インテリジェンス思考術(第13回)

影響要因とは何か

前回は、「枠組みとは何か」を説明しました。今回は、その枠組みの中から、どのように影響要因を抽出するのかを見ていきます。

改めて、次の問いを考えてみましょう。

問い:
あの商品は、なぜ売れているのか。

この問いに対して、いきなり影響要因を並べるのではなく、まず分析の範囲、すなわち枠組みを定めます。

たとえば、3CやPESTといったフレームワークを使うと、次のような枠組みが考えられます。

  • 価格に関する枠組み
  • 商品特性に関する枠組み
  • 生産・供給に関する枠組み
  • 購買者に関する枠組み
  • 原材料や調達条件に関する枠組み

これらは、「何を見るか」を決めるための区切りです。この段階では、まだ結論を出しません。

次に、それぞれの枠組みの中から、実際に売れ行きに影響を与えている要素を取り出します。

たとえば、

  • 価格の枠組みからは
    → 価格
  • 商品特性の枠組みからは
    → 商品形状、機能構成
  • 生産・供給の枠組みからは
    → 生産規模、販売チャネル

といった影響要因が抽出されます。

このように、枠組みで分析の範囲を定め、その中から影響要因という焦点を絞り込むことで、分析は初めて整理された形になります。

枠組みの中には、状況に影響を与えている要素がいくつも含まれます。現状分析では、これらを影響要因と呼びます。枠組みが分析の範囲を定める「箱」だとすれば、影響要因は、その中に含まれる個々の要素です。

  1. 価格
  2. 商品形状
  3. 機能構成
  4. 生産規模
  5. 販売チャネル

これらはいずれも、判断や評価を含まない中立な要素です。ここで言う判断とは「低価格」、「高価格」といった評価語を指します。影響要因は未来予測ではドライバーとなる可能性があります。その段階で評価を含めると、未来の選択肢を嵌めてしまいます。

■枠組みや影響要因の数について

枠組みの数は、判断や情報収集に使うことを前提にすると、概ね5つから6つ程度が適当です。

これ以上多いと、情報収集の対象が広がりすぎ、分析の焦点がぼやけます。

逆に少なすぎると、問いに答えるために必要な視点が欠けてしまいます。

枠組みを適切な数に絞ることで、「何を集めるのか」と同時に「何を集めないのか」が明確になります。
その結果、情報収集と分析の両方を制御できるようになります。

枠組みや影響要因の数については、理論よりも実践感覚を優先すべきだと考えています。

私自身の情報分析官としての経験では、枠組みの数は5つから6つ程度が、最も扱いやすいと感じています。

これ以上多くなると、情報収集の対象が拡散し、どこに分析の力点を置くのかが分からなくなります。

同様に、各枠組みの中に含める影響要因も、無制限に列挙すべきではありません。

最初に洗い出す段階では、影響要因が多くなっても構いません。
しかし最終的には、各枠組みにつき3から5程度に絞るのが現実的です。

これは、重要でない要因を切り捨てるためではありません。判断に使える形に整理するためです。影響要因を絞り込む過程そのものが、分析の一部になります。

人は放っておくと、可能性を広げることばかりに力を使い、まとめる作業を後回しにしがちです。

枠組みや影響要因の数をあらかじめ制限するのは、思考を縛るためではなく、
思考を前に進めるための工夫だといえます。

支配要因とは何か

影響要因は、すべてが同じ重さを持つわけではありません。

その中で、現在の結果を最も強く左右しているものを、支配要因と呼びます。

この事例では、現時点での支配要因として、たとえば価格を挙げることができます。

価格は、顧客の購入判断に直結し、競合との差を一目で生み、他の要因の評価にも影響を与えています。

今回はここまで

今回は、影響要因とは何か、支配要因とは何かを整理しました。

影響要因は、未来を考える段階ではドライバーになります。
特に支配要因は、複数のシナリオを立てる際の分岐点になります。

まだ、この点を具体的に理解する必要はありません。今の段階では、言葉と位置づけを押さえておけば十分です。

次回以降は、枠組みをどのように設定するのか、影響要因の抽出や支配要因の特定を、どのような考え方と手順で行うのかを扱います。

インテリジェンス思考術(第12回)

■問いの次に来る「枠組み」とは何か

昨年のニュースレターでは、「問い」を扱ってきました。問いは、情報収集の前段階に置かれますが、実は分析そのものでもあります。

問いを立てた後、インテリジェンスは次の工程へ進みます。

問いの設定
→ 枠組みの設定
→ 情報の収集
→ 情報の分析とインテリジェンスの作成
→ インテリジェンスの提供

今回は、このうち枠組みを扱います。

■枠組みはフレームワークではない

ここで言う枠組みは、3C(顧客、競合、自社)やPEST(政治、経済、社会、技術)といった、既存の分析フレームワークそのものではありません。

フレームワークは、問いに答えるために、「何を見るべきか」を広く確認し、思考の抜けや偏りを防ぐために使います。

一方、枠組みは、分析や判断の対象を、どこまでに限定するかを決めるものです。

枠組みは、投網のようなものだと考えると分かりやすいでしょう。網を投げた範囲の魚は取れますが、網の外にいる魚は、最初から取れません。

同じように、枠組みを定めると、その中にある情報は集めますが、枠組みの外にある情報は、意図的に排除します。

枠組みの設定とは、「何を見るか」を決めると同時に、「何を見ないか」を決める作業です。

■フレームワークを使うと、枠組みが見えてくる

枠組みは、最初から与えられるものではありません。問いを立て、フレームワークを使って考える中で浮かび上がってきます。

たとえば、次の問いを考えてみます。

問い:あの商品は、なぜ売れているのか。

この問いに対して、3Cを使えば、自社・競合・顧客という三つの視点から、
さまざまな要素が挙がります。

自社を見れば、宣伝投下や大量生産といった要素が出てきます。

競合を見れば、他にない商品、価格の安さといった点が浮かびます。

顧客を見れば、安価であること、便利さ、形状の使いやすさといった評価が見えてきます。

この段階では、論点は散らばっています。むしろ、この「散らばり」を一度つくることが重要です。

■フレームワークを横断して残るものが枠組みになる

ここで重要なのは、出てきた要素をそのまま並べ続けることではありません。

判断に使うためには、それらを整理し直す必要があります。そこで要素を整理すると、いくつかの共通した方向性が見えてきます。

価格に関わる話。商品そのものの特徴に関わる話。生産や供給の条件に関わる話。

この時点で、自社・競合・顧客という区分は消えています。

3Cというフレームワークを使って問いを分解した結果、フレームワークを横断して残った論点が、枠組みになります。

■枠組みはいくつかのフレームワークを使って規定する

既存の分析フレームワークには、3CやPESTのほか、PESTに法的規制(L)や環境(E)を加えたPESTLE、さらにDIME(外交・情報・軍事・経済)など、さまざまなものがあります。

