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八咫烏とレイヴン――真実を告げる鳥たち

夜明けの街で「カァ、カァ」と鳴くカラスの姿は、どこか不気味に映る。黒い羽、冷たい瞳、群れで舞う姿は、人間にとって畏れの対象であり続けてきた。けれども、この鳥ほど古今東西で「知恵」や「情報」の象徴とされてきた存在はない。小さな頭に詰まった脳は、実は人間の子どもに匹敵する認知能力を秘め、仲間と協力して行動し、ときに人間に仕返しをするほどの記憶力を持つ。カラスは単なる害鳥ではなく、古来から人類にとって「真実を運ぶ者」として神話や伝承に刻まれてきたのである。

日本における代表例が、八咫烏(やたがらす)だ。『日本書紀』や『古事記』に登場するこの神鳥は、神武天皇の東征を導いたとされる。三本足の大きなカラスとして描かれ、「八咫」とは「非常に大きい」という意味を持つ。八咫烏はただの霊鳥ではなく、正しい道を示し、進むべき方向を迷わせない案内役だった。これはつまり「情報を収集し、適切に提示する存在」、すなわちインテリジェンスの役割そのものである。現在でもサッカー日本代表のエンブレムに八咫烏が描かれているのは、「チームを導く知恵の象徴」という意味合いが込められているからだろう。

一方、西洋においてカラスはしばしば「死」や「不吉」の象徴とされた。黒い羽と不気味な鳴き声、そして死肉を食べる習性が、戦場や処刑場と結びついたからだ。中世ヨーロッパではペストの流行時、死体の上を舞うカラスが死神の使いと恐れられた。しかし興味深いのは、西洋でもカラスは「情報」と不可分の存在として描かれてきたことだ。北欧神話では、主神オーディンの肩にフギン(思考)とムニン(記憶)という二羽のワタリガラスがとまっていた。彼らは世界中を飛び回り、見聞きしたことを報告する役割を担った。つまり、オーディンは神でありながら、カラスという「情報将校」を従えていたのである。

さらに近代以降の文学でも、カラスは情報の象徴として生き続ける。エドガー・アラン・ポーの詩『The Raven(大鴉)』では、一羽のカラスが主人公に「Nevermore(もう二度と)」と告げる。これは死んだ恋人が帰らないという冷酷な真実を突きつける言葉だった。ここでのカラスは、耳障りな慰めを拒否し、ただ「不都合な現実」を伝える冷徹なインテリジェンスそのものだ。現代のスパイ用語でも、ハニートラップを仕掛ける男性スパイを「レイヴン」と呼ぶことがある。カラスが「暗い真実を持ち帰るスパイ」としての隠喩を帯び続けている証拠だろう。

こうして見ると、日本と西洋のカラス観は正反対のようでいて、本質的には同じものを映している。日本では「吉兆の導き手」として、進むべき方向を示す情報官。西洋では「死を告げる鳥」として、不都合な真実を突きつけるスパイ。どちらも「インテリジェンス」と切っても切れない存在として文化に刻まれている。違うのは、その情報を「希望」と見るか「恐怖」と見るか、という解釈の差にすぎない。

科学的に見ても、カラスはその象徴にふさわしい能力を持っている。人の顔を識別して記憶する力、仲間に情報を伝達する社会性、未来のために道具を保存する計画性。都市の中で車を利用してくるみを割る行動は、環境を観察し、状況を利用する柔軟な思考の表れである。これはまさにインテリジェンスの本質──情報を集め、分析し、状況に応じて活用する力──と重なる。

カラスを単なる「不吉な鳥」として片付けるのは容易だ。しかし、八咫烏が日本の国を導き、レイヴンが西洋の神や詩人に「真実」を告げたことを思えば、この鳥が古来から人間にとって「情報の化身」であったことは明らかである。カラスは今日も街を飛び、冷たい瞳で私たちを見つめている。その姿はまるで、「お前は真実を見る勇気があるか」と問いかけているかのようだ。

安全保障には“即効薬”は効かない

■米価が再び高騰か?

