――情報の向こう側を見る
はじめに
インテリジェンスという言葉から、何を思い浮かべるだろう。
スパイ、秘密情報、情報機関、盗聴、偵察衛星――。そんな世界を想像する人も多いかもしれない。
しかし、インテリジェンスの出発点は、もっと身近なところにある。
何を見るのか。
誰が言っているのか。
何を知りたいのか。
何が事実で、何が推測なのか。
そして、そこに何が書かれていないのか。
新聞を読むときも、会社で報告を受けるときも、街を歩くときも同じである。
情報は、そこら中にある。しかし、そこにあるだけでは、インテリジェンスにはならない。
これは、新宿のどこかにあるという「新宿情報学校」で、私が一人の男から教わった「情報を見るための思考術」の話である。
第一章 見ているつもりだった
ここは新宿無番地。
路地を曲がった先の裏手に、古びた洋館がある。看板はない。表札もない。だが、近づけば、人の気配だけは確かにあった。
私はその扉の前に立っていた。
インテリジェンスを学べる場所だと聞き、ここまで来た。
扉を押すと、抵抗もなく開いた。中に入ると、初老の男が玄関に立っていた。
「君ですね」
「はい。紹介で――」
「どうぞ、上がってください」
私は靴を脱ぎ、男の後について階段を上った。
一段、また一段。古い木の感触が足裏に伝わる。
踊り場を過ぎたところで、男が足を止めた。
「今の階段は、何段ありましたか」
私は言葉に詰まった。
数えていない。
「……分かりません」
「では、壁の色は覚えていますか。手すりに傷はありましたか。踊り場には何がありましたか」
どれも答えられなかった。
男はゆっくりとうなずいた。
「上がっては来ましたよね。でも、何も答えられなかった」
私は小さくうなずいた。
「それが、見ていないということです」
言い方はやわらかかったが、言葉は重かった。
「意識して見ていなければ、あとで思い出せません。思い出せないものは、確かめることも、比べることも、整理することもできない。だから使えないのです」
男は少し間を置いた。
「判断に使える形になって、はじめて意味を持ちます。それがインテリジェンスです」
その日、私は初めて知った。
自分が、見ているつもりで何も見ていなかったことを。
第二章 情報とインテリジェンスは違う
次の授業で、男は私に尋ねた。
「情報とは何ですか」
「見たもの、聞いたものです」
「間違いではありません。しかし、それだけではありません」
男の説明では、インフォメーションという大きな枠の中にインテリジェンスがある。見たもの、聞いたものは材料であり、その中から意味のあるものを選び、整理し、判断に使える形にしたものがインテリジェンスになる。
日本語の「情報」は少し厄介だった。
本来、情報はインフォメーションを指す。しかし、軍事や安全保障の世界では、加工・分析されたインテリジェンスまで「情報」と呼ぶ場合がある。防衛省でも、材料となる「情報資料」と、それを処理した「情報」を区別している。
つまり、日常語では同じ「情報」という言葉の中に、違う概念が入り込んでいるのである。
男は言った。
「例えば、『明日は午後から大雨』という天気予報があったとします。それだけなら材料です」
「でも、運動会を予定している学校なら、延期するのか、保護者へどう連絡するのかを考えますね」
「そうです。河川管理を担当する人なら、避難まで考えるかもしれない」
同じ「大雨」でも、人によって意味は違う。
男は今度は紙に、
1ドル=160円
と書いた。
「これは?」
「円安です」
「では、それは誰にとっても同じ意味ですか」
海外旅行を予定している人には負担になる。輸出企業には利益になるかもしれない。外国人観光客を相手にする店には追い風になるかもしれない。
同じ情報なのに意味が違う。
「情報は、使う人から切り離して考えることはできません」
男はそう言った。
「インテリジェンスとは、特別な知識ではありません。情報を、自分の判断にどう結びつけるか。その営みです」
そして、最後に付け加えた。
「その違いを生むのが、何を知りたいのかです」
第三章 問いを持てば景色が変わる
ある日、男は突然言った。
「今日は外へ出ます」
私たちは新宿駅近くのデパートへ向かった。
「30分後に、ここへ戻ってきてください。そして、気づいたことを報告してください」
私は館内を歩いた。
