我が近況 2月23日配信記事

(1)桜の開花封報道で思うこと

二月というのに、昼間は二十度近くまで上がる日があります。
各地で桜が咲いたというニュースも目にしました。

もっとも、咲いているのは河津桜や寒桜のような早咲きの品種でしょう。
私たちが春の象徴として思い浮かべるソメイヨシノではありません。

それでも、「二月に桜」という響きには、どこか落ち着かないものがあります。
本来なら、梅の花を眺める時期です。
その梅も、心なしか早いように感じます。

四季がなくなった、と言う人もいます。
けれど私は、なくなったというより、境目が少しずつ曖昧になっているのだと思います。
寒い日はありますし、夏の暑さも昔とまったく別物になったわけではありません。
ただ、季節の並び方が少し変わってきた。そんな印象です。

ニュースで「桜が咲いた」と聞くとき、私はつい考えます。
それはどの桜なのか。
例年と比べて何がどれだけ違うのか。

「桜が咲いた」という言葉だけでは、まだ何も分かりません。
けれど、どの桜が、いつ、どこで咲いたのかを確かめていくと、
そこに小さな変化の輪郭が見えてきます。

季節の話は感覚的に受け止めがちです。
それでも、何が変わり、何が変わっていないのかを一つずつ見ていく。
その姿勢は、日々の仕事にも通じるものがあるように思います。

二月の空の下で咲く桜を見ながら、
そんなことを考えています。

(2)まもなく、冬季オリンピック終了

まもなくオリンピックが終わります。
日本は現在、金5、銀7、銅12のあわせて24個。北京大会の18個を上回り、過去最多とのことです。選手たちの努力に、素直に拍手を送りたい気持ちになります。

私は今回も高木美帆選手を応援していました。
500メートル、1000メートル、チームパシュートで銅メダル。パシュートは3本滑っていますから、体への負担も相当なものだったはずです。

1500メートルは6位。
彼女はこの種目の世界記録保持者で、過去二大会はいずれも銀メダルでした。「だんだんと1500メートルが走れなくなってきた」と語っていた言葉が、強く印象に残っています。

高木選手は31歳。15歳で初めてオリンピックに出場しました。
16年ものあいだ、世界のトップで滑り続けていることになります。

あらためて思うのは、その自己管理能力のすごさです。
体調を整え、体重を維持し、筋力を保ち、けがを防ぎ、心を立て直す。その一つでも崩れれば、世界の舞台では戦えません。

小平奈緒選手が32歳で金メダルを獲得したことを思い出します。年齢は一つの目安にすぎません。けれど、その年齢まで最高水準を保つことが、どれほど難しいか。

まだまだ頑張ってほしいという思いはあります。
しかしそれ以上に、15歳から五輪に立ち続けてきた時間そのものに、深い敬意を感じます。

長いあいだ、感動を与えてくれて、本当にありがとうございます。
そう伝えたい気持ちです。

衆議院選挙の感想

今年も1か月があっという間に過ぎていきました。「光陰矢の如し」とは、月日の流れが矢のように速く感じられることを言います。慌ただしく年が明け、気がつけばひと月が過ぎていました。今年は干支でいえば午年で、十干十二支では丙午です。丙午に生まれた女性は気性が激しいとされ、この年の出生率が下がった、という話がよく語られてきました。実際、前回の丙午である1966年には出生数の減少が統計に見られましたが、これは迷信が社会に影響した面が大きいと考えられています。科学的根拠があるわけではありません。

一方で、少子高齢化が進む日本の現実は、迷信ではなく深刻な人口動態の問題です。衆議院議員総選挙が2026年2月8日投開票に行われました。 この選挙では、外国人政策や安全保障がしばしば論点のひとつにはなりましたが、少子化対策については、主要な争点として十分に論じられているとは言い難い状況でした。結婚や出産といった家族形成の問題は重要ですが、価値観が多様化する社会において、それらのテーマは扱いにくさから、政治や社会の正面の議論の場では後回しにされているのかもしれません。

衆議院選挙について、高市自民党政権の圧勝でした。私自身は先週木曜日に期日前投票を済ませました。自宅から会場が近いこともあり、最近は期日前投票を利用することが多くなっています。今回も同じ会場で投票しましたが、先週土曜日、その会場前の道路に、これまで見たことのない投票待ちの列ができているのを目にしました。

