我が近況(3月30日配信)

伊豆長岡での取材旅行を終えて

私は、3月16日から20日までの5日間、伊豆長岡と修善寺に取材旅行に行きました。

私は、源頼朝の流刑地である蛭ヶ島、北条館跡(江間)、北条時政が建立した願成就院、修善寺、頼朝の子である頼家の墓、頼朝の弟範頼の墓、江川邸、韮山反射炉、三嶋大社を見学しました。

私は現地で、源頼朝の猜疑心、頼朝と八重姫や北条政子との関係、そして北条義時の情報の使い方について考えました。

頼朝は、挙兵して権力を奪う段階では情報を集め、それを判断に使いました。ところが、頼朝が政権を握ると、周囲への不信が強まりました。その結果、頼朝は自分に不利と見た者を処断し、必要な情報も入らなくなりました。頼朝は弟の源範頼や源義経を失いました。

頼朝の死後、子の源頼家は妻の一族である比企氏を重く用いました。これに対し、北条時政、政子、義時は頼家を伊豆に移し、修善寺で監視下に置きました。頼家はその地で命を落としました。

政子は、将軍である息子よりも北条家の存続を選びました。私はこの経緯を現地で確認しながら、権力を握る者が情報をどう扱うかという問題を改めて考えました。

権力と情報の関係は、私の研究の中心にあります。今回の取材では、その関係を具体的な事例として捉えることができました。

東京駅と新幹線で思ったこと

私は普段、新幹線をほとんど使いません。地方へ行くときは、大阪であっても飛行機を使います。費用と移動の負担を考えると、その方が合理的です。

今回、私は麹町の会社を訪問した後、東京駅へ移動しました。三島方面の新幹線まで時間があったため、私は八重洲ブックセンターに向かいました。しかし、その大型書店はすでに閉店していました。

私はこの変化を見て、本が情報収集の中心であった時代は薄れつつあることを実感しました。

また、東京駅には多くの外国人旅行者がいました。一方、出発前の喫煙スペースには日本人の利用者が集中していました。男性が多く、女性は少数でした。外国人の姿はほとんど見かけませんでした。

私はこの光景から、生活習慣の違いが行動として表れていることを感じました。

インテリジェンス思考術(第22回)

仮説を立証および検証する

仮説を証拠で立証する

仮説を立てたら、次に行うのは立証です。
立証には証拠が必要です。

情報分析における証拠とは、仮説を裏づけるために用いる情報です。私は証拠を扱う際、次の点を常に確認します。

・完全な証拠は得られません。
・一つの証拠が複数の仮説を支持することがあります。
・証拠は、確実性や信頼性が異なる情報源からもたらされます。
・証拠は曖昧で不正確な場合があります。
・ある証拠は一つの結論を支持し、別の証拠は異なる結論を支持します。

私はこれらを前提として証拠を扱います。

立証では、情報の妥当性と信頼性を確認しながら、情報を組み立てます。
そのうえで、既に得ている情報やインテリジェンスと照合します。
私は、情報どうしの関係を確認し、内側のつながりと外側のつながりを明らかにします。

証拠が仮説に対して妥当であり、信頼でき、重要であると示せたとき、立証は成立します。
この過程では、証拠と仮説をつなぎながら判断します。

具体例で説明します。

ある企業について、「この企業は今後、業績が悪化する可能性が高い」という仮説を立てたとします。

この場合、私は次のような証拠を集めます。

・主要製品の売上が前年同期比で減少している。
・主力市場で競合企業がシェアを拡大している。
・経営陣が短期間で交代している。
・研究開発費が減少している。

さらに、過去の事例から、業績悪化の前には次のような兆候が見られます。

・在庫の増加
・利益率の低下
・人員削減や拠点統合
・資金調達の増加

私はこれらの証拠を積み上げ、仮説の妥当性を判断します。

仮説を因果関係で検証する

仮説を立てた後、私は複数の仮説の中で、どの仮説が最も可能性が高いかを判断します。
これを仮説の検証と呼びます。

検証では、因果関係を確認します。

たとえば、「企業の業績が悪化した」という結果があり、「新規参入企業が市場に増えた」とします。
私はこの関係を、原因と結果の可能性として扱います。

この場合、「なぜ業績が悪化したのか」という問いに対して、「競争激化が原因である」という仮説を立てます。
そのうえで、市場シェアの変化や価格競争の激化などを証拠として、因果関係を確認します。

