トランプ米大統領のグリーンランド発言をどう読むか

――「何を言ったか」ではなく「なぜ今言ったか」を見る

事実関係と報道の整理

2026年1月9日、ドナルド・トランプ米大統領は、アメリカがグリーンランドを「所有」する必要があると述べました。理由として大統領は、ロシアと中国がグリーンランドを取るのを防ぐためだと説明しました。

大統領は、「国は所有権を持ち、それを守るのであって、リースを守るものではない」と語り、「簡単な方法」と「難しい方法」があるとも付け加えました。ホワイトハウスは、購入の可能性を否定しなかった一方で、武力行使の可能性についても明確には否定しませんでした。

グリーンランドの現状

グリーンランドは、デンマークの準自治領です。外交と防衛はデンマーク政府が担い、自治政府が内政を担当しています。

デンマーク軍は規模が小さく、北極圏において単独でロシアや中国からの軍事行動を防衛できる能力は持っていません。

もっとも、中国はグリーンランドに軍事基地を保有しているわけではありません。過去にはインフラ投資や研究活動を通じて関与を試みてきましたが、軍事的に進出する兆候は見られません。ロシアも北極圏を軍事空間として重視していますが、グリーンランドの排他的経済水域(EEZ)と直接重なる海域を持つわけではありません。また、すでに北極経由で米国本土に到達するミサイル能力を有しており、グリーンランドが特段、新たな軍事的価値を持つ状況でもありません。

一方、米国はすでにグリーンランドに軍事拠点を置き、弾道ミサイル警戒や宇宙監視を行っています。米国自身も、今すぐに中露に対して安全保障上の空白を埋めなければならないという状況にはありません。

また、グリーンランドを米国が実際に「所有」するための現実的な手順は示されていません。売却交渉には時間がかかります。仮に軍事行動と呼ばれる事態があったとしても、それは軍事力をもってグリーンランド軍と戦うことではなく、既存の米軍基地を拡大し、港湾管理を強化し、ミサイル防衛を強化するといった措置にとどまります。それでも、NATO加盟国同士の関係を損なうため、すぐに実行できる話ではありません。

トランプ大統領は、あえて「難しい方法」という強い言葉を使いました。

それは実行計画を示すためではなく、政治交渉の文脈で意図的に選ばれた表現と見る方が自然です。ウクライナをめぐる交渉が続き、さらに年内に米中首脳会談を控えるこの時期だからこそ、こうした言い方が用いられたと考えられます。

トランプの意図

報道では、トランプ大統領のベネズエラやイランへの軍事的関与、石油輸出国への圧力といった視点から、北極圏の資源獲得が狙いだとする主張が多く見られます。

たしかに、グリーンランドのレアアースは注目されがちですが、採掘条件、インフラ整備、環境規制といった制約は大きいのが実情です。米国が中国依存を減らす手段としては、豪州や南米の方が即効性があります。

北極圏の資源獲得が狙いであるとの見方は否定できませんが、それだけでは、この発言の強さやタイミングを十分に説明できません。

また、トランプ大統領は国家安全保障戦略や国家防衛戦略において、いわゆるドンロー主義に基づく西半球での支配圏強化を打ち出し、特に中国抑止を重視してきました。今回の発言でも、ロシアと中国がグリーンランドを取るのを防ぐためだと説明しています。

将来の安全保障上の懸念を予期し、中露を牽制するために早期に布石を打つという見方も成り立つかもしれません。しかし、実務重視、駆け引き重視のトランプ大統領の政治手法を考えると、長期的な戦略構想を丁寧に積み上げるタイプとは言いにくい面があります。また、安全保障戦略や国家防衛戦略を見ても、欧州への冷淡な対応や、米露間の直接的な対立を回避しようとする意図がにじんでいます。

この発言は誰にどう響くのか――欧州と中国

今回の発言には、「いきなり言った」という印象が強くあります。グリーンランドの問題が、ほとんど焦点化していない局面で、トランプ大統領があえて極端な言葉を投げ込んだ真意はどこにあるのかを考える必要があります。

この発言は、グリーンランドやデンマークに向けた言葉というよりも、まず欧州に向けた発言と見ることができるでしょう。欧州の政権や世論は、必ずしもイランやベネズエラでの強硬な軍事行動を支持していません。一方で、ロシア・ウクライナ問題では、米国の関与提言を警戒しつつ、トランプ大統領主導で中露との直接交渉が進むことを牽制し、協議への関与を求めています。

トランプ大統領は、中露との交渉に欧州は不要であり、大国間関係は独断で進めるという姿勢を示してきました。今回の発言は、欧州に対して、その立場をあらためて示す牽制と読むこともできるでしょう。

もう一つは、中国に向けた発言です。今年は米中首脳会談が予定されています。

中国は北極圏を将来の活動空間と見なし、研究や投資を通じて関与の余地を探ってきました。今回の発言は、北極圏を後から交渉で切り分ける対象にしないという事前通告として機能する可能性があります。

あるいは、中国に対して、イラン、ベネズエラ、そしてグリーンランドといった複数の論点で圧力を高め、それらを正面の議題にはせず、交渉全体の力関係を動かす材料として使う可能性もあります。つまり、交渉の場では圧力を下げ、その見返りとして経済的な譲歩を引き出そうとする意図が含まれている可能性も否定できません。

我が国への影響とメッセージ

この発言が、米国による同盟国への揺さぶりや、中国との交渉を意識したものであるなら、日本にとっても他人事ではありません。

日本国内の基地問題や世論の動きが、米国から見て反米的と映り、それが中国との大国間関係において取引材料とされるのであれば、かつてのニクソン・ショックを想起させる事態になりかねません。今年は米中首脳会談を控えています。

今回のような発言を読む際には、発言の正しさや現実性だけを見るのでは不十分です。発言が出た時点、そのタイミング、その必要性の有無を見ることが重要です。発言や行動の内容以上に、「なぜ今なのか」という視点を持つことが求められます。

時期的な特性を読み取ること。それが、情報分析の基本です。(了)

インテリジェンス思考術(第15回)

情報を収集し、整理する

――「集める」前に、何を集めるかを決めよ

これまで、情報分析では最初に枠組みを設定することが重要だと述べてきました。
今回は、その枠組みに沿って行う情報収集を扱います。

多くの人は、分析の第一歩は「とにかく情報を集めること」だと考えます。
企業でも、新規事業や競合分析を始めるとき、まず大量の資料を集める場面をよく見かけます。
筆者が防衛省や陸上自衛隊で接してきた情報担当者も、同じ発想を持っていました。

しかし、この考え方は正確ではありません。

情報収集とは、
あらかじめ設定した問いと枠組みに沿って集め、不要な情報を切り落とす作業です。
集めること自体が目的ではありません。

ここでは、企業分析でも利用頻度が高いオープンソース情報、
いわゆる「オシント」を前提に考えていきます。

キーワード検索は「問い」を投げる作業である

枠組みを設定したら、次に行うのは二つです。
一つは、枠組みに入れる情報を集めること。
もう一つは、すでにある情報を、枠組みの各要素に振り分けることです。

企業分析で使う情報源は、新聞、業界誌、決算資料、書籍、そしてインターネットです。
インターネットは、低コストで膨大な情報に触れられる一方で、真偽が混在しています。

ここで重要になるのが、キーワード検索です。
このキーワードは、先に設定した問いや枠組みを、そのまま言葉にしたものです。

たとえば、
「ある中国企業がEV市場でなぜ急成長しているのか」を知りたいとします。

最初に「中国 EV 企業名」で検索して、十分な情報が得られなくても、そこで止めてはいけません。

  • 「EV」を「電池」「車載半導体」「サプライチェーン」に広げる
  • 「中国」を「地方政府 補助金」「産業政策」に置き換える
  • 企業名を、創業者名、出身大学、過去の事業に分解する

このように、
少し上位の概念に広げる、あるいは切り口を変えることで、必要な情報に近づけます。

市場の実態に近づくほど、検索語は直接的でなくなります。
キーワード検索とは、発想力を使って問いを投げ直す作業だと考えるべきです。

検索要領を工夫する

検索には、知っておくだけで効率が大きく変わる基本的な技法があります。
ここでは、実務で使いやすいものを紹介します。

「〜とは」検索
新しい分野を理解するときに有効です。
「生成AI とは」「炭素国境調整措置 とは」と入力すると、定義や背景を整理した解説に当たりやすくなります。

AND(+)検索
複数の条件を同時に含む情報を探す方法です。
「半導体+台湾+地政学」と入力すれば、技術解説だけでなく、リスクや戦略に触れた記事が抽出されます。

OR(−)検索
どちらか一方を含む情報を広く集めたいときに使います。
新規事業の初期段階で、関連情報を漏れなく確認する際に有効です。

NOT検索
特定の話題を意図的に除外する方法です。
「EV NOT 中国」と入力すれば、中国以外の事例に絞って情報を集められます。

実務では、
問いを分解し、三〜四語のキーワードに落として検索する方法をよく使います。
これは、頭の中の分析を、検索という形で外に出す作業でもあります。

ネット情報の利点と欠点を理解して使う

ネット情報の扱い方については、ジャーナリストの 池上彰 氏と、作家の 佐藤優 氏が、
「『ネット検索』驚きの6極意」(東洋経済)という記事で示唆的な指摘をしています。

両氏の主張を要約すると、
ネットは便利だが、依存すると判断を誤る、という点に集約されます。

理由は、企業の情報分析でもそのまま当てはまります。

  • デマや思い込みが混じりやすい
  • 情報が時系列で並び、重要度が見えにくい
  • 引用や孫引きが多く、一次情報に行き着きにくい
  • 関心分野だけを追い、視野が狭くなる
  • ネット上の声を社会全体の声だと誤解する

とくに注意すべきなのは、
ネット上の盛り上がりが、市場全体の動きと一致するとは限らない点です。

SNSで酷評されている製品でも、
実際の売上は堅調、という例は珍しくありません。
声を上げない多数の顧客は、ネットには現れないからです。

一方で、ネットには他では代替できない強みもあります。

  • 低コストで大量の情報に触れられる
  • 情報源が明記された資料も多い
  • 図書館に行かなくても事前に絞り込める
  • 既存メディアにはない視点に出会える

重要なのは、使い方を誤らないことです。

ネット情報を使う際には、
情報源がどこかいつ書かれたものか
この二点を必ず確認する。
それだけで、情報の信頼度は大きく変わります。

今回はここまで

情報収集とは、量を集める作業ではありません。
問いを立て、問いに合わない情報を捨てる作業です。

企業の意思決定で、
「情報は集めたが、結局よくわからない」という状態になる場合、
多くは、問いや枠組みが曖昧なまま収集に入っています。

次回は、情報収集における着眼点について述べます。

衆議院選挙の感想

今年も1か月があっという間に過ぎていきました。「光陰矢の如し」とは、月日の流れが矢のように速く感じられることを言います。慌ただしく年が明け、気がつけばひと月が過ぎていました。今年は干支でいえば午年で、十干十二支では丙午です。丙午に生まれた女性は気性が激しいとされ、この年の出生率が下がった、という話がよく語られてきました。実際、前回の丙午である1966年には出生数の減少が統計に見られましたが、これは迷信が社会に影響した面が大きいと考えられています。科学的根拠があるわけではありません。

一方で、少子高齢化が進む日本の現実は、迷信ではなく深刻な人口動態の問題です。衆議院議員総選挙が2026年2月8日投開票に行われました。 この選挙では、外国人政策や安全保障がしばしば論点のひとつにはなりましたが、少子化対策については、主要な争点として十分に論じられているとは言い難い状況でした。結婚や出産といった家族形成の問題は重要ですが、価値観が多様化する社会において、それらのテーマは扱いにくさから、政治や社会の正面の議論の場では後回しにされているのかもしれません。

衆議院選挙について、高市自民党政権の圧勝でした。私自身は先週木曜日に期日前投票を済ませました。自宅から会場が近いこともあり、最近は期日前投票を利用することが多くなっています。今回も同じ会場で投票しましたが、先週土曜日、その会場前の道路に、これまで見たことのない投票待ちの列ができているのを目にしました。

少なくとも過去の選挙と比べて、有権者の関心が高まっていることは確かだと感じました。それにもかかわらず、マスメディアときたら、午後4時現在の投票率は前回より○○%下回っている、との報道。おかしいな、と思ってよくみると、期日前投票の数値を入れていないのです。今や、期日前投票が当たり前。選挙制度に報道の設計が追随できていないのか、メディアの意図的なものなのでしょうか。

すつての立憲民主党議員は軒並み落選、比例区は、かつての公明党議員ばかり。公明党は陰の勝者でした。いろいろな敗因はあるでしょうが、「勝には不思議な勝ちあり、負けには不思議な負けあり」、立憲民主党の親中路線、高市政権批判、自らの政策が不透明、これでは支持は得られなかったのかもしません。

以前、私は、中道が結成された時、1+1-?=?、?が知りたいと謎のツイートをしたのですが、?は1.5と言う印象でしたね。

日本政府の退避勧告が示したもの――イラン情勢はどこまで来たのか

レベル4が発出

日本政府は16日、イラン全土に対する危険情報をレベル4(退避勧告)へ引き上げました。外務省が理由として挙げたのは、インターネット及び国際電話の不通、国際航空便の相次ぐ停止や減便によって、出国が困難になる可能性です。
一部では、日本がレベル4に引き上げた背景として、米国政府から軍事攻撃を示唆する情報があったのではないか、という憶測も流れました。というのも、2025年には、日本政府がイラン全土にレベル4を発出した5日後に、米海空軍によるイランへの軍事行動が実施された経緯があるためです。
では、今回も米国の軍事行動はあり得るのでしょうか。以下、1月18日現在の公開情報に基づき整理します。

イラン情勢をめぐる最近の経緯

イランでは、バイデン政権下で経済制裁が継続する中、経済停滞や物価上昇、若年層の将来不安が広がっていました。こうした状況下で、2022年9月の女性の服装規制をめぐる事件を契機に、都市部を中心とする反政府デモが拡大し、治安部隊との衝突が常態化しました。
国内の不安定化が続く中、2023年10月以降、イスラエルとハマスの戦闘が激化し、ハマスやヒズボラを支援するイランとイスラエルの直接衝突が懸念される状況となりました。2024年1月には、イスラエルがシリア・ダマスカスのイラン大使館関連施設を空爆し、イスラム革命防衛隊幹部が死亡しました。イランはこれを国家への直接攻撃と位置づけました。
同年4月、イランは弾道ミサイルやドローンでイスラエルに報復し、イスラエルもイラン本土を攻撃しましたが、双方の攻撃はいずれも限定的で、大規模な戦闘には発展しませんでした。その後も核・ミサイル問題を背景とする緊張は続き、2024年秋にはイスラエルによるイラン軍事施設への攻撃が断続的に行われました。これを受け、10月26日、日本政府はイランの大部分をレベル3、一部をレベル4とする危険情報を発出しました。
2025年に入っても緊張は緩和せず、6月13日にはイスラエルがイランの核関連施設や軍事施設を攻撃しました。これを受け、6月17日、日本政府はイラン全土をレベル4に引き上げました。さらに6月22日には、米海軍・空軍がイラン国内の核施設を空爆しましたが、6月23日に停戦合意が成立し、情勢は一時的に落ち着きました。
その後、7月下旬にレベル3、11月下旬に一部レベル2へ引き下げられましたが、12月28日、テヘランで経済悪化に対する抗議行動が発生し、各地に拡大、一部は暴動化しました。これを受け、2026年1月16日、日本政府は再びイラン全土をレベル4としました。

見落とせない起点――2024年の黙認

イラン情勢は2022年頃から不安定化の度合いを高めていましたが、状況が質的に変化した契機は、イスラエルとイランの直接対決が始まった2024年4月に遡ります。
この時、イスラエルはイラン本土の核関連拠点を攻撃しました。ただし、核施設そのものを大規模に破壊したわけではなく、イランの核開発を恒久的に阻止するという点では不十分な攻撃だったとされています。
この攻撃に対し、米国は事前関与を否定し、公開支持も行いませんでした。一方で、強い非難や制止も行わず、結果としていわゆる消極的容認の姿勢を取った形となりました。
当時のバイデン政権にとって最優先事項は、イスラエルの軍事行動が拡大し、中東全体が戦争状態に陥ることを防ぐことでした。そのため、イスラエルを公然と支持することも、強く抑え込むことも避ける判断が取られました。
結果として、この攻撃に対する国際社会の反発は限定的なものにとどまりました。核拡散を阻止するという名目の下で行われた核関連施設への攻撃は、国際社会の枠内で黙認され得るという前例が形成されました。要するに、核施設に対する軍事行動への敷居が事実上引き下げられたといえます。
その後もイランは核開発を継続し、施設の地下化や分散化が進んだとみられています。一方、国内では経済停滞と制裁の長期化を背景に、社会的な不満が蓄積し続けました。
バイデン政権は一貫して、外部から軍事的に圧力を加えることは、かえって国内のナショナリズムを刺激し、体制を引き締める結果を招くとの認識を持っていました。

▼ 2025年の転換――イスラエル自制から米国主導の核開発阻止へ

しかし、政権がトランプ政権に移行すると、米国の対イラン政策の方向性は明確に変化しました。トランプ政権は、バイデン政権のようにイスラエルに自制を求めつつ、その結果として報復リスクや地域不安定の管理責任を負い続ける立場を回避しようとしました。
また、イランの核施設の地下化・分散化がさらに進む前に、核施設そのものに実質的な損害を与える必要があるとの判断が強まりました。抑止と管理を続けるよりも、行動によって主導権を確保するという選択が優先されたといえます。
こうして2025年6月、イスラエルによる核関連施設への攻撃が行われる中で、米国はこれを傍観する立場を取らず、自らが主導してイランの核関連施設を攻撃する選択に踏み切りました。これは、イスラエルとイランの対立を単純に拡大させるものではなく、国際社会がイランの核開発を阻止するという構図へ転換させる意図を伴うものでした。
米国による空爆は、イランの核開発を完全に止めたわけではありませんが、いくつかの重要な効果をもたらしました。
第一に、空爆は大きな国際的批判を招くことなく、核開発が地域に与える脅威を管理するための手段として一定程度容認される形となりました。
第二に、イラン政府の統治能力は大きく削がれました。防空、核施設防護、対外調整を同時に行う必要が生じ、国内治安に集中できていた統治資源が分散しました。
第三に、国内の反政府的な市民層において、国家権力は米国というさらに強大な軍事力の前では万能ではないという認識が広がりました。
その結果、従来は政権によって抑え込まれていた不満が、暴動へと転化しやすい環境が形成されました。つまり、現在の暴動の拡大は、2025年6月の米国による空爆を一つの起点として理解することができます。

