ハンガリー政変――変わるのは姿勢、変わらないのは中身

(4月14日作成)


ハンガリーで総選挙が行われ、野党が圧勝しました。
長く政権を維持してきた ヴィクトル・オルバン は敗北を認め、結果を受け入れました。
16年続いた体制が、ここで一区切りとなります。

新政権について

新たに政権を担うのは、ペーター・マジャール です。
短期間で支持を集めた新興勢力で、既存政治への不満の受け皿となりました。

選挙では、汚職の是正と統治の立て直しを前面に掲げました。
EUとの関係修復も明確に打ち出しています。

一方で、マジャールはオルバン政権の内側にいた人物でもあります。
家族は政権中枢に関わり、体制の実態を知る立場にありました。

支持基盤は左派ではありません。
既存政治に失望した中道層と保守層の一部が流れ込んだ形です。


なぜ勝利したのか

今回の選挙は外交ではなく、国内問題で決まりました。

マジャールはロシア・ウクライナ戦争に踏み込まず、距離を取りました。
そのうえで、争点を一つに絞りました。

汚職です。

長期政権の疲弊、権力の私物化、側近政治。
この不満に票が集中しました。

有権者は政策ではなく、「現状を変えるかどうか」で判断しました。


各国の反応

米国は歓迎の姿勢です。
EUとの関係改善が進むと見ています。

ロシアは警戒しています。
ハンガリーはEU内部で数少ない接点でした。

中国は静観です。
経済関係を維持することを優先します。

EUは明確に歓迎しています。
対立していた加盟国との関係修復が見込まれるからです。


政策変更はあるのか

ここが今回の核心です。

結論から言えば、外交の方向は大きく変わりません。

ウクライナ支援について、ハンガリーは積極的に転じません。
これまで通り、軍事面への関与には踏み込みません。

ロシアとの関係も維持されます。
エネルギー依存が続く以上、これは動かせません。

一方で、EUとの関係は改善します。
支援パッケージへの同意や、政治的な協調姿勢は強まります。

つまり、

ロシアとの実利は維持する。
EUには協調する姿勢を示す。

この二つを同時に進めることになります。


ロシアはどこまで許すのか

ロシアの許容ラインははっきりしています。

ハンガリーが、

  • ウクライナへの具体的な軍事支援に踏み込まない
  • ウクライナのEU加盟やNATO加盟を積極的に後押ししない

この範囲にとどまる限り、EUとの協調は許します。

ロシアにとって重要なのは、ハンガリーが敵に回らないことです。
EU内部に残る接点としての価値は維持したい。

そのため、

表向きのEU接近は容認する。
しかし、実利と安全に関わる一線は越えさせない。

この形になります。


今後の注目点

注目すべきは三つです。

第一に、EUとの関係修復です。
資金解凍と引き換えに、どこまで政策を調整するかが焦点です。

第二に、ロシアとの関係維持です。
エネルギー供給がどこまで安定するかが鍵になります。

第三に、ウクライナ問題での立ち位置です。
支援を止める国から、止めない国へ移るのかが見どころです。

―中国のアメリカを意識したアジア外交――外堀を固める戦略―(4月13日配信)

事実関係

中国は2026年4月9日、ベトナムのトー・ラム が14日から訪中すると発表しました。
今回の訪問は、習近平総書記(国家主席)による招待今回の発表は中国共産党の中央対外連絡部が行っています。

ラム氏はもともと:公安相(治安トップ) であり、2024年に共産党書記長に就任(実質的な最高権力) し、2026年4月に国家主席に選出されました。

今回は、ラム氏が国家主席に選出された直後であり、国家主席としての最初の外国訪問が中国なります。

同じ時期に、王毅外交部長は2026年4月10日から北朝鮮を訪問しています。
これは昨年の崔善姫外相の訪中への返礼です。

さらに、台湾の最大野党である国民党の主席も、4月7日から12日の日程で中国を訪問しています。

中国外交の特徴と今次外交の位置付け

中国は外交を、国家外交と党外交に分けて運用しています。

今回のベトナム訪問は中央対外連絡部が統括しており、党外交に位置づけられます。
そのため、ベトナムの国家元首の訪問でありながら、共産党トップ同士の関係が前面に出ています。