さて――お米の収穫時期となり、再び米価の高騰が懸念されています。お米が5キロ5000円。この値段をどう受け止めるべきでしょうか。農家にとっては収入増につながる朗報のように見えますが、国民の「米ばなれ」を加速させ、結果として市場の縮小につながるかもしれません。飲食業界も同じです。原材料費の高騰から値上げせざるを得ないが、値上げすれば客足が遠のく。結局、消費者の収入が増えなければ、こうした悪循環からは抜け出せません。

■米国の関税政策へのアナロジー

この構造は、国際政治にも重なります。米トランプ政権は国内産業を守ろうと関税を引き上げました。短期的には国内生産を下支えしますが、同時に消費者価格があがり、消費が冷え込み、市場そのものが縮小してしまう可能性があります。グローバリズムがもたらした「安い商品」の恩恵と、その裏で進行した米国内での雇用・賃金の圧迫、直接かつ即時的な“即効薬”は、副作用を伴う危険があり、はたして有効な処方箋となるのでしょうか。

■ロシア・ウクライナ戦争を複雑化している要因

そして、この「即効薬と副作用」の関係は、ロシア・ウクライナ戦争にもはっきりと現れています。西側諸国はロシアに対して経済制裁という“外科手術”を施しました。金融制裁や資産凍結、エネルギー取引の制限――狙いは即効的な圧力でした。しかし実際には、ロシアは代替市場を開拓し、逆に欧州はエネルギー価格高騰という副作用に苦しめられています。制裁の効き目は限定的で、十分な効果を発揮していないのです。

その一方で、欧州が進めているエネルギー依存脱却の取り組みは“体質改善”にあたります。時間はかかりますが、ロシアへの依存構造を見直すことで長期的な安定を目指すものです。外科手術と体質改善――どちらか一方ではなく、両者の組み合わせが問われているのです。

■ 私たちの課題

トランプ前大統領の対ロシア姿勢も、この文脈で理解できます。彼はロシアに対して硬軟両用の外科手術的圧力を試みていますが、抜本的な手術には踏み込んでいません。その結果、効果は生じていません。では「抜本的な外科手術」とは何か。それはNATOを通じた本格的な軍事圧力でしょう。しかしそれは、誤れば致命的な衝突を招くリスクを孕んでいます。したがって、判断は容易ではありません。

要は、外科手術をどこまで行うのか、体質改善とどう組み合わせるのかです。その判断を誤れば、経済も安全保障も悪循環に陥る――これこそ、私たちが直面する大きな課題なのです。

半導体の分類をしてみた(2025年9月29日作成)

半導体は複雑に見えるが、ロジックツリーで整理すればその全体像は比較的単純である。まず、半導体を「古いか、新しいか」で大きく二つに分ける。長年使われてきたものをレガシー半導体と呼び、近年世界的に注目されているものをアドバンスド半導体と呼ぶ。本稿では後者に焦点を当てる。


アドバンスド半導体の二分法

アドバンスド半導体は大きく「情報を扱うもの(情報系半導体)」と「電力を扱うもの(電力系半導体)」に分けられる。

  • 情報系半導体は、データを処理したり記憶したりする役割を担う。
  • 電力系半導体は、電気を制御したり外界を感知したりする役割を持つ。

この二分法を起点にすれば、個々の半導体がどこに属するのかが理解しやすい。


情報を扱う半導体

情報系半導体はさらに二つに分けられる。

第一は処理系である。

処理系の代表はCPU(Central Processing Unit)である。CPUは「汎用の演算装置」であり、あらゆる計算や制御を少しずつ順番にこなすことが得意である。パソコンやサーバーの中心にあり、システム全体の動作を司る。

これに対し、GPU(Graphics Processing Unit)は、大量の演算を同時並行に行うことが得意である。もともとは画像処理用に発展したが、現在ではAIの学習や解析など膨大なデータを一斉に処理する用途で不可欠になっている。

さらに登場したのがAI専用チップである。これはNPU(Neural Processing Unit)やTPU(Tensor Processing Unit)と呼ばれるもので、AIの計算処理に特化して設計されている。GPUよりも効率よく、低消費電力でAI演算を行えるよう最適化されている。

