『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略』まもなく出版(2025年9月7日作成)

■はじめに

すでにお伝えしたとおり、9月28日、拙著『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略』が刊行されます。これまでツイートやメルマガでも紹介してきましたが、なかなか広く認知されません。少し、テーマが重いのか苦戦しています。書店やアマゾンでの予約が少なければ刊行部数も抑えられてしまう時代、どうすれば読者に届けられるかに苦心しています。

私は防衛省を退いて10年になりますが、中国軍事を正面から論じるのはこれが初めてです。退職直後に書けば「実務の延長」と受け取られかねず、職務から距離を置くことこそインテリジェンスの鉄則だと考えてきました。

ただ、この10年のあいだに私が知っていた秘匿情報はすでに意味を失っています。現在の私には能力分析を行う材料はなく、できるのは公開情報や歴史的考察をもとにした意図分析です。

本書で取り上げたのは、その「中国の軍事意図」です。軍事行動に直結する政治的意図、権力闘争や経済戦略を、歴史や地理の文脈とあわせて分析しました。とくに中国の戦略文化に深く根づいた思考をどう読み解くか――そのための切り口として『兵法三十六計』を位置づけています。

単なる「台湾有事シナリオ」の羅列ではなく、中国という国家がどういう思考法で行動するのかを理解する――そのための視座を読者の皆さんに提示するのが、この本の狙いです。

■中国軍事分析――意図と能力

軍事分析は大きく「能力」と「意図」の両面から行います。能力分析にはオシントだけでなく、シギント、イミント、ヒューミントを総合する必要があり、現在の私の立場では到底及びません。

一方、意図分析は人の心の内を読む作業であり、能力分析のように可視化できない分、本来は格段に難易度が高く、しばしば誤りを生みます。プーチン氏によるウクライナ侵攻をめぐって、多くの専門家がその意図を見誤ったのは記憶に新しいところです。

さらに意図分析は、誰もが「もっともらしく語れてしまう」領域でもあります。だからこそ玉石混交となり、信頼できる分析と憶測まじりの言説とが入り乱れます。

それでも、意図分析を避けることはできません。能力分析だけに依拠すれば「あれもできる、これもできる」と無数の可能性が並び立ち、結局は対応を定められなくなってしまうからです。もっとも、意図分析も決して不可能ではありません。習近平氏もプーチン氏も金正恩氏も、意志決定を完全に恣意的に行っているわけではなく、国家の法や制度、世論、国際情勢といった制約の中で動いています。

だからこそ「分析官」という職があり、その積み重ねが奥義となるのです。私も万能ではありませんが、中国分析に30年以上携わってきた経験があります。その蓄積をふまえ、中国の「意図」をどう読むか――その課題に本書で挑みました。

■兵法三十六計というツール

意図を少しでも根拠をもって語るためには、その国の歴史や知識が欠かせません。独裁者の背後には、必ず国家としての「クセ」が作用します。私はそのクセを読み解く道具として、防衛省時代から「孫子」と「兵法三十六計」に注目してきました。

孫子は広く知られていますが、実際に体系的に理解するのは容易ではありません。中国専門家ですら全十三編の内訳さえ正確に言える人は少なく、「戦わずして勝つ」といった耳ざわりの良い一節だけが独り歩きしているのが現状です。

これに比べて兵法三十六計はきわめて簡潔です。全体でわずか186字。3〜4字の成語で36の計略を示し、それぞれに歴史物語が添えられています。敵を欺き、退き、奇襲し、再起を図る――そうした知恵が凝縮され、物語として記憶に残ります。米国では政治学者マイケル・ピルズベリーが『China 2049』で多数引用するなど、研究対象として扱われています。しかし日本では、「孫子」に比べてはるかに露出がすくなく、しかも、主にビジネス書として紹介されるにとどまり、安全保障の文脈で真剣に読まれることはほとんどありません。

孫子は深みがある一方で、体系的に理解しづらく記憶にも残りにくい。これに対して兵法三十六計は短く、覚えやすい。歴史と照らし合わせれば知識が体系的に積み上がり、必要なときに自在に引き出すことができます。私にとっては「思考術の書」なのです。

本書はその思考法を読者と共有する試みでもあります。

■本が読まれない時代に

いまは情報が氾濫し、本がなかなか届かない時代です。しかし本とは、著者が長い葛藤を経て、編集者とのやりとりを重ねて形にする「思考の結晶」です。雑誌やインターネットの断片的情報では養えない「ものを見る目」を、私は本を通じて読者に渡したいと思っています。

私が若い頃、小林秀雄を繰り返し読み、理解に苦しみながら思考を磨きました。いまも難解ですが、挑み続けることで得られる力があります。読書とはそういうものだと思っています。私の新書もまた、読者の思考を鍛える一冊になればと願っています。

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