一般に、「Aが起きるとBが起きる」という関係を因果関係と呼びます。
Aが増えればBも増える関係もあれば、Aが増えればBが減る関係もあります。

一方、「AとBが同時に変化する」だけでは因果関係とは言えません。
これは相関関係です。

相関関係と因果関係は混同されやすいものです。

たとえば、広告費が増えると売上が増える場合があります。
しかし、売上の増加が広告の効果とは限りません。市場全体の需要増加という別の要因が影響している可能性があります。

私は、相関関係から因果関係を見極める際、次の手順で進めます。

① 関係がありそうな事象を広く列挙する。
② 原因が先、結果が後という時間の順序を確認する。
③ 別の原因が存在しないかを確認する。

さらに、私は次の4つの関係を検討します。

・AがBを引き起こした。
・BがAを引き起こした。
・第三の要因CがAとBを生んだ。
・AとBの関係は偶然である。

とくに、見かけだけの関係には注意が必要です。

たとえば、在宅勤務の増加とオンラインサービスの利用増加は同時に起きました。
しかし、両者の背後には「感染症の拡大」という共通の要因があります。

私は、こうした関係を見誤らないようにします。

因果関係を見つけられない原因の一つは、思い込みです。
原因は意外な場所にあります。

私は分析を行う際、目の前の情報だけで判断せず、別の可能性を必ず検討します。
それが、仮説を正しく評価するために必要な姿勢です。

▼今回はここまで

今回は、仮説をどのように証拠で立証し、さらに因果関係を用いて検証するかについて解説しました。

仮説は立てるだけでは意味がありません。証拠によって裏づけ、複数の可能性の中で位置づけてはじめて分析として機能します。

西半球で進む別の変化(3月30日配信)


中東情勢に関心が集まっています。その一方で、西半球では別の変化が進んでいます。最近の報道によれば、キューバでは電力供給が維持できなくなっています。首都ハバナでは、1日に20時間を超える停電が発生しています。燃料不足により、ごみ収集車は動きません。街中にごみが放置され、生活環境が悪化しています。バスは運行できず、移動は制限されています。病院では処置の優先順位が変わり、日常的な医療も維持できなくなっています。

キューバの発電は燃料に依存しています。燃料の流入が落ちると、発電量はそのまま落ちます。電力が低下すると、交通、衛生、医療の順に影響が広がります。都市の機能が段階的に低下しています。

▼西半球戦略としての一体性
アメリカ合衆国は西半球での影響力の維持と、中国の関与の制約を進めています。2026年1月には、ベネズエラに対して軍事行動を行い、マドゥロ政権を崩しました。米国は同国の産油と輸出の経路に手を入れました。これにより、エネルギーの供給側に変化が生じ、中国に対しても圧力がかかります。

キューバは米国本土に近接しています。この位置に外部勢力の拠点が形成されると、情報と影響の面で負担が生じます。1960年代には、キューバ危機でこの問題が表面化しました。現在も、中国による対米情報収集拠点の存在が指摘されています。

キューバは石油資源を持ちませんが、地理的位置に意味があります。米国は、この地域が中国やロシアの影響下に入ることを避けようとしています。

▼米国の措置と供給経路
米国はベネズエラでは軍事行動により供給側を直接コントロールしました。一方、キューバに対しては資源の流れに制約をかけています。

キューバはベネズエラ産の原油に依存しています。米国によるベネズエラへの軍事介入は、この供給経路の遮断を意味します。さらに、米国は第三国による代替供給に対して、決済、保険、対米関係のリスクを通じて圧力をかけています。