食品売り場、化粧品売り場、時計売り場。外国人観光客も多い。セールもやっている。
30分後、私は男のところへ戻った。
「外国人観光客が多かったです。かなり混雑していました」
男は静かに聞いていた。
「それは、誰でも見ます」
私は黙った。
「君は景色を説明しただけです」
男は、旧陸軍中野学校の前身である後方要員養成所の所長、秋草俊中佐の言葉を教えてくれた。
「万物これ悉く我が師なり」
見るべきものは、どこにでもある。
しかし、ただ見ればよいのではない。
「防犯という視点で、このデパートをもう一度見たらどうですか」
私は周囲を見た。
監視カメラ。警備員。人が滞留する場所。死角。非常口。
「では、経営者なら?」
今度は、外国人客の流れ、混雑する売り場、高級ブランド店の客足、店員の配置が気になり始めた。
先ほどまでとは、景色が違って見えた。
男が言った。
「景色は変わっていません」
そして続けた。
「変わったのは、君の問いです」
何を知りたいのか。
問いを持った瞬間、それまで見えなかったものが見えてくる。
「『万物これ悉く我が師なり』とは、何でも知識にしろという意味ではありません。何のために見るのかを考えろ。そうすれば、何の変哲もないものにも重要な示唆が隠れているということです」
私はようやく分かり始めた。
インテリジェンスとは、特別なものを探し回ることではない。
何を知りたいのかを考え、その視点で世界を見ることなのだ。
第四章 情報を見る前に、情報源を見よ
問いを持つことを覚えると、今度は情報そのものが気になり始めた。
以前から評判だと聞いていた店の前を通ったときのことである。雑誌にもテレビにも登場する人気店だった。
ところが、その日は客がほとんどいなかった。
そこで気づいた。
私はその店を知っているつもりだったが、一度も入ったことがない。
私が知っていたのは、雑誌やテレビが伝えた「店の姿」だったのである。
その話をすると、男は数枚の新聞を取り出した。
同じ出来事を報じた記事だった。
しかし、見出しが違う。一方は経済への影響を大きく扱い、もう一方は政治的意味を強調している。
「同じ出来事なのに、ずいぶん印象が違いますね」
「それが情報源です」
誰かが伝えた情報には、伝える人間の関心や判断が入る。
新聞だから間違っているという話ではない。新聞社によって、同じ事件でも見る角度や強調点が違う。
外交官が語ることと、商社マンが語ることも違う。記者と現場担当者でも違う。
それぞれ違う場所から世界を見ているからである。
「インテリジェンスの世界では、情報そのものより先に情報源を見ます」
誰が言っているのか。
どの立場で言っているのか。
その人は何を知り得るのか。
何を重視しているのか。
「多くの人は情報を見ます。しかし分析官は、その前に情報源を見ます」
それ以来、私は記事の本文を読む前に、誰が書いたのかを見るようになった。
第五章 問いが情報源を決める
しかし、情報源には新聞、テレビ、インターネット、人間、衛星、通信など、さまざまなものがある。
では、どれが一番優れた情報源なのだろう。
私がそう尋ねると、男は紙の中央に円を描き、その周囲に新聞、テレビ、雑誌、インターネット、外交官、研究者、商社マン、工場の作業員、旅行者と書き込んだ。
「全部、情報源なんですか」
「そうです。世の中のほとんどのものは情報源になり得ます」
では、どれが一番なのか。
男は答えた。
「その質問には答えられません」
工場の稼働状況を知りたいなら、現場の作業員が重要かもしれない。会社の経営方針なら、決算説明会や経営者の発言だろう。
中国軍について調べる場合でも同じだ。
保有する艦艇の数を知りたいのか。
どこに配備されているのかを知りたいのか。
中国指導部が台湾侵攻を考えているのかを知りたいのか。
問いによって、必要な情報は違う。
艦艇の数や配置なら、衛星写真や公開資料が役立つ。しかし、指導部の意図となれば、それだけでは足りない。
能力と意図は別である。
男は言った。
「初心者は情報源から考えます。どの新聞を読むべきか、どのサイトを見るべきか、誰に聞くべきか。しかし分析官は逆です」
まず、何を知りたいのか。
そこから必要な情報が決まり、最後に情報源が決まる。
問いが情報源を決める。
それは、デパートで学んだことと同じだった。
第六章 OSINTだけで世界は分かるのか
