外国人労働者はわが国に幸運をもたらすか!

人口構造の変化

わが国は少子高齢化に急速に向かっており、労働人口の現象、地方における限界集落など、さまざまな悪影響が懸念しています。他方、世界では未だに人口が増加して、アジアやアフリカにおいては多くの余剰労働力があります。

そこで、わが国の少子高齢化の対策を考えるうえで、世界における爆発的な人口増加は何がもたらしたのか?この要因をPESTで分析してみましよう。

政治(P)では政府の政策に作用される側面が大きいと考えます。

中国は第二次世界大戦後に爆発的な増加の道を辿ります。これは中国政府が「人口が多いのは重要な国家財産である」と楽観的な思想の下で人口増加政策を推し進めたことにあります。

その反動から1979年から「一人子政策」を開始しましたが、2016年から労働者人口が減少に転じたために、一人子政策を廃止しました。

経済的(E)には工業化による経済成長が大きく左右していると考えられます。

世界的な人口爆発は、18世紀の農業革命とその後の産業革命時期に起きます。つまり、大量の食糧や商品を生産して消費する消費経済が人口増に適していたわけです。  

社会的(S)には戦争との関係が大きいとみられます。

第二次世界大戦後、世界各国にはベビーブームが訪れますが、これは終戦による安堵感から沢山の子供が出来たとみられます。   

技術的(T)には、テクノロジーによる食糧や物の生産力の向上があげられます。

農業分野におけるテクロノジーの導入は穀物生産量の大幅増となり、これが人口増加に直結しました。また、医療技術の進歩によって安定出産と長寿化が図られました。

日本の第一次ベビーブームの到来

わが国の第二次大戦後に第一次ベビーブーム期(1947年~1949年)を迎えます。つまり、終戦による社会の変化、安心感が人々に子供を持つ希望と勇気を与えました。

1949年には年間出生数は約270万人の最高値を記録しました。第一次ベビーブーム期の3年間に生まれた人たちが「団塊の世代」と呼ばれます。これは約800万人に達していました。

やはり、人口増の背景には政府の政策が大きく作用しました。第二次世界大戦後、経済復興のための政府は「生めよ、育てよ」をスローガンにした 子供の出生を奨励しました。この政策と、社会的な平和、そして飛躍的な経済発展による景気感が第一次ベビーブームの到来となったのです。

このように出生率が向上して、テクロノジーの恩恵によって医療技術がもたらす長寿化が、わが国の人口を急激に押し上げたのです。

わが国の出生率は早くから低下した

しかしなが、わが国の出生率は意外にも、第一次ベビーブームが終わるとすぐに低下することになります。

第一次ベビーブーム期から約20年後の1970年代初頭、第二次ベビーブーム期(1971年~74年)が訪れます。この時期には毎年約200万人、計800万人の子供が生ました。これは「団塊ジュニア」と呼ばれます。

このベビーブームは、第一次ベビーブームの「団塊世代」による“ボーナスの配当”です。実は、女性一人の少生率に限ってみれば、それ以前から減少していたのです。

合計特殊出生率(15歳から49歳までの女性1人の出産率)は第一次ベビーブーム期には4.3を超えていました。しかし、その後、特殊出生率は急激に落ち込んでいき、第二ベビーブーム期には約2%になっていました。

人口を維持できる合計特殊出生数の水準は2.07とされることから、すでに未来の危機となる少子化の傾向は始まっていたたわけです。 このように、出生数の低下という現象は穏やかに始まっていましたが、「団塊の世代」という大きな分母が「団塊ジュニア世代」という大きな分子を生んだのです。このことが、政府は国民の未来への楽観視へとつながったのかもしれません。

1975年以降の出生数はほぼ減少し続けていきました。合計特殊出生率も漸減していき1989年には1.57まで落ち込み、「1.57」ショックと呼ばれました。なお、この影響には、この年にあたる「丙午(ひのえうま)」に生まれた子供は縁起が悪いというジンクスの影響が加算されました。

合計特殊出生率の低下により、団塊ジュニア世代が結婚適齢期になる1990年代の前半になっても、第三次ベビーブームは起こりませんでした。合計特殊出生率は2005年には過去最低の1.26まで落ち込みました。