では、さらに軍事行動はあるのか

現時点において、米国による新たな軍事介入の蓋然性は高くないと考えます。主な理由は、次の三点に集約されます。
第一に、軍事介入には大義が必要です。核開発阻止を名目とする軍事行動には一定の国際的許容がありますが、他国の治安維持を理由とする軍事介入について、国際社会の容認を得ることは困難です。
第二に、軍事行動の効果が見込みにくい点です。外部からの武力行使は、体制内部の分裂を促すよりも、統治側の結束を強める方向に作用しかねません。
第三に、中東全体の不安定化につながるリスクがあります。イランの統治が崩れた場合、その後の混乱を外部が制御する手段は乏しく、報復や対外攻撃を誘発する恐れがあります。
一方で、空母の展開、日本政府による危険情報レベル4の発出、トランプ大統領の強硬な発言など、軍事行動を示唆する兆候を無視することはできません。

メッセージ――兆候と妥当性の両面からの評価

インテリジェンスでは、行動を予測する際、兆候と戦略的妥当性の両面から評価します。
ロシアによるウクライナ侵攻では、軍事的兆候が存在していたにもかかわらず、多くの専門家は「侵攻は起きない」と判断しました。合理性を重視した結果、実際の行動を予測できなかったのです。
今回のイラン情勢でも、思い込みによる決め打ちは禁物です。兆候を一つ一つ拾い上げ、妥当性と突き合わせながら評価していく作業が重要です。(了)

インテリジェンス思考術(第14回)

枠組みの設定方法

前回は、「影響要因とは何か」「枠組みや影響要因の数はどの程度が適切か」「支配要因とは何か」について解説しました。
今回は、それらの前提となる枠組みを、どのように設定するのかを扱います。

枠組みは、思いつきで決めるものではありません。問いを分解し、要素を洗い出し、整理と統合を行う中で形づくられていきます。

枠組み設定の出発点は「問いの分解」

米CIAの元副部長が著した
『CIA極秘分析マニュアル「HEAD」』では、
問いを立てた後に、ドライバー(ボックス)を設定することが重要であると述べられています。

ただし、この書籍では「ドライバー」という言葉を、分析対象を区切る意味でも用いています。
私はこれまで述べてきた整理に合わせ、分析の範囲を定めるものを「枠組み」と呼んでいます。

同書では、次のような例が紹介されています。以下では、趣旨が伝わるよう、表現を整理して説明します。

「顧客はどのような車を購入するか」という問いに対し、
顧客がいきなり広告やパンフレットを見て、ホンダ、フォード、スバル、トヨタ、GMといった特定のブランド選定に走るのは、時間の無駄である、と指摘しています。

そこで問いを、

「どうすれば、家族向けの良い車を購入できるか」と

家族の顧客に絞って、問いを分解します。
そのうえで、

  • コスト
  • 信頼性
  • チャイルドシートの適合性
  • 安全性
  • 車の大きさ
  • 燃費

といった機能別の枠組み(同書ではドライバー)を設定します。

これは、問いの焦点を絞り、さらにその問いを機能別に分解することで、分析の対象となる枠組みを明確にした例です。

つまり、枠組みの設定とは、問いを分解し、分類し直す作業だと言えます。

フレームワークを使った問いの分解

問いを分解する際に役立つのが、3Cや4C、PESTといった既存の分析フレームワークです。
これらは答えを出すための道具ではなく、問いを多面的に分解するための補助線だと考えてください。

たとえば、次の問いを考えてみましょう。

問い:

あの商品は、なぜ売れているのか。

この問いに対して、いきなり影響要因を考え始めると、

視点が偏ったり、思いつきに引きずられたりしがちです。

そこでまず、たとえば3Cを使えば、顧客、競合、自社という三つの視点から問いを分解します。

顧客の立場からは、
・顧客は何を基準に商品を選んでいるのか、
・価格、品質、利便性のうち、どこに価値を感じているのか、といった点を問いとして掘り下げます。

競合の立場からは、
・競合は同じ条件で価格や品質を提示できているのか、
・競合が対応できていない制約や弱点はどこにあるのか、
・どの層や市場で差が生まれているのか、
といった点を確認します。

自社の立場からは、
・自社はどの点で他社と異なるやり方を取っているのか、
・その違いは、資源、体制、工程、意思決定のどこから生まれているのか、
そして、それは継続して維持できるものなのか、
といった問いを立てます。

このように、3Cを使うとは、単に顧客・競合・自社を頭に置くことではありません。
それぞれの立場に立って、問いを一段具体化することなのです。

この作業を通じて、価格、商品特性、生産・供給、購買者といった論点が浮かび上がり、後に枠組みとして整理されていきます。

重なりと関係を見る

3C、4C、PESTといった複数のフレームワークを使って分解すると、一見すると雑多な要素が並びます。

しかし整理してみると異なるフレームワークを使っているにもかかわらず、
同じ要素や、言い換えに近いキーワードが何度も現れることに気づきます。

たとえば、

  • 価格
  • コスト
  • 原材料費
  • 仕入れ条件

といった要素は、顧客の視点からも、競合の視点からも、
経済環境の視点からも現れます。

このように、繰り返し現れる要素は、問いに対して影響力が大きい可能性があります。

さらに、要素同士の関係にも注目します。

原材料価格の上昇は、製品価格、生産規模、供給量と連動します。

このように、因果関係や相関関係によって一緒に動く要素は、個別に扱うのではなく、まとめて捉える方が有効です。

枠組みへ整理・統合する

ここまでの作業を経ると、大量にあった要素やキーワードは、いくつかのまとまりに整理できます。

たとえば、

  • 価格に関する枠組み
  • 商品特性に関する枠組み
  • 生産・供給に関する枠組み
  • 購買者に関する枠組み
  • 原材料や調達条件に関する枠組み

といった具合です。これが、枠組みです。

枠組みとは、分析の範囲を定めるために、分解した要素を束ね直したものだと言えます。

枠組みの数をどう絞るか

前回述べたとおり、枠組みの数は、判断や情報収集に使うことを考えると、
5つから6つ程度が適当です。

これ以上多いと、情報収集の対象が広がりすぎ、分析の焦点がぼやけます。

逆に少なすぎると、問いに答えるために必要な視点が欠けてしまいます。

枠組みを絞るとは、要素を切り捨てることではありません。
散らばった要素を、扱える単位に束ねることです。

グループで枠組みを設定する場合

枠組みの設定は、
グループ作業として行うこともあります。

その場合は、
最初から全員で一つの枠組みを考えるのではなく、
視点を分けて分業する方法が有効です。

たとえば、

  • あるグループは顧客の視点から
  • 別のグループは市場や競合の視点から
  • さらに別のグループは生産・供給の視点から

それぞれ問いを分解し、
枠組みや要素を抽出します。

その後、すべてを持ち寄って整理します。

投票によって、
重要だと感じられる枠組みを選ぶ方法もあります。

ただし注意が必要です。
参加者の属性によっては、
顧客目線の枠組みに票が集まりすぎることがあります。

そのため有効なのは、
枠組みを出したチームとは別のチームが評価や投票を行う方法です。

こうすることで、
自分たちの発想を自分たちで正当化する循環を避けられます。

投票はあくまで補助的な手段であり、
最終的な整理と判断は、分析として行う必要があります。

今回はここまで

今回は、枠組みをどのように設定するのか、その基本的な考え方を解説しました。

枠組みは、最初から決めるものではありません。問いを分解し、要素を洗い出し、
重なりと関係を見て、最後に整えるものです。

問いの設定と枠組みの設定が終わって、はじめて情報収集が可能になります。次回からは情報収集の話をします。

トランプ米大統領のベネズエラ軍事行動は何を変えたのか

――各国の反応、日本の立場、そして国際秩序の現在地

前号に引き続いてベネズエラ問題を扱います。2026年1月、米国はベネズエラに対し軍事行動を実施し、現職のマドゥロ大統領夫妻を拘束し国外へ移送しました。米国が正規の軍事力を用い、他国の現職元首を直接拘束したという事実は、国際社会に強い印象を与えました。

本稿では、この軍事行動に対する各国と日本の反応を整理した上で、中国の台湾問題との関係、国際法や国連の権威、そして現在の国際秩序をどう捉えるべきかを検討します。

各国の反応は想定内、日本には残る「扱いづらさ」

中国は、国家元首の拘束と国外移送を主権侵害として批判し、米国が国内法を国際法より優越させたと非難しました。ロシアも同様に、国連憲章違反であるとの立場を示しています。これらの反応自体は、予想の範囲に収まるものです。

一方、日本政府の対応は慎重でした。強い支持も明確な批判も避け、事実関係への言及と情勢の注視にとどめています。ここで浮かび上がるのは、日本特有の難しさです。日本は近年、「法の支配」や「力による一方的な現状変更を認めない」という言葉を外交の柱として用いてきました。その日本が、同盟国である米国の今回の行動に沈黙すれば、今後対中発信を行う際に、その言葉が相手から反問される余地が生まれます。

中国やロシアの反応以上に、日本にとって重いのは、この「言葉の扱いにくさ」なのかもしれません。

「台湾の敷居」は上がりも下がりもしない

今回の米国の行動が、中国による台湾への軍事行使の敷居を下げたのではないか、という見方があります。しかし、この因果関係には慎重であるべきです。

中国は以前から台湾を「国内問題」と位置づけており、政治的正当性は自国内で完結しています。米国が国際法を逸脱したと批判されようと、それが中国の意思決定を左右するとは考えにくいのが実情です。米国が強権を発動したから、中国も発動しやすくなる、という単純な連鎖は成り立ちません。

また、国連や国際法が軍事行使を有効的に抑止してきたかといえば、現実はそうではありません。西側諸国も中国・ロシアも、国際法を牽制の言葉として用いつつ、最終的な行動は自国の利害と計算に基づいて決めてきました。この構図は冷戦期から大きく変わっていません。

ロシアのウクライナ侵攻を許したから、中国の台湾侵攻が起きる、という議論も同様です。国際秩序は、いまも昔も力による現状変更の積み重ねの上に成り立ってきました。各国は他国の行動を参照しますが、それによって自国の軍事行使が自動的に決まるわけではありません。

今回のベネズエラ軍事行動を、中国の台湾行動と直線的に結びつける見方は、出来事を単線で説明しようとする誤った因果関係バイアスだと言えます。

国連と国際法の権威は失われたのか

今回の事例は、国連や国際法の権威が完全に失われたことを示すのでしょうか。そう断じるのも正確ではありません。国連憲章や国際法は、各国の行動を完全に止める装置ではなく、政治的正当性を主張し、相手を牽制するための共通言語として機能してきました。

現実には、中国もロシアも、そして米国も、必要と判断すれば国連や国際法を超えて行動します。その一方で、国連や国際法を無視しきれる国は存在せず、各国は常に「どこまでなら許容されるか」を計算しています。権威が消滅したというより、抑止力としての限界が改めて露呈したと見る方が妥当でしょう。

日本が直面する現実

今回の米国の行動が国際秩序全体を大きく変えたとは言えません。しかし、日本にとっては別の意味を持ちます。日本はこれまで、国連主義と「力による一方的な現状変更を認めない」という言葉を外交の軸に据えてきました。その言葉を使い続ける以上、同盟国の行動に対しても一定の説明責任を伴います。

