『米軍から見た沖縄特攻作戦』の読後感

出版元から献本していただきました。早速、拝読したので読後感を載せておきます。

本書は、太平洋戦争末期の沖縄戦での日本軍戦闘機と米軍戦闘機およびレーダーピケット(PR)艦との戦いの日誌です。
 序章から第二章までは、レーダーピケット任務や戦闘哨戒任務(CAP)および沖縄戦、日本軍の神風(しんぷう、米軍は「カミカゼ」と呼称)を解説し、第3章から第7章までは、沖縄戦でのPR任務が開始された3月24日(沖縄侵攻開始の8日前)から、終戦の8月15日までの戦闘日誌です。第8章は、なぜ米軍PR艦が損害を受けたのかの原因を探っています。
 本書は8月27日発売ですが、早くもアマゾン軍事部門で売れ筋第1位(8月29日現在)になっています。おそらく、旧軍の沖縄戦特攻作戦に関する米軍側の初の公開資料の資価値を多くの戦史家や軍事専門家が理解しているためだと考えます。

特攻隊隊員は帰還していないので、実際にどのような空中戦闘が行われたのかは日本側資料では知ることはできません。よって歴史検証が甘くなり、今日では特攻作戦に関して多くの認識誤りがあります。

本書の帯では、「カミカゼ攻撃、気のくるった者が命令した狂信的な任務ではなかった。アメリカ人に日本侵攻が高くつくことを示して、侵攻を思い止まらせる唯一理性的で可能な方法だった」との作者(米国人歴史研究家、元海兵隊員)の意見が述べられています。実際我々の多くは、特攻隊が無謀に敵の空母や戦艦に体当たりして、華々しく玉砕したかのように認識しています。ここには合理性を欠いた精神論を排斥しようとの教訓も付随しています。しかしながら、本書を読むことで、目標は沖縄周辺に配置されていた21箇所に配置されたレーダーピケット艦隊(駆逐艦、各種小型艦艇)であることが認識できます。レーダーピケットとは、敵の航空機や艦艇をレーダーによって索敵することを主目的に、主力と離れておおむね単独で行動し、敵を警戒します。しかも駆逐艦などの小型艦艇であるため、爆撃等に対する防護力は脆弱であり、戦闘機の体当たり撃破の効果が高くなります。

また、敵のレーダー機能を潰すことは、現代戦では常套手段ですが、日本軍はこうした戦いの原則に則り、敵の目と耳を潰す〝麻痺戦〟を試みたのです。
 すでに戦況が悪化してわが国国力が衰退していましたので、特攻作戦は戦略的劣勢の回復には繋がりませんでしたが、作戦的には多くのPR艦艇を撃破し、米海軍に深刻な打撃を与えました。特攻作戦に是非はいったん脇に枠として、本書を読むことで神風特攻作戦が自棄になった自殺行為ではないことが理解できます。
 個人的意見ですが、戦後のわが国の戦史研究や戦史著書は「失敗か、成功か」のどちらかの大前提で、失敗の原因を追及することばかりに集中している気がします。
 1935年5月のノモンハン事件も失敗の事例として取り扱われることが多々ありますが(ソ連の大戦車軍団の前に日本陸軍は大打撃を受けたというのが定説)、最近になった公開されたソ連の情報資料によれば、日本は少ない戦力でありながら、対戦車戦闘ではソ連よりも優勢であったとの説もあります。

本著もそうですが、商売主義に影響を受けた日本著書とは異なり、外国著書の翻訳本には実に浩瀚で真面目なものが多く、多くの知見を得ることができます。外国著者の研究を多くの読者が支持しているところに国家としての力量を感じずにはいれません。
 優れた著書である『失敗の本質』なども、やはり本著の米国側の資料で再評価することで認識を改めることになるかもしれません。たとえば、同著では、「大艦巨砲主義」から早く脱却して「航空主兵主義」になれば勝利できたかのように理解できる記述があります。
  しかし、本著を見ると、米海軍がレーダーと連携した防空戦闘機を多数準備していた状況がうかがえます。その真剣な状況を踏まえるならば、失敗の本質は上記ではなかったという結論になるかもしれません。