たSoC(System on a Chip)は、CPUやGPU、通信機能など複数の回路を一つにまとめた統合チップである。スマートフォンに搭載される半導体はほとんどがSoCであり、これ一つで通信・計算・グラフィック表示までを担う。

このように処理系は「頭脳」といっても、一つの役割だけではなく、汎用の司令塔(CPU)、大量処理の職人(GPU)、AI専用の特化型(NPU/TPU)、そして多機能を一体化した万能選手(SoC)と、役割に応じて多様化しているのである。


第二は記憶系である。

記憶系の中心はDRAM(Dynamic Random Access Memory)である。DRAMは「作業机」にたとえられることが多く、データを一時的に置いて高速に読み書きする。電源を切れば中身は消えてしまうが、その分処理速度が極めて速い。PCやスマートフォンが快適に動くかどうかは、このDRAMの性能と容量に大きく依存している。

NAND型フラッシュメモリは、電源を切ってもデータが消えない「不揮発性メモリ」である。スマホのストレージやSSD(Solid State Drive)に使われ、写真やアプリを保存する。DRAMより速度は遅いが、大容量かつ安価で、長期保存に向く。

さらに近年重要性を増しているのがHBM(High Bandwidth Memory)である。HBMはメモリチップを縦方向に積み重ねて配置する技術により、従来のDRAMよりもはるかに広いデータ転送帯域を実現している。GPUやAIチップに直結し、AIの学習やスーパーコンピュータのような「超大規模データ処理」で威力を発揮する。

つまり記憶系も一様ではなく、一時的で高速な作業机(DRAM)、長期保存の倉庫(NAND)、超高速処理用の特別席(HBM)というように、用途ごとに棲み分けがなされている。


補足:AI半導体とは何か

近年「AI半導体」という言葉が頻繁に用いられている。これは厳密な技術区分ではなく、AI処理に最適化された半導体群を総称する呼び方である。

ロジックツリー上では、主として「情報系 → 処理系」に属する。GPUはその代表例であり、NPUやTPUなどのAI専用チップもここに含まれる。またAIの計算処理には膨大なデータを扱う必要があるため、HBMのような記憶系メモリも不可欠であり、広い意味ではAI半導体の基盤に含められる。

さらに、AIは外界の情報を取り込む必要があるため、イメージセンサーやLiDARなどの感知系、電力を制御するパワー半導体とも密接に連携して動作する。したがって「AI半導体」とは単独の部品を指すのではなく、AI処理を中心に据えた半導体群全体のエコシステムを指す言葉と理解すべきである。


電力を扱う半導体

電力系半導体も二つに分けられる。

第一は感知系である。

代表例はイメージセンサーである。イメージセンサーは光を受け取り、それをデジタルの画像データに変換する部品であり、人間にたとえれば「目」に相当する。スマートフォンのカメラ、自動車の車載カメラ、監視カメラや医療用内視鏡など、現代社会のあらゆる場面で不可欠となっている。

このほかにも、加速度センサージャイロセンサーは動きや傾きを検知し、スマートフォンの画面回転や自動車の安定制御に利用される。マイクに組み込まれるMEMSセンサーは音を電気信号に変換し、音声アシスタントやスマートスピーカーを可能にしている。さらに自動運転車に搭載されるLiDARセンサーは、レーザーを用いて周囲の空間を三次元的に把握する。これらはすべて「現実世界をデジタルに翻訳する」装置である。

第二は制御系である。

パワー半導体(SiC, GaN, IGBTなど)がその典型である。これらは電流や電圧を効率的に変換し、モーターを回したり電力を供給したりする。電気自動車や再生可能エネルギーの分野で特に重要性が高まっており、人間でいえば「筋肉」に相当する。


まとめ

以上のように、半導体はまず「レガシーかアドバンスドか」に分けられる。さらにアドバンスド半導体は「情報を扱うもの」と「電力を扱うもの」に大別でき、それぞれが「処理/記憶」「感知/制御」という四つの機能に細分される。

情報系では、CPU・GPU・AIチップ・SoCといった処理系、DRAM・NAND・HBMといった記憶系が互いに棲み分けを持って機能している。電力系では、イメージセンサーをはじめとする感知系が現実世界をデジタルに変換し、パワー半導体がエネルギーを制御して社会を動かしている。

