『インテリジェンスの思考術』第2号

インテリジェンスには賞味期限がある

2025年10月20日配信

                       

情報はそのまま使えない

知人が、ネットで見た健康法を信じて、毎朝レモン水を飲みはじめました。
「デトックスにいい」と書かれていたからです。
ところが、数日後に胃を痛めてしまいました。
理由は、空腹時に濃いレモン水を飲むと胃酸が強くなりすぎるからでした。
本人は「健康のため」と信じていましたが、正しい情報の使い方を知らなかっただけでした。

世の中の情報には、誤りや誇張、あるいは文脈を欠いた断片が混じっています。
それをそのまま信じて行動すれば、むしろ逆効果になります。
だからこそ、情報は整理し、吟味し、使える形に整えなければならない。
この“使える形に整えたもの”こそが、インテリジェンスなのです。

インテリジェンスには存在目的がある

『Strategic Intelligence Production』(1957年)の著者で、米軍の元情報将校ワシントン・プラットはこう述べています。
「学術報告と対比して情報報告は一つの目的しか持っていない。すなわち現時点における国家の利害に対し“有用”であることなのだ。」

この「有用」とは、使用者の判断や意思決定、行動に役立つことを指します。
学術報告がじっくりと理論や原理を追うものであるのに対し、情報報告、すなわちインテリジェンスの提供は「使う人のいまの判断」などに役立たなければ意味がないのです。

たとえば、あなたがレストランの料理長だとします。
今夜は急に冷え込みそうで、「温かいメニューを増やすべきか」を考えています。そこへスタッフが、「近所のパン屋が新装開店したそうです」と報告してきました。
これは、確かに正確な情報で、いつか役に立つかもしれません。しかし、“いま”の判断には関係がありません。

欲しいのは、「今夜の気温の推移」や「客足の見通し」といった、メニューの決定に使える情報です。いくら正確でも、使用者の判断に資さない情報は“有用”ではない――
プラットの言う「有用性」とは、この意味なのです。

インテリジェンスには使用期限がある

米国防総省の分析官プラットは、インテリジェンスの価値を決める三つの要件として、第一に有用性、第二に適時性、第三に正確性(完全性を含む)を挙げました。そして、こう指摘しています。

「完全さと正確さは、しばしば適時性の犠牲となる。」

この言葉が示す通り、インテリジェンスは常に時間との競争にあります。どれほど正確で完全な内容であっても、使うべき時を逃せば意味を失います。国家の政策決定にも、企業の経営判断にも、そして個人の選択にも“使用期限”があるのです。その期限に間に合わなければ、どんな優れた分析も価値を持ちません。

私が現場で作っていた報告書も同じでした。「もう少し確認を」と迷っているうちに、情勢が変わり、報告が無効になる。完璧を求めるほど、時間を失う。そして、時間を失えば、有用性も同時に消えていきます。

この世に百パーセント正確なインテリジェンスは存在しません。今日の分析が完全でも、明日には古びます。だからこそ、インテリジェンスで最も重いのはタイミング――すなわち適時性なのです。

情報には“食べ頃”があります。遅れて出された報告は役に立たないばかりか、誤った報告と同じくらい危険です。インテリジェンスとは、正確さと迅速さの間で折り合いをつけ、「いま使える知識」を作り出す技術です。

次号では、インテリジェンスを“使う人”と“作る人”――

すなわち使用者と生産者の関係について考えます。

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