インテリジェンス思考術(第7回)

■「問いの設定」とは何か

前回のニュースレターでは、インテリジェンス・サイクルの基本を短く紹介しました。国家レベルでは、使用者(政策決定者)が情報要求を出し、情報組織がその要求に基づいて情報を集め、分析し、最終的にインテリジェンスとして使用者へ渡すという流れになっています。

しかし、このサイクルは理想形です。個々の分析官がその流れを待っているだけでは、質の高いインテリジェンスは作れません。分析官は、使用者がどのような判断を迫られているか、どの情報を必要としているかを洞察する必要があります。
この「相手の立場に立って情報要求を読み取る作業」が、「問い」の設定です。

ビジネスの現場では、インテリジェンス・サイクルは確立されておらず、経営層から明確な情報要求が出されないことが多いと思われます。そこで、自ら問いを立て、経営判断に役立つインテリジェンスをつくり、相手に“売り込む”必要があります。だからこそ、問いの設定の技術が重要になります。

問いの設定とはなぜ必要か

ビジネスには戦略が必要です。戦略をつくるには知識が必要です。しかし、何でも知ろうとすると、戦略に必要のない情報まで集まってしまいます。そこで、最初に「何を知るべきか」をはっきりさせる必要があります。

この「知るべきこと」を決める作業が問いの設定です。問いの設定は、情報を集めるときの出発点であり、分析の方向を決める最も重要な過程です。問いが決まれば、余計な情報に惑わされず、必要な情報だけに集中できます。筆者は昔、ある国の情報分析官から「分析の成功の七割は問いの設定で決まる」と聞いたことがあります。

この考え方は、安全保障だけでなく、経営や研究にも当てはまります。ドラッカーは「大きな失敗は、間違った答えではなく、間違った問いに答えることだ」と述べました。情報学者の上野千鶴子氏も、「良い問いが立てば研究はほぼ成功したようなものだ」と言っています。

問いには戦略の問いと情報の問いがある

インテリジェンスは戦略判断を支えるためにあります。したがって、問いは戦略判断と直接つながっていなければなりません。

たとえば、あなたがある企業に就職したいと考えるなら、「その企業に入るために何を準備するのか」「いつまでに準備するのか」という戦略の問いが生まれます。しかし、この戦略は思いつきでは意味がありません。戦略を実行するには、その前に必要な事実をそろえる必要があります。そこで、戦略の問いを具体的な情報の問いに分けます。

その企業のビジョンは何か。どんな人材を求めているのか。どの部署を強化しているのか。どのような能力を評価しているのか――これらが情報の問いです。これらの事実を知らなければ、どんな準備をすべきかという戦略の問いに答えることができません。

このように、問いには二つの段階があります。最初に「何を、なぜ、どうするのか」という戦略の問いを立てます。次に、その戦略を実行するために必要な事実を明らかにする情報の問いを設定します。

情報の問いは、自社、競争相手、周囲の環境という三つの視点からつくります。就職でいえば、企業の方針(環境)、競争相手となる他の応募者(相手)、そして自分が備えている能力(自社)の三つです。

この三つの視点をそろえれば、戦略の問いに答えるための情報が集まります。

問いに備えるべき要件

問いには次の三つの要件があります。

有用性(その問いは使用者に役立つか)

有用性とは、その問いが使用者の判断に役立つかどうかです。
問いが役に立たなければ、どれほど丁寧に情報を集めても戦略は正しい方向に向かいません。

例として、戦略の問いが「中国に販売店を出すべきか」であるとします。この問いに答えるために、南アフリカの政治情勢を調べる必要はありません。理屈をつければ関連はあるかもしれませんが、通常は判断に直接つながりません。

販売店を出すなら、中国の政治情勢、対外政策、競合他社の進出状況など、知るべきことは多くあります。ここで問題は、どこから調べるかです。

たとえば、「中国の市場規模はどの程度か」という問いを情報の問いとして設定したとします。ここで重要なのは、「なぜ市場規模を知る必要があるのか」
そして、「市場規模を知ったら何が変わるのか」 という視点です。

市場規模は、ビジネスが成立するかどうかを判断する材料になります。もし市場が小さければ、どれほど競争環境が良くても利益が出ません。逆に市場が大きければ、リスクを取っても進出する価値があります。

つまり、問いの理由を明確にすることで、その問いが本当に役立つかどうかを検証できます。この検証こそが、有用性の判断です。

可能性(答えられる問いであるか)

問いは、自分が情報を集め、自分が分析して答えを出せるものでなければ意味がありません。ここで言う「答える」とは、本に書いてあることや、人に聞けば分かることではありません。自分の判断として結論を出せるという意味です。

たとえば、「次のパンデミックはいつ起きるか」という問いは誰も答えられません。同じように、「首都直下地震は起きるのか」という問いも専門家ですら断定できません。こうした問いは、自分がどれだけ努力しても答えにたどりつけないため、問いとして適切ではありません。

しかし、これらの問いを「自分でも答えられる問い」に置き換えることはできます。

たとえば、飲食業に関わる人であれば、
「2020年に起きた規模の感染症が再び発生した場合、客足はどこまで落ちるか」
という問いに変えれば、過去のデータを使って自分で分析できます。

地震についても同じです。
「首都圏で交通が3日止まった場合、各店舗の在庫はどこまで持つか」
という問いにすれば、物流データや過去の災害記録を基に自分で答えを出せます。

このように、答えられない問いは、前提条件を明確にすることで「自分で分析できる問い」に変えることができます。問いの可能性とは、この“問いの変換ができているかどうか”を指します。

重要性・緊急性(二つの軸を総合して、知るべき問いを決める)

問いの価値は、重要性と緊急性の二つの軸で決まります。状況の変化によって、この二つの軸は大きく動きます。そのため、どの問いに時間を使うべきかは、常に総合的に判断しなければなりません。

たとえば、あなたの会社が家電の新製品を計画しているとします。会社は顧客から高い信頼を得ており、性能にも強みがあります。この段階では次の問いが中心になります。

「市場の需要はどの方向に動いているのか」
「顧客はどの機能を求めているのか」

これらは重要です。ただし、急いで答えを出す必要はありません。

競合の動きも気になりますが、そこで「競合は将来どんな製品を出すのか」という問いを設定します。ただし、当初は自社との実力差が明確であり、大きな脅威ではありません。このため、この問いは重要ではあっても、最初の段階では顧客情報よりも優先度が低く、緊急でもありません。

ところが、状況が変われば、この二つの軸の重みも変わります。たとえば、
競合同士が合併し、技術を統合して半年後に新製品を出す可能性が高い
という情報が入ったとします。

この一報によって、これまで優先度が低かった競合の問いは、重要性と緊急性の両方が急に高くなる ことがあります。

すると、次の問いが最優先になります。

統合した競合の技術力はどこまで強化されるのか」

「自社との性能差はどこに生まれるのか」

「発売までに自社が調整できる点はどこか」

このように、問いの重要性と緊急性は固定されたものではありません。状況によって変化します。大切なのは、どちらか一方だけを見るのではなく、重要性と緊急性の両方を総合して、今の判断に最も役立つ問いを選ぶことです。

まとめ

良いインテリジェンスは、良い問いから生まれます。問いをつくることは、情報を集めることより難しい場合があります。しかし、その問いが正しく立てば、分析の道筋が見え、判断の精度が一気に高まります。

ビジネスでも安全保障でも、答えより先に問いをつくることが、最も価値のある作業です。問いこそが全ての出発点であり、終着点であるのです。

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