インテリジェンス思考術(第7回)

■「問いの設定」とは何か

前回のニュースレターでは、インテリジェンス・サイクルの基本を短く紹介しました。国家レベルでは、使用者(政策決定者)が情報要求を出し、情報組織がその要求に基づいて情報を集め、分析し、最終的にインテリジェンスとして使用者へ渡すという流れになっています。

しかし、このサイクルは理想形です。個々の分析官がその流れを待っているだけでは、質の高いインテリジェンスは作れません。分析官は、使用者がどのような判断を迫られているか、どの情報を必要としているかを洞察する必要があります。
この「相手の立場に立って情報要求を読み取る作業」が、「問い」の設定です。

ビジネスの現場では、インテリジェンス・サイクルは確立されておらず、経営層から明確な情報要求が出されないことが多いと思われます。そこで、自ら問いを立て、経営判断に役立つインテリジェンスをつくり、相手に“売り込む”必要があります。だからこそ、問いの設定の技術が重要になります。

問いの設定とはなぜ必要か

ビジネスには戦略が必要です。戦略をつくるには知識が必要です。しかし、何でも知ろうとすると、戦略に必要のない情報まで集まってしまいます。そこで、最初に「何を知るべきか」をはっきりさせる必要があります。

この「知るべきこと」を決める作業が問いの設定です。問いの設定は、情報を集めるときの出発点であり、分析の方向を決める最も重要な過程です。問いが決まれば、余計な情報に惑わされず、必要な情報だけに集中できます。筆者は昔、ある国の情報分析官から「分析の成功の七割は問いの設定で決まる」と聞いたことがあります。

この考え方は、安全保障だけでなく、経営や研究にも当てはまります。ドラッカーは「大きな失敗は、間違った答えではなく、間違った問いに答えることだ」と述べました。情報学者の上野千鶴子氏も、「良い問いが立てば研究はほぼ成功したようなものだ」と言っています。

問いには戦略の問いと情報の問いがある

インテリジェンスは戦略判断を支えるためにあります。したがって、問いは戦略判断と直接つながっていなければなりません。

たとえば、あなたがある企業に就職したいと考えるなら、「その企業に入るために何を準備するのか」「いつまでに準備するのか」という戦略の問いが生まれます。しかし、この戦略は思いつきでは意味がありません。戦略を実行するには、その前に必要な事実をそろえる必要があります。そこで、戦略の問いを具体的な情報の問いに分けます。

その企業のビジョンは何か。どんな人材を求めているのか。どの部署を強化しているのか。どのような能力を評価しているのか――これらが情報の問いです。これらの事実を知らなければ、どんな準備をすべきかという戦略の問いに答えることができません。

このように、問いには二つの段階があります。最初に「何を、なぜ、どうするのか」という戦略の問いを立てます。次に、その戦略を実行するために必要な事実を明らかにする情報の問いを設定します。

情報の問いは、自社、競争相手、周囲の環境という三つの視点からつくります。就職でいえば、企業の方針(環境)、競争相手となる他の応募者(相手)、そして自分が備えている能力(自社)の三つです。

この三つの視点をそろえれば、戦略の問いに答えるための情報が集まります。

問いに備えるべき要件

問いには次の三つの要件があります。

有用性(その問いは使用者に役立つか)

有用性とは、その問いが使用者の判断に役立つかどうかです。
問いが役に立たなければ、どれほど丁寧に情報を集めても戦略は正しい方向に向かいません。

例として、戦略の問いが「中国に販売店を出すべきか」であるとします。この問いに答えるために、南アフリカの政治情勢を調べる必要はありません。理屈をつければ関連はあるかもしれませんが、通常は判断に直接つながりません。

販売店を出すなら、中国の政治情勢、対外政策、競合他社の進出状況など、知るべきことは多くあります。ここで問題は、どこから調べるかです。

たとえば、「中国の市場規模はどの程度か」という問いを情報の問いとして設定したとします。ここで重要なのは、「なぜ市場規模を知る必要があるのか」
そして、「市場規模を知ったら何が変わるのか」 という視点です。

市場規模は、ビジネスが成立するかどうかを判断する材料になります。もし市場が小さければ、どれほど競争環境が良くても利益が出ません。逆に市場が大きければ、リスクを取っても進出する価値があります。

つまり、問いの理由を明確にすることで、その問いが本当に役立つかどうかを検証できます。この検証こそが、有用性の判断です。

可能性(答えられる問いであるか)

問いは、自分が情報を集め、自分が分析して答えを出せるものでなければ意味がありません。ここで言う「答える」とは、本に書いてあることや、人に聞けば分かることではありません。自分の判断として結論を出せるという意味です。

たとえば、「次のパンデミックはいつ起きるか」という問いは誰も答えられません。同じように、「首都直下地震は起きるのか」という問いも専門家ですら断定できません。こうした問いは、自分がどれだけ努力しても答えにたどりつけないため、問いとして適切ではありません。

しかし、これらの問いを「自分でも答えられる問い」に置き換えることはできます。

たとえば、飲食業に関わる人であれば、
「2020年に起きた規模の感染症が再び発生した場合、客足はどこまで落ちるか」
という問いに変えれば、過去のデータを使って自分で分析できます。

地震についても同じです。
「首都圏で交通が3日止まった場合、各店舗の在庫はどこまで持つか」
という問いにすれば、物流データや過去の災害記録を基に自分で答えを出せます。