少なくとも過去の選挙と比べて、有権者の関心が高まっていることは確かだと感じました。それにもかかわらず、マスメディアときたら、午後4時現在の投票率は前回より○○%下回っている、との報道。おかしいな、と思ってよくみると、期日前投票の数値を入れていないのです。今や、期日前投票が当たり前。選挙制度に報道の設計が追随できていないのか、メディアの意図的なものなのでしょうか。

すつての立憲民主党議員は軒並み落選、比例区は、かつての公明党議員ばかり。公明党は陰の勝者でした。いろいろな敗因はあるでしょうが、「勝には不思議な勝ちあり、負けには不思議な負けあり」、立憲民主党の親中路線、高市政権批判、自らの政策が不透明、これでは支持は得られなかったのかもしません。

以前、私は、中道が結成された時、1+1-?=?、?が知りたいと謎のツイートをしたのですが、?は1.5と言う印象でしたね。

私の暖房は、やはり電気こたつ

今年の冬は、どうも例年ほど寒くありません。そのせいか、我が家の灯油の減りがやけに遅い。もっとも理由は、気温だけではなさそうです。

25年前には18リットル600円だった灯油は、いまや2,000円を超え、ガソリンと大差がない。燃費の優等生だったはずの灯油も、すっかり「高級燃料」になりました。こうした事情もあってか、灯油ストーブの売れ行きは伸び悩み気味だそうです。

さらに言えば、今のエアコン暖房は、性能そのものが別物になりました。昔のように「暖まらない」「電気代が高い」という存在ではなく、長時間使うほど計算が合う暖房になっています。

そうなると、灯油を買いに行き、運び、入れる。その手間をかけてまで使う灯油ストーブを使う理由が、正直、見当たらないのです。

使う人が減れば、補助金の対象にもならない。政策というより、生活の選択の結果でしょう。灯油ストーブが姿を消すのは、技術革新でも規制でもなく、「面倒だな」という一言から始まっている気がします。

もっとも私は、今も昔も、燃費コストが最も優秀な電気こたつに潜って過ごしています。

最近、物価が上がっていることを実感する場面が増えました。私は普段からスーパーで買い物をしますが、そこでまず目につくのが米の価格ですが、これはいまさら申すまでもないです。ただ、それだけではありません。卵が高くなりましたし、チョコレートも以前と比べて値上がりしているのが分かります。

卵の値上がりについて原因を調べてみると、一つは鳥インフルエンザです。もう一つは飼料価格の上昇です。鶏のエサとなるトウモロコシや大豆は輸入に頼っていますが、ロシアとウクライナの戦争によって穀物の国際価格が上がりました。さらに円安が続いているため、日本では輸入コストがより高くなり、その影響が卵の価格に反映されています。

チョコレートも同じような構図です。原料のカカオ豆はほぼ輸入で、近年は産地での不作や病害の影響を受け、国際価格そのものが上昇しています。そこに円安が重なり、仕入れ価格が円ベースで膨らんだ結果、店頭価格も上がっています。

米、卵、チョコレートはいずれも身近な食品ですが、その値段は日本国内の事情だけで決まっているわけではありません。戦争や天候、為替といった世界の動きが、そのまま私たちの買い物に影響しています。世界が互いにつながっていることをあらためて実感します。

新年あけましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。今年もニュースレターをお届けします。
私の仕事始めは1月5日(月)からですが、年明け早々、トランプ政権によるベネズエラ軍事行動の動きなどもあり、今年も波乱含みの一年になりそうです。

さて、台湾をめぐる情勢です。今年は、いわゆる「2027年危機」の前年にあたります。産経新聞の1面「年のはじめに」では、「『台湾有事の前年』に日本は手をこまねいていたと後世に言われてはなるまい。まさか戦争はないだろうと油断し、ほぞをかんでも遅すぎる」との論調が掲げられていました。

一方で、中国専門家の中には、台湾有事が起こる蓋然性は必ずしも高くない、あるいは台湾有事論そのものが米国の軍事費獲得や対応策を正当化・可視化するための枠組みだ、という見方もあります。私自身も、その指摘を全面的に否定する立場ではありません。

しかし、同紙でも引用されているように、米国国防省が昨年公表した中国の軍事力に関する年次報告書では、「中国は2027年末までに台湾における戦争に勝利できると見込んでいる」と分析しています。インテリジェンスの基本は、公式発表をまず額面どおりに受け取り、その上で検証し、必要な備えを進めることにあります。楽観と悲観のどちらかに傾くのではなく、示された前提条件にどう向き合うかが問われているのだと思います。

