先日の参議院選挙の余波が続いています。参政党や保守党といった新興政党が躍進し、「日本人ファースト」という言葉が注目を集めました。一部では、排外主義につながる危険な思想であるとの批判も見られます。
こうした中で、野党が結集して自民党に政権交代を仕掛けるのかと思いきや、石破首相に対して「辞めるな」という声が上がっています。しかも、その支持者の多くは左派系の市民や野党支持層であるようです。
現在、左派野党は伸び悩んでおり、主張の異なる他の野党との連携も難航しています。こうした状況のもと、自民党内でポスト石破の体制が保守化し、右派寄りの野党と連携する事態を警戒しているのかもしれません。
このような場面で思い出されるのが、2016年8月7日に開催された共産党創立94周年記念講演での志位和夫委員長(当時)の演説です。
2016年7月10日の参議院選挙では、日本共産党が好成績を収めました。これを受けて、志位委員長は以下のように語っています。
「みなさん。今回の野党と市民の共闘は、日本共産党の歴史でも、日本の戦後政治史でも、文字通り初めての歴史的な第一歩であります。(拍手)
日本共産党は、1961年に綱領路線を確定して以降、一貫して統一戦線によって政治を変えることを、大方針に据えてきました。」
1960年代後半から70年代にかけて、共産党は国政選挙で躍進し、統一戦線も発展を見せました。ただし、この時期の統一戦線は主に地方政治、すなわち革新自治体の形成にとどまり、国政レベルでは社会党との選挙協力は限定的でした。
ところが、2016年の参院選では、安保法制(いわゆる「戦争法」)反対の運動に後押しされ、共産党が発表した「戦争法廃止の国民連合政府」構想が契機となり、全国32の1人区すべてで野党統一候補が実現。11選挙区で勝利を収めました。これは全国規模での統一戦線の初めての成功例であり、志位委員長は「大きな成果」として高く評価しました。
その後、共産党は新潟県知事選挙などで民進党との共闘を模索しますが、連合との関係をめぐって対立が生じます。志位委員長は2016年10月27日の記者会見で、連合が「共産党と一線を画すよう」民進党に求めていることに対し、民進党執行部はその要求を拒否し、共産党との共闘を続けるべきだと主張しました。
しかしその後、民進党は希望の党への合流、立憲民主党との分裂といった混乱を繰り返し、共産党との統一戦線は結果的に崩壊しました。2017年の衆議院選挙では、日本共産党は前回から大きく議席を減らす結果となりました。
現在、石破首相へのエールの中に、再び「統一戦線」的な発想を見て取ることができます。共産党はいまなお綱領に統一戦線の方針を掲げており、「敵の敵は友」として、たとえ保守系政治家であっても穏健派であれば一時的に共闘の対象とするという柔軟な戦略を持っています。
この「統一戦線」は、もともとボルシェビキ革命期の戦術として生まれ、毛沢東がより洗練させて体系化したとされています。中国は戦後、国際統一戦線の枠組みの中で、当初はソ連を友とし、アメリカを敵としながら中立国との友好関係を築くことでアメリカを包囲しました。やがて1970年代には、逆にアメリカを友とし、ソ連を敵と見なす枠組みに転換し、日本とは「友好関係」を強調するようになります。
そして現在、再び中国とロシアが接近し、BRICSを通じて反米的な統一戦線が展開されつつあります。
現在の日本共産党が政権与党となる可能性は低いかもしれません。しかし、SNS社会においては、少数の強い言論が「潮目」を変えてしまうことがあります。意図的に演出された“空気”が、多数派の沈黙によって拡大してしまう――そんな危険があるのです。
多くの国民は政治に対して無関心であり、声を上げることも少ないのが実情です。しかし、その「沈黙の海」が、強い意志を持つ少数派に潮目を許してしまう土壌となり得ます。
さらに、その背後に、強力な国家意思と資金力を持った他国が存在し、そうした動きを支援・利用する可能性があるとすれば、私たちは決して安閑としてはいられません。