「AI半導体」という言葉は、この体系の中では処理系を中心としつつ、記憶系・感知系・制御系と連携して初めて機能するものと理解すべきである。AI半導体は単独のカテゴリーではなく、AIという用途を軸に束ねられた半導体群の呼称なのである。

産経新聞の書評(一覧表)

特攻80年 「無駄死に」の歴史観、再検討を促す翻訳書 『日米史料による特攻作戦全史』 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

ムスリム移民の半生 『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

爆弾テロ捜査の現実 『FBI爆発物科学捜査班』カーク・イェーガーほか著 <書評>評・上田篤盛(ラック研究員・元防衛省分析官) – 産経ニュース

有事を巡る議論の視点 『2030年の戦争』小泉悠・山口亮著 <書評>評・上田篤盛(軍事アナリスト・元防衛省分析官) – 産経ニュース

日本の弱点 監視忌避 『認知戦』イタイ・ヨナト著、奥山真司訳 <書評>評・上田篤盛(軍事アナリスト・元防衛省分析官) – 産経ニュース

国連のイラン制裁「再発動」──なぜ全会一致ではなく決まるのか(9月28日作成)

朝日新聞は28日朝刊一面で「国連のイラン制裁きょうにも再発動 安保理 中ロの阻止案否決」と報じた。

だが読者の多くが直感的に抱く疑問はこうだろう。「国連安保理の制裁は全会一致が必要なのでは?」

実は今回の動きは、2015年のイラン核合意(JCPOA)に付随したスナップバック方式によるものだ。これは通常の安保理決議とは逆の仕組みで、合意参加国が「重大な不履行」を通報すると30日間の審議に入り、その間に「制裁解除を継続する決議」が可決されなければ、自動的に制裁が復活する。常任理事国の拒否権を無力化するために考案された“逆転条項”である。

もともと対イラン制裁は2006年以降、米・英・仏・露・中がすべて賛成する全会一致で成立してきた。その後、2015年に決議2231号が採択され制裁は大幅に解除された。しかし米国が2018年に一方的に合意を離脱したことで体制は崩れ、今回は英・仏・独の通知に基づくスナップバックが動き出した。中国・ロシアは阻止決議を提出したが否決され、制裁再発動が現実のものとなった。

ここで問題になるのは正当性と実効性だ。形式上は安保理決議に基づくため加盟国は拘束される。だが中国・ロシアは「従わない」と明言しており、制裁の網は大きく緩む。さらに米国はすでに合意を離脱しているため、「発動資格があるのか」という疑義も消えない。制度は合法でも、国際社会の分裂を前提にした制裁は正統性に影を落とす。

そして最も注目すべきはイランの対応である。イランは「スナップバックは無効」と突っぱね、中国・ロシアの後ろ盾を得て核開発を加速させる構えだ。すでに濃縮度60%のウランを保有しており、核兵器製造に必要な90%までの距離は短い。西側の圧力が強まるほど、イランは中露との経済・軍事協力を深め、「東方志向」を戦略の柱に据えるだろう。

制裁は形式的には復活しても、現実には抜け穴を通じて骨抜きになりかねない。むしろ重要なのは、「制裁が効くかどうか」よりも、制裁を正統とみなす欧米と、無効を主張する中露・イランのせめぎあいが、国際秩序そのものを揺さぶるという点にある。

静かな地殻変動シリーズ(2025年9月28日作成)

はじめに

トランプ関税をめぐる喧騒の陰で、国際秩序には静かだが確実な“地殻変動”が進んでいる。ニュースの見出しには現れにくいが、各地域で進む構造変化は日本の安全保障や経済に直結する。本シリーズでは、世界10の焦点を取り上げ、その深層を鳥瞰する。


第1弾:台湾

中国は2025年4月、過去最大規模の軍事演習「海峡雷霆—2025A」を台湾周辺で実施した。これは台湾総統就任1周年を前に圧力をかける政治的威嚇であると同時に、実戦能力の検証を兼ねている。中国国防部は「正当かつ必要な行動」と主張し、外交部も「内政干渉を許さない」と強調。プロパガンダの色彩を持つ一方で、演習内容は海上包囲や領域コントロールなど、実際の侵攻シナリオを意識していた。
さらに背後では、新型上陸用舟艇(水橋級)の開発・試験が進行しており、着上陸作戦能力の向上が確認されている。台湾問題は単なる外交的圧力ではなく、能力と意志が二重線で進行する静かな変動として読み解く必要がある。


