武器になる「状況判断力」(17)

敵の可能行動の列挙と分析

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□はじめに

前回の問いは、「1979年に折原製作所が開発したトイレの擬音装置「エチケットトーン」の開発はなぜ行なわれたのか?」です。

日本人女性はトイレを使用する際に起こる様々な音が恥ずかしいようです。そのためそれらの音を消すためにトイレの水を出し続けるのだそうです。

擬音装置は節水のために開発されたのことです。実際に擬音装置によってトイレの使用水量は半分以下になったようです。擬音装置の目的は「音を消すため」と言ってしまえばそれまでのことですが、その少し先にある目的を探ることが重要なのです。

今回の問いは、歴史からの出題です。中国では漢民族の王朝である明を満州族のヌルハチが倒し、清王朝を樹立(1616年)します。「どうして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」です。これは「なぜ日本が満州や朝鮮の統治に失敗したのか?」という問いに転換できそうです。

今回は、軍隊式「状況判断」の第二アプローチの「状況及び行動方針」の5回目です。今回は、敵の可能行動をどのように列挙するのかについて解説します。

▼敵の可能行動の列挙

相対的戦力の評価を終えたならば、次は敵の行動方針を列挙します。敵の行動方針は、自衛隊用語では「敵の可能行動」と呼んでいます。

敵の可能行動とは我が任務の達成に影響を及ぼす行動であって、敵が能力的に実行できる行動です。可能行動の列挙は、指揮官の状況判断を適切にし、かつ奇襲防止のために行ないます。そのため、まずは我の任務達成に影響する可能行動を漏れなく列挙することから開始します。

その手順は、最初に我が任務、地域の特性、敵情、我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る行動の概要を想像的思考で列挙します。次にその行動が行なわれる場所・時期・戦法などを考察して、可能行動を具体的にしていきます。

次いで、列挙した可能行動から、我が任務にあまり影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への影響度の差の少ないものは整理・統合します。

敵の可能行動の列挙は通常、情報幕僚が「幕僚見積(情報見積)」として実施します。情報幕僚は自らの見積の判断結果を指揮官に具申し、指揮官がこれに同意すれば指揮官の状況判断に取り入れられます。
指揮官は情報幕僚の判断をそのまま採用することもあれば、拒否することもあり、さらに敵情の把握と幕僚見積のやり直しを命じることがあります。

▼わが国では能力判断が基本

敵の可能行動の列挙は敵側の立場に立って、意図と能力の両面から考察する必要があります。

まず能力的に実行が可能であって我が任務に影響を及ぼす行動を能力判断で列挙します。その上で行動を行なう意図(意思)があるかの判断(意図判断)を重ねて、列挙した可能行動の実行の可能度などを明らかにし、さらに分析を深めるべき敵の可能行動を絞り込みます(能力判断)。

意図判断と能力判断は状況判断を行なう上で非常に重要なので、ここで詳しく解説します。

我が国の安全保障では「能力判断の優先」を基本としています。まず、相手国の能力を掌握することに焦点を定め「どのような能力を持っているか?」ということを解明します。その後に、相手国が「何をしようとするのか?」という意図を推測、判断します。作戦分野に至っては、意図の解明を追求することに対して極端に否定的な立場さえ提示されてきました。

これは米国による意図判断による失敗を教訓としています。米国は朝鮮戦争において「中国は国内経済優先の折だから中国軍の介入はない」とし、ベトナム戦争では「北ベトナムがいかなるゲリラ的、人民戦争的な能力を保有しているか?」よりも、自らの北爆の効果を過大視して、「北ベトナムが立ち上がる気力は失せた」と判断しました。いずれも能力よりも意図を重視して敵の可能行動の判断を誤ったのです。

他方、能力は可視的であり、急激な変化はありません。能力判断は理論的に計測できる事実に立脚しています。したがって、能力判断は意図判断に比して誤判断が少ないのです。さらに能力判断は奇襲や想定外の最悪ケースにも対応できます。

▼能力過大、過小評価はしない

能力判断では過大評価、過小評価をしないことが重要です。情報が不足している、未知の状況に遭遇する、行動のための準備が不足していれば、誰しもが相手側を過大評価する傾向になります。