同時に、日本が中国を想定してこれらの言葉を使い続けることは、以前より難しくなるでしょう。綺麗な理念だけでは立ち行かない現実が、改めて突きつけられています。

因果関係に囚われないために

今回のベネズエラ軍事行動は、中国の台湾行動を直接左右するものではありません。しかし、国際秩序が理念だけで動いていないことを、あらためて可視化しました。

分析において重要なのは、象徴的な出来事同士を安易につなぐことではなく、各国がどの前提と利害で動いているのかを冷静に見極めることです。
国際政治を読み誤らないために必要なのは、出来事を因果で単純化しない視点――因果関係バイアスに囚われないことです。

それこそが、いま日本に求められている分析姿勢ではないでしょうか。(了)

インテリジェンス思考術(第13回)

影響要因とは何か

前回は、「枠組みとは何か」を説明しました。今回は、その枠組みの中から、どのように影響要因を抽出するのかを見ていきます。

改めて、次の問いを考えてみましょう。

問い:
あの商品は、なぜ売れているのか。

この問いに対して、いきなり影響要因を並べるのではなく、まず分析の範囲、すなわち枠組みを定めます。

たとえば、3CやPESTといったフレームワークを使うと、次のような枠組みが考えられます。

  • 価格に関する枠組み
  • 商品特性に関する枠組み
  • 生産・供給に関する枠組み
  • 購買者に関する枠組み
  • 原材料や調達条件に関する枠組み

これらは、「何を見るか」を決めるための区切りです。この段階では、まだ結論を出しません。

次に、それぞれの枠組みの中から、実際に売れ行きに影響を与えている要素を取り出します。

たとえば、

  • 価格の枠組みからは
    → 価格
  • 商品特性の枠組みからは
    → 商品形状、機能構成
  • 生産・供給の枠組みからは
    → 生産規模、販売チャネル

といった影響要因が抽出されます。

このように、枠組みで分析の範囲を定め、その中から影響要因という焦点を絞り込むことで、分析は初めて整理された形になります。

枠組みの中には、状況に影響を与えている要素がいくつも含まれます。現状分析では、これらを影響要因と呼びます。枠組みが分析の範囲を定める「箱」だとすれば、影響要因は、その中に含まれる個々の要素です。

  1. 価格
  2. 商品形状
  3. 機能構成
  4. 生産規模
  5. 販売チャネル

これらはいずれも、判断や評価を含まない中立な要素です。ここで言う判断とは「低価格」、「高価格」といった評価語を指します。影響要因は未来予測ではドライバーとなる可能性があります。その段階で評価を含めると、未来の選択肢を嵌めてしまいます。

■枠組みや影響要因の数について

枠組みの数は、判断や情報収集に使うことを前提にすると、概ね5つから6つ程度が適当です。

これ以上多いと、情報収集の対象が広がりすぎ、分析の焦点がぼやけます。

逆に少なすぎると、問いに答えるために必要な視点が欠けてしまいます。

枠組みを適切な数に絞ることで、「何を集めるのか」と同時に「何を集めないのか」が明確になります。
その結果、情報収集と分析の両方を制御できるようになります。

枠組みや影響要因の数については、理論よりも実践感覚を優先すべきだと考えています。

私自身の情報分析官としての経験では、枠組みの数は5つから6つ程度が、最も扱いやすいと感じています。

これ以上多くなると、情報収集の対象が拡散し、どこに分析の力点を置くのかが分からなくなります。

同様に、各枠組みの中に含める影響要因も、無制限に列挙すべきではありません。

最初に洗い出す段階では、影響要因が多くなっても構いません。
しかし最終的には、各枠組みにつき3から5程度に絞るのが現実的です。

これは、重要でない要因を切り捨てるためではありません。判断に使える形に整理するためです。影響要因を絞り込む過程そのものが、分析の一部になります。

人は放っておくと、可能性を広げることばかりに力を使い、まとめる作業を後回しにしがちです。

枠組みや影響要因の数をあらかじめ制限するのは、思考を縛るためではなく、
思考を前に進めるための工夫だといえます。

支配要因とは何か

影響要因は、すべてが同じ重さを持つわけではありません。

その中で、現在の結果を最も強く左右しているものを、支配要因と呼びます。

この事例では、現時点での支配要因として、たとえば価格を挙げることができます。

価格は、顧客の購入判断に直結し、競合との差を一目で生み、他の要因の評価にも影響を与えています。

今回はここまで

今回は、影響要因とは何か、支配要因とは何かを整理しました。

影響要因は、未来を考える段階ではドライバーになります。
特に支配要因は、複数のシナリオを立てる際の分岐点になります。

まだ、この点を具体的に理解する必要はありません。今の段階では、言葉と位置づけを押さえておけば十分です。

次回以降は、枠組みをどのように設定するのか、影響要因の抽出や支配要因の特定を、どのような考え方と手順で行うのかを扱います。

私の暖房は、やはり電気こたつ

今年の冬は、どうも例年ほど寒くありません。そのせいか、我が家の灯油の減りがやけに遅い。もっとも理由は、気温だけではなさそうです。

25年前には18リットル600円だった灯油は、いまや2,000円を超え、ガソリンと大差がない。燃費の優等生だったはずの灯油も、すっかり「高級燃料」になりました。こうした事情もあってか、灯油ストーブの売れ行きは伸び悩み気味だそうです。

さらに言えば、今のエアコン暖房は、性能そのものが別物になりました。昔のように「暖まらない」「電気代が高い」という存在ではなく、長時間使うほど計算が合う暖房になっています。

そうなると、灯油を買いに行き、運び、入れる。その手間をかけてまで使う灯油ストーブを使う理由が、正直、見当たらないのです。

使う人が減れば、補助金の対象にもならない。政策というより、生活の選択の結果でしょう。灯油ストーブが姿を消すのは、技術革新でも規制でもなく、「面倒だな」という一言から始まっている気がします。