第2弾:中東

複雑な中東情勢を理解するには、地層のような多層構造で捉える視点が欠かせない。

  • 基盤層(第1層):イスラムとユダヤの民族・宗教・歴史的対立。
  • 第2層:1979年以降のイランとイスラエルの固定的な敵対関係。
  • 第3層:「宗派と地政学が交差する準安定層」。イスラエル+湾岸諸国 vs イラン、そして米国の後退と中国の台頭(例:イラン・サウジ和解の仲介)が揺らぎを生む。
  • 第4層:ハマス、ヒズボラ、フーシ派といった武装勢力が国家枠を超えてせめぎ合う領域。

イスラエル・ハマス戦争は、この第4層の緊張が表層に噴き出した「第5層」にあたり、代理戦争の様相を呈している。中東はまさに“構造で見る”ことが求められる地域である。


第3弾:パナマ運河

20世紀を通じて米国が掌握し、太平洋と大西洋を結ぶ戦略的要衝だったパナマ運河。その地政学的価値は今も変わらないが、近年は水不足と老朽化で通航能力が低下。2017年にはパナマが台湾と断交し中国と国交を樹立、中国企業が港湾・物流に進出した。米国の影響力は後退し、代替ルート(ニカラグア運河やメキシコ横断鉄道)はまだ十分ではない。
一方、北極海航路はロシアの支配下にあり、スエズ経由の東アジア〜欧州ルートも戦争の影響で不安定化。結果、パナマは「安全な現実ルート」として再注目されている。トランプが「パナマを取り戻す」と叫ぶのは、米国の構造的不安の表れだ。


第4弾:中南米

中国は過去10年、中南米に投資・港湾整備・通信インフラ支援を拡大し、米国の地政学的影響圏を浸食している。パナマ、キューバ、ベネズエラなどを軸に存在感を高めるその戦略は、毛沢東以来の「国際統一戦線」思想に通じる。主敵に対抗するため、外周の矛盾を味方にする発想だ。
また、中南米への関与は一帯一路のラテン版であり、台湾承認国の切り崩しという外交戦の側面もある。経済援助、港湾投資、5G通信、孔子学院など非軍事的手法を駆使し、地域の覇権構造を静かに揺さぶっている。


第5弾:アフガニスタン

2021年、米軍の撤退でタリバンが政権を奪取。アフガニスタンは南アジア・中央アジア・中東・中国を結ぶ“戦略的心臓部”であり、米国の撤退は単なる戦術的後退ではなく、ユーラシア中枢からの離脱だった。
空白に最も迅速に接近したのは中国とロシアだ。中国は新疆安定と鉱物資源確保を狙い、ロシアは2025年にタリバンをテロ組織リストから外し、中央アジアへの影響力を再編しようとしている。アフガニスタンの未来は「誰が兵を送るか」ではなく、「誰が囲い込みを成功させるか」の競争へ移行している。


第6弾:サヘル地域

2020年以降、マリ、ブルキナファソ、ニジェールでクーデターが相次ぎ、軍事政権が誕生した。旧宗主国フランスの影響力が弱まる一方、ロシアはワグネルや「アフリカ軍団」を通じて進出。だがウクライナ戦争で余力は限られている。
中国はサヘル本体への直接介入を避け、代わりに東アフリカ・南部アフリカで“帯状の通商・資源回廊”を形成。国家単位ではなく回廊単位でアフリカを捉える独自戦略を進めている。サヘルは“空白地帯”をめぐる大国間の静かな競争の舞台となった。


第7弾:西欧

EUは経済統合には成功したが、アイデンティティ統合には失敗した。移民流入や宗教摩擦が極右台頭を招き、リベラルな価値観は形骸化。各国は自国優先へと傾き、西欧そのものが分裂の坂を下り始めている。
さらに安全保障では、核を持つ仏英と非核の独の非対称性がNATO不信を生み、米国依存が揺らぐ。経済では中国依存、資源ではロシア依存を減らそうとするが、その過程は供給網再編によるコスト増と成長鈍化を招く。西欧は「信頼できる経済圏」という狭く重たい枠組みに縛られつつある。


第8弾:中央アジア

カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン。かつてソ連の“裏庭”だったこの地域は、いま静かにロシアから中国の影響圏へと移行している。ロシアは旧宗主国としての影響力を維持しようとするが、ウクライナ戦争による負担で求心力は低下。
一方、中国は「一帯一路」を軸に、鉄道・パイプライン・鉱物資源開発を通じて存在感を強めている。経済面ではすでに中国が主要パートナーとなりつつあり、ロシアの後退を埋める形で影響を拡大している。
米国は一時期、カザフやキルギスに軍事基地を置いていたが、現在は撤退しプレゼンスは大きく低下。中央アジアは「米国が戻りにくい空白」となっている。
カザフスタンは資源大国だが、権威主義体制のもとで民主化は容易でなく、むしろ中国・ロシア双方とバランスを取りつつ体制維持を図っている。中央アジアは今、ユーラシア大陸の“重心の移動”を象徴する地域だ。


第9弾:インド

「世界最大の民主主義国」とされるが、モディ政権下でヒンドゥー至上主義が強まり、報道や少数派への圧力が強化されている。制度的には選挙が機能するものの、自由主義とは異なる強権的多数派支配が進む。
経済はIT・宇宙・製造で成長を続けるが、教育格差やインフラ不足、多様性の統制が制約要因となる。QUAD参加国でありながら中国とも経済関係を維持し、ロシア産原油も大量購入。インドは「選ばれる国」ではなく「自ら選ぶ国」として、21世紀の国際構造の新たな重心を形成しつつある。


第10弾:朝鮮半島

ウクライナ戦争や台湾問題の陰で忘れられがちだが、朝鮮半島も重大な変動に直面している。韓国では2024年総選挙で与党が惨敗し、2025年4月には尹錫悦大統領が憲法裁判所により罷免。親北政権誕生の可能性が現実味を帯びている。
一方の北朝鮮はロシアと軍事連携を強化し、挑発行為を常態化。背後には中国が存在し、半島は台湾と並ぶ“第2の火薬庫”へ再浮上した。日本にとっては二正面有事リスクであり、「同盟前提」の思考停止を超えた複眼的な戦略が求められる。


おわりに

台湾から中東、中央アジア、そして朝鮮半島まで、“静かな地殻変動”は世界各地で進んでいる。変化はゆっくりだが確実であり、日本がそれを無視することはできない。国内政治が短期対応に追われる中で、国際秩序の変容に目を向けることこそ、未来への戦略的思考の第一歩である。

インテリジェンスの失敗とバイアスの罠

――寺田寅彦の言葉から考える批判的思考の重要性

1. インテリジェンスの失敗とは何か

インテリジェンスの失敗は、情報の欠如だけではなく、情報分析官の誤った解釈や、意思決定者による拒否でも起こります。その多くは、人間の思考に内在するバイアスに原因があります。

産経新聞の「産経抄」には寺田寅彦の言葉が引用されていました。

「読書もとよりはなはだ必要である、ただ一を読んで十を疑い百を考うる事が必要である。」

知識偏重ではなく、常に批判的に考えること。これがバイアスを乗り越える第一歩です。

2. 情報分析官を惑わすバイアスの事例集

アンカーリング(修正不足)

最初に立てた仮説に固執し、後から入った情報で十分に修正できない傾向。経験豊富な分析官ほど、自らの結論に縛られやすい危うさがあります。

ミラーイメージング

「相手も自分と同じように考えるはずだ」という思い込み。

  • 1998年、北朝鮮のテポドン発射は「経済制裁を恐れて発射しないはず」と誤認。
  • ロシアのウクライナ侵攻も「合理的に考えれば愚策」と判断し、意図を見誤りました。

