――「検討に値しない」という印象は、どこから来たのか
日本の核保有をめぐる発言に、中国や北朝鮮が強く反発しています。
国内でも、議論は一気に「是か非か」に引きずられているようです。
その中で、元首相の 石破茂 氏は、次のように述べています。
日本が核を持てばNPTやIAEAから出て行かないといけなくなる。
そうなれば、日本のエネルギーを支えている原子力政策が成り立たなくなる。
核抑止の意味は否定しないが、日本にとって決してプラスにならない。
一見すると、現実的で慎重な意見に見えますが、私はここには重要な論点の省略があるように思います。
1「核を持てばNPT・IAEAから出る」は法的必然か
まず事実関係を整理します。
核拡散防止条約 は、核保有国と非核保有国の双方が加盟する条約です。核兵器国とは1967年1月1日以前に核実験を行った国、すなわち米・露・英・仏・中です。
非核兵器国それ以外です。条文上、「途中で核を持った国は自動的に脱退しなければならない」という規定はありません。つまり、日本が核を持つ、自動的にNPT脱退という法的規定は存在しないのです。
同様に、国際原子力機関 も、核保有国・非核保有国の双方が加盟している組織ですが、問題となるのは核保有ではなく査察の受け入れです。IAEAの加盟国にも、核兵器国(米・中・露など)と非核兵器国両方が含まれています。
IAEAは、核を持っているかどうかではなく、どの査察協定を結んでいるかで関係が決まります。日本は現在、非核兵器国用の「包括的保障措置」を受け入れていますが、仮に核を持てば、この枠組みは変更が必要となりますが、IAEAから必ず「脱退」しなければならない、という制度はありません。
以上のように、核を持ったからといって、 NPT・IAEAから自動的に排除されるわけではありません。
また、石破氏の発言は、「国際社会が強く反発し、結果的に脱退せざるを得なくなる可能性」を断定形で語っており、ここに、最初の論理の飛躍があるように思います。
2. 原子力政策は「成り立たなくなる」のか
石破氏の核心的な懸念は、原子力政策です。確かに、日本は現在、核燃料の国際調達、技術協力、国際的な信頼を、NPT・IAEA体制の中で成り立たせています。
この点は、否定できない事実です。
しかし、問題は、どの国がどの分野、どの程度協力を停止するのか、石破氏の発言では具体像は示されていません。
「成り立たなくなる」という表現は、最悪ケースを前提にした政治的断言であって、実際の見通しを分析したものではでないと言えます。
3. 石破論理で数えられていないコスト
一方で、石破氏の議論には、意図的に触れられていない要素があります。それは、
核を持たないことで日本が背負っている安全保障上のリスクです。
- 核恫喝に対する非対称性
- 抑止を同盟国の意思に依存する構造
- 相手の計算に入りにくい脆弱性
石破氏自身、「核抑止の意味は否定しない」と述べています。ならば本来は、NPT・IAEAに残ることで得ている利益核抑止を持たないことで負っているリスク、この両方を並べて比較しなければならないのですが、報道を見る限り、実際には、「失うもの」だけが強調され、「持たないことの代償」は数えられていません。
4.問題は賛否ではなく、議論の潰し方
ここで、核を持つかどうかは、国会、国民的合意、国際調整を伴う、極めて重い政治判断です。当然に軽々に決められる話ではありません。
しかし、だからこそ、元首相がマスメディアで容易に使かっていただきたくない
話法があります。それは、「検討すれば制度が全部壊れる」「だから議論する意味がない」という語り方です。
これは前提や結論を先に置き、検討そのものを危険視させる話法です。結果として、核保有は、考えること自体が無責任という印象が作られます。
これは政策論ではなく、マスメディアに都合よく動かされ、元総理、現政権と距離のある政治家を利用した印象操作とも言うべきでしょう。
5. 本来あるべき問い
本来、石破氏の発言を受けて提示されるべき問いは以下のようなものでしょう。
- NPT・IAEAに加盟し続けることで、日本は何を得ているのか。
- 核保有を持つメリット、デメリットはいかなるものか
- 核保有を持たないことのメリット、デメリットはいかなるものか
- 両者を比較したとき、日本にとってどちらが重いのか
- 核抑止にかわる安全保障政策や外交はどのように日本の繁栄や防衛に貢献するのか
この問いに答えず、「プラスにならない」と断じる発言は、議論を終わらせる行為です。
石破氏の発言が問題点は、法制度と政治的可能性を混同し、最悪ケースを前提に断定し、比較を示さず結論だけが語られたという論理の省略にあります。
核保有を選ぶかどうかは、別の問題です。だが、検討に値しない悪手だと印象づける語り方は、元首相の言葉として、印象操作が過ぎると重います。
6.核兵器保有発言への反論
高市政権の側近が「核保有は現実的ではないが、核を保有することに賛成」の旨発言して、オフレコでもあるのにかからずマスメディアが報道し、国内のリベラル派や中国、北朝鮮の反発を招いています。逆に多くの国民が核保有を議論するきっかけとなり、SNSなどでは核保有を支持する意見も増えているように見受けられます。
核兵器保有発言には必ずといってよいほどよく用いられる反論があります。
「日本は唯一の被爆国だ」
「平和国家の地位を捨てるべきではない」
「核を持てば国際原子力機関(IAEA)から脱退する悪手になる」
ここで、次のことを問う必要があります。それらは、「日本の安全をどこまで守ってきたのか。」という問いです。さらに深堀するためには次の問いも必要です。
「被爆国という立場は、核軍縮を進めただろうか。」
「平和国家という自己規定は、中国や北朝鮮の軍拡を止めただろうか。」
「IAEA体制は、核恫喝を受けたとき日本を守るだろうか。」
被爆国家、平和国家には象徴的な価値はありますが、抑止力として機能しているかは別問題なのです。
核保有国は他国の核保有を嫌います。自分たちだけが持つ「優位」が崩れるからです。だからこそ、中国と北朝鮮の過剰反応は、この兵器の政治的効用を証明しています。
つまり、核を保有を議論するだけでも相手に考えさせる力を持ちます。
核を持たないことで得ている利益、核を持たないことで負っているリスク、この二つを、国民が同じ土俵で検討したことはありません。
高市政権の側近による核保有発言をきっかに一度しっかり論議すべきではないでしょうか。
議論を始める前に、議論を終わらせてはいけないのではなかいと思います。