他方で、民間部門に限定的な供給を残しています。その結果、発電や公共サービスに回る燃料が先に不足します。電力と輸送が止まり、生活環境が悪化します。政府部門と民間部門の間に差が生じ、統治に影響が出ます。

▼静かなハイブリッド戦の構図
現代のハイブリッド戦では、有事と平時、軍事と非軍事の区別が重なります。

中東では、イランに対して軍事行動が用いられています。攻撃対象は明確で、結果は短期間で現れます。

その一方で、西半球のキューバでは、資源と経済を通じた圧力が用いられています。燃料供給に制約がかかり、発電と輸送が止まり、都市機能が低下します。変化は時間をかけて進みます。

同じ時期に、異なる地域で、異なる手段が並行して用いられています。一方では軍事行動が行われ、他方では経済と資源を通じた圧力が進みます。これらは同時に進む一つの対立です。

▼日本と企業への視点
日本にとって、中東は石油資源の観点から重要です。ホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡が使えない場合、中東からの輸送は制約されます。

この場合、船舶は代替経路を選びます。主な経路は、アフリカ南端の喜望峰を回る航路です。また、オーストラリアや他地域からの供給への依存が高まります。

この航路は距離が長く、輸送日数が増加します。船腹に余裕がなくなり、輸送効率が低下します。その結果、世界の海運全体で再配分が起きます。

船会社は、確実に通航できる経路に船舶を集中させます。西半球で東西を結ぶ主要経路であるパナマ運河への依存が高まります。通航需要が増えれば、待機日数と通航料が上がります。

この運河は水量に依存しています。降雨の変動により通航枠が制限されることがあります。需要の集中と水量制約が重なると、物流の遅延はさらに拡大します。

このように、中東の海峡の不安定は、西半球の運河にも影響します。日本の企業は、エネルギーだけでなく、航路の変化による輸送日数、在庫、保険、運賃の変動に対応する必要があります。

現代の対立は、一つの地域だけを見ても把握できません。複数の地域と複数の手段が同時に動きます。

▼情報をどう読むか(インテリジェンスの視点)
国際情勢は一つの地域だけでは理解できません。全体を俯瞰し、複数の地域の動きを同時に見る必要があります。

停電は結果です。この結果の背後には、資源の流れと政策の変化があります。こうした兆候から、次に起きる変化を読み取ることが求められます。

そのためには、複数のシナリオを用意し、それぞれに対応する兆候を整理する必要があります。どの兆候が現れたときに、どの方向に進むのかを事前に考えておくことが重要です。

(了)

伊豆長岡での取材旅行(3月16日配信)

3月16日から20日までの5日間、伊豆長岡に滞在し、新しい執筆テーマの取材を行います。伊豆と言えば、源頼朝の流刑地です。頼朝は1160年、13歳のときにこの地に送られ、1180年に挙兵するまで約20年間を過ごしました。

ただし、頼朝は完全な幽閉状態に置かれていたわけではありません。監視役であった伊東氏の娘、八重との恋愛、さらに地方豪族・北条氏の娘、政子との恋愛の話も伝えられています。流人とはいえ、一定の自由があったことがうかがえます。

もっとも、私が関心を持っている人物は頼朝ではありません。北条政子の弟であり、鎌倉幕府二代執権となった北条義時です。義時は2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公として知られています。

今回の滞在では、頼朝や義時ゆかりの地を歩きながら、義時のインテリジェンスについて考えてみたいと思います。
そのため、来週のニュースレターは休刊とさせていただきます。

並木書房公式note(3月16日配信)

前回のニュースレターで、私の新著『謀略とインテリジェンス』の予約販売が始まったことをお知らせしました。その版元である並木書房が、このたび公式noteを開設しました。

