伊豆長岡での取材旅行(3月16日配信)

3月16日から20日までの5日間、伊豆長岡に滞在し、新しい執筆テーマの取材を行います。伊豆と言えば、源頼朝の流刑地です。頼朝は1160年、13歳のときにこの地に送られ、1180年に挙兵するまで約20年間を過ごしました。

ただし、頼朝は完全な幽閉状態に置かれていたわけではありません。監視役であった伊東氏の娘、八重との恋愛、さらに地方豪族・北条氏の娘、政子との恋愛の話も伝えられています。流人とはいえ、一定の自由があったことがうかがえます。

もっとも、私が関心を持っている人物は頼朝ではありません。北条政子の弟であり、鎌倉幕府二代執権となった北条義時です。義時は2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公として知られています。

今回の滞在では、頼朝や義時ゆかりの地を歩きながら、義時のインテリジェンスについて考えてみたいと思います。
そのため、来週のニュースレターは休刊とさせていただきます。

並木書房公式note(3月16日配信)

前回のニュースレターで、私の新著『謀略とインテリジェンス』の予約販売が始まったことをお知らせしました。その版元である並木書房が、このたび公式noteを開設しました。

並木書房は、軍事・安全保障・戦史・インテリジェンス関連の書籍を専門とする出版社です。光栄なことに、最初の記事では拙著を紹介していただきました。以下、その一部を引用します。

「なぜ日本人は『謀略』という言葉を封印したのか?──陸軍中野学校から読み解く、現代の『見えない戦争』。元・防衛省情報分析官が警告する日本の危機」

本書の三つの注目ポイント

衝撃のプロローグ「2035年・沖縄シナリオ」
 本書は「沖縄・静かなる独立の朝(2035年・架空シナリオ)」から始まります。軍事力を使わず、合法的かつ平和的な手段によって、外国の工作により領土が切り離されていく──。クリミアや香港の事例を見れば、これは単なる空想ではありません。

封印された「陸軍中野学校」の教範を読み解く
 かつて日本には、「謀略は誠なり」と教え、情報戦を実践した陸軍中野学校がありました。本書では、戦後ほとんど顧みられなくなったその体系をあらためて取り上げ、現代の認知戦を考える手がかりを示します。

米・ロ・中の対日工作を分析する
米国:冷戦期から続く対米関係はどのように形成されたのか。
ロシア:「友好」「領土」「資源」を結びつけた影響力行使。
中国:日本の判断を外側から誘導する浸透工作。

これらを知らなければ、国際ニュースや経済安全保障の動きを正しく読み解くことはできません。

そのほか、現代を生き抜くための書籍紹介も掲載されています。興味のある方はご覧ください。

【はじめまして】激動の時代を生き抜く「知の防具」を届ける。「並木書房」公式note、始動します!|並木書房 出版部

インテリジェンス思考術(第21回)

前提とは何か

前回は、情報分析について説明しました。分析とは、仮説を立て、その仮説を証拠(情報)によって確かめる作業です。

この分析の土台となるものが前提です。分析を行うときには、必ず前提(想定または仮定)を置く必要があります。

今回は、この前提とは何かについて説明します。

前提とは、完全ではないが、おおよそ正しいと判断して置く情報のことです。

前提がなければ仮説を立てることができません。仮説がなければ結論を導くこともできません。したがって、前提がなければ分析そのものが成立しません。

たとえば中国を分析する場合、多くの研究者は「中国共産党が今後も政権を維持する」という前提を置きます。そのうえで、中国の対外政策や軍事戦略を分析します。

もしこの前提を置かなければ、議論は「政権崩壊」「民主化」「軍事政権」など、さまざまな可能性に広がります。議論は拡散し、分析は複雑になります。その結果、政策判断に役立つインテリジェンスを作ることは難しくなります。