箱根駅伝は今年も青山学院の圧勝

今年の正月も、例年どおり全日本実業団駅伝と箱根駅伝を見て過ごしました。元日は新聞を買いに近所のコンビニに行き、あとは3日まで駅伝観戦。ある意味、変わらない正月です。

箱根駅伝は、青山学院の3連覇。まさに令和の常勝軍団という言葉がふさわしい結果でした。最大の見どころは、箱根山登り5区での黒田朝日選手の激走でしたが、それ以上に印象的だったのは、6区以降の復路で全員が区間3位以内に収まるという層の厚さでした。

これは、原監督によるリクルートや育成といった中長期の戦略と、当日の適材適所の配置という戦術が噛み合った結果だと言えるでしょう。同時に、選手たちが恵まれた環境の中で、学生寮での共同生活を送り、黒田選手のキャプテンシーが発揮されることで、チーム全体の底上げが進んだことも大きいと思います。それを支える学校関係者、勝利がもたらす潤沢な資源とスタッフ、企業の協力。こうした好循環が、青山学院の強さを支えているのでしょう。

もっとも、どれほど隙のないように見える組織であっても、好循環が永遠に続くわけではありません。人生もまた同じで、順調に回っているように見えても、どこかに気づかない歯車の狂いが潜んでいます。今年も、その小さなリスクが顕在化し、拡大しないよう、意識して過ごしていきたいと思います。

