ノーベル科学賞と「技術国家」中国 ― 日本の過去と現在を分けるもの

今年、科学界を駆け巡った明るいニュースがありました。
日本人研究者2名が、同じ年にノーベル賞(生理学・医学賞と化学賞)を受賞したのです。坂口志文氏は「免疫応答を抑制する仕組みの発見」で、北川進氏は「金属有機構造体(MOF)の開発」で評価を受けました。

この受賞により、日本人のノーベル賞受賞者は30名を超えました。
そのうち自然科学3分野(物理学・化学・生理学/医学)に限れば、およそ25名に達しています。国別で見ても、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに次ぐ位置にあります。

一方で、中国の自然科学分野での受賞者は建国以来わずか数名にとどまり、中国本土の研究機関に所属していたのは、2015年に医学生理学賞を受けた人物ただ1人です。

日本の科学技術がかつて世界をリードしていたことは間違いありません。しかし、いまそれを「過去の成果」としてしか語れないとしたら、それは危うい兆しでもあります。

なぜ中国の科学系受賞が少ないのか

まず、ノーベル賞の前提にある研究文化に違いがあります。この賞はもともと西側の研究体制を基準にしており、冷戦期の中国はその枠組みから外れていました。また、自然科学分野でノーベル賞を得るには、20〜30年にわたる基礎研究の積み重ねが欠かせません。中国が科学技術を国家戦略として重視し始めたのは1990年代以降であり、成果が表れるまでには時間が必要でした。

もう一つの背景は、人材の評価軸にあります。かつて中国では科挙の伝統が残り、科学者よりも官僚が高く評価されました。優秀な学生は官界や経済界に進み、研究職の地位は高くなかったのです。そのため、才能ある人材が海外に流出する傾向が長く続きました。

日本も事情は似ています。今回の受賞者たちは1970〜90年代に研究を積み重ねた世代で、今の研究環境がそのまま未来のノーベル賞につながるとは限りません。

今、中国が進める「技術国家」化

それでも中国は、この遅れを驚くほどの速さで取り戻しています。胡錦濤政権(2002〜2012年)は理工系出身者が多い「技術官僚政権」で、科学技術を国家発展の中心に据えます。その流れを引き継ぎ、2015年に発表された「中国製造2025」では、AI、半導体、新エネルギー、バイオ医薬など10分野を重点指定し、国を挙げて開発を進めています。

結果として、中国の科学論文数は世界最多となり、「Nature Index」の主要誌寄与度でも首位を維持しています。さらに、世界で最も引用された上位1%の論文数でも、中国は2018〜2020年の平均でアメリカを上回りました。

AI、量子通信、次世代バッテリーなどの先端分野では、すでにアメリカと並ぶ、あるいは分野によっては上回る水準に達しています。米国が同盟国と連携して半導体やAI関連技術の対中輸出を制限しているにもかかわらず、中国は国産スマートフォンを開発し、ChatGPTに追随する生成AI「DeepSeek」を登場させました。

DeepSeekは2025年に発表された中国製の生成AIで、開発コストはChatGPTの数十分の一、性能はGPT-4oに匹敵すると報じられています。この成功は、中国が輸出規制の壁を越えて、独自技術の自給体制を築き始めていることを示しています。

さらに中国政府は、国家予算の重点項目として科学技術を明確に位置づけています。AI、半導体、宇宙開発、新エネルギー産業などへの支出を拡大し、2024年度の国家財政報告では「科学技術イノベーション支出」が前年比で約10%増。軍事・社会保障と並ぶ三大重点分野の一つとなりました。

政策の集中、研究成果の拡大、特許の増加――。いまや中国は量だけでなく、質と応用を伴う「技術国家」へと進化しています。

日本はなぜ遅れを取ったのか

一方で、日本はこの流れに乗り切れていません。中国が国家戦略として科学技術を育てるのに対し、日本の研究政策は一貫性を欠き、大学の研究費は減り続けています。企業は短期利益を優先し、若手研究者が長期テーマに挑む余地が小さくなりました。

行政も縦割りが強く、文部科学省、経済産業省、防衛省がそれぞれ独自に支援を行うものの、国としての方向性が共有されていません。

もう一つの違いは、政治指導者の科学理解の深さです。中国の指導部は理工系出身者が多く、科学を政策の言葉として使うことができます。
日本の政治家は法学や経済学の出身が多く、科学技術を国家の将来像として描く力が弱いのです。そのため、科学技術は「国家構想」ではなく「予算項目」として扱われてきました。

メッセージ ― 現実を客観的に評価する

情報分析で最も避けなければならないのは、「見たい現実だけを見る」ことです。これは「確証バイアス」と呼ばれ、インテリジェンスにおける大きな弊害です。

日本では「中国は模倣ばかり」「西側の規制で成長は止まる」といった言葉が繰り返されます。それは、「中国に抜かれたくない」「中国は後進国のはずだ」といった先入観や希望的観測に影響を受けています。

分析に必要なのは、過小評価でも過大評価でもなく、客観的な評価です。都合のよい期待や先入観を排し、事実に基づいて現在の力を測る。それが、インテリジェンスを扱う者にとって最も基本的な姿勢です。

(了)

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