ただし注意すべき点があります。前提は「おおよそ正しい」と判断して置くものであり、「絶対に正しい」ものではありません。

たとえば「中国共産党が政権を維持する」という前提は、現在の情勢では妥当と考えられます。しかし、それが50年先まで確実に正しいとは言い切れません。

このように、前提は分析を進めるための出発点であり、永遠に正しい命題ではありません。

前提には二つの種類がある

前提には二つの種類があります。明示された前提と隠れた前提です。

明示された前提とは、問いの中で言葉として示されている前提です。
たとえば「中国共産党政権が2040年まで存続すると仮定した場合」という問いでは、この仮定が明示された前提になります。

しかし、問いや情報要求の中では、前提が必ずしも明示されるとは限りません。そこで問題になるのが隠れた前提です。

隠れた前提とは、文章や主張の中では明言されていないが、論理を成立させるために必要な前提です。

たとえば、次の論理を考えてみましょう。

人はみな死ぬ。
だからソクラテスは死ぬ。

この論理には、一つの前提が省略されています。それは「ソクラテスは人である」という前提です。

論理を完全な形で書けば、次の三段論法になります。

人はみな死ぬ。
ソクラテスは人である。
だからソクラテスは死ぬ。

しかし、このようにすべてを書けば説明はくどくなります。そのため、明らかだと考えられている前提はしばしば省略されます。これが隠れた前提です。

この問題は、現実の政策分析でも起こります。
たとえば「ポスト習近平の後継者は誰か」という問いには、一つの隠れた前提が含まれています。

それは「習近平氏はいずれ権力の座から退く」という前提です。

この前提には、政権交代、事故、病気、自然死など、さまざまな可能性が含まれます。しかし、いずれにしても「習近平氏はいつか退く」という前提が存在しています。


隠れた前提を確認する重要性

隠れた前提がとくに問題になるのは、グループ討議の場合です。

参加者全員が同じ隠れた前提を共有していれば、議論は円滑に進みます。しかし、前提の理解が異なれば議論はかみ合いません。

たとえば「習近平氏はいずれ現在の地位から退く」という前提を共有していない場合、「習近平氏は永久指導者を目指しているので後継者は存在しない」という仮説が提示されることになります。

このように、隠れた前提の違いは議論の方向そのものを変えてしまいます。

そのため、分析やシナリオ・プランニングを行うときには、明示された前提だけでなく、隠れた前提も確認し、参加者の間で共有しておくことが重要です。

今回はここまで

今回は、分析の出発点となる前提について説明しました。

次回は、仮説を検証するために必要となる**証拠(情報)**についてお話しします

中東戦争の波紋 ― ロシアが得る利益(3月16日配信)

中東で起きた軍事行動と原油市場

米国がイランの核関連施設を攻撃して以降、中東情勢は一気に緊張を高めました。国際報道は、報復の可能性やホルムズ海峡の安全に焦点を当てています。しかし、この戦争の影響は中東だけにとどまりません。地政学の視点で見ると、この出来事はウクライナ戦争にも波紋を広げています。そして、その結果として利益を得る可能性があるのがロシアです。

今回の衝突でまず動いたのは原油価格でした。中東は世界最大の石油供給地域です。ホルムズ海峡が不安定になると、世界のエネルギー市場はすぐに反応します。米国の攻撃の後、原油価格は上昇しました。エネルギー市場は供給不安に敏感です。実際に供給が止まらなくても、輸送の安全が揺らぐだけで価格は上がります。

原油価格上昇がロシアにもたらす利益

この価格上昇は、ロシアに利益をもたらします。ロシアは世界有数の石油輸出国です。原油価格が上がれば、輸出収入は増えます。西側諸国はロシア産原油に価格上限を設けていますが、それでも世界市場の価格上昇はロシアの財政を助けます。ロシアの国家予算はエネルギー収入に大きく依存しています。原油価格が上昇すれば、戦争を続けるための資金も増えることになります。

さらに、石油の輸出先にも変化が生じます。インドはこれまでロシア原油の大きな買い手でした。しかし米国との関係を考慮し、輸入を減らす動きもありました。ところが中東情勢が不安定になると事情は変わります。中東からの供給が不安定になると、安定した供給源が必要になります。そこでロシア原油への需要が再び高まります。

中国のエネルギー戦略とロシア

中国でも同様の動きが考えられます。中国はイランから大量の原油を輸入しています。もし中東の供給が止まれば、別の供給源を探す必要があります。その有力な候補がロシアです。ロシアから中国へはシベリアからのパイプラインが伸びています。海上輸送に頼らないルートがあるため、供給の安定性という点で有利です。

このように、中東戦争はエネルギー市場を通じてロシアを利する可能性があります。戦争は戦場だけで起きているのではありません。資源と市場の中でも戦争は進行しています。

ウクライナの冬とエネルギー戦争

一方で、戦場であるウクライナの状況は厳しいものがあります。ロシアはウクライナの電力施設を繰り返し攻撃しています。発電所や変電所、送電網が標的になりました。冬の間、各地で停電が発生しました。氷点下の気温の中で暖房が止まり、住民は発電機や避難所に頼る生活を続けています。

海外報道によれば、数十万世帯が停電した地域もあります。都市では計画停電が繰り返され、産業活動にも影響が出ています。電力不足は企業の操業にも影響します。工場は稼働を止めざるを得ません。戦争は兵士だけでなく、市民の生活にも直接影響を与えています。

しかし、このような状況は日本ではあまり大きく報道されません。戦場のニュースは、前線の攻撃や反撃が中心になります。領土の奪還やドローン攻撃の映像はニュースになりますが、電力不足や暖房停止のような長期的な苦境は注目されにくいのです。

戦争の影響は戦場の外に広がる

戦争を理解するためには、戦場の出来事だけを見ていては足りません。資源、経済、エネルギーの流れを見る必要があります。今回の中東危機は、そのことを改めて示しています。

中東で緊張が高まれば原油価格が上がります。原油価格が上がればロシアの収入が増えます。そして、その資金がウクライナ戦争を支える可能性があります。中東で起きた軍事行動が、遠く離れたヨーロッパの戦争にも影響を及ぼしているのです。

情報をどう読むか(インテリジェンスの視点)

報道が少ないことは、攻撃や被害が減ったことを意味するとは限りません。戦争では意図的な情報戦が行われます。各国は自国に有利な情報を発信し、不利な情報は出さないことがあります。メディアも視聴率や関心を考え、報道の焦点を選びます。

インテリジェンスの分析では、表に出ている情報だけではなく、何が報道されていないのかを見る必要があります。
真実は、必ずしも表に流れるOSINTの中だけに現れるわけではありません。

戦争を読むとは、戦場を見ることではない。資源と情報の流れを見ることである。

(了)

中国の物流戦略――中東危機を鳥瞰する視点(3月9日配信記事)

視点を少しずらして中国の戦略を見る

最近の報道は、米国のイラン攻撃を中心に展開しています。
しかし国際政治を理解するためには、事件の中心だけを見るのでは十分ではありません。少し視点をずらし、全体を鳥瞰してみる必要があります。

2026年3月初旬、中国の海運会社がロシア北極圏の港湾との輸送を拡大する計画を進めていると報じられました。北極海航路を利用した輸送の拡大です。

一見すると、このニュースは中東情勢とは関係のない出来事のように見えます。しかし米国のイラン攻撃、中国の外交姿勢、そして現在開催されている中国の全人代を合わせて見ると、その意味が見えてきます。