今年、1年よろしくお願いします。

高市総理に対する「撤回せよ」はどういう意味

最近、レアアース禁輸の話が出てから、メディア、野党議員、経済界の人たちが口をそろえて言います。

「高市総理は発言を撤回すべきだ」
「撤回しなければ日中関係はおさまらない」

ただ、不思議なことがあります。誰も、撤回の中身を言わないのです。


撤回とは、何をすることなのでしょうか。
国内向けに言い直すことなのか。
中国に説明を入れることなのか。
それとも、中国の主張を認めることなのか。

ここが語られないまま、「撤回しろ」という言葉だけが飛び交っています。


少し具体的に考えてみます。

もし「撤回」の中身が、「台湾有事で集団的自衛権は使われない」
という意味なら、話は分かります。

さらに言えば、
「台湾は中国の国内問題だ」
「米国が関与する前提は成り立たない」
「日本に存立危機事態は生じない」

こうした考えを、日本の総理に言わせたい。そういう意味になります。


ただ、これをそのまま言葉にした瞬間、多くの国民は首をかしげるでしょう。

「それ、本当に日本の安全につながるのか」
「米国との関係はどうなるのか」
「中国の言い分を先に認める必要があるのか」

だからでしょうか。誰も、この文章案を口に出しません。


代わりに使われるのが、
「撤回」
「配慮」
「関係改善」

便利な言葉です。中身を書かなくても、批判した気分になれます。


レアアース禁輸についても同じです。

「撤回しなければ経済が困る」
「日中関係が悪化する」

では、何を撤回するのか。
日本は、どこまで言葉を引っ込めるのか。
どこから先は言ってはいけないのか。

ここは語られません。


たぶん、多くの人は分かっています。
中身をはっきり書くと、自分の立場が国民に説明できなくなることを。

だから、意味は共有したまま、言葉だけをぼかす。


主張が正しいかどうかは、別の話です。
対中関係を重視する考えも、あり得ます。

ただ、
撤回という言葉だけを投げて、
中身を言わないのは議論ではありません。

それは提案ではなく、雰囲気づくりです。


「撤回すべきだ」と言うなら、
こう言えばいい。

「台湾有事は日本の問題ではない」
「中国の立場を日本は尊重する」
「その代わり、経済の安定を取る」

それを言えないなら、
撤回という言葉に、意味を詰め込むのはやめた方がいい。


最近の議論を見ていると、
日中関係が不安定なのか、
言葉の使い方が不誠実なのか、
分からなくなることがあります。

少なくとも一つ言えるのは、
撤回の中身を言わない限り、
賛成も反対もできない
、ということです。

議論をしたいなら、
まず文章を書きましょう。
話は、それからです。

為替と政局の交差点で迎える誕生日

―― 10年満期のオーストラリアドルを前に

10月の為替相場は、政治と世界情勢の波に大きく揺れました。

高市早苗氏が自民党総裁に選ばれ、豪ドル円は久しぶりに100円を突破しました。

市場は「日本の政治が動いた」と感じ、期待が広がりました。

けれども祝儀相場は長くは続かず、公明党が連立離脱を示唆したことで、高市政権の前途に早くも不安が生まれました。

一方で、米中関係も緊張をはらんでいます。

トランプ政権は11月1日からの関税強化を打ち出し、月末に予定されている韓国での米中首脳会談は「開催が危うい」と報じられました。

そこへ追い打ちをかけたのが、10月16日に発表されたオーストラリアのCPI(消費者物価指数)です。

インフレ鈍化が明らかになり、利上げ観測が後退しました。

豪ドルは売られ、95円台に落ち込みました。

それでも政治は止まりませんでした。

高市総裁と維新の吉村代表が「閣外協力」で歩み寄り、18日から19日にかけて高市政権の成立がほぼ確実となりました。

市場はこのニュースを織り込み、為替は97円台を回復しました。

ただ、織り込みが進んでも、最終的な確定はまだ先です。

いよいよ来週、10月20日からの最終週が始まります。

高市新内閣が正式に発足し、最初の政策方針が示されます。

同時に、米中首脳会談が「開催」されるのか「延期」になるのか、その判断が下される見通しです。

この決定ひとつで、相場の方向が変わります。

もし会談が行われれば、豪ドル円は98円から99円へ。

逆に流れれば、95円台に戻るかもしれません。

私にとって、この週は特別な意味があります。

27日は、10年満期を迎えるオーストラリアドルの確定日です。

そして前日の26日は、私の誕生日でもあります。

この2週間、為替は激しく上下し、まるで節目を祝うように波を描きました。

高市政権の“花火”がもう一度上がるのか。

米中が歩み寄りを見せるのか。

その答えは、いよいよ来週に出ます。

そして、それが私にとって大きな“プレゼント”になるのかどうか――

その結果がわかるのが、10月27日です。

10年前にこの通貨を選んだとき、世界は今とはまったく違っていました。

為替は数字の動きですが、そこには人の思惑と国の力が映ります。

私はこの10年の終わりに、その数字を通して時代を見ている気がします。

27日朝のレートがいくつであっても、この週はきっと忘れられないものになるでしょう。

少し緊張しながら、そして少し楽しみながら、為替の週を見届けたいと思います。

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9月発売の新著2冊、予約開始(2025年8月15日作成)

■はじめに――

この数年、本を書くたびに「書くこと」と「届けること」はまったく別の挑戦だと痛感しています。筆は進む。むしろ書きたいことは尽きません。しかし、伝えたい核心が読者に届くまで道のりは、想像以上に険しい――。

そんな中で、この9月、私は新たに2冊の本を世に送り出します。アマゾンでは先週から予約販売が開始されました。

『兵法三十六計で読みとく中国の軍事戦略』

――「戦わずして勝つ」思想が現代に甦る

この本は、私の過去十数冊の中でも「間違いなく渾身」と胸を張れる一冊です。中国の戦略思想を、兵法三十六計という古典から現代地政学へと橋渡しし、台湾侵攻や尖閣占有の現実的シナリオにまで踏み込みました。

実は9年前にも三十六計をテーマに本を出しましたが、その時からずっと「戦略像としての物足りなさ」が心に引っかかっていました。そこで今回は、作っては壊し、壊しては作る――そんな試行錯誤を重ね、構想が固まるまでに一年を費やしました。

計略を本来の順番に取り上げ、これは現代のこうした状況に整合するという思考ではなく、「平時」「グレーゾーン」「有事」という烈度の軸で計略を再編成。孫子や他の兵法書も織り込み、兵法を“立体的な戦略思想”として描き直しました。

台湾有事が現実味を帯び、尖閣周辺で中国公船の活動が続く今、中国の意図を読み解くための羅針盤としてあなたの手元に置いてほしい――。そんな一冊になりました。

この本は、現代中国の軍事戦略の奥深さと巧妙さ、戦に明け暮れた歴史の醍醐味、そして兵法の知恵を同時に学べる一冊です。

読み終えたとき、きっとニュースや国際情勢の見え方が一変し、事象の背後に埋もれていた意図や構図が鮮明に浮かび上がるはずです。

『15歳からのインテリジェンス』

――物語で体験する「情報の見きわめ方」

「高校教科書『情報』では、ITやコンピュータなどが扱われ、偽情報をどう見抜き、情報源をどう評価し、戦略に直結するインテリジェンスをどう作成するかがほとんど扱われていない」――この危機感こそ本書誕生の原点です。