利用可能性バイアス

目に見える派手な情報ばかりに囚われる傾向。

  • 中国の軍事演習に目を奪われ、同時並行で進むサイバー攻撃や偽情報拡散という“見えない戦線”を軽視する危険。
  • 犯罪率低下の要因を「警察増員・厳罰化・銃規制・景気」と説明した米国の事例。しかし実際は1973年の中絶合法化により、望まない妊娠が減り、90年代に犯罪予備軍が縮小したことが大きな背景だったのです。

因果関係バイアス

「相関=因果」と誤解する傾向。

  • 株価の上げ下げに単一原因を求めてしまう。
  • 実際には「おむつとビール」の購買データのように、背後に夏の暑さといった第三の要因が潜んでいることも多い。

確証バイアス

仮説に合う情報ばかりを集め、反証を無視する。韓国ドラマ『チャングムの誓い』では、経験豊かな医官が誤診し、未熟なチャングムの診断が正しかったエピソードがありました。

専門家バイアス

「弁護士だから正しい」「学者だから中立」と思い込む危険。専門家も立場に応じて主張を行うため、受け手が批判的に検討する力を持たなければなりません。

現状維持バイアス

急速に進む技術変化を過小評価する傾向。AIやスマホの進化は社会を大きく変えつつありますが、人間は従来の延長線上で未来を考えがちです。

3. 歴史が示す「拒否」の罠

バイアスは分析官だけでなく、意思決定者にも影響します。

  • ヒトラーはソ連侵攻の危険を進言した将校を「悲観主義」と罵倒し、殴打して解任。
  • スターリンはゾルゲの情報を無視。

感情や先入観に囚われた指導者は、有用な情報そのものを拒否します。分析の成果が届かない「構造的敗北」の典型です。

4. 未来予測の難しさとバイアス

未来を正確に言い当てることは極めて困難です。その理由を、経営学者の田坂広志氏は「不連続性」「非線形」「加速度」の3点に整理しました。加えて、私自身は次の4点を強調したいと思います。

  1. 複雑性:些細な変化が大きな影響を生む(バタフライ効果)。
  2. 悲観論への傾斜:人はセンセーショナルなストーリーを好み、過剰に悲観的になる。
  3. 改善の影響:規制や改善策によって未来は変わりうる。たとえば地球温暖化対策。
  4. 技術のブレークスルー:1997年、IBMのスーパーコンピュータがチェスの王者を破った例に象徴されるように、技術革新は予測不能です。

人間は「現状維持バイアス」に縛られ、未来を過去の延長線で考えがちですが、実際には予測不能な要素が社会を動かします。

5. バイアスを克服するために

ジョン・ベイリス『戦略論』は、認知バイアスを避ける手法として以下を挙げています。

  • 反論討議法
  • チームA/B分析
  • 競合仮説分析
  • シナリオ分析

体系的な分析技術を導入しなければ、人間の思考は容易に偏ってしまいます。

6. 結論 ― 客観性と論理性

インテリジェンスを支える二本柱は「客観性」と「論理性」です。

  • 客観性:感情や立場を超えて、他者も納得できる視点を持つこと。
  • 論理性:前提と根拠に基づき、筋道を明確にして結論に至ること。

結論そのものの正しさよりも、結論に至るまでの筋道が合理的であるかどうかが重要です。批判的思考を怠らず、自らの思考のクセを疑い直すことこそ、インテリジェンスの失敗を減らす唯一の道なのです。

パレスチナ国家に思うこと(2025年9月23日作成)

本日の新聞では、英国・豪州・カナダがパレスチナ国家を承認し、フランスも承認予定と報じられています。これに対し、日本は先日、岩屋外務大臣が「未承認」を表明しました。

その説明の要点は、

  • 「外部から干渉して対立を激化させない」
  • 「イスラエルに自制を促すカードを留保する」
    といった理屈にまとめられます。

しかし、ロシア・ウクライナ戦争では日本は積極的に支援しました。結果として対立を激化させており、今回の姿勢とは矛盾します。こうした二重基準は、日本が「独自判断を装いながら、実際には対米従属している」と見られかねません。さらに「米国と同様にイスラエルの武力行使を間接的に容認している」との印象も避けられないでしょう。