米国のイラン攻撃と中国の反応

2026年2月末、米国はイランの軍事関連施設を攻撃しました。中東では緊張が高まり、ホルムズ海峡の航行への影響も指摘されています。

中国政府は米国の行動を非難しました。しかし中国は軍事支援や制裁対抗措置などの行動は取っていません。外交的な非難にとどめ、状況を静観しています。

この対応には中国の計算があります。

中国はイランから多くの石油を輸入しています。しかし同時に、サウジアラビア、イラク、UAEなどからも大量の石油を輸入しています。中国にとって重要なのは特定の国ではなく、中東全体からのエネルギー供給です。そのため中国は地域の対立の中でどちらか一方に深く関与することを避けています。

さらに、中国は現在のイラン政権の行方も見極めています。政権が不安定になれば、新しい政権が誕生する可能性もあります。その場合、中国は新しい政権とも関係を維持する必要があります。

つまり中国は、騒動の当事者になることを避けています。政治的には非難を表明しますが、実際の行動では一歩距離を取り、情勢を観察しています。

さらに2026年3月下旬には米中首脳会談も予定されています。この状況で中国がイラン問題で米国と正面から対立する必要もありません。

全人代と中国経済

2026年3月5日、中国で全国人民代表大会(全人代)が開幕しました。李強首相は政府活動報告を行いました。

政府は2026年の経済成長目標を4.5〜5%としました。これは近年の成長目標の中でも最も低い水準です。中国はかつて8%前後の高成長を続けてきましたが、近年は成長率が低下しています。その中で政府は、5%前後の成長を維持することを目標として掲げています。

今回の報告では、内需拡大と国内経済の安定が強調されています。

現在、中国経済は不動産市場の低迷や地方政府債務などの問題を抱えています。輸出の伸びも鈍化しています。そのため中国政府は、外需よりも国内市場を重視し、内需を拡大して経済を支える政策を進めています。

この内需中心の経済政策は、中国の物流戦略とも深く関係しています。中国は国内市場を支えるため、国内物流と国際輸送ルートの両方を再構築しようとしています。

中国の物流戦略

中国は世界最大級の石油輸入国です。輸入エネルギーの多くは中東から運ばれます。その輸送はホルムズ海峡とマラッカ海峡という二つの海峡を通ります。

この二つの海峡は世界の代表的なチョークポイントです。紛争が起きれば輸送が大きく影響を受けます。

そのため中国は、輸送ルートを分散する政策を進めてきました。

中央アジアの陸上回廊、パキスタンのグワダル港、ミャンマーの港湾とパイプラインなどです。中国はこうしたルートを整備し、輸送経路の選択肢を増やしています。

さらに中国は、国内物流網の整備も進めています。内需拡大を進めるためには、国内市場を支える物流の強化が不可欠です。中国は国内物流を整備すると同時に、それを周辺地域の輸送ルートと結びつけようとしています。

北極海航路の地位

こうした物流戦略の延長線上にあるのが北極海航路です。

北極海航路はユーラシア大陸の北側を通る海上交通路です。中国東部から欧州へ向かう場合、スエズ運河を通る航路より距離が短くなります。輸送日数の短縮も期待されています。

この航路は長く氷に閉ざされていました。しかし近年は海氷の減少によって、航行できる期間が広がっています。ロシアは航路整備を進め、中国はこの航路を「氷上シルクロード」と位置付けて協力を進めています。

地図を広げると、中国の北方物流圏も見えてきます。中国東北部、ロシア極東、日本海、そして北極海です。北朝鮮の港湾もこの物流圏の中に位置しています。

こうして見ると、北極海航路は単独の政策ではありません。中国の国内物流と国際物流を結びつける長期的な物流戦略の一部です。

鳥瞰から戦略を読む

国際政治の議論は、どうしても目の前の事件に集中しがちです。今回の中東危機でも、多くの議論は米国とイランの対立に焦点を当てています。

しかし国家の戦略は、騒動の中ではなく、その外側で準備されています。

中国はエネルギー輸送の弱点を意識し、複数の輸送ルートを整備してきました。中央アジアの陸上回廊、インド洋の港湾、そして北極海航路です。

こうした動きはユーラシア全体の物流構造を変える可能性があります。

国際情勢を理解するためには、事件だけを見るのではなく、地図を広げて長期的な流れを見る必要があります。

そして日本にとって重要なのは、その動きを自国への影響から考えることです。日本海、北極海、ロシア極東。これらは日本のすぐ近くにある地域です。

事件を追うだけでは国家の戦略は見えてきません。
地図を鳥瞰し、長期的な流れを読む。
それが国際情勢を理解するための一つの方法です。(了)

