸軍中野学校』(並木書房)

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 陸軍中野学校と聞くと、評者が咄嗟に思い浮かべる二人の男が居る。

末次一郎氏と小野田寛朗氏である。中野学校は東京の中野だけではなく、浜松に分校があった。中野学校本校は七年継続したが、二股分校はわずか四期で終戦を迎えた。とはいえ、400名の卒業生がいた。そのなかに両氏がいたのだ。

 では中野学校は何を教えていたのか。

 戦後、おもしろおかしく中野学校を論じたスパイ学校説や、あるいは映画にもなったが、実態とはかけ離れている。

 秘密戦の前衛とか、スパイとか戦後の評価は、中野学校のイメージを貶めた。実態とはことなり、当時から秘密戦争と遊撃戦は区別されていた。

 「ともすれば秘密戦争と遊撃戦が混同され、太平洋戦争(ママ)中期から末期にかけて、アジア各地や沖縄で行われた遊撃戦を中野学校と関連づけて語られることが多いが、本書では主として『情報活動(情報戦)』の視点から」、実相に迫る。 

 なぜなら「国家および陸海軍が本格的な情報教育の期間を有していなかったため、中野学校での情報教育は画期的なものだった」からだ。

 中野学校は当時の秘密戦争の劣勢をカバーするために、そして各国に身分を秘匿して送り込み、情報力を高めようとしたもので、諜報技術より大局的判断力、自主的な行動力を叩き込まれ、同時にアジアの民族解放教育も培われたのである。

 本書は、その教育の具体的な内容や校則を緻密に分析し、中野学校の今日的な意味をさぐるものであり、これも画期的な試みといえるだろう。

 さて中野学校卒業生の末次、小野田両氏と、妙な因縁があって、評者(宮崎)は生前の末次氏とは国民運動、とりわけ沖縄返還、北方領土などの国民集会準備会で多いときは週に一、二度会っていた。佐藤政権下の沖縄返還交渉では密使として舞台裏で活躍された。若泉敬氏は表の密使、末次氏は文字通りの黒子だった。

 末次事務所は「日本健青会」の看板がかかっており、星雲の志を抱いた若者があつまって愛国の議論を重ねていた。そのなかには「救う会」の事務局長の平田隆太郎氏、前参議院議員の浜田和幸氏らもいた。

 末次一郎氏は奇跡的な引き揚げ後、傷痍軍人救援など多くのボランティア活動をはじめ、同時に北方領土回復などの国民運動の最前線で活躍され、政界からも一目置かれた。

「国士」と言われ、多くの末次支持者がいた。二十年前に旅立たれたが、奇しくも氏のお墓は評者の寿墓と同じお寺の境内にある。氏の墓前には花が絶えたことがない。

 小野田少尉がルバング島から出てきたとき、評者は伊勢の皇學館大学にいた。

すぐさま大阪へ向かい、和歌山県海南市から上京する小野田少尉のご両親がのる新幹線に飛び乗った。車中、テレビカメラがわっと取り憑いたが、米原を過ぎてようや車内に静けさが戻り、座席に近付いて父親の凡二氏に想い出の手記を書かれませんかと依頼した。

本人の手記は講談社が、発見者の鈴木さんの手記は文藝春秋がすでに獲得したと聞いていた。評者は当時、出版社の企画担当だったので、父親の手記獲得に動いたのだった。さて新幹線は東京駅に到着した。ホームで車いすを用意して待機していたのが、末次氏だった。

お互いに「えっ」と顔を見合わせた。

こうした縁で小野田元少尉とも何回か会う機会があったが、どちらかと言えば「発見者」の鈴木紀夫さんが、大発見劇から四年後に、林房雄先生の令嬢と華燭の典をあげた。その所為で呑む機会も多かった。

鈴木さんはヒマラヤに雪男発見の旅に出て遭難、小野田さんは友人を悼んでヒマラヤを訪ね、遭難現場で合掌した。

(以上、引用終わり)

宮崎先生の中で、小野田少尉、末次さんの話の中で、小野田さんを発見された鈴木さんのエピソードも非常に興味を持ちました。小野田さんはヒマラヤに行かれて、鈴木さんの遭難現場で合唱されたとのこと、小野田さんの人柄が偲ばれます。

以下は中野学校の「中野二誠会」の会長からいただいたメールです。中野学校の実相と今日の日本の情報活動、陸上自衛隊情報学校の健全な発展などに今後とも微力ながら尽力する決意しました。一部割愛させて、このブログで共有させていただきたいと思います。

上田 様

 昨日、大兄著書『情報分析官が見た陸軍中野学校』を拝受いたしました。お心遣い有難うございます。

 早速、「はじめに」「おわりに」から熟読し(小生の読書法・笑)、本文完読に挑戦いたしております。(資料を本当に良く調べておられていますね。さすが本職・情報分析官と、感心しながら読んでいます)

 著書発行に際して二つの目的を掲げておられます。中野の誠を継承することを目的の一つとして発足させました中野二誠会の一員として心より感謝申し上げます。

 小生が中野校友会本部事務所を引き継いだ約40年前から、「陸軍中野学校」を表題とした図書や新聞記事原稿の取材面談に何度も付き合わされておりますが、その殆どの担当者は、ご指摘のような巷に流されている「陸軍中野学校伝説」をベースに企画され、質問をされます。つまり事実を話しても話が行き違い全く前に進まないのです。

 今後同様の取材等がありましたら『まず貴上田著書を読んでからお話ししましょう』と、失礼ながら教本テキスト代わりに利用させていただけそうです。

 (以下、省略)

メッセージは伝わらなければ意味がありません。しかし、残念ながらフェイクニュースや煽り記事に比べて、真実が伝わる速度や伝播力は著しく低い。世の中が誤った情報で氾濫しても、なかなかそれを止めることはできません。

 真実を書いた、自分自身納得できものを書いたから読んでもらえるわけではありません。ある出版の編集者が言っていましたが、「良いものが売れるのではない、売れたものが良い」。それは厳しい出版業会の真理でしょう。

 しかし、ほとんどの書き手は真実なもの、良いもの伝えたいと思っているのだと私は信じたい。インターネット時代の中で正しい情報をどのように効率的に伝えるかは、解けない課題となのんもしれません。