そのような視点に立った、優れた外国文献である本著をじっくりと読まれることを推奨します。

新著に書評をいただきました。

私の新著『情報分析官が見た陸軍中野学校』が5月7日、アマゾンで発売になりました。これまでの拙著は発売後はアマゾンの「軍事」ジャンルで上位につけるのですが、中野学校の認知度が少ないのか、今回の新作は静かな立上がりであり、このままお蔵入りにならないよう少し宣伝していきたいと思います。

以下は著名な評論家の宮崎正弘先生からいただいた紹介文です。先生ありがとうございます。

インテリジェンス戦争(秘密戦)から遊撃戦へ

  時代に翻弄された中野学校の「戦士」たちの真実

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上田篤盛『情報分析官が見た陸軍中野学校』(並木書房)

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 陸軍中野学校と聞くと、評者が咄嗟に思い浮かべる二人の男が居る。

末次一郎氏と小野田寛朗氏である。中野学校は東京の中野だけではなく、浜松に分校があった。中野学校本校は七年継続したが、二股分校はわずか四期で終戦を迎えた。とはいえ、400名の卒業生がいた。そのなかに両氏がいたのだ。

 では中野学校は何を教えていたのか。

 戦後、おもしろおかしく中野学校を論じたスパイ学校説や、あるいは映画にもなったが、実態とはかけ離れている。

 秘密戦の前衛とか、スパイとか戦後の評価は、中野学校のイメージを貶めた。実態とはことなり、当時から秘密戦争と遊撃戦は区別されていた。

 「ともすれば秘密戦争と遊撃戦が混同され、太平洋戦争(ママ)中期から末期にかけて、アジア各地や沖縄で行われた遊撃戦を中野学校と関連づけて語られることが多いが、本書では主として『情報活動(情報戦)』の視点から」、実相に迫る。 

 なぜなら「国家および陸海軍が本格的な情報教育の期間を有していなかったため、中野学校での情報教育は画期的なものだった」からだ。

 中野学校は当時の秘密戦争の劣勢をカバーするために、そして各国に身分を秘匿して送り込み、情報力を高めようとしたもので、諜報技術より大局的判断力、自主的な行動力を叩き込まれ、同時にアジアの民族解放教育も培われたのである。

 本書は、その教育の具体的な内容や校則を緻密に分析し、中野学校の今日的な意味をさぐるものであり、これも画期的な試みといえるだろう。

 さて中野学校卒業生の末次、小野田両氏と、妙な因縁があって、評者(宮崎)は生前の末次氏とは国民運動、とりわけ沖縄返還、北方領土などの国民集会準備会で多いときは週に一、二度会っていた。佐藤政権下の沖縄返還交渉では密使として舞台裏で活躍された。若泉敬氏は表の密使、末次氏は文字通りの黒子だった。

 末次事務所は「日本健青会」の看板がかかっており、星雲の志を抱いた若者があつまって愛国の議論を重ねていた。そのなかには「救う会」の事務局長の平田隆太郎氏、前参議院議員の浜田和幸氏らもいた。

 末次一郎氏は奇跡的な引き揚げ後、傷痍軍人救援など多くのボランティア活動をはじめ、同時に北方領土回復などの国民運動の最前線で活躍され、政界からも一目置かれた。

「国士」と言われ、多くの末次支持者がいた。二十年前に旅立たれたが、奇しくも氏のお墓は評者の寿墓と同じお寺の境内にある。氏の墓前には花が絶えたことがない。

 小野田少尉がルバング島から出てきたとき、評者は伊勢の皇學館大学にいた。

すぐさま大阪へ向かい、和歌山県海南市から上京する小野田少尉のご両親がのる新幹線に飛び乗った。車中、テレビカメラがわっと取り憑いたが、米原を過ぎてようや車内に静けさが戻り、座席に近付いて父親の凡二氏に想い出の手記を書かれませんかと依頼した。