このように、答えられない問いは、前提条件を明確にすることで「自分で分析できる問い」に変えることができます。問いの可能性とは、この“問いの変換ができているかどうか”を指します。

重要性・緊急性(二つの軸を総合して、知るべき問いを決める)

問いの価値は、重要性と緊急性の二つの軸で決まります。状況の変化によって、この二つの軸は大きく動きます。そのため、どの問いに時間を使うべきかは、常に総合的に判断しなければなりません。

たとえば、あなたの会社が家電の新製品を計画しているとします。会社は顧客から高い信頼を得ており、性能にも強みがあります。この段階では次の問いが中心になります。

「市場の需要はどの方向に動いているのか」
「顧客はどの機能を求めているのか」

これらは重要です。ただし、急いで答えを出す必要はありません。

競合の動きも気になりますが、そこで「競合は将来どんな製品を出すのか」という問いを設定します。ただし、当初は自社との実力差が明確であり、大きな脅威ではありません。このため、この問いは重要ではあっても、最初の段階では顧客情報よりも優先度が低く、緊急でもありません。

ところが、状況が変われば、この二つの軸の重みも変わります。たとえば、
競合同士が合併し、技術を統合して半年後に新製品を出す可能性が高い
という情報が入ったとします。

この一報によって、これまで優先度が低かった競合の問いは、重要性と緊急性の両方が急に高くなる ことがあります。

すると、次の問いが最優先になります。

統合した競合の技術力はどこまで強化されるのか」

「自社との性能差はどこに生まれるのか」

「発売までに自社が調整できる点はどこか」

このように、問いの重要性と緊急性は固定されたものではありません。状況によって変化します。大切なのは、どちらか一方だけを見るのではなく、重要性と緊急性の両方を総合して、今の判断に最も役立つ問いを選ぶことです。

まとめ

良いインテリジェンスは、良い問いから生まれます。問いをつくることは、情報を集めることより難しい場合があります。しかし、その問いが正しく立てば、分析の道筋が見え、判断の精度が一気に高まります。

ビジネスでも安全保障でも、答えより先に問いをつくることが、最も価値のある作業です。問いこそが全ての出発点であり、終着点であるのです。

インテリジェンス思考術(第6回)

インテリジェンス・サイクルとは何か

国家安全保障の業務では、情報を集めて分析し、意思決定者に提供する一連の作業があります。この作業を「インテリジェンス・サイクル」と呼びます。米国CIAは次の55つの段階に整理しています。

  1. 計画・指示(Planning & Direction)
    使用者が求める内容を受け、どの情報が必要かを決め、収集計画を作る。
  2. 収集(Collection)
    計画に沿って、担当機関が国内外の情報源から情報を集める。通信傍受や偵察衛星もここに含まれる。
  3. 処理(Processing)
    集めた情報を読める形に整理し、必要な項目ごとに分類する。
  4. 分析・作成(Analysis & Production)
    整理された情報を基に、判断に役立つ内容へと加工し、インテリジェンスを作成する。
  5. 配布(Dissemination)
    作成したインテリジェンスを、口頭・文書・デジタルなどの形で使用者に届ける。

国家の情報機関でも、企業のインテリジェンス部門でも、この基本的な流れは変わりません。要点を簡潔にまとめれば次の4つです。

  1. 知るべきことを選ぶ。
  2. 情報を集める。
  3. 集めた情報からインテリジェンスを作る。
  4. 作ったインテリジェンスを使用者に届ける。

「鶏と卵」の問題

インテリジェンスの成否は、どれだけ多くの情報を持っているかではなく、「何を知るべきか」を正しく選べるかで決まります。イギリスの哲学者アイザイア・バーリンは『ハリネズミと狐』で「狐は多くを知るが、ハリネズミは大事なことを一つ知る」と書きました。情報要求を設定する場面では、大事な一点を見抜くハリネズミの姿勢が求められます。一方、分析や予測では、多くの要素を把握する狐の姿勢も必要です。

国家安全保障の理論では、使用者が「何を知りたいか」を示し、それを「情報要求(Intelligence Requirement)」と呼びます。しかし現場では、使用者が情報要求を出さないために作業が進まない、という問題が繰り返し起きます。使用者が要求を出さなければ、生産者は情報を集められず、インテリジェンスを作れません。

一方、使用者側も「何を知るべきか」がわからないので要求を発出できません。インテリジェンスがないため、状況の深刻さも読み取れないのです。この状態が「鶏と卵」の問題です。

生産者に求められる積極性

冷戦期の欧米の情報機関は、明確な対象(共産圏)があり、情報要求がなくても、共産圏の動きを追っていれば機能しました。しかし冷戦後は脅威が多様化し、使用者の要望だけでは対応できなくなりました。

そこで、アメリカの有名なファンドの創設者ブルース・バーコウィッツは『情報機関を立て直すには』で次のように述べています。
「インテリジェンス担当者は、積極的に使用者のところへ行き、相手を知り、自分の作ったプロダクトを売り込むくらいでなければならない」

インテリジェンスの生産者と使用者の距離感は一定ではありません。アメリカの情報機関は、政策に迎合しないために、政策判断の領域には踏み込みません。しかしイスラエルの情報機関は、大統領への報告時に政策の選択肢まで提示するとされます。

企業の場合はさらに違います。国家のような組織構造がなく、使用者と生産者の境界がはっきりしません。経営陣が具体的な指示を出さないまま、担当者に問題の整理から解決策までを求める場面も多くあります。