これらは、すでに述べたとおり、問いを取り巻く周辺情報を網羅的に確認するための道具です。そのため、フレームワークをそのまま用いると、扱う論点は必然的に多くなります。

それぞれのフレームワークは、複数のサブカテゴリーで構成されています。
たとえば政治であれば、国際政治、法規制、法改正、行政環境が含まれます。
経済であれば、経済システム、景気、賃金動向、株価、為替、金利、消費動向、雇用情勢、経済成長率などが並びます。

ここで重要なのは、これらをすべて同じ重さで扱ったままでは、判断に使えないという点です。
論点が多すぎると、どこから情報を集め、どこに分析の力点を置くのかが定まりません。

そこで、フレームワークを使って出てきた論点を、判断に使うために整理し直す必要があります。
具体的には、抽象度を一段上げ、内容が近いものを同類項としてまとめ、分析の焦点となる論点だけに絞り込みます。

このようにして定められるのが、枠組みです。

■今回はここまで

今回は、問いの次に来る「枠組み」について整理しました。

次回は、影響要因、支配要因、ドライバーとは何か、さらに枠組みや影響要因の数をどう考えるかを扱います。

インテリジェンス思考術(第11回)

■問いは準備であり、分析である

インテリジェンスは、次の流れで生産されます。

問いの設定→ 枠組みの設定→ 情報の収集→ 情報の分析とインテリジェンスの作成
→ インテリジェンスの配布

この順序は、国家インテリジェンスでも、企業の意思決定でも変わりません。

この中で、問いの設定は情報収集の前段階に置かれます。そのため、問いはしばしば「準備作業」と見なされます。しかし、問いの設定は準備であると同時に、すでに分析そのものです。

問いを立てるとは、構造を考えることである

良い問いは、思いつきでは出てきません。問いを立てるためには、現状がどのような構造で成り立っているかを考える必要があります。

たとえば、「この事業はなぜ伸び悩んでいるのか」という問いを立てるには、

需要なのか。
供給なのか。
価格なのか。
競争環境なのか。
内部の運営体制なのか。

どこに問題がありそうかを、頭の中で分解します。この分解の時点で、分析はすでに始まっています。

問いは未来を考える入口でもある

問いは、現在だけでなく未来にも関わります。「この状況は続くのか」「どの条件が変われば状況は動くのか」

こうした問いを立てるためには、何が固定され、何が変わり得るのかを考えなければなりません。

問いを並べ、問いを比べることで、将来に影響しそうな要素が浮かび上がります。
問いは、未来予測の前段階にある分析でもあります。

問いの設定技法は、分析技法の中核である

問いは、情報収集の指示書になります。どの情報を集め、どの情報を集めないかを決めるからです。

同時に、問いの質は、その後に用いる枠組みの選び方、分析の視点、判断材料の置き方を左右します。

問いが曖昧であれば、集まる情報は散漫になります。問いがずれていれば、
分析が精緻でも、判断には使えません。

この意味で、問いの設定技法は、情報分析の技法の中核に位置します。

これまで扱ってきた「問い」

今年の連載では、問いについて次の点を扱ってきました。

・問いとは、使用者の判断を想定して立てるものであること
・戦略の問いと、それを支える情報の問いがあること
・問いには、現在と未来、クローズドとオープンの組み合わせがあること
・一つの象限に偏ると、判断に必要な情報が欠けること
・最初に立てた問いは、そのままでは不十分なことが多いこと
・問いは、問い直し、組み替えることで初めて焦点が定まること
・視点を変えることで、同じ事象でも別の問いが立ち上がること

これらはすべて、問いを「正しく立てる」ための技法であり、同時に、分析を深めるための技法です。

まとめと来年の予告

問いの設定は、インテリジェンス・サイクルでは情報収集の前に置かれます。
しかし、問いを立てること自体が、現状の構造を理解し、変化の可能性を探る分析です。

良い問いが立っていれば、情報収集と分析の方向は、すでに定まっています。
インテリジェンスの質は、問いの段階で決まります。

来年は、ここで立てた問いを、どのように枠組みに落とし込み、分析へと進めていくのかを扱います。

問いの次の工程について、具体的に見ていきます。

インテリジェンス思考術(第10回)

物事を見る目

問いを再設定するときは、最初に立てた問いを別の角度から見直します。視点には、相手から見る視点、常識への反対方向から見る視点、組織と個人の視点など、いくつもの向きがあります。

物事の特徴をつかむための視点として「三つの目」がよく紹介されます。空から全体を見る「鳥の目」、細部を集中的に見る「虫の目」、流れをとらえる「魚の目」です。

初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は、グリコ・森永事件に触れ、「公安警察は国際情勢を踏まえた大局的な鳥の目で捜査し、刑事警察は聞き込みなど虫の目で捜査する。この両方がそろってこそ成果が出る」と語りました。

私が講義をした際、受講者から「もうひとつの目があります」と教えられたのが「蝙蝠の目」です。地図を逆さに見るように、相手の立場に身を置いて考える視点です。人は無意識に自分の視点で物事を解釈します。この傾向は「ミラーイメージング(鏡像効果)」と呼ばれますが、蝙蝠の目はそれを抑える役割を果たします。「他国の靴を履く」とも言います。