本人の手記は講談社が、発見者の鈴木さんの手記は文藝春秋がすでに獲得したと聞いていた。評者は当時、出版社の企画担当だったので、父親の手記獲得に動いたのだった。さて新幹線は東京駅に到着した。ホームで車いすを用意して待機していたのが、末次氏だった。

お互いに「えっ」と顔を見合わせた。

こうした縁で小野田元少尉とも何回か会う機会があったが、どちらかと言えば「発見者」の鈴木紀夫さんが、大発見劇から四年後に、林房雄先生の令嬢と華燭の典をあげた。その所為で呑む機会も多かった。

鈴木さんはヒマラヤに雪男発見の旅に出て遭難、小野田さんは友人を悼んでヒマラヤを訪ね、遭難現場で合掌した。

(以上、引用終わり)

宮崎先生の中で、小野田少尉、末次さんの話の中で、小野田さんを発見された鈴木さんのエピソードも非常に興味を持ちました。小野田さんはヒマラヤに行かれて、鈴木さんの遭難現場で合唱されたとのこと、小野田さんの人柄が偲ばれます。

以下は中野学校の「中野二誠会」の会長からいただいたメールです。中野学校の実相と今日の日本の情報活動、陸上自衛隊情報学校の健全な発展などに今後とも微力ながら尽力する決意しました。一部割愛させて、このブログで共有させていただきたいと思います。

上田 様

 昨日、大兄著書『情報分析官が見た陸軍中野学校』を拝受いたしました。お心遣い有難うございます。

 早速、「はじめに」「おわりに」から熟読し(小生の読書法・笑)、本文完読に挑戦いたしております。(資料を本当に良く調べておられていますね。さすが本職・情報分析官と、感心しながら読んでいます)

 著書発行に際して二つの目的を掲げておられます。中野の誠を継承することを目的の一つとして発足させました中野二誠会の一員として心より感謝申し上げます。

 小生が中野校友会本部事務所を引き継いだ約40年前から、「陸軍中野学校」を表題とした図書や新聞記事原稿の取材面談に何度も付き合わされておりますが、その殆どの担当者は、ご指摘のような巷に流されている「陸軍中野学校伝説」をベースに企画され、質問をされます。つまり事実を話しても話が行き違い全く前に進まないのです。

 今後同様の取材等がありましたら『まず貴上田著書を読んでからお話ししましょう』と、失礼ながら教本テキスト代わりに利用させていただけそうです。

 (以下、省略)

メッセージは伝わらなければ意味がありません。しかし、残念ながらフェイクニュースや煽り記事に比べて、真実が伝わる速度や伝播力は著しく低い。世の中が誤った情報で氾濫しても、なかなかそれを止めることはできません。

 真実を書いた、自分自身納得できものを書いたから読んでもらえるわけではありません。ある出版の編集者が言っていましたが、「良いものが売れるのではない、売れたものが良い」。それは厳しい出版業会の真理でしょう。

 しかし、ほとんどの書き手は真実なもの、良いもの伝えたいと思っているのだと私は信じたい。インターネット時代の中で正しい情報をどのように効率的に伝えるかは、解けない課題となのんもしれません。 

「軍事情報」メルマガ管理人エンリケ氏による拙著紹介

「軍事情報」メルマガ管理人のエンリケ様が、まもなく発刊される拙著を紹介していただきました。一部を抽出し、再編集して掲載します。

「情報戦は平戦時問わず行われている。そのため情報史の研究は、戦時だけでなく平時のそれも行わなければならない。」という趣旨の上田篤盛さんのことばが、私の胸に深く刺さっています。この本は、その問いも満たしてくれます。