知るべきことを明確にする

何を知るべきかを明確にすることは、国家でも企業でも重要なことです。少し、簡略化して説明します。

例えば、首相が「台湾有事に備えて南西諸島の防衛力を強化すべきか」を検討するとします。この場合、情報機関が最初に評価すべきは中国軍と台湾軍の能力です。極東ロシア軍の動きは、判断の優先度が高いとは言えません。使用者が取り組もうとしている判断を明確にし、その判断に必要な情報を選ぶことが出発点になります。

企業でも、外食企業が「新商品の市場シェアを伸ばしたい」と考えているなら、担当者がまず調べるべきは顧客の嗜好です。競合の社内事情よりも、市場の動きに直結する情報が優先されます。

問いを多角的に見直す

最初の問いが正しいとは限りません。判断を左右する要因は、一つの領域に限られないからです。

外食企業の例でも、新商品の市場シェアを巡る主要な競争相手が同業他社とは限りません。ある企業では、新商品の市場シェアを奪っていたのは外食企業ではなく、コンビニエンスストアが売るレトルト食品でした。消費者が「自宅で簡単に食べたい」と考える場面では、外食と小売の境界は消えます。

このような場合、担当者は、最初の問い「競合他社の動きを調べるべきか」を見直し、

「消費者が代わりに選ぶ食品は何か」

「その食品を扱う企業の戦略はどう変わっているか」

という異なる角度から問いを立て直す必要があります。

問いを多角的に見直す作業がなければ、使用者が気づかない領域で競争が進んでしまいます。

問いを提案するという役割

このように、担当者は「知るべきこと」をただ確認するだけでは役割を果たせません。使用者が示した最初の方向性を踏まえつつ、状況を広く見渡し、必要だと思う問いを使用者に提案する姿勢が求められます。

担当者は、経営層に次のように働きかけます。「いま検討している判断事項は、こういう要因でも変わる可能性があります」「この判断には、こちら側の情報も必要になると思います」

これは、単に“伺いを立てる”のではなく、使用者の考えを整理し、判断に必要な問いへと翻訳する作業です。

使用者が自ら情報要求を出さない企業の環境では、この“問いの翻訳”こそがインテリジェンス担当者の重要な役割になります。

インテリジェンス思考術(第5回)

守りのインテリジェンス ― 地政学リスクと企業経営

先週のニュースレターでは、ビジネス・インテリジェンスと競合インテリジェンスの関係を取り上げました。
今回はその対になる「守りのインテリジェンス」について考えてみたいと思います。

「脅威インテリジェンス」とは

まず、脅威インテリジェンスです。
この「スレット・インテリジェンス(Threat Intelligence)」という言葉は、主にサイバーセキュリティ分野で使われています。もともとはセキュリティ業界の専門用語だと言えるでしょう。

攻撃を受けた際に残るマルウェアのファイル名、通信元のIPアドレス、URL、ハッシュ値など――いわゆる侵害指標(IoC:Indicator of Compromise)を分析し、攻撃者の正体を突き止める。その成果物そのものが脅威インテリジェンスと呼ばれます。

ただし「脅威」は、意図 × 能力 × 戦略環境(機会)で定義されます。
つまり脅威インテリジェンスを字義通りに解釈すれば、相手がどんな意図と力を持ち、どのような環境で行動しているかを分析し、その全体像を明らかにする知的活動ということになります。

今日では、国家がサイバー空間を通じてスパイ活動を行い、技術情報を狙う時代です。
平時の企業諜報から戦時のインフラ破壊まで、脅威の範囲は拡大しています。
もはやセキュリティ部門だけの問題ではなく、経営そのものが脅威にさらされる時代に入っています。
脅威インテリジェンスをより広い視野で捉え直す必要があります。

「リスクインテリジェンス」という新たな視点

近年、「リスクインテリジェンス」という言葉も使われるようになりました。
企業では、AIを活用して社員の行動を分析し、内部不正や異常を検知する“内部脅威検知”の意味で使われることが多いようです。

しかし本来の意味は、潜在的なリスクを特定し、その蓋然性を評価し、リスクを軽減するための知識を指します。
その対象は、自然災害、技術、経済、社会、法規制、そして地政学まで、多岐にわたります。
これらのリスクを定量化・評価するという点で、インテリジェンスとの境界は極めて近いと言えるでしょう。

かつて軍事領域で発達したインテリジェンスは、今や企業や社会の中に拡散しています。
ビジネス・インテリジェンス、競合インテリジェンス、脅威インテリジェンス、リスクインテリジェンス――
それぞれの分野で独自の発展を遂げてきましたが、活動が広範化するにつれて、相互の境界は曖昧になりつつあります。その意味では、原点にある“知る力”をもう一度学び直す必要があります。

企業を取り巻くインテリジェンス環境

グローバル化によって企業は世界各地に拠点を持ち、国境を越えて事業を展開するようになりました。
その結果、地政学的な要因が経営に直接影響を与える場面が増えています。

象徴的なのがロシア・ウクライナ戦争です。
この戦争によって多くの企業が市場アクセスを失い、制裁による貿易障壁に直面しました。
穀物やエネルギー供給の混乱で資源価格が高騰し、企業は資産や従業員の安全確保を迫られました。
さらにSNSやメディアで流れる情報が株価や投資判断を左右し、情報そのものが経営環境を変動させる時代になっています。