一方で北朝鮮に対しては外務ルートが使われています。さらに台湾の野党に対しては党間交流の形をとっています。

このように、中国は対象に応じて、党外交、国家外交、党間交流を同時に動かしています。

今回の動きは、アジア全体に対して複数の回路を同時に展開した事例です。

中国の狙い

中国の狙いは三つあります。

第一に、共産党同士の関係を軸にした政治圏の可視化です。ベトナムとの関係を、同じ体制の国として前面に出しています。

第二に、アジアにおける影響力の提示です。ベトナム、北朝鮮、台湾の野党という異なる対象に対して、同時に働きかけています。

第三に、対米・対日を意識した牽制です。
習近平 は米中首脳会談を控えています。その中で中国は、周辺国との関係を同時に動かし、アジアにおける主導的な立場を示しています。

ベトナムの新指導者が就任直後に訪中する。北朝鮮とは外相ルートで関係を維持する。台湾の野党とも接点を持つ。

これらを組み合わせることで、中国はアジアにおいて影響力を持ち、関係を維持できる大国であることを示しています。これは米国に対して、自らの交渉力を意識させる動きです。

同時に、日本に対する側面もあります。高市政権は対中姿勢を強めていますが、中国は直接対抗するのではなく、周辺関係を固めることで環境を整えています。

ベトナムの計算

ベトナムのラム氏は中国の招待に応じ、最初の外遊先として中国を選びました。

ベトナムは南シナ海で中国と対立していますが、同時に米国との関係も強めています。

今回の訪中は、このバランスを示す行動です。中国との関係を確認することで、対立を管理する姿勢を示しています。同時に、米国に対しては交渉余地を残す形になります。

インテリジェンスの視点

この事案は、個別の訪問の集まりではありません。

中国は対象ごとに手段を変えながら、同時に複数の関係を動かしています。
その組み合わせによって、アジアにおける自らの位置を示しています。

一つの行動だけを見ても意図は見えません。複数の行動を並べ、その順序と手段を重ねて読む必要があります。

中国は対米・対日関係を見据え、周辺との関係を同時に動かしています。この動きは、交渉の前に環境を整える行動です。

個別の訪問の背後に、地域全体の力関係が表れています。

(完)

インテリジェンス思考術(第24回-完)

競合仮説分析(ACH)を使う

▼仮説競合分析とは

仮説を立て、検証する際に入り込む思い込みや先入観を抑える方法として、ACH(Analysis of Competing Hypotheses:競合仮説分析)があります。
この手法は、CIAの分析官リチャード・ホイヤーが、認知心理学をもとに整理したものです。背景には、KGBの二重スパイであるユーリ・ノセンコをめぐる論争があります。
さらに、9・11同時多発テロやイラク戦争で分析の誤りが問題となり、この手法が改めて注目されました。

ACHの特徴は、仮説を「裏付ける証拠」ではなく、「否定する証拠」で評価する点にあります。
どの仮説が正しいかを考えるのではなく、「どの仮説が成り立たないか」を消していくのです。

▼仮説競合分析の手順

まず、考えられる仮説を複数用意します。数は5つ以内に絞ります。
次に、関連する証拠を10〜20個ほど洗い出します。

そのうえで、それぞれの証拠について、各仮説との関係を一つずつ判断します。判断は3つです。
・その仮説と合う → C(整合)
・その仮説と合わない → I(不整合)
・どちらとも言えない → N(中立)

強く当てはまる場合はCC、明確に矛盾する場合はIIとします。

ここで重要なのは、「すべての仮説に当てはまる証拠」や「どの仮説にも影響しない証拠」は捨てることです。
それらは判断に使えません。

証拠を整理したら、各仮説について「不整合(IやII)」の数を数えます。
このとき、不整合が最も少ない仮説が、現時点で最も有力な仮説になります。
逆に、不整合が多い仮説は除外されます。

つまりACHは、「正しさ」を積み上げる手法ではありません。
「矛盾の少なさ」で残す手法です。

この方法は、一人でも使えますが、6〜8人で実施すると効果が高まります。
他人の視点が入ることで、自分では見落としていた不整合に気づくためです。

また、この手法は現状分析で特に有効です。
ただし、将来のシナリオを考える際にも、仮説の整理には使えます。

最後に一点だけ付け加えます。
ACHで得られる結論は、あくまで「暫定的な結論」です。
その後は、この結論が正しいのかを見極めるための指標を設定し、状況の変化を追い続ける必要があります。

▼まとめ

ここまで、インテリジェンス思考術として、分析の進め方を順に見てきました。

前提を明らかにし、隠れた前提を洗い出す。
仮説を立て、幅を持たせる。
証拠で立証し、因果関係で検証する。
さらに前提そのものを疑い、仮説を並べて削り込む。

この一連の流れを確認してきました。

これらに共通するのは、「思い込みで判断しない」という一点です。

前提を疑い、仮説を並べ、証拠で検証し、合わないものを捨てる。
この作業を繰り返すことで、判断の精度は上がります。

インテリジェンスとは、特別な情報を持つことではありません。
限られた情報の中で、どこまで考え抜けるか、その技術です。

今回のシリーズでは、その基本的な考え方と手順を示しました。

ただし、本来であれば、個々の手法は事例とともに説明する必要があります。
ニュースレターという形式では、それを十分に行うことはできません。

そこで、インテリジェンス思考術については、いったんここで区切ります。

今後は、内容を再構成したうえで、noteにてあらためて解説します。
実際の事例にあてはめながら、「どのように使うのか」を中心に説明していきます。

我が近況(4月13日配信)

拙著『謀略とインテリジェンス』発売

拙著『謀略とインテリジェンス』が、4月10日に発売されました。これを受けて、並木書房様のnoteにて、3本の動画を掲載しています。

私はこれまで、あまり目立つことを好まず、発言の一部が切り取られて誤って伝わることへの懸念もあり、テレビや動画への出演はなるべく控えてきました。

しかし、出版を取り巻く環境が厳しい中で、本を届けるためには一定の発信も必要です。出版社の販促活動にも協力する形で、今回動画に出演しています。

動画では、なぜこの本を書いたのか、沖縄が中国によって独立するという架空シナリオの現実性、そして国家情報局創設の動きの中で日本が何を行うべきかについて話しています。

よろしければご視聴ください。

今後の発信方法の見直しについて

昨年10月13日からニュースレターを配信してきましたが、読者の広がりという点では十分な結果を得ることができませんでした。

また、一度の配信で近況、インテリジェンス思考術、国際情勢分析をまとめて扱う現在の形式では、内容が多くなりすぎ、読みやすさや伝わり方にも課題を感じていました。

そこで、発信の形を見直すことにしました。

今後は、ニュースレターという形式は今回で一区切りとし、内容ごとに分けて発信していきます。

インテリジェンス思考術については、改めて整理した上でnoteにて連載します。

また、国際情勢の分析については、これまで通り私のweb『インテリジェンスの匠』で随時掲載していきます。

noteでは、毎週月曜日を基準に、
・インテリジェンス思考術
・韓国ドラマを題材とした分析(「韓国ドラマとインテリジェンス」)
を交互に掲載していく予定です。

最初の原稿はすでに公開しています。

形式は変わりますが、扱うテーマや問題意識はこれまでと変わりません。
より読みやすく、蓄積される形で発信していきますので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

インテリジェンス思考術(第23回)

前提を見直す

リンチピン分析で前提を見なおす

情報分析は、仮説を立て、それを証拠で立証することだと述べました。
ただし、仮説の立証にはいくつかの問題があります。

有力な仮説を立てられない、思い込みで仮説を立ててしまう、一度立てた仮説に固執してしまうといった問題です。

私は、こうした問題を避けるために、いくつかの分析手法を使います。
リンチピン分析、重要な前提の見直し(KAC)、反対の主張、仮説の検証、チームA/チームB、レッドチーム、代案分析、もしならば分析、競合仮説分析(ACH)などです。

まず、リンチピン分析について説明します。

分析を進める上では、前提が必要です。

たとえば、中国の最高指導者は2期10年という慣例がありました。
そのため、2012年に習近平氏が就任した後、2017年頃には次期指導者が誰になるかという分析が多く行われました。
2022年に習氏が引退するという前提で、後継者の予測が進められていたのです。

しかし、この前提は崩れました。
2018年に憲法が改正され、国家主席の任期制限が撤廃されました。
その結果、2022年に習氏は3選を果たし、現在に至っています。

このように、前提は分析の幅を狭めたり、分析そのものを誤らせたりすることがあります。

企業の事例で説明します。

ある外食企業で、プロジェクトチームが長期計画の策定を命じられたとします。

このチームは、「自社は今後も外食事業を続ける」という前提で検討を始めました。

この前提に立てば、戦略は自然に決まります。
店舗数の拡大、メニュー開発、原価管理、人材確保といった改善策を積み上げることになります。

しかし、この結果を社長に報告したところ、社長は次のように言いました。
「外食産業を続ける前提は誰が決めたのか。会社の発展と、人を幸せにするという目的から考え直してほしい。」

