判断力思考(3)

■状況判断と情勢判断

 筆者が防衛省情報分析官の時代には「状況判断」という言葉よりも「情勢判断」という言葉の方が馴染みになりました。

 情報分析官の仕事は、国際情勢や安全保障に関わる事項が主であり、陸上自衛隊の部隊のように瞬時の状況判断が求められることは、それほど多くありません。

 状況は「周囲の状況」「その時の状況」といった使い方が一般的です。他方、情勢は「国際情勢」「当時の情勢」「将来の情勢」などといった使い方が多いようです。とはいえ、状況と情勢に明確な境界線は引くことは困難であり、時間や地理空間の大小で感覚的に区分して使用していると言えます。

 時間で見た場合、状況判断には「咄嗟」や「瞬時」の判断がより強く求められ、情勢判断には「周到」や「正確」が求められます。つまり、状況判断はスピード重視、情勢判断を正確性重視という特性があります。

 他方、地理空間で見た場合、状況判断は「周囲」や「身の回り」といった個別的、具体的、詳細的な判断が求められます。情勢判断には国際情勢などのような広範的、多角的、重層的な判断が求められます。

■戦略判断と戦術判断 

 自衛隊には戦略、戦術という言葉があり、それぞれ戦略判断(戦略的意思決定)、戦術判断(戦術的意思決定)という言葉もよく使われます。戦略判断が情勢判断、戦術判断が状況判断に相当すると考えればよいと思います。

 そこで、状況判断と情勢判断をより理解するために、戦略と戦術の関係について見ておきましょう。

 戦略と戦術は、旧陸海軍時代からの軍事用語なのですが、今日は政治やビジネスなどでも広く使われるようになっています。軍事用語としての戦略とは「大規模な軍事行動を行うための計画や運用方法」、戦術とは「戦略の枠内での個々の戦闘を行うための計画や遂行方法」などと定義できます。このように戦略と戦術は相互に対比される概念であり、戦略が上位、戦術が下位になります。

今日、戦略も戦術がビジネスなどの多領域に浸透したことから、軍事でも一般でも通用する本質的な概念を探る努力がなされています。それに関して、私は次のように定義しています。

戦略は「環境条件の変化に対応して物事がいかにあるべきかを決定する学(サイエンス)術(アート)である」、戦術は「固定的な状況から物事をいかに為すべきかを決定する学と術である」(拙著『戦略的インテリジェンス入門』)

一般のビジネス書では、戦略は「企業目的や経営目標を達成するためのシナリオ」などと定義され、「目的、目標、ゴール、方針」などといった言葉で表現されます。一方の戦術は「戦略を実現させるための具体的な手段」と定義され、「方法、やり方、オペレーション」などといった言葉が良く使われます。

要するに、戦略とは「目的や目標(What)を決定する」ものであって、戦術は「目的や目標のやり方(How to)を決定するもの」ということになります。

翻って、状況判断あるいは戦術判断は「目的や目標が決定(固定)している状況下で、瞬間的あるいは短期間の内にどのやり方が良いかを判断する」、一方の情勢判断あるいは戦略判断は「じっくりと時間をかけて目的や目標という進むべき方向性を判断する」ということなります。

次回は状況判断の特性についてさらに考えてみたいと思います。

判断力思考(2)

今回は判断や状況判断について考えてみます。

■判断とは何か

「判断」は「物事の真偽などを見極めて決めること」という意味です。判断の代わりに「決断」や「断定」などの類語もよく使われます。

「判断する」を「決断する」に置き換えてもそれほどの意味の違いはありませんが、「判断を仰ぐ」はあっても「決断を仰ぐ」はあまり耳にしません。というのは、判断は上司などに仰ぐことができても、決断は自ら行うものだからです。

「判断」と「決断」のいずれも、「どちらが善いか悪いかなどを見定めて決める」という意味がありますが、「決断」の方は決断をする人の意志がより強いと言えます。すなわち、判断が思考作用であるとすれば、決断は思考作用に意志という精神作用が加わったものであると言えるかもしれません。

順序的には、判断→決断であって、決断→判断はあり得ません(判断→決断の繰り返しはある)。判断は「どちらの選択肢が良いのか見極める」段階、決断の段階では「良い方の選択肢を実行に移す」段階ということになります。

■状況判断は軍事用語

最近は、よく「状況判断」という言葉を耳にします。特にスポーツの世界では状況判断は定着しています。

野球でノーアウト、ランナー三塁の場面です。野手が内野ゴロを捕獲し、バックホームするか、それとも一塁に送球するか、瞬時の判断が必要となります。このような場合、野手は三塁ランナーの位置、打者の打球の速さ、打者の走力などの状況を総合的に考査して、瞬発的に判断を下すことになります。このような判断が優れている者を、「彼は状況判断力がある」などと言います。

ただし、この言葉はもともとは軍事用語です。

昭和初期に制定された公開教範『作戦要務令』では、状況判断について次のように規定されています。

「指揮官はその指揮を適切にならしむるために、たえず状況を判断しあるを要す。状況判断は任務を基礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種の資料を較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす。敵情特に其の企図は多くの場合不明なるべしと雖も、既得の敵情のほか、国民性・編制・装備・戦法・指揮官の性格等、其の特性及び当時における作戦能力等に鑑み、敵として為し得べき行動、特に我が方策に重大なる影響を及ぼすべき行動を攻究推定せば、我が方策の遂行に大なる過誤なきを得べし。」(八条)

