情報の処理の技法
前回は、集めた情報をどう扱うか、という話をしました。今回は、情報処理の要領について、さらに具体的に触れます。
▼ 情報を評価する技法
偽情報や不利情報を完全に見破る特効薬は存在しません。
しかし、情報分析官としての経験から申し上げれば、情報入力の段階での誤りを減らすために、最低限意識すべき評価の視点は存在します。
大前提として、現代では誰もが情報を発信できるという事実を踏まえる必要があります。新聞、テレビ、インターネット上の公開情報はいずれも、何らかの意図や立場を背景として発信されています。したがって、情報は原則として批判的に見る姿勢が求められます。
情報を批判的に評価する方法は、大きく外的批判と内的批判の二つに分けられます。
▼ 外的批判――情報の「外側」を確認する
外的批判とは、その情報が本物か偽物か、信頼に足るものかを、情報の外側から確認する作業です。具体的には、情報源は誰か、いつ成立した情報か、独立した情報か、それとも他の情報の引用や派生か、といった点を確認します。
これは難しい作業ではありません。
たとえば書籍を読む場合、本文に入る前に、発行時期、出版社、著者、奥付、目次などを確認するのが一般的です。いつ書かれた本なのか、どのような立場の著者が、どのような出版社から出しているのかを見ずに、内容だけを鵜呑みにする読者は多くありません。情報分析における外的批判も、これと同じです。
情報源については、発信者が「その情報を知る立場にあるのか」「その内容を正しく理解できる能力を持っているのか」を確認する必要があります。著名人や自称専門家の発言であっても、その専門分野、過去の発言や著作、思想的背景、交友関係などを確認しなければなりません。
また、取材記事や手記、自伝の類は、事実の記録というよりも、盛り付けや脚色、意図的な誘導が含まれていることが多いと認識しておくべきです。ノンフィクションと称する記事であっても、筆者の主張を補強する材料として事実が選別されている場合は少なくありません。
さらに、情報の成立時期にも注意が必要です。新しい情報に見えても、過去の情報の焼き直しであることは珍しくありません。文書であれば、文体や用語が時代に合っているかを見ることで、成立時期の手がかりが得られます。同時期に起きた他の事象と照らし合わせることで、矛盾や不自然さに気づくこともあります。
複数の情報が同じ内容を伝えている場合でも、「多くの場所で言われているから正しい」と即断してはなりません。情報源が実は同一であることも少なくありません。
◆ 内的批判――情報の「中身」を吟味する
内的批判とは、情報源にかかわらず、情報の内容そのものに価値があるか、妥当かを判断する作業です。
匿名情報は原則として疑ってかかるべきですが、重要な内容を含む場合もあります。その場合には、他の情報や既存の知識との照合が欠かせません。内的批判は、外的批判よりも難易度が高い作業です。
判断の基準となるのは、一般的な知識や経験から見た妥当性、論理の一貫性、事実関係の具体性、すなわち詳細度、そして他の関連情報との整合性です。
「何となく変だ」「そのようなことが本当に起こり得るのか」「話が飛躍していないか」「そこまで詳しい情報をなぜ知り得たのか」といった違和感は、重要な警告信号です。その場合には、関連情報を探し、矛盾点を洗い出し、専門家の見解を確認する必要があります。
筆者は、内的批判を行う際、とくに次の点に注意しています。
第一に、感情を強く揺さぶる情報です。恐怖、緊急性、利益、損失、怒り、悲しみといった感情が喚起された場合、「この情報を信じさせることで、発信者は何を得るのか」という視点で見直します。金銭、名誉、注目のいずれかが動機であることは少なくありません。
第二に、数字や統計です。数値化は有効な手段ですが、統計は操作可能であることを常に意識する必要があります。とくに極端に高い割合や断定的な数字には注意が必要です。情報を作る側の立場に立ち、「なぜこの数字が使われているのか」を考えることが重要です。
このように、情報の評価とは特別な専門技術ではありません。読む前に確認すること、読みながら疑問を持つことの積み重ねです。
情報入力の段階でこの作業を怠れば、その後にどれほど高度な分析手法を用いても、結論の前提そのものが歪んだままになります。(了)