インテリジェンス思考術(第20回)

情報分析とは何か

これまでの回では、情報をどのように集め、どのように処理するかを説明してきました。
しかし、情報を集めただけでは意味がありません。処理しただけでも足りません。情報を分析してはじめて、インテリジェンスになります。

今回から、インテリジェンス作成の核心である「情報分析」の話に入ります。

情報分析とは、インフォメーションをインテリジェンスに変える作業です。
この作業は、分析、統合、解釈という三つの過程から構成されます。

一般に「情報分析」あるいは「情報の分析」と言う場合、この三つの過程を指します。
さらに広い意味では、問いを設定し、情報を収集し、分析、統合、解釈を経てインテリジェンスを作成するまでの一連の作業を含めることもあります。
逆に狭い意味では、この三つの過程のうち「分析」だけを指すこともあります。

分析という言葉は、英語の「Analysis(アナリシス)」の訳語です。この訳語はよくできています。

「分析」の「分」という字は、八と刀を組み合わせた文字です。一つのものを二つ以上に分けることを意味します。「析」という字は、斤(おの)と木を組み合わせた文字で、木をおので細かく切り分けることを表します(後正武『意思決定のための「分析技術」』)。

つまり分析とは、物事を分けて見る作業です。

現実の問題は複雑です。複数の要因が重なり合って動いています。そのため、時系列、地域、機能などの観点から分けて整理しなければ、実態は見えてきません。

ただし、分析だけではインフォメーションはインテリジェンスになりません。分析した結果を統合し、意味を解釈する必要があります。分析、統合、解釈という作業を通して、情報ははじめてインテリジェンスになります。

情報分析の構成要素

情報分析にはいくつかの基本要素があります。代表的なものは、前提、証拠、仮説、論証です。

まず前提を設定します。前提とは、想定あるいは仮定とも呼ばれるものです。前提がなければ議論は広がりすぎます。分析の範囲と焦点を定めるために前提が必要になります。

前提とは、不完全であるものの、おおよそ正しいと判断される情報です。

たとえば現在のウクライナ戦争を考える場合、多くの分析では「プーチン氏は政権を維持している」という前提を置きます。この前提の上で、ウクライナ情勢、ロシアの対外政策、軍事作戦などを分析します。

ただし、前提は絶対に正しいとは限りません。
「プーチン氏が政権を維持する」という前提もあれば、「プーチン氏が暗殺される」という事態も理論上は考えられます。そのため分析者は、必要に応じて前提を見直し、別の前提を置いて考えることもあります。

前提を置いた後、分析者は仮説を立てます。
仮説とは、情報上の問いに対して提示する仮の結論です。一定の理論的根拠を持つものですが、正しいとは限りません。そのため仮説は必ず検証する必要があります。証拠を集め、立証や反証を行います。

仮説を立て、それを検証する際にはさまざまな思考法を使います。

ビジネスの世界では、「○○シンキング」あるいは「○○思考」と呼ばれる思考法が数多く紹介されています。クリティカルシンキング(批判思考)、ラテラルシンキング(水平思考)、ロジカルシンキング、仮説思考、アナロジー思考、論点思考、イメージ思考などです。

ただし、これらの思考法に明確な境界があるわけではありません。多くの場合、複数の思考法を組み合わせて使います。たとえば、ラテラル思考で仮説を考え、その仮説をロジカル思考で検証する、といった形です。(了)

クリーニング店の倒産(3月9日記事)