「インテリジェンスの90%は公開情報である」
私は、この言葉を本やインターネットで何度も目にしていた。
そこで男に聞いた。
「本当に90%なのですか」
「公開情報が重要であることは間違いありません」
第二次世界大戦中、スイスの軍事分析家ヤコブ医師は、ドイツ国内の新聞に掲載された戦死者の葬儀名簿を調べ続け、ドイツ軍の組織や戦況をかなり正確に推定した。
秘密を盗んだわけではない。
誰でも読める新聞を分析したのである。
現代では、インターネット、SNS、公開衛星画像など、さらに膨大な情報が手に入る。ベリングキャットのような民間調査グループが公開情報を組み合わせ、国家の秘密活動に迫ることさえある。
「それなら、90%というのも正しいのでは?」
男は首を振った。
「その90%とは、何の90%でしょう」
収集した情報の件数なのか。分析報告書のページ数なのか。利用した情報量なのか。
数字だけが一人歩きしている。
公開情報から軍艦の数やミサイルの配備状況はかなり分かる。しかし、指導者が本当に戦争を決断したかとなれば話は違う。
能力は見える。
しかし、意図は見えにくい。
「私は『90%』という言葉を警句だと考えています」
秘密情報ばかり追うな。
重要な情報は、身近な公開情報の中にもある。
公開情報を軽視せず、分析力を磨け。
そういう意味なら、重要な教えである。
しかし、
公開情報だけで十分である
という意味ではない。
何を知りたいのかによって、必要な情報源は変わる。
また「問い」に戻ってきた。
第七章 HUMINTは真実に近づけるのか
「では、人から得る情報には、今も価値があるのですか」
男は紙に大きく書いた。
HUMINT
Human Intelligence。人間を通じて得る情報である。
現代の一般的な情報活動なら、大きく伝聞情報と観察情報に分けて考えられる。
顧客、取引先、研究者、外交官、商社マン、現場担当者から話を聞く。
あるいは、自分や派遣した人間が工場、店舗、港湾、国境などを直接観察する。
国家の情報活動まで広げれば、協力者から秘密を聞き出す、秘密文書を入手する、敵地へ潜入する、斥候を送り込むといった活動もHUMINTに含まれる。
その歴史は古い。
『孫子』には、郷間、内間、反間、死間、生間という五種類の「間」、すなわちスパイの運用がすでに体系化されている。
HUMINTの強みは、人間の内側へ近づけることにある。
衛星は軍艦を撮影できる。
公開資料から軍事費も分かる。
しかし、指導者たちが部屋の中で何を話し、何を迷い、どの選択肢を検討しているのかは、外から眺めるだけでは分からない。
「では、HUMINTなら意図が分かるのですね」
私がそう言うと、男は紙に二つの言葉を書いた。
SECRET MYSTERY
シークレットとは、誰かが答えを知っているが、隠している事実である。
秘密の作戦計画。会議で決定された方針。秘密合意。
適切な情報源へ接近できれば、明らかにできる可能性がある。
しかしミステリーは違う。
将来の経済はどうなるのか。
戦争はいつ終わるのか。
中国は台湾へ侵攻するのか。
まだ誰も答えを持っていない場合がある。
最高指導者自身でさえ、一年後に何を決断するか分からないことがある。
「隠されている答えと、まだ存在しない答えは違うのですね」
「その通りです」
そして、もう一つ重要な問題がある。
意図と行動は一致するとは限らない。
今日「攻撃しよう」と考えていても、明日には国際情勢や経済状況、周囲の進言によって判断を変えるかもしれない。
逆もある。
だから、意図を知れば未来が分かるわけではない。
分析は一度で終わらないのである。
第八章 人間は嘘をつく
HUMINTには、さらに厄介な問題がある。
情報源そのものが人間だということである。
その人物は、本当にその事実を知っているのか。
状況を正しく理解しているのか。
思い込みはないのか。
利害によって話を歪めていないか。
意図的にこちらを騙していないか。
直接見た情報だからといって安心もできない。
観察できるのは全体の一部でしかない。時間、場所、天候、周囲の状況によって見えるものは変わる。
視察なら、相手が「見せたい場所」だけを準備しているかもしれない。
整えられた工場を一時間見て、普段の稼働状況まで理解したつもりになるのは危険である。
国家間では、さらに欺瞞が加わる。