こんかいご紹介する『情報分析官が見た陸軍中野学校─秘密戦士の孤独な戦い』は、わが情報員の教育機関だった「陸軍中野学校」のなんたるかを検証し、今にいたるも、わが情報活動理解の障害になっている陸軍中野学校への誤解、偏見を解き、正確な理解を図る本です。

実はこの本。5年がかりで作られました!この間の上田さんのご苦労。察するに余りあります。あとがきで上田さんは、「本書は自身の内面と向き合い、先人たちの崇高な精神をあれこれ分析する資格もない自らの〝未熟さ〟を自覚し、また〝葛藤〟と戦い抜いた末の書」という言葉で、この5年の苦闘を締めくくっておられます。

その意味でもほんとうにうれしい出版で、会う人会う人に「いい本が出ますよ」とオススメしていますw

中野学校のホントとウソがわかる本

 戦後日本が無視忌避してきた

    「中野教育のキモ」と真正面から

      向き合って解説、紹介

       情報勤務経歴を持つ著者だから

         迫力が全く違う!

●映画「陸軍中野学校」や、小野田寛郎陸軍少尉をとおしてイメージされている中野学校は、中野学校が目指したものでは必ずしもありません。

●中野学校から今に活かせる智慧、エキスを吸収するために不可欠な「等身大の中野学校」の把握ができる史料として価値あり。

●イチバン読んでほしいのは6章です。これがないから、戦後日本は沈む一方なのです。

中野学校創設の目的はこの秘密戦を展開する秘密戦士の育成にあり、彼らが、外地に骨をうずめる「交代しない在外武官」になることを目指すものでした。中野への誤解は、秘密戦を展開する要員の養成を目的に作られていながら、戦争中になってから「遊撃戦士養成」へと教育方針の大転換が行われた事実を知らない人が多い点にもあります。

遊撃戦とは秘密戦と全く違うものです。「目的の秘匿」という点は重なりますが他は全然違うもので、主兵力の作戦能力を補完するために行われるゲリラ戦のことをいいます。

ちなみに小野田さんは遊撃戦士養成時代の中野学校(二股分校)の卒業生で、秘密戦士ではなく遊撃戦士の教育を3ヶ月受けただけです。本著では、小野田さんについて、中野教育というよりは、現地で作戦行動を展開しながら自らの力で自らを教育された人ではないか、と指摘しています。

でも実はそれだけではありません。「秘密戦概論」としての意味合いも大きな本なんです。

秘密戦とは、「諜報」「宣伝」「謀略」「防諜」の4つの手段を用いて行われる「戦わずして勝つ」ための平戦時問わない戦いのことをいいます。秘密戦の4手段。じつはうち2つは、他の手段に貢献するためのものだそうです。インテリジェンスといえば!と聞かれると真っ先に頭に浮かぶものしたので、少し意外でしたね。そしてこの4つのうち一番高く評価されているのは何か? も、意外に気づかないところです。

中野の歴史を読み解くなかで、秘密戦の常識、感覚も身につけられるこの本は、見方によっては、とっても曲者といえるかもしれませんwwwだから面白いですね。

まずは著者・上田さんのことばから、、

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 本書の目的は二つある。一つは、陸軍中野学校(以下、中野学校)の創設理念や教育内容を正しく評価し、現代社会における情報戦争(情報戦)への対応に役立てることである。

  もう一つは、中野学校がスパイ組織として非合法な活動を行なっていたなどという、誤った認識を是正することである。

  これらの目的追求の前提となるのが、信頼し得る資料をもとに、筆者が学んだ現代の情報理論も交えて中野学校を正当に評価することである。

  しかし、「中野は語らず」が信条となり、戦前と戦後を通して、中野学校関係者(教官、卒業生、親族など)による口外は控えられ、同校に関する正しい情報に接するのも容易ではない。

  他方、戦後の映画『陸軍中野学校』や、中野学校出身者(卒業生)の小野田寛郎少尉のフィリピンからの帰国などにより、世間に同校の一面のみがことさらに誇張、脚色される傾向があった。

  戦後に刊行された第三者の手による一部著書では、話題性を重視したのか、中野学校関係者にとって憤怒を禁じ得ない記述も少なくない。

  本書は、そういった著作や報道に影響を受けて「戦前の中野学校では尋常でないハードな教育訓練が行なわれ、卒業生はなんでもできる」といった中野学校や同校出身者(以下、中野出身者)を過大視するスーパーマン的な伝説を信じる人には、やや失望感を与えることになるかもしれない。

  というのは、ここで描いているのは、「中野出身者は秀英であったが、一年程度の学校教育で、いきなり〝スーパー秘密戦士〟が育つわけではない」というスタンスだからだ。すなわち〝中野スーパー伝説〟の否定論をとっている。

  なぜなら、この〝中野スーパー伝説〟こそが、残念ながら中野出身者が戦後の帝銀事件や金大中事件などの重大犯罪へ関与したなど、いわれなき風説を世に蔓延させている原因だからだ。

  それらの中野学校に対する誤認識が連鎖して、現在の陸上自衛隊情報学校などへの誤った認識につながる可能性も懸念される(すでに一部でそうした事態も起きている)。

  このようなことは同情報学校の前身である調査学校および小平学校で一〇年以上も教鞭をとった筆者としてはどうしても看過できない。

  そこで、数年前に自衛隊を退官し、一民間人として外部から組織を眺めることができるようになった今、戦時での秘密戦の実相と秘密戦士を育成する学校教育のあり方を再び研究し直して、後世にいささかなりとも助言を残すことができればと考えた次第である。

(上田篤盛)

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いかがでしょうか?

この本は、

1.秘密戦とは何か?

1.陸軍中野学校で行われた教育とはどういうものだったか?

1.陸軍中野学校出身者は何をしたのか?

1.中野学校とは何だったのか?

の4つの柱からなる「陸軍中野学校が正確にわかる本」です。

最大の価値は、これまで伝えられてきた陸軍中野学校への誤解を解き、その実像と評価に触れられる点です。

特にわが国では、映画「陸軍中野学校」と、故・小野田寛郎陸軍少尉を通じて中野学校を評価している感を持ちます。しかしそれが、中野への誤解の大きな要因になっているのかもしれません。

もともと「交代しない駐在武官」を目指した中野教育。たかだか一年程度の教育で、卒業生がスーパーマンになれるはずもない。秘密戦士養成と、大東亜戦争中に始まった遊撃戦士養成。両者は全く違うもの。などへの理解がないわけです。

でもこの本を読めば、陸軍中野学校に対する誤ったイメージ、ずれた感覚が修正され、それにより、今のわが国、わが情報戦に活かせる中野の資産は何か?に目を向けられるようになり、実践につなげられることでしょう。