さらに「トンボの目」も挙げられます。複眼のように複数の視点を組み合わせる考え方です。

三つの目を使った問いの置き換え

問いを再設定するときも、この三つの目を使います。たとえば外食産業で「支店の売り上げが落ちているのはなぜか」という問いを立てたとします。これを次のように置き換えられます。

①虫の目
・どのメニューの売れ行きが下がっているのか。
・どの時間帯と関係しているのか。

②鳥の目
・外食需要は全国的に下がっているのか。
・もし下がっているなら、要因は何か。

③魚の目
・売上の低下は最近なのか。
・消費者ニーズは過去数年でどう変わったか。
・原材料価格はどう推移してきたか。

深さ(虫)、広さ(鳥)、流れ(魚)を意識すると、問いの立て方が変わります。

問いの再設定(Issue Redefinition)の手法

米情報機関の分析マニュアルには、問いを組み替える具体的な手順が紹介されています。拙著『戦略的インテリジェンス入門』でも触れた例を挙げます。

当初の問い:中国はイランに弾道ミサイルを売っているのか?

・いい換え:イランは中国から弾道ミサイルを買っているのか?
・180度回転:中国はイランから弾道ミサイルを買っているのか?
・焦点の拡大:両国に戦略的協調関係はあるのか?
・焦点の集約:中国はどの種類のミサイルを売っているのか?
・焦点の変換:イランはなぜ中国製ミサイルを欲しがるのか?支払いはどう行っているのか?

「なぜなぜ分析」による問いの深掘り

米情報機関は、問いを再設定する手法として「なぜを重ねる」分析も紹介しています。以下は、その要点を私が整理し直したものです。

最初の問い:中国はなぜイランにミサイルを売却するのか?
 → イランに影響力を及ぼしたいから
それはなぜか?
 → 湾岸地域における米国の権益を弱めたいから
それはなぜか?
 → 米国がアジアに集中する力を減らしたいから
それはなぜか?
 → 台湾統一を見すえ、アジアで自由に行動したいから

最終的な問い:
中国は台湾正面への大戦略の一環として、中東に軍装備を広げているのだろうか?

現在の事象を扱う分析では、「なぜ(Why)」が水面下に隠れています。理由を追うことで、最初の問いでは見えなかった構造が浮かび上がります。一方、未来に関する問いでは「なぜ」はまだ存在しません。未来の問いでは「どこへ向かうのか(where)」「何が起こりそうか(what)」「どのように進むか(how to)」を重視して考えます。

インテリジェンス思考術(第9回)

問いの再設定とは何か

問いは一度立てれば終わり、というものではありません。問いは立てた後にこそ、その意味を何度も確かめ直す必要があります。最初に設定した問いが、本当に知るべきことを捉えていないことは珍しくないからです。これはインテリジェンスの世界に限らず、ビジネスの現場でも同じです。

「最初の問いが浅い」「方向がずれている」――そうしたズレは、問いを再設定しないかぎり気づけません。そこで必要になるのが問いの再設定です。

なぜ問いを再設定するのか

問いを再設定する必要がある理由は、大きく二つあります。

  1. 最初に与えられた問いが、使用者(依頼者)が本当に知りたいこととズレている場合がある。
  2. 自分自身が立てた問いが、本来知るべきことを外している場合がある。

人はどうしても、最初に見えた問題をそのまま“問い”にしてしまいます。しかし、その問いが表面的であったり、思い込みに基づいていたりすることは多いのです。

問いを再設定するための3つの視点

私は、問いを再設定するとき、次の3つを必ず確認します。

  1. 「本当にそうか」
  2. 「そもそも、この問いが必要なのか」
  3. 「この問いは誰のためのものか」

これらの視点を、簡単な例で説明します。

「本当にそうか」

例:「商品Aが売れている理由は何か?」

ここで立ち止まり、「本当に知りたいのは“売れている理由”なのか?」と問い直します。
もしかすると知りたいのは、

  • Aだけでなくどんな商品が売れやすいのか
  • 市場全体がどう変化しているのか
    といった、より広い視点かもしれません。

最初の問いを疑うことで、思考の幅が広がります。

「そもそも、この問いは必要なのか」

同じ問いでも、「そもそも私はなぜAの売れている理由を知りたいのか?」と自問すると、

  • 単に気になっただけなのか
  • 新商品を開発するためなのか
  • 顧客の嗜好の変化を知りたいのか
    目的が変われば、必要な問いも変わります。

多くの場合、「そもそも」を探ることで新しい問いに気づきます。

「その問いは誰のためのものか」

インテリジェンスでは使用者(政策者)と生産者(分析官)の立場が明確です。
使用者が必要としていない問いをいくら深めても、意味がありません。

ビジネスも同じです。
作り手や販売側は「なぜ本が売れないのか」と考えがちですが、顧客の視点に切り替えれば、
「客はなぜこの本を買わないのか」という問いになります。

この視点の変化だけで、得られる答えは大きく変わります。

簡単なビジネス事例で見る「問いの再設定」

あなたは経営コンサルタントで、ある企業からこう依頼されたとします。

「新製品を開発したいので、今よく売れているものを調べてほしい」

最初の問いは「どんな商品が売れているのか」です。
しかし、ここで問いをそのまま受け取るのではなく、問いの再設定を行います。

ステップ①

依頼者が直面している「達成すべきこと」を考える。
→ 本当に必要なのは“新製品開発”なのか?