第二次世界大戦中、イギリスはドイツが送り込んだスパイを摘発し、その一部を二重スパイとして利用した。彼らを通じて「連合軍の主たる上陸地点はパ・ド・カレーである」といった偽情報をドイツ側へ流した。
HUMINTは情報を集める手段であると同時に、相手に偽情報をつかませる手段にもなる。
2003年のイラク戦争では、「カーブボール」と呼ばれた亡命イラク人の証言が問題になった。
彼は生物兵器を製造する移動式施設について証言したが、戦後、その証言には重大な虚偽があったことが明らかになった。
だからHUMINTでは、
「何を聞いたか」だけでは足りない。
誰から聞いたのか。
その人物は、それを知り得る立場にいたのか。
なぜ話したのか。
そこまで評価しなければならない。
人から情報を得るとは、人を評価することでもある。
第九章 それでも人間から情報を取る
では、技術が進歩すればHUMINTはいらなくなるのだろうか。
偵察衛星、IMINTは地上の動きを宇宙から捉える。
SIGINTは無線や携帯電話、データ通信などから部隊の位置や指揮系統を探る。
インターネットの普及によってOSINTも飛躍的に発達した。
ウクライナ戦争では、これらの情報が大きな役割を果たしている。
ベリングキャットは、SNSの写真や動画、衛星画像、公開データなどを組み合わせ、マレーシア航空17便撃墜事件やナワリヌイ氏毒殺未遂事件などを追跡した。
「そこまで分かるなら、危険なスパイはいらないのではありませんか」
私は尋ねた。
男は笑った。
「そう考える人は少なくありません」
しかし、衛星は部隊の動きを映せても、最高指導者がなぜその決断をしたのかまでは映せない。
通信を傍受しても、そこで本音を語っているとは限らない。
公開情報をいくら集めても、まだ誰も決めていない未来は映らない。
「能力は見える。しかし、意図は見えない」
私が言うと、男はうなずいた。
どれほど技術が発達しても、人間の意思決定へ近づくために、人間という情報源はなくならない。
ただし、その基盤は簡単には作れない。
現地の言葉を覚える。
文化を知る。
宗教を知る。
歴史を知る。
その土地で暮らし、人と信頼関係を築く。
それには何年、何十年という時間がかかる。
日本にも、福島安正や明石元二郎のような情報員がいた。陸軍中野学校も存在した。しかし、戦後、そうした対外HUMINTの基盤は途絶えた。
ドラマ『VIVANT』のような世界を想像するのは簡単だが、現実のHUMINTはもっと地味である。
言葉を覚え、人と会い、信頼を積み重ねる。
日本の商社が海外で長年築いてきた人的ネットワークや、JICA海外協力隊のように現地社会へ入り、人々と生活を共にしてきた経験も、その意味では重要な人的資産になる。
もちろん、彼らは諜報員ではない。
HUMINTをスパイ活動だけに閉じ込める必要もないのである。
男は言った。
「HUMINTとは、人を知り、人を理解し、人から学ぶことなのです」
秘密情報だけがHUMINTではない。
地域を知る。人を知る。日々の小さな情報を集める。
その積み重ねから、公開情報だけでは見えない変化や兆しが見えてくる。
終章 情報の向こう側を見る
新宿無番地の洋館へ通い始めて、ずいぶん時間がたった。
その日、男は一枚の新聞記事を私の前に置いた。
『中国、A国の港湾整備を支援』
中国政府がA国の主要港湾の近代化を支援すると発表し、中国側は「両国の友好関係を深め、A国の経済発展に貢献する」と説明している。A国政府も歓迎しているという内容だった。
「どう思いますか」
「中国とA国の関係は良さそうですね。港が近代化されれば、A国の経済発展にもつながるでしょう」
男は何も言わない。
私は、もう一度記事を読んだ。
「ただ……この記事は、中国政府とA国政府の発表を中心に書かれていますね」
男が少し笑った。
「そこに気づきましたか」
そして、もう一枚の紙を差し出した。
A国のローカル新聞だった。
『中国の港湾支援に地元で警戒感』
野党が、事業の詳しい契約内容が明らかにされていないとして政府へ説明を求め、中国企業が港湾周辺の物流施設へ進出するとの報道もある。
二つの記事を並べると、同じ出来事とは思えないほど印象が違う。
「どちらが正しいと思いますか」
私は少し考えた。
「まだ分かりません」
最初の記事では、中国による経済支援という姿が見える。しかし、それは両国政府の説明である。
二つ目の記事では、中国に別の目的があるようにも見える。しかし、それも野党や地元の一部の見方である。
「では、何が分かりましたか」
「まず、情報源を確認します。そして、何が確認できる事実で、どこからが評価や推測なのかを分けたいです」
私は二つの記事をもう一度見た。
「それに、書かれていないことがあります」
「例えば?」
「この支援は無償なのか、融資なのか。誰が工事をするのか。完成した港を誰が運営するのか。契約条件はどうなっているのか。中国企業は本当に周辺へ進出しているのか。なぜ契約内容が明らかにされていないのか」
言いながら、自分でも少し驚いた。
記事に書いてあることより、書かれていないことが気になっていた。
「中国が純粋な善意だけで支援しているとも断定できません。しかし、A国を利用するためだとも、まだ断定できません。ただ、次に何を調べればよいのかは見えてきました」
男はうなずいた。
「最初の日の君なら、どう答えたでしょうね」
「『中国がA国を援助する。いい話ですね』で終わったかもしれません」
「二つ目の記事を読んだら?」
私は苦笑した。
「『やはり中国には裏がある』と言ったかもしれません」
男は静かに言った。
「どちらも、目の前に出された情報に反応しているだけです」
その言葉を聞いて、私は最初の日の階段を思い出した。
あのときも、私は確かに階段を見ていた。
しかし、何も見ていなかった。
今は少し違う。
誰が発信したのかを見る。
何が事実なのかを考える。
評価や推測と区別する。
一つの情報源だけで判断しない。
何が分かり、何が分からないのかを分ける。
そして、書かれていないものを見る。
そこから、次の問いを立てる。
男は立ち上がり、窓の外を見た。
「世の中には情報があふれています。新聞、テレビ、インターネット、SNS。しかし、たくさんの情報を知っていることと、インテリジェンスを持っていることは同じではありません」
私は黙って聞いていた。
「誰が言っているのか。何が事実なのか。どこからが評価や推測なのか。何が分かっていて、何が分かっていないのか。そして、何が書かれていないのか」
男は振り返った。
「さらに重要なのは、何を知りたいのかです。問いが変われば、見るべき情報も、使う情報源も変わります」
私は、これまでの授業を思い返した。
見ているつもりになるな。
万物これ悉く我が師なり。
情報を見る前に、情報源を見よ。
問いが情報源を決める。
OSINTは重要だが万能ではない。
SECRETとMYSTERYは違う。
HUMINTでは、情報だけではなく人そのものを評価する。
別々の話だと思っていたものが、一本につながった。
「先生。ようやくインテリジェンスというものが、少し分かってきた気がします」
男はうなずいた。
「そうですね。最初の頃よりは、ずいぶん見えるようになりました」
「ずいぶん、ですか」
「まだ入口ですから」
私は笑った。
男は机から新しいノートを一冊取り出し、私の前に置いた。
「これまでは、インテリジェンスを見るための思考を教えてきました。しかし、実際の仕事では、目の前に都合よく二枚の新聞記事が置かれているわけではありません」
私は真っ白なノートを開いた。
「何を知る必要があるのかを明らかにする。必要な情報を集める。集めた情報を評価し、分析する。そして、判断に役立つインテリジェンスを作り、それを必要とする人に報告する。もちろん、その情報や活動を守ることも必要です」
「それが、次の授業ですか」
男はうなずいた。
「ここまでで、君もインテリジェンスがどのようなものかは理解したでしょう」
「はい」
「では、次の段階へ進みましょう」
男は私の前の白いノートを指した。
「これまでは、情報をどう見るかを教えてきました」
そして、少し間を置いた。
「次は、情報からインテリジェンスをどう作るかを教えましょう」
私は鉛筆を手に取った。
どうやら、新宿情報学校の授業は、まだ始まったばかりらしい。
§ § §
ここは新宿無番地。表には出ないが、消えることもない。
ここでは、知識は教えない。
見方を教える。
――『新宿情報学校 インテリジェンス思考術』完
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