もっとも私は、今も昔も、燃費コストが最も優秀な電気こたつに潜って過ごしています。

最近、物価が上がっていることを実感する場面が増えました。私は普段からスーパーで買い物をしますが、そこでまず目につくのが米の価格ですが、これはいまさら申すまでもないです。ただ、それだけではありません。卵が高くなりましたし、チョコレートも以前と比べて値上がりしているのが分かります。

卵の値上がりについて原因を調べてみると、一つは鳥インフルエンザです。もう一つは飼料価格の上昇です。鶏のエサとなるトウモロコシや大豆は輸入に頼っていますが、ロシアとウクライナの戦争によって穀物の国際価格が上がりました。さらに円安が続いているため、日本では輸入コストがより高くなり、その影響が卵の価格に反映されています。

チョコレートも同じような構図です。原料のカカオ豆はほぼ輸入で、近年は産地での不作や病害の影響を受け、国際価格そのものが上昇しています。そこに円安が重なり、仕入れ価格が円ベースで膨らんだ結果、店頭価格も上がっています。

米、卵、チョコレートはいずれも身近な食品ですが、その値段は日本国内の事情だけで決まっているわけではありません。戦争や天候、為替といった世界の動きが、そのまま私たちの買い物に影響しています。世界が互いにつながっていることをあらためて実感します。

米国のベネズエラ大統領拘束作戦をどう読むか

――アナロジー思考による現状と未来の分析

トランプ米大統領は1月3日、反米左派政権が率いるベネズエラに対し、大規模な軍事行動を実施したと自身のSNSで発表しました。1月5日現在、マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国内に移送したとしています。米国が軍事力を用いて、他国の現職大統領を国外に連行したという事実は、国際社会に強い印象を残しました。

中国とロシアは米国の行動を国際法違反として激しく非難しています。一方、英国、フランス、ドイツはマドゥロ政権を批判しつつも、米国の軍事行動そのものの是非には踏み込んでいません。日本政府の反応も同様で、評価を避けた形となっています。

本稿では、この事象を是非論で裁くのではなく、過去の類似事象との比較を通じて位置づけます。前段(12日配信)では、アナロジー思考を用いて今回の軍事行動の特性を整理し、現状と今後の推移を考えます。各国の反応や日本への影響については、後段(19日配信)で扱います。

過去の類似事象① 冷戦期・中南米介入との共通点

今回の米国の行動は、冷戦期から繰り返されてきた中南米介入と重なります。

1961年のキューバでは、ソ連に接近するカストロ政権を打倒し、親米政権への挿げ替えが狙われました。今回も、中露に接近するマドゥロ政権の打倒と、親米的な政治体制の構築が目的とされています。また、米中央情報局(CIA)が政治工作に関与したとされる点も共通しています。

もっとも、キューバのピッグス湾侵攻は失敗に終わりました。ケネディ政権は表向きには作戦への関与を否定し、失敗の責任はCIAに追及されました。その後、米国の介入は逆にカストロ政権の求心力を高め、1962年のキューバ危機へとつながります。外部からの介入が、相手政権の正統性を補強してしまうという結果を招きました。

1989年のパナマでは、ノリエガ将軍を拘束し、麻薬取引やパナマ運河の管理を含む秩序の再編が行われました。今回の軍事行動でも、正当化の論理として、麻薬が米国内に及ぼす悪影響を断つという主張が掲げられています。ベネズエラが南米有数の石油大国である点、パナマが運河という地政学的要衝であった点も、米国の関心を引いた背景として重なります。

いずれの事例でも、敵対的政権の中枢を排除し、地域環境を米国に有利な形に整えるという発想が見られました。石油や麻薬といった経済・治安上の利害が絡む点も、今回のベネズエラと共通しています。

また、国内政治との関係も無視できません。支持率の低下や選挙を意識した強硬姿勢は、冷戦期から繰り返されてきた構図です。この意味で、今回の行動は突発的なものとは言えません。

過去の類似事象② イラク戦争との相違点と接点

一方で、今回の軍事行動はマドゥロ政権の打倒を狙ったものであり、ロシアのウクライナ侵攻のように領土を奪取する戦争ではありません。この点で、政権打倒という一点に絞った行動は、2003年のイラク戦争を想起させます。

ただし、両者には重要な違いがあります。イラクでは、フセイン政権崩壊後、米軍が駐留し、暫定統治機構を設けて治安維持と国家再建を担いました。その結果、統治責任は長期にわたり米国に重くのしかかりました。この経験は、米国の国力が相対的に低下する一因になったとの評価もあります。

今回のベネズエラでは、こうした「後段の構想」が前面に出ていません。政権打倒後の統治、治安維持、新政権の具体像について、事前に明確な設計は示されていませんでした。この点は、イラク戦争との大きな相違です。

この意味では、トランプ政権が第一次政権時に、米中首脳会談の直前にロシアに接近するシリア政権を空爆した構図とも重なります。中露に対し、軍事的意思を示すことで牽制する、示威的な行動としての側面も読み取れます。

さらに、イラク戦争では、事前に国連や欧州諸国との調整が行われ、正統性の共有が図られました。今回のベネズエラでは、そのような国際的な事前調整は限定的でした。この点も、後段で検討すべき重要な違いです。

今回の軍事行動が投げかける論点

ここで、今回の軍事行動が浮き彫りにした論点を整理します。

第一に、政権打倒後の政治的正統性を、誰がどのように担保するのかという問題です。軍事力によって現職大統領を拘束した場合、その後に成立する政権が、国民からどのように受け止められるかは結果を大きく左右します。

第二に、治安と統治の空白をどう管理するのかという点です。政権中枢が排除された後、国家機構が自律的に機能を維持できるのか、それとも外部の関与が不可欠になるのかは、現時点では明らかではありません。

第三に、米国自身がどこまで関与を続ける意思を持っているのかという点です。軍事行動の成功と、その後の政治的安定は必ずしも一致しません。このズレをどう扱うのかが、今回の焦点になります。

キューバとパナマが示す二つの帰結

キューバの事例が示したのは、外部からの介入が、かえって相手政権の正統性を固めてしまう可能性です。軍事行動の失敗だけでなく、介入そのものが反米感情を固定化し、長期的な対立を生みました。結果として、政権打倒どころか、対立構造が持続する帰結を招きました。