ステップ②

依頼者の本当の任務を探る。
→ 実は「売上を伸ばすこと」が核心であると気づく。

ステップ③

すると、元の問いが的外れだと分かる。
「新製品の調査」だけでは売上アップに直結しない。

ステップ④

そこで問いを再設定する。
「売上を伸ばすために、どんな企画があり得るか」

ステップ⑤

依頼者に確認する。
「知りたいのは“売れる新製品”ではなく、“売上アップの方法”ですね?」

ステップ⑥

依頼者は気づく。
「ああ、そうか。私が本当に知りたいのはそこだった。」

この瞬間、依頼者が必要としていた問いが立ち上がります。つまり、問いの再設定によって、初めて正しい仕事が始まります。

問いの再設定がもたらす効果

問いを再設定すると、

  • 問題の核心が見える
  • 思い込みから離れられる
  • 誰のための問いかが明確になる
  • 行動が的確になる

インテリジェンスでもビジネスでも、「正しい問い」を立てることが成果を決めます。そして、その問いは最初に立てたものではなく、問い直しによって得られるものです。

インテリジェンス思考術(第8回)

問いを設定する技法

インテリジェンスの生産者は最初に問いを設定します。その際にまず知っておくべきことは、問いの種類です。問いは「現在か未来か」と「YES/NOで答えられるかどうか」の二軸によって四つの象限に分かれます。ここでの「現在の問い」とは、過去から現在までの範囲を指し、すでに答えが存在する問いという意味です。

四つの問いは互いに関連しており、生産者(分析者)は、これらを自由に行き来しながら、使用者が本当に知りたいことを整理します。

この考え方を製造業の事例で説明します。ある幹部が「部品調達を国内メーカーに切り替えるべきか否か」を検討しています。これは「戦略の問い」であり、分析者は、その戦略判断に資するために「情報の問い」に分解し、調査の方向性を整えます。

四つの問いの使い分け(サプライチェーン事例)

現在 × クローズドクエスチョン

分析者はまず、自社の現状をYES/NOで確認します。この段階では、事実を確実に把握します。

  • 「わが社のコア部品の海外依存率は高いか」
  • 「依存が特定の国や企業に偏っているか」

これらの問いは現状を確認するためのもので、回答は調査によって把握できます。想像的思考力は必要ありません。

現在 × オープンクエスチョン

次に、現状に至った理由や構造を確認する問いに進みます。この象限の問いは、YES/NOでは答えられません。

  • 「海外依存率が高い理由は何か」
  • 「現在の国内供給網の弱点はどこにあるのか」
  • 「過去に国内メーカーが増産に踏み切った条件は何か」

ここでは、事実確認とともに一定の想像的思考力が必要になります。

未来 × クローズドクエスチョン

そのうえで、幹部がまず知りたい「未来のYES/NO」にあたる問いを扱います。結論に近い部分を押さえる段階です。

  • 「国内メーカーは今後、必要数量を安定供給できるのか」
  • 「現在の弱点が今後もリスクとして続くのか」
  • 「海外と国内の併用調達は可能か」

ここでの回答には想像的思考力が求められます。この問いへの考察が、戦略判断の方向性を形づくります。

未来 × オープンクエスチョン

最後に、未来の変化の幅や条件を確認する問いに進みます。この問いは将来の動きを理解するためのものです。

  • 「国内メーカーが増産に踏み切る条件は何か」
  • 「価格は今後どの要因で変動するのか」
  • 「どの工程を国内に戻す必要があるのか」

ここで求められるのは、より高度な想像的思考力です。

以上の四つの問いを縦横無尽に行き来することで、使用者の「部品調達を国内メーカーに切り替えるべきか否か」という戦略の問いを支えることができます。

四つの問いには、「どこから調査を始めるべきか」という決まりはありません。しかし、一つの象限の問いに偏ると視野が狭まり、判断に必要な材料が集まりません。四つの問いを行き来することで、

  • 「何が分かっていて」
  • 「何が分かっていなくて」
  • 「未来のどこに幅があり」
  • 「どの条件が結果を変えるのか」

が整理され、使用者が本当に知りたい問いに近づくことができます。

クローズドに偏る危険性

イラク戦争では、情報機関は「イラクのサダム・フセインは化学兵器を保有しているか?」というクローズドクエスチョンに支配されました。その結果、「フセインは化学兵器を持っている」という思い込みが強まり、その前提を支持する情報ばかりを集めました。これは確証バイアスです。

さらに、当時の使用者であったブッシュ大統領やパウエル国務長官は、フセイン打倒という政治的目的に引きずられており、これに忖度する形でインテリジェンスの政治化や権威バイアスが生じました。

このような失敗を避けるためには、クローズドクエスチョンに囚われず、視野を広げてオープンクエスチョンに転換する努力が必要です。

CIAテロ対策センター元副部長フィリップ・マッド氏は、「はい/いいえで答えられる問いは、複雑な問題には向かない」と述べています。マッド氏は、使用者が分析者に結論を断定させようとする圧力を「確実性バイアス」と呼んでいます。このバイアスが働くと、分析者はYES/NO形式の問いばかりに引きずられ、必要な視点を見落とします。

企業の意思決定の現場でも同じです。

  • 「国内調達は可能なのか」
  • 「価格は下がるのか」

このような問いに固執すると、判断に必要な背景や条件が集まらず、誤った結論につながります。分析者は、クローズドクエスチョンに偏らず、オープンクエスチョンを併用することで、幅のある情報を確保する必要があります。

まとめ

四つの問いは、分析者が戦略の問いを情報の問いへ分解する際の有効な指針となります。現在の事実、現在の構造、未来の可否、未来の条件を順番に確認することで、意思決定に必要な情報が揃います。

四象限を行き来することで、使用者が本当に知りたいことが明らかになります。分析者は、フィリップ・マッド氏の指摘を踏まえ、YES/NOの問いに縛られず、幅のある問いを設定することで、より確かな判断材料を提供できます。

インテリジェンス思考術(第7回)

■「問いの設定」とは何か

前回のニュースレターでは、インテリジェンス・サイクルの基本を短く紹介しました。国家レベルでは、使用者(政策決定者)が情報要求を出し、情報組織がその要求に基づいて情報を集め、分析し、最終的にインテリジェンスとして使用者へ渡すという流れになっています。

しかし、このサイクルは理想形です。個々の分析官がその流れを待っているだけでは、質の高いインテリジェンスは作れません。分析官は、使用者がどのような判断を迫られているか、どの情報を必要としているかを洞察する必要があります。
この「相手の立場に立って情報要求を読み取る作業」が、「問い」の設定です。

ビジネスの現場では、インテリジェンス・サイクルは確立されておらず、経営層から明確な情報要求が出されないことが多いと思われます。そこで、自ら問いを立て、経営判断に役立つインテリジェンスをつくり、相手に“売り込む”必要があります。だからこそ、問いの設定の技術が重要になります。

問いの設定とはなぜ必要か

ビジネスには戦略が必要です。戦略をつくるには知識が必要です。しかし、何でも知ろうとすると、戦略に必要のない情報まで集まってしまいます。そこで、最初に「何を知るべきか」をはっきりさせる必要があります。

この「知るべきこと」を決める作業が問いの設定です。問いの設定は、情報を集めるときの出発点であり、分析の方向を決める最も重要な過程です。問いが決まれば、余計な情報に惑わされず、必要な情報だけに集中できます。筆者は昔、ある国の情報分析官から「分析の成功の七割は問いの設定で決まる」と聞いたことがあります。

この考え方は、安全保障だけでなく、経営や研究にも当てはまります。ドラッカーは「大きな失敗は、間違った答えではなく、間違った問いに答えることだ」と述べました。情報学者の上野千鶴子氏も、「良い問いが立てば研究はほぼ成功したようなものだ」と言っています。

問いには戦略の問いと情報の問いがある

インテリジェンスは戦略判断を支えるためにあります。したがって、問いは戦略判断と直接つながっていなければなりません。

たとえば、あなたがある企業に就職したいと考えるなら、「その企業に入るために何を準備するのか」「いつまでに準備するのか」という戦略の問いが生まれます。しかし、この戦略は思いつきでは意味がありません。戦略を実行するには、その前に必要な事実をそろえる必要があります。そこで、戦略の問いを具体的な情報の問いに分けます。

その企業のビジョンは何か。どんな人材を求めているのか。どの部署を強化しているのか。どのような能力を評価しているのか――これらが情報の問いです。これらの事実を知らなければ、どんな準備をすべきかという戦略の問いに答えることができません。

このように、問いには二つの段階があります。最初に「何を、なぜ、どうするのか」という戦略の問いを立てます。次に、その戦略を実行するために必要な事実を明らかにする情報の問いを設定します。

情報の問いは、自社、競争相手、周囲の環境という三つの視点からつくります。就職でいえば、企業の方針(環境)、競争相手となる他の応募者(相手)、そして自分が備えている能力(自社)の三つです。

この三つの視点をそろえれば、戦略の問いに答えるための情報が集まります。

問いに備えるべき要件

問いには次の三つの要件があります。

有用性(その問いは使用者に役立つか)

有用性とは、その問いが使用者の判断に役立つかどうかです。
問いが役に立たなければ、どれほど丁寧に情報を集めても戦略は正しい方向に向かいません。

例として、戦略の問いが「中国に販売店を出すべきか」であるとします。この問いに答えるために、南アフリカの政治情勢を調べる必要はありません。理屈をつければ関連はあるかもしれませんが、通常は判断に直接つながりません。

販売店を出すなら、中国の政治情勢、対外政策、競合他社の進出状況など、知るべきことは多くあります。ここで問題は、どこから調べるかです。

たとえば、「中国の市場規模はどの程度か」という問いを情報の問いとして設定したとします。ここで重要なのは、「なぜ市場規模を知る必要があるのか」
そして、「市場規模を知ったら何が変わるのか」 という視点です。

市場規模は、ビジネスが成立するかどうかを判断する材料になります。もし市場が小さければ、どれほど競争環境が良くても利益が出ません。逆に市場が大きければ、リスクを取っても進出する価値があります。

つまり、問いの理由を明確にすることで、その問いが本当に役立つかどうかを検証できます。この検証こそが、有用性の判断です。

可能性(答えられる問いであるか)

問いは、自分が情報を集め、自分が分析して答えを出せるものでなければ意味がありません。ここで言う「答える」とは、本に書いてあることや、人に聞けば分かることではありません。自分の判断として結論を出せるという意味です。

たとえば、「次のパンデミックはいつ起きるか」という問いは誰も答えられません。同じように、「首都直下地震は起きるのか」という問いも専門家ですら断定できません。こうした問いは、自分がどれだけ努力しても答えにたどりつけないため、問いとして適切ではありません。

しかし、これらの問いを「自分でも答えられる問い」に置き換えることはできます。

たとえば、飲食業に関わる人であれば、
「2020年に起きた規模の感染症が再び発生した場合、客足はどこまで落ちるか」
という問いに変えれば、過去のデータを使って自分で分析できます。

地震についても同じです。
「首都圏で交通が3日止まった場合、各店舗の在庫はどこまで持つか」
という問いにすれば、物流データや過去の災害記録を基に自分で答えを出せます。

このように、答えられない問いは、前提条件を明確にすることで「自分で分析できる問い」に変えることができます。問いの可能性とは、この“問いの変換ができているかどうか”を指します。

重要性・緊急性(二つの軸を総合して、知るべき問いを決める)

問いの価値は、重要性と緊急性の二つの軸で決まります。状況の変化によって、この二つの軸は大きく動きます。そのため、どの問いに時間を使うべきかは、常に総合的に判断しなければなりません。

たとえば、あなたの会社が家電の新製品を計画しているとします。会社は顧客から高い信頼を得ており、性能にも強みがあります。この段階では次の問いが中心になります。

「市場の需要はどの方向に動いているのか」
「顧客はどの機能を求めているのか」

これらは重要です。ただし、急いで答えを出す必要はありません。

競合の動きも気になりますが、そこで「競合は将来どんな製品を出すのか」という問いを設定します。ただし、当初は自社との実力差が明確であり、大きな脅威ではありません。このため、この問いは重要ではあっても、最初の段階では顧客情報よりも優先度が低く、緊急でもありません。

ところが、状況が変われば、この二つの軸の重みも変わります。たとえば、
競合同士が合併し、技術を統合して半年後に新製品を出す可能性が高い
という情報が入ったとします。

この一報によって、これまで優先度が低かった競合の問いは、重要性と緊急性の両方が急に高くなる ことがあります。

すると、次の問いが最優先になります。

統合した競合の技術力はどこまで強化されるのか」

「自社との性能差はどこに生まれるのか」

「発売までに自社が調整できる点はどこか」

このように、問いの重要性と緊急性は固定されたものではありません。状況によって変化します。大切なのは、どちらか一方だけを見るのではなく、重要性と緊急性の両方を総合して、今の判断に最も役立つ問いを選ぶことです。

まとめ

良いインテリジェンスは、良い問いから生まれます。問いをつくることは、情報を集めることより難しい場合があります。しかし、その問いが正しく立てば、分析の道筋が見え、判断の精度が一気に高まります。

ビジネスでも安全保障でも、答えより先に問いをつくることが、最も価値のある作業です。問いこそが全ての出発点であり、終着点であるのです。

インテリジェンス思考術(第6回)

インテリジェンス・サイクルとは何か

国家安全保障の業務では、情報を集めて分析し、意思決定者に提供する一連の作業があります。この作業を「インテリジェンス・サイクル」と呼びます。米国CIAは次の55つの段階に整理しています。

  1. 計画・指示(Planning & Direction)
    使用者が求める内容を受け、どの情報が必要かを決め、収集計画を作る。
  2. 収集(Collection)
    計画に沿って、担当機関が国内外の情報源から情報を集める。通信傍受や偵察衛星もここに含まれる。
  3. 処理(Processing)
    集めた情報を読める形に整理し、必要な項目ごとに分類する。
  4. 分析・作成(Analysis & Production)
    整理された情報を基に、判断に役立つ内容へと加工し、インテリジェンスを作成する。
  5. 配布(Dissemination)
    作成したインテリジェンスを、口頭・文書・デジタルなどの形で使用者に届ける。

国家の情報機関でも、企業のインテリジェンス部門でも、この基本的な流れは変わりません。要点を簡潔にまとめれば次の4つです。

  1. 知るべきことを選ぶ。
  2. 情報を集める。
  3. 集めた情報からインテリジェンスを作る。
  4. 作ったインテリジェンスを使用者に届ける。

「鶏と卵」の問題

インテリジェンスの成否は、どれだけ多くの情報を持っているかではなく、「何を知るべきか」を正しく選べるかで決まります。イギリスの哲学者アイザイア・バーリンは『ハリネズミと狐』で「狐は多くを知るが、ハリネズミは大事なことを一つ知る」と書きました。情報要求を設定する場面では、大事な一点を見抜くハリネズミの姿勢が求められます。一方、分析や予測では、多くの要素を把握する狐の姿勢も必要です。

国家安全保障の理論では、使用者が「何を知りたいか」を示し、それを「情報要求(Intelligence Requirement)」と呼びます。しかし現場では、使用者が情報要求を出さないために作業が進まない、という問題が繰り返し起きます。使用者が要求を出さなければ、生産者は情報を集められず、インテリジェンスを作れません。

一方、使用者側も「何を知るべきか」がわからないので要求を発出できません。インテリジェンスがないため、状況の深刻さも読み取れないのです。この状態が「鶏と卵」の問題です。

生産者に求められる積極性

冷戦期の欧米の情報機関は、明確な対象(共産圏)があり、情報要求がなくても、共産圏の動きを追っていれば機能しました。しかし冷戦後は脅威が多様化し、使用者の要望だけでは対応できなくなりました。

そこで、アメリカの有名なファンドの創設者ブルース・バーコウィッツは『情報機関を立て直すには』で次のように述べています。
「インテリジェンス担当者は、積極的に使用者のところへ行き、相手を知り、自分の作ったプロダクトを売り込むくらいでなければならない」

インテリジェンスの生産者と使用者の距離感は一定ではありません。アメリカの情報機関は、政策に迎合しないために、政策判断の領域には踏み込みません。しかしイスラエルの情報機関は、大統領への報告時に政策の選択肢まで提示するとされます。

企業の場合はさらに違います。国家のような組織構造がなく、使用者と生産者の境界がはっきりしません。経営陣が具体的な指示を出さないまま、担当者に問題の整理から解決策までを求める場面も多くあります。

知るべきことを明確にする

何を知るべきかを明確にすることは、国家でも企業でも重要なことです。少し、簡略化して説明します。

例えば、首相が「台湾有事に備えて南西諸島の防衛力を強化すべきか」を検討するとします。この場合、情報機関が最初に評価すべきは中国軍と台湾軍の能力です。極東ロシア軍の動きは、判断の優先度が高いとは言えません。使用者が取り組もうとしている判断を明確にし、その判断に必要な情報を選ぶことが出発点になります。

企業でも、外食企業が「新商品の市場シェアを伸ばしたい」と考えているなら、担当者がまず調べるべきは顧客の嗜好です。競合の社内事情よりも、市場の動きに直結する情報が優先されます。

問いを多角的に見直す

最初の問いが正しいとは限りません。判断を左右する要因は、一つの領域に限られないからです。

外食企業の例でも、新商品の市場シェアを巡る主要な競争相手が同業他社とは限りません。ある企業では、新商品の市場シェアを奪っていたのは外食企業ではなく、コンビニエンスストアが売るレトルト食品でした。消費者が「自宅で簡単に食べたい」と考える場面では、外食と小売の境界は消えます。

このような場合、担当者は、最初の問い「競合他社の動きを調べるべきか」を見直し、

「消費者が代わりに選ぶ食品は何か」

「その食品を扱う企業の戦略はどう変わっているか」

という異なる角度から問いを立て直す必要があります。

問いを多角的に見直す作業がなければ、使用者が気づかない領域で競争が進んでしまいます。

問いを提案するという役割

このように、担当者は「知るべきこと」をただ確認するだけでは役割を果たせません。使用者が示した最初の方向性を踏まえつつ、状況を広く見渡し、必要だと思う問いを使用者に提案する姿勢が求められます。

担当者は、経営層に次のように働きかけます。「いま検討している判断事項は、こういう要因でも変わる可能性があります」「この判断には、こちら側の情報も必要になると思います」

これは、単に“伺いを立てる”のではなく、使用者の考えを整理し、判断に必要な問いへと翻訳する作業です。

使用者が自ら情報要求を出さない企業の環境では、この“問いの翻訳”こそがインテリジェンス担当者の重要な役割になります。

インテリジェンス思考術(第5回)