先日、近所のクリーニング店に洗濯物を出しました。詰め放題1万円で22点です。なかなかの量でした。数日後、メールで連絡が入りました。「当店は〇月〇日をもって閉店いたします」。

思わず、「いや、閉店するのはいいが、私の洗濯物はどうなるのか」と考えてしまいました。店がなくなれば、受け取る場所がなくなるではありませんか。幸い、私の受け取り日まで営業継続であり、洗濯物の受け取り可能でしたが、少し焦りました。

調べてみると、クリーニング店の倒産や閉店が増えているそうです。理由はいくつかあります。テレワークの普及でスーツ需要が減ったこと、原材料や燃料費の上昇、人手不足、そしてコインランドリーとの競争です。価格を上げにくい業種でもあります。

私自身も生活が変わりました。自宅で仕事をする時間が増え、スーツやズボンをクリーニングに出す機会が減りました。以前は洗濯よりもプレスのために出していましたが、最近は通勤も少ないのでジーンズで済ませることが増えています。

小さな話ですが、こうした生活の変化が町の商売の姿も変えているのだと感じました。(了)


新著『謀略とインテリジェンス』の予約販売が開始(3月9日配信記事)

3月5日、私の新著『謀略とインテリジェンス』の予約販売が始まりました。発売は4月10日頃、出版社は並木書房です。

今回の本は、「謀略をやりましょう」という本ではありません。外国はどのように他国に圧力をかけ、揺さぶり、情報を取り、時には壊しにくるのか。そして、日本は国家として、また国民として、どう身を守るべきか。そこを書いた本です。

ページ数は230頁ほどです。厚すぎず、読みやすい分量だと思います。中国による高市政権への外交圧力、レアアース禁輸、米国によるベネズエラ攻撃やイラン攻撃など、最近の動きにも触れました。こうした出来事を、私は謀略という視点から見ています。

高市政権では、インテリジェンスの強化が政策の柱の一つになっています。けれども、インテリジェンスは情報を集めて分析し、政策や戦略に役立てるだけではありません。スパイによる情報収集もあります。人を使った工作もあります。サイバー空間で相手を揺さぶる動きもあります。誰がやったのかわからない形で壊しにくることもあります。そして、そうした動きから自国を守るのが防諜です。

私はこれまでインテリジェンス研究家を名乗ってきました。そうである以上、このテーマは避けて通れません。

今の時代、国家も企業も、サイバー攻撃や認知戦の中に置かれています。表に出る戦争だけを見ていても足りません。相手が水面下で何をしているのか。こちらの社会のどこが狙われているのか。そういう目で見なければ、現実は読めません。だから私は、国際情勢を謀略という視点から考えることが大切だと思っています。(了)

兆候は見えていた。しかし決断は見えなかった(3月2日配信記事)

――イラン作戦と情報分析の限界

▼事実関係

2月28日、トランプ大統領は自身のSNSで、イランに対する「大規模な戦闘作戦」を開始したと表明しました。目的はイランのミサイル能力を破壊し、海軍戦力を壊滅させることだと述べています。米側に死傷者が出る可能性にも言及し、この作戦を「未来のための崇高な使命」と位置づけました。同日、イスラエルもイランへの先制攻撃を発表しました。

直前まで米国とイランは核開発をめぐる協議を続けていました。しかし合意には至りませんでした。その間、米軍は中東への戦力増強を進め、空母打撃群の展開や航空戦力の再配置が報じられていました。

交渉が続く一方で、軍事的準備は着実に進んでいた。
これが今回の出発点です。

▼1月18日時点の私の判断

私は1月18日時点で、米国による新たな軍事介入の蓋然性は高くないと書きました(1月26日配信)。

理由は三点でした。

第一に、治安維持を名目とする軍事介入は国際的な正当性を得にくいという判断です。
第二に、暴動下で外部が武力行使をすれば、体制側の結束を強める可能性が高いという見立てです。
第三に、イランの統治が崩れれば、中東全体が不安定化する危険があるという地政学的な懸念です。

