インテリジェンス関連用語を探る(その5)戦略と情勢判断について

▼戦略とはなにか

戦略の定義は諸説多く約200あるといわれています。第二次世界大戦以前の共通した戦略の定義は、おおむね軍事的要素に限られていました。

しかし、第一次世界大戦以降、戦争の様相が変化しました。それにともない、戦略も必然的に非軍事的要因、すなわち経済的、心理的、道徳的、政治的、技術的考慮をより多く加味する必要がでてきました。 また、軍事力のみならず国家総力で戦争に応ずる必要性が認識されました。その一方で戦禍の犠牲を最小限にするため軍備管理などの重要性も高まりました。

このため、戦略は単なる戦場の兵法から国家の向かうべき方向性や対応策まで含む幅広い概念へと拡大するようになったのです。

今日、戦略は軍事だけでなく非軍事の分野へと拡大し、国家戦略、外交戦略および経済戦略などの用語が定着しています。つまり、戦略の概念は武力戦のみならず外交・経済・心理・技術などの非武力戦を包含したものに拡大したのです。そのため、現代では、「経営戦略」「企業戦略」などの言葉が定着するようになりました。

▼戦略と戦術はどう違うか

戦略の概念拡大にともない、戦略と戦術との関係も複雑化しています。 ちまたのビジネス書などでは、戦略は「企業目的や経営目標を達成するためのシナリオ」と解説されています。一方の戦術は「戦略を実現させるための具体的な手段、方策」などと定義されています。

つまり、戦略が目的・目標を決定し、戦術がそれらを達成するための手段という関係で説明されています。 こうした関係性について筆者は、戦略とは「環境条件の変化に対応して物事がいかにあるべきか(目的、What)を決定する学(Science)と術(Art)」、これに対し、戦術は「固定的な状況から物事をいかになすべきか(手段:How to)を決定する学と術」であると理解しています。

戦略は戦術に比して幅広い考察と長期的な予測を必要とします。そして、戦略が戦術の方向性を規定する関係上、戦略の失敗は戦術の成功では挽回できないのです。

▼戦略の事例列的な区分と戦略マップ

戦略は、①目標を立てる(目標設定段階)、②目標を達成するための手段・方策を考える(計画段階)、③目標を達成するために実践する(実施段階)という3段階から成り立っています。

目標はやみくもに設定すればよいわけではありません。企業経営でいえば、企業ビジョン、企業が有する能力、とりまく環境などをさまざま判断し、達成が可能で具体的な目標を一つ設定しなければなりません。 計画段階では、目標が明確になったら、目標を達成するための手段・方策を考察することになります。  

実施段階では、戦略目標達成のための方策や具体的なアクションプランを実施する。それが目標の達成に向かって齟齬がないかを検証します。また、検証の成果を踏まえながら、方策の修正や目標の再設定が行われることになります。  

計画段階において、手段・方策をアトランダムに立案すれば、「戦闘力の集中」「資源の集中」などという原則に反することになります。したがって、計画段階においては「戦略マップ」で整理されることが多いようです。

戦略マップとは、ビジョンや目標を達成するための手段・方策を図式化したものです。つまり、目的を達成するために必要と思われる具体的なアクションの因果関係や関連を図式化するのです。  

戦略マップには、①戦略目標を達成するための重要成功要因、②戦略目標を評価するためのKPI(key Performance indications 重要業績評価指標、③指標を達成する目標数値(ターゲット)、④アクションプランなどが記述されます。

▼情勢判断とは何か

まず、戦術用語としての状況判断について述べます。もともと状況判断は、米軍の作り出したものですが、その後各国でも広く利用されています。 とくに意志を有する敵との闘争の推論において、賭け(ゲーム)の理論を適用して最良の選択を行うための理論的思考の過程で使用されます。 つまり、彼我が対峙する賭け(ゲーム)において、彼我が取り得る選択肢(可能行動)を列挙して、各組合せにおける帰趨を推論して、最後にこれらを比較して最良の選択を得ようとするためものが状況判断です。

状況判断は、指揮官が任務達成のため、最良の行動方針を「決心」するために行います。 状況判断の実施要領は(1)任務 (2)状況および行動方針 (3)各行動方針の分析 (4)各行動方針の比較 (5)結論、の順で行います。

上述の「決心」とは、状況判断に基づく最良の行動方針、すなわち「結論」を指揮官が実行に移すことを決定した時に、その状況判断が決心に代わります。したがって、状況判断に責任が伴いませんが、決心には状況判断と違って責任がともなうことになります。

他方、状況判断とは異なり、情勢判断は軍事用語あるいは戦術用語ではありません。したがって、「軍事用語集」や「軍事教範」では、情勢判断の明確な定義はありません。

ただし、戦術における状況が、戦略においては情勢に相当するという解釈もあります。そして、これらは上位の戦略と下位の戦術に対応するもので、本質に大きな差異はない、との理由から、しばしば、「情勢(状況)判断」と表現することがあります。

状況判断も情勢判断も、目標の設定、手段・方策の案出、戦略あるいは戦術の修正・実行のサイクルを正常に機能させるために行います。 この際、目標の前提となるのが目的です。目的は不変であり、漠然としたものです。

一方、目的を達成するために設定される目標は具体的でなければなりません。 国家、企業を問わず、ひとたび目標を定めたら、その目標に向かって物心両面のあらゆる資源を集中することになります。ですから目標を容易に変更することは禁物です。これを「目標の不変性」といいます。

ただし、ここでいう目標の不変性は、目的から導き出される基本目標であることに注意が必要です。基本目標を達成するための中間目標については、「(中間)目標の可動性」が認められています。このことは、英国の戦略理論家リデルハートが指摘しています。

情勢判断とは、その時々において「いつ、どこで何をするか」(目標)、「いかにするか」(方法)を判断することです。このことは、突き詰めれば、中間目標の設定と中間目標を達成するための手段・方法を判断するということです。

ほとんどのインテリジェンスは、この情勢判断を支援するために存在します。 国家や企業には生存、発展といった目的やビジョンがあり、そのための基本戦略があります。そこから当面の戦略や戦術が発生します。だから、目的や基本ビジョン、基本目標を無視した情勢判断も、そこから生成されるインテリジェンスも存在価値はありません。

なお、情勢判断は(1)問題の把握 (2)戦略構想の見積状況(3)彼我の戦略構想の対比分析 (4)わが戦略構想の比較 (5)戦略構想の決定(判決)の順で行います。

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