守りのインテリジェンス ― 地政学リスクと企業経営

先週のニュースレターでは、ビジネス・インテリジェンスと競合インテリジェンスの関係を取り上げました。
今回はその対になる「守りのインテリジェンス」について考えてみたいと思います。

「脅威インテリジェンス」とは

まず、脅威インテリジェンスです。
この「スレット・インテリジェンス(Threat Intelligence)」という言葉は、主にサイバーセキュリティ分野で使われています。もともとはセキュリティ業界の専門用語だと言えるでしょう。

攻撃を受けた際に残るマルウェアのファイル名、通信元のIPアドレス、URL、ハッシュ値など――いわゆる侵害指標(IoC:Indicator of Compromise)を分析し、攻撃者の正体を突き止める。その成果物そのものが脅威インテリジェンスと呼ばれます。

ただし「脅威」は、意図 × 能力 × 戦略環境(機会)で定義されます。
つまり脅威インテリジェンスを字義通りに解釈すれば、相手がどんな意図と力を持ち、どのような環境で行動しているかを分析し、その全体像を明らかにする知的活動ということになります。

今日では、国家がサイバー空間を通じてスパイ活動を行い、技術情報を狙う時代です。
平時の企業諜報から戦時のインフラ破壊まで、脅威の範囲は拡大しています。
もはやセキュリティ部門だけの問題ではなく、経営そのものが脅威にさらされる時代に入っています。
脅威インテリジェンスをより広い視野で捉え直す必要があります。

「リスクインテリジェンス」という新たな視点

近年、「リスクインテリジェンス」という言葉も使われるようになりました。
企業では、AIを活用して社員の行動を分析し、内部不正や異常を検知する“内部脅威検知”の意味で使われることが多いようです。

しかし本来の意味は、潜在的なリスクを特定し、その蓋然性を評価し、リスクを軽減するための知識を指します。
その対象は、自然災害、技術、経済、社会、法規制、そして地政学まで、多岐にわたります。
これらのリスクを定量化・評価するという点で、インテリジェンスとの境界は極めて近いと言えるでしょう。

かつて軍事領域で発達したインテリジェンスは、今や企業や社会の中に拡散しています。
ビジネス・インテリジェンス、競合インテリジェンス、脅威インテリジェンス、リスクインテリジェンス――
それぞれの分野で独自の発展を遂げてきましたが、活動が広範化するにつれて、相互の境界は曖昧になりつつあります。その意味では、原点にある“知る力”をもう一度学び直す必要があります。

企業を取り巻くインテリジェンス環境

グローバル化によって企業は世界各地に拠点を持ち、国境を越えて事業を展開するようになりました。
その結果、地政学的な要因が経営に直接影響を与える場面が増えています。

象徴的なのがロシア・ウクライナ戦争です。
この戦争によって多くの企業が市場アクセスを失い、制裁による貿易障壁に直面しました。
穀物やエネルギー供給の混乱で資源価格が高騰し、企業は資産や従業員の安全確保を迫られました。
さらにSNSやメディアで流れる情報が株価や投資判断を左右し、情報そのものが経営環境を変動させる時代になっています。

同様の構造は米中対立にも見られます。
米国主導の輸出規制、半導体分野の技術統制、そして中国の「エコノミック・ステートクラフト」――
経済的手段を通じて政治的目的を達成しようとする動きが強まっています。
このため、「日・米・台 vs 中国」という構図の中で、サプライチェーンの寸断や事業撤退を検討する企業も増えています。

いま、地政学リスクの視点からインテリジェンス能力を高めることが、企業にとっての生存条件になりつつあります。

米中対立の緊張を受け、日本政府は2022年に経済安全保障推進法を制定しました。国家レベルで、先端技術や人材の海外流出を防ぎ、重要物資やインフラを保護する体制を整えています。

エネルギー、原材料、通信、金融といった経済の基盤は、いまや国家安全保障と直結しています。
企業には技術と人材を「守る力」が求められています。

地政学リスクは大企業だけの問題ではありません。
中小企業も海外取引や資源調達、人材交流を通じて国際情勢の影響を直接受けるようになりました。
岡山商工会議所が2022年春に実施した調査では、地域の中小企業の約7割がロシア・ウクライナ戦争の影響を受けたと回答しています。
もはや「遠い国の出来事」ではないのです。

つまり、今やあらゆるビジネスパーソンがインテリジェンスを求められる時代になったのです。

官民連携と企業の独自分析

この不確実な時代に、企業がとるべき方向は三つあります。

第一に、官民の情報連携です。
政府が持つ安全保障情報と企業が持つ業務知識を結びつけ、地政学リスクを共有し、相互に活用することが求められます。
電力・通信・金融といった基幹インフラを守るためには、官民の協力体制が欠かせません。

第二に、独自分析の体制構築です。
国家の情報機関が扱う分析は一般的・非公開なものが多く、個別企業のリスクには対応しきれません。
自社の事業構造に即した地政学リスク分析を行い、リアルタイムで情報を更新できる体制が必要です。

第三に、情報組織の再定義です。
AIは過去データからパターンを見出すことに長けていますが、国際政治の突発的な変化には限界があります。
データ分析に加え、人間の洞察と判断を中心に据えた「インテリジェンス部門」を設けることが今後の課題です。

結びに

企業が地政学リスクを軽視すれば、経営の持続可能性そのものが揺らぎます。
脅威やリスクを知ることは、単なる防御ではなく、意思決定を現実に即して強くする行為です。

国家安全保障と経済安全保障が重なり合う時代において、「世界を知ること」そして「自分の事業を知ること」こそが、最大の“守りのインテリジェンス”ではないでしょうか。

インテリジェンス思考術(第4回)

ビジネスとインテリジェンス――意思決定を支える“未来の問い”守りのインテリジェンス

ビジネス・インテリジェンスと競合インテリジェンス

インテリジェンスとは、もともと国家が政策や作戦を誤らせないための知的活動でした。この考え方が民間に応用され、ビジネス・インテリジェンス(Business Intelligence:BI)と競合インテリジェンス(Competitive Intelligence:CI)という二つの概念が生まれました。