同時に私は、空母展開などの軍事的動きについても触れました。「軍事行動の兆候はある。しかし現時点での蓋然性は高くない」と評価しました。そして、「兆候を一つ一つ拾い上げ、妥当性と突き合わせながら評価する作業が重要である」と結びました。

実はこの時点で、「イランの治安暴動そのものが米CIAなど外部勢力によって利用、あるいは醸成されている可能性」「トランプ政権が軍事行動の口実を得ようとしている可能性」という仮説も頭の中では検討しました。

しかし仮説は証拠で裏付けなければなりません。そして、この種の工作は証拠が出ないからこそ工作です。証拠がない以上、公開情報分析の水準では陰謀説として扱わざるを得ません。

ここにオシントの限界があります。

▼2月上旬、判断の修正

2月に入り、兆候の質が変わりました。

空母2隻体制。
航空戦力の再配置。
期限を区切る発言。
具体的作戦オプションの報道。

私は軍事行動の可能性を7割程度へ引き上げました。兆候の強化に応じて、1月18日時点の評価を修正したのです。

私は判断を固定しませんでした。
兆候が積み上がれば重みづけを変える。
これは情報分析の基本です。

誤りではない。しかし真実ではなかった可能性

私の分析手法そのものに誤りはありませんでした。しかし、真実には届かなかった可能性があります。

オシント分析は、

・観測できる兆候
・公開された発言
・国際政治上の合理性

を材料に判断します。

しかし、

・意思決定者の内部の決断
・水面下の政治的合意
・秘密作戦の設計

は見えません。

1月18日時点で、私は「米国は国際社会での正当性を一定程度考慮するだろう」と読むほかありませんでした。これは論理的には妥当でした。

しかし今回の軍事行動が周到な準備のもとで実行されたとすれば、最初から「やる前提」で空母派遣が進んでいたことになります。交渉も圧力も時間経過も、その設計の一部だった可能性があります。

私の判断は誤りではなかった。しかし、公開情報から導ける合理性は、必ずしも真実そのものではなかったのです。

一つの反省点

今回、私自身に一つの反省点があります。

私は「治安維持ありき」という枠組みを強く置きました。治安悪化が軍事行動の引き金になるという因果線を主軸に置いたのです。そのため、治安が一時的に安定した段階で、軍事行動の評価をやや引き下げました。

しかし、もし軍事行動の目的が最初から核能力破壊であったとすれば、治安状況は本質ではありません。私は分析の枠組みに引きずられた可能性があります。

情報分析は事実だけでなく、枠組みにも支配されます。どの因果線を中心に置くかによって、重みづけは変わります。ここに分析の難しさがあります。

教訓――内部合理性は見えない

プーチンもトランプも狂気で動いているわけではありません。ただし、彼らには彼らの内部合理性があります。

兆候はさまざまな側面を示します。しかし兆候は内部の最終決断までは示しません。

内部合理性は公開情報から完全には読めません。ヒューミントがなければ、思考の癖や最後の一押しは見えません。

オシントは強力です。しかし万能ではありません。真実そのものでもありません。

それでも分析者にできることは限られています。兆候を拾い、妥当性を検討し、状況が変われば評価を修正する。それを繰り返すしかありません。

経済学者ケインズは「状況が変われば意見を変える」と語ったと伝えられています。

情報分析も同じです。重要なのは、どの時点で、何を根拠に、どこを修正したかです。

兆候は見えていた。しかし決断は見えなかった。
それが情報分析の現実です。

(了)

インテリジェンス思考術(第19回)

情報の処理の技法

前回は、集めた情報をどう扱うか、という話をしました。今回は、情報処理の要領について、さらに具体的に触れます。

情報を評価する技法

偽情報や不利情報を完全に見破る特効薬は存在しません。

しかし、情報分析官としての経験から申し上げれば、情報入力の段階での誤りを減らすために、最低限意識すべき評価の視点は存在します。

大前提として、現代では誰もが情報を発信できるという事実を踏まえる必要があります。新聞、テレビ、インターネット上の公開情報はいずれも、何らかの意図や立場を背景として発信されています。したがって、情報は原則として批判的に見る姿勢が求められます。

情報を批判的に評価する方法は、大きく外的批判と内的批判の二つに分けられます。

外的批判――情報の「外側」を確認する

外的批判とは、その情報が本物か偽物か、信頼に足るものかを、情報の外側から確認する作業です。具体的には、情報源は誰か、いつ成立した情報か、独立した情報か、それとも他の情報の引用や派生か、といった点を確認します。

これは難しい作業ではありません。

たとえば書籍を読む場合、本文に入る前に、発行時期、出版社、著者、奥付、目次などを確認するのが一般的です。いつ書かれた本なのか、どのような立場の著者が、どのような出版社から出しているのかを見ずに、内容だけを鵜呑みにする読者は多くありません。情報分析における外的批判も、これと同じです。

情報源については、発信者が「その情報を知る立場にあるのか」「その内容を正しく理解できる能力を持っているのか」を確認する必要があります。著名人や自称専門家の発言であっても、その専門分野、過去の発言や著作、思想的背景、交友関係などを確認しなければなりません。

また、取材記事や手記、自伝の類は、事実の記録というよりも、盛り付けや脚色、意図的な誘導が含まれていることが多いと認識しておくべきです。ノンフィクションと称する記事であっても、筆者の主張を補強する材料として事実が選別されている場合は少なくありません。

さらに、情報の成立時期にも注意が必要です。新しい情報に見えても、過去の情報の焼き直しであることは珍しくありません。文書であれば、文体や用語が時代に合っているかを見ることで、成立時期の手がかりが得られます。同時期に起きた他の事象と照らし合わせることで、矛盾や不自然さに気づくこともあります。

複数の情報が同じ内容を伝えている場合でも、「多くの場所で言われているから正しい」と即断してはなりません。情報源が実は同一であることも少なくありません。

内的批判――情報の「中身」を吟味する

内的批判とは、情報源にかかわらず、情報の内容そのものに価値があるか、妥当かを判断する作業です。

匿名情報は原則として疑ってかかるべきですが、重要な内容を含む場合もあります。その場合には、他の情報や既存の知識との照合が欠かせません。内的批判は、外的批判よりも難易度が高い作業です。

判断の基準となるのは、一般的な知識や経験から見た妥当性、論理の一貫性、事実関係の具体性、すなわち詳細度、そして他の関連情報との整合性です。

「何となく変だ」「そのようなことが本当に起こり得るのか」「話が飛躍していないか」「そこまで詳しい情報をなぜ知り得たのか」といった違和感は、重要な警告信号です。その場合には、関連情報を探し、矛盾点を洗い出し、専門家の見解を確認する必要があります。

筆者は、内的批判を行う際、とくに次の点に注意しています。

第一に、感情を強く揺さぶる情報です。恐怖、緊急性、利益、損失、怒り、悲しみといった感情が喚起された場合、「この情報を信じさせることで、発信者は何を得るのか」という視点で見直します。金銭、名誉、注目のいずれかが動機であることは少なくありません。

第二に、数字や統計です。数値化は有効な手段ですが、統計は操作可能であることを常に意識する必要があります。とくに極端に高い割合や断定的な数字には注意が必要です。情報を作る側の立場に立ち、「なぜこの数字が使われているのか」を考えることが重要です。

このように、情報の評価とは特別な専門技術ではありません。読む前に確認すること、読みながら疑問を持つことの積み重ねです。

情報入力の段階でこの作業を怠れば、その後にどれほど高度な分析手法を用いても、結論の前提そのものが歪んだままになります。(了)