同様の構造は米中対立にも見られます。
米国主導の輸出規制、半導体分野の技術統制、そして中国の「エコノミック・ステートクラフト」――
経済的手段を通じて政治的目的を達成しようとする動きが強まっています。
このため、「日・米・台 vs 中国」という構図の中で、サプライチェーンの寸断や事業撤退を検討する企業も増えています。

いま、地政学リスクの視点からインテリジェンス能力を高めることが、企業にとっての生存条件になりつつあります。

米中対立の緊張を受け、日本政府は2022年に経済安全保障推進法を制定しました。国家レベルで、先端技術や人材の海外流出を防ぎ、重要物資やインフラを保護する体制を整えています。

エネルギー、原材料、通信、金融といった経済の基盤は、いまや国家安全保障と直結しています。
企業には技術と人材を「守る力」が求められています。

地政学リスクは大企業だけの問題ではありません。
中小企業も海外取引や資源調達、人材交流を通じて国際情勢の影響を直接受けるようになりました。
岡山商工会議所が2022年春に実施した調査では、地域の中小企業の約7割がロシア・ウクライナ戦争の影響を受けたと回答しています。
もはや「遠い国の出来事」ではないのです。

つまり、今やあらゆるビジネスパーソンがインテリジェンスを求められる時代になったのです。

官民連携と企業の独自分析

この不確実な時代に、企業がとるべき方向は三つあります。

第一に、官民の情報連携です。
政府が持つ安全保障情報と企業が持つ業務知識を結びつけ、地政学リスクを共有し、相互に活用することが求められます。
電力・通信・金融といった基幹インフラを守るためには、官民の協力体制が欠かせません。

第二に、独自分析の体制構築です。
国家の情報機関が扱う分析は一般的・非公開なものが多く、個別企業のリスクには対応しきれません。
自社の事業構造に即した地政学リスク分析を行い、リアルタイムで情報を更新できる体制が必要です。

第三に、情報組織の再定義です。
AIは過去データからパターンを見出すことに長けていますが、国際政治の突発的な変化には限界があります。
データ分析に加え、人間の洞察と判断を中心に据えた「インテリジェンス部門」を設けることが今後の課題です。

結びに

企業が地政学リスクを軽視すれば、経営の持続可能性そのものが揺らぎます。
脅威やリスクを知ることは、単なる防御ではなく、意思決定を現実に即して強くする行為です。

国家安全保障と経済安全保障が重なり合う時代において、「世界を知ること」そして「自分の事業を知ること」こそが、最大の“守りのインテリジェンス”ではないでしょうか。

インテリジェンス思考術(第4回)

ビジネスとインテリジェンス――意思決定を支える“未来の問い”守りのインテリジェンス

ビジネス・インテリジェンスと競合インテリジェンス

インテリジェンスとは、もともと国家が政策や作戦を誤らせないための知的活動でした。この考え方が民間に応用され、ビジネス・インテリジェンス(Business Intelligence:BI)と競合インテリジェンス(Competitive Intelligence:CI)という二つの概念が生まれました。

●ビジネス・インテリジェンス(BI)

ビジネス・インテリジェンスとは、「企業内部のデータを分析し、経営判断を支える知識をつくる活動」です。

売上、顧客、在庫、生産効率など、自社が日々生み出すデータを整理し、経営判断につなげます。目的は、自社の現状を正確に把握し、次の一手を可視化することにあります。

●競合インテリジェンス(CI)

一方、競合インテリジェンスとは、「企業の外で起きている変化を分析し、次に何が起こるかを読む活動」です。

対象は競合企業にとどまりません。業界の技術動向、原材料の供給、政策や規制の変化、顧客ニーズの移り変わり――こうした外部環境を読み取り、市場全体の地図を描くのがCIの役割です。

たとえば、他社の特許出願や人事異動、政府の補助金政策など、ばらばらの情報をつなぎ合わせることで、「どんな新製品が出るのか」「どの分野が次に伸びるのか」が見えてきます。これは、軍事インテリジェンスと同じ構造を持ち、「未来の行動を読む」作業です。

言い換えれば、BIは“内を読む”知であり、CIは“外を読む”知です。

BIが自社の健康診断であるなら、CIは外の天気図を読む作業です。どちらか一方では経営は成り立たず、両者を組み合わせて初めて、意思決定に深みが生まれます。

■米国と日本のインテリジェンス事情

米国では、CIの研究と実践が早くから活発に進みました。

1986年には、競合インテリジェンス分野の専門家が集う国際組織 SCIP(Strategic and Competitive Intelligence Professionals) が設立され、現在も世界的な協会として活動を続けています。

さらに1999年には、競合インテリジェンス・アカデミー(Academy of Competitive Intelligence:ACI) が発足し、CIの収集・分析・活用に関する体系的な教育プログラムを提供しています。ビジネスパーソンがACIで訓練を受け、実務に直結するスキルを磨いています。

日本でも、2008年に日本コンペティティブ・インテリジェンス学会(JCIA)が設立され、SCIPなど海外機関との連携を掲げました。しかし、活動は限定的で、CIやBIという概念がビジネス現場に十分浸透しているとは言いがたい状況です。

その背景には、「インテリジェンス」という言葉自体が、国家安全保障の文脈以外ではまだ正確に理解されていないという事情があります。

■地政学リスクと企業インテリジェンス

近年、企業が直面する最大の不確実性は地政学リスクです。

ロシア・ウクライナ戦争や米中対立は、サプライチェーン、資源、金融に直接影響を与えています。もはや地政学リスクを把握することは、国家の専属領域ではなく、企業経営の前提条件となりました。

ここで重要になるのが経済安全保障です。

経済安全保障とは、国家が自国の経済活動を外部の圧力や依存から守るための仕組みを指します。日本では2010年代後半から注目され、2022年に「経済安全保障推進法」が施行されました。表向きは国家主導の制度のように見えますが、その背景には米国の対中戦略があります。

米国は、中国の技術的台頭を抑えるため、同盟国に対してサプライチェーンの再構築と技術規制の強化を求めました。半導体やAIなどの先端分野で、中国への依存を断ち、技術優位を維持することが目的です。日本の経済安全保障政策も、この米国の圧力と協調の中で形成されました。つまり、日本における経済安全保障とは、米国主導の「対中デカップリング政策」の延長線上にあります。

同時に、中国はこれに対抗してエコノミック・ステートクラフト(経済的国家戦略)を強めています。

希少資源の輸出制限、技術標準の主導権、海外インフラ投資などを通じ、経済力を政治的影響力に変えようとしています。こうした経済的圧力は、国家間の問題にとどまらず、企業の経営環境にも直接影響を及ぼします。

経済安全保障の観点からも、官民が連携し、情報やリソースを共有することが不可欠です。しかし、国家が提供する情報だけでは、企業固有のリスクを十分に把握できません。企業は、自社の事業構造に合わせた独自の地政学分析体制を整える必要があります。

企業におけるインテリジェンス部門の役割

国家情報組織の役割を私なりに敷衍すると、企業のインテリジェンス部門にの役割りは次の四つになります。

・戦略的奇襲の回避

 競合や市場での不意打ち的な変化を予測し、備える。経営の「意表を突かれない」体制をつくる。

・専門知の長期的提供

 業界、技術、地政学に関する知見を継続的に蓄積し、経営判断を支援する。短期のデータ分析にとどまらず、長期の構造変化を見通す知を持つ。

・戦略策定の支援

 地政学リスクや市場動向を踏まえて、経営陣の意思決定を助ける。判断の根拠となる情報を整理し、選択肢を明確に示す。

・情報保全と防諜

 企業機密や技術情報を守り、サイバー攻撃や内部不正を未然に防ぐ。情報の安全が経営の基盤となる。

地政学リスクに備えるには、情報部門を「データや情報を整理する部署」から、「経営判断を支える分析部門」へと再定義する必要があります。

経営層が地政学的な視点を理解し、インテリジェンスを経営文化の一部として位置づけること。それが、企業が変化の時代を生き抜くための最も確かな力となります。

日本企業に求められるインテリジェンスの視点

日本企業の多くは、データ分析を経営に生かす段階にはありますが、地政学リスクを扱うインテリジェンス部門はまだ十分に整っていません。これまで、地政学や安全保障の知識は国家や学術の領域に属し、企業の経営課題として意識されてこなかったためです。

しかし、世界の政治構造や技術競争が急速に変化する中で、一つの地域紛争や金融危機が瞬時に企業経営へ波及します。サプライチェーン、資源、通商、金融――すべてが国際情勢と結びつき、地政学的な変動が事業の継続に直結する時代になりました。

したがって、企業は今後、少数でも地政学と国際動向に通じた専門人材を配置し、情報を判断に変える仕組みをつくる必要があります。情報過多の時代にこそ、真に意味のある情報を選び取り、経営判断につなげる力が問われています。

インテリジェンス思考術(第3回)

インテリジェンスの使用者と生産者

■犯罪捜査とインテリジェンス――共通点と決定的な違い

犯罪捜査とインテリジェンスには共通点があります。どちらも情報を集め、分析し、判断し、行動の根拠をつくる活動です。どちらも「不確実な状況の中で、判断を誤らないようにする」ことを目的にしています。

しかし、その判断が向かう時間の方向が異なります。犯罪捜査は過去を対象にします。目的は「誰が何をしたか」という事実の確定です。警察官は事件現場で「証拠」を集め、捜査員は容疑者の動機を探り、最終的に裁判で立証できる形に整えます。そこでは何よりも正確性が求められます。誤った判断は冤罪につながるため、推測や仮説は許されません。監視カメラの映像、指紋、通信記録といった一つの確実な証拠があれば、事件は解決に向かいます。犯罪捜査とは、確実な情報過去を確定させる営みです。

これに対し、インテリジェンスは未来を対象にします。問いは「これから何が起こるか」「どう備えるか」です。未来には証拠がありません。たとえ正確な一つの情報があっても、それだけで結論は出せません。未来を示唆する兆候という複数の情報を組み合わせ(統合)、意味を見出し(解釈)ながら、まだ形になっていない事態を推測していく必要があります。

ここで重視されるのは、情報の正確性よりも適宜性――すなわち「その情報が判断のタイミングに間に合うかどうか」です。

伝説の情報将校ワシントン・プットが指摘したように、インテリジェンスには「有用性・正確性・適宜性」という三つの要件があります。このうち最も重いのは有用性です。いかに正確でも、意思決定に使えなければ意味がありません。そして、正確性よりも適宜性が重い。少し誤りがあっても、適切な時期に提供されれば、被害や損失を防ぐ行動につながるからです。

未来に間に合わない正確な情報よりも、今すぐ使える判断材料のほうが価値を持つ――これがインテリジェンスの世界の原理です。

こうして見ると、両者は似て非なる営みです。犯罪捜査は過去の真実を確定する作業であり、インテリジェンスは未来の判断を導く営み。どちらも情報を扱うが、目指す方向がまったく違うのです。

■インテリジェンスの使用者と生産者 ― “問い”を共有する関係

インテリジェンスは、人がつくる知識です。
そして、それを「使う人」と「つくる人」の関係が、その質を決めます。

情報を集め、分析し、知識を生み出す側が生産者(producer)。それを受け取り、意思決定や行動に反映させる側が使用者(consumer)です。
生産者の立場からは、使用者をカスタマー(お客)と呼ぶこともあります。

国家でいえば、分析官や情報将校が生産者であり、政策決定者や軍の指揮官が使用者です。同じ構造はビジネスの世界にも見られます。企業でいえば、データアナリストや情報担当者が生産者で、経営者や事業責任者が使用者です。
重要なのは、両者がどれだけ“問い”を共有できているかです。

距離の取り方が左右するインテリジェンスの質

国家の情報機関では、情報を生産する側と、政策判断に使う側の距離の取り方が常に課題となる。距離が近すぎれば忖度や政治化が起こり、遠すぎれば無関心や独断が生まれる。

アメリカでは、情報の中立性を守るため、情報機関が政策決定に直接関与しない原則がある。一方、常に国家存続の脅威に直面するイスラエルでは、情報機関が政策決定者に寄り添い、選択肢まで提示する。そこには、政府と情報機関の間に築かれた高い信頼がある。

ビジネスの世界では、経営と情報部門の距離が曖昧になりやすい。本書に登場する未来エレクトロニクスでも、インテリジェンスや危機管理の部署が経営の補助機構に組み込まれ、危機を指摘する力を失っていた。独自性を失った情報部門は、経営の確認要員となり、リスクを示す報告を自ら封じてしまう。

経営が「前進」を志向するなら、情報部門は「立ち止まる理由」を探さなければならない。この緊張関係こそが、企業の意思決定を多層化し、思考を硬直から救う。

経営に近づきすぎた情報部門は、やがて報告の代筆者となり、最も重要な瞬間に沈黙する。だからこそ、経営と情報の間には一定の距離が必要であり、場合によっては、外部の専門家を交えた構成が望ましい。

経営が事業の推進を見るとき、情報部門は環境の変化を見る。この視点の違いが保たれていれば、企業は過信を防ぎ、危機の兆候を早く掴ことができる。

距離を保つことは対立ではない。それは、異なる角度から同じ現実を見つめ、判断の幅を広げる営みである。国家の情報機関では、生産者と使用者の距離をどう保つかが常に課題です。
生産者が使用者の意向に沿って情報を歪めれば、インテリジェンスの客観性や中立性は失われます。このような状態を「インテリジェンスの政治化」と呼び、アメリカでは生産者が政策に直接関与しないという原則が確立しています。

距離が近すぎれば「忖度」や「政治化」が起き、遠すぎれば「無関心」や「独断」が生まれます。イスラエルのように、情報機関が政策決定者に寄り添い、必要に応じて選択肢まで提示する国もあります。しかし、それが成り立つのは、情報機関に対する高い信頼があってこそです。

ビジネスの世界では、情報部門と経営部門がより密接に連携するのが一般的ですが、それでも「適切な距離感」を組織文化として築くことが欠かせません。経営者は、自分の判断に必要な問いを明確にし、分析担当者は、その問いを共有たうえで現場の情報を解釈する。
つまり、インテリジェンスとは“問いから始まる共同作業”なのです。

問いを共有することの意味

多くの企業では、分析担当者がデータを集め、報告書を提出しても、経営者が「その結果をどう使うか」を明示しないまま終わることがあります。
逆に、経営側が「売上の低下原因を調べろ」とだけ指示し、「何を知りたいのか」「どんな判断に使うのか」を伝えない場合もある。これでは、報告書は“正しくても使えない”分析になってしまいます。

ある製造業では、この問題を解消するために、経営会議の前に「情報会議」を設けました。経営陣が今週の意思決定テーマを提示し、アナリストや現場担当者が関連情報を分析して共有するのです。
この仕組みを導入してから、報告書は単なる数字の羅列ではなく、「なぜ今この市場を見るのか」「次に何をすべきか」を示すものへと変わりました。

このように、生産者と使用者が同じ“問い”のもとで動き始めたとき、インテリジェンスは初めて生きた知識になります。

良いインテリジェンスは、「頭の良い分析官」からではなく、「良い問いを共有する関係」から生まれます。使用者と生産者が互いの領域を理解し、距離を保ちながらも歩調を合わせる――そこに、国家でも企業でも変わらぬインテリジェンスの核心があります。

インテリジェンスとは文化である

インテリジェンスは、情報処理の技術ではありません。それは「問いを立て、意味を見出し、行動を導く」文化です。

国家の安全保障でも、企業経営でも、最終的にインテリジェンスを動かすのはシステムではなく人です。生産者と使用者が互いに問いを共有し、時間の感覚を合わせ、未来の判断を支える知をともにつくる。

そこに、インテリジェンスという知的営みの本当の価値があります。

『インテリジェンスの思考術』第2号

インテリジェンスには賞味期限がある

2025年10月20日配信

                       

情報はそのまま使えない

知人が、ネットで見た健康法を信じて、毎朝レモン水を飲みはじめました。
「デトックスにいい」と書かれていたからです。
ところが、数日後に胃を痛めてしまいました。
理由は、空腹時に濃いレモン水を飲むと胃酸が強くなりすぎるからでした。
本人は「健康のため」と信じていましたが、正しい情報の使い方を知らなかっただけでした。

世の中の情報には、誤りや誇張、あるいは文脈を欠いた断片が混じっています。
それをそのまま信じて行動すれば、むしろ逆効果になります。
だからこそ、情報は整理し、吟味し、使える形に整えなければならない。
この“使える形に整えたもの”こそが、インテリジェンスなのです。

インテリジェンスには存在目的がある

『Strategic Intelligence Production』(1957年)の著者で、米軍の元情報将校ワシントン・プラットはこう述べています。
「学術報告と対比して情報報告は一つの目的しか持っていない。すなわち現時点における国家の利害に対し“有用”であることなのだ。」

この「有用」とは、使用者の判断や意思決定、行動に役立つことを指します。
学術報告がじっくりと理論や原理を追うものであるのに対し、情報報告、すなわちインテリジェンスの提供は「使う人のいまの判断」などに役立たなければ意味がないのです。

たとえば、あなたがレストランの料理長だとします。
今夜は急に冷え込みそうで、「温かいメニューを増やすべきか」を考えています。そこへスタッフが、「近所のパン屋が新装開店したそうです」と報告してきました。
これは、確かに正確な情報で、いつか役に立つかもしれません。しかし、“いま”の判断には関係がありません。

欲しいのは、「今夜の気温の推移」や「客足の見通し」といった、メニューの決定に使える情報です。いくら正確でも、使用者の判断に資さない情報は“有用”ではない――
プラットの言う「有用性」とは、この意味なのです。

インテリジェンスには使用期限がある

米国防総省の分析官プラットは、インテリジェンスの価値を決める三つの要件として、第一に有用性、第二に適時性、第三に正確性(完全性を含む)を挙げました。そして、こう指摘しています。

「完全さと正確さは、しばしば適時性の犠牲となる。」

この言葉が示す通り、インテリジェンスは常に時間との競争にあります。どれほど正確で完全な内容であっても、使うべき時を逃せば意味を失います。国家の政策決定にも、企業の経営判断にも、そして個人の選択にも“使用期限”があるのです。その期限に間に合わなければ、どんな優れた分析も価値を持ちません。

私が現場で作っていた報告書も同じでした。「もう少し確認を」と迷っているうちに、情勢が変わり、報告が無効になる。完璧を求めるほど、時間を失う。そして、時間を失えば、有用性も同時に消えていきます。

この世に百パーセント正確なインテリジェンスは存在しません。今日の分析が完全でも、明日には古びます。だからこそ、インテリジェンスで最も重いのはタイミング――すなわち適時性なのです。

情報には“食べ頃”があります。遅れて出された報告は役に立たないばかりか、誤った報告と同じくらい危険です。インテリジェンスとは、正確さと迅速さの間で折り合いをつけ、「いま使える知識」を作り出す技術です。

次号では、インテリジェンスを“使う人”と“作る人”――

すなわち使用者と生産者の関係について考えます。

『インテリジェンスの思考術』創刊号

2025年10月13日配信


1. ご挨拶

今週から、新しいニュースレター『インテリジェンスの思考術』を始めます。

このレターでは、「インテリジェンスとは何か」、そして「問いをどう立てるか」というテーマを、できるだけ身近な話題やビジネスの事例を手がかりに考えていきます。

堅苦しい理論や専門用語を並べるつもりはありません。むしろ、「なぜそう考えるのか」「どこまで確かと言えるのか」といった思考の過程そのものを共有したいと思います。

また、国内外のニュースを素材に、そこからインテリジェンスの視点をどう引き出せるか――そんな実践的な試みも交えていく予定です。

このレターが、日々の出来事を“情報として読む訓練”の一助になれば幸いです。

10月11日、現代ビジネスに拙著『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略』の抜粋記事、「中国が日本に仕掛ける「見えない戦争」の衝撃‥‥技術と人材流出が引き起こす「最大の脅威」とは」が掲載されました。是非お読みください。


2. インテリジェンス思考術(第1回)

インテリジェンスとは何か ―― 情報との違い

新聞やネットを開けば、私たちは一日に膨大な量の「情報」に接しています。
しかし、その中から本当に意味のある「インテリジェンス」を得ている人は意外に少ないものです。

情報(インフォメーション)とは、まだ整理されていない素材にすぎません。料理にたとえるなら、食材の段階です。
この素材を調理し、食べられる形に整えたもの――それが「インテリジェンス」です。

たとえば、天気予報で「明日は午後から大雨」と報じられたとします。これは万人に同じ形で伝えられる情報です。
しかし、その受け手の反応はさまざまです。ゴルフ愛好家なら「ずぶ濡れになるから中止しよう」と判断する。証券マンは「農作物関連株が下がる」と予測し、国家安全保障の分析官なら「明日は中国漁船の接近可能性が低い」と推定するかもしれません。

同じ情報でも、受け手が持つ文脈・目的・経験によって意味が変わります。
つまり、情報を他のデータや過去の知見と照らし合わせ、判断や行動に結びつける――この“加工と解釈”の過程こそが、インテリジェンスを生み出すのです。

国家レベルでは、こうして得られた分析成果(プロダクト)が政策決定者に提供されます。
私もかつて、立ち入り制限区域の建物の中で、そうした作業を日々行っていました。


インテリジェンスという広い意味

少し専門的な話をします。
日本に「インテリジェンス」という概念を広めた京都大学名誉教授・中西輝政氏は、オックスフォード大学のマイケル・ハーマン教授の定義を引き、こう述べています。