並木書房は、軍事・安全保障・戦史・インテリジェンス関連の書籍を専門とする出版社です。光栄なことに、最初の記事では拙著を紹介していただきました。以下、その一部を引用します。

「なぜ日本人は『謀略』という言葉を封印したのか?──陸軍中野学校から読み解く、現代の『見えない戦争』。元・防衛省情報分析官が警告する日本の危機」

本書の三つの注目ポイント

衝撃のプロローグ「2035年・沖縄シナリオ」
 本書は「沖縄・静かなる独立の朝(2035年・架空シナリオ)」から始まります。軍事力を使わず、合法的かつ平和的な手段によって、外国の工作により領土が切り離されていく──。クリミアや香港の事例を見れば、これは単なる空想ではありません。

封印された「陸軍中野学校」の教範を読み解く
 かつて日本には、「謀略は誠なり」と教え、情報戦を実践した陸軍中野学校がありました。本書では、戦後ほとんど顧みられなくなったその体系をあらためて取り上げ、現代の認知戦を考える手がかりを示します。

米・ロ・中の対日工作を分析する
米国:冷戦期から続く対米関係はどのように形成されたのか。
ロシア:「友好」「領土」「資源」を結びつけた影響力行使。
中国:日本の判断を外側から誘導する浸透工作。

これらを知らなければ、国際ニュースや経済安全保障の動きを正しく読み解くことはできません。

そのほか、現代を生き抜くための書籍紹介も掲載されています。興味のある方はご覧ください。

【はじめまして】激動の時代を生き抜く「知の防具」を届ける。「並木書房」公式note、始動します!|並木書房 出版部

インテリジェンス思考術(第21回)

前提とは何か

前回は、情報分析について説明しました。分析とは、仮説を立て、その仮説を証拠(情報)によって確かめる作業です。

この分析の土台となるものが前提です。分析を行うときには、必ず前提(想定または仮定)を置く必要があります。

今回は、この前提とは何かについて説明します。

前提とは、完全ではないが、おおよそ正しいと判断して置く情報のことです。

前提がなければ仮説を立てることができません。仮説がなければ結論を導くこともできません。したがって、前提がなければ分析そのものが成立しません。

たとえば中国を分析する場合、多くの研究者は「中国共産党が今後も政権を維持する」という前提を置きます。そのうえで、中国の対外政策や軍事戦略を分析します。

もしこの前提を置かなければ、議論は「政権崩壊」「民主化」「軍事政権」など、さまざまな可能性に広がります。議論は拡散し、分析は複雑になります。その結果、政策判断に役立つインテリジェンスを作ることは難しくなります。

ただし注意すべき点があります。前提は「おおよそ正しい」と判断して置くものであり、「絶対に正しい」ものではありません。

たとえば「中国共産党が政権を維持する」という前提は、現在の情勢では妥当と考えられます。しかし、それが50年先まで確実に正しいとは言い切れません。

このように、前提は分析を進めるための出発点であり、永遠に正しい命題ではありません。

前提には二つの種類がある

前提には二つの種類があります。明示された前提と隠れた前提です。

明示された前提とは、問いの中で言葉として示されている前提です。
たとえば「中国共産党政権が2040年まで存続すると仮定した場合」という問いでは、この仮定が明示された前提になります。