●ビジネス・インテリジェンス(BI)

ビジネス・インテリジェンスとは、「企業内部のデータを分析し、経営判断を支える知識をつくる活動」です。

売上、顧客、在庫、生産効率など、自社が日々生み出すデータを整理し、経営判断につなげます。目的は、自社の現状を正確に把握し、次の一手を可視化することにあります。

●競合インテリジェンス(CI)

一方、競合インテリジェンスとは、「企業の外で起きている変化を分析し、次に何が起こるかを読む活動」です。

対象は競合企業にとどまりません。業界の技術動向、原材料の供給、政策や規制の変化、顧客ニーズの移り変わり――こうした外部環境を読み取り、市場全体の地図を描くのがCIの役割です。

たとえば、他社の特許出願や人事異動、政府の補助金政策など、ばらばらの情報をつなぎ合わせることで、「どんな新製品が出るのか」「どの分野が次に伸びるのか」が見えてきます。これは、軍事インテリジェンスと同じ構造を持ち、「未来の行動を読む」作業です。

言い換えれば、BIは“内を読む”知であり、CIは“外を読む”知です。

BIが自社の健康診断であるなら、CIは外の天気図を読む作業です。どちらか一方では経営は成り立たず、両者を組み合わせて初めて、意思決定に深みが生まれます。

■米国と日本のインテリジェンス事情

米国では、CIの研究と実践が早くから活発に進みました。

1986年には、競合インテリジェンス分野の専門家が集う国際組織 SCIP(Strategic and Competitive Intelligence Professionals) が設立され、現在も世界的な協会として活動を続けています。

さらに1999年には、競合インテリジェンス・アカデミー(Academy of Competitive Intelligence:ACI) が発足し、CIの収集・分析・活用に関する体系的な教育プログラムを提供しています。ビジネスパーソンがACIで訓練を受け、実務に直結するスキルを磨いています。

日本でも、2008年に日本コンペティティブ・インテリジェンス学会(JCIA)が設立され、SCIPなど海外機関との連携を掲げました。しかし、活動は限定的で、CIやBIという概念がビジネス現場に十分浸透しているとは言いがたい状況です。

その背景には、「インテリジェンス」という言葉自体が、国家安全保障の文脈以外ではまだ正確に理解されていないという事情があります。

■地政学リスクと企業インテリジェンス

近年、企業が直面する最大の不確実性は地政学リスクです。

ロシア・ウクライナ戦争や米中対立は、サプライチェーン、資源、金融に直接影響を与えています。もはや地政学リスクを把握することは、国家の専属領域ではなく、企業経営の前提条件となりました。

ここで重要になるのが経済安全保障です。

経済安全保障とは、国家が自国の経済活動を外部の圧力や依存から守るための仕組みを指します。日本では2010年代後半から注目され、2022年に「経済安全保障推進法」が施行されました。表向きは国家主導の制度のように見えますが、その背景には米国の対中戦略があります。

米国は、中国の技術的台頭を抑えるため、同盟国に対してサプライチェーンの再構築と技術規制の強化を求めました。半導体やAIなどの先端分野で、中国への依存を断ち、技術優位を維持することが目的です。日本の経済安全保障政策も、この米国の圧力と協調の中で形成されました。つまり、日本における経済安全保障とは、米国主導の「対中デカップリング政策」の延長線上にあります。

同時に、中国はこれに対抗してエコノミック・ステートクラフト(経済的国家戦略)を強めています。

希少資源の輸出制限、技術標準の主導権、海外インフラ投資などを通じ、経済力を政治的影響力に変えようとしています。こうした経済的圧力は、国家間の問題にとどまらず、企業の経営環境にも直接影響を及ぼします。

経済安全保障の観点からも、官民が連携し、情報やリソースを共有することが不可欠です。しかし、国家が提供する情報だけでは、企業固有のリスクを十分に把握できません。企業は、自社の事業構造に合わせた独自の地政学分析体制を整える必要があります。

企業におけるインテリジェンス部門の役割

国家情報組織の役割を私なりに敷衍すると、企業のインテリジェンス部門にの役割りは次の四つになります。

・戦略的奇襲の回避

 競合や市場での不意打ち的な変化を予測し、備える。経営の「意表を突かれない」体制をつくる。

・専門知の長期的提供

 業界、技術、地政学に関する知見を継続的に蓄積し、経営判断を支援する。短期のデータ分析にとどまらず、長期の構造変化を見通す知を持つ。

・戦略策定の支援

 地政学リスクや市場動向を踏まえて、経営陣の意思決定を助ける。判断の根拠となる情報を整理し、選択肢を明確に示す。

・情報保全と防諜

 企業機密や技術情報を守り、サイバー攻撃や内部不正を未然に防ぐ。情報の安全が経営の基盤となる。

地政学リスクに備えるには、情報部門を「データや情報を整理する部署」から、「経営判断を支える分析部門」へと再定義する必要があります。

経営層が地政学的な視点を理解し、インテリジェンスを経営文化の一部として位置づけること。それが、企業が変化の時代を生き抜くための最も確かな力となります。

日本企業に求められるインテリジェンスの視点

日本企業の多くは、データ分析を経営に生かす段階にはありますが、地政学リスクを扱うインテリジェンス部門はまだ十分に整っていません。これまで、地政学や安全保障の知識は国家や学術の領域に属し、企業の経営課題として意識されてこなかったためです。

しかし、世界の政治構造や技術競争が急速に変化する中で、一つの地域紛争や金融危機が瞬時に企業経営へ波及します。サプライチェーン、資源、通商、金融――すべてが国際情勢と結びつき、地政学的な変動が事業の継続に直結する時代になりました。

したがって、企業は今後、少数でも地政学と国際動向に通じた専門人材を配置し、情報を判断に変える仕組みをつくる必要があります。情報過多の時代にこそ、真に意味のある情報を選び取り、経営判断につなげる力が問われています。