 『作戦要務令』の源流である明治期の教範『野外要務令』では「情況判断」という言葉が登場します。また大正期の教範『陣中要務令』では、「情況を判断するに方(あた)りては特に先入主とならざること必要にして……」などの規定が登場しています。

 わが国の陸軍教範はドイツ教範を基に作成されていますので、当時のプロシア軍の戦場での戦いから、状況判断の重要性が認識されたと言えます。

■自衛隊用語として用いられている

 今日の自衛隊用語としてとしても「情況判断」は良く使用されます。

 筆者は若手幹部時代、来る日も来るも戦術教育(図上戦術)を受けました。

 地図上に仮想(想定)の敵と我が軍隊を配置し、仮想敵の状況、地形や時間的・空間的な環境が付与され、これに基づき、敵が能力的に取りうる可能行動を列挙し、それを敵の意図と兼ね合わせて敵が採用するであろう、可能行動の種類や採用興産の順位などを考えます。次に敵の可能行動(複数)に応じた我の行動を方針をいくつか列挙して、敵の可能行動と組み合わせて、最良の行動方針を案出します。

 この際、指揮官の立場に立ってまず「状況判断」を実施することが図上戦術のスタートでした。

 状況判断とは「我が任務を達成するため」に最良の行動方針を決定するために行いますが、これだけでは部隊の統率はできません。

 統率は統御と指揮からなり、前者は組織にやる気を起こさせる心理工作です。後者の指揮は、統御によって湧き立てエネルギーを総合して、組織の目標に適時適切に集中する技術です。この指揮は、「(1)状況判断 (2)決心 (3)命令 (4)監督の四手順をふんで行うと、忙しいときでも、手落ちなく、スムーズに実行できる」と、著名な兵法家にして経営者であった故・大橋武夫氏は述べています。(大橋『統率学入門』)

また大橋氏は「状況判断とは「今、私はどうするのが一番よいか?」と継続的に何時も考えていることで、これによって決心の資料を提供するものであり、決心と違うところは実行をともわないことである。」と述べています。

 次回は情勢判断について考えてみます。

判断力思考(1)

はじめに

一昨年、私は『武器になる情報分析力』を刊行しました。おかげ様で、無事に重版出来となり、昨年に3刷目となりました(※なお、この本のベースとなった『戦略的インテリジェンス入門』も昨年再重版出来となり3冊目となりました)。この著書では情報分析とは何か、情報分析の着眼、情報分析の手法などを解説しました。

しかし、情報分析という行為は基になる情報(インフォメーション)があってこそ成り立ちます。情報がなければ論理的思考法は活用できませんし、情報から戦略や戦術を決定するためのインテリジェンスは作成できません。

かのクラウゼビッツの『戦争論』で以下の記述があります。

「戦争中に得られる情報の大部分は相互に矛盾しており、誤報はそれ以上に多く、その他のものとても何らかの意味で不確実だ。言ってしまえば、たいていの情報は間違っている」。

ただし、この記述はあくまでも戦場での戦闘場面を想定しています。他方でクラウゼッビィツは、「戦争は、政治の表現である。政治が軍事よりも優先し、政治を軍事に従属させるのは不合理である。政治は知性であり、戦争はその手段である。戦争の大綱は常に政府によって、軍事機構によるのではなく決定されるべきである」と述べています。

つまり軍事、戦闘よりも外交を優先する、政治的な知性をもって戦争をコントロールする思想です。これは「勝算のない戦いはしない」「戦わずして勝つ」ことを追求した『孫子』の兵法と相通じるものがあります。よく『孫子』は情報を重視していたが、クラゼビッツには情報を管理する発想に乏しいとの議論がありますが、これは表層的で誤った解釈であると言えます。

では、正しい情報はなかなか得られない場合はどうしたら良いのでしょうか? これが今回のテーマです。

1932年に策定された『統帥参考』では、以下の旨の記述があります。

「情報の収集は必ずしも常に所望の効果を期待できないので、高級指揮官はいたずらにその成果を待つことなく、状況によっては、任務に基づき主導的行動に出ることに躊躇してはならない」

『統帥参考』では「情報収集において敵に優越することが勝利の発端」「情報収集は敵情判断の基礎にして、適切なる敵情判断は情報収集を容易にする」など規定しているので、情報収集や情報を軽視しているわけではありません。しかし、「情報が不十分だからといって躊躇すれば戦機を逃すので、自らの目的と役割に基づいて判断や行動に移れと」といっています。

要するに、情報が不十分の場合には判断が重要となります。この際の判断は充分な情報がないので論理的な思考は完全には踏めないという前提です。このため、過去の経験を最大限に生かす、少ない情報を基に想像力をフルに活用するなどが重要となります。

今回は私が思っている判断とは何か、判断力を養成するためにはどうすれば良いのかなどを、随時にこのブログに書き留めておきたいと思います。

次回は判断とは何か、判断と決断とはどう異なるのかなどについて記述しようと思います。