――「何を言ったか」ではなく「なぜ今言ったか」を見る
▼事実関係と報道の整理
2026年1月9日、ドナルド・トランプ米大統領は、アメリカがグリーンランドを「所有」する必要があると述べました。理由として大統領は、ロシアと中国がグリーンランドを取るのを防ぐためだと説明しました。
大統領は、「国は所有権を持ち、それを守るのであって、リースを守るものではない」と語り、「簡単な方法」と「難しい方法」があるとも付け加えました。ホワイトハウスは、購入の可能性を否定しなかった一方で、武力行使の可能性についても明確には否定しませんでした。
▼グリーンランドの現状
グリーンランドは、デンマークの準自治領です。外交と防衛はデンマーク政府が担い、自治政府が内政を担当しています。
デンマーク軍は規模が小さく、北極圏において単独でロシアや中国からの軍事行動を防衛できる能力は持っていません。
もっとも、中国はグリーンランドに軍事基地を保有しているわけではありません。過去にはインフラ投資や研究活動を通じて関与を試みてきましたが、軍事的に進出する兆候は見られません。ロシアも北極圏を軍事空間として重視していますが、グリーンランドの排他的経済水域(EEZ)と直接重なる海域を持つわけではありません。また、すでに北極経由で米国本土に到達するミサイル能力を有しており、グリーンランドが特段、新たな軍事的価値を持つ状況でもありません。
一方、米国はすでにグリーンランドに軍事拠点を置き、弾道ミサイル警戒や宇宙監視を行っています。米国自身も、今すぐに中露に対して安全保障上の空白を埋めなければならないという状況にはありません。
また、グリーンランドを米国が実際に「所有」するための現実的な手順は示されていません。売却交渉には時間がかかります。仮に軍事行動と呼ばれる事態があったとしても、それは軍事力をもってグリーンランド軍と戦うことではなく、既存の米軍基地を拡大し、港湾管理を強化し、ミサイル防衛を強化するといった措置にとどまります。それでも、NATO加盟国同士の関係を損なうため、すぐに実行できる話ではありません。
トランプ大統領は、あえて「難しい方法」という強い言葉を使いました。
それは実行計画を示すためではなく、政治交渉の文脈で意図的に選ばれた表現と見る方が自然です。ウクライナをめぐる交渉が続き、さらに年内に米中首脳会談を控えるこの時期だからこそ、こうした言い方が用いられたと考えられます。
▼トランプの意図
報道では、トランプ大統領のベネズエラやイランへの軍事的関与、石油輸出国への圧力といった視点から、北極圏の資源獲得が狙いだとする主張が多く見られます。
たしかに、グリーンランドのレアアースは注目されがちですが、採掘条件、インフラ整備、環境規制といった制約は大きいのが実情です。米国が中国依存を減らす手段としては、豪州や南米の方が即効性があります。
北極圏の資源獲得が狙いであるとの見方は否定できませんが、それだけでは、この発言の強さやタイミングを十分に説明できません。
また、トランプ大統領は国家安全保障戦略や国家防衛戦略において、いわゆるドンロー主義に基づく西半球での支配圏強化を打ち出し、特に中国抑止を重視してきました。今回の発言でも、ロシアと中国がグリーンランドを取るのを防ぐためだと説明しています。
将来の安全保障上の懸念を予期し、中露を牽制するために早期に布石を打つという見方も成り立つかもしれません。しかし、実務重視、駆け引き重視のトランプ大統領の政治手法を考えると、長期的な戦略構想を丁寧に積み上げるタイプとは言いにくい面があります。また、安全保障戦略や国家防衛戦略を見ても、欧州への冷淡な対応や、米露間の直接的な対立を回避しようとする意図がにじんでいます。
▼この発言は誰にどう響くのか――欧州と中国
今回の発言には、「いきなり言った」という印象が強くあります。グリーンランドの問題が、ほとんど焦点化していない局面で、トランプ大統領があえて極端な言葉を投げ込んだ真意はどこにあるのかを考える必要があります。
この発言は、グリーンランドやデンマークに向けた言葉というよりも、まず欧州に向けた発言と見ることができるでしょう。欧州の政権や世論は、必ずしもイランやベネズエラでの強硬な軍事行動を支持していません。一方で、ロシア・ウクライナ問題では、米国の関与提言を警戒しつつ、トランプ大統領主導で中露との直接交渉が進むことを牽制し、協議への関与を求めています。
トランプ大統領は、中露との交渉に欧州は不要であり、大国間関係は独断で進めるという姿勢を示してきました。今回の発言は、欧州に対して、その立場をあらためて示す牽制と読むこともできるでしょう。
もう一つは、中国に向けた発言です。今年は米中首脳会談が予定されています。
中国は北極圏を将来の活動空間と見なし、研究や投資を通じて関与の余地を探ってきました。今回の発言は、北極圏を後から交渉で切り分ける対象にしないという事前通告として機能する可能性があります。
あるいは、中国に対して、イラン、ベネズエラ、そしてグリーンランドといった複数の論点で圧力を高め、それらを正面の議題にはせず、交渉全体の力関係を動かす材料として使う可能性もあります。つまり、交渉の場では圧力を下げ、その見返りとして経済的な譲歩を引き出そうとする意図が含まれている可能性も否定できません。
▼我が国への影響とメッセージ
この発言が、米国による同盟国への揺さぶりや、中国との交渉を意識したものであるなら、日本にとっても他人事ではありません。
日本国内の基地問題や世論の動きが、米国から見て反米的と映り、それが中国との大国間関係において取引材料とされるのであれば、かつてのニクソン・ショックを想起させる事態になりかねません。今年は米中首脳会談を控えています。
今回のような発言を読む際には、発言の正しさや現実性だけを見るのでは不十分です。発言が出た時点、そのタイミング、その必要性の有無を見ることが重要です。発言や行動の内容以上に、「なぜ今なのか」という視点を持つことが求められます。
時期的な特性を読み取ること。それが、情報分析の基本です。(了)