この指摘で、前提が揺らぎます。

外食市場が縮小する可能性があります。
人手不足やコスト上昇によって、事業そのものの採算が合わなくなる可能性もあります。
消費行動の変化によって、外食という形態自体が選ばれなくなる場合もあります。

もし「外食事業を続ける」という前提を見直すと、選択肢は大きく変わります。
中食や食品製造への転換、デリバリー専業への移行、あるいは事業からの撤退といった判断も現実的になります。

このように、前提を疑うことで、戦略の方向そのものが変わります。
それに伴い、情報分析の範囲や対象も変わることになります。

リンチピン分析は、国際情勢だけでなく、企業の意思決定や個人の将来設計にも使えます。
当然と思っている前提を疑うことが重要です。

たとえば、退職後は年金が受給できるという前提で将来設計を立てている場合、その前提が変わる可能性を考える必要があります。

前提が変われば、結論も変わります。

「重要な前提の見直し」(KAC)を使う

重要な前提を見直すために、欧米ではKAC(Key Assumptions Check)という手法が使われています。

この手法は、次の手順で進めます。

① 現在の分析の方向性を支えている前提をすべて列挙する。
② 明示された前提だけでなく、暗黙の前提も含めて確認する。
③ 各前提について、「なぜ正しいのか」「どの条件でも成り立つのか」を検証する。
④ 正しいと判断した前提についても、どのような状況で見直しが必要になるかを考える。

私は、この手順に加えて、前提を評価する際にマトリクスを使います。
評価は「関連性」と「立証」の二つの視点で行います。

関連性は、その前提が分析にどれほど影響するかを見ます。
立証は、その前提がどれほど確実に裏づけられているかを見ます。

関連性の評価は次のとおりです。
・分析にほとんど影響しない場合は0点です。
・誤っていれば分析が変わる場合は1点です。
・その前提がなければ分析が成立しない場合は2点です。

立証の評価は次のとおりです。
・裏づけが不十分で疑問が残る場合は0点です。
・おおむね正しい場合は1点です。
・確実に正しい場合は2点です。

具体例で説明します。

ある企業で、新規事業への投資判断を行うとします。
その際、次のような前提が置かれている場合があります。

① 市場は今後も拡大する。
② 自社の技術は競争力がある。
③ 競合企業の参入は限定的である。
④ 規制環境は大きく変わらない。
⑤ 必要な人材は確保できる。
⑥ 投資資金は継続的に確保できる。

これらはすべて「前提」です。
この前提の上に、投資の意思決定が組み立てられています。

これらを整理し、関連性と立証の程度を評価します。

その結果、関連性が高いにもかかわらず立証が不十分な前提に注目します。
たとえば、「市場は拡大する」「自社の技術は競争力がある」といった前提がこれに当たります。

一方で、影響が小さい前提は優先度を下げることができます。

このように、前提を整理し、重要度と確実性で評価することで、どの前提を重点的に検証すべきかが明確になります。

▼今回はここまで
今回は、前提や仮説を見直すための手法として、リンチピン分析とKACを説明しました。

仮説は立てるだけでは意味がありません。その仮説を支える前提を疑い、必要であれば組み替えることが重要です。

前提が変われば、結論は大きく変わります。この点を意識することで、分析の精度は向上します。

次回は、仮説そのものをどのように見直すかについて解説します。

―トランプ発言が示す同盟の揺らぎ―(4月6日配信)

米国のドナルド・トランプ大統領は、2026年4月1日に公開された英紙のインタビューで、北大西洋条約機構からの脱退について「真剣に検討している」と述べました。

トランプ氏は「NATOに心を動かされたことは一度もない」「張り子の虎だと常に知っていた」と語り、同盟そのものに否定的な認識を示しました。また、「ウクライナは我々の問題ではなかった」と述べ、米国の関与のあり方にも疑問を投げかけています。

この発言は一時的なものではありません。同盟の前提を見直す意思を明確に示したものです。

イラン攻撃で露呈した米欧の距離

今回の発言の背景には、イランへの攻撃をめぐる米国と欧州諸国の温度差があります。米国とイスラエルが軍事行動を開始した際、欧州諸国は協力を控えました。

英国は基地の使用を制限し、フランスは軍事協力に応じませんでした。イタリアは米軍機の着陸を拒否し、スペインは領空通過を認めませんでした。

なぜ欧州は距離を取ったのか。理由は三つあります。

第一に、戦争目的の不一致です。欧州はイランとの全面対決を望んでいません。中東の不安定化はエネルギーや難民問題として欧州に直接影響します。

第二に、国内政治の制約です。欧州各国では軍事介入への支持が弱く、政府は慎重な対応を取らざるを得ません。

第三に、米国への不信です。トランプ政権の政策は予測が難しく、長期的な関与の保証が見えません。このため、欧州は米国の軍事行動に全面的に依存しない方向に動いています。

この結果、米国が戦争を開始しても欧州が追随しない状況が現実のものとなりました。

▼NATOは米国が関与しなければ空洞化する

NATOは加盟国の一国が攻撃を受けた場合、全体で防衛する仕組みです。

ただし、実際の抑止は条文だけで成り立ってきたわけではありません。

冷戦期、米国は西ドイツなどに大規模な部隊を前方展開させていました。この配置によって、欧州で戦闘が起きれば米軍も直接攻撃を受ける構造が生まれていました。

つまり、欧州の戦争は米国自身の戦争になる。この状態があったからこそ、NATOの抑止は機能してきました。

しかしトランプ氏は「ウクライナは我々の問題ではない」と述べています。これは、欧州での紛争を自国の問題とは見なさないという考え方です。

この考え方に立てば、相互防衛の条項があっても米国が関与しない可能性が生まれます。

その場合、NATOは制度としては残りますが、米国の軍事力を前提とした抑止は機能しなくなります。とくにウラジーミル・プーチン政権下のロシアに対する抑止は大きく低下します。

つまり、NATOは米国が関与しなければ実質的に空洞化します。

この構造は欧州に限りません。日米同盟も同じです。米軍の駐留と関与の意思があって初めて抑止は成立します。

米国がそれを自国の問題と見なさなければ、条約があっても実効性は低下します。

発言は外交の圧力か、それともトレンドか

もっとも、トランプ氏が直ちにNATOから離脱するとは限りません。実際の政策には議会や軍の意向が影響します。

今回の発言には、欧州に対する圧力という側面があります。欧州から負担増や軍事協力を引き出すための交渉手段として用いられている可能性があります。

さらに米国内の事情も影響しています。イラン攻撃に対して欧州が協力しない中で、ホルムズ海峡の緊張が高まり、エネルギー価格の上昇が現実の問題となっています。これにより戦争支持は低下し、11月の中間選挙を前に政権への圧力が強まっています。

しかし重要なのは、この種の発言が以前から繰り返されている点です。

トランプ氏は過去にも同様の主張を行い、その都度、同盟の価値を問い直してきました。一度の発言で終わるものではなく、一定の方向性を持った言動です。

したがって、今回の発言は単なる舌戦として片づけるべきではありません。一つの流れとして捉える必要があります。

トランプ氏の発言の根底には、同盟に対する一貫した考えがあります。同盟は価値や理念ではなく、利益で判断するという発想です。負担を分担しない相手には防衛義務を負わない。この考え方は繰り返し示されてきました。

NATOは本来、相互防衛を前提とする仕組みです。しかしトランプ氏はその前提を受け入れていません。米国に直接の利益がなければ関与しないという立場です。つまり、同盟を契約として再定義しようとしています。

