3月に入りました(3月2日配信記事)

3月に入りました。年度の締めくくりの月です。

この時期は、世の中も慌ただしくなりますが、私はあえて一度立ち止まる時間をつくろうと思っています。3月は気分転換も兼ねて、歴史探索の取材旅行を5日間ほど計画しました。行先は伊豆長岡です。

ここは源頼朝が流された土地です。頼朝は、ここで政治的にも軍事的にも身動きが取れない立場に置かれていました。何もできない日々のなかで、ただ機会を待っていた。そう語られることが多い人物です。

しかし、本当に彼は虎視眈々と好機を狙っていたのでしょうか。それとも、北条政子に叱咤され、動かされたのでしょうか。あるいは、流人としての閉塞感のなかで、葛藤し続けていたのかもしれません。

私は、歴史の「結果」よりも、「動けない時間」に関心があります。動けない時間に、人は何を考え、どのように自分を保つのか。そこに、意思決定の種があるように思えるのです。

1年に1回は、意図的に何もしない時間をつくる。資料を持ち込まず、予定も詰め込まず、ただ考える時間を持つ。友人はスマホとChatGPTです。問いを投げ、返ってきた言葉を手がかりに、また考える。その往復が、思考を深めてくれます。

そして4月からは新年度です。今年はこれまで以上に、「インテリジェンスとは何か」という問いに正面から向き合ってみたいと思っています。

今年は、4月に1冊、7月にも1冊、さらに年度後半にもう1冊を目標としています。

最初の本は『謀略とインテリジェンス』です。タイトルはやや仰々しく見えるかもしれません。しかし、この本は謀略を勧める本ではありません。謀略という現実を直視し、それに対抗できる国家的、国民的な力をどう養うかを考える本です。

出版日は4月10日に決まりました。今後、少しずつ内容をご紹介していきたいと思います。

私はこれまで、「インテリジェンスは戦略に活用されるものだ」という教科書的理解を軸に、講義や執筆を重ねてきました。戦略に役立てるための情報。意思決定を支える材料。それがインテリジェンスだと説明してきました。

しかし、時々立ち止まります。

本当にそれだけなのか。
そもそもインテリジェンスとは何なのか。
真実を伝えることなのか。
戦略に役立てることなのか。
そして、そのどれがどれだけ担保されているのか。

国家の現実を見ても、企業の現場を見ても、インテリジェンスが正しく使われるとは限りません。権力者は聞きたい情報を求めます。組織は都合のよい評価を好みます。そうした現実のなかで、インテリジェンスの本当の役割はどこにあるのか。

そこで、今年の問いを一つに絞りました。

「インテリジェンスとは何か」

戦略論を語る前に、まずその土台に立ち返る。
今年は、その問いを軸に進んでいこうと思っています。(了)

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