それともうひとつが、先ほども書いた「秘密戦概略」としての価値です。

秘密戦の四要素、また、帝国陸軍の極秘資料『諜報宣伝勤務指針』を縦横に引用して描き出された陸軍の秘密戦に向かう姿も、これまであまり見たことのないものでした。

自衛隊関係者、軍事・インテリジェンス、中野学校ファンはもちろん、政治家、官僚、研究者、学生、ネットで情報戦にかかわっている戦士たちにも目を通してほしい一冊です。

では中身を見てみましょう。

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目 次

はじめに 1

第1章 秘密戦と陸軍中野学校 17

秘密戦とは何か? 17

目的が秘密である戦争手段/秘密戦とは「戦わずして勝つこと」/秘密戦と遊撃戦の違い/極秘マニュアル『諜報宣伝勤務指針』

秘密戦の四つの手段(諜報・防諜・宣伝・謀略)25

「諜報」は秘密戦の基本である/「宣伝」は秘密戦の中で最も知力を要する/秘密戦の主体は「謀略」/消極的防諜と積極的防諜の違い/防諜は防御的であって最も攻撃的

中野学校に関する誤解の背景 37

秘匿された中野学校の存在/映画『陸軍中野学校』の影響/小野田少尉帰還からの誤解

第2章 第一次大戦以降の秘密戦 44

第一次世界大戦と総力戦への対応 45

総力戦思想の誕生と秘密戦/不十分だった日本の秘密戦への対応

国際環境の複雑化と国内の混乱 47

複雑化する国際環境/二・二六事件と軍部の影響力増大

共産主義の浸透 51

ソ連共産主義の輸出/日本共産党の活動/対日スパイ活動の増大

盧溝橋事件勃発と支那事変の泥沼化 55

盧溝橋事件の勃発/支那事変の泥沼化

第3章 陸軍の秘密戦活動 60

陸軍中央の組織 60

参謀本部第二部の全般体制/陸軍省兵務局の設置/第八課(謀略課)の新編

秘密戦関連組織 64

陸軍技術本部/「陸軍第九技術研究所」(登戸研究所)/関東軍防疫給水部本部(第七三一部隊)

対外秘密戦の運用体制 70

極東方面での対ソ秘密戦活動 72

特務機関の設置/満洲事変後に関東軍の情報体制を強化/対ソ諜報の行き詰まりとその打開

中国大陸での対支那秘密戦活動 78

満洲事変以前の対支那秘密戦活動/満洲事変による開戦謀略/土肥原、板垣の謀略工作/失敗したトラウトマン工作

第4章 中野学校と学生 87

中野学校の沿革 87

防諜機関「警務連絡班」が発足/岩畔中佐の意見書「諜報・謀略の科学化」/後方勤務要員養成所長、秋草俊/養成所創設に向けた思惑の相違/中野学校創設に反対した支那課

中野学校の発展の歴史 97

中野学校の四つの期/創設期(一九三八年春~四〇年八月)/前期(一九四〇年八月~四一年一〇月)/中期(一九四一年一〇月~四五年四月)/後期(一九四五年四月~四五年八月)

中野学校の学生 109

入校生の選抜要領/入校学生は主として五種類に分類/各種学生の概要

中野学校および同学生の特徴 116

第5章 中野学校の教育 121

創設期の教育方針と教育環境 121

秘密戦士の理想像は明石元二郎/準備不足の教育・生活環境/校外教官─杉田少佐と甲谷少佐

創設期の教育課目の分析 130

一期生が学んだ教育課目/判断力の養成を重視/科学的思考を意識した教育/危機回避能

力の取得/実戦を意識した情報教育/実戦環境下での謀略訓練/自主錬磨の気概を養成する

太平洋戦争開始後の対応教育 146

占領地行政と宣伝業務/遊撃戦教育への移行/遊撃戦の基礎となる候察法

中野学校の問題 150

情報理論教育は不十分/秘密保全が情報教育を制約/軍事知識の欠如

中野教育の特徴 158

第6章 なぜ精神教育を重視したか 160

「秘密戦士」としての精神 160

名利を求めない精神の涵養/生きて生き抜いて任務を果たす/自立心の涵養(二期生、原田の述懐)