その後はやや持ち直し、最近では1.5弱を維持していますが、2016年以降また減少傾向にあります。

出生数の方も1975年以降、減少の一途をたどり2016年からは毎年100万人を下回っています。第二次ベビーブーム期の約半分まで落ち込んだことりなります。

しかし、それでも人口全体の数はずっと増え続けていました。なぜならば医療技術などによって平均寿命が大幅に伸びたからです。このことが、人口構成の変化がもたらす危機についての認識欠如に繋がりました。

平均寿命は戦後ほぼ一貫して伸び続け、1990年と2017年を比較すると、男女ともに5歳以上を伸長しています。 しかし、長寿化の速度を少子化の速度が上回ったことから、わが国は2010年から歴史上初の人口減少を迎えました。

この場に及んでようやく人口の問題がクローズアップされます。しかし、その問題の原因ははるか昔に発生していました。政府や国民の楽観視が問題解決の本質に気づかなかった、気付こうとしなかったといえます。

日本の人口予想

人口減少の傾向は、2010年の1億2806万人が、2040年には1億728万人になると推測されています。 また65歳以上の高齢者が社会全体に占める割合は、2010年には23%であったが、2035年には33%を超えて3人に1人が高齢者となります。2042年には高齢者3878万人でピークを迎えますが、高齢者率はその後も増え続け、2060年には約40%に達すると予測されています。

このようにわが国は少子高齢化に向かって進んでいますが、高齢化の波を押しとどめることは道徳的、倫理的な観点から不可能です。 したがって少子化の改善が急務となっています。つまり直接的な人口減少原因である出生率の低下に歯止めをかける必要があるのです。

先に見てきましたように、世界的な人口増加は終戦、政府の政策、経済発展、テクノロジーの進化がもたらしましたが、これからは消費社会からシェア社会へと移行していきますので、世界的に人口増加という方向には向かうわけではありません。

しかし、わが国における少子高齢化という歪な体制を解消するためには、当面の出生率を回復・上昇することは不可欠です。

その出生率の低下は女性の高学歴化や社会進出の影響が大きいとされます。1950年代の後半から日本は高度成長期に入り、経済の中心は農業から工業・サービス業へと移り、学校を終えた女性が外で働くことが一般的となりました。1967年には、初めて女性雇用者の数が1千万人を超えました。

さらに政府による女性の労働奨励(1986年の男女雇用機会均等法)、中絶合法化、男女同権などの政策が出生数にブレーキをかけていきました。

また人口減少が地方都市での産業の空洞化を生み、大都市に人口流出が起きたことも少子化の原因です。都市部への人口集中が起きると、そこでは経済の過当競争が起こり、共働き家族が増えます。すなわち女性の社会進出によって、ますます少子化が加速することになるのです。

女性の社会進出が少子化につながるという悪循環

わが国は世界でも類をみない少子高齢化社会の到来を迎えて、労働力不足のための外国人労働者の受け入れや、高齢者の活用、さらにはAI(人工知能)などを模索しながら、少子化の根源原因の改善に努めなければならないとみられます。

少子化が直面する喫緊の課題が労働力不足です。この対策の一つとして、政府は女性の活用を挙げています。しかし、 しつかりとした対策を講じなければ、 先述のように女性の社会進出が少子化の原因となったのですから、負のスパイラルに陥る可能性があります。

政府は女性の活用を促進しつつ少子化を抑制するために、子育て支援、働き方改革などを推進する方向を示しています。しかしながら、女性の社会進出によって女性の結婚観、人生観にも変化が見られています。このような価値観の変化には政府による各種の優遇策は無力であるかもしれません。

ただし、同様に少子化で苦労していたフランスでは、金銭的な子育て支援策のほかに、結婚に縛られない出産環境を整えました。現在で50%以上がシングルマザーとなり、合計特殊出生率も2.07%を上回っています。 このことは、わが国にも一縷の希望をもたらすことになるかもしれません。

外国人労働者の問題

労働力不測の対策のもう一つの対策である外国人労働者についてはどうでしょうか?

これについては賛否などについて侃侃諤々の議論がなされていますが、昨年(2018年)暮れに、筆者はある出版社の社長さんと、銃器の世界的な権威であるT氏と会食する機会があり、その時にT氏がお話しされたことがとても有益だったので、皆様に紹介します。  

T氏はドイツと日本で計50年生活されている国際人です。そ の方から見る、現在の日本人や日本の在り方論には大いに感銘を 受けました。

よく未来予測は「すでに起きている現実に着目せよ」と いわれますが、ドイツは少子高齢化の先進国です。 つまり、日本が労働力不足解消のために外国人労働者の受け入れることが、どのような未来を引き起 こすかを予測するには、ドイツですでに起きている現象を知ることが重要なのです。  

ドイツはその労働力不足の解消や、グローバル化の世界的な影響を受けて、どんどん移民を受け入れています。 T氏によれば、ドイツではイスラム系トルコ人が移民として移 り住んでおり、とくに問題となるのが、ドイツ国籍を取得したトルコ系二世のドイツ人なのだそうです。  

最初に父親たちがトルコからドイツに移住します。彼らはドイ ツ人女性とは結婚せずに、トルコ人女性との結婚が主流のようです。父親は仕事に就くために、努力して語学を修得します。でも、 遅れてドイツにやって来る母親(恋人)は生活に必要なドイツ語 しか修得しようとしません。  

だから、その両親によって育てられる二世は、言語でドイツ人 と障壁を持つことになります。また、風貌もドイツ人とは異なっていますし、宗教はイスラム教です。つまり、ドイツ社会では法 や規則ではわからない、知らず知らずの差別化が生まれているの だそうです。

こうした若者は自分のアイデンティティーに疑問やジレンマを抱くことになります。そして集団に属さない、行き場のない若者が生まれるのだそうです。

おそらく、そこにテロ組織が目をつけて、彼らの所属先を提供 し、これがテロ組織の勢力拡大や、ローンウルフ型のテロを生む原因となっているのだと思います。  

また、イスラムでは4人まで妻を持つことができるようです。 成功したトルコ人は複数の妻を養おうとして、それがドイツ政府との間で問題となっているようです。こんなことはドイツでは当然許されません。

また、心のよりどころが欲 しくなり、成功したトルコ人はモスクを立てようとします。しか し、ドイツとしては、どこでもかしこでも宗教的建築物を建築してもらつてはこまります。だから、それを拒否する政府とイスラム系トルコ人との軋轢という問題が起きているようです。  

つまり、宗教、文化といった障壁が、トルコ人とドイツ人の拭い切れない内部対立を生んでいるようです。  

さらには、一部のドイツ人がトルコ人になりすまし、「いかに差別された労働環境で働かされたか」といったドキュメンタリー記事を書いて、大注目されるといったことも生起したようです。  

どの世界でも、反政府派は存在します。彼らは現政権を打倒す るために、差別や“ブラック”を意図的に用いて大衆の不満に訴 えるというのが常套なのです。

T氏のわが国の未来への警鐘 

そのほかにも、T氏からはさまざまな有益なお話を賜りましたが、わが国の政策についてのT氏の懸念をいつくか紹介します。

○歴史的に民族の往来があるドイツでもこういう状況です。島国である日本に、たとえばインドネシアからイスラム系の外国人労働者がたく さん入国したらどうなりますか?多神教のわが国が、どの程度イスラム教を容認できますか?

○徴用工の問題がありますよね。彼らは自主的に日本での仕事に 志願したにせよ、目に見えない仲間内の差別は当然あったでしょ う。これと同じようなことが、あらたな外語人労働者との問題と して起こる可能性はあります。徴用工のような問題がふたたび未来に起こる、それを政府は理解しているのでしょうか?

○外国人労働者を5年間も日本で働かせて、「ハイ、さよなら」 とはいきません。彼らが自国に帰っても、すでに生活基盤はあり ません。結局は、日本に住むことになります。そうしたことを考 えていますか?都合の良い弥縫的な政策でお茶を濁そうとしていませんか?

○外国人による刑事事件が生じれば、警察には特殊言語の専門家が必要です。また行政の窓口にも特殊言語の専門家がいります。 それも規模が拡大すれば市町村レベルまで必要になります。こ ういう点を考えると、労働力不足の解消にはつながりません。もっとA Iの導入などをしっかりとやるべきでしょう。  

まさに、ドイツの現状を知る人ならではの貴重なお話でした。

投稿者:

atsumori

元防衛省情報分析官。1960年広島県生まれ。退職後、ほそぼそとインテリジェンス・リテラシーの普及活動を開始。著書、『情報戦と女性スパイ』『中国戦略“悪”の教科書』、『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』、『戦略的インテリジェンス入門』など。その他、講演、雑誌投稿など。

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