この発想が広がれば、同盟は安定した枠組みではなく、状況に応じて見直されるものになります。

日本・ウクライナへの影響

今回の発言は、ウクライナ戦争と日本の安全保障の双方に影響を与えます。

まずウクライナです。トランプ氏が「我々の問題ではない」と述べたことは、米国の支援縮小や関与の後退につながる可能性があります。これは戦況に直接影響します。

その結果、プーチン政権にとって有利な形で戦線が固定化され、力による現状変更が既成事実として積み上がる可能性があります。

次に日本です。米国が同盟を選別する姿勢を強めれば、東アジアでも同様の判断が行われます。台湾有事や地域紛争において、米国がどこまで関与するかは不確実になります。

共通しているのは、「米国が必ず関与する」という前提が揺らいでいる点です。

そして、米国自身が自国の利益を基準に軍事行動を選別するならば、中国やロシアも同様の論理で行動します。その結果、力による現状変更がより広がりやすくなります。

インテリジェンスの視点

今回の事象は、情報分析の基本的な手順で整理できます。

まず前提です。トランプ氏はこれまでも同盟軽視の発言を繰り返してきました。今回の発言はその延長にあります。

次に仮説です。米国は同盟網への関与を限定し、自国利益を優先する方向に進む可能性があります。

証拠として、欧州との協力の不調、イラン攻撃における単独行動、ウクライナへの関与の見直し発言が挙げられます。

これらを踏まえると、「米国は同盟の運用を選別する段階に入った」という見方が成り立ちます。

ここで重要なのは、発言そのものの真偽ではありません。この発言がどのような行動につながるか、その方向性を強める兆候や変化の指標を継続的に追うことです。

その変化を読み取ることが、インテリジェンスの役割です。

(了)

我が近況(4月6日配信)

拙著『謀略とインテリジェンス』まもなく発売

拙著『謀略とインテリジェンス』が、4月10日に発売されます。

インテリジェンスには、三つの意味があります。
一つは、戦略判断や意思決定に役立つ知識です。
二つ目は、その知識を得るための情報活動そのものです。
三つ目は、それを担う組織です。

このうち情報活動には、情報を収集するだけではなく、我が方の立場を有利にするためのプロパガンダ(宣伝)や秘密工作が含まれます。
旧日本軍は、この秘密工作を「謀略」と呼んでいました。

謀略は、作戦、思想、政治、経済といった領域に分けて考えることができます。
その中でも思想の領域は、現在では「認知戦」という名称で語られることが増えています。

私は、認知戦という言葉が持つ範囲、その脅威、そして実際にどのように目的を達成するのかという点について考えるには、まず「謀略とは何か」を改めて見直す必要があると考えました。
日本軍がどのように謀略を捉えていたのか、各国がどのような謀略的行為を行ってきたのかを整理することが重要です。

この問題意識から、本書を執筆しました。
拙著『謀略とインテリジェンス』の見本ができましたので、4月3日に出版元へ受け取りに行きました。
これから、お世話になっている方々に献本しようと考えています。

前著『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略』では、約10冊を献本しました。
その際、スマートレターで郵送しましたが、最初に送った5冊は問題なく届いたものの、後から送った5冊は自宅に戻ってきました。

スマートレターは、本を安く送る方法として便利ですが、内容物を含めた厚さが2cmを超えると規定違反になります。
現場の判断が入る余地はありますが、このときは認められませんでした。

前著は302頁で、本体の厚さがちょうど2cmほどありました。
そこに封筒の厚みが加わり、結果として規定を超えてしまったということです。

安全に送るのであれば、280頁程度までが目安になるでしょう。
今回の著作は230頁ですので、この点は問題ありません。

我が近況(3月30日配信)

伊豆長岡での取材旅行を終えて

私は、3月16日から20日までの5日間、伊豆長岡と修善寺に取材旅行に行きました。

私は、源頼朝の流刑地である蛭ヶ島、北条館跡(江間)、北条時政が建立した願成就院、修善寺、頼朝の子である頼家の墓、頼朝の弟範頼の墓、江川邸、韮山反射炉、三嶋大社を見学しました。

私は現地で、源頼朝の猜疑心、頼朝と八重姫や北条政子との関係、そして北条義時の情報の使い方について考えました。

頼朝は、挙兵して権力を奪う段階では情報を集め、それを判断に使いました。ところが、頼朝が政権を握ると、周囲への不信が強まりました。その結果、頼朝は自分に不利と見た者を処断し、必要な情報も入らなくなりました。頼朝は弟の源範頼や源義経を失いました。

頼朝の死後、子の源頼家は妻の一族である比企氏を重く用いました。これに対し、北条時政、政子、義時は頼家を伊豆に移し、修善寺で監視下に置きました。頼家はその地で命を落としました。

政子は、将軍である息子よりも北条家の存続を選びました。私はこの経緯を現地で確認しながら、権力を握る者が情報をどう扱うかという問題を改めて考えました。

権力と情報の関係は、私の研究の中心にあります。今回の取材では、その関係を具体的な事例として捉えることができました。

東京駅と新幹線で思ったこと

私は普段、新幹線をほとんど使いません。地方へ行くときは、大阪であっても飛行機を使います。費用と移動の負担を考えると、その方が合理的です。

今回、私は麹町の会社を訪問した後、東京駅へ移動しました。三島方面の新幹線まで時間があったため、私は八重洲ブックセンターに向かいました。しかし、その大型書店はすでに閉店していました。