クラウゼビッツは、「危機についての情報は、多くは虚偽か誇大である。そしてこれは大海の波のように押し寄せて来て、高くなったと思うとたちまち崩れ、なんの原因もないのにまた高まってくる」と述べています。つまり、戦場での心理的恐怖から過大評価し、状況判断を誤ってはならないと警告しています。

試験会場に行って、周りの人たちが自分より優秀に思えて、実力を発揮できなかったとよく聞きます。
これは情報が不足していることから不安感が大きくなり、自分を過小評価し、周囲を過大評価してしまうのでしょう。

相手に対する過大評価は我を委縮させ、折角のビジネスチャンスを見逃すことにもなりかねません。他方、相手への過小評価によって予期しない事態を招くことも多々あります。「こんなはずではなかった。舐めてかかって痛い目にあった」ということになります。こうした過小評価による状況判断の誤りを回避するためには、その背景を理解する必要があります。

我に時間的余裕があり、さまざま情報が集まり、我の準備が周到に進められると、だんだんと我を過大評価し、相手を過小評価する傾向が強くなります。
1973年の第四次中東戦争の事例を出すまでもなく(イスラエルがエジプトを過小評価したことで奇襲を受けた)、連戦連勝で我に対する驕りと敵への過小評価が原因で国家が危機状況に陥ることが多々あります。

旧日本軍の戦史を回顧すると、戦場から離隔した司令部などでの状況(情勢)判断では、敵に対する過小評価がしばしば起こっています。戦争は勝利を目的・目標とする集団行為であるので、〝必勝の信念〟を醸成するうちに、それが我の過大評価と敵の過小評価を生んだのでしょう。

個性、性別、能力レベルなどによって過大評価、過小評価は起こります。自信家の指揮官は敵軍を過小評価します。男性は自分を過大評価し、女性は過小評価をする傾向が強いとされます。能力の低い人に限って自己を過大評価する(ダニング=クルーガー効果)と言われています。こうした特性を知っておくことが、個人および組織から過大、過小評価を排除することの基本です。

▼能力は変化していることに注意

能力は意図よりも変化しにくいとはいえ、不変ではありません。我の能力向上とともに敵の能力も同時に向上しています。運動選手が自己記録を伸ばし、「これならばライバルに勝てる」と自信をもって試合に臨んだところ、相手が自分以上に能力を伸ばしていてコテンパンにやられることはよくあります。

すなわち、能力は常に変化するものだとの認識を持つ必要があります。現在の能力の進展性のみならず、潜在能力の開発を考慮し、他方で能力の減衰にも留意し、能力データベースを常に刷新することが重要です。

能力にはプラスとマイナスの両面があります。だから能力の構成要素を単に足し算するのではなく、各種の制約要因を考慮して引き算することも重要です。
可能な限り定量的(数量的)な評価に留意し、相手側の能力を総合的に計数化することが必要なのです。

能力が可視的といっても不透明な部分や多々あります。相手の主張を否定する明確な根拠がない場合には額面どおりに評価することが必要です。たとえば2017年、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した際、それを最初から訝(いぶか)る意見がありましたが、このような感覚的な過小評価は危険です。

▼能力判断の限界

能力判断は目に見えやすいので論理的思考が活用でき、状況判断を誤りにくいとされます。しかしながら、能力ベースでは「これもできる。あれもできる」となり、相手の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

また、すべての事を能力判断に依存することは現実的でありません。たとえば、中国はわが国に対してミサイル攻撃を行なうことや南西諸島に奇襲侵攻する能力を有し、ロシアもわが国道北部への奇襲侵攻の能力を有しています。これら能力的に可能な行動をすべて列挙して、完全な防衛態勢を取ろうとすれば、国家財政はたちまち破綻してしまうであろうし、現実的に不可能です。ここに能力判断の限界と意図判断の活用の必要性が生じます。

▼意図判断の可能性

 そもそも意図は不可視であり、正確な判断は容易ではありません。しかし、意図判断が全く不可能だというわけではありません。環境の制約など全くなしで、国家や企業などの意図が形成されるわけではありません。一党独裁国家であっても、第三国との関係、国内外世論、国際法や国内法を無視した国家戦略の追求は困難です。

