――アナロジー思考による現状と未来の分析
トランプ米大統領は1月3日、反米左派政権が率いるベネズエラに対し、大規模な軍事行動を実施したと自身のSNSで発表しました。1月5日現在、マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国内に移送したとしています。米国が軍事力を用いて、他国の現職大統領を国外に連行したという事実は、国際社会に強い印象を残しました。
中国とロシアは米国の行動を国際法違反として激しく非難しています。一方、英国、フランス、ドイツはマドゥロ政権を批判しつつも、米国の軍事行動そのものの是非には踏み込んでいません。日本政府の反応も同様で、評価を避けた形となっています。
本稿では、この事象を是非論で裁くのではなく、過去の類似事象との比較を通じて位置づけます。前段(12日配信)では、アナロジー思考を用いて今回の軍事行動の特性を整理し、現状と今後の推移を考えます。各国の反応や日本への影響については、後段(19日配信)で扱います。
▼過去の類似事象① 冷戦期・中南米介入との共通点
今回の米国の行動は、冷戦期から繰り返されてきた中南米介入と重なります。
1961年のキューバでは、ソ連に接近するカストロ政権を打倒し、親米政権への挿げ替えが狙われました。今回も、中露に接近するマドゥロ政権の打倒と、親米的な政治体制の構築が目的とされています。また、米中央情報局(CIA)が政治工作に関与したとされる点も共通しています。
もっとも、キューバのピッグス湾侵攻は失敗に終わりました。ケネディ政権は表向きには作戦への関与を否定し、失敗の責任はCIAに追及されました。その後、米国の介入は逆にカストロ政権の求心力を高め、1962年のキューバ危機へとつながります。外部からの介入が、相手政権の正統性を補強してしまうという結果を招きました。
1989年のパナマでは、ノリエガ将軍を拘束し、麻薬取引やパナマ運河の管理を含む秩序の再編が行われました。今回の軍事行動でも、正当化の論理として、麻薬が米国内に及ぼす悪影響を断つという主張が掲げられています。ベネズエラが南米有数の石油大国である点、パナマが運河という地政学的要衝であった点も、米国の関心を引いた背景として重なります。
いずれの事例でも、敵対的政権の中枢を排除し、地域環境を米国に有利な形に整えるという発想が見られました。石油や麻薬といった経済・治安上の利害が絡む点も、今回のベネズエラと共通しています。
また、国内政治との関係も無視できません。支持率の低下や選挙を意識した強硬姿勢は、冷戦期から繰り返されてきた構図です。この意味で、今回の行動は突発的なものとは言えません。
▼過去の類似事象② イラク戦争との相違点と接点
一方で、今回の軍事行動はマドゥロ政権の打倒を狙ったものであり、ロシアのウクライナ侵攻のように領土を奪取する戦争ではありません。この点で、政権打倒という一点に絞った行動は、2003年のイラク戦争を想起させます。
ただし、両者には重要な違いがあります。イラクでは、フセイン政権崩壊後、米軍が駐留し、暫定統治機構を設けて治安維持と国家再建を担いました。その結果、統治責任は長期にわたり米国に重くのしかかりました。この経験は、米国の国力が相対的に低下する一因になったとの評価もあります。
今回のベネズエラでは、こうした「後段の構想」が前面に出ていません。政権打倒後の統治、治安維持、新政権の具体像について、事前に明確な設計は示されていませんでした。この点は、イラク戦争との大きな相違です。
この意味では、トランプ政権が第一次政権時に、米中首脳会談の直前にロシアに接近するシリア政権を空爆した構図とも重なります。中露に対し、軍事的意思を示すことで牽制する、示威的な行動としての側面も読み取れます。
さらに、イラク戦争では、事前に国連や欧州諸国との調整が行われ、正統性の共有が図られました。今回のベネズエラでは、そのような国際的な事前調整は限定的でした。この点も、後段で検討すべき重要な違いです。
▼今回の軍事行動が投げかける論点
ここで、今回の軍事行動が浮き彫りにした論点を整理します。
第一に、政権打倒後の政治的正統性を、誰がどのように担保するのかという問題です。軍事力によって現職大統領を拘束した場合、その後に成立する政権が、国民からどのように受け止められるかは結果を大きく左右します。
第二に、治安と統治の空白をどう管理するのかという点です。政権中枢が排除された後、国家機構が自律的に機能を維持できるのか、それとも外部の関与が不可欠になるのかは、現時点では明らかではありません。
第三に、米国自身がどこまで関与を続ける意思を持っているのかという点です。軍事行動の成功と、その後の政治的安定は必ずしも一致しません。このズレをどう扱うのかが、今回の焦点になります。
▼キューバとパナマが示す二つの帰結
キューバの事例が示したのは、外部からの介入が、かえって相手政権の正統性を固めてしまう可能性です。軍事行動の失敗だけでなく、介入そのものが反米感情を固定化し、長期的な対立を生みました。結果として、政権打倒どころか、対立構造が持続する帰結を招きました。
一方、パナマでは、ノリエガ将軍拘束後、比較的短期間で秩序は回復しました。しかし、それは主権や政治の自律性が回復したことを意味しませんでした。新政権は国内で選ばれたというより、外部の力によって成立したとの印象を拭えず、政治には制約が残りました。そのため、反米的な反動は抑えられたものの、政治の自律性が内面化されたわけではありませんでした。後年、パナマが中国との関係を急速に深めたことは、こうした自律性の欠如が長期的に残していた余地を示しています。
これら二つの事例は、軍事力による政権打倒が、短期的な秩序回復と長期的な政治安定を必ずしも一致させないことを示しています。
▼ベネズエラの未来をどう読むか
現在、米国はベネズエラで副大統領級の人物を軸に、新たな政治体制を立ち上げようとしていると伝えられています。しかし、その構想がどこまで国民に受け入れられるかは不透明です。
経済崩壊への不満が強い一方で、外部からの介入に対する拒否感も根強く存在します。この点で、ベネズエラがパナマのように短期的な秩序回復に向かうのか、それともキューバのように反動を生むのかは、現時点では見通せません。
重要なのは、軍事行動の成否そのものではなく、その後にどのような政治過程が積み重ねられるかです。政権交代が実現したとしても、政治の正統性と自律性が国内で形成されなければ、長期的な安定は保証されません。
▼アナロジー思考という分析技術
本稿で用いてきたのは、過去の類似事象と現在の事象を重ね合わせる、アナロジー思考です。重要なのは、単に似ている点を探すことではありません。類似点と同時に相違点を意識的に加えることで、現状の位置づけと、取り得る未来の幅が見えてきます。
キューバ、パナマ、イラクはいずれも米国の介入でしたが、その後の推移は異なりました。違いを生んだのは、国内の受け皿、国際環境、介入後の関与の仕方でした。
アナロジー思考は、未来を断定するための手法ではありません。現状を過去の文脈に置き直し、どの方向に動き得るのか、その射程を把握するための分析技術です。今回のベネズエラをめぐる事例は、その有効性を示しています。
(了)