実は、この本はアマゾンでコンピュータ・ITジャンルに分類されています(8月15日現在)。そもそも、インテリジェンスは、日本語の「情報」と同じ意味ではないし、コンピュータやITという意味はありません。ところが、日本では「インテリジェンス」を安易に「情報」と訳すために、AIがジャンルを振り分けるとはいえ、このような誤解や齟齬が生じてしまうのです。

学校や社会で教えられる「情報リテラシー」といえば、せいぜいPC操作やSNSのマナー、簡易的なファクトチェック程度。しかし現実の世界は、もっと〝性悪説〟で動いています。国家や組織は、相手の情報を盗み、意図的に偽情報を流し、認知戦を仕掛ける。そして、その格好の標的となっているのが青少年です。

本書の物語は、こうしたシビアな現実をそのまま描いてはいません。それでも、インテリジェンスの本来の意味と価値を、大人から子どもへと手渡す必要がある――その思いが、物語創作の出発点となりました。

私は、中高生にもすっと届く形で、本来のインテリジェンスとのふれあいを体験できる一冊を作り上げようと思い、その手がかりを求めて、日本昔話やアンデルセン童話、グリム童話などを渉猟しました。しかし、いずれも途中で「これでは届かない」と行き詰まりました。そんなとき、ふとひらめきました。既存の物語に頼るのではなく、自分で“昔話”の世界を創ればいい――と。

そして一気に物語が立ち上がります。切り出しは明治時代。トム・ソーヤが日本を訪れ、徳川の財宝を探す大冒険に乗り出す。物語はそこから時を超え、現代へ。主人公のひとりは、そのトム・ソーヤの子孫である日本の中学生。もうひとりは、私の娘をモデルにした少女。そして彼女の父親として登場するのは、20年前の私自身?――。

タイトルは“青少年向け”ですが、真のターゲットは大人です。トム・ソーヤをモチーフにした物語形式で、フェイクニュースや偏った情報の洪水とどう向き合うかを、読者自身が体験できる構成にしました。

情報の海を渡るための二つの羅針盤、ここに。

インテリジェンスを「歴史と計略から読み解く」か、「物語として体験する」か。その根底に流れている思いは同じ。ニュースがあふれ、真実と虚構が入り交じる現代にあって、あなたに「情報の時代を生き抜くための、自分だけの物差し」を手にしてほしい。この2冊が、そのための力添えになることを願っています。

来週号では、『15歳からのインテリジェンス』の中身を少しご紹介します。

『情報戦の日本史』近日発売

『情報戦の日本史』が近日発売されます。

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はじめに

本書は、日本における情報戦の歴史とその現代的な意義を探るものである。

古代における中国大陸や朝鮮半島との外交や軍事的駆け引き、武家政権や戦国時代に忍者を活用した謀略、天下統一を巡る熾烈な情報戦、幕末維新期の海外密使による諜報活動、さらに明治以降の大戦における情報戦――。これらは単なる過去の物語ではなく、現代社会における情報活用や意思決定、リスク管理の在り方に多くの示唆を与える重要な事例である。

本書では、これら歴史に埋もれた知恵や教訓を掘り起こし、新たな視点を提示することを目指す。歴史愛好家に対しては、情報戦の背後に隠された人間ドラマや戦略の深奥を掘り下げ、鮮やかな歴史像を提供したい。また、安全保障や企業経営の実務者には、戦略立案やリスク管理、さらには日常の情報活用に役立つ具体的なヒントを提供する。

現代の国際社会において、AI技術やビッグデータ解析の進展が加速し、情報はかつてないほど重要な資産となっている。情報は、国家間の競争や安全保障の基盤を形成する要素として、その価値をますます高めている。しかし、日本は戦後「スパイ天国」と揶揄されるほど防諜体制の整備が遅れ、国家や企業の情報流出が繰り返されてきた。こうした問題は、単に情報を「守る」ことにとどまらず、その根底には情報を効果的に収集し、国家戦略や意思決定に活用する「攻め」の姿勢が欠如しているという構造的な課題が存在している。