通常、我より圧倒的に優越した能力を持つ敵は能力的にはいかなる行動を取ることもできるように見えます。しかし、現実にはさまざま制約要因が存在し、それらが意図の形成に影響を及ぼしています。

たとえば、ある中小企業が垂涎の技術をもっているとして、大企業はその技術を手に入れるために、この中小企業の買収を検討したと仮定します。大企業は原材料のサプライチェーンの断絶、取り引き銀行からの融資の中断などで中小企業の経営を圧迫させて、しかるのちに買収工作を働きかけることは可能でしょう。

しかしながら、こうしたダーティーな工作が公になれば、長年築いてきた企業ブランドを失うことになります。つまり、大企業は自らの行動方針(買収工作)のプラスとマイナスを比較考量した上で、行動方針を決定することになります。

つまり、相手側にどのような制約要因や弱点があるかを考察することで、意図の推測や判断を行なうことは可能です。

また国家や大企業のように対象が大きければ大きいほど意図を実際の行動に移すにはリードタイムと期間が必要となります。たとえば国家が戦争を行なうには国民に対する広報活動や各種の戦争動員が必要となります。よって時系列的な分析を継続し、その変化の兆候を察知し、その意義付けを的確に行なうことで意図の推測も可能となります。

▼意図判断を行う上でのポイント

前述のように、能力判断による、敵の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

だから、ついつい「まさか相手はこんなことはしないよな」といった具合に、相手の意図を最初に推測して、たいした根拠もなしに蓋然性が小さいと思われる可能行動をメンタルチェクして除外してしまうのです。筆者はこれを〝意図判断の誘惑〟と呼称し、思い込みによる意図判断を行なわないよう自戒してきました。

思い込みによる安易な意図判断を回避するためのポイントをまとめてみます。第一に、相手側の置かれている環境調査(分析)をしっかり行なうことが重要です。たとえば、相手国の意図は置かれている環境と大きく関係しています。そのため地理、政治(イデオロギー、法律、主要人物など)、経済、社会(国民性、世論、マスコミなど)、外交、軍事(兵力、装備
、運用ドクトリン)などの要因が相手側の意思形成にいかなる影響を及ぼしているかについて分析する必要があります。さらに彼我の地域を取り巻く歴史的背景、過去に発生した事例および結果などを研究する必要があります。

第二に、相手側の立場で自己分析と環境調査を行なう必要があります。相手側が自己をいかに評価し、自らの弱点をいかに認識し、それをどのように克服しようとしているかについて分析します。このため、我の戦略を構築するための手法であるSWOT分析を相手側の立場で行なうことは有効とされます。

第三に、敵の意図を推量する上では指揮官やリーダーの性格、趣味・嗜好に着目します。太平洋戦争の口火を切った山本五十六連合艦隊司令長官は大変に勝負事の好きな人物であり、ワシントンの武官事務所で当時将棋の相手をしたことがある(株)極洋の法華津孝太会長が、「将棋はどうも攻め一方で、いささか無理筋のきらいがあるように思う」と言っています。そうした性格を総合して、「戦争の始まるまえに、アメリカがもし日本海軍の主将の性格をもう少し突っこんで調べていたら、山本なら海戦の時いきなりハワイを突いて来るかも知れないということは十分察しられただろう」(阿川弘之『山本五十六』)と語っているようです。

第四に相手側の弱点を探し、その改善につながる兆候を探します。相手側は行動方針を決定する前に、弱点に対する対策を全力でとろうとします。たとえば中国が台湾に対して着上陸侵攻を行なう場合、現在の最大の弱点であるとされる揚陸能力を改善する必要があります。つまり、揚陸能力の急激な改善という兆候が出てくれば、中国による対台湾軍事侵攻の意図が高まったと判断することが可能となります。

第五に認識上のバイアスを排除します。意図は不可視的であるので、そこには希望的観測、
先入観などが容易に入り込みます。また意図は個人の気分や国際情勢の急変などによって変化します。自己の尺度で相手側の意図を見積るバイアス(ミラーイメージグ)を排除し、相手側の立場になり切って推察します。認識上のバイアスを回避する、あるいはバイアスに陥っていないかを点検したりするためには、グループ討議や分析手法の活用が有効です。

次回は敵の可能行動の分析について、兆候と妥当性の尺度で考察することについて解説します。

(つづく)

武器になる「状況判断力」(16)

国力や企業力を算定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「福岡市は人口増大、成長目覚ましい。神戸市は人口減少、衰退の一途。ともに政令指定都市の中堅であった両市は対照的な状況。これはなぜ?」です。

神戸市は大阪市に人口が吸収されてしまう、阪神・淡路大震災のトラウマから高層ビルの建設や利用が進まない。このようなことが神戸市の人口減少などの原因のようです。他方、福岡市は、福岡市に次ぐ九州地方第2位の北九州市とも近く、一体的な活性化が可能ということです。

東京を中心に物事を考えれば、福岡県は遠い地方という印象ですが、北京と東京の距離は2098km、北京と福岡は1453km、上海と東京は1764km、上海と福岡はなんと905kmです。ちなみに福岡と東京は885km。

中国を基点にすれば、福岡よりも東京の方が〝地方〟なのかもしれません。北九州に本社を置く安川電機は、中国へのロボット機器を輸出することを生業としていますが、地の利を活かしていると言えるかもしれません。

今回の問いは、最近の『日経新聞』記事からの出題です。「東京オリンピック2020」で、外国人記者は東京のトイレの音消し(擬音装置)に驚いたようです。本格的な擬音装置が登場したのは1979年に折原製作所が開発した「エチケットトーン」だそうです。

では、折原製作所はなぜ、このような擬音装置を開発したのでしょうか? 少しひねりを利かすと回答は出てきます。

今回は、軍隊式「状況判断」の第2アプローチの「状況及び行動方針」の4回目です。今回は国際情勢やビジネスにおける彼我の相対的戦闘力について考察します。

▼国力評価の基準を考える

作戦地域での相対的戦力をグローバルな国際社会に置き換えれば、無用な衝突や戦争を回避し、国際社会の安定した秩序形成のための国力比較(相対的国力)という思考に至ります。

国際社会では、国力が大きい国は大国として大きな存在感を示し、小国は大国に従うということは自然の摂理のようなものです。

冷戦期には、米国とソ連の二大超大国が勢力均衡で存在し、これに挑戦する国は存在せず、全体として大規模な戦争は回避されていました。つまり、国力が対外的に明示されることで抑止機能が働いていました。

国際社会秩序の形成のための取り組みなどの目的で、国力を算定する試みが国際政治学者などによって行なわれました。著名な国際政治学者ハンチントン教授は、国力の要素を(1)国土の戦略的地勢、(2)人口、(3)産業・経済力、(4)民族の性質、(5)国民の団結・指揮、(6)政権の統治力、(7)外交力、(8)軍事力の八要素に区分しました。

ジョージタウン大学のレイ・クライン教授は、各種要素を数値化し、次のような国力算定の方程式を考案しました。

国力=(〔基本指標:人口+領土面積〕+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

ただし、この数式ではハード面の評価はともかく、ソフト面(戦略目標×国家意思)の評価如何によって積の結果が大きく左右されます。

クライン教授は1980年代に出版した著書『World Power Trends and U.S. Foreign Policy for the 1980s』の中で、同方程式を紹介し、国力比較をしています。日本はソ連、米国、旧西ドイツに次いで4位となっていますが、これは、日本が戦時中に見せた大きな団結力を高く評価した結果です。

現在は、冷戦が崩壊し、世界のグローバル化が深化し、ICT化が発達しています。よって情報力、テクノロジーといった要素が国力に及ぼす影響が大きくなっており、クライン教授の伝統的な方程式には修正すべき点があるとみられます。

▼NICによる『グローバル・トレンド』

米国の国家情報会議(NIC:National IntelligenceCouncil)は米大統領のために中・長期的予測を行なう諮問機関です。NICは1996年以降、4年に一度の大統領選の年に合わせて、15~20年間に及ぶ世界情勢を予測・分析し、「NIC Global Trends」という報告書を発表しています。

米大統領はこの報告書を参考に国家戦略などを練ることになります。その際、世界に影響を及ぼすパワフルな国家・組織(以下、主要国等)の国力を試算して未来をシミュレートしています。

1996年からの旧モデルでは「GDP」、「人口」、「軍事費」、「技術投資」の4点で国力を試算していましたが、2012年の「2030年のグローバル・トレンド」(GT2030)では、旧モデルに加えて「健康」「教育」「統治」の3点を加えた7点方式の新モデルを採用しました。

その結果、旧モデルの国力比較では2032年頃に中国が米国を追い抜くものの、新モデルの国力比較では中国が米国を追い抜く時期は2043年頃にずれると予測が出しました。(『GLOBAL TRENDS 2030;2030年世界はこう変わる』講談社)

なお日本については、旧モデルの国力比較では2012時点ですでにインドに追い抜かれていますが、新モデルの国力比較では2019年頃にインドに追い抜かれると予測しました。

▼相対的国力の算定は戦略構築の原理・原則

NICの国際情勢予測は、主要国の相対的国力が世界のメガトレンドに影響を及ぼすという考え方に基づいており、軍隊式「状況判断」の相対的戦力の応用であるとも言えます。

そもそも、環境(地域)の上に、自国(我が軍)と、戦略を立案する上で重要な対象国(敵軍、第三国軍)を載せて、未来を予測し、その上で戦略(行動方針)を選択するという思考法は『孫子』以来の不変の原理・原則であるといえそうです。

ただし、世界のグローバリズムやテクノロジーの発達レベルに合わせて、国力を試算する構成要素や算定法は修正する必要はあります。

2021年4月、前述のNICは「グローバル・トレンド2040」(GT2040)を発表しまたが、ここでは、「人口」、「環境」、「経済」、「技術」という4点から国力を算定しています。大きな違いは「軍事」を採用しないで、代わりに「環境」を採用している点です。

現在はSDGs(持続可能な開発目標)やESGという言葉を聞かない日はありません。環境が未来の国力の重要な構成要素になることに異論はありませんが、他方で国力における軍事の要素は依然として無視してはならないと筆者は考えています。

▼人口は未来予測のための重要な指標

「GT2030」では、日本は米国、中国、ロシア、インド、EUとともに、世界に影響を及ぼすパワフルな国家・組織の一員とされていましたが、「GT2040」では、日本をそれら国家・組織の一員として加えられていません。

「人口」、「環境」、「経済」、「技術」の中でも、「人口」は最も固定的で信頼できる指標です。日本は人口減少に伴う労働力の減少、柔軟性のない移民政策などによって、低い需要と低経済成長が続き、2040年にはGDPはインドに抜かれ第4位になると、「GT2040」では予測されています。

中国は2030年ごろにはGDPで米国を追い抜く可能性があるが、中国は2010年から人口ボーナスから人口オーナス(少子高齢化の構造がもたらすマイナス影響)に転換しており、今後は一層生産人口の減少に苦しめられるので、そのまま中国が米国の経済力を追い抜く可能性は極めて低いと、多くの政治・経済学者は予測しています。

いずれにせよ、世界の国々の国力をさまざまな指標から評価し、それを基点に国際政治の未来を予測し、各国は国家戦略を構築しているのです。

▼ビジネスでも相対的戦力の算定は企業経営で重要

ビジネスでも相対的戦力の考察・比較は重要です。既述したフレームワーク(「SEPT」、「3C」、「4P」など)を活用して、自社と競合他社の企業力を比較し、競業他社の特性や弱点、我の勝ち目を明らかにすることは企業経営でも珍しくはありません。

企業力の構成要素はさまざまな視点から抽出できます。『孫子』では、敵と我を見るうえで「道、天、地、将、法」という5つのフレームワークを設定していますが、これらはビジネスでは次のように変換できるでしょう。

道……会社のビジョンや経営理念
天……時流、タイミング、災害や事故
地……立地条件、インフラ、市場
将……役員会、管理職
法……社則、社規、組織、制度、コンプライアンス
、保全体制

▼ケイパビリティとコアコンピタンス

ビジネス書では「ケイパビリティ」と「コアコンピタンス」という用語によく接します。それぞれ、前者は「事業において、さまざまな役割を持つ社員が社内外で連携して、一連のビジネスプロセスを実行する総体的な能力。企業全体が持つ組織能力、また企業が得意とする能力」、後者は「事業で重要な役割を果たす製品を設計、加工するために重要な技術」などと訳されています。

「ケイパビリティ」は、軍事でいえば陸・海・空およびサイバーや宇宙空間における物心両面の軍事能力を総合運用する能力に相当します。一方の「コアコンピタンス」は最新鋭の兵器を製造する軍事技術力ということになります。

軍事力を評価する際には、軍事技術と軍事運用能力の両面から評価することが一般的であり、要するに能力評価の本質部分は軍事もビジネスも変わりはないと言えます。

競合他社などの「コアコンピタス」は秘密事項であり、顧客が手にする頃には商品やサービスに形を変えてしまっているので、外からは容易に知り得ることはできません。ただし、秘密裏の諜報活動やM&A(企業の合併・買収)によって入手できる可能性があり、また急速に「コアコンピタンス」を高めることが可能です。他方、「ケイパビリティ」はプロセスであり、機能がお互いにかみ合っている状態なので、外から取ってきてすぐに組み入れることは困難です。

競合他社の「ケイパビリティ」は、顧客サービスなどの現実の流れから、おおよそのところは目に見えます。むしろ、「灯台下暗し」と言ったもので、自社の「ケイパビリティ」は自覚しているようで、自覚していないと言われています。また、環境の変化に対応できずに陳腐化することが指摘されています。

そこで企業経営では、自社の優位性を認識し、持続的な競争優位を確立するために、「ダイナミックケイパビリティ」(※)や「ケイパビリティ戦略」などの概念が提起され、能力をさらにブレークダウンし、自己の能力評価や戦略構築に役立てようとする試みが行なわれています

要するに、軍事、国際政治、ビジネス、個人、いずれの問題においても、自己や敵などの相対的戦力を環境変化の中で適切に評価することが状況判断、すなわち最良の意志決定のための鉄則です。

(※)ダイナミックケイパビリティは以下の3つの要素に分解できる。
(1)環境変化に伴う脅威を感じ取る能力(Sensing:感知)
(2)環境変化を機会と捉えて、既存の資源、業務、知識を応用して再利用する能力(Seizing:捕捉)
(3)新しい競争優位を確立するために組織内外の既存の資源や組織を体系的に再編成し、変革する能力
(Transforming:変革)

(つづく)

武器になる「状況判断力」(15)

相対的戦力を比較する

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□はじめに

前回の問いは、「なぜ日本は左側通行になったのか?」です。これをなかなか難問であり、歴史の蘊蓄(うんちく)がなければ解けません。

左側通行は世界の少数派です。ではなぜ日本がその少数派になったかと言えば、江戸時代に遡ります。当時の日本には狭い道が多く、通行も容易ではありません。武士は左腰に刀を差していたので、右側を歩くと人とすれ違った時に刀がぶつかってしまい、ケンカが絶えなかったようで。だから、お達しで左側通行になったということです。

このように「なぜ、なぜ」を繰り返し、根本的原因に遡るのがトヨタ式「なぜなぜ分析」と言います。根本原因を探り、そこから改善していくという思考法です。

今では刀を差す必要もないし、左側通行は必ずしも意味はありませんが、すでに自動車は右ハンドルになって、信号は向かって青、黄色、赤になっています。今さら左側通行を右側通行に直すのも意味はないですね。

今回の問いは、「福岡市は人口増大、成長目覚ましい。神戸市は人口減少、衰退の一途。ともに政令指定都市の中堅であった両市は対照的な状況。これはなぜ?」です。これは、少し考えればわかるかもしれません。

では本題です。今回は、軍隊式「状況判断」の第2アプローチの「状況および行動方針」の3回目です。

▼相対的戦力で勝利の法則を得る

軍隊式「状況判断」では、「地域」「敵」「我」の状況を認識したならば、その次に相対的戦力を考察、比較します。

相対的戦力といえば、筆者が学んだ陸自の初級戦術では、敵と味方の兵力、戦車、火砲などを定量的に比較し、「我vs敵」は機動力で3:1とか、火力で1:1であるとかという具合に戦力の格差を可視化し、たとえば機動力が優位ということを認識して、その優位性を利用できる行動方針を決定したという記憶があります。

相対的戦力のアプローチでは敵と我を作戦地域という〝土俵〟に置いて、目標を達成するために、敵と我が使う手段を総合的に考察・比較し、敵と我の利(長所)と不利(短所)を明らかします。つまり、「どちらが、どの点(時点、分野、領域)において、どれだけ優れているか」ということを明らかにし、敵や我の行動方針を案出するための基準にします。

相対的戦力を考察、比較する狙いの1つは、我が部分的であれ、敵に有利な態勢を作る、あるいは敵の弱点を捕捉するという点にあります。つまり、相対的戦力が明らかになれば、我は戦力を敵の非重点正面に対して集中する、不必要な戦力は節用することができます。さらには、敵の弱点を突いた奇襲も可能となります。

戦力の集中と使用、および奇襲はいずれも「戦いの9原則」(目的、主動、集中、戦力の節用、機動、統一、奇襲、簡明、保全)の要素です。すなわち、相対的戦力を算定することは勝利の法則を得るために重要なのです。

▼無用な戦いを回避する

相対的戦力の算定において、勝利の法則を得る以上に大切なことがあります。それは、無用の戦いをしない、あるいは敗戦が確実になるとわかれば潔く撤退する、さらには我の優位性を宣伝戦で強調するなどで、つまりは「戦わずして勝つ」ことです。

『孫子』では、「廟朝(作戦会議)して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。しかるをいわんや算なきにおいてをや。我これをもって勝負を知る」とあります。

これは、「戦う前に彼我の国力を算定・比較し、勝算が少なければ負ける。まして勝つ要素が全くないのに戦争をすることは愚かである」という意味です。

そもそも戦争の勝敗は、彼我の戦闘力の優位によって決まります。先の太平洋戦争で、日米の国力や軍事力に関し、児戯(じぎ)に等しい判断がなされ、そのことが敗戦の決定的な要因だと言えます。

ただし当時から、米国の国力が巨大であるとの認識はありました。問題は「米国は自由主義で団結力がなく、戦況が悪くなれば容易に和解に応じるだろう」などの希望的観測に基づいて、米国国民の団結、士気などの精神要素を過小評価したことです。そこには、日中戦争における中国軍(蒋介石軍と中共軍)との戦いで「日本軍は勇敢で団結している、中国軍はバラバラで臆病」などいった過小評価の類似思考があったといいます。こうしたことが、米国や米軍の戦力を過小評価し、無謀な戦争に打って出るという誤判断をもたらしました。

彼我の国力や軍事力を算定し「戦う前に勝敗を知る」、すなわち「無用な戦いを回避する」ことが平時における戦略的情勢判断の大きな目的です。では、その算定はどのように行なうのでしょうか?

▼軍事作戦での相対的戦闘力の算定法

陸上作戦を扱う米軍マニュアルや自衛隊『野外令』に基づけば、相対的戦闘力の算定は、兵力、編組、配置、兵站および最近の注目すべき活動などから、敵と味方の特性や弱点を分析します。ただし、作戦規模の拡大し、広範囲となり総力戦になるにつれ、政治的要因、経済的要因、心理的要因などの軍事的要因以外の比重(一般的要因)が大きくなります。

ここでは米国海軍大学の教科書『サウンド・ミリタリー・デシジョン』(1942年)の翻訳本『SOUND MILITARY DICISION勝つための意思決定』(1991年)を基に、相対的戦力を比較するための要因とその考察要領をみていきましょう。

▼相対的戦闘力の比較・考察要因

同著の状況判断フォームは、以下のような構成になっています

A 与えられた目標の選定

   細部略

 B 相対的戦闘力(目標を達成するための敵・味方が使う手段の比較)

  • 敵・味方の手段の調査
  • 一般的要因
    • 政治的要因、②経済的要因、③心理的要因、④情報活動と対情報活動
  • 軍事に関する事項
    • 艦船と航空機、②陸上部隊と陸上を基地とする航空機、③要員、④資材、⑤後方支援
  • 戦場の環境の調査
  • 水路、(b)地勢、(c)気候、(d)昼と夜の時間、(e)相対的位置と距 

