■状況判断と情勢判断
筆者が防衛省情報分析官の時代には「状況判断」という言葉よりも「情勢判断」という言葉の方が馴染みになりました。
情報分析官の仕事は、国際情勢や安全保障に関わる事項が主であり、陸上自衛隊の部隊のように瞬時の状況判断が求められることは、それほど多くありません。
状況は「周囲の状況」「その時の状況」といった使い方が一般的です。他方、情勢は「国際情勢」「当時の情勢」「将来の情勢」などといった使い方が多いようです。とはいえ、状況と情勢に明確な境界線は引くことは困難であり、時間や地理空間の大小で感覚的に区分して使用していると言えます。
時間で見た場合、状況判断には「咄嗟」や「瞬時」の判断がより強く求められ、情勢判断には「周到」や「正確」が求められます。つまり、状況判断はスピード重視、情勢判断を正確性重視という特性があります。
他方、地理空間で見た場合、状況判断は「周囲」や「身の回り」といった個別的、具体的、詳細的な判断が求められます。情勢判断には国際情勢などのような広範的、多角的、重層的な判断が求められます。
■戦略判断と戦術判断
自衛隊には戦略、戦術という言葉があり、それぞれ戦略判断(戦略的意思決定)、戦術判断(戦術的意思決定)という言葉もよく使われます。戦略判断が情勢判断、戦術判断が状況判断に相当すると考えればよいと思います。
そこで、状況判断と情勢判断をより理解するために、戦略と戦術の関係について見ておきましょう。
戦略と戦術は、旧陸海軍時代からの軍事用語なのですが、今日は政治やビジネスなどでも広く使われるようになっています。軍事用語としての戦略とは「大規模な軍事行動を行うための計画や運用方法」、戦術とは「戦略の枠内での個々の戦闘を行うための計画や遂行方法」などと定義できます。このように戦略と戦術は相互に対比される概念であり、戦略が上位、戦術が下位になります。
今日、戦略も戦術がビジネスなどの多領域に浸透したことから、軍事でも一般でも通用する本質的な概念を探る努力がなされています。それに関して、私は次のように定義しています。
戦略は「環境条件の変化に対応して物事がいかにあるべきかを決定する学(サイエンス)術(アート)である」、戦術は「固定的な状況から物事をいかに為すべきかを決定する学と術である」(拙著『戦略的インテリジェンス入門』)
一般のビジネス書では、戦略は「企業目的や経営目標を達成するためのシナリオ」などと定義され、「目的、目標、ゴール、方針」などといった言葉で表現されます。一方の戦術は「戦略を実現させるための具体的な手段」と定義され、「方法、やり方、オペレーション」などといった言葉が良く使われます。
要するに、戦略とは「目的や目標(What)を決定する」ものであって、戦術は「目的や目標のやり方(How to)を決定するもの」ということになります。
翻って、状況判断あるいは戦術判断は「目的や目標が決定(固定)している状況下で、瞬間的あるいは短期間の内にどのやり方が良いかを判断する」、一方の情勢判断あるいは戦略判断は「じっくりと時間をかけて目的や目標という進むべき方向性を判断する」ということなります。
次回は状況判断の特性についてさらに考えてみたいと思います。