しかし、問いや情報要求の中では、前提が必ずしも明示されるとは限りません。そこで問題になるのが隠れた前提です。

隠れた前提とは、文章や主張の中では明言されていないが、論理を成立させるために必要な前提です。

たとえば、次の論理を考えてみましょう。

人はみな死ぬ。
だからソクラテスは死ぬ。

この論理には、一つの前提が省略されています。それは「ソクラテスは人である」という前提です。

論理を完全な形で書けば、次の三段論法になります。

人はみな死ぬ。
ソクラテスは人である。
だからソクラテスは死ぬ。

しかし、このようにすべてを書けば説明はくどくなります。そのため、明らかだと考えられている前提はしばしば省略されます。これが隠れた前提です。

この問題は、現実の政策分析でも起こります。
たとえば「ポスト習近平の後継者は誰か」という問いには、一つの隠れた前提が含まれています。

それは「習近平氏はいずれ権力の座から退く」という前提です。

この前提には、政権交代、事故、病気、自然死など、さまざまな可能性が含まれます。しかし、いずれにしても「習近平氏はいつか退く」という前提が存在しています。


隠れた前提を確認する重要性

隠れた前提がとくに問題になるのは、グループ討議の場合です。

参加者全員が同じ隠れた前提を共有していれば、議論は円滑に進みます。しかし、前提の理解が異なれば議論はかみ合いません。

たとえば「習近平氏はいずれ現在の地位から退く」という前提を共有していない場合、「習近平氏は永久指導者を目指しているので後継者は存在しない」という仮説が提示されることになります。

このように、隠れた前提の違いは議論の方向そのものを変えてしまいます。

そのため、分析やシナリオ・プランニングを行うときには、明示された前提だけでなく、隠れた前提も確認し、参加者の間で共有しておくことが重要です。

今回はここまで

今回は、分析の出発点となる前提について説明しました。

次回は、仮説を検証するために必要となる**証拠(情報)**についてお話しします

中東戦争の波紋 ― ロシアが得る利益(3月16日配信)

中東で起きた軍事行動と原油市場

米国がイランの核関連施設を攻撃して以降、中東情勢は一気に緊張を高めました。国際報道は、報復の可能性やホルムズ海峡の安全に焦点を当てています。しかし、この戦争の影響は中東だけにとどまりません。地政学の視点で見ると、この出来事はウクライナ戦争にも波紋を広げています。そして、その結果として利益を得る可能性があるのがロシアです。

今回の衝突でまず動いたのは原油価格でした。中東は世界最大の石油供給地域です。ホルムズ海峡が不安定になると、世界のエネルギー市場はすぐに反応します。米国の攻撃の後、原油価格は上昇しました。エネルギー市場は供給不安に敏感です。実際に供給が止まらなくても、輸送の安全が揺らぐだけで価格は上がります。

原油価格上昇がロシアにもたらす利益

この価格上昇は、ロシアに利益をもたらします。ロシアは世界有数の石油輸出国です。原油価格が上がれば、輸出収入は増えます。西側諸国はロシア産原油に価格上限を設けていますが、それでも世界市場の価格上昇はロシアの財政を助けます。ロシアの国家予算はエネルギー収入に大きく依存しています。原油価格が上昇すれば、戦争を続けるための資金も増えることになります。

さらに、石油の輸出先にも変化が生じます。インドはこれまでロシア原油の大きな買い手でした。しかし米国との関係を考慮し、輸入を減らす動きもありました。ところが中東情勢が不安定になると事情は変わります。中東からの供給が不安定になると、安定した供給源が必要になります。そこでロシア原油への需要が再び高まります。

中国のエネルギー戦略とロシア

中国でも同様の動きが考えられます。中国はイランから大量の原油を輸入しています。もし中東の供給が止まれば、別の供給源を探す必要があります。その有力な候補がロシアです。ロシアから中国へはシベリアからのパイプラインが伸びています。海上輸送に頼らないルートがあるため、供給の安定性という点で有利です。

このように、中東戦争はエネルギー市場を通じてロシアを利する可能性があります。戦争は戦場だけで起きているのではありません。資源と市場の中でも戦争は進行しています。

ウクライナの冬とエネルギー戦争

一方で、戦場であるウクライナの状況は厳しいものがあります。ロシアはウクライナの電力施設を繰り返し攻撃しています。発電所や変電所、送電網が標的になりました。冬の間、各地で停電が発生しました。氷点下の気温の中で暖房が止まり、住民は発電機や避難所に頼る生活を続けています。