そもそも日本外交は対米従属を前提としており、外務省は自主判断に見せかける理屈を用意してきました。しかし、情報が多元化した現在、建前だけの説明では国民は納得しません。背後には、米国からの関税圧力を少しでも和らげたい思惑もあったでしょう。けれども、従属的な姿勢を示したところで信頼は得られません。むしろ欧州諸国のように、主導的な駆け引きを見せる絶好の機会だったのではないでしょうか。

承認しないという判断自体は、一つの選択肢として理解できます。私も必ずしも政府方針に反対ではありません。しかし、その説明が「建前」で固められている以上、説得力を欠き、国民から理解されることはないのです。

拙著を恵送して考えた郵便事情(2025年9月26日作成)

□はじめに

先週、新刊『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略』の見本(完成品と同じもの)が届きました。そこで、お世話になっている方々やご紹介いただけそうな方々へ献本を始めました。

郵送はスマートレターを利用すれば210円で済みます。本書は303ページで厚さちょうど2センチ。もっとも安価に送れる方法です。2冊送る場合はレターパックライトで430円。さらに台湾へも1冊送りましたが、こちらはEMSで500グラム以下(本書は380グラム)の扱いとなり、1450円かかりました。地理的には近くても、やはり「外国」であることを実感させられます。


日本の郵便制度

改めて感じたのは、日本の郵便料金が全国一律であることのありがたさです。東京から与那国島へ送ろうと、隣町に送ろうと、料金は同じ。

離島や山間部に住む人々の中には「自分たちは国家に顧みられていない」と感じる瞬間もあるでしょう。しかし居住地を選ぶのは個人の自由であり、その自由を前提に、郵便制度は全国民が平等に恩恵を受けられる仕組みを保っています。あえて非効率を抱え込みつつも「あなたもこの国の一員です」と静かに伝えているのです。実際、近距離の郵便で浮いた利益を、遠距離に均等配分する仕組みがあるのだそうです。


郵便制度は国家からのメッセージ

台湾有事を想定すれば、南西諸島は最前線となります。しかし同時に、地理的・政治的・歴史的に距離を感じやすい地域でもあります。だからこそ全国一律料金は、そうした距離を縮める「国家からの静かなメッセージ」と言えるのではないでしょうか。

何より国民全体が「離島や僻地も日本国の確かな一部である」という認識を持つ必要があります。これらの地域を支えることは、単なる善意や思いやりではなく、私たち自身の暮らしを守る安全保障の基盤そのものだからです。

一方で、離島や僻地に暮らす人々も、国家や国民全体からの支援で生活が成り立っていることを自覚することが求められます。支える側と支えられる側が互いにその役割を認め合うとき、国家共同体としての一体感が形づくられるのです。郵便の一通は、その思いを結びつける小さな旗印のように見えてきます。


郵便のハプニング

もっとも、現実には困った出来事もありました。台湾へ送った1冊は、封筒が破れて中身が紛失。先方から「届いたが本が入っていなかった」との連絡を受けました。封筒ではなく箱で梱包すべきでした。日本ではまず考えにくいケースですが、海外では一筋縄ではいかないようです。

さらに追い打ちをかけるように、スマートレターで送った2冊が「厚さ2センチ以上なので送れない」との紙片付きで自宅に返送されました。投函から3日後のことです。本の厚さはちょうど2センチのはずでしたが、実際には2センチ1ミリだったのかもしれません。以前は同じ厚さで問題なく送れていただけに納得がいきませんでした。

特に不満を覚えたのは紙片の表現です。「2センチ以上」と「2センチまで」では意味合いが違います。結局、恣意的な目分量ではないかと疑いました。近くの郵便局に持ち込みましたが、判断は上級部署次第とのことで埒があかず、結局電話で担当者と話すことに。しかし最終的には諦めました。スマートレター自体が1ミリあり、全体で2センチを超えていたからです。

とはいえ、改善してほしいのは説明の仕方でした。「計測器で測ったところ、2センチ1ミリありました。スマートレターは安価なサービスであり、厚さ制限は厳格に適用しています。申し訳ありませんが、今回の郵便物は送れません」と明記されていれば、まだ納得できたでしょう。社員教育や表現の適切さが問われる出来事でした。