「インテリジェンスとは、まず第一に、国家や組織が政策に役立てるために集めた情報の内容を指す。
それは、秘密情報に限らず、独自に分析・解釈を施した“加工された情報”である。
生の情報を受け止め、それが自国の利益や立場にどのような意味を持つのかを吟味し、信憑性を確認して解釈を加えたもの――これをインテリジェンスと呼ぶ。」
(中西輝政『情報亡国の危機』より)

この定義に基づけば、「インテリジェンス」には三つの意味があります。

  1. 生の情報に分析・解釈を加えて有用化した知識(知識としてのインテリジェンス)
  2. そのような分析や収集の行為(活動としてのインテリジェンス)
  3. それを担う組織(機関としてのインテリジェンス)

つまり、インテリジェンスとは国家レベルの概念であり、知識・活動・組織の三層構造を持つものです。

ただし近年は、国家に限らずビジネス分野でも「ビジネスインテリジェンス(BI)」や「競合インテリジェンス(CI)」、サイバー分野では「スレット(脅威)インテリジェンス」という言葉も使われています。
個人であっても、情報を集め、判断や意思決定に活かしているなら、それは立派なインテリジェンスの営みといえるでしょう。

アメリカでは、CIAのOBたちがビジネス界に入り、ビジネスインテリジェンスの概念を定着させました。
つまり、インテリジェンスはもはや国家の専売特許ではありません。むしろ、現代のビジネスパーソンこそ、知らず知らずのうちにインテリジェンス活動に関わっているのです。

だからこそ、私はビジネスパーソンの皆さんに、もっとインテリジェンスを知ってほしいと思っています。


3. 国際情勢ニュースを題材に

ロシアの国防費削減は、本当にエネルギー収入不足が原因か?

「ロシア国防費、来年4%減
ウクライナ侵略後初のマイナス エネ収入細り財政逼迫」
(2025年10月1日 日本経済新聞)

ロシア政府は2026年の連邦予算案を下院に提出し、国防費を前年度比4%減の12.9兆ルーブルとする方針を示しました。
2022年のウクライナ侵略以降、拡大を続けてきた軍事支出が初めて減額されます。

背景には、原油価格の下落によるエネルギー収入の減少、そして財政赤字の拡大があるとされます。
同時に、治安維持・国内防衛関連の予算は増額され、戦費と社会統制の両立を図る姿勢もうかがえます。

日経報道は、ロシア財政の逼迫を軍事費抑制の主因とし、「戦争遂行能力の限界」との見方を提示しました。


情報の解釈は

多くの論者は、この記事を「ロシアの戦争遂行能力が限界に達しつつある」という文脈で読むでしょう。
新聞報道もその方向へ読者を導いています。

すなわち、「制裁とエネルギー収入の減少により、ロシア経済は疲弊している。もはや軍事支出を維持できない」という構図です。

しかしこの記事は、読者が期待する「侵略国家の行き詰まり」という物語にも巧みに寄り添っています。
つまり、報道側にとっても、読者にとっても“都合のよい朗報”になっているのです。

だからこそ、「この記事は本当か?」と一度立ち止まって考える必要があります。
そして、「別の仮説は立てられないか」と批判的に読む姿勢こそ、インテリジェンスの第一歩です。


「情報統制」とプーチン発言の矛盾

報道によれば、プーチン大統領は7月に「国防費の削減を計画している」と述べ、25年の国防費が上限の目安になると示唆しました。
通常のプーチンなら、弱さを印象づける「削減」や「財政逼迫」という言葉を自ら口にすることは避けるはずです。

では、なぜ今回は“自ら”削減を公言したのでしょうか。
ここには少なくとも三つの可能性があります。

  1. 事実を隠しきれない段階にある。
     財政赤字や増税が国民生活に直撃しており、もはや「隠す」選択肢がない。
  2. 統制演出の一環である。
     「わずかに減らすが、依然として巨額を国防に投じている」と強調することで、危機を“統制下にある”ように見せる。
  3. 国際社会へのシグナル。
     欧米や中国に対し、「戦争は継続するが、無尽蔵ではない」というニュアンスを発信し、交渉の余地を残す。

プーチン自身の発言を素材に、複数の可能性を検討してみることが重要です。


もう一つの仮説

新聞報道とは異なる視点も成り立ちます。

ロシアは東部ウクライナ戦線で軍事的成果を得ており、もはや従来のような大規模攻勢を支える国防支出を維持する必要がなくなったのかもしれません。
むしろ前線の安定化と戦争の長期化を見据え、支出の重点を「攻勢」から「統治・治安維持」へと移す段階に入った――。

つまり今回の削減は、「戦争遂行能力の限界」ではなく、「戦争の形態を持続可能なものへ転換する」ための政策的再配分だという仮説です。

そのうえで追加の情報を集めてみましょう。
たとえば、ウクライナが最近重視しているのは、前線防衛よりもロシアの石油・ガス施設など後方インフラへの攻撃です。
この攻撃が一定の成果を挙げ、エネルギー収入を減らしているとすれば、経済的制約がエネルギー収入減と国防費抑制を促しているという見方も補強されます。


メッセージ

一つの仮説や情報を鵜呑みにした短絡的な分析ほど危険なものはありません。
重要なのは、単一の説明を受け入れる前に、複数の仮説を立てて検証する姿勢です。

記事を読むときは、「眼光紙背に徹す」の精神で臨むこと。
――それこそが、インテリジェンス・リテラシーを高める第一歩なのです。