海外報道によれば、数十万世帯が停電した地域もあります。都市では計画停電が繰り返され、産業活動にも影響が出ています。電力不足は企業の操業にも影響します。工場は稼働を止めざるを得ません。戦争は兵士だけでなく、市民の生活にも直接影響を与えています。

しかし、このような状況は日本ではあまり大きく報道されません。戦場のニュースは、前線の攻撃や反撃が中心になります。領土の奪還やドローン攻撃の映像はニュースになりますが、電力不足や暖房停止のような長期的な苦境は注目されにくいのです。

戦争の影響は戦場の外に広がる

戦争を理解するためには、戦場の出来事だけを見ていては足りません。資源、経済、エネルギーの流れを見る必要があります。今回の中東危機は、そのことを改めて示しています。

中東で緊張が高まれば原油価格が上がります。原油価格が上がればロシアの収入が増えます。そして、その資金がウクライナ戦争を支える可能性があります。中東で起きた軍事行動が、遠く離れたヨーロッパの戦争にも影響を及ぼしているのです。

情報をどう読むか(インテリジェンスの視点)

報道が少ないことは、攻撃や被害が減ったことを意味するとは限りません。戦争では意図的な情報戦が行われます。各国は自国に有利な情報を発信し、不利な情報は出さないことがあります。メディアも視聴率や関心を考え、報道の焦点を選びます。

インテリジェンスの分析では、表に出ている情報だけではなく、何が報道されていないのかを見る必要があります。
真実は、必ずしも表に流れるOSINTの中だけに現れるわけではありません。

戦争を読むとは、戦場を見ることではない。資源と情報の流れを見ることである。

(了)

中国の物流戦略――中東危機を鳥瞰する視点(3月9日配信記事)

視点を少しずらして中国の戦略を見る

最近の報道は、米国のイラン攻撃を中心に展開しています。
しかし国際政治を理解するためには、事件の中心だけを見るのでは十分ではありません。少し視点をずらし、全体を鳥瞰してみる必要があります。

2026年3月初旬、中国の海運会社がロシア北極圏の港湾との輸送を拡大する計画を進めていると報じられました。北極海航路を利用した輸送の拡大です。

一見すると、このニュースは中東情勢とは関係のない出来事のように見えます。しかし米国のイラン攻撃、中国の外交姿勢、そして現在開催されている中国の全人代を合わせて見ると、その意味が見えてきます。

米国のイラン攻撃と中国の反応

2026年2月末、米国はイランの軍事関連施設を攻撃しました。中東では緊張が高まり、ホルムズ海峡の航行への影響も指摘されています。

中国政府は米国の行動を非難しました。しかし中国は軍事支援や制裁対抗措置などの行動は取っていません。外交的な非難にとどめ、状況を静観しています。

この対応には中国の計算があります。

中国はイランから多くの石油を輸入しています。しかし同時に、サウジアラビア、イラク、UAEなどからも大量の石油を輸入しています。中国にとって重要なのは特定の国ではなく、中東全体からのエネルギー供給です。そのため中国は地域の対立の中でどちらか一方に深く関与することを避けています。

さらに、中国は現在のイラン政権の行方も見極めています。政権が不安定になれば、新しい政権が誕生する可能性もあります。その場合、中国は新しい政権とも関係を維持する必要があります。

つまり中国は、騒動の当事者になることを避けています。政治的には非難を表明しますが、実際の行動では一歩距離を取り、情勢を観察しています。

さらに2026年3月下旬には米中首脳会談も予定されています。この状況で中国がイラン問題で米国と正面から対立する必要もありません。

全人代と中国経済

2026年3月5日、中国で全国人民代表大会(全人代)が開幕しました。李強首相は政府活動報告を行いました。

政府は2026年の経済成長目標を4.5〜5%としました。これは近年の成長目標の中でも最も低い水準です。中国はかつて8%前後の高成長を続けてきましたが、近年は成長率が低下しています。その中で政府は、5%前後の成長を維持することを目標として掲げています。

