アブラハム合意をめぐる四つの問い

――条件で未来を動かすというインテリジェンスの技法

トランプ・サウジ会談で何が起きたのか

トランプ米大統領は11月18日、ホワイトハウスでサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談しました。米メディアによれば、トランプ氏は最新のF35戦闘機の売却を正式に伝える一方で、2018年にトルコで起きた記者殺害事件について皇太子を追及しなかったとされています。また、トランプ氏はサウジとの原子力協力に前向きな姿勢を示し、皇太子との緊密な関係を強調したと報じられています。

多くの報道は「アブラハム合意の完成」を強調し、イスラエルとサウジの国交正常化が近づいたという印象を与えています。しかし、国交正常化は形式的な外交行為であり、F35や核協力は中東の軍事バランスに直結します。どちらが主で、どちらが従か。この区別をつけないと、今回の会談の意味をつかむことができません。

そこで、ここからは四つの問いを使い、過去と現在と未来を往復しながら、この事象を立体的に見ていきます。

4つの問いで読み解く

未来の最初の問い:アブラハム合意は完成するのか

最初に置くべき問いは、「イスラエルとサウジの国交正常化は成立するのか」、つまり「アブラハム合意は完成するのか」という未来のクローズドクエスチョンです。この問いそのものはイエスかノーかで答えられます。インテリジェンスでは、まずこうした単純な形の問いをひとつ置いて、どこに焦点を合わせるかを定めます。

しかし、ここで結論を言い切ってしまうのではなく、この問いを頭に置いたまま、次に過去へ視点を移し、構造を確認していきます。

現在の問い:アブラハム合意はなぜ成立したのか

アブラハム合意の背景には、UAEへのF35売却をめぐる構図がありました。トランプ大統領(第一次政権)はUAEへのF35売却を容認し、イスラエルは反対しつつも最終的には黙認しました。では、なぜイスラエルは黙認できたのか。この問いを進めると、当時の条件が見えてきます。

  • UAEは人口・軍事力・経済規模が小さく、脅威が限定的だった
  • 地理的にイスラエルから遠く、F35が直接的な脅威になりにくかった
  • 政権が安定し、外交方針の急転換が起きにくかった
  • イランへの警戒心が強く、イスラエルと利害が重なっていた
  • 国内の反イスラエル感情が弱かった
  • アメリカがイスラエルの軍事優位を補償する措置を提示していた

これらの条件が重なり、イスラエルは「UAEのF35保有は管理できる」と判断しました。

結果:UAEへのF35は実際には進まなかった

UAEは2020年にF35の売却契約に署名しましたが、実際の配備は進みませんでした。アメリカが二つの点を強く警戒したためです。

  • イスラエルの軍事的優位の維持
  • UAEのHuawei使用による機密漏洩リスク

この停止が続いたため、UAEは中国との軍事協力を強め、2024年には北京で協議し、J-20戦闘機とL-15の導入に動きました。

未来に戻る問い:アメリカはサウジにF35を売却するのか

ここで問いを未来に戻し、焦点をサウジに移します。サウジへのF35売却は、現時点では可能性が低いと考えられます。

イスラエルは、サウジがF35を持てば将来の不確定な脅威になると見ています。サウジは人口も軍事力も中東最大級で、政権の方向も読み切れません。さらに、サウジはイスラエルと国境を接し、中国との関係も深めています。こうした条件は、イスラエルにとって黙認しづらいものです。

アメリカも、イスラエルの不安を無視できません。アメリカは、サウジと中国の緊密さを技術流出のリスクとして受け止めています。アメリカは、イスラエルの軍事的優位を維持するという一貫した政策を持っています。このため、アメリカがサウジにF35を売却する未来は見えにくい状況です。

問いを言い換える:サウジはF35を断念し、国交だけを選ぶのか

ここでは、主語をサウジに移し、問いを「サウジはF35を断念し、国交だけを選ぶのか」という別の形に変えます。インテリジェンスでは、こうした問いの置き換えによって視点が変わり、同じ問題を別角度から確認できます。

サウジは国交だけを選ぶことが難しい状況にあります。サウジはイランを現実の脅威として受け止め、F35を将来の抑止力として必要としています。核燃料サイクルの一部保持も、将来のイラン核に対抗するための国家戦略の一部です。「国交だけ」では国内の宗教勢力や保守層に説明がつきません。

イスラエルは、抑止力の欠けたサウジとは安定した関係を築けません。アメリカも、この不均衡を管理する枠組みを持っていません。したがって、サウジがF35を断念し国交だけを優先する未来は見えにくいと言えます。

オープンな問い:どの条件が整えばアブラハム合意が完成するのか

ここで、未来のクローズドな問いをオープンな問いに切り替えます。「成立するか」ではなく、「どの条件が変われば成立し得るか」を問います。インテリジェンスでは、この問いの拡張が未来をひとつに固定しないための基本姿勢です。

成立の可能性を動かす条件は五つあります。

  1. イランの脅威がさらに高まること
  2. サウジがF35や核要求を部分的に下げること
  3. イスラエルがアメリカの軍事支援で優位維持を確信できること
  4. アメリカが三者を拘束する「管理の枠組み」を提示すること
  5. パレスチナ問題で最低限の体裁が整うこと

これらの条件が同時に動くときにだけ、アブラハム合意の完成は現実味を帯びます。

メッセージー未来予測は予言ではなく不確実性の低減である

未来予測は予言ではありません。インテリジェンスの目的は、使用者が想定外に直面しないようにすることです。未来を一つの形に決めるのではなく、どの条件が動けば結論が変わるのかを示し、使用者が状況の変化に応じて判断を修正できるようにします。生産者は条件の幅を広く示し、使用者はその条件を更新し、結論をその都度修正します。この往復が続くことで、不確実性は小さくなります。一度作られたレポートは、それだけで終わりません。条件が変われば、結論も変わるのです。製作者と使用者がこの「条件の更新」を共有し続けることこそ、インテリジェンスの実際の役割になります。

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