表向きの説明の裏にある、もう一つの仮説を読む。
■トランプ政権、空母打撃群をカリブ海へ派遣
10月25日の産経新聞は次のように報じています。
トランプ米政権は24日、最新鋭原子力空母ジェラルド・フォードを中核とする空母打撃群を、南米ベネズエラに近いカリブ海へ派遣すると発表した。米国は「麻薬テロリストによる攻撃にさらされている」と主張し、麻薬運搬船への攻撃を続けている。
米国防総省の報道官は、「米本土の安全と繁栄、西半球の安全保障を脅かす違法勢力を阻止する」と述べました。さらに同日、米国はベネズエラの隣国コロンビアのペトロ政権に対し、政府高官らが麻薬取引に関与しているとして制裁を科しています。
麻薬対策に空母を出すという違和感
報道だけを読めば、米国の目的は明快に見えます。麻薬の撲滅、そして米国の安全保障の維持です。
しかし、読者の多くもどこかに違和感を覚えるのではないでしょうか。
麻薬対策に空母を出す必要があるのでしょうか。数十人規模の犯罪組織に対し、世界最大の原子力空母を動かすのは、あまりにも釣り合いません。
それに、なぜ長年、麻薬対策や治安協力でアメリカと緊密に連携してきたコロンビア政府までも制裁対象にしたのでしょうか。
ここに、アメリカの行動原理を読み解くための“違和感”が浮かび上がります。
■アメリカの思惑を探る
トランプ政権が示す表向きの理屈は単純です。
麻薬組織は「テロリスト」であり、ベネズエラはそれを支援している。だから軍の行動は、テロに対する「自衛」だという説明です。
アメリカは1980年代以降、“麻薬戦争”と称して中南米諸国に軍事・諜報支援を行ってきました。見落としてはならないのは、その多くが反米政権の転覆支援と結びついていたことです。
1989年のパナマ侵攻では、「麻薬取引関与」を理由にノリエガ将軍を排除しました。麻薬対策はしばしば“正義の仮面”として利用され、軍事力行使を正当化する言葉になってきたのです。
冷戦終結期、ソ連の影響が薄れる中で、アメリカは自らが主導する国際秩序を築こうとしました。その延長線上にあるのが、今回の「麻薬戦争」と言えるのではないでしょうか。
「麻薬撲滅」の名のもとに、アメリカは軍を動かし、制裁を発動し、外交圧力を強めています。その矛先が反米色の強いベネズエラだけでなく、ベネズエラに接近するコロンビアの左派政権にまで及んでいる点に、単なる麻薬政策を超えた意図を感じざるを得ません。
■真の狙いはベネズエラとコロンビアの“同時包囲”
ここで、一つの仮説を立ててみます。
今回の作戦は、麻薬撲滅を目的とするのではなく、反米政権ベネズエラと、ベネズエラ寄りに傾くコロンビア左派政権を同時に包囲する戦略的動きではないかというものです。
中露はBRICSの枠組みを通じて南米への影響力を拡大しています。ベネズエラのマドゥロ政権は近年、中国やロシアとの経済的結びつきを強め、原油輸出の多くを中国に依存しています。ロシアの国営企業も採掘や軍需支援を担っています。
一方、コロンビアのペトロ政権も、再生エネルギー分野で中国企業との連携を拡大しています。つまり、南米の二つの産油国がともにBRICS圏と接近しているのです。
■米国にとっての南米の価値
アメリカにとって、南米は中東とは別の“第二のエネルギーフロント”です。
ベネズエラとコロンビアを政治的・軍事的に押さえることは、中露が南米に築こうとする資源ネットワークを断ち切ることにつながります。
トランプ政権が「パナマを取り返せ」と叫ぶのも、こうした戦略的思考の延長にあります。
この仮説に立てば、空母の派遣も、制裁の同時発動も、きわめて合理的な一手として理解されます。
■麻薬戦争は資源戦争の別名である
ベネズエラ国営石油会社PDVSAは、アメリカによる経済制裁で米系企業との取引が止まった後、中国国営石油会社CNPCと合弁事業を進めてきました。ベネズエラの石油輸出の約半分は中国向けです。
ロシアは、ベネズエラへの武器供与と軍事顧問派遣を続け、米国が「麻薬テロリスト」と呼ぶ勢力の背後にロシア製兵器が流入していることも確認されています。
さらに、コロンビアでは中国資本が港湾・鉄道・リチウム開発に進出し、ペトロ政権は環境政策を掲げながらも中国との経済協力を強化しています。
米国の視点から見れば、南米北岸に“中露の経済回廊”が形成されつつあるのです。
こうした地政学的現実を前に、アメリカが「麻薬戦争」を名目にカリブ海へ軍を派遣することは、実は資源と影響圏をめぐる争い、そして新しい国際秩序をめぐる戦いとして理解する方が自然です。
麻薬は名目にすぎず、主題は「石油」「海上ルート」「影響力」の確保なのです。
■メッセージ:異なる仮説を立てる思考と影響性を読む
国際報道の表向きの説明をなぞるだけでは、政策の意図は見えてきません。
違和感を感じたら放置せず、仮説を立てて検証してみること。
それがインテリジェンス思考の基本です。
そして、この動きが我が国の政治、外交、経済にどのような影響を持つのかを考えてみてください。
海運株やエネルギー株を持つ投資家にとっても、これは無関係な話ではありません。
国際情勢の裏にある「仮説」を読むことが、個人の判断を支える力になるのです。
(了)