離、(f)輸送路と補給路、(g)施設と固定防備、(h)通信

  • 相対的戦力の結論

1 目標達成の土台づくり─情報の収集

 A  与えられた目標の選定

   (細部略)

 B  相対的戦闘力(目標を達成するための敵・味方が使う手段の比較)

(1)敵・味方の手段の調査

(a)一般的要因

①政治的要因、②経済的要因、③心理的要因、④情報活動と対情報活動

 (b)軍事に関する事項

①艦船と航空機、②陸上部隊と陸上を基地とする航空機、③要員、④資材、⑤後方支援

(2)戦場の環境の調査

(a)水路、(b)地勢、(c)気候、(d)昼と夜の時間、(e)相対的位置と距離、 (f)輸送路と補給路、(g)施設と固定防備、(h)通信

(3)相対的戦力の結論

2 整合性、達成可能性、負担可能性のある方策の決定

 (細部略)

3  敵能力の調査

 (細部略)

4 最善の方策の選定

 (細部略)

5 意思決定

 この状況判断フォーラムは太平洋戦争中の米海軍大学の教科書に掲載されたものであり、当時の戦争と現代戦の様相は異なりますが、全体的なイメージは今日でも十分に通用するものと考えます。

▼相対的戦力の考察要領

相対的戦力について、同著の記述などを踏まえて補足します。

まず、一般的要因を考察、比較した上で、軍事的要因(軍事に関する事項)を考察、比較します。これは「アウトサイド・イン」分析の思考法です。

一般的要因では、政治、経済、心理、情報・対情報の各要因あげていますが、大規模な戦略的決定では政治条件や経済的要因の比較が極めて重要です。国家は政治的な大義に突き動かされる、経済的利益を求めて行動するものだからです。

一般的要因の考察では、目に見えるもの、定量的に算定できるものだけではなく、国家の技術力、国民の意志・感情などの精神要素も重要です。これは、前述の太平洋戦争前における米国国民の士気を過小評価したことが失敗の要因として教訓になります。

経済的要因では、石油の備蓄量や年間総生産量などの物量的な比較だけに留まらず、国民による戦争への支持、軍需生産への協力体制、兵站・補給体制、技術開発力などを考察することが重要です。

  軍事的要因の比較では、兵力や装備の定量的比較だけでなく、敵の指揮官の個性や要員の訓練・士気・熟練度などの不可視要素も重要となります。しかし、敵の士気などは戦うまではわからないのが通常です。よって我と同等と判断するか、もしくは過去の戦闘経験、現在の組織の規律維持の状態などの不可視の周辺にある可視化できる要因を比較します。

また、技術革新などを考慮し、過去情報に基づく既成概念から敵の装備品の到達距離、数量、耐久力、機動力、補給力は過小評価しないことが肝要です。

一般的要因と軍事的要因の比較が終わったならば、これら影響を及ぼす戦場環境を考察し、それを一般的要因と軍事的要因に反映させます。戦場要因は戦争が総力戦になるにつれ、影響を及ぼす地理的要因を幅広く考察します。

以上の過程を終えて、想定的戦力の結論では、項目別に彼我の強みと弱みをまとめて一覧表にします。

ただし、どんな項目を列挙して比較するかは、状況判断のレベル、状況(作戦の性質、時間推移など)によって異なります。一覧表にどのような項目を記入するかは指揮官の判断によります。

たとえば、中台間の戦争を想定すれば、中国の全陸上兵力と台湾の陸上兵力をそのまま比較しても意味はありません。中国はインド、朝鮮、ロシア、国内治安対処のための陸上兵力を拘置しなければならないので、台湾に全てが指向できるわけではありません。さらに双方は200km以上の台湾海峡を隔てていますので、中国から経海、経空による台湾に上陸できる陸上兵力は限定されます。このように作戦や地域に応じて、中国と台湾の現実的な陸上兵力を比較しなければなりません。

一般的に、戦略的な状況判断(戦略情勢判断)よりも、局地的で戦術的な状況判断の方が強み弱みの要因を確定しやすいとされます。というのは、艦戦の速度や航空機の数などが定量比較できるのに対し、敵の後方支援上の問題が自軍と比べてどうであるかなどの比較は困難だからです。

(つづく)