私はこの変化を見て、本が情報収集の中心であった時代は薄れつつあることを実感しました。

また、東京駅には多くの外国人旅行者がいました。一方、出発前の喫煙スペースには日本人の利用者が集中していました。男性が多く、女性は少数でした。外国人の姿はほとんど見かけませんでした。

私はこの光景から、生活習慣の違いが行動として表れていることを感じました。

インテリジェンス思考術(第22回)

仮説を立証および検証する

仮説を証拠で立証する

仮説を立てたら、次に行うのは立証です。
立証には証拠が必要です。

情報分析における証拠とは、仮説を裏づけるために用いる情報です。私は証拠を扱う際、次の点を常に確認します。

・完全な証拠は得られません。
・一つの証拠が複数の仮説を支持することがあります。
・証拠は、確実性や信頼性が異なる情報源からもたらされます。
・証拠は曖昧で不正確な場合があります。
・ある証拠は一つの結論を支持し、別の証拠は異なる結論を支持します。

私はこれらを前提として証拠を扱います。

立証では、情報の妥当性と信頼性を確認しながら、情報を組み立てます。
そのうえで、既に得ている情報やインテリジェンスと照合します。
私は、情報どうしの関係を確認し、内側のつながりと外側のつながりを明らかにします。

証拠が仮説に対して妥当であり、信頼でき、重要であると示せたとき、立証は成立します。
この過程では、証拠と仮説をつなぎながら判断します。

具体例で説明します。

ある企業について、「この企業は今後、業績が悪化する可能性が高い」という仮説を立てたとします。

この場合、私は次のような証拠を集めます。

・主要製品の売上が前年同期比で減少している。
・主力市場で競合企業がシェアを拡大している。
・経営陣が短期間で交代している。
・研究開発費が減少している。

さらに、過去の事例から、業績悪化の前には次のような兆候が見られます。

・在庫の増加
・利益率の低下
・人員削減や拠点統合
・資金調達の増加

私はこれらの証拠を積み上げ、仮説の妥当性を判断します。

仮説を因果関係で検証する

仮説を立てた後、私は複数の仮説の中で、どの仮説が最も可能性が高いかを判断します。
これを仮説の検証と呼びます。

検証では、因果関係を確認します。

たとえば、「企業の業績が悪化した」という結果があり、「新規参入企業が市場に増えた」とします。
私はこの関係を、原因と結果の可能性として扱います。

この場合、「なぜ業績が悪化したのか」という問いに対して、「競争激化が原因である」という仮説を立てます。
そのうえで、市場シェアの変化や価格競争の激化などを証拠として、因果関係を確認します。

一般に、「Aが起きるとBが起きる」という関係を因果関係と呼びます。
Aが増えればBも増える関係もあれば、Aが増えればBが減る関係もあります。

一方、「AとBが同時に変化する」だけでは因果関係とは言えません。
これは相関関係です。

相関関係と因果関係は混同されやすいものです。

たとえば、広告費が増えると売上が増える場合があります。
しかし、売上の増加が広告の効果とは限りません。市場全体の需要増加という別の要因が影響している可能性があります。

私は、相関関係から因果関係を見極める際、次の手順で進めます。

① 関係がありそうな事象を広く列挙する。
② 原因が先、結果が後という時間の順序を確認する。
③ 別の原因が存在しないかを確認する。

さらに、私は次の4つの関係を検討します。

・AがBを引き起こした。
・BがAを引き起こした。
・第三の要因CがAとBを生んだ。
・AとBの関係は偶然である。

とくに、見かけだけの関係には注意が必要です。

たとえば、在宅勤務の増加とオンラインサービスの利用増加は同時に起きました。
しかし、両者の背後には「感染症の拡大」という共通の要因があります。

私は、こうした関係を見誤らないようにします。

因果関係を見つけられない原因の一つは、思い込みです。
原因は意外な場所にあります。

私は分析を行う際、目の前の情報だけで判断せず、別の可能性を必ず検討します。
それが、仮説を正しく評価するために必要な姿勢です。

▼今回はここまで

今回は、仮説をどのように証拠で立証し、さらに因果関係を用いて検証するかについて解説しました。

仮説は立てるだけでは意味がありません。証拠によって裏づけ、複数の可能性の中で位置づけてはじめて分析として機能します。

西半球で進む別の変化(3月30日配信)


中東情勢に関心が集まっています。その一方で、西半球では別の変化が進んでいます。最近の報道によれば、キューバでは電力供給が維持できなくなっています。首都ハバナでは、1日に20時間を超える停電が発生しています。燃料不足により、ごみ収集車は動きません。街中にごみが放置され、生活環境が悪化しています。バスは運行できず、移動は制限されています。病院では処置の優先順位が変わり、日常的な医療も維持できなくなっています。

キューバの発電は燃料に依存しています。燃料の流入が落ちると、発電量はそのまま落ちます。電力が低下すると、交通、衛生、医療の順に影響が広がります。都市の機能が段階的に低下しています。

▼西半球戦略としての一体性
アメリカ合衆国は西半球での影響力の維持と、中国の関与の制約を進めています。2026年1月には、ベネズエラに対して軍事行動を行い、マドゥロ政権を崩しました。米国は同国の産油と輸出の経路に手を入れました。これにより、エネルギーの供給側に変化が生じ、中国に対しても圧力がかかります。

キューバは米国本土に近接しています。この位置に外部勢力の拠点が形成されると、情報と影響の面で負担が生じます。1960年代には、キューバ危機でこの問題が表面化しました。現在も、中国による対米情報収集拠点の存在が指摘されています。

キューバは石油資源を持ちませんが、地理的位置に意味があります。米国は、この地域が中国やロシアの影響下に入ることを避けようとしています。

▼米国の措置と供給経路
米国はベネズエラでは軍事行動により供給側を直接コントロールしました。一方、キューバに対しては資源の流れに制約をかけています。

キューバはベネズエラ産の原油に依存しています。米国によるベネズエラへの軍事介入は、この供給経路の遮断を意味します。さらに、米国は第三国による代替供給に対して、決済、保険、対米関係のリスクを通じて圧力をかけています。

他方で、民間部門に限定的な供給を残しています。その結果、発電や公共サービスに回る燃料が先に不足します。電力と輸送が止まり、生活環境が悪化します。政府部門と民間部門の間に差が生じ、統治に影響が出ます。

▼静かなハイブリッド戦の構図
現代のハイブリッド戦では、有事と平時、軍事と非軍事の区別が重なります。

中東では、イランに対して軍事行動が用いられています。攻撃対象は明確で、結果は短期間で現れます。

その一方で、西半球のキューバでは、資源と経済を通じた圧力が用いられています。燃料供給に制約がかかり、発電と輸送が止まり、都市機能が低下します。変化は時間をかけて進みます。

同じ時期に、異なる地域で、異なる手段が並行して用いられています。一方では軍事行動が行われ、他方では経済と資源を通じた圧力が進みます。これらは同時に進む一つの対立です。

▼日本と企業への視点
日本にとって、中東は石油資源の観点から重要です。ホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡が使えない場合、中東からの輸送は制約されます。

この場合、船舶は代替経路を選びます。主な経路は、アフリカ南端の喜望峰を回る航路です。また、オーストラリアや他地域からの供給への依存が高まります。

この航路は距離が長く、輸送日数が増加します。船腹に余裕がなくなり、輸送効率が低下します。その結果、世界の海運全体で再配分が起きます。

船会社は、確実に通航できる経路に船舶を集中させます。西半球で東西を結ぶ主要経路であるパナマ運河への依存が高まります。通航需要が増えれば、待機日数と通航料が上がります。

この運河は水量に依存しています。降雨の変動により通航枠が制限されることがあります。需要の集中と水量制約が重なると、物流の遅延はさらに拡大します。

このように、中東の海峡の不安定は、西半球の運河にも影響します。日本の企業は、エネルギーだけでなく、航路の変化による輸送日数、在庫、保険、運賃の変動に対応する必要があります。

現代の対立は、一つの地域だけを見ても把握できません。複数の地域と複数の手段が同時に動きます。

▼情報をどう読むか(インテリジェンスの視点)
国際情勢は一つの地域だけでは理解できません。全体を俯瞰し、複数の地域の動きを同時に見る必要があります。

停電は結果です。この結果の背後には、資源の流れと政策の変化があります。こうした兆候から、次に起きる変化を読み取ることが求められます。

そのためには、複数のシナリオを用意し、それぞれに対応する兆候を整理する必要があります。どの兆候が現れたときに、どの方向に進むのかを事前に考えておくことが重要です。

(了)