今回の報告では、内需拡大と国内経済の安定が強調されています。

現在、中国経済は不動産市場の低迷や地方政府債務などの問題を抱えています。輸出の伸びも鈍化しています。そのため中国政府は、外需よりも国内市場を重視し、内需を拡大して経済を支える政策を進めています。

この内需中心の経済政策は、中国の物流戦略とも深く関係しています。中国は国内市場を支えるため、国内物流と国際輸送ルートの両方を再構築しようとしています。

中国の物流戦略

中国は世界最大級の石油輸入国です。輸入エネルギーの多くは中東から運ばれます。その輸送はホルムズ海峡とマラッカ海峡という二つの海峡を通ります。

この二つの海峡は世界の代表的なチョークポイントです。紛争が起きれば輸送が大きく影響を受けます。

そのため中国は、輸送ルートを分散する政策を進めてきました。

中央アジアの陸上回廊、パキスタンのグワダル港、ミャンマーの港湾とパイプラインなどです。中国はこうしたルートを整備し、輸送経路の選択肢を増やしています。

さらに中国は、国内物流網の整備も進めています。内需拡大を進めるためには、国内市場を支える物流の強化が不可欠です。中国は国内物流を整備すると同時に、それを周辺地域の輸送ルートと結びつけようとしています。

北極海航路の地位

こうした物流戦略の延長線上にあるのが北極海航路です。

北極海航路はユーラシア大陸の北側を通る海上交通路です。中国東部から欧州へ向かう場合、スエズ運河を通る航路より距離が短くなります。輸送日数の短縮も期待されています。

この航路は長く氷に閉ざされていました。しかし近年は海氷の減少によって、航行できる期間が広がっています。ロシアは航路整備を進め、中国はこの航路を「氷上シルクロード」と位置付けて協力を進めています。

地図を広げると、中国の北方物流圏も見えてきます。中国東北部、ロシア極東、日本海、そして北極海です。北朝鮮の港湾もこの物流圏の中に位置しています。

こうして見ると、北極海航路は単独の政策ではありません。中国の国内物流と国際物流を結びつける長期的な物流戦略の一部です。

鳥瞰から戦略を読む

国際政治の議論は、どうしても目の前の事件に集中しがちです。今回の中東危機でも、多くの議論は米国とイランの対立に焦点を当てています。

しかし国家の戦略は、騒動の中ではなく、その外側で準備されています。

中国はエネルギー輸送の弱点を意識し、複数の輸送ルートを整備してきました。中央アジアの陸上回廊、インド洋の港湾、そして北極海航路です。

こうした動きはユーラシア全体の物流構造を変える可能性があります。

国際情勢を理解するためには、事件だけを見るのではなく、地図を広げて長期的な流れを見る必要があります。

そして日本にとって重要なのは、その動きを自国への影響から考えることです。日本海、北極海、ロシア極東。これらは日本のすぐ近くにある地域です。

事件を追うだけでは国家の戦略は見えてきません。
地図を鳥瞰し、長期的な流れを読む。
それが国際情勢を理解するための一つの方法です。(了)

インテリジェンス思考術(第20回)

情報分析とは何か

これまでの回では、情報をどのように集め、どのように処理するかを説明してきました。
しかし、情報を集めただけでは意味がありません。処理しただけでも足りません。情報を分析してはじめて、インテリジェンスになります。

今回から、インテリジェンス作成の核心である「情報分析」の話に入ります。

情報分析とは、インフォメーションをインテリジェンスに変える作業です。
この作業は、分析、統合、解釈という三つの過程から構成されます。

一般に「情報分析」あるいは「情報の分析」と言う場合、この三つの過程を指します。
さらに広い意味では、問いを設定し、情報を収集し、分析、統合、解釈を経てインテリジェンスを作成するまでの一連の作業を含めることもあります。
逆に狭い意味では、この三つの過程のうち「分析」だけを指すこともあります。

