国際情勢ニュースを題材に
2025年10月12日、朝日新聞は次のように報じました。
「アフガニスタンとパキスタンの国境沿いの複数の地点で11日夜、大規模な軍事衝突が起きました。パキスタン軍は、アフガニスタンを実効支配するイスラム組織タリバン戦闘員ら200人以上を殺害したと発表しました。」
その後、18日にはカタールの仲裁によって両国が即時停戦に合意しました。
一見すると事態は沈静化したように見えますが、火種が消えたわけではありません。
この停戦は、対立の終結ではなく、勢力の再調整に向けた一時的な静止にすぎません。
むしろ、この衝突と停戦の経緯は、アジア全体の地政構造が再編されつつあることを示しています。
今回この話題を取り上げたのは、アフガニスタンとパキスタンの国境で起きた出来事が、実は日本を取り巻く国際構造と無縁ではないからです。
米国の影響が後退し、地域大国が主導する新しい秩序が各地で形を変えながら現れています。
アフガン情勢はその一断面であり、同じ力の再編は東アジアにも及びつつあります。
アフガニスタンとパキスタンの紛争なんて遠い世界のこと、日本には関係ないと思いがちです。
でも同じ“地球島”で起こっていること。地下水脈はつながっているかもしれません。
ここでは、日本の視点から、その意味を考えてみたいと思います。
パキスタンとアフガンの決裂
アフガニスタンは古くから東西文明の交差点として、多くの帝国が争奪してきた土地です。
冷戦期には米ソの代理戦争の舞台となり、1990年代後半にはパキスタン情報機関(ISI)が親パキスタン政権を築くためにタリバンを支援しました。
しかし2001年の9.11事件で、タリバンがアルカイダを庇護したことから、アメリカはアフガンを攻撃し、パキスタンもこれに協力しました。
その後20年に及ぶ戦闘の末、2021年に米軍が撤退すると、タリバンは再び政権を奪取します。
復権したタリバンはISIの干渉を拒み、逆にパキスタン領内で活動する過激派組織TTP(パキスタン・タリバン運動)を支援するようになりました。
TTPはパキスタン政府や軍を敵視しており、タリバンはかつての庇護者の背後で「敵の分派」を育てた形になりました。
今回の戦闘と停戦は、その長年の不信が表面化した結果であり、根本的な対立が解消されたわけではありません。
アメリカ撤退後の空白と「欧米不在」の地域構図
アメリカと欧州諸国はいまだにタリバン政権を承認していません。
その空白を埋めているのが、ロシア、中国、イラン、そしてインドです。
・ロシアは中央アジアの治安維持を重視し、タリバンとの接触を続けてきました。
・中国は鉱物資源と交通ルートを確保し、新疆ウイグル自治区への不安定の波及を防いでいます。
・イランは宗派の違いを超えて、アメリカの影響力が戻らないよう限定的な協力を続けています。
・インドはパキスタンの背後を突く戦略として、アフガンとの接触を再開しました。
それぞれの目的は異なりますが、いずれの国も「アフガンに欧米の影響を戻さない」という一点では一致しています。
そして今回、停戦を仲裁したカタールもまた、新たな調停国として存在感を示しました。
この「欧米不在の秩序」が、新しい地域構造の基盤になりつつあります。
ロシアの承認 ― 防御から攻勢への転換
ロシアは2025年7月、主要国として初めてタリバン政権を正式承認しました。
これまでロシアは、タリバンの動向を注視しつつも、ウクライナ戦争への対応に追われて承認を避けてきました。
しかし、ウクライナ戦争の長期化と欧米制裁の下で、ロシアはアフガンの地政学的価値を再評価しました。
アフガンはロシアにとって、
①インド洋に至る陸上回廊
②イスラム過激派の拡散源
③中央アジアの南側の防壁
という三つの戦略的価値を持っています。
第一に、制裁下で新たな貿易・輸送ルートを必要としており、イラン・中央アジア・アフガンを経由して南方へ抜ける経済ルートが浮上しました。
第二に、イスラム国ホラサン州(ISKP)の活動が拡大し、その封じ込めにはタリバンの協力が不可欠でした。
第三に、アフガンを欧米やパキスタンが再び取り込む動きを防ぐため、ロシアはタリバン承認によって自らの影響力を明確にしました。
こうしてロシアは、アフガンを中央アジアの前進防衛線と位置づけ、「防御的関与」から「攻勢的関与」へと転換したのです。
停戦後もロシアは、タリバンとの協力を強め、南方への戦略を継続しています。
欧米&パキスタン vs ロシア&インド ― 新しい対立軸
ロシアの承認によって、アフガン情勢は新たな局面を迎えました。
タリバンはかつての庇護者パキスタンと完全に決裂し、現在はロシアとインドが現実的な支えになっています。
インドはパキスタン封じ込めの一環として、すでにアフガンとの非公式接触を再開しています。教育や医療協力に加え、情報・治安分野での協力も広がっています。
2025年5月のインドとパキスタンの軍事衝突は、両国の緊張をさらに高め、インドがアフガンを戦略的接点として重視する動きを一層加速させました。
アフガンは、インドにとってパキスタンの背後を突く「間接的な圧力点」となりつつあります。
こうして、アフガンの戦闘と停戦の背後には、
「欧米&パキスタン」対「ロシア&インド」という新しい対立軸が形を取りつつあります。
国境での戦火も停戦も、その構造の表れにすぎません。
今回の停戦は表向きにカタール仲裁の成果のように報じられますが、米国の思惑が強く介在しています。複数の報道によれば、米国は直接交渉の場に姿を見せていないものの、「地域安定」と「テロ拡散防止」を理由に、停戦協議の後押しを行ったとみられています。
このままではアフガンがロシアとインドの影響圏に固定化される――
その前に、米国はカタールを通じて「対話の場」を維持し、勢力の一極化を防ごうとした可能性が高いのです。
停戦は、アフガンをめぐる米露間の静かな主導権争いの一局面でもあります。
クワッドの戦略的岐路に立つ日本
インドはロシアとの関係を維持しながら、欧米とも一定の距離を保つ独自外交を展開しています。
ロシアから割安で原油を輸入し続けるインドに対し、アメリカは高関税を課し、両国関係は緊張しています。
本年10月14日、トランプ大統領はモディ首相がロシアから原油を買わないと確約したと述べましたが、それを否定するインド側の主張も報じられ、いずれにしても実行の時期は未定です。
日本は安倍晋三元総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、クワッド(日米豪印)を軸に対中牽制の枠組みを作ってきました。
しかし、いまや参加国の利害は大きく異なっています。インドはロシアや中東との関係を優先し、中国を刺激しないよう調整しています。
日本はインドを「民主主義の盟友」として理想化するのではなく、現実外交のパートナーとしてどう扱うかを見極める必要があります。
クワッドは理念の同盟ではなく、利害の同盟として再定義すべき段階にあります。
メッセージ ― 鳥の目で世界を読む
アフガンで起きていることは、遠い地域の宗教紛争ではありません。
それは、世界秩序の分断が生み出す安全保障の綻びです。
停戦は一つの区切りではありますが、勢力間の力の再配置が進む過程にすぎません。
一つの地域で力の均衡が崩れれば、別の地域で新たな不安定が生まれます。
日本の周囲でも同じ構造が進行しています。
東シナ海、台湾海峡、朝鮮半島――
いずれも大国の利害が交錯し、秩序の再分配が進む現場です。
アフガン情勢を読み解くことは、国際構造の変化を見抜く訓練であり、それが日本の安全保障にどう波及するかを考える第一歩です。
世界の断層線を「他人の問題」として眺める限り、日本の戦略はつねに後手に回ります。
鳥の目で世界を俯瞰すること――それが、変化の時代を生き抜く最初の条件です。
(了)