日本における情報課題の本質は、「防諜」と「対外情報」の二つの柱が十分に機能しておらず、国家全体のインテリジェンス・リテラシーが低い点にある。この問題の背景には、戦後の情報文化の断絶がある。日本は独自の情報機能を確立できず、その結果、国際情勢に翻弄され続けてきた。

かつて日本は、平安時代に和歌や仮名文字を駆使し、戦国時代には情報戦を、天下を決する手段として活用していた。明治以降の戦争でも、巧みな情報戦が勝利の要因となった。しかし、大東亜戦争の敗北とその後のアメリカによる占領政策によって、過去の歴史とのつながりが断たれた。占領軍は日本の情報活動を「危険視」し、その結果、情報機能を否定的に捉える風潮や自虐史観が定着した。

現在、中国をはじめとする諸外国は、こうした状況を巧妙に利用して高度な「情報戦」を展開し、日本国内の意識形成に影響を与えつつ、国際的立場を弱体化させている。この現実を直視しないことは、日本の将来に致命的なリスクをもたらしかねない。

したがって、国際社会における情報戦で劣勢を挽回するためには、過去の歴史を情報戦の視点から再検討し、戦後の反省を未来の戦略に活かすことが求められる。

巷では、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦に関する戦術的な成功や失敗が盛んに議論されている。しかし、太平洋戦争における情報戦だけを取り上げるだけでは、問題の本質を十分に理解することは難しい。

たとえば、真珠湾攻撃では、戦術情報の秘匿が功を奏し奇襲に成功したものの、アメリカを長期戦に引き込み、結果的に日本の敗北を招く要因となった。また、ミッドウェー海戦での暗号漏洩は敗因の一つとして語られるが、物量差という現実を覆すことは困難だったとする見解が広く受け入れられている。つまり、開戦後の情報戦そのものの成否を議論する以上に、太平洋戦争に至る戦略的な意思決定そのものにこそ重大な問題があったことを認識する必要がある。

本書では、「なぜ日本は無謀な大東亜戦争に突入したのか?」という問いを中心に、昭和16年以前の情報戦の歴史を掘り下げる。日中戦争から太平洋戦争に至る流れを一連の「大東亜戦争」として捉え、その過程における情報戦の成果と失敗を検証する。すなわち、戦前の日本における情報収集や分析の制度的・文化的背景を分析し、特に戦略的意思決定の欠陥に焦点を当てる。また、古代から明治時代、そして現代に至る歴史的背景との比較を通じて、現代日本が情報戦においてどのような教訓を得るべきかを明らかにすることを目指す。

本書の特徴は以下の点である。

第一に、本書は、明治以降や現代のスパイ活動に焦点を当てた従来の情報戦関連書籍とは異なり、古代から戦国時代に至るまでの日本の情報戦にも光を当てる。孫子の兵法伝来説や楠木正成の戦術、忍者の役割、武士道の精神など、日本独自の情報戦の要素を掘り下げることにより、「島国ゆえに情報に疎い」という従来の見解に新たな視座を提供する。

第二に、日清戦争や日露戦争における情報戦の成功と、大東亜戦争における敗北を対比し、情報戦が国家戦略にどのように貢献したかを検証する。この分析を通じて、現代の国際情報戦に活かせる教訓を導き出すことを目指す。

第三に、日本の外交戦や情報戦を、特に中国、アメリカ、イギリス、ソ連と比較し、敗北の原因を明らかにする。特に満州事変以降における各国の情報活動や、国家戦略と連携したプロパガンダや浸透工作を分析し、日本の情報戦が国家戦略との連携を欠いていたこと、その結果として情報戦で劣位に立ったことを明らかにする。

第四に、著者自身の防衛省情報分析官としての経験をもとに、戦史を辿りながら情報理論の観点から独自の見解を加えている。この視点により、本書は単なる歴史書にとどまらず、情報戦の歴史を学ぶと同時に、インテリジェンス理論を学ぶ手がかりを提供する内容となっている。

本書では、「情報戦」という言葉を広義に使い、情報活動や情報戦略を含む意味で使用している。これにはサイバー戦やメディア戦など、情報空間やサイバー空間での優位性を指しつつ、旧日本軍が用いた「秘密戦」(諜報、防諜、宣伝、謀略)も含まれている。