分析という言葉は、英語の「Analysis(アナリシス)」の訳語です。この訳語はよくできています。

「分析」の「分」という字は、八と刀を組み合わせた文字です。一つのものを二つ以上に分けることを意味します。「析」という字は、斤(おの)と木を組み合わせた文字で、木をおので細かく切り分けることを表します(後正武『意思決定のための「分析技術」』)。

つまり分析とは、物事を分けて見る作業です。

現実の問題は複雑です。複数の要因が重なり合って動いています。そのため、時系列、地域、機能などの観点から分けて整理しなければ、実態は見えてきません。

ただし、分析だけではインフォメーションはインテリジェンスになりません。分析した結果を統合し、意味を解釈する必要があります。分析、統合、解釈という作業を通して、情報ははじめてインテリジェンスになります。

情報分析の構成要素

情報分析にはいくつかの基本要素があります。代表的なものは、前提、証拠、仮説、論証です。

まず前提を設定します。前提とは、想定あるいは仮定とも呼ばれるものです。前提がなければ議論は広がりすぎます。分析の範囲と焦点を定めるために前提が必要になります。

前提とは、不完全であるものの、おおよそ正しいと判断される情報です。

たとえば現在のウクライナ戦争を考える場合、多くの分析では「プーチン氏は政権を維持している」という前提を置きます。この前提の上で、ウクライナ情勢、ロシアの対外政策、軍事作戦などを分析します。

ただし、前提は絶対に正しいとは限りません。
「プーチン氏が政権を維持する」という前提もあれば、「プーチン氏が暗殺される」という事態も理論上は考えられます。そのため分析者は、必要に応じて前提を見直し、別の前提を置いて考えることもあります。

前提を置いた後、分析者は仮説を立てます。
仮説とは、情報上の問いに対して提示する仮の結論です。一定の理論的根拠を持つものですが、正しいとは限りません。そのため仮説は必ず検証する必要があります。証拠を集め、立証や反証を行います。

仮説を立て、それを検証する際にはさまざまな思考法を使います。

ビジネスの世界では、「○○シンキング」あるいは「○○思考」と呼ばれる思考法が数多く紹介されています。クリティカルシンキング(批判思考)、ラテラルシンキング(水平思考)、ロジカルシンキング、仮説思考、アナロジー思考、論点思考、イメージ思考などです。

ただし、これらの思考法に明確な境界があるわけではありません。多くの場合、複数の思考法を組み合わせて使います。たとえば、ラテラル思考で仮説を考え、その仮説をロジカル思考で検証する、といった形です。(了)

クリーニング店の倒産(3月9日記事)

先日、近所のクリーニング店に洗濯物を出しました。詰め放題1万円で22点です。なかなかの量でした。数日後、メールで連絡が入りました。「当店は〇月〇日をもって閉店いたします」。

思わず、「いや、閉店するのはいいが、私の洗濯物はどうなるのか」と考えてしまいました。店がなくなれば、受け取る場所がなくなるではありませんか。幸い、私の受け取り日まで営業継続であり、洗濯物の受け取り可能でしたが、少し焦りました。

調べてみると、クリーニング店の倒産や閉店が増えているそうです。理由はいくつかあります。テレワークの普及でスーツ需要が減ったこと、原材料や燃料費の上昇、人手不足、そしてコインランドリーとの競争です。価格を上げにくい業種でもあります。

私自身も生活が変わりました。自宅で仕事をする時間が増え、スーツやズボンをクリーニングに出す機会が減りました。以前は洗濯よりもプレスのために出していましたが、最近は通勤も少ないのでジーンズで済ませることが増えています。

小さな話ですが、こうした生活の変化が町の商売の姿も変えているのだと感じました。(了)