2025年あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。最近はスマホでX(旧Twitter)にツイートすることが多く、このウェブサイトの更新がご無沙汰になってしまいましたが、引き続き〝存続〟しています。
昨年秋以降、産経新聞に書評を執筆させていただいており、その掲載分を3件こちらに投稿しました。ご覧いただき、ご興味を持たれましたら、ぜひ該当の著書もお読みいただければ幸いです。評者として大変光栄に思います。

今年は新たに2冊の著書を刊行する予定です。
1冊目は、日本の情報戦の歴史について取り上げたもので、古代から太平洋戦争開戦(真珠湾攻撃)までを扱います。太平洋戦争に関する書籍は数多くありますが、真珠湾攻撃が戦術的には成功したものの、戦略的には敗北であった点を重視し、その後の情報戦の是非を論じるよりも、「なぜ無謀な大東亜戦争に至ったのか」という視点から、開戦前の情報戦を主題としています。

もう1冊は、中国の戦略をテーマにしたもので、兵法、特に「兵法三十六計」を切り口に、毛沢東から習近平まで歴代の指導者の戦略を分析します。また、未来の台湾に関する戦略についても予測を試みる内容にしたいと考えています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ムスリム移民の半生 『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』

記事を保存

『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』
『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』

『米軍極秘特殊部隊 ザ・ユニット』アダム・ガマル、ケリー・ケネディ著 沖野十亜子訳(原書房・3080円)

本書は、米陸軍で極秘任務に従事したムスリムの著者、アダム・ガマル(仮名)が自身の半生を語る記録である。「工作員としての経験を語るのは、私が初めて」という著者の言葉通り、実務者の視点から対テロ任務の過酷な現場を鮮明に伝えている。

エジプト生まれの著者は、1991年にアレクサンドリア法科大学院を中退し、20歳で米国に移住。米陸軍極秘特殊部隊「ザ・ユニット」に所属し、10回以上の海外派遣を経験した後、2016年に退役した。「ザ・ユニット」の実名は伏せられ、組織や活動の記録は黒塗りされているが、諸処の記述から判断するに、その実態は陸軍「インテリジェンス・サポート・アクティビティー(ISA)」であると推定される。

ISAは1981年に特殊作戦部隊への情報支援を目的として設立されて以来、情報提供に加えて重要人物捜索、人質救出、犯罪者捕縛など幅広い作戦任務を担ってきた。対テロ戦争は戦場での戦闘にとどまらず、海外で現地社会に溶け込み、テロネットワークを解明し、市民に紛れるテロリストを特定するなどの任務も含む。ISAメンバーには高度な分析力、言語能力、多文化理解力が求められ、移民も積極的に採用している。

本書の核心は、ムスリム移民の著者が、なぜ米国の対テロ任務に身を投じたのかという問いにある。著者は故郷でのムスリム過激派への反発、米社会の自由と機会平等への憧れ、移住後に受けた恩恵への感謝の念から米国を守る道を選んだ。その選択はムスリムを一くくりにして敵視するのではなく、個々の背景と価値観を理解することの重要性を強く示している。

『FBI爆発物科学捜査班』カーク・イェーガー、セリーン・イェーガー著 露久保由美子、木内さと子訳(原書房・2750円)

本書は、10年の現場経験を持つ現役FBI(連邦捜査局)主任爆発物科学者のカーク・イェーガーが、爆弾テロの実態に迫ったノンフィクションである。飛散した破片や潜在指紋、メモに残された微細な筆圧痕跡などを丹念に追い、爆弾テロを再現して真相を明らかにしていく科学捜査の過程をリアルに描く。

例えば、2002年のバリ島爆弾テロ事件は、欧米の政治・経済支配に反発する宗教武装勢力の犯行とされ、日本人夫婦を含む202人が死亡した。著者は、最初の自爆テロに続くナイトクラブ前の1トン級自動車爆弾、米領事館近くでの手製爆弾という3つの連続テロの関係を推理、損壊した縁石や木立の溝に残されたワイヤなどの痕跡を手がかりに犯人像に迫った。被害者の熱傷から「大量の熱パルスを発生する爆弾が使用された」という仮説が立てられたのに対しては、同種の爆弾を製造して実験することで、熱傷は建物火災が原因であることを証明した。科学捜査と推理が結びついた成果だ。

9・11(米中枢同時テロ)以降、FBIは対テロ任務を強化し、科学捜査の役割も証拠提示から事件の背景解明や再発防止へと広がっている。テロの根源を理解するには、現地の歴史や政治的背景を現場感覚で把握することが重要であり、世界各地の大使館に配置されるFBI司法担当官の調整の下、科学捜査官も海外に派遣されている。著者もイスラエルや英国などでの国際捜査の経験を有している。

著者は、大量の薬品や電子装置の購入、人だかりでの異変など爆弾テロに通じる兆候を目撃・通報する市民の協力体制と、爆弾テロからの自己防衛の重要性を説いている。日本では爆弾テロの事例は少ないが、オウム真理教事件や安倍晋三元首相銃撃事件のように衝撃的なテロはある。SNSによってテロリストの発信する情報が拡散し、リスクは高まっている。本書は、爆弾テロに対して私たち一人一人が危機感を持つことの重要性を訴える一冊である。

『日米史料による特攻作戦全史』ロビン・リエリー著、小田部哲哉編訳(並木書房・6820円)

本書は、昭和19年10月以降の特攻作戦を日米双方の膨大な史料に基づき緻密に記述した貴重な歴史資料である。最大の読みどころは、「無意味な死に有為な青年を追いやった」とする現代日本の歴史認識に一石を投じている点だ。

当時の日本は物量・技術で圧倒的に不利な状況にあり、本土防衛のため、米軍の侵攻を遅滞させ、有利な停戦条件を引き出すべく特攻作戦が採用された。本書に登場する河辺正三大将の「特攻隊員は、自分の死で勝利を確信し、幸せに死んだ」という言葉は、全ての隊員を代弁するものではないが、多くの隊員が作戦目的を理解し、国家や家族のために命をささげる覚悟を持っていたと考えられる。

『日米史料による特攻作戦全史』
『日米史料による特攻作戦全史』

台湾沖航空戦からレイテ沖海戦、戦争終結に至るまでの特攻作戦を日々詳細に記録している本書は、その全体像を通じて特攻の戦術的意義を浮き堀りにしている。私が特に注目した沖縄航空戦では、米艦艇の「目と耳」であり防御力の弱い、レーダー・ピケット艦を狙い、米海軍の情報収集能力をまひさせた。その体当たり成功率が32%に達したという資料が米側にある。

著者はこれらの事例を踏まえ、「フィリピンや沖縄でのカミカゼ機と特攻艇の運用が成功したことで、最小限の人員、装備の投入で貧弱な国力をはるかに上回る成果」を挙げたと評価している。

本書からは、特攻作戦が米軍に心理的な影響を与えたこともうかがえる。こうした心理的影響が、占領後の統治リスクを米軍に意識させ、日本の存続や早期独立回復に寄与したとの見方もできる。(『産経新聞』2024.10.13)