兆候は見えていた。しかし決断は見えなかった(3月2日配信記事)

――イラン作戦と情報分析の限界

▼事実関係

2月28日、トランプ大統領は自身のSNSで、イランに対する「大規模な戦闘作戦」を開始したと表明しました。目的はイランのミサイル能力を破壊し、海軍戦力を壊滅させることだと述べています。米側に死傷者が出る可能性にも言及し、この作戦を「未来のための崇高な使命」と位置づけました。同日、イスラエルもイランへの先制攻撃を発表しました。

直前まで米国とイランは核開発をめぐる協議を続けていました。しかし合意には至りませんでした。その間、米軍は中東への戦力増強を進め、空母打撃群の展開や航空戦力の再配置が報じられていました。

交渉が続く一方で、軍事的準備は着実に進んでいた。
これが今回の出発点です。

▼1月18日時点の私の判断

私は1月18日時点で、米国による新たな軍事介入の蓋然性は高くないと書きました(1月26日配信)。

理由は三点でした。

第一に、治安維持を名目とする軍事介入は国際的な正当性を得にくいという判断です。
第二に、暴動下で外部が武力行使をすれば、体制側の結束を強める可能性が高いという見立てです。
第三に、イランの統治が崩れれば、中東全体が不安定化する危険があるという地政学的な懸念です。

同時に私は、空母展開などの軍事的動きについても触れました。「軍事行動の兆候はある。しかし現時点での蓋然性は高くない」と評価しました。そして、「兆候を一つ一つ拾い上げ、妥当性と突き合わせながら評価する作業が重要である」と結びました。

実はこの時点で、「イランの治安暴動そのものが米CIAなど外部勢力によって利用、あるいは醸成されている可能性」「トランプ政権が軍事行動の口実を得ようとしている可能性」という仮説も頭の中では検討しました。

しかし仮説は証拠で裏付けなければなりません。そして、この種の工作は証拠が出ないからこそ工作です。証拠がない以上、公開情報分析の水準では陰謀説として扱わざるを得ません。

ここにオシントの限界があります。

▼2月上旬、判断の修正

2月に入り、兆候の質が変わりました。

空母2隻体制。
航空戦力の再配置。
期限を区切る発言。
具体的作戦オプションの報道。

私は軍事行動の可能性を7割程度へ引き上げました。兆候の強化に応じて、1月18日時点の評価を修正したのです。

私は判断を固定しませんでした。
兆候が積み上がれば重みづけを変える。
これは情報分析の基本です。

誤りではない。しかし真実ではなかった可能性

私の分析手法そのものに誤りはありませんでした。しかし、真実には届かなかった可能性があります。

オシント分析は、

・観測できる兆候
・公開された発言
・国際政治上の合理性

を材料に判断します。

しかし、

・意思決定者の内部の決断
・水面下の政治的合意
・秘密作戦の設計

は見えません。

1月18日時点で、私は「米国は国際社会での正当性を一定程度考慮するだろう」と読むほかありませんでした。これは論理的には妥当でした。

しかし今回の軍事行動が周到な準備のもとで実行されたとすれば、最初から「やる前提」で空母派遣が進んでいたことになります。交渉も圧力も時間経過も、その設計の一部だった可能性があります。

私の判断は誤りではなかった。しかし、公開情報から導ける合理性は、必ずしも真実そのものではなかったのです。

一つの反省点

今回、私自身に一つの反省点があります。

私は「治安維持ありき」という枠組みを強く置きました。治安悪化が軍事行動の引き金になるという因果線を主軸に置いたのです。そのため、治安が一時的に安定した段階で、軍事行動の評価をやや引き下げました。

しかし、もし軍事行動の目的が最初から核能力破壊であったとすれば、治安状況は本質ではありません。私は分析の枠組みに引きずられた可能性があります。

情報分析は事実だけでなく、枠組みにも支配されます。どの因果線を中心に置くかによって、重みづけは変わります。ここに分析の難しさがあります。

教訓――内部合理性は見えない

プーチンもトランプも狂気で動いているわけではありません。ただし、彼らには彼らの内部合理性があります。

兆候はさまざまな側面を示します。しかし兆候は内部の最終決断までは示しません。

内部合理性は公開情報から完全には読めません。ヒューミントがなければ、思考の癖や最後の一押しは見えません。

オシントは強力です。しかし万能ではありません。真実そのものでもありません。

それでも分析者にできることは限られています。兆候を拾い、妥当性を検討し、状況が変われば評価を修正する。それを繰り返すしかありません。

経済学者ケインズは「状況が変われば意見を変える」と語ったと伝えられています。

情報分析も同じです。重要なのは、どの時点で、何を根拠に、どこを修正したかです。

兆候は見えていた。しかし決断は見えなかった。
それが情報分析の現実です。

(了)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA