中国軍高官2人の失脚が示すもの

――習近平の軍権掌握と台湾有事をどう読むか

事象関係

1月24日、中国国防部は、中央軍事委員会(CMC)副主席の張又侠と、同委員で連合参謀部参謀長の劉振立について、「重大な規律違反および法律違反の疑い」で調査していると発表しました。
人民解放軍の制服組トップ層2人が同時に調査対象となるのは、きわめて異例です。

翌25日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、軍内部の高官向け説明の内容として、張又侠が核兵器計画に関する機密情報を米国に漏らした疑い、昇進をめぐる贈収賄、軍内での派閥形成などが指摘されたと報じました。
ただし、中国当局はこれらの具体的な容疑を公式には認めていません。

一方、人民解放軍の機関紙『解放軍報』は社説で、両名が「中央軍事委員会主席責任制を踏みにじった」と厳しく批判しました。
ここで問題とされたのは、金銭的不正そのものよりも、党、とりわけ習近平国家主席による軍統帥に悪影響を与えた点でした。

背景

近年、中国軍では装備調達部門や政治工作部門を中心に粛清が続いてきました。
しかし今回の特徴は、現職の軍事委副主席と参謀総長級が同時に外れた点にあります。
これは個別の不正摘発というより、軍上層部の権力配置そのものに手が入ったことを意味します。

また、張又侠は習近平の側近であり、長年にわたり軍内部で強い影響力を持ってきた人物と見られてきました。
その人物が排除されたことは、中国軍内部で何らかの深刻な認識のずれ、あるいは緊張が生じていた可能性を示唆します。

分析――二つの仮説

今回の粛清をどう評価するかは、「習近平は軍権を掌握しているのか」「台湾侵攻の蓋然性は高まったのか」という二つの問いに集約されます。
この二つの問いは切り離せません。軍権の掌握度合いが、そのまま台湾侵攻の現実性に影響するからです。

現時点で考えられる見方は、大きく二つあります。

仮説A

習近平は軍権掌握を進め、台湾侵攻を妨げる要因を排除した

第一の仮説は、張又侠と劉振立の失脚が、台湾侵攻をめぐる軍事判断の対立と関係していたという見方です。

複数の海外報道では、張又侠は台湾侵攻に対して慎重だったとされています。
理由は軍事的な合理性です。
台湾侵攻は、海峡を越える上陸作戦、補給の維持、制空・制海の確保、さらに米国の介入可能性という複数の不確定要素を同時に抱えます。
職業軍人にとって、勝敗の見通しが立たない作戦は避けたい対象です。

一方、米国側では、習近平が「2027年までに台湾侵攻が可能な軍事能力を整えるよう命じた」との情報が繰り返し示されています。
これは開戦命令ではありませんが、期限を伴う政治的要求です。

この構図に立てば、張又侠は、政治が設定した期限と、軍事が見積もる準備期間の間に立ち、慎重論を唱える存在だったと考えられます。
その張又侠を排除したことは、習近平が軍事的慎重論よりも、自身の政治目標を優先する体制を整えたと読むことができます。

この仮説に立つ場合、今回の粛清は台湾侵攻の蓋然性を下げたとは言えません。
むしろ、軍内のブレーキ役が弱まり、演習や威圧行動を含めた対台湾行動が、政治主導で進みやすくなった可能性があります。

仮説B

軍権を完全には掌握できておらず、その事実が露呈した

もう一つの仮説は、今回の粛清を「軍権掌握の完成」ではなく、「軍権掌握が未完だった証拠」と捉える見方です。

解放軍報が強調した「主席責任制」は、裏を返せば、それが十分に機能していなかったことを示します。
もし軍が完全に統制されていれば、あえてここまで強く強調する必要はありません。

この見方では、張又侠は、形式上は副主席でありながら、実質的には軍事作戦や能力評価において大きな影響力を持っていたと考えます。
つまり、軍内では、習近平の意向よりも、張又侠の判断が効いていた場面があった可能性があります。

その場合、今回の粛清は、軍の統制が揺らいでいたことを示す出来事です。
高官を排除することで指揮権は形式上集中しますが、統合作戦能力や実務の蓄積が即座に向上するわけではありません。

参謀総長級と副主席級を同時に欠いた状態で、台湾侵攻のような大規模作戦を短期間で整えることは困難です。
忠誠心の高い人物を据えたとしても、作戦準備には時間がかかります。

この仮説に立つ場合、今回の粛清は、台湾侵攻を早めるというより、当面は内部再編を優先せざるを得ない状況を示しています。

メッセージ

今回の出来事は、「習近平が軍権を掌握した結果なのか、それとも掌握できていなかった証拠なのか」という、正反対の解釈を許します。
そしてその違いが、「台湾侵攻の蓋然性は高まったのか」という問いへの答えを分けます。

現段階では、どちらかに断定できる材料はありません。
重要なのは、特定の仮説を前提に情報を集めるのではなく、
どの事実がどの仮説を強め、どの仮説を弱めるのかを丁寧に見極めることです。

断定的な結論と、それを補強する情報ばかりに目がいく確証バイアスを排除し、
軍内人事、演習の質と頻度、指揮系統の再編速度といった具体的な変化を積み重ねて判断する姿勢が、今後ますます重要になります。

(了)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA