▼ レベル4が発出
日本政府は16日、イラン全土に対する危険情報をレベル4(退避勧告)へ引き上げました。外務省が理由として挙げたのは、インターネット及び国際電話の不通、国際航空便の相次ぐ停止や減便によって、出国が困難になる可能性です。
一部では、日本がレベル4に引き上げた背景として、米国政府から軍事攻撃を示唆する情報があったのではないか、という憶測も流れました。というのも、2025年には、日本政府がイラン全土にレベル4を発出した5日後に、米海空軍によるイランへの軍事行動が実施された経緯があるためです。
では、今回も米国の軍事行動はあり得るのでしょうか。以下、1月18日現在の公開情報に基づき整理します。
▼ イラン情勢をめぐる最近の経緯
イランでは、バイデン政権下で経済制裁が継続する中、経済停滞や物価上昇、若年層の将来不安が広がっていました。こうした状況下で、2022年9月の女性の服装規制をめぐる事件を契機に、都市部を中心とする反政府デモが拡大し、治安部隊との衝突が常態化しました。
国内の不安定化が続く中、2023年10月以降、イスラエルとハマスの戦闘が激化し、ハマスやヒズボラを支援するイランとイスラエルの直接衝突が懸念される状況となりました。2024年1月には、イスラエルがシリア・ダマスカスのイラン大使館関連施設を空爆し、イスラム革命防衛隊幹部が死亡しました。イランはこれを国家への直接攻撃と位置づけました。
同年4月、イランは弾道ミサイルやドローンでイスラエルに報復し、イスラエルもイラン本土を攻撃しましたが、双方の攻撃はいずれも限定的で、大規模な戦闘には発展しませんでした。その後も核・ミサイル問題を背景とする緊張は続き、2024年秋にはイスラエルによるイラン軍事施設への攻撃が断続的に行われました。これを受け、10月26日、日本政府はイランの大部分をレベル3、一部をレベル4とする危険情報を発出しました。
2025年に入っても緊張は緩和せず、6月13日にはイスラエルがイランの核関連施設や軍事施設を攻撃しました。これを受け、6月17日、日本政府はイラン全土をレベル4に引き上げました。さらに6月22日には、米海軍・空軍がイラン国内の核施設を空爆しましたが、6月23日に停戦合意が成立し、情勢は一時的に落ち着きました。
その後、7月下旬にレベル3、11月下旬に一部レベル2へ引き下げられましたが、12月28日、テヘランで経済悪化に対する抗議行動が発生し、各地に拡大、一部は暴動化しました。これを受け、2026年1月16日、日本政府は再びイラン全土をレベル4としました。
▼ 見落とせない起点――2024年の黙認
イラン情勢は2022年頃から不安定化の度合いを高めていましたが、状況が質的に変化した契機は、イスラエルとイランの直接対決が始まった2024年4月に遡ります。
この時、イスラエルはイラン本土の核関連拠点を攻撃しました。ただし、核施設そのものを大規模に破壊したわけではなく、イランの核開発を恒久的に阻止するという点では不十分な攻撃だったとされています。
この攻撃に対し、米国は事前関与を否定し、公開支持も行いませんでした。一方で、強い非難や制止も行わず、結果としていわゆる消極的容認の姿勢を取った形となりました。
当時のバイデン政権にとって最優先事項は、イスラエルの軍事行動が拡大し、中東全体が戦争状態に陥ることを防ぐことでした。そのため、イスラエルを公然と支持することも、強く抑え込むことも避ける判断が取られました。
結果として、この攻撃に対する国際社会の反発は限定的なものにとどまりました。核拡散を阻止するという名目の下で行われた核関連施設への攻撃は、国際社会の枠内で黙認され得るという前例が形成されました。要するに、核施設に対する軍事行動への敷居が事実上引き下げられたといえます。
その後もイランは核開発を継続し、施設の地下化や分散化が進んだとみられています。一方、国内では経済停滞と制裁の長期化を背景に、社会的な不満が蓄積し続けました。
バイデン政権は一貫して、外部から軍事的に圧力を加えることは、かえって国内のナショナリズムを刺激し、体制を引き締める結果を招くとの認識を持っていました。
▼ 2025年の転換――イスラエル自制から米国主導の核開発阻止へ
しかし、政権がトランプ政権に移行すると、米国の対イラン政策の方向性は明確に変化しました。トランプ政権は、バイデン政権のようにイスラエルに自制を求めつつ、その結果として報復リスクや地域不安定の管理責任を負い続ける立場を回避しようとしました。
また、イランの核施設の地下化・分散化がさらに進む前に、核施設そのものに実質的な損害を与える必要があるとの判断が強まりました。抑止と管理を続けるよりも、行動によって主導権を確保するという選択が優先されたといえます。
こうして2025年6月、イスラエルによる核関連施設への攻撃が行われる中で、米国はこれを傍観する立場を取らず、自らが主導してイランの核関連施設を攻撃する選択に踏み切りました。これは、イスラエルとイランの対立を単純に拡大させるものではなく、国際社会がイランの核開発を阻止するという構図へ転換させる意図を伴うものでした。
米国による空爆は、イランの核開発を完全に止めたわけではありませんが、いくつかの重要な効果をもたらしました。
第一に、空爆は大きな国際的批判を招くことなく、核開発が地域に与える脅威を管理するための手段として一定程度容認される形となりました。
第二に、イラン政府の統治能力は大きく削がれました。防空、核施設防護、対外調整を同時に行う必要が生じ、国内治安に集中できていた統治資源が分散しました。
第三に、国内の反政府的な市民層において、国家権力は米国というさらに強大な軍事力の前では万能ではないという認識が広がりました。
その結果、従来は政権によって抑え込まれていた不満が、暴動へと転化しやすい環境が形成されました。つまり、現在の暴動の拡大は、2025年6月の米国による空爆を一つの起点として理解することができます。
▼ では、さらに軍事行動はあるのか
現時点において、米国による新たな軍事介入の蓋然性は高くないと考えます。主な理由は、次の三点に集約されます。
第一に、軍事介入には大義が必要です。核開発阻止を名目とする軍事行動には一定の国際的許容がありますが、他国の治安維持を理由とする軍事介入について、国際社会の容認を得ることは困難です。
第二に、軍事行動の効果が見込みにくい点です。外部からの武力行使は、体制内部の分裂を促すよりも、統治側の結束を強める方向に作用しかねません。
第三に、中東全体の不安定化につながるリスクがあります。イランの統治が崩れた場合、その後の混乱を外部が制御する手段は乏しく、報復や対外攻撃を誘発する恐れがあります。
一方で、空母の展開、日本政府による危険情報レベル4の発出、トランプ大統領の強硬な発言など、軍事行動を示唆する兆候を無視することはできません。
▼ メッセージ――兆候と妥当性の両面からの評価
インテリジェンスでは、行動を予測する際、兆候と戦略的妥当性の両面から評価します。
ロシアによるウクライナ侵攻では、軍事的兆候が存在していたにもかかわらず、多くの専門家は「侵攻は起きない」と判断しました。合理性を重視した結果、実際の行動を予測できなかったのです。
今回のイラン情勢でも、思い込みによる決め打ちは禁物です。兆候を一つ一つ拾い上げ、妥当性と突き合わせながら評価していく作業が重要です。(了)