米中対立が進む現代、情報の重要性はこれまで以上に高まっている。情報は安全保障の基盤であり、その収集、分析、運用の巧拙が国家の行方を左右する。本書が、過去の情報戦の知恵と教訓を未来へとつなぐ架け橋となり、日本の戦略情報活動や防諜体制の在り方を考えるきっかけとなることを切に願う。

『情報戦の日本史』3月27日刊行のお知らせ

このたび、私の新著『情報戦の日本史』が2025年3月27日に刊行されることとなりました。

本書は、2018年1月から2019年12月まで、エンリケ氏が運営するメールマガジン「軍事情報」に連載していた拙稿「日本の情報史」を土台に、新たな視点や考察を加えて再構成したものです。

陸軍中野学校については、すでに前著『情報分析官が見た陸軍中野学校』(並木書房、2021年)で詳しく取り上げておりますので、本書では要点のみにとどめ、より広く、古代から太平洋戦争に至るまでの日本の情報活動全体を整理・考察することを目的としています。


歴史をどう読むか――「解明」と「考察」

歴史研究には、大きく分けて二つのアプローチがあります。一つは、資料の発見や仮説の検証などを通じて史実そのものを明らかにする「解明型」の研究。もう一つは、すでに知られている史実に基づき、「なぜそうなったのか」「どうすればよかったのか」を問い直す「考察型」の研究です。

本書は後者のスタンスで執筆しています。史実をただ追うだけではなく、その背後にある意図や背景を読み解き、現代に活かせる視点や教訓を引き出すことを目指しました。そのため、あえて記述の細部を調整し、読者の方にとって理解しやすく、実務や日常に応用しやすい内容となるよう工夫しています。

もちろん、どんなに広く知られた史実でも、解釈の仕方は一つではありません。また、特に情報活動のような分野では、誇張や脚色が加わりやすいことも事実です。たとえば陸軍中野学校のような題材は「スパイ学校」としてセンセーショナルに語られることが多いですが、私自身が卒業生やご家族に取材した限りでは、実際の姿とはかなり異なる面も見えてきました。


「陰謀論」の向こう側にある現実

現代では、「陰謀」や「工作」といったテーマが、時に過剰に「陰謀論」として扱われ、学術の場から排除される傾向があります。しかし、実務の視点からすれば、そうしたテーマにも真剣に向き合う必要があると私は考えています。

たとえば、米国の「赤狩り」時代にスパイ容疑で死刑となったローゼンバーグ夫妻の事件は、長年「冤罪」とされてきましたが、1995年に公開された「ヴェノナ文書」によって、ジュリアス・ローゼンバーグがソ連の諜報員だったことが明らかになりました。

こうした事例は、「陰謀論」と片づけられた話の中にも、後に真実と判明する要素があることを示しています。したがって、安易に否定するのではなく、冷静かつ多角的に検証する姿勢が重要だと思います。

本書でも、近衛文麿政権下で囁かれた「敗戦革命」――あえて敗戦を誘導し、国内体制を大きく変えようとしたのではないかという説――に触れました。証拠が乏しく、陰謀論と受け取られるかもしれませんが、歴史の背後にある「動機」や「思惑」を探る視点として、注目に値するテーマだと感じています。


歴史は「物語」でもある

歴史は単なる過去の記録ではなく、時に「物語」として、人の心に語りかけてきます。その物語が私たちに何を問いかけ、何を残すかが、歴史研究の醍醐味であり、意義でもあるでしょう。

私自身、自分の思想を一つに定めているわけではありません。さまざまな立場や価値観に触れながら、フラットな視点を心がけてきました。それでも、心を動かされたエピソードというのは確かにあります。

たとえば日露戦争の時代、将来を期待された若い将校たちが、自らの出世を捨てて身分を隠し、花田や石光のように情報の最前線で活躍しました。また、「シベリアのからゆきさん」たちが行った献身的な支援や諜報活動も、知られざる貢献として本書では取り上げています。

中野学校の卒業生たちも、滅私奉公の精神で海外の任務に赴き、国に尽くしました。もちろん、そうした愛国心が時に誤った方向へ進み、大東亜戦争へとつながった側面も否定できません。しかし、いまのような国際環境の中で、「国を守りたい」「仲間を守りたい」「文化を継承したい」という想いは、なお重要な意味を持っていると私は考えています。

本書を通して、そうした愛国心に根ざした冷静で戦略的な行動が、これからの時代の情報戦でいかに大切かを、お伝えできれば幸いです。