スパイ史を読み直す

最近、高市早苗政権のもとでスパイ防止法をめぐる議論が高まっています。私はその流れのなかで、改めてウィンストン・チャーチルの戦時回顧録と情報史の資料を読み返しました。そこには、彼がいかに巧妙に二重スパイを運用したかが具体的に記されています。

チャーチルは、摘発したドイツ工作員を処刑しませんでした。彼らを転向させ、あえてドイツ本国と通信させ続けました。

その際に彼が重視した第一の点は、二重スパイに成果をあげさせることでした。英国は彼らに本物の情報も与えました。すべてを偽るのではありません。大半は事実です。だからドイツ側は信じ続けました。成果を出す人物は疑われにくいからです。組織は有能な者を守ります。成功が続くと、疑念は後退します。

第二の点は、距離を取らせることでした。英国は二重スパイに、自国への批判も報告させました。軍の弱点、政府内の混乱、指導部への不満もあえて書かせました。露骨な擁護は不自然です。むしろ批判を混ぜることで、相手国に忠実に見せました。強硬な論調や辛辣な評価は、偽装の一部になり得ます。

二重スパイの本質はここにあります。成果をあげ、しかも相手に迎合して見えない。その二つが揃うと、疑いは消えます。チャーチルはその心理を利用しました。制度を議論する今こそ、いわゆる優秀で赴任国に対して強硬派と言われる人物にも注意を払う必要があります

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