一方、パナマでは、ノリエガ将軍拘束後、比較的短期間で秩序は回復しました。しかし、それは主権や政治の自律性が回復したことを意味しませんでした。新政権は国内で選ばれたというより、外部の力によって成立したとの印象を拭えず、政治には制約が残りました。そのため、反米的な反動は抑えられたものの、政治の自律性が内面化されたわけではありませんでした。後年、パナマが中国との関係を急速に深めたことは、こうした自律性の欠如が長期的に残していた余地を示しています。

これら二つの事例は、軍事力による政権打倒が、短期的な秩序回復と長期的な政治安定を必ずしも一致させないことを示しています。

ベネズエラの未来をどう読むか

現在、米国はベネズエラで副大統領級の人物を軸に、新たな政治体制を立ち上げようとしていると伝えられています。しかし、その構想がどこまで国民に受け入れられるかは不透明です。

経済崩壊への不満が強い一方で、外部からの介入に対する拒否感も根強く存在します。この点で、ベネズエラがパナマのように短期的な秩序回復に向かうのか、それともキューバのように反動を生むのかは、現時点では見通せません。

重要なのは、軍事行動の成否そのものではなく、その後にどのような政治過程が積み重ねられるかです。政権交代が実現したとしても、政治の正統性と自律性が国内で形成されなければ、長期的な安定は保証されません。

アナロジー思考という分析技術

本稿で用いてきたのは、過去の類似事象と現在の事象を重ね合わせる、アナロジー思考です。重要なのは、単に似ている点を探すことではありません。類似点と同時に相違点を意識的に加えることで、現状の位置づけと、取り得る未来の幅が見えてきます。

キューバ、パナマ、イラクはいずれも米国の介入でしたが、その後の推移は異なりました。違いを生んだのは、国内の受け皿、国際環境、介入後の関与の仕方でした。

アナロジー思考は、未来を断定するための手法ではありません。現状を過去の文脈に置き直し、どの方向に動き得るのか、その射程を把握するための分析技術です。今回のベネズエラをめぐる事例は、その有効性を示しています。

(了)

インテリジェンス思考術(第12回)

■問いの次に来る「枠組み」とは何か

昨年のニュースレターでは、「問い」を扱ってきました。問いは、情報収集の前段階に置かれますが、実は分析そのものでもあります。

問いを立てた後、インテリジェンスは次の工程へ進みます。

問いの設定
→ 枠組みの設定
→ 情報の収集
→ 情報の分析とインテリジェンスの作成
→ インテリジェンスの提供

今回は、このうち枠組みを扱います。

■枠組みはフレームワークではない

ここで言う枠組みは、3C(顧客、競合、自社)やPEST(政治、経済、社会、技術)といった、既存の分析フレームワークそのものではありません。

フレームワークは、問いに答えるために、「何を見るべきか」を広く確認し、思考の抜けや偏りを防ぐために使います。

一方、枠組みは、分析や判断の対象を、どこまでに限定するかを決めるものです。

枠組みは、投網のようなものだと考えると分かりやすいでしょう。網を投げた範囲の魚は取れますが、網の外にいる魚は、最初から取れません。

同じように、枠組みを定めると、その中にある情報は集めますが、枠組みの外にある情報は、意図的に排除します。

枠組みの設定とは、「何を見るか」を決めると同時に、「何を見ないか」を決める作業です。

■フレームワークを使うと、枠組みが見えてくる

枠組みは、最初から与えられるものではありません。問いを立て、フレームワークを使って考える中で浮かび上がってきます。

たとえば、次の問いを考えてみます。

問い:あの商品は、なぜ売れているのか。

この問いに対して、3Cを使えば、自社・競合・顧客という三つの視点から、
さまざまな要素が挙がります。

自社を見れば、宣伝投下や大量生産といった要素が出てきます。

競合を見れば、他にない商品、価格の安さといった点が浮かびます。

顧客を見れば、安価であること、便利さ、形状の使いやすさといった評価が見えてきます。

この段階では、論点は散らばっています。むしろ、この「散らばり」を一度つくることが重要です。

■フレームワークを横断して残るものが枠組みになる

ここで重要なのは、出てきた要素をそのまま並べ続けることではありません。

判断に使うためには、それらを整理し直す必要があります。そこで要素を整理すると、いくつかの共通した方向性が見えてきます。

価格に関わる話。商品そのものの特徴に関わる話。生産や供給の条件に関わる話。

この時点で、自社・競合・顧客という区分は消えています。

3Cというフレームワークを使って問いを分解した結果、フレームワークを横断して残った論点が、枠組みになります。

■枠組みはいくつかのフレームワークを使って規定する

既存の分析フレームワークには、3CやPESTのほか、PESTに法的規制(L)や環境(E)を加えたPESTLE、さらにDIME(外交・情報・軍事・経済)など、さまざまなものがあります。

これらは、すでに述べたとおり、問いを取り巻く周辺情報を網羅的に確認するための道具です。そのため、フレームワークをそのまま用いると、扱う論点は必然的に多くなります。

それぞれのフレームワークは、複数のサブカテゴリーで構成されています。
たとえば政治であれば、国際政治、法規制、法改正、行政環境が含まれます。
経済であれば、経済システム、景気、賃金動向、株価、為替、金利、消費動向、雇用情勢、経済成長率などが並びます。

ここで重要なのは、これらをすべて同じ重さで扱ったままでは、判断に使えないという点です。
論点が多すぎると、どこから情報を集め、どこに分析の力点を置くのかが定まりません。

そこで、フレームワークを使って出てきた論点を、判断に使うために整理し直す必要があります。
具体的には、抽象度を一段上げ、内容が近いものを同類項としてまとめ、分析の焦点となる論点だけに絞り込みます。

このようにして定められるのが、枠組みです。

■今回はここまで

今回は、問いの次に来る「枠組み」について整理しました。

次回は、影響要因、支配要因、ドライバーとは何か、さらに枠組みや影響要因の数をどう考えるかを扱います。