楠公社と楠公精神 167

「楠公社」の設立/記念室での正座と座禅/楠公精神を学ぶ

秘密戦士の「誠」173

「誠」とは何か?/民族解放の戦士となれ/武士道と秘密戦との矛盾克服

楠公精神はなぜ重視されたのか 181

第7章 中野出身者の秘密戦活動 184

長期海外派遣任務の状況 184

第一期生の卒業後配置/一、二期生の海外勤務

国内勤務の状況 192

満洲事変以後に諜報事件が増大/軍事資料部での活動/神戸事件と中野出身者

北方要域での活動 196

不透明なソ連情勢/中野出身者の活動

中国大陸での活動 200

和平に活路を求めた政治謀略/日の目を見なかった政治謀略/中野出身者の活動/六條公館の活動消滅

南方戦線での活動 208

南方戦線の状況/南機関による対ビルマ謀略/「F機関」などによる対インド謀略/蘭印

での中野出身者の活動/豪北での中野出身者の活動/失敗した少数民族工作/人間愛を貫いた中野出身者の活動

本土決戦 223

沖縄戦と中野出身者の活動/義烈空挺隊と中野出身者/終戦をめぐる工作

第8章 中野学校を等身大に評価する 231

「替わらざる武官」とは何か 231

過大評価が生み出す悪弊/中野学校の創設がもう少し早ければ?/「替わらざる武官」とは何か/国家としての政戦略がなかった

中野学校への誤解を排斥する 244

秘密戦の誤解を解く/根拠不明な謀略説を排除する/情報学校は中野学校の相似形ではない/謙虚にして敬愛心を持つ

インテリジェンス・リテラシーの向上を目指して 255

秘密戦の研究は排除しない/批判的思考で発信者の意図を推測する/インテリジェンス・サイクルを確立する/愛国心を涵養する/新時代の人材育成のあり方

おわりに 265

主要参考文献 270

以上、エンリケ様の熱のこもった紹介記事です。どうもありがとうございました。

『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』の読後感

慶應大学教授、廣瀬陽子氏の『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』を読みました。壮大な「グランドストラテジー」の下で、ち密なロシアのハイブリッド戦略を解説する良書です。今、我々が直面しているサイバー脅威や情報戦に立ち向かうための「インテリジェンス・リテラシー」を高めるために、是非とも手に取っていただきたい著書です。

平易な文章で分かりやすく書かれているので1日か2日で読破できます。

 本作は「プロローグ」と「エピローグ」が秀逸です。「プロローグ」では本書の全般紹介のほか、最近、〝謎の人物〟として話題になっている、エフゲニー・プリゴジン氏について書かれています。彼は2016年の米大統領選挙でスティーブ・バノン氏などとともに、よく耳にするようになった人物です。

 同大統領選挙では、ロシアによるトランプ氏支持のためのサイバー攻撃(ロシアゲート)が注目されました。そこでは、「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」、​「コンコルド・マネージメント&コンサルティング」、「コンコルド・ケータリング」などの得体のしれない会社が暗躍しました。これらを裏で操っていた人物がプリゴジン氏です。

 彼は「プーチンのシェフ」と呼ばれ、最初にレストランと仕出しビジネスを立ち上げたのですが、本書でより詳しい彼の経歴を知ることができました。

 詳細は割愛しますが、9年間も刑務所につながれていたような不良人物がクレムリンとの人脈を築き、プーチンに近づき、裏社会のボスに一挙に上り詰めます。いったいどのような手口だったのか、皆さんも興味があるのではないかと思います。そのきっかけの一つががロシアのハイブリッド戦争を現場で支えた民間軍事会社(PMC)の「ワグネル」社(2014年設立)の経営関与です。そこに現代ロシアの裏側を見る〝わくわく感〟を覚えました。

 彼は本書の随所で登場しますので、本書を小説のような感覚で一挙に読むことができました。まさに、プリゴジン氏が本書の「シェフ」として、絶妙な味付けをしています。

 エピローグでは、世界を席巻しているパンデミック禍の中での「ロシアの下心」について描かれています。むろんエビローグなので全章のまとめとなります。

 著者はロシアがコロナ禍の中で積極的な支援外交を展開したことに言及され、欧米がこの支援外交を「ハイブリッド戦争」と警戒していることを紹介されています。著者は、この支援外交が「ハイブリッド戦争」だとは言えないものの、それほどロシアの「ハイブリット戦争」が世界から注目されていることの証左であるとの見解を述べられています。

 そのことを踏まえ、ロシアのハイブリッド戦争の効果について総合評価されています。ハイブリッド戦争は目に見えない部分が多く、それぞれの戦術・戦法の関連性が不明であり、因果関係が複雑なので、評価は容易ではありません。非常に困難である評価を敢えて行われたことに敬意を表します。

 その評価も客観的で納得できるものでした。評価自体は割愛しますが、①エストニアへのサイバー攻撃、②ジョージアへのハイブリッド戦、③ウクライナでのクリミア侵攻、④米国大統領選挙の関与、⑤シリア介入について、の5つの事例を取り上げ、各々を「成功と失敗」の両面から分析し、部分評価を下し、そのうえで総合的な評価を下されています。非常に読み答えがあります。

 また、世界が「ハイブリッド戦」にどのように対抗すべきかを、『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』の著者であるジム・スキアット氏の解決案を紹介しつつ、筆者自身の見解を提示されています。なお、私は現在この本も読書中です。

 最後は、わが国がどうすべきかということで締めとなっていますが、本来は行われるはずであった東京オリンピックに対するロシアのサイバー攻撃の計画があっことを改めて取り上げ、我が国の危機意識の欠如を指摘されています。一方で、今日の日本政府の取り組みに対する肯定評価もされています。このあたり、〝期待値も含めて〟といったところでしょうか。

 以上のようにプロローグとエピローグを読むだけでも大変勉強になりますが、やはりロシア研究の一人者としてオーソドックスな分析手法に大いに感服しました。第1章とは第2章は、ハイブリッド戦争の全体像の解説と、そのなかでも主流というべきサイバー戦(宣伝戦・情報戦)の解説なので、さらりと読ませていただくとして、やはり第3章の「ロシア外交のバックボーン」が本書の最大のキモであると思います。

 ロシア研究の第一人者である著者が、地政学の見地から、プーチン氏の「グランド・ストラテジー」を描き出し、これを踏まえて、ロシアにとっての勢力圏に対する外交アプローチ、ロシアが米国に対してどのようなことを狙っているのかなどを解説されています。2016年の大統領選挙や昨年の大統領選挙にまで、なぜロシアが国家的介入を行ったのか、「なるほど。う~ん」と唸らされる思いです。

 続く、第4章ではロシアの地域戦略、つまり重点領域を明らかにし、さらにロシアの戦略・戦術を多角的に展開しています。第5章では、アフリカをハイブリッド戦争の最前線であるとして、一転して焦点を絞った分析が行われています。ここに本書のメリハリが存分に発揮され、魅了されながら読書を進めることができました。

 著者も述べられているように、私も「最近のアフリカといえば、中国の進出が顕著というイメージ」を持っていましたので、ロシアが地政学の視点から巧みなアフリカアプローチを展開している状況は大変勉強になりました。

 著者によれば、ロシアは権威主義政権による「国内の抑圧」などに対する支援(「グレーゾーン」に対する「安全保障の輸出」)はPMCを使って国際批判をかわし、軍事分野での進出を筆頭に、経済分野よりも政治分野の方を優先させるとあります。この点は、中国とはやや異なる点であると興味を持ちました。

 私は若干、中国について研究していますので、ついつい中国とロシアを比較してしまいます。著者は、「ロシアは火種のないところに炎上を起こさせる力はないとされる一方、火種を見つけ、それつけこんで炎上させることに長けており、その際、ハイブリッド戦争的な手法はきわめて有効に機能してきた」と述べられています。ここにロシアのやり口が凝縮しているように思えます。

 一方、私に言わせれば「中国は火のないところに煙を立てる。これは「無中生有」という「兵法三十六計」の一つである。やり方である。それが国際社会に対する反中感情を引き起こしている」と感じています。

 これらに最近の両国の力の差を感じるととともに、中国は舌戦によって「喚く」、ロシアは裏でひっそりと「○殺」するといった、歴史文化の違いがあるのだと言ったら、少し言い過ぎでしょうか。

 最後になりましたが、著者には個人的にも意見交換などさせていただきおり、